はてなキーワード: ひだまりスケッチとは
てか、性質の違いだよ。
リアルの友達じゃないと満足できない人。それとも、ネットの友達でも満足できる人。
顔も知らない相手に、ゲームの話題やプライベートなところもすこし話していって仲良くなるってのは
自分は好まない。実際に会うことない人にもの凄い友情が芽生えるとか期待してないから、だから距離を置く。
それに、表情とかの非言語の部分が伝わってこないと会話で気苦労することが多いしね。
つまり、すごい近い距離感で友人と親しくしたいタイプか。そこそこの距離感で友人と付き合って満足できるタイプなのか、だよ。
ネトゲーにせよ、バンドにせよ、ひだまりスケッチにせよ、AKB48にせよ。
その人の趣味に自分が或る程度付き合えるなら、話していく話題もあるだろうけど、
いわゆる、趣味が合わなかったっていうことです。
まぁ、費用や時間の出費が少ない分野ほど、付き合ってあげられる範囲は広いだろうけど、
其処までして友人にしがみつかなくても・・・とは思う。
フジでどうしようも弁明できないヤラセ発覚wwwwwwwwwww
ttp://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1268397971/
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/12(金) 21:46:11.94 ID:HNCOeg/90
ネクラで親に暴力をふるうアニオタ少年がひだまりスケッチ☆☆☆のテレビを見てた
↓
その後、感動的な事が色々とあって、去年の12月にその少年が改心
↓
↓
祭
ttp://img.tv2ch.net/jlab-tv/3/k/s/tv1268395816723.jpg
ttp://img.tv2ch.net/jlab-tv/3/k/s/tv1268395791971.jpg
175 風の谷の名無しさん@実況は実況板で sage New! 2010/03/12(金) 21:31:46 ID:hJcuDRJ10
1830 名前:売り上げを見守る名無しさん@転載禁止[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 21:29:29 ID:vxiE3Tm60
あれ? 12月とか書いてあるけどしゅわしゅわが流れ始めたのは1月下旬……
183 風の谷の名無しさん@実況は実況板で sage New! 2010/03/12(金) 21:33:13 ID:aqe7WVZJ0
»175
しかも、完成版OPだから、撮影自体は先月じゃね?
もうすぐ新しいアニメが始まりますね!ということで、気の早い感想ですが、2010冬期アニメ15作品を簡潔にそして恣意的に紹介します。ストーリーなどの詳細は省略しましたので気になった方は各自Google先生に聞いて下さい。
評価は
S 最高!
A もう一度みたい
B まぁ面白い
C 暇つぶし
D 時間の浪費
F 測定不能
オープニング曲やエンディング曲が気にいったものには印をつけました。(だいたい放送曜日順,月→日)
評価B end◯
近景アニメ?『けいおん!』風。軍服萌え。ノエルは俺の嫁。Amazing Grace。
評価?
『化物語』に続く西尾維新作品のアニメ化。なんと月1話の12ヶ月放送。『School Days』の監督。作画は賛否両論。まだ、2話しかない。
評価 F
派手な下着の小学生アニメ。1話で切った。私もまだまだオタクではないなと確信。今期2位のヤバさ。
評価C
短いから見れる。イタリア人に怒られないのか心配。
評価B op◯ end◯
言わずとしれた「風早くん最強神爽やか爽快cool」アニメ。ちなむと爽子は俺の嫁。名文句は「そんなの笑えない」
れでぃ×ばと
評価C op◯
今期3番目にヤバイアニメ。ぱいおつ丸だし乳首あり。もう一度言う。「乳首あり」。ただし、フレイムハートさんのドリルは幼虫みたいで不快。大地薫役はみんなのくぎみーなので、くぎゅぅぅぅぅぅぅってなりたい人は是非見よう。
評価C
評価C
もう「ひぐらし」は飽きたんだよ、おなかいっぱいだよ。って言うそこの貴方!この作品のキャラデザはローゼーメイデンの人だぜ!へい!
評価B
来たぜ!僕等のひだまり壮!動物化された僕にはタマラナイ!新入生が2人加わってひだまり壮はさらに賑やか!ちなむと智花役もくぎみーだよ!
