2016-04-17

新卒だけど2回休職して仕事辞めた

24歳、女。

新卒で入った会社を2回も休職して辞めた。

その事についての罪悪感だとか、自分の不甲斐なさだとか、そういったもの自分の中で折り合いがついていないのでここに書く。

一回目に入った会社は高級志向小売業

私はそこで販売職として入社大卒販売職か、と思われるかもしれないが、接客が好きだし、人事もとても感じが良く、良い企業に入れたと喜んでいた。

自分で言うのもなんだが、私は同期の中では学歴が高い方だし、研修中は積極的発言し、プレゼンもよく褒められていたし、私は人事から期待されてると思った。

事実、配属は会社花形ブランドの売上の多い店舗になった。

しかし、そこの店長ちょっとおかしかった。

50代男性。売れないと、あからさまに機嫌が悪い。他ブランドをけなしまくる。舌打ちをする。あとは特定されてしまうので詳しくは言えないが、あまりにも態度が悪すぎて、百貨店をクビになったこともあるらしい。色々問題はあるものの、大きな店の店長を任されていたのは、販売員としての実力があるからである。(いくら実力があるからはいえ、問題のある社員を大きい店の店長にしている自体会社おかしさに気づくべきだった)

先輩も、ちょっと変だった。

50代女性。何か話しかけると、常に返事は「は?」。

全然接客しないし、パートさんとおしゃべりばかりしていた。商品の知識は、聞いても大体分からない。

勤務中に、定時前なのに勝手に帰ったこともある。私の事を生意気生意気言い、話を大げさにして悪口を広める。

今思えば、他の先輩も非常識だったり失礼なヤツが多かったと思う。

しかし、悪いことばかりではなく、職場では私はすごく若かったから、みんなに可愛がられたし、楽しいこともたくさんあった。

その問題ある店長も、表では怖い顔しながら、裏では私のことをすごく褒めていたりしたらしい。

私は、売上も良かった。他の先輩が、本当によく頑張ってるよね、と声をかけてくれたこともある。

しかし、店長や先輩の当たりはやはりキツかった。

人事に相談して、上から店長に注意してもらったりした。

店長の態度は少し良くなったが、売れないと睨むなどの威圧的な態度は変わらなかった。

50代女性も相変わらず悪口を広めるし、何か聞いても「は?」だったが、もう諦めることにした。

あと一人、嫌な人がいた。

40代女性パート。表では、私の事を可愛い可愛いいうくせに、私がミスすると鬼の首をとったかのようにみんなにミスを広める。

特に、お局的パートにすぐに言いつける。肌荒れてたり、唇が乾いてたりすると、「うわー肌荒れてるねー!」とか、「唇ガサガサだね!」とか言ってくるのもすごく嫌だった。

でも、人事には今の状況は再三言ってるし、注意もしてくれていた。

自体は好きだし、仕事も慣れたところだし、異動する気はなかった。

上司が嫌だとか、職場に嫌なヤツがいるというのはよく聞く話だし、こんなものかと思っていた。

色々辛かったけど、「こんなもの」と思って受け入れることにした。

しかし、段々と、私はミスが多くなっていった。

そして仕事のやる気も下がっていき、ほぼスッピンに近い状態で出勤したこともあった。

あと、仕事で怒られて家で泣いたり、家族に当たったりすることも多くなった。

仕事に身が入らないからミスをし、それを怒られ、また仕事に身が入らなくなるという負のスパイラルであった。

そんなある日、私は職場にいけなくなってしまった。

職場に行こうとすると、涙が止まらなくなってしまう。

その日は体調が悪いと言って休み、次の日もいけず、これはヤバいと思い精神科に行ったら「休職しなさい」ということで、それ以来この店では働いていない。

人手不足の中、私が急にいなくなったことでどんなに迷惑しているだろうと思うと本当に死にたくなった。

2週間くらいは泣きすぎて記憶が無い。1ヶ月経って、精神科先生に働いてOKと言われたので、異動して働く事になった。

お世話になった店に、挨拶に行ったら、お局的パートに「あんたみたいなのは異動先でも生意気なこと言って殺されるわよ」と言われた。怖い。

次のお店は、人は本当に良い人だった。

生意気だなんて、一回も言われなかった。

しかし、私はうつになりかかってしまったのか、能力が驚く程落ちてしまった。

とにかく、忘れっぽくなってしまったのである。言われた指示を、最後まで聞いて、覚えて、実行するということがさっぱりできなくなってしまった。

今度の店長はすごく良い人だったが、さすがにイライラしていた。

また、通勤中や、お店に立っている時、動悸がした。

