はてなキーワード: テレビ番組とは
漫画は今は「定期的に供給される娯楽」として楽しんでるかなあ。
週一(週刊誌)、月一(月刊誌)、数ヶ月に一度(単行本や季刊雑誌)とか、
これだけ規則正しくきっちりと供給してくれる娯楽ってあんまりないじゃない?(他にはテレビ番組くらい?)
○曜日、○日には続きが読めるんだー楽しみだなーがんばろうって励みにしている感じ。
もし漫画がなくなってしまったら「生きがいをなくした」迄はいかないとしても、生きる楽しみが結構減ると思う。
張り合いがなくなるかも。
子供の頃はやたらと漫画のキャラクターや世界観にのめり込んでてキャラグッズを集めたりしてた気もするけど、今はそういう事はなくなったな。
仕事や生活があるので漫画(キャラクター)に振る事のできる力が減った→そこまでのめり込めなくなったって感じがする。
今思うに、あそこまでのめり込むには相当のパワーが要ると思う。
大人になっても全力でのめり込んでいる人って、元々持っている力の容量が大きい人(仕事や生活に力を振ってもまだ全然余ってる)か、
力を振り分けられるものが他にない人(仕事や生活は手を抜いてる)なんじゃないかな。
だから「(漫画を描くことで)いらぬ欲望を喚起させてる」じゃなくて、
「持て余した行き場のない欲望を発散させてあげている」と考える事もできるんじゃないかなあ。
全然悪ではないと思うよ。
「もっと良い案を出せないのに何が教授だ」「代替案出せなかったんだから教授の負けだろ」と言いたい人の気持はわかる。
でもそうじゃないんだよね。少なくとも、そういう返答を真剣に求めているなら、
橋下さんはあのテレビ番組じゃなく別の場を要求すべきだった。いや、どうせわかっててやってるんだろうけど。
いやいやいやw
学者側が「市長、市政について私から献策があります!聞いていただきたい!」って市庁舎にやって来たのを
テレビ番組に引きずり出して叩きのめしたっていうなら
それは「橋下酷い奴だ」ってことでいいけどさ。
そうじゃないじゃん。
橋下が相手としてる学者達って
彼等自身もメディア使って橋下を叩いてきたよね。
凄惨な惨敗という結果になっただけじゃん。
それをああいう結果になった途端
学者側こそ「真剣な答」や「代替案」なんて用意する気なかったじゃん。
あの人達は「ハシズム」とか「子供市長」とかアホみたいなこと一杯言ってきてるんだよ。
(本当にメディアプロレスがいかんと思ってるなら、橋下を非難するのと同じぐらいに
今回ボロクズになってる学者達にも批判を加えているべきだよ、あなたがたは。)
http://anond.hatelabo.jp/20120116194259
そういうやり方したことがなくて、真剣に市政についての代替案を持ってて具申してきた、っていう学者がいるの?
…って言ったら、いっぱいいるだろうね世の中には。そっちの方が多数派だ。
それを橋下がテレビプロレスに連行してボコボコにしたなら、それは凄く酷い話だと思うよ?
でもそうじゃないんだもん。
志が高潔なゆえに、敵の邪悪な戦法にやられたみたいな言い方は
今まで橋下プロレスにやられた学者は高潔でも真面目でもなんでもない、
純粋に弱かっただけ、ただの敗者だよ。
学者の中で一番プロレスが得意かつ人格が俗悪ゆえにメディアに出てきたという
学者の中でもマジメでマトモな学識で一目置かれてる、
今回は相手がずっと格上のプロレスラーでギッタンギッタンにされたというだけ。
こんなの少しも同情する必要なんか無いし、
勝負は全く公正公平だった。
アンフェアな勝負だったって言ってる人は
要するに「橋下が勝ったからアンフェアだ」と言ってるだけでしょ。
今回ボロクズになった学者プロレスラー達こそこれまでの仕事の中で、
プロレスラーでもなんでもない相手に一方的に好き放題なこと言ったりやったり
そういう”アンフェア”な実績がたくさんある筈だよ。
彼等が有名になるまでに。
イメージ的な攻撃やレッテルや変なあだ名をどれほどやってきてる?
自分達はあらゆる反則殺法をやっていいけど
市長が得意技の弁舌やテレビ慣れを使うのは許されない卑劣なの?
