はてなキーワード: 生き恥とは
面倒を連れまわって歩くような奴らがいる。突っ込んでほしくないところに首を突っ込み目をぎょろつかせ聞き耳を立てそこらじゅう嗅ぎまわる。
生き恥でありクソ馬鹿だ。死に急ぎながら墓穴も掘ってる。用意周到だ。とうてい憧れられない。反面教師としても役立たない。
なぜ余計なことだけピンポイントでするのか。人知を超えてる。脅威そのもの。天災でありながら人災でもある。こわい。
人間プラマイあるだろう。ただマイナスがでかすぎる。人の日常と幸せを踏みつぶしていることに気付かない、気づいているのに悪びれない。化け物かよ。
多少言い過ぎた感じはする。ただ俺の中のうんざりを吐き捨てるには多少の誇張がいるのだ。・・・ふぅ・・・。
あなたは僕が誰で僕の言う「彼女」が誰のことがお分かりのようですね。彼女のご友人でしょうか?ご家族の方でしょうか?
彼女が自ら命を絶ち、その大きな原因が僕にあるだろう事は十分承知しています。あなたの大事な人を永遠に失わせてしまった事は大変申し訳なく思います。あなたがもし何かのつてがあって、僕に連絡を取れる状態にあるのだとしたら、直接会ってお話しすることも出来ます。あなたがそれを望んでいるかは別として。
僕がこんな事を言える立場にないのは十分に承知しているのですが、僕自身も彼女がこの世を去ったことに忸怩たる想いがあります。しかしこれ以上のことはここで書いても仕方のないことでしょう。僕が命を絶てば済むという問題でもない。むしろ生き恥をさらすことが僕の使命だと思っています。
彼女のご友人、ご家族、そして何より彼女自身に心より謝罪します。僕には彼女を愛する資格はなかった。消え去るべきは僕自身だった。今となってはくだらない言い訳ですが。
戦後の混乱期に闇市を拒否して餓死した裁判官がいたけど、彼は「法に殉じた」という意味では
首尾一貫しているが、その行動が総合的に見てどうだったのかは別問題であるように
(彼には妻子はいたんだっけ?)。
その話は聞いた事があるけど
その裁判官が平時から「いかなる場合にも法を守れ」と言ってたのなら
彼の言動は最後まで一貫してたわけだ。
誰も彼に「言ってる事とやってる事が違いますねw」と言えなくなった。
いざ事に臨んで自分にそんな覚悟無かったと気付いたとかで
節を枉げるのは大いにやればいいのさ。
それで助かる命や不安解消の方が大事って判断は当然あるだろう。
ただ、その場合は言ってきたこととやってる事が合わなくなったわけだから
その人のこれまでの発言は検証されて笑いものになることがあろうし
その人のその後の発言が冷笑や侮蔑を持って迎えられる事もあり得る。
いわゆる「生き恥」っていうのはそういうことだ。
なにもかもが都合よくチャラになるわけないだろう。
自分が出来もしない事は述べたり人に強いたりしなきゃいいだけだ。
過去の定石だと、予算案と国債に関する法案を通す事を条件に解散総選挙、支出に関する法案は再開後の国会で審議というのが、落し所である。もっと早い時期であれば、そして、民主党が公約を実現していれば、内閣退陣を条件にし、政権はたらい回しという55年体制に持ち込めたのだが、タイミング的にも、支持率的にも、もはや選択肢にはなりえない。
4月の統一地方選の投票日に衆議院を重ね、バランスを取ろうとする大衆の心理を利用して、地方議会の議席か衆議院の議席のどちらかを取るという考え方で延命を図るというプランしか残されていない。
子飼いの地方議員が生き残れば、衆議院を落選していても地盤は維持できるし、衆議院の議席が維持できれば、地方議員の面倒は見れる。持ちつ持たれつで地盤を維持していくというのは、自民党的なやり方である。
もっとも、民主党の中央議員は、地方議員の面倒を見ていないようである。親小沢だと、その辺の指示を出してくれる人をつけてもらえるようであるが、その意見を受け入れて、地元の面倒見をやっているのは、いないようである。親小沢であると、党中央に目をつけられるし、地盤の手入れには金がかかる。次の選挙で勝てればよいが、今の党中央では、負けた後でも、その地盤の候補でいられるかどうかの保証がないとなれば、地盤に金を注ぎ込んで手入れをするのはやめて、金を貯めておく方が良いとなる。地盤に金を注ぎ込んで手入れをしていると、選挙を望んでいると解釈されて、政権が長続きしない事を望む反動勢力であると認定されかねない。小沢氏からつけられた秘書は返上しましたと、党中央に答えた方が、覚えが良くなるというのもある。
