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はてなキーワード: ディベートとは

2012-02-13

記事の内容・ブクマ面白いのは〜250ブクマまでだなぁ

ブクマ数毎に記事・ブコメの質が変わってくる

はてなウェブ上を巡回していると気づくが、ブクマ数毎に記事・ブコメの質が変わってくる。ただブクマが多ければ記事の質も比例してよいというわけではなく、数に応じて傾向がある。


1〜3ブクマ

人気ブクマには上がらず、その情報を探していた人にとっては有用情報が記事になっている。またはブクマする癖のある人がふらっとブクマしただけ。


4〜30ブクマ

その情報を探していた人にとっては「非常に」有用情報が記事になっている。特定の人ではなく、特定の分野(カテゴリ)に属する人が集まりコメント属性の近い人同士で有用意見が集まる。


31〜100ブクマ

この辺りからホッテントリに表示されるようになり、特定の分野に関係の無い人、また同じ分野でも記事の意見に否定的な人が集まってくる。id指定のディベートも起こるようになるが、「あなたはこういう意見、私はこういう意見」という互いに頬をひっぱたき合って互いに納得する、調和が取れた状態で落ち着く。


101〜250ブクマ

ブクマが二分している状態または片方の勢力にドヤ顔ケチをつけ、「多数勢力になびかない俺かっこいい」的コメントを残す人(はてな村中級者に多い)が段々出てくる。

※ただ、既に31〜100ブクマで議論が交されたところにいきなり踏み込むと、その議論が起きるまでの経緯なしに目にすることになるので「何こいつら熱くなっちゃってんの」となってしまう心情は理解できる。


このような流れなので、せいぜい250ブクマまでが記事、ブコメ共に楽しめるバランスのいい状態。これ以上ブコメがつく記事については、そのブクマ数に達するまで短期(0〜2日)か中長期(3日〜)かで質が分かれる。


250〜ブクマ(短期)

割と常識過ぎてその筋の中上級者には記事にする気すら起きないような内容(Excel で If の空白処理とか)だが、初心者には目からウロコとなるような記事はホッテントリに上がるや否や凄まじい勢いでブクマがつく。こうなると、「やり方が間違っている。正しくは○○だ」という親切心や「こんな適当な記事でブクマ数集めやがって」という嫉妬、「なんでこんなブクマついてるの」という、ブクマするお前が言うなっていう大衆忌避のブコメダイソン状態で集まってくる。こういう記事は内容だけ軽く頭にとどめておき、ブコメ阿鼻叫喚ぶりをサラっと眺めてページを閉じるのが精神衛生上ちょうどよい。自分も熱くなってしまったら負け。


250〜ブクマ(中長期)

こちらは、記事の内容がよく推敲されておリ、脊髄反射的によさげ雰囲気だけでブクマされたものではなく、内容を丁寧に読んだはてな村民が丁寧にブクマした結果で時間を掛けてブクマ数が増えているため、内容が自分に合っているのであれば素直に便乗してブクマしておくべき記事であるブコメも(ブコメ数)/ 100 ぐらいの数で記事に新たな視点を加えるような建設的・効果的な意見が上がっていることも多いので、はてな村民としては「ブクマが多いページをブクマして多数になびいたら負け」という気持ちからブクマをせずに閉じてしまいたくなる衝動にも駆られるがそこは我慢。新しい知識を得るための痛みだと思って恥を捨ててブクマした方がいい。


結論

2011.3.11震災以降、情報に敏感な人が増えたのか、昔よりも記事のブクマ数が増えてきたように思う。ユーザ数が増えることは称賛すべきことだけど、(どんなサービスでもそうだが)多くなりすぎるとノイズが増えすぎてコンテンツの質を損なってしまうことが多々ある。

だけど読むべき記事、読まなくていい記事、コメントしなくていい記事など一人ひとりで基準を持って使っていれば、(時代の流れやユーザ数の遷移に伴って基準は修正しなければならないけれど)自分が得たい情報以外に無駄感情精神力を使わなくて済むので、はてな村の皆様もぜひはてなリテラシーを高めて過ごして頂きたく。

2012-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20120107172916

アメリカでは小学生の頃からディベートの授業があって、小さい頃から物事を論理的に考え批判的に見る訓練をしているらしい。

それ富裕層の子供が通うとこ限定の話だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20120107142047

それはディベート教育にあたるのでは?