そんなアホな。
あなた達の中の「真面目な議論」「建設的な議論」を求める資格がある人の割合はどれぐらいだろうか。
番組を見てて、
個人的には橋下の露骨な嘲笑とかワンサイドゲームとかに嫌な感じがしたけど
あれは「橋下の方がが卑劣だった」んじゃなくて「橋下の方が同じ道の熟達者だった」だけ。
本当にまともで真面目な議論なんてものを望むならまず
あなた達にそれが出来るかな。
橋下さんはあのテレビ番組じゃなく別の場を要求すべきだった。いや、どうせわかっててやってるんだろうけど。
最初からその返答をまともに出せないような場を作っておいて、ちゃんとした返答ができないからオレの勝ちってのはインチキなんだよ。
これ、結構いろんな人が、あの対談はインチキだって理由づけに持ってくるけど、違うっしょ。
彼らが政策を(ひいては橋下を)批判したのは、あの番組でじゃない。
別のタームで批判してる、じっくりと理論を構築できていたはず。(でなければ批判でなく単なる愚痴)
そういう背景ありで、あの番組があって、みんな見てたわけさ。
「橋下vs反橋下」ってね。
んで、あの番組はどうだったよ?
全然、理に適った話などしてないじゃん。
「とにかく橋下の政策はダメなんですっ!!」って、むきーってなってるようにしか見えなかったよ。
TV的にそうなってるのかもしれないが、少なくとも、言葉の切れ端を編集されたって、「今のままでも大丈夫、改革できるよ」と視聴者に語りかけてたことを匂わせる言葉がなくっちゃダメでしょ。
まずタイトルについて。
まずこれは議論じゃなくて政治の進め方として何だけれど
「1つしかルートを持ってない人が政治をやる」というのは危険過ぎる。
最善ではなくてもプランB,C,Dを考えるまではして欲しい。
橋下さんはまずそれを考える手間をちゃんとかけたのか、と問いただすと「文句があるなら代替案を出せ」という人がいる。
「より良い改善案」が提示できるって事は、とうぜん現場をきちんと把握してる必要があるだろう。
机上の空論などではなくね。
改善案が理想論なのは全然許せるが、「問題も対案も空論」では話にならない、「問題も対案もきちんと判っています」と言えなければダメだろう。
「現場を知らない」程度で封殺されるなんて、お粗末も良い所だ。
絶大な自信で「私は把握している」と返答できなきゃダメ
代替案は別に最善でなくても良い。今の案の問題点を検討するきっかけになるだけでも価値がある。
「ダイタイアンガー」という人の難点は、ろくに考えてない奴に限って行動が大事とか言い出すこと。
こういう人は、最初は威勢はいいのだが、一度行き詰まると急速に失速する。いろんなルートを考慮していないから。
そして、この時に自らの正当性を維持しようとして強権政治になる危険が高い。これは歴史的に何度も繰り返されてきた。
こういうのは非常に困るんですよ。
「もっと良い案を出せないのに何が教授だ」「代替案出せなかったんだから教授の負けだろ」と言いたい人の気持はわかる。
でもそうじゃないんだよね。少なくとも、そういう返答を真剣に求めているなら、
橋下さんはあのテレビ番組じゃなく別の場を要求すべきだった。いや、どうせわかっててやってるんだろうけど。
最初からその返答をまともに出せないような場を作っておいて、ちゃんとした返答ができないからオレの勝ちってのはインチキなんだよ。
だから結論部分だけパッというと「じゃあもっといい改善案出せよ」「ダイタイアンガー」になっちゃう。
ただ、教授側にも言い分はある。
まず相手がどこまで論理的な土台があるかを把握・合意した上でないと、どう意見を出していいのかわからない。
まどろっこしいと思うかもしれないけれど、アカデミズムってのはそういうやり方で成り立ってるんだ。
橋下徹さんみたいに、自分の意見を主張して受け取り方は相手に任せるってやり方じゃないんだよ。
それを橋下徹さんみたいに、話すそばから自分と関係ない土台で話をする。話をきくという態度が全くない、では
意見をだそうにも出しようがないんだよね。
池上彰さんみたいにわかりやすく話せる人もいるじゃないかと思うかもしれないけれど、
あの人は、自分の意見を言わないよね。彼は自分の主張を持たず、誰かがいった過去の話をわかりやすく整理するだけだからああやってスマートに話せる。
でも学者から意見を求めるなら、もっと時間をかけて聞かないと駄目だ。
ワイドショーの20分程度の枠で、しかも橋下徹さんが10分以上も喋って、と企画の時点で失敗している。
政治の世界、テレビの世界ってのはそういうやり方は通用しないぞっていう言い分はわからないでもないんだけれど、
じゃあ、彼は「アカデミズムのやり方には対応する能力も時間も無いので無視します。私以外のものに勉強させます」という態度を取るのが誠実だと思う。
今みたいに、相手が意見を述べる前提すら受け入れずに、言いたいことだけ言って、論破しましたってパフォーマンスはプロレスより悪質。
