はてなキーワード: 臆面とは
■父親似の娘の地獄
http://anond.hatelabo.jp/20111008214818
勉強さえすれば一人で生きていけるの?学校がよければブスでもいい企業に入れるの?
私はそこでも差別されるような気がしている。面接で顔で落とされるんじゃないかと思う。
父も、私が娘じゃなかったら、どうせ私をただのブスとみなしていると思う。
アイプチを使うことを、肌が荒れるからやめなさいと母親が言う。
母はもとから二重だし、ずっと美人として生きてきたからわからないんだと思う。
父に似た目が嫌で、小さい目が嫌で、そのままの顔じゃ外に出たくない気持ちが。
理想は、いい大学に進学して、バイトしてお金貯めて、給料のいい安定した大企業に就職してお金貯めて、
すこしずつ整形していきたい。
まず父に一番似ている目を整形したい。くっきりした二重にしたい。
低くて丸い鼻も、小さく高くしたい。
あと、一番いやなあご。父そっくりで顔が大きくて、男みたいな輪郭をしてるから削りたい。
あと、子供はぜったいに産みたくないと思ってる。
自分や父親にそっくりの子供、とくに娘が生まれたら最悪だから。
絶対にうらまれると思う。何でこういう顔に産んだの、って。
ブサイクの癖に、臆面も無く、子孫をのこそうとする父のような人間が嫌い。
私は生まれてきたくなかった。
こんな顔で生まれるくらいなら、生まれてきたくなかった。
サムスンってすごいと思うのよ。
iPhoneやiPadといったAppleの世界的な売れ筋商品を臆面も無くパクって、挙句の果てに本家のiPhoneやiPadを差し止めようと訴訟とか。
俺個人はパクリモノの GALAXY は絶対買わないけど、日本の家電メーカーの Android 端末なんてもっと情けない代物。SONYのタブレット業界2番宣言とか、東芝のREGZAフォンのスレの惨状とか見てると情けなくなる。
こういう日本の負けっぱなしの状況を悲観して、去年は坂本龍馬なんかが流行ったわけだけど、結局お話を楽しんだだけで、坂本龍馬なんてどこにも現れず。
Amazonの日本進出で日本の出版業界が危ない!黒船だ!って今更何言ってんのよ。Kindleが最初に出たのは4年前の2007年、どう考えてもこの日が来るのは分かってましたぜ。
楽天のRaboo/SonyのReader/ガラパゴスあたりのどれかがiOS/Android端末、Windows PC/Mac(要は全端末)に対応する電子書籍プラットフォームになればいいだけ。
正直、システム構築とマーケティングはそれなりに大変だろうけど、まあ先が読める範囲に収まるし、掛けたコストをはるかにこえる儲けはある、って素人でも想像がつく。
それでもうちの端末でしか読めないようにしてくれとか、薩摩だ長州だ、と言っているうちに、その儲けは、Amazon親方の総取り、日本の出版は植民地になろうとしている。
家電はやられっぱなし、出版もやられる、じゃあ日本はいいとこ無しなの?っていうと細かいところを見るとそうでもない。
例えば、文房具とか、最近だと財布とか、そういうこまごましたものは日本が最先端を行ってイノベーションの塊だったりする。食も含まれるかな?
そういう業界は知恵と技術を発揮できているのに、家電や出版は上手くいかないのはなぜよ?