アメリカでは小学生の頃からディベートの授業があって、小さい頃から物事を論理的に考え批判的に見る訓練をしているらしい。

議論のテーマ子供コミュニティ内での倫理道徳などではなく、具体的な環境問題政治の問題。

自分で資料を集めて意見論理的に構築し、クラス内で発表して批判を受ける。

ディベートルールが体系化されていて勝ち負けを競う競技としてあって、高校では全国大会まであって、日本でいう甲子園のような盛り上がりらしい。

そりゃ学校でもプライベートでも「空気読んで思考停止」しがちな日本人は持ってかれますわ...

http://togetter.com/li/206101

こんなまとめもありますよ。

2011-10-21

おもしろカンコクンのディベート記録

元増田

スワップってIMF通したほうが良かったんじゃないのかな

 返済条件は厳格にしないと…」




1.そんなことしたら韓国は借りないよ!

    ↓

  なら貸さなければいいような…

    ↓

2.韓国のほうが立場が強い!黙って貸してればいいんだよ!

    ↓

  困って金借りるほうが強いってことはねーよ…

    ↓

3.韓国は借りずに破産したっていいんだぞ!

    ↓

  破産して一番苦しむのは韓国からそれはねーよ…

    ↓

4.…韓国論理的に行動できないんだよ?しらないの?

    ↓

  もしそうなら尚更金は貸さないほうがいーよ… もうあんた言ってること支離滅裂じゃん

    ↓

5.俺は最初からスワップ反対だし!誰と戦ってんだよ!

    ↓

  うーん…………




3あたりから本格的に苦しくなって笑いで誤魔化そうとしだす

4あたりから嫌韓風にキャラチェンジして誤魔化そうとしだす

5ではとうとうもとの主張を大反転の荒業で逃走




ちなみに4あたりから

自分が書いた文章に後付けで嫌韓っぽい文章を付け足している

いじましい努力だけどトラバツリーから見ると後付け部分は割りとバレバレ

http://anond.hatelabo.jp/20111021104708

2011-10-13

脱原発思考になった人とやりとりしていたら全く違う認識をされていた

 その人とは東日本大震災からインターネットを通じて色々仲良くさせてもらっていて、
子育てもしていて仕事もされていて、話も合うし大切な人間関係に育てていけたらいいなぁ。
と思っていました。

言葉が荒っぽいこともありましたが、自分自身もそういうことがありますし
「そういう気分のときもありますよね」
と気に留めずお互い一様の関係を維持していました。


 それが原発事故が悪化していく中で少しずつ変わっていきました。

その人は脱原発に関係することを色々教えてくれるようになり、
以前はそれほどの頻度でもなかった荒っぽい言葉を口にされるようになっていき
自分は心が痛むようになりました。


 自分原発のある地域で育ちました。
原発が実際にある地点からもそう遠くなく、幼少の頃から資料館のような
施設に立ち寄ったり学生の頃には原子力発電所にまつわるディベートのようなことも
学生間で催され常に考える機会がありました。成長すれば成長するほど、
どうして原子力発電所はここにあるのか?何故ここじゃなければいけなかったのか?
という不満と不安が沸き起こってきました。

 その大きな理由は「絶対安全」ではないかです。
色々なものごとで「絶対安全」というものはありませんが、原子力発電所という
何か起こってしまったら極めて広い範囲に影響を与える上に、生活圏が非常に長い間
おそらくは自分が生きている間ですらも元に戻らないかもしれないという可能性が
あるのです。

 このような考えをするようになってから原発はなくなってほしい。
なくなる術はないものか?と子どもなりに考え、両親に話をしたことがありました。
両親は当時幼稚だったろう自分の話をしっかり聞き、聞いた上で原発はなくなることが一番
だという思いを語ってくれました。そして、それと同時に

「外でそのような話はしないように」

と言われました。何故話してはいけないのか?と問うと

「あってもいいと思う人、なくなればいいと思う人本当に沢山の考えがある。
 あってもいいと思う人もこの土地を悪くしてやろうという思いで原発建設に
 賛成したわけではない。あなたが、この地域でこれから生きていくなら今は少し待ちなさい」