仮にも学者を呼びつけておいて、あの態度というのは、反知性主義の極みというしかないかな、と。(あーでもそれがますます指示に結びつくのかなー)
橋下徹さんが本当の意味で相手を論破したいなら、フジテレビBSのプライムニュースやUSTREAMの時間無制限方式でやるしかない。
とりあず爆笑問題の各教授に話を聞きに行く、みたいな番組のようにひと通り相手の思考プロセスを追った上で、そのプロセスに反論スべきだ。
自分の土俵で勝っても論破したとは言わない・・・のだけれどね。まぁ言ってもしょうがない。
とりあえず今回の放送でよくわかったのは、橋下徹さんは人の話を全く聞くつもりは全くなく、
反対派は力づくで、あるいは今回のようにイカサマをやってでも潰すという姿勢の持ち主だということ。非常に恐ろしい。
いや、まぁそれもささいなことだ。政治家ってのはもともと教養がない人種だからね。実学しか認めない人たちだからそこは期待しない。
それより私が心配しているのは、別に巷の学者の声なんかいちいち相手しなくてもいいけど、
とにかく最低でも一人は、ちゃんと理論を踏まえて、じっくり考えて意見を彼にアドバイス出来る人がいるのか、ということ。
「いかに相手の教授がヘボであるか」をいくら主張しても、橋下さん自身のアイデアが良くなるわけじゃない。
「学者の意見」や「代替案」を封じ込めて、代替案がないことをもって自分を正当化しても、橋下さんの考えが間違ってたら結局上手くいかないんだ。
上手くいかないものを、独裁という形で無理やりうまく行かせようとすると、最悪の結果しか生まない。
橋下さん自身が考えなくてもいい、むしろ彼は強く偏ったイデオロギーの持ち主だから自分の頭で全部考えようとしないほうがいい。
方向性を決めて、いいアイデアを求めて、それを判断すればいい。
ただ、今のところ、彼の実績を見ていると、
コスト削減に躍起になってるだけ、実学以外を軽視し、目立ちやすいところにはどんどん手をつけるが全体を見通す目がない、という印象を持つ。
これは橋下さんが自分で考えちゃってるってことなんじゃないかな、と。
別に彼がクソ教授だと思う人の相手はしなくていい。でも、嫌いな相手をあきらかにするのと同じくらい、彼が正しいと思っているものを
価格決定権を出版社がカルテルで維持できないってのが最大の問題だと思うんだよね。
今までがいかに出版社にとって「恵まれた」環境であったのかがわかる。
小売店としてはまともな作品がまともな価格で、まともな数、リスクなく販売できる。
編集者は、作家と編集者の協力体制で作品を作っていくことができる。作者の数だけ編集も存在できる。
作家としてはまともな作家は、作品を書いてるだけでメシが食える。
(漫画家はぎりぎりの人も多いらしいけど、それでもアシスタントに金払ってなお、作品に専念できる)
それぞれ不満もあったろうけれど、とてもとてもいい環境だった。
電子書籍になったら、多分全部崩れる。 特定のタイプの人間しか生き残れなくなる。
特にitune storeやAndroid shopでの電子書籍での売り方を見てたら、こんなんで勝負できるか、と思ってしまう。
まず小売が死んじゃう。
今のところ、電子書籍がすごく安く提供されてるけどこれができる人って限られる。編集なんて尚更。
1「よく売れた本」「少なくとも紙で元がとれた本」でさらに利益を上積みしようというバックエンドのケース
もしドラの電子書籍版とか、女医セックスとか。ある程度価格を強めに設定できるけどそれでも書籍の半額以下。
2 無名な人や、バックエンド商品を持ってる人が無料に近いダンピング価格で客をつかむケース。
最初から自分の本をフロントエンドと位置づけていて、安くても自分の本を手にとってもらって次回作以降に続けようとしてる。
フォレ○ト出版なんかで書いてた著者は、もともと本なんてただの客寄せです、って感じなのでどんどんこのパターン遣うんだろうけどね。
3 まともな価格で売れるのは、高田純次などの有名人が手慰み的にやってる場合。これだってバカ売れしたのはダンピングのおかげ。
平安時代じゃあるまいし、吉田兼好とか紫式部みたいな、宮廷生活で生活が保障されている人以外は本かけませんってんじゃ困る。
4 作者自身のキャラクターが受けるなど、作品以外の商品展開が可能な場合
今はまだないけど、AKBのメンツが本を書くのもよし、ラノベがキャラクターアプリ販売とかと連携するもよし。
っていうか基本的に、なんかとのタイアップが前提であったり、「合同企画本」みたいなのがワラワラ出てくる気がするんだよね・・・。
ネットだと「小説家になろう」とか、ケータイ小説だと無数のサイトが展開されたみたいに
基本無料で読み放題のサイトがまぁスマホ最適化された形で提供化されるんだろうなぁ。
そんで人気が出たやつだけパッケージ化されて売れる、と。
ただこれだとバカ売れ作品ってのはそうそうでないと思う。 あと「王様ゲーム」糞すぎ氏ね。
1から5のドこに編集が生きる道があるんだろう。5をパッケージ化するところくらい?