評価B op◯
池袋を巡るサスペンスアクション。小野大輔、福山潤、中村悠一という男性声優陣に腐女子は発狂確定。
評価C
吸血鬼アニメ。『ひだまりスケッチ』、『化物語』の新房監督。ネリー役は喜多村英梨。
評価B
ここに来て盛り上がってきた世界と戦う図書館司書のアニメ。27日にはテアトル新宿でオールナイト上映があるそうな。ハミュッツの胸に注目しがちだが、軍服のミレポがかあいいポ!!主要人物かと思われた人がバタバタ死ぬ。
インデックスのスピンオフ作品。私はこっちのが好きですの!御坂美琴も佐天さんもいいけど、木山先生が理想の女性。超電磁砲はレールガンと読みます。
コブラかっこよす!ってなる。
今期最高の変態アニメ。主人公は母乳を飲んで力を得る。女の子がぱいおつを吸わせるシーンは圧巻。声優陣は豊崎愛生、茅原実里、平野綾、日笠陽子、川澄綾子と意外に豪華。
と抜けがあるかもしれませんが、もう終盤なので今期見ているアニメを振り返って見ました。
もちろん他にも色々と作品があるので、みなさんの感想もお待ちしております!
ロリコン(萌え)漫画の始祖である吾妻ひでお先生が、けいおんのことを批判した発言が物議を醸し出しています。
ただ、吾妻氏が「気味が悪い」とまで酷評したのは、あくまでもアニメ版。原作版はまあまあと一応それなりとはいえ、評価していますが、登場人物のフィギュアを話題にしているので、キャラクターや原作自体はまんざらでもない様子です。
だったら、いったい何が吾妻先生のしゃくに障ってしまったのでしょうか?
原作では、
主人公の唯がギターを買う→15万円→登場人物の父親経営の店だった→親族特権で5万に値引きだったのが、
アニメでは、
ギター購入→なぜか25万円にアップ→みんなバイトして買おう→私は自分で買える範囲のギターにするよ→やっぱり欲しい→登場人物の父親経営の店だった→親族特権で5万に値引き
という展開になっています。そりゃ、「ハァ?バイトの意味ないだろ」とカチンときてもおかしくはないでしょう。しかも、後で原作通り「こんな重たくてネックの太いギターじゃ演奏できない」(大意)と愚痴をこぼすシーンまでご丁寧にありますから、ますます「ハァ?」と思われても仕方がないです。
アニメ版は、原作の骨格しかない話を膨らませるのは良いとして、不評を買った登場人物のけんかに代表されるように、膨らませた展開が前後や原作との整合性があまり考えられていない節があるような気がします。
原作では、軽音部として、大きな挫折を経験します。それは、2年生の学園祭で失敗することなのですけど、アニメでは成功してしまうのですね。しかも、思いっきり感動的な演出をして。最終回だから割り引かなければならない点はあるんですけど、挫折させなかったというのは「何でこいつら成功しかしてないの?」という疑問を抱かせてもしかたないと思います。特に人生挫折しっぱなしの吾妻氏であれば特に。
後番組の「大正野球娘。」も敗北ENDなんだし、別に演奏失敗ENDでも最終回的な展開にいくらでも持って行けるでしょうし、けいおんという作品の最終的なゴールはおそらくメンバーの卒業であって、あくまでもアニメで最終回として描かれた学園祭は単なる通過点に過ぎないんだし、主人公が「私たちの武道館はこの講堂です」とまで言い切って、完全燃焼という感じの展開には少し違和感すらありました。成功成功成功の連続じゃ「空虚だ。ストーリーらしきものも何もない。」とため息をつかれても仕方がないでしょう。
(追記)挫折といえば、主人公も、妹が完璧超人で、「良いところを吸い取られた」と作中で評される「劣った姉」という設定なのですが、一夜漬けしたらすぐ100点取れ、絶対音感を持ち、食べても太らず、作詞の才能もあるなどなにげに妹ばりの天才肌だったりします。(ちなみに原作から)これが「ひだまりスケッチ」や「GA」であれば、主人公が凡人、トラブルメーカーのキャラが天才肌という設定で、その対比で主人公が悩むシーンがチラッと(本当にチラッと)描かれることがありますが、「けいおん」の場合はほぼ皆無でした。4コマであればそれでいいのかもしれないけど、ストーリーものに改変するときには天才肌の主人公って不向きな気がしますし、そこが挫折しない話となってしまった一因なのかもしれません。