それは両親の優しさであったと思います。祖父に聞いた話だと、原発建設に際して
賛成派と反対派相当な応酬があったそうです。同じ地域に暮らす人たちが仲良く暮らせないような
そんなギスギスしたものもあったそうです。

 それから町の景色が変わりました。一見すると平和そうな穏やかな時間の流れる
自分故郷が、見えない何かによって穏やかさを装っているようなそんな風に見えるようになりました。
 自分はといえば、自宅の周辺に広がる自然を眺めながら、ただ涙する日が増えました。
何故危険ものがありつづけることが認められるのか。この時は分かりませんでした。



 時を経て、色々なことを知り地域にとって原発の良い影響も知ることが出来ました。
それは一介の田舎にはありがたい恩恵だったと思います仕事が出来、人が集い、町を守るために
お金を使える。田舎でしたが、福利厚生という意味では自分が育った地域原発から得られるお金地域の人が暮らしやすい環境が整えられていたと思います。その現実を見たときに、自分は
当然の対価だとも考えました。

いつ何時、暮らせなくなるかもしれないのにも関わらず、原発は動き続けていて電力を
色々な地域に送っているのだから、そのリスクと比べたとき地域が受ける恩恵はあって
しかるべきだろうと至ったのです。

 それと同時に、このまま原発の甘い汁を吸い続けていても故郷はいつまでたっても
より豊かになることはなく緩やかなカーブを描き衰退していくだろうと思うのでした。
みんなが意識しあって、町を形成することで活気がありそれが様々な商売に繋がり、結果として
豊かになることが正しい形だと思っているかです。


 色々なことを知りましたが、自分の中の答えは原発がなくなってほしい。これに変わりはありませんでした。


 これは脱原発の考えです。
 でも自分の心は、最初に紹介した「その人」の言葉に痛みます。

 同じ考えであるはずなのに、どうして痛むのか。
おそらくは「その人」の見聞きしている脱原発お話が、ただの防衛手段だからなのかもしれません。
「原発は危ないものから早く止めて!なくなって!」
その一点です。その中にそれまで原発を設置されていた地域への労わりもなければ、無関心を恥じる謝罪もなく、
ただ「危ないから、とめて」。
 止まることは良いことです。その止まった後、おそらく半永久的に残ることになる施設の後始末であったり
欠落した地域収入引いては地域に住む人たちが強いられる環境の変化、そこまでの意識はないんじゃないかな。
と心配になりました。

 仮にここ数年後に日本の全ての原発が停止して、より安全性の高い電力エネルギーにより補填がなされた時
誰か気にする人がいるでしょうか。原発があった場所は、今どうなっているのかな?その地域の人たちは
幸せになったかななんて思ってくれる人がいるのでしょうか。


 今まで親しくさせて頂きましたし、これからも「その人」と本当に関係を保ちたい。
そう思っていたので、自分もその方に少しずつ思っている事であったり感じていたことをお伝えしていました。
 ですが先日、予想だにしない言葉をその方から聞きました。
自分は酷く傷つきました。その旨を伝えると、その人も自分言葉に傷ついた事があったそうです。
それは自分がその人に切々と伝えていたある部分でした。自身の言葉足らずもあったので、謝罪をし改めて
思いの丈を伝えようとしましたら、迷惑だと伝えられました。

あなたは、こちらの気持ちを踏みにじっていると。原発暮らしてきたからだろうと思って
黙って聞いてきたけどと。



 その人には今までの非礼を詫びました。気付かなくて申し訳なかったと。
結局その人の中では、原発のある地域暮らしてきた自分を含め様々な人たちが加担者として
見られているのかもしれません。自分の胸のうちも「本当なのか」と疑われました。

 小さい頃から苦しみ、悩み、悲しみ、あきらめ、今現在原発事故の被害を受けた方を憂い、
何か出来る事をと努力している気持ちすら疑われ、それまでにその人と交わした言葉は何だったのだろうと
打ちひしがれました。自分の力が無かったのかもしれません。


 自分今日本で起こっている軽い気持ちでの脱原発思考には反対です。
(追記。先々まで考えられているなら、それはとても素晴らしいことだと思いますひとつ流行のように達成されてしまったら、原子力発電を含め発電に対する意識が
忘れ去られてしまうんじゃないかと思うからです。