編集さんってどういう所で頑張ってたんだろう。編集者ってどのくらい必要なんだろう。
「修正が聞かない本というパッケージ」において、ミスなく作品を世に送り出すため?
問題があったら後から直せばいいって考えたら、パッケージそのものに価値が認められないなら、
まともな作家がまともな価格で、かつ電子書籍ならではのギミックを搭載してチャレンジしたケースだと村上龍があるけど、
同じ価格だったら本のほうがよく売れた、というのも興味深いところだよね。
いやまぁ全部音楽業界ですでに言われてることだから今更感はあるけれど、
音楽は急激な変化に耐え切れず「今までだったらやっていけた層」が駆逐されて、
そこをAKB48やテレビ番組やアニメプロデュースのユニットが吸収しちゃってるってのがなんだか悲しいなーと思うのね。
というわけで結論なし。ここまで書いてるうちに出版するってどういうことなんだろうってことを全く知らないことに気づいた。
特に「編集者の仕事って何だろう」ってのが気になってきた。あれこれ読みます。
http://anond.hatelabo.jp/20111223110147
今でもごく一握りなのかもしれないけれど、すくなくとも数字的にみれば約3万人の作家がいるわけよね。多いと思うんだ。多すぎる。
「多すぎる作家の中で食っていける作家が一握り」というよりも、私が強調したいのは「現在食っていけている作家が十分すぎるほど多い」ということ。
これが、電子書籍の世界では今よりもっともっと減って必要最低限を下回るのでは、私が考えるような「あんまりイラない」作家しか残らなくなるのでは、と要らぬ危惧をしてみました。
塾と家との往復。
テレビ番組を録画したものを色々と見るのに忙しいから、時間はすぐに過ぎていく。
中学校でバカみたいに騒いでいる可愛コぶりっコしている奴等の事なんて、正直バカにしてる。
皆でぎゃあぎゃあ騒いでいて、バカみたい。
休み時間はスマホを触ってたら、時間が足りない位に直ぐに終わっちゃうし。
私の事を暗くて、不気味だとか言ってるあんな奴等なんて見返してやる。
私の通っている塾には、ちょっと格好良いバイトの院生がいるのだけど、
最初は数学で解らないところを訊いたら、親身になって丁寧に教えてくれたので、
ちょっと格好良いなと思っていたし、友達がいない私はそれが嬉しくてオッケーした。
塾の準備室で、誰も居ない時に告白されたのだけど、オッケーの返事をしたら、
いきなり抱きしめられて、キスされた。
日々孤独の淋しさから解放されるのなら、別にいい、それで構わない、本当は気持ち悪くて嫌だけど、
大人の男の人と付き合う事は何か嫌な事を我慢しなきゃいけないと思い、されるがままにキスされた。
ここ最近はそれがエスカレートして、私の上着を捲くり上げられて、乳首を舐められる。
彼は大学の研究が上手くいかなかったり、人間関係で行き詰まると
私の乳首を舐めたくなるらしい。
はっきり言って、変態だと思う。
本当に気持ち悪い。
だけど、彼との関係を切ったら、私はまた孤独だ。
準備室に行ったら、また嫌な事をされると知りつつも、
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51683817.html
こういう「良質」な番組があったとしても、母ちゃんは即座にチャンネルをフジテレビに変えてしまうから見れない。
自分が見て、「俺のほうが賢い」って思えるようなニュース以外は見ないから。
父ちゃんはマスコミは腐ってるといって自分のプライドを保ちたいだけで
別に自分が勉強してるわけではない。踊らされてるのをわかってない分ある意味母親より頭悪い。
で、私だが、これも弁護するつもりはない。私もダメだ。
そもそもテレビ見ない。
特にそういう真面目な話しとかに興味が有るわけではないし、
BBCニュースとか見ても、見方がわからん。あれ結構観るために基礎的な教養が必要だと思う。
子供の頃から見てれば自然に受け入れられるのかもしれないけれど、