あのくらいの文章量じゃ結局何に不満を抱いているのかが全く理解できません。単に馬が合わなかった程度の話かもしれませんし。そもそも吾妻氏は来年還暦で、吾妻氏の子供や、下手したら孫の世代がみるようなアニメですし、そもそも理解できないとなっても仕方がないのかもしれません。
「俺、萌え系4コマ漫画好きだよ」と言う男に、好きな作品や作家を聞いてアニメ化作品の名前があがってくるとげんなりする。心底がっかりする。アニメ化したのも私も大好きだし、素晴らしい作品だと思うけども、臆面も無くらきすた・けいおんの名を挙げる人のほとんどが、それ以外の萌え系4コマを読んでいないんだもの。それどころか、そのアニメ化作家さんの別の作品も読んでいない。せめて「棺担ぎのクロ。」ぐらい読んでから言ってもらえませんかね。
要するに「萌え系4コマ漫画を理解する心のアレな俺」を演出するために、いちばんてっとり早くて優等生な回答なんですよね。らきすた・けいおんは。あと、あずまんがもこのカテゴリに入る。
確かに男性に人気の萌え系4コマ漫画家として鉄板なことは間違いないけど、本当に萌え系4コマが好きならもっとたくさんの名前が挙がってもいいと思う。もっと読めよ!きらら以外も!エロマンガ雑誌のも!「あずまんが大王」「らき☆すた」「ひだまりスケッチ」「けいおん!」のコンボはもう飽きました。
1度だけむんこという回答が返ってきて、土下座せんばかりに感動したことがあります。あ…この人、本当に萌え系4コマを読んでる人だ…と思ったよ。
(元ネタ古…)
ぽけっとジャーニー(おおた綾乃)(創刊号(2002年7月号))
トリコロ(海藍)(2002年10月号 - 2004年5月号、2004年9月号 - 2005年2月号、2005年4月号 - 2005年5月号、2005年7月号)
ホワイトロリータ(むっく)(2004年6月号 - 同年7月号)
かみさまのいうとおり!(湖西晶)(2005年3月号、2005年8月号 - 2006年2月号、2006年10月号)
棺担ぎのクロ。〓懐中旅話〓(きゆづきさとこ)(2006年3月号 - 同年4月号、2006年7月号、2006年11月号 - 同年12月号、2007年12月号、2008年3月号 - 同年4月号、2008年7月号、2008年10月号、2009年2月号(最新号))
ドージンワーク(ヒロユキ)(2006年5月号 - 同年6月号、2006年8月号 - 同年9月号、2007年1月号 - 同年2月号、2007年4月号 - 同年10月号、2008年1月号 - 同年2月号)
ふおんコネクト!(ざら) (2007年11月号、2008年6月号、2008年11月号)
ドージンワーク番外編(ヒロユキ)(2008年5月号、2008年8月号)
Healing Spell. (水瀬凛) (創刊号(Vol.1))
魔法のじゅもん(あらきかなお)(2004年11月号(独立創刊号)、2005年2月号、2005年5月号)
LR少女探偵団(濱元隆輔)(2004年12月号、2005年3月号 - 同年4月号)
天然女子高物語(門井亜矢)(2005年6月号 - 2006年8月号、2008年5月号、2008年10月号)
イチロー!(未影)(2006年9月号 - 2008年1月号、2008年3月号、2008年6月号、2008年8月号 - 同年9月号)
落花流水(真田一輝)(2008年2月号、2008年7月号、2008年12月号)
ひろなex.(すか)(2008年4月号、2008年11月号)
ぽけっとジャーニー(おおた綾乃)(創刊号、2003年8月号)
というエントリを読んだ。
http://keiesworks.blog122.fc2.com/blog-entry-255.html
いや、読もうとした。
小賢しい!小賢しすぎて読めない!