 本当の脱原発は、原子力発電所の作られた場所が平穏を取り戻し、その地域の方々も幸せに暮らすことだと思っています自分の心の付箋としてこの文章を残します。

2011-09-04

今こそディベートシステム化を

最近になってようやくわかったこと。


言葉というのは、もうそれだけで力があって、書こうと思えばなんだって書けるんだということ。


ある物事を事実と認めたければ「・・・という事実がある」って書けばいいし、ある事実を否定したければ「・・・という事実はない」と書けばいい。


ここでそれが事実なのかどうかなんてことは関係ない。ただ、それを事実としたいかしたくないか、それだけの違い。




ほとんどのことはあらゆる側面から見ることで、肯定も出来れば否定もできる。

肯定する理由、否定する理由を並べてもっともらしく書けば書くほど信ぴょう性は上がるものの、ほんとのところはその文章を読んだだけではわからないし、実際に一時ソースにあたったところで、自分がそれをどう捉えるかで肯定も否定もできる。


ネットは今でも文章中心の文化から毎日大量に情報が投下されている。その中にはある事象に肯定的な人と否定的な人がいることはすぐに分かる。


たとえば原発の問題。

推進派と反対派が今でもそれぞれに意見を表明している。

その論拠も次々と出てくる。場合によっては相互に矛盾していることすらある。



ここで思うのは、何が正しいとか、間違っているとかじゃないんだってこと。ただ両者とも、まずは原発推進ありき、原発廃止ありきで論を進めている。

いわば、「推進したい」「廃止したい」という気持ちを、難しく最もらしく表現しているに過ぎない。

そして、気持ちが先行していることを文章表現で隠しているだけだから、相手方についてはまともに取り合わないし、お互いに見下した論調になっている。



ネット建設的な意見を形成することは、今のところ難しい。なぜなら、書き手が言いっぱなしでも問題ないから。

無責任が横行している。名だたる人の文章すら、ネットもの無責任で結論ありきの感情論ばかり。もしくは、「中立性が売り」



からと言って、では専門家に任せておけばいい。ネットはバカと暇人ものと割りきっていいのかというと、それは違うと思う。

日本を変えて行けなければならない、日本エネルギー政策を考えなければならない。被災地支援と復興を、将来のグランドデザインを、雇用対策を、教育を、政治を、社会


ネットは変革のためのインフラとなる可能性を秘めている。

あらゆる技術要素はすでにここにある。

あとは、情報建設的に、多数の人の意見を、誰にでも見えるように、意見対立を見えるように、そしてわかりやすい形で意見表明できるようにする。

その意見への責任を持ち、対立意見に対する真摯な態度を表明する必要があるような仕組み、ロジックを整えることさえあれば、

日本政治だけじゃなく、社会根本的に変えることができる。



これは衆愚政治意味するのではない。

真の意味での民主化を促すものだ。


一方的な感情的無責任意見の言いっぱなしではなくて、

みんなで意見を出し合い、それらを視える化した上で建設的な意見創造していく。


ディベートシステム化が、今こそなされる必要がある。

2011-08-27

一寸先も見えない27歳ニートが、5年後の未来を夢想してみた。

5年前、携帯ゲームSNSサイト既存ゲーム市場を激変させると誰が予想していたでしょうか?

そして5年後、同様の破壊イノベーションが、教育の分野でも起こると予想(願望)しています

1対マス(教師×生徒)型の教育から、マス対1(多種多様な教材×生徒)型の教育プラットフォームが主流になるでしょう。

王道学習サイト

http://www.codecademy.com たとえばこんな感じのサイト

かい目標達成がやる気を出させてくれる

教育機関無料映像プラットフォーム

名大学や有名塾講師講義内容を無料映像配信するプラットフォーム

→結局大学や塾の宣伝なので、

CGMプラットフォーム

lang-8や、四択問題クイズサイトのような、ユーザーが教師であり、生徒でもあるようなSNSプラットフォーム

情報の信頼性に欠ける、収益化が難しそう。

DeNAGREEプラットフォーム

多種多様教育コンテンツ企業提供するSNSプラットフォーム

お得意のデータマイニングで、学習者にとって最適な教材を提供。ただ、ゲームと違って、言語の壁を乗り越えるのが大変そう。



ここまで書いて、稚拙な文章と分析しかできなくて情けなくなったので、言いたいことをまとめると、

デジタルデバイスネット接続環境があれば、誰でも無料教育を受けられるプラットフォーム誕生

ただし、学生無職以外は月額5000円から一万円かかる

従来の学校教育に馴染めなかった人も、多種多様な教材で楽しく勉強できるような設計。(細かい目標達成を感じられたり、ゲーム的要素だったり)