多分、日本人が完全に日本語に翻訳されたBBCを見ても、わからんと思う。
「日経新聞の読み方」なんて本が売れるこの国で、
そして、それをありがたがって読んでいる俺が、BBCニュースを理解できるとは思わん。
そして、みんなそのこと=自分はバカ、であることはよくわかっているが、
そのことを直視して受け止めるのがツラいので、
今日も一日バカ番組を見て何も考えないか、マスコミの餌に食いついてプライドを保つか、
ネットで他の人の手垢がベタベタついた偏見まみれの記事を真実と思い込むか、そんな事しかできない。
キャラクターの魅力はあったとおもうので、そういうのも大きかったけど
わからなくても、わかってる人間が並走してくれて、助けてくれると思うと何とかなる。
みんなニュースに興味がないわけではないが、見てもわからんのだと思う。
わかるなら見たいと思ってる人はいると思う。
しかし、誰もその役をやらない。代わりに、
そこでわからなくても楽しめるような「萌え要素」=ニュースで言えば犯罪とか政治家の失脚とか、お笑い芸人とかコメンテーターの耳あたりの良い無責任発言ばっかり散りばめられた番組を作る。結局それで見る人ってのは、人格的にブヒブヒ言ってる萌え豚と一緒で数が限られる。しかも先細りしていく。
ちなみに池上さんはわかりやすかったけれど、そしたらそしたで
「ニュースは池上さんがやってるやつだけみればいいや」という独占状態になっていたなぁ。
俺も、禁書のアニメについては、アニメ自体は4倍速で見て、解説を読むとかやってたけど。
本当は池上さんがやってるような個別に丁寧解説とか要約じゃなくて、自分自身でニュースやコンテンツが楽しめるようになるためのメタ的な情報が必要なんだろうな。
歴史知識ないやつ向けのコンテンツって考えると、大河ドラマのように説明のための尺が十分に取れる作品でもお江みたいなのになっちゃうようだし、まして1クールのドラマやアニメなんてどうしようもないし、ドキュメンタリーについても掘り下げがむずかしいとかになるのか。はははどないせーちゅーねん。
http://anond.hatelabo.jp/20111203222431を書いたものです。
不美人なキャラは扱いが悪くなりがちであることについては読んだ本や学校の授業でも触れられてました。
程度の差はあれど男性にも当てはまることではあると思いますが。
CMやテレビ番組では女性を冷遇できない、というのは傾向として確かにあると思います。
そういえば少し前にやってたジョージアの「男ですいません」なんかも、
男性にポジティブなメッセージを与えようとしつつも女性に頭を下げてその顔色をうかがう、なんだか卑屈なフレーズでした。
今後さらに女性の所得が増えるだろうし、女性が購買の主役、広告のメインターゲットであるかぎりはこの傾向は続きそうです。
ブックマークも多くついててビックリしました。コメント付けてくださった方、ありがとうございます。
視野が狭い、自分の意見に都合のいい部分にだけ偏ってはいけない・・・というコメントもあって少し凹みました(笑
確かにそうですよね。
ただ、女性に関する問題については多く語られているけど、男性に関してはさっぱり、というのがどうしても気になって。
学校の授業やそこで紹介された斎藤美奈子氏の『紅一点論』とか読んで、
少し前にも『バクマン。』はミソジニー描写がある、ということでtwitterなんかですごく議論が盛り上がってたり、
こういう感じで突っ込んでOKなんだ、と思って書いてみたのですが・・・
バイアスは一方向的ではない、視野が狭い、偏ってる・・・というのは仰るとおりですが、
個人的には、女性側の不利益ばかり語られる現状にも言えることなのでは、と思います。
女性の受ける不利益のほうが多いのは確かだと思いますが、だからといってそれしか語っちゃダメというのはちょっと勘弁して欲しいです。
家庭用のわかりやすい解説もたくさんあつめる。
テレビ番組も原発関連のNHKスペシャルとか、サイエンスZEROとかを繰り返し見る。