なので翻訳してみた。
翻訳の過程でこぼれ落ちた何かに対しては、俺はまったく興味を持てない。
元エントリの筆者にはこだわりがあるんだろうけどな。
はい、みなさん、こんにちわ、こんばんわ、おはようございます。さて、本日はテレビアニメーション(以下アニメ)における「原作至上主義」という言葉について考えてみたいと思うのです。
1 原作至上主義のふたつの定義
ざっくばらんに分けると、この言葉にはふたつの意味しかございません。
2 問題の提起
原作至上主義の問題について考えようと思えば、少し整理しなければなりません。
- 漫画や小説とアニメとは表現形式が違う
- だから原作をアニメで忠実に再現するのは無理
- 原作至上主義は商業主義だ (増田注:途中までしか読んでないので、ここはまだうまく訳せていない)
- アニメ製作者には、原作を重視したい人と原作を壊したい人がいる
- アニメ視聴者には、アニメ制作者の意図を分析したがる人と、作品そのものを分析したがる人がいる
原作至上主義の問題には、これら5つが絡み合っています。わたしは仕事がら、ずいぶん前からこの問題が気になっていました。けれども、真面目に考え始めたのは、「noir_kかくかたりき改めnoir_kはこう言った」さんの記事に触発されたからでございます。『ひだまりスケッチ×365』や『かんなぎ』などのアニメについて論じたエントリはとても興味深い。研究者や職業批評家の分析と比べても、ずっと興味深いのであります。
noir_kさんの立場を強引にまとめると、アニメ制作者は原作に依存しすぎだということ、これがひとつ。もうひとつが、アニメ視聴者は原作を無視し、アニメを重視しすぎているのではないか、というものです。
そこで、わたしもnoir_kさんの視点に乗っかって、原作至上主義という問題について考えてみたい。
3 批評でよく言われている、原作とアニメの間(あいだ)
批評は視聴者だけのものではなく、制作者のものでもあります。制作者が批評をするということは、先行する作品を批判するような作品を作るということです。『ガンダム』や『エヴァンゲリオン』のようなアニメはもちろん、さまざまなテレビ番組、インターネットや映画・ゲーム・コミック・小説・新聞・美術作品などの批判です。
現在のアニメにおける批評行為は、新房昭之や山本寛以降、“アニメ批判・パロディ・引用・自己言及”とまとめられます。これは誰の目にもあきらかでしょう。
これらの批評行為は、原作とアニメとで表現形式が違うので忠実な再現は不可能だということを忘れさせるような、ジャンルの横断可能性という最近のトレンドを反映したものにもみえます。ちなみに実写映画の技法を引用するのは、早いもの勝ちですし、技術力の問題でもあるというのが、実情でございましょう。
ですから、noir_kさんの立場が重要なのは、ジャンルの横断可能性が大前提とされている制作環境に、「メディアが変われば意味も変わるんだよ」という鋭いツッコミを入れていることであるように思われます。
ここまでで限界!もう無理!
性代替的と言うよりは性逃避的なんだよな、と夙に思います。
自分が惹かれるのが、女の子の仲良し集団を中心に描いたマルチヒロイン系の作品に偏向していることは、随分前から薄々気付いていました。
現実ではモテないから仕方なく二次元の女性に行くというのを代替的と称するなら、それとはやや異なる、逃避的なあり方というものがあるでしょう。
現実の恋愛は煩わしく、それでも女性的な何事かに触れたいと思うとき、マルチヒロイン系の作品は大いなる癒しを与えてくれます。(ちなみに、ギャルゲ、恋愛ゲーと言われるものは一度もしたことがありません。)
主要な要素として、次のことが挙げられます。
A.女の子の間での仲良し具合が中心に描かれる。
B.主人公及びその周りの主要登場人物は、未通女であることがほぼ絶対的に保証されている。
C.男性が登場しても、巧妙に疎外される。
D.人物の性的な魅力(あるいは、身体的な魅力)に関する事柄は、あくまで女性から女性への視点で描かれる。
これらの事柄は、所謂「百合」「ソフト百合」と称される作品、あるいは迂遠に「百合的な視点で鑑賞することもできる」と言われる作品に、ほぼ共通しています。
D.に関連して、どのくらい身体的な事柄が出ているかの指標となるような、良く出てくるトピックというものがあります。それは、「貧乳・豊乳をめぐる話」です。
それでは、ケーススタディをば。
性を直裁に連想させる話が割合多いです。しかし、それとバランスを取るかのように禁圧的でもあります。話を出しておいて全力で否定するという図式。
・吉野屋先生 :本人が自覚している豊乳。想像は良くしているが、未通女であることがほぼ明示されている。
・沙英:本人が自覚している貧乳。同じく想像は良くしているが、未通女。
・ヒロ:男女交際をまだ早いと感じていることを理由にお断りする。