従来の学校教育の進度が遅い/早いためにフィットしなかった人にも最適な学習環境が得られる。

教育生産性が向上し、18歳で大学教授並のパフォーマンスとか出せちゃう、教育界の石川遼クン的人材がたくさん出てくる。

良質なスクリーニングで、センター試験とか大学二次試験も廃止でコスト低下

技術の台頭により、職を失ってしまった人も、新技術を学べ、再チャレンジ可能な社会

会社内の教育にも使われ、企業生産性が向上。

既存公教育は、ディベートや、コミュニケーション、発想、創造力、を鍛える教育

み、みんなハッピー!!!


みたいな妄想をしてた。

過当競争で毎年自殺者3万人出てるなんて戦争やってんじゃねーんだぞこらー!(全然関係ない)

以上、孤独不安で頭がおかしくなったニートの戯れ言でした。誰かかまってください。

本の紹介忘れてた

教育×破壊イノベーション 教育現場を抜本的に変革する: クレイトン・クリステンセン, マイケル・ホーン, カーティスジョンソン, 櫻井 祐子: 本

http://amazon.co.jp/dp/4798117730

2011-07-31

http://anond.hatelabo.jp/20110731150914

自己顕示欲のためだけにディベートやってる馬鹿、相手にすんなよと思うわ。本当に。

こんなん。即座にブロックして終了。

途中で「論証」とか言って勝ち誇ってる辺り、増田でよく見る糖質かもしれんよな。

2011-07-05

コミュニケーションってなんじゃら

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110627/221150/

コミュニケーションとは、理路整然と自分の考え、立場を述べることだとトップが思っているとすれば、その部下は、あくびをしているか今日飲み会のこ とを考えています

ですよねー。




論理的なディベート能力はあったほうがいいのですが、相手を言い負かす、自分の主張を 通す「技術」に優越感を感じるのは自己満足であり、組織力という点ではかえってマイナスです太平洋戦争戦後米軍政府に提出した「日本海軍情報部について」という調査書には、「陸海軍間の円滑な連絡が欠けて、せっかく情報を入手して も、それを役立てることができなかった」という指摘があります大本営陸軍参謀の堀栄三氏は「だれが取った情報か」という意味で、つねに情報に「冠詞」 が付き、それが情報の共有化、効果的な活用を阻んだ

本社の役割は情報を「共有 化」することであって、本社に貯めることではありません。情報を盾に、各部門のミスをあげつらったり、糾弾したりすることではもちろんあり ません。