みせるんじゃなくて、俺が勉強したいからって言って一緒の時間になるべく見る。
お前よりも圧倒的に勉強をしているぞってところを、言い負かしではなくて、勉強する姿勢で示す。
そうしたうえで、相手が、ネット上の胡散臭い論調に同調して安易に批判とかをし出したら、
同調も否定はしないで、俺はまだ断定できるほど知らないからもっと勉強するといっておく。
知った気になっている相手の前で、自分は無知だからわからないけど、自分の調べた範囲ではその点はそこまで恐怖心を感じないな、っていう程度にしておく。
なんかトラックバックのやりかたよく解らないです。すみません。
順番にレスさせてください。皆さんありがとうございます。
http://anond.hatelabo.jp/20111112043751
というのも同じフリーターの人達でしっかりしている人を見たことが無いからです。
もちろん私と同じように今後の生活の事も考えて生きているフリーターの方なら良いのですが。
男性はプライドがあるのでフリーターだけど結婚しよう、とは言ってこないと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20111112043751
ですので私も国立大学しか行かない、行っても意味が無い、と思うのです。
卒業後の就職を考えているわけではなく、ただ今はなんとなく勉強してみたいというだけなんです。
浅はかな理由でごめんなさい。
http://anond.hatelabo.jp/20111112043751
頑張れと言ってくれる人は尊敬出来るような方々でした。
私はまだ自分というものがあまり確立できていないので、当面は尊敬出来る人に流されようと思っています。
http://anond.hatelabo.jp/20111112043751
そのような就職先があり、昇給やボーナスもあるのなら私はそこに就職したいです。
勿論就職を考えるなら看護学校に行ったほうが良いというのも知っています。
大学に行きたいのは自分の価値観を変えたいからです。就職目的では無いです。
病んでる人にありがちですが、心理学とか哲学とかやりたいんです。
10代の子の創作と思われてしまうのは、私の考え方が10代だからでしょう。
30目前にして10代の考え方しか出来ない自分が恥ずかしいです。
http://anond.hatelabo.jp/20111112043751
残念ながら親戚との関わりは一切ありません…。
本気で結婚したくなったら友達とお見合いパーティに行ったりするのかもしれません。
今は結婚に対しては活動的ではありません。
http://anond.hatelabo.jp/20111112043751
私は何者かになりたいわけではありません。
隠しているのではなくて何も無いんです。
地元に居る生え際真っ黒な茶髪の子連れの若いお母さん達に目的があるとは思えないです。
でも毎日楽しそうにしてます。私の価値観では面白いと思えないテレビ番組を見て笑ったりして。
http://anond.hatelabo.jp/20111112043751
「偉そうだと言われる言動」
でしょう。
ファンキーモンキーベイビーズの歌が嫌いだ
店で彼らの曲が流れたらそそくさと店を出るし、テレビ番組で彼らが出るとチャンネルを返す程大嫌いだ
今、ネット中で大好評叩かれ中のJPOPの中で今が旬のヒルクライムや西野カナも嫌いだけど流れても店を出たりしない(チャンネルは回すけど…)
だから私のファンキーモンキーベイビーズとJPOPに対する嫌悪感の根本は深さも強さも違うと思う
で、ずっとヒルクライムとファンキーモンキーベイビーズが嫌いな理由って同じだと思ったんだよ
これら二つは歌詞に"愛してる"だとか"会いたい"とか簡単に洒落た比喩表現もなく書いちゃうからなのかなーって思ったんだけど、ちょっと前にシーブリーズのCMでファンキーモンキーベイビーズの曲起用してたじゃん?