選挙は別々にした方が、裏工作が効く。衆議院選挙の間は、議員の事務所は選挙違反の内偵が付きまとうが、地方議会の議員の事務所はノーマークになる。反対に、地方議会の選挙期間中は、衆議院議員の事務所はノーマークになる。票の買収工作をやる裏選対はノーマークな方でやるというのが、選挙の常識である。この常識に添うならば、統一地方選と衆議院のダブル選挙はありえないとなる。地方議員を切り捨てるようなことをしていながらも、その選挙を利用して、有権者のバランス感覚だけにすがりつかなければならないほど、今の民主党には道が残っていない。
凡人は、凡人としての生き方を貫くべきであり、非凡でなければ勤まらない地位や職には、まかり間違ってもつくべきではないのだが、その程度の事すらも理解できないほど、日本人の質が劣化している。無能な政治家が生き恥を晒している様を見て、他山の石とするようになれば良いのだが、さて、その生き恥を晒している本人が、恥と思っていないというのが、実は、一番の問題なのかもしれない。
女はそれくらい嫌いになるまで表に出さないから。
女の恋愛相談なんて「好きな男とどうやったら付き合えるか」より「付き合ってる男への不満をどう解消するか」の方が圧倒的に多い。
そうやって我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して、耐えられなくなってから別れを切り出すから
別れた相手の事は
としか思わないんだよ。
折伏用の知識を我が身に向かって使い、なぜああした、なぜこうしたと、日々明け暮れるまで勤行と唱題を続ける。
日々の暮らしで分かったことは、逃げ帰っても、呵責に責められ、魔に食われ滅ぼされそうになり、なぜああした、なぜこうした――そんな風に我が身ばかりを呪い、右にリア充いれば呪い殺したくなり、左にかつての見知った人がいれば凶器を握りたくもなる。御書開けば、それは畜生だの地獄だのと説き、ああもなぜにこう落ちぶれたのかと悔い改め、爆薬抱えて秋葉原だの、毒薬抱えて池袋だの、そんな風に自爆を行って数多の人を葬らないように務めようとし、なぜああした、なぜこうした、どうしてこなった……そんな風に自分は嘆いている。
されど悔い改めたところで現実は変わらぬ。
されど謝りわびたところで現実は変わらぬ。
今のこの手で過去の自分を引っ張り出せれば、木刀もって殴りたいところであるが、まあ、それも無理な話。やってしまったものはもう戻らない。やってしまったものは直らない。やられる前、しでかされる前にも巻き戻らない。一年、二年、三年、振り返り、あのときこのときに戻りたくても戻ることも叶わない。ここまで来た以上、どうせみすぼらしく生き恥をさらし、のうのうと日々を明け暮らし、ああ、己は愚かだと嘆き、それを繰り返して、こんこんころりと死ぬしかない。かつて好きだった人が去った後、二度も三度もただただ狂っていった。裏切ったのはどちらだったか。きっと信じれなかった自分の方じゃないか。もしも出来た人間であれば仲違うこともなかったのではないか。そう考え、そう引きずられ、ただただ、狂っていくのが分かっていた。すがりつき、蹴飛ばされ、不安になり、殴られ、傷口だけを広げていた。
とまあ、こんな感じで失意のどんぞこのあとメチャクチャに破壊していったんだ。
自暴自棄になって荒むに荒んだんだ。そんなもんだから、ろくでなしだのなんだのいって自己憐憫に耽ってはどこかに向かって「ごめんなさい」と頭を下げている。一回転んでどうしようもなく連鎖式にぶっ壊しても仕方ないんだ。そういう増田もいるのだよ。たった振られただけでこの様。その後、何も信じていなくて別のものまで傷つけ壊して、この有様。
でも色々勉強はしたように思うよ。俺も。痛みを覚えるのなら何も考えない方がいいとかさ。アイビリーブインフューチャー? 別にそうでもそうじゃなくてもいいよ。自分が不幸だと周りも不幸にしたくなるし、自分が余裕あるといけしゃあしゃあと誰かに向かって「あんたも幸せになるよ」とかほざくのが人間だと思ってる。バカだと思うよ。けど、たまたま増田もそんな風になっているんだろう。たまたまだって割切っておけ。今だけだ。いつまでもそんな風であると「しにたいでござる! しにたいでござる!」ってなってちっとも良くはならないよ。