本社チネ

2011-06-26

馬鹿馬鹿しい話

自分が否定する方法が、最悪の条件となった設定で物事を否定する馬鹿

自分が否定する属性が、最悪の行動を取ると設定して否定する馬鹿

そりゃその設定ならそうだろう、おまえがそう設定したんだから

反論するときに、対抗方法や属性に最高の条件を設定して、こっちのほうがマシとか言いだす。

うそディベートにもなってないから。

2011-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20110615235937

一時期原発を容認していたからといって、未来永劫人類原発を容認し続けるといえるかい

原発の例は全く的外れ

君が挙げなきゃいけないのはエネルギーを捨てて蝋燭生活に戻れる人間とか。

あぁ、我慢しきれずこぼしたネタに引っかかってしまったね。

原発AKBオタク左翼右翼ディベートごっこをしたがってるいつもの増田だよ。

途中から原発の話を相手に喋らせたくて仕方がない展開だったんだけど、我慢しきれず自分で振ってしまったんだ。

ここは、それすらも放置プレイしてあげないと、味をしめちゃうよ。

あえてつらく当たるのも教育だよ。

2011-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20110610015851

マジでからない」とすれば、他人の感性を聞いたところで、それを楽しく感じられるわけも無く。

まったく意味を成さない行為としか見えないが、相手の意見を否定するための釣りであるなら、設問に意味も見えてくる。

しかし、釣りはない(ディベートごっこをしたいわけじゃない)ときた。

マジでからない」のだが。

2011-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20110607162443

へんなレスがつくと、書き込みを消したくなるよね

アニメオタク左翼など、反応の良さげな分野でディベートごっこをしたい、いつもの増田だと思うよ。

2011-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20110603155248

おれは、こっちと併せて、反応が良いジェンダー関連でディベートごっこしようと目論むいつもの増田じゃないかと思ってる。

http://anond.hatelabo.jp/20110603153210

2011-06-02

http://anond.hatelabo.jp/20110602141529

アニメオタク左翼など、反応の良さげな分野でディベートごっこをしたい、いつもの増田だと思うよ。

2011-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20110411235548

そう?

俺は逆で、断じて小泉(親父のほう)信者とかじゃないけど進次郎にはちょっと感心してる。




進次郎の最初選挙

民主党から出た同じぐらいの歳の横粂弁護士との激突だったんだけど

若くして司法試験を通っている横粂青年と、二代目(三代目だっけ?)七光りの小泉青年

おつむの中身は圧倒的に横粂だろうと誰もが思ってた。

俺もそう思ってた。

つまり、進次郎については最初から「アホなんだろう」という目で見てた。




結局二人とも国会議員になるんだけど、

議員国会質疑がこれだ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.nicovideo.jp/watch/sm8958295

これは両名の発言部分は全入れでありアンフェア捏造編集は無いよ。

どっちの頭がキレてどっちがアホかは容易に判断がつく。

俺もこれ見て自分の中の先入観で人を見る部分反省した




その後、管総理に質問してる動画かいくつか見たけどね。

質問のまとめ方、語り口だけでなく、

総理の回答を受けての再ツッコミを見るにつけ、あれはたいしたもんだ。

ディベートのキレや頭の回転の速さは相当なもん。

杉村太蔵のような愚鈍さや脳障害は持っていないし

それどころか同年代青年平均と比べても飛びぬけて良い脳をしているといっていい。




実績が無いので政治家としての手腕は未知数だし

政策をどの程度勉強してるのかは俺も知らないが

頭の良さだけで言えば相当なもんだ。

と思うよ。




時点ではほとんど功罪がないから、果たして彼が政治家として無能かどうか、無知かどうかはよく分からない。

ただ、小泉進次郎にはその場しのぎの発言が多い。というか、彼が記者に向けて、一方的にしゃべっているばかりに見える。

つまり、杉村太蔵とは別の意味で、コミュニケーション一方通行なのだ。彼も事前に用意したことをしゃべるだけである

記者から一言インタビューで密なやり取りする政治家なんかいないと思う。

記者のほうだって役職もない新米ヒラ議員に込み入った質問なんかしてないし

総理の息子ってことで、どうしても注目度は高いし、さわやかな好青年らしき外見に加え、

ペラペラと巧みな言葉を用いるから、何の成果もあげていない新人議員のわりには、

マスコミで気持ち悪いぐらい持ち上げられまくってきた。

しかし、それとは裏腹に、小泉進次郎はあまり頭が良さそうには見えないし

政治には無知なんじゃないかという印象を受けてしまった。

パフォーマンスうまいだけで、実はかなり勉強不足なのではないか

私も実情を知っているわけじゃないんだけど

これは多分、

進次郎の自民パンダとしての活動(選挙応援に駆り出されて喋ってる場面とか)しか見てないま

昔の俺と同じ「世襲三代目?アホでしょどうせ」という先入観を持ち続けてるゆえの疑いだと思う。

他意が無いなら上の動画を見ればその疑いは掻き消えるだろう。




(頭が切れる人、ディベートに強い人、カリスマ的な人であることと、

 政治家としての姿勢がどうかや良い政策を採ってくれるか否かは全然関係が無い訳で、

 進次郎が俺にとっての「良い政治家」になるかはさっぱり不明であることを申し添えておきたい

 わかってるだろうからくどいと思うけど念のため)