非常に疲れやすく、駅のホームでしゃがみこんでしまうこともあった。

家に居る時も、何にもないのに涙ぐんでしまう。

お客様笑顔を向ける、ということもすごくしんどくて、ついに感じが悪いというクレームも来てしまった。

本当に本当に、みんなに迷惑をかけてしまった。

まともに働けていないし、仕事を辞めたいと店長相談したところ、人手不足なので辞めてほしくない、退職はいつでもできるから、また休職してはどうかと言われた。

精神科先生とも相談し、ここで私は2回目の休職となる。

2回目の休職では、休みに入った途端、色々な抑うつ症状がいきなり治ってしまった。

今まで、期待に応えなければいけない、新卒で入った会社はなるべく辞めない方がいいという考えに縛られていたが、その限りではないのではないかと思った。

見たところ、店長は色々なことが求められるわりに見返り(給料)が少ない。

最初は、私もゆくゆくは店長となり、店を引っ張って行こうと考えていたが、これは、あまり良い道ではないかもしれない。

現に、前の店長も、今の店長も、辛そうだったではないか。

それに、第二新卒で辞めた人は何人かまわりにいるが、みんな普通に働いている。何とかなっている。

これは、この休職中に求職するのが得策ではないか?

そう思い、早速転職エージェント登録し、転職活動を始めた。

なかなか上手くいかなかったが、私はとある企業営業職に内定をもらい、そこに勤める事にした。

当然、今の企業退職することになる。

退職について話し合った人事は、私が就活ときからお世話になっていた方だった。

私が退職をしたいというと、やはり暗い顔をした。

しかし、私の意志が固いのをみると、「分かりました、また機会があれば一緒に働きましょう」といって退職を受け入れてくれた。

短い間だがお世話になった2回目のお店にも、退職になった旨をご挨拶に行った。

社員の中には、私が一人前になったら辞めようと思っていた人もいて、帰ってこなくて残念だと言っていた。

これも自分決断なのだが、やはり、今でもこのような退職をしてしまったことについて色々思う事がある。

2回目の休職の時、企業専門医と話をした。

規則正しい生活をしているか食事は3食しているか、先輩が私に意地悪だったのは、私にも原因があるのではないか。

日々の生活時間を書くように言われた紙を、さも規則正しく生活しているように、雑な字で出してしまった私。

日中やることがないのに、規則正しくなんて生活できるはずがなかった。休職中は、絶賛昼夜逆転中だった。

その紙を見た人事は、絶対、嘘を書いていると見抜いていたと思う。そういう顔をしてたから。

1回目の店では、ひどいことが色々あったけど、楽しいことも色々あって、意地悪な先輩も優しいところもあって、辞めたいとは思っていなかったこと。

その先輩達に、大きな迷惑をかけて辞めてしまったこと。

2回目の店では、今度こそ頑張ろうと思っていたこと。でも、ダメだったこと。

めちゃくちゃ覚えが悪かった事。そのせいで店長を顔が引きつるほどイライラさせてしまったこと。

人手不足の中、休職に入ってしまったこと。

会社の期待に沿えなかったこと。

なんでこうなっちゃったんだろうな、どうすれば良かったのかな、と、今でも思う。

しか皮肉な事に、あれだけ企業専門医に「規則正しい生活をしなさい」と言われていたのに、休職中はまったく規則正しい生活はできず、新しい会社に入った今、11時に寝て7時に起きる生活ができている。

そもそも、販売職は早番遅番の日があるし、規則正しい生活は難しいのではないか。

今は、なぜか実行能力も上がり、帰ったら資格勉強なんかしてしまっている。

資格を取ったり、上に行けば行く程見返りがドンと大きい仕事をしているかである

仕事なんて、してみないと分からないことだらけだ。

思えば、もっと雇用流動性が強くて、「新卒はすぐに辞めると良い目でみられない」などの偏見がなければもっと早く辞めたのにな、と思う。

少なくとも、いきなり会社にいけなくなったりすることはなかった。

今は体調良いし仕事もまあまあ上手くいってるから順調だけど、未だ前の会社のことは1日5回以上は考えてる。

その度にああでもないこうでもない思ってる。

未だにふっきれてない出来事から増田に書いてみた。

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  • うつ病というより適応障害だったのかな。いろいろ勉強になった。

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