「♪君の顔見てると胸が苦しくなるんだよー」って感じの歌
このCM流れてた時、ファンキーモンキーベイビーズにそんな嫌悪感抱いて無かったからチャンネルも回さずに聴いてたんだけど流れて行くうちに"この歌なんか間抜けだな」って思うようになったの
で この間抜けさなんだろうと思って考えてたらあることに気づいたの
「あっ この歌なんか棒読みだ」って
別に自分はテレビ番組のプロデューサーでもないけれど、ちょっと思いついたので書き記したいと思う。
何を研究分析するにしても、調査の仕方、分析の仕方というものがある。物ごとを多角的に見る、もしくは俯瞰して見るという事だ。
山に登って高い位置から景色を見て、登る辛さを家に帰ってきてから思いだしてもまったく思い出にが“つらさ”の再現性が無い事に気が付き、そこからの着想である。
では
「特異稀な経験談の集め方!」
下記A~Hの命題に「Y・そう思う」「N・そう思わない」で解答せよ。
C関連しうる現状が今良いと良い思い出になりやすく
D関連しうる現状が今悪いと悪い思いでになりやすい
F関連しうる現状が今良いと良い思い出になり
G関連しうる現状が今悪いと悪い思い出になる
H思い出となってから記憶を思いだしただけではつらくはならない
※全ての「なる」「ならない」「なりやすい」「なりにくい」は
“その時と同じ様に”という意味で
※更にここから、肉体的には辛かったけど精神的には快楽だった等の複合命題へと進めるべきなんだけど、めんどくさくなりました。
これらの命題に対して例えば100以上の解答サンプル集めて統計し、少数派の解答に絞った上で具体的経験談を著述してもらう
金がないとできないが、極めて効率的な特異稀な経験談を集める方法が確定しました。
最初から稀な経験は?と聞いても出てはこないような特異稀な経験が世の中にはまだまだまだまだ眠っているのではないでしょうか???
特に上記各命題について「N・そう思わない」と解答した部分についてメールでもレスでも良いので教えてくれると、お互いに面白く楽しい時間を過ごせると思います。
宜しくお願い致します。
@awaikumo ←連絡先はここから探してね
特に「ドッドッドリランド~」などは本気で憎まれている。憎悪されている。
モバゲーが一番叩かれていた頃と、モバゲーがテレビCMをよくやっていた時期はおそらく重なる。
テレビCMをやるとネットをあまりしない一般人の間での知名度は上がるが、ネットをする層には嫌われる。
「グリーの田中社長が語るIT業界成功の秘訣」といった感じの取材記事なりテレビ番組が作られると、
モバゲーも南場社長が数々の取材を受け、成功体験やアドバイスを語っていた頃は散々に叩かれていたが、
現在のモバゲーは「Yahoo!モバゲー」というパソコン版を用意しており、
フリーメールで登録できるので複アカも作り放題という、オタにも優しい仕様となっている。
しかしグリーは携帯3キャリアのメールアドレスでないとアカウントを作れないため、
複アカが作りにくく、3キャリアの携帯を持っていない人間にはアカウント作成不可能という、
オタ除けのような仕様になっている。
あの時、父さんがキレたその理由は、小学一年くらいだったかな、いつものようにお父さんと二人でお風呂に入った、背中を流し合って風呂に浸かり100数えて上がり、いつもカラスの行水だって言われてた。その日もおれは先に上がって風呂から出た、母さんは夕飯の片付け、おれは居間でテレビ番組に夢中。なにかの音が聞こえるなーって気に鳴り出した頃には、もう、その音がし始めてから、けっこうな時間が経っていたと思う
母さんが、なにか言ってる、おれはテレビに集中してたから、「なんか聞こえやしない~」、そういえば、なんか聞こえる、なんだろう?、遠くの方で、がっがっって、
その音は、お風呂の方からだった、母さんがおれに「見てきて」と言う、風呂場に着いたら、擦りガラスの向こうに、動くおおきな影、父さんが「開けろ~」というような大きな声怖々と言っている
うちの風呂は外から鍵がかけられるようになっている、おれは風呂から上がる時に、つい閉めてしまったみたいだ。小さな子供が水の溜まった危ない風呂場に間違って侵入しないように、外側に鍵がつけられていた、ごく普通の窓の鍵
すぐに急いで、おれは、その鍵を開けた、途端に父さんが、僕に乗りかかってきた、真剣に怒った顔と声、おれは恐怖に怯えた、悪さ、悪ふざけでやったんだと思われたからだと思う、その時の、力によって威圧を受けた思い出は、自分にとって初めてだったと思う