榊さん:豊乳。美人であるが、男性から見てどうかという視点はありません。終盤の話からは「豊乳」が榊さんの母性の可能性を暗示しているように見えます。
「百合」の語を人口に膾炙させた作品です。女性から見た女性の魅力をさまざまな形で提示しています。第一巻で祐巳が自分の貧乳についてショボンとする場面があります。単に何らかの欠落の意識ではなく、特別な対象(祥子さま)と自らを比較して、という文脈の上で出ているのがこの作品らしさなのでしょう。
・泉こなた:貧乳。敢えて意味づけを行うとすれば、彼女の「元気ないたずら小僧のような性質」から類推し、(当然、胸は無いという)少年の身体的特質と関連付けられます。オタク少女ということになっていますが、こなたの魅力は大人の世界の囚われが少ないという意味での「自由な子供」としての特質として描かれているのではと思うのです。
・岩崎みなみ:貧乳。どのような意味で岩崎みなみが貧乳を気にしているのかは語られません。しかし、人物像を考えるときには興味深いです。
・徹底的に、(そしておそらくはかなり意図して)身体的な魅力に関する話題は排除されています。人物の纏う雰囲気についての魅力(アリシアが優雅である、等)は、辛うじて身体的な魅力に近い話と言えますが、やはり人物として備え持つ美徳としての文脈の上にあります。「百合」として捉えた場合、極限まで身体性を取り除いた功績は大きいです。
・アリシアの「結婚」が話の終盤と共にもたらされたのは興味深いです。男性の存在は暗示されたのみで、最後まで登場しません。
・一方で、アリシアの結婚、藍華の恋愛は、大変まじめな扱いを受けています。
・作品の性質上、教育的な配慮からか、身体的な魅力についての話はほとんど出てきません。運動ができる、といった「能力」としての身体は存在しますが。
…いろいろと掘り下げ不足ですが、今回はこの辺で。
IDコールはできないようですが、一応、ね。
・id:kashmir108 さま
やっちゃった(恥)。確かにそんな描写がありました。
・id:gadgetman さま
あれま。がっかりです。ということは、表には出ていない生活の基盤があって、その一部だけを選択的に表現した世界、ということになるのでしょうか。あるいは都市伝説とすれば、背景となっている生活がもっといろいろあるのではないかと読者に思わせるに足る「リアルさ」がある、ということなのでしょう。
・id:junkMA さま
ちょっと偏った言葉を使ってみたかったのです。
・id:kuippa さま
「つとに」ですよー。
・id:wideangle さま
会話の中で、エキセントリックな反応をしている箇所があるのです。(Wikipedia参照。)
・id:wideangle さま
うお!?何やら隠微な雰囲気を醸し出している作品ですね。チェックしておきます。
自分のテレビを見る習慣
基本的に「見たい番組を必要に応じて見る」かな。こないだもインディジョーンズやってたら見ちゃったし。
はてなー、2ちゃんねらー、アニヲタは割りと重複してると思うんだけれど、アニメを放映してくれる地上波に対して「終わったな」「イラネ」とかいう論調が強いのが理解できあいのよねー。
山本寛は音楽と動きを完璧なまでに支配下において、極上の快楽を生み出している。
もう毎日みちゃうよ。
本編は、萌え4コマのアニメ化という、ぬるめの題材を、上手く料理している。
同様の作品としては、新房演出ならではの「間」と「すかし」によって成功した「ひだまりスケッチ」があるが、それとは対照的に、動き、台詞、その他もろもろ、過剰なまでの情報量で作品全体を支配する京アニのスタイルで、萌え4コマを作るとこうなるのか!と舌を巻いた。
ゆるすぎもせず、スピードで押し切るでもなく、キャラ同士のやりとりから生まれるにじみ出る様な“おかしさ”がキチンとつたわってきた。うん、これは見事なアニメの『らき☆すた』だ。
『ハルヒ』みたいな何かを期待していたのに、そうじゃなかったといってガッカリしている人は、ちょっともったいないなあと思う。サンライズだからロボットだせよとかそういうの? でもアイドルマスターにロボがでたらイヤなんでしょ?
『アイドルマスター XENOGLOSSIA』は、『舞-HIME』みたいなハジけた側面があるサンライズの新しいロボットアニメとして、とてもよくできているよ。
『ギガンティック・フォーミュラ』は、作画崩壊じゃないよ。藪野浩二の絵はキャラクターの感情を繊細な動きの表現で見せてくれるよ。影なんて飾りだよ。
『グレンラガン』はエウレカセブンの二次創作じゃないよ。今石洋之っていうアニメがアニメたる所以をすべてのカットで体現する天才アニメーターの見せる本当にいい仕事だよ。
これだけ色々な作品があるんだから、解りやすい煽りのフレーズにのせられる前に、自分の眼でみたアニメを楽しまない?
それでつまらないとおもったら、増田に文句のひとつでも書けばいいんだから。
観ても観てもおわらない。
本当に改編期は地獄だぜーーーー!!HAHAHA!!!