2011-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20110303085927

わかるわかる。

なんかさあ、「作品への批判」を

製作者の人格への批判」「その作品を愛するファンの人格への批判」

として捉えて発火する人が多すぎるよね。

※勿論、「作品への批判」を踏み越えて「こんなの作ってる奴(喜んでる奴)は…」とか口滑らしちゃう人はアウトだけど。




そういう、ディベートに対する幼稚な無理解って言うのは

中学生までで終わらせておいて欲しいんだけど。



こういうご時世だから

「作品への批判」をする人ももう

"殺すか殺されるか"みたいなビクビクした臨戦態勢なことも多い。

俺は俺が大好きな映画について、欠点を指摘されても全く腹は立たない。

勿論その指摘が「その通り、正しい!」ってことと、「それは的外れですよ」ってことはあるけど。




例えば俺は個人的事情サマーウォーズが好きなんだけど

これに対して

システムの設定おかしいだろ!w」とか「なんだよこの話は!w」とかいうご批判、

おっしゃるとおりダナーとしか思えない。

ていうか見てるときにおんなじことは全部思っている。

好きっていうのはおかしい点まで全部把握して好きって事だ。

逆に、同じサマーウォーズファンでも、好きなあまりに

「おかしくないんです」と屁理屈捏ねる人にはその幼稚さにイラッとなる。




更にアニメの例で言えば

批判は批判でも

力量あるアニメーター面白い作画表現を追究してるシーンに「作画崩壊だ!」っていうような批判、

これは批判や批評をする資格のない豚が寝言を言ってるわけだから

イラッとする。

論破っていうのは相手に論理的思考能力があるから出来る事なんだよな。感情論のみで語る奴を論破は出来ない。ディベートは双方に対等な知能があっての成立する。

2011-02-03

論理と修辞

http://anond.hatelabo.jp/20110202035306

元増田が「論理操作能力」という造語表現しているものは、(A)論理的思考能力と(B)修辞能力ごった煮はないか



(あ、俺も東大、理Ⅰから工学部修士。だから何って話だけど、ぶっちゃけルオーカレー大好きです^^でもいつもは根津吉野家です><;ぐらいの意味しかない。元増田個人に対する挨拶から他の人は流してくれ、すまん。)



話を戻す。

元増田は、(A)論理的思考能力と(B)修辞能力の区別が付いておらず、それ故にストレスを感じてるのだと思う。



まず(A)(B)の共通点から行こう。

この2つは、先天的でも遺伝的でもない。だが早期からの訓練によって、スピードと正確さを磨くことができる。

どちらも、既知のパターンに当てはめて理解し、それを自分流に応用するものなんだ。こう書くと抽象的だけど、スポーツの練習と何も変わらない。違うわけないんだよね。脳は誰でもそういう風にできているんだから。要は訓練。

最近では、おおよそのレベル大学に入る前に決まる(大学入ってから死ぬほど努力する人が減った所為かもしれないし、早期訓練のメソッドが発達しただめかもしれない)。

からと言って、それを先天的と呼ぶのは間違っている。



じゃあなぜ、(A)論理的思考能力と(B)修辞能力を、区別する必要があるのか?

ここで大事なのは、(A)と(B)は結局のところ相反する、という事。

両方に優れた人はほとんどいない。学者でもどちらか片方に偏る。

(A)成分多めな人を論理屋、(B)成分多めな人を修辞屋、と呼ばせてくれ。



誰も気付かなかった事を発見するのは、(A)論理的思考能力の高い人、論理屋。

普通は、書き言葉が得意で、内省的。

どんな状況でも通用する方法論があると思ってる、普遍志向

論理屋は、無数の要素を網羅的に検証し、それらを因果関係繋ぎ論理で構築しなおす。この人たちは最良の解を求める事を優先するので、自分に都合の悪い事も認めてしまう。苦しんだ末に、最良の解に辿り着けない場合もある。だからディベートではあまりパッとしない。昔は学者と言えばこの論理屋が多かった。