そして、すぐ遅れて母さんが来た、掴み罹られて押さえつけられる俺に母さんは、おれに聞いてくる、「なによ?どうしたの」、「わざとかい?わざとなんかやらないでしょ?どうなの?わざとやったの?」でも、僕はなんにも覚えていなかった、「閉めた」という記憶が無かった、だから「閉めてない」
「やった」とも「やってない」とも、なんとも言えなかった、謝る事よりも、どういう事でそうなったのかを、まず解ってからでなければ、謝る意味がない、という事も教わった
知らず知らずのうちにやってしまったんだろう、母さんは「わざとなんかやってないでしょ」と、おれは母さんの分析を聞きながら、そういえば何も考えずに鍵を閉めてしまったかもしれないのかなと思った
その頃、僕は鍵閉めを任命されていた、家族でどこかに出かける時は自分が家中の全ての鍵を端から、ちゃんと閉まっているかどうかを確かめる、全部、鍵を閉め終われば出発だ、全部で16ヶ所くらいの鍵がある、皆を待たせないように、急いで閉め回るから、一つの鍵を閉める瞬間には次の鍵に目が言っている、そんな体に染み付いた変な癖が、風呂場の鍵も無意識のうちに閉めちゃったんだと思う
父さんも、おれが悪さでやったんじゃないと解って、知って、その怒りを静めてくれた、原因というか、その理由を知って怒る必要がなくなったから
鍵をうっかり閉めるなんて事は普通は考えられないだろうから、父は自分が悪さでしたんだろうという予測を基に子供に対して怒るのは当然だ、もし悪さだったとしても、個々に許容範囲ってのの違いは、やっぱりあるから、怒られなければ解らない事もある
母さんは、その小学校に上がったばかりのおれが、普段やっている鍵当番の事のように、おれが癖で鍵を閉めてしまったんだろうと弁護をしてくれた
でも、もしかしたら・・・、閉じ込めようとする意志は無かったにせよ、その悪ふざけの真似事でふざけて閉めてみた鍵を、そのままにしてしまい、開けるのを忘れてしまったのかもしれない 次へ次へと目が行く子供、テレビは待ってくれない
ふと、そんなことを思い出した
@awaikumo
そうなんだよなあ。
バカに分かる説明は無理。
バカの壁って、そんな話だっけ?
「そんな単純に答えられる問題じゃない」
と説明するよりは、
とか言った方が、視聴率は上がるんだろう。
この10年ほど、ネットの普及と平行して、ある人が急激に有名になって消費されてはブームが去っていくということがやけに目につくようになっている。有名になった人は、もとからなにか一芸秀でたものがある人で、ネットで有名になって、ブレイクして、時の人のような扱いになる。
1年のうちに本を矢継ぎ早に出版したり、ネットで生放送に出たり、地上波のテレビ番組に出たりする。その人の名前や顔をどこかで見かけないことはないという状態がしばらく続く。その人があたかも当代一流の文化人であるような扱いになる。
その兆候は出版活動に見える。どう考えてもその人の専門に関係なさそうだけど、その人の名前が入った本が書店で平積みになっているのがバブル崩壊の予兆だ。
ネットで有名になった人のバブルが崩壊する実際のきっかけは、やはりネットでの炎上騒ぎになって可視化される。
その人がなにか不謹慎なことをいったりやったりして非難されたり、その人の専門性に疑問符が付けられたりするのを境に、気がつけばその人の露出が減っている。1年もたって、たまにネット上の企画でその人の名前を見かけると、あ、まだいたんだと思う。
そういうことが毎年繰り返されるのを見るたびに、有名になった「時の人」よりは、消費されるネット文化人を作り出すこの国の人間のほうが嫌になる。
有名になった人になんでもいいので本を書かせたり、食べ物やおもちゃをプロデュースさせて一儲けしてやろうというサラリーマンプロデューサーたちの脊髄反射的な射幸心に反吐が出るのだ。
とはいっても、こうした傾向はますますサイクルが短くなって繰り返されるものと思うので、嘆いても無駄だろう。嫌ならネットを見るな、本屋に行くな、コンビニにも行くな、というわけだ。
あまのじゃくを気取っていないで、ネットライフを彩ってくれる「文化人」というコンテンツに感謝しよう。その消費期限に注意しつつ。
昔は室内娯楽といえばテレビ一択(ゲームやDVDもテレビ使用/ラジオは縮小/他音楽鑑賞)だったが、
例えるなれば、テレビは特定数のチャンネルが厳選したプログラムを流すが、
インターネットは所謂チャンネル数多であり、端末であるPCは情報を作成しテレビと違って視聴者サイドからも発信できる。
ただし数多もチャンネルがある為、真偽は自身で判断する必要がある・・・とは言っても昨今は情報をまとめるサイトも存在する為
テレビは所謂ながら見で、意図的に番組を見る程の情熱や執着興味が薄れている?
その状況で、インターネットではテレビで放映されない情報が露見しつつある為、