初めて付き合った彼氏に3ヶ月で振られて、ちょうど3年が経った。
彼の名前をAとしよう。
1年めは、まるでAが私の過失による事故や災害で亡くなってしまったかのように、
日々喪に服していた。
「そんなこと言って、連絡くらいきたんじゃないの?」と思うかもしれないが、
Aが私の家に置いていた荷物を郵送してからはLINEもブロックされたし、
Aは私と会う前にすでにTwitterやFacebookを退会し、ソーシャルのまじわりを断っている人間だったし、
SNSでふと流れてくるつぶやきを目にする……ということもなく、
本当に、死んだか失踪したかと信じ込むこともできなくはなかった。
そもそもAと私は、共通のコミュニティに所属していたわけではなく、共通の友人もいなかった。
当時私が働いていた会社の後輩の女の子が主催した合コンに行ったところ、
男性側の数合わせで連れてこられていたのが、合コンに一切興味がなく、
さすがにびっくりしたのだが、その本の著者は私も名前を聞いたことのある人だったので、
Aのことは気にせず盛り上がっているメンツをよそに、私はAにあれこれ質問し、
合コン後のグループLINEに参加しようとしなかった彼のLINE IDを手に入れたのだ。
合コンの間は気難しそうに見えた彼は、28歳だというのに、「本当に合コンが初めてで、どうしていいかわからなかった……」
とのちに明かし、2人きりで会ったときには、不器用ながらも気さくに自分のことを話してくれた。
物言いはぶっきらぼうで露悪的だけど、根はいい人なんだなというのがすぐにわかり、
あっという間に好きになっていた。Aも、すぐにそれに応えてくれた。
そうして、交際期間がとても短かったのもあり、私はAとお互いの友人を紹介しあうことはなく、
そして彼の家の場所や電話番号、LINE以外の連絡先を知ることなく別れることになった。
合コン中から私はAにだけ関心があって、他のメンバーに連絡することもなかったので、
もはや彼とのつながりは一切存在しなかったのだが……
彼と別れて1ヶ月後、偶然彼の親しい友人の一人と知り合うこととなる。
それがBだ。
彼に以前写真を見せられたことのある男性にそっくりの女性が、やってきたのだ。
私が「えっBさん?」と小さな声をあげると、なんとその人も「あれっ」と声をあげた。
後から聞けば、彼女は彼女で、私といっしょに遊びに行ったときの写真や、
2人がペアリングをしている写真などを見せられていたのだという。
書店で会釈して終わりかと思ったが、彼女は私を喫茶店に誘ってくれ、
あれやこれやと話してくれた。
「◯◯がさぁ……恋人ができたっていうだけでも驚いたけど、まさか彼女とペアリング買うとは思ってなくて。本当にびっくりしたよ」
「それまでは彼女いなかったんですか?」
「過去に1人いたとは聞いてるんだけどね。彼女の家庭の事情が大変で、別れることになったみたい。私もその子とは会ったことはないから、具体的なことはしれないけど。
だから、増田さんと付き合い始めた話を聞いて、すごくうれしかったんだよ。最後のほうは、いろいろ悩んでいるのも聞いていたけど……」
Bは、見せられた写真の印象だけでも、育ちが良くて笑顔のかわいい上品な人だなあという印象だったけれど、
会って話せすと想像以上に気さくで、「この人に気に入ってもらいたいなあ」と思ってしまうタイプだった。
正直、仲のいい男友達の元カノというよくわからない存在に書店で声をかけられても、けげんな顔をして立ち去る人が大半だろうに、
その日は喫茶店に誘ってくれたばかりではなく、その後2人で飲み、連絡先も交換することになったのだ。
「この前もAと会って……」や「Aは昔からそういうところがあって……」というように、Aとの仲良しエピソードを披露してくるので、
「もしかして……本当はAのことが好きなのかな?」「というかむしろ今つきあってるのかな?」と邪推もしたが、
聞けば、すでに3年つきあっている彼氏がいるという。
たしかに、これだけかわいくて素敵なお嫁さんになりそうな人はもっと社会性のある男性を選ぶだろう。
彼が「いずれ紹介するよ」と言いながらも、結局紹介されずじまいだった相手と、
こうして偶然出会ったことにはきっと何か意味があるだろうと私は思い(思い込もうとし)、
さらに純粋に彼との話をとにかく吐き出せる人がほしくて、私はその後彼女を定期的に飲みに誘った。
最初は遠慮して月1〜2度にしていたのだが、彼女が本当にお酒を美味しそうに飲むし、実際ものすごくお酒が好きで、
毎日一人でもバーに行くことがわかってからは遠慮せずに誘いまくるようになり、
彼に振られて1年めには、私が彼女と飲む頻度は、週に1〜2度に増え、
さらに2年めには、土日のどちらかはかならず私の家に遊びに来るようになり、
そうして3年めを迎えようとしている。
合コン中に小説を読み出すほど読書家だったAと友人なだけあって、
1日あけて会えばその間に読み終えたSFの話をしてくれるし、
私が仕事で悩んでいるときには、適した分野の新書を紹介もしてくれる。
映画や展覧会にもよく足を運んでいて、おもしろかったものの感想を教えてくれる。
「次は一緒に行かない?」と誘っても、「一人で行きたいから」と断られるので、
一緒に映画や展覧会を鑑賞したことはないが、それぞれ見たものの感想を言い合ったりもする。
Aが引っ越したとか、最近はこういう本を読んでたとか、いっしょにあの映画を観に行ったとか。
頻繁に飲むようになってからは、私もそのあたりを正面からイジったりしてみて彼女の反応を見てみたが、
「え〜〜、たしかにAくんはかわいいしかっこいいけど……ほっとけない弟みたいな感じなんだよ」
と毎度否定され、そこには一切のやましさの感情がないのが見て取れる。
というか、どうやら彼女には「誰かと誰かが仲良くしていて、負の感情を感じる」
ということが、生まれてこの方ないらしい。
だから、「自分の行動で、周りが負の感情を感じる」ということも全く理解できないそうだ。
たしかに、もし私が彼女だったら「こんなに元カノと仲良くしていたら、Aに対して気まずいかも」と思うし、
私がAで、この状況を知ったら、こころよくは思わないだろう。
そのことを指摘したら、「あーーーーそういうものなの!」と目をパチクリしていて、
それも彼女の育ちの良さであり、育ちの良さゆえの鈍感さであり、美徳でもあるのだなあと、
なんだかおかしいやら腹立たしいやら、不思議な気分になってしまった。
それで気づいたのだ。
いつの間にかAの生死とか、振られたことなんてどうでもよくなっていて、
彼女はとっても育ちがよくて、鈍感で、きっと私が彼女をいつのまにか好きになっていたことに気づいておらず、
しかし一方で、彼女自身もかなり私のことが好きなのだと、最近は確信できてきた。
私の感情は間違いなく友情じゃなくて、彼女の裸を見たいなと思うときすらある。
でも、一体どうしたらいいんだろう。