逆に、ディベートで強いのは口がうまく(B)修辞能力に強い人、修辞屋。

普通は、話し言葉が得意で、社交的。

状況に応じた方法論が必要だと思ってる、状況志向

修辞屋は、必ずしも高い論理的思考能力があるわけではなく、自分に都合の良い構造に周りを嵌め込む能力に優れている。無数の要素の中から自分にとって重要な要素だけを効率よく抜き出し、それを既知の修辞に代入して、相手が反論できない方向に持っていくんだ。修辞屋は、最良の解とか考えてない場合も多い。政治家芸能人にこちらの能力が要求されるのはもちろんだが、実は最近学者でもこの修辞屋が増えてきている(ビジネス社会が云々言ってる増田はいつの時代と戦ってるんだ?学界でも変わらんぞ)。



俺の見る所、おそらく元増田は(A)論理的思考能力に優れている、論理屋だ。

なのに、(B)修辞能力が足りないために、ディベートでは修辞屋に負けてしまう。不条理だよね。でも、だからって元増田の(A)論理的思考能力を否定する事はない。

元増田は一般の人に理解できるような論文は書けないかもしれない。でも、誰も気付かなかった事や、普遍的に最良の解を導く事は、君しかできないかもしれないよ。

から長い目で見て頑張れ。あと、自分の土俵に篭るにしたって、少しは(B)も身につけろ。今からでも効率は悪いが訓練可能だ。



ちなみに俺は、見ての通りの修辞屋だ。器用貧乏って言うな畜生元増田も俺も、東大卒だってほとんどは、こうやってコンプレックス抱えて生きてる人間なんだぜ。

http://anond.hatelabo.jp/20110203140615

言ってることはわかるけど。

まえツイッター小学生

「ぼくはじゆうにかかないとたのしくないです」

たいなの言ってたじゃん。

俺も、増田でああ感じがあるんだよな。

自由に増田で書いてみたのが、勘違いディベート厨にからまれることもあるんですけど、これってどうなんでしょう?


不完全なエントリを落とすのが悪い?

増田は自由に書いたらいけない?

ディベート厨を相手にするのが悪い?


それでも、きちっと要旨を汲んでくれて有意義な議論に発展したこともありますし、もちろん最初からきちっと論旨立てて書くこともありますけどね。

まあしょせん増田、といえばそれまでだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20110203133147

更に横だけど

本人に故意があるかどうかはともかくとして、「きちんとした反論」を要求する風でいて、相手に先に定義させようと躍起になる人が一番話したくないわ。

このタイプの人は、すっかりディベート体制に入ってるから、有意義な議論よりも、勝ち負け優先の議論になりやすい。

「有意義な議論」というのが何なのか、は問題だと思うよ。



ディベートマニアと言うか、嫌がらせ的に意地悪な議論する人はあかんけど

一方で

自分の主張をきちんと読みやすい文で説明するだとか

相手の主張の違うと思う部分について具体的に指摘する&理由を述べるとか

しらん人と話するときの最低限のことを出来ない人もあかんと思う。



もしそういう最低限のことが出来てない人が

「出来てないじゃん」と言われてるならそれはその人の方が悪い。

それが出来てないと有意義かどうか以前に議論にならないから。

http://anond.hatelabo.jp/20110203132326

横な上、話も変わっちゃうんだけど。

「反論を真面目に組み立てるまでもない」

これを見ながら思ったんだよな。

本人に故意があるかどうかはともかくとして、「きちんとした反論」を要求する風でいて、相手に先に定義させようと躍起になる人が一番話したくないわ。

このタイプの人は、すっかりディベート体制に入ってるから、有意義な議論よりも、勝ち負け優先の議論になりやすい。

2011-01-29

http://anond.hatelabo.jp/20110129144455

というか、海外教育のことを聞くとさ、日本とぜんぜん違うわけよ。

自分じゃうけたこと無いかわからんけどさ

 

ようするにハーバートなんかじゃ、仕組みのことを考える、国家のことを考える。アーキテクチャーとしてどうするか?という事を考える。

ディベートなんかも教える、いろんな社長との交流も深めていく。 それが、彼らの言う教育なわけね。

大して日本教育そのもが、他人をけ落として、自分が上に行きましょう!という教育方針でしょ?全体としてどうするか、チームとしてどうするか?なんて、教えやしないし

ディベートなんて聞いたこともない。

 

その辺が、東大が圧倒的に世界ランクが下で、ハーバートなんかが上の方な理由らしいけど・・・

最高学府ですら、自分のことだけ考える人間を育てるような教育機関なんだから、推して知るべし。

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