苦しいなら寝ておけ。寝られないなら天井の木目でも節目でも数えていろ。それで少しはマシになる。
立ち直るの失敗すると、こんな風になるんだ。失敗を失敗の上塗りにして、どんどん落ちていく。何も信じられなくなって、別のものまで連鎖式に壊す。
壊した物に対して謝って、裏切られるようにした自分のことも謝って、最後に裏切っていた自分のことも謝りたい。そうなってからでは遅いよ。
逃げては戻り。戻っては逃げる。
なくした人を指折り数えては、
一人懺悔を繰り返し、
過去の己の過ちを嘆いては、
一人謝罪を繰り返し、
過去の周りに手を伸ばしては、
一人弁解を繰り返し、
意気地のない自分に見飽きては、
一人奮い立ち、
もう逃げるのはやめましょうやと独りごちた。
何度落ちても這い上がり、
何度けられても立ち上がり、
何度傷つけても逃げず、
ただただ一人前を目指し、
ぐちぐちとした性分を変えようと、
かきすて繰り返し、
みじめったらしい自分を死ぬまで引きずる気で、
さあ、行き恥さらしましょうやとにやけ、
ただ己を恨み、
ただ己を憎み、
もう一度、二度、三度、迷惑をかけようとも、
人死や物取りにはなってならんと自戒し、
仮になったならば死ぬまで引きずり、
やはり惨めったらしい自分を晒し、
生き恥を見せて、
逃げるのは辞めましょうやと独りごちた。
僕はそのとき、「生き恥をさらしたくない」、といって死ねる自信がありません。
きっとずるずる生き延ばして、誰かに介護してもらうことになると思います。
元増田です。
仮に「人生のうちで介護を受けたい〇年の分だけ介護のつくべし、その時期も長さも自由」
だったとき、僕はすげー怠けものなので、ずるずると先延ばしにしちゃって、
気がつくと介護が必要な状態になってしまうように思うんです。
僕はそのとき、「生き恥をさらしたくない」、といって死ねる自信がありません。
きっとずるずる生き延ばして、誰かに介護してもらうことになると思います。
・兵役みたいな感じで、60歳以上の人の介護職への従事を国民の義務的負担に。
という風にしたのは、僕みたいなだらしないフリーライダーが少なくなるように、と考えたからです。
ちなみに前倒しで介護の義務的負担を消化することには賛成です。
これについては(あと出しじゃんけんで申し訳ないのですが)元のエントリにも最初書こうかと思ってたんですが、
あんまり細かく書きすぎるのも話が拡散しちゃってだめかな、と思ってやめました。
普通は逆のような気もしますが、、、というか、単に個人差の問題かもしれませんが、、、
どうも困った。
例えば、2ちゃんねるのコピペなどを初めて目にすると、ほどんどの人が感心すると思う。
2ちゃんねる自体はともかく、コピペだけは本当に感心させられるものが多いからだ。
正直、何千個もありすぎて、いちいち例を挙げてられないが、例えばコレ。
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ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。
壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。 「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」 一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、
いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」 「それは違う」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」 君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、 君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう
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初めてコレを見たのは3年前くらい・・・?
その時は、
『なるほど~!!』(;゚∀゚)=3ムッハー
と、超、めっちゃ感銘を受けてもう、「よ~し!!やるぞ~~!!」的な気分になったのを覚えています。
が、そういった色々なコピペを追っていくと次第にコメント欄などで
『今どきこんな古いコピペに感心してるとか(笑)』
『見飽きた』
『似たようなの無かった?』
等というコメントが目立つようになってきたのを感じました。
この他にも本当に色々といいコピペがあるのですが、確かに自分も「なんか最近マンネリ、、、というか飽きた」という感じで、
「きっといい話なんだろうな~」としか感じられなくなってきてしまったわけですよ。
で、そこまで考えて、ふと思ったんですが、、、、
面白い、興味深い、といってくれる人も何人も居るけれど、
『いい加減、この話の持って行き方には飽きた』とか
『ま~た、奇をてらった文章の書き方しおって。ミエミエなんだよ!』とか
『最近話題偏ってない?同じような話ばっかりで読んでいても詰まらない』
とか思われてるんじゃないかな~と。
いや、実際思われているでしょう。
自分の文章レベルの限界に気づいたとき、はたして情報を発信するのをやめるべきか、続けるべきか。
さっと辞めるのも潔いと思うし、
そもそも個人の日記なのだから、駄文を垂れ流すのも侮蔑されるのも自由なわけで、
おめおめと生き恥をさらし続けるのも自由なわけだ。
書き続けている間に、そのうちまた自分の文章レベルも上がるかもしれないからだ。
【結論】
勝手にしろって話ですね。
1 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 12:13:15 ID:MpxaJqUo
あ や な み は
2 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 12:42:53 ID:???
3 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 13:16:56 ID:???
はやなみは
はやなみは何っ!?
4 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 13:36:00 ID:???
俺の嫁?
8 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 15:18:43 ID:???
や さ い し か く わ な い
が>>2に書き込まれれば最高だったのに
9 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 15:20:32 ID:???
>>2
君には失望した
10 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 16:21:29 ID:???
>>2 はKY
11 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 16:35:33 ID:???
>>2 涙 目 w w w
12 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 19:30:57 ID:???
ワロタww
13 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/02(土) 22:20:07 ID:???
14 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/03(日) 22:54:39 ID:???
>>2は右手が生涯の伴侶
15 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/03(日) 23:24:09 ID:???
みなさん、>>2は重度の精神的病に犯されてるんです!彼を責めないでください!
責めてよし
16 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/05(火) 19:37:14 ID:???
>>2
あなたが死んでも代わりはいるもの
17 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/05(火) 22:51:24 ID:ohkZwQIu
>>2
無様ね
18 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/05(火) 22:52:48 ID:F1iMgszL
>>2
あんたバカ?
19 :2:2008/08/06(水) 01:40:07 ID:???
お前ら死んじゃえ
20 :名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/08/06(水) 17:05:55 ID:???
>>2再起動!
そんな、これ以上生き恥さらせるはずありません!
ま、まさか・・・・
暴走?
松岡農水大臣の自殺は、ナントカ還元水関連等の表面的な問題ではなく、より根深いものに起因している気がする。というのも、自殺したのはちょうど大臣と関わりの深い緑資源機構の談合疑惑で特捜が動き出したころであったし、大臣が自殺した翌日には緑資源機構の前会長も自殺したからだ。松岡農水大臣の遺書、つまり死に際する最後の言葉が、「私の不明、不徳のいたすところ」である以上、何かしらの罪悪を抱えている可能性が高い。緑資源機構に関して、予想以上に大規模な不正があるのではないか。
しかし、私がここで関心を持つのは罪悪そのものではない。罪悪のために、大の大人、それも2人もの大人が死を選択するということだ。世の中は「経営者が自分の私利私欲のためだけに不正をする」ような、単純な構造ではないと思う。場合によっては(あくまでも場合によっては)不正に関わらなければいけないときもあるのかもしれない。だがその場合には、罪悪とともに生きる覚悟がなければいけないのではないか。
いったん罪悪を引き受けるのならば、それが表に出たときにでも毅然と生きていけるか、予めそこまで考えて行動しなければならない。松岡農林大臣は、罪悪に対してあまりに無自覚であったし無責任であったのではないか。だからナントカ還元水のようなしょうもない問題がいっぱい出てきたのだろう。だから現職大臣の身分で自殺するというふざけた選択をするのだろう。この大臣の間違った保身に比べたら、収賄で逮捕されて地位を失い、生き恥を晒しながらも精力的に活動している鈴木宗男の方がよっぽどかっこよく見える。こんなおっさんを聖人にしてはいけない。
とはいえ、自殺に至る心理なんていうものは、一種の精神疾患なのだろう。ZARDの後追い自殺とか(笑)。ご冥福をお祈りします。