違うのは掛金の大きさ。イノベーションできてる業界は、それぞれの小さい会社でも自分のリスクでチャレンジが出来る。家電や出版のような規模の業界ででイノベーションを起こそうと思ったら、大勢の利害関係者を説き伏せて、大金を掛けてプラットフォームを作る必要がある。
足りないのは知恵や技術ではなくて、大金を掛ける度胸のある山師。サムスンの鼻息の荒さ。
とはいってもそういう種類の、鼻息荒い山師って実際日本から絶滅したような気がするのよね。
まずは、90年代前半のバブル崩壊で、そういう拡大志向の人間はだいたい表舞台から消えてしまった。2000年代中期のITバブルの頃にそういう機運もあったが、ホリエモン逮捕とともに消えてしまった。
もう日本に大きな事をやる奴は本当にいないのよね。知恵と技術のある奴は小さく手堅く掛けるし、度胸のある山師は、知恵や技術が無いのでテレビとか携帯電話で国内の情弱相手に荒稼ぎ、未来に繋がるプラットフォームなんて一片も築かれはしない。
実際のところ、日本では神格化されてる坂本龍馬だって、日本の発展を見ることなく若死にしてるわけで、そんなリスクとって国の英雄になるなんてメリット無いよね〜ってみんな思ってるんだろうけど。
それよか、みんなの日本という国への帰属感自体が怪しいので、知恵と度胸と鼻息があったら、米国の東海岸なり西海岸に渡って、日本をやり込める側に回るほうがいいよね、って感じかね。
http://anond.hatelabo.jp/20111017024535
はて、どう応えたらいいものやら、と一晩考えておりました。
現実にある問題に直面しており、その根本となっている「自己肯定感」の乏しさについて書きました。
具体的な問題について語るつもりはありません。特定されたくないですしww
ここ数ヶ月、ほぼ初対面の方に「自信なさそうだね」と言われることが数回あったので、
頭の片隅にずっと、考えるべき命題としてありました。私が感じる「生きづらさ」の原因でもあります。
私は、自分のことをメンヘラだとか、境界例だとかの、診断基準にちっとも満たないと思います。
ただ、現在凹んでいる自分を支えてくれている大きな柱が、恋人であることに気付き、
依存してしまったら彼に申し訳ないし、不健全な関係になってしまうなあ、と気をつけようとしています。
「冴えない」と書いたのは、「うちの愚妻が…」といった風な謙遜の意味です。今の恋人は、私にとって大切な尊敬できる人です。
ただ、今までの恋愛遍歴は、人に自慢できるようなものではありませんでした。依存、共依存はろくなもんじゃないです。
恋人がいる、友人がいる、という状況を以って、はてな民の皆様からは反感を買っているようです。
予想はしていましたが、嘘を書くつもりもないので、正直に書きました。
でも、程度問題に還元されたくはありません。最も苦しみ、弱い立場に置かれた人にしか、発言権はないのでしょうか。
私には私の感じる、固有の困難さがあります。分かち合える人、そうでない人、様々にいて当然だと思います。
恋人、友人、家族、趣味の世界…様々な他者からOKをもらえたとしても、
自分で自分にOKを出してあげる、その穴だけは埋めがたい人もいるのです。
「リア充」というのは、世間で認められたある種の「望ましさ」です。価値観のひとつです。
そういう価値観に染まらないぞ、と断言できる自分のことは好きです。
誰かのご指摘の通り、そういう自分に恍惚とすることもあります。
ただし、対人関係構築の不器用さから、すべてのコミュニティでうまくやっていけてるわけではありません。
自分への理想も要求水準も、すごく高いです。世間の価値や、自分への要求をすべて満たせない自分にも苛立ちます。自信が持てません。
これらは、「表面」⇔「深層」といった関係ではありません。それこそ分裂しちゃうよ。
私からすると、すべて私を構成する面です。私は、アイデンティティを多面体として捉えています。
好きな面も、嫌いな面もあります。もっと、好きな面を増やしていけたらいいのにな、というくらいの話です。
SNSで臆面もなく、恋人とのイチャイチャ写真をうpできるくらい、自信の皮が厚ければ
さぞかし生きやすいだろうな、と思います。そうなりたい、というわけではありません。そんなん恥ずかしいしww
秋の夜長に、ちょっとキャッチーに書きすぎたことを反省しつつ、
現実に起こっている問題に対処することでしか、自己肯定感は復活しないぞ!と、自分を戒めたいと思います。
「持つ者と、持たざる者」なんてキャッチーに書いたけど、ホントは多かれ少なかれ、みんな持ってるんだと思います。
自己肯定感ゼロの人は、それこそ死に至る病なので、死んでしまうか、その寸前かと思います。
私にも、自己肯定感が高い時期もあれば、低い時期もあります。今はどん底ですが。
「きっと何者にもなれない」私の人生で、自己のプライドと、どう折り合いをつけていくか、正念場です。
それと、皆さんが私について書いてくださったことは、あくまで「仮説」です。
エビデンスもなしに、私という人間を100%理解したつもりになってる方、断定的な口調で物を言う方、
自分の理解できる範疇・型に当てはめてくる方・・・には苦言をいいたい気分にもなりました。
最後に、極端な人のみが、悩みを持っているわけではありません。
http://anond.hatelabo.jp/20111008214818
あと、子供はぜったいに産みたくないと思ってる。
自分や父親にそっくりの子供、とくに娘が生まれたら最悪だから。
絶対にうらまれると思う。何でこういう顔に産んだの、って。
私はその言葉に何も返せないし、もしかしたら全く可愛がれないかもしれない。
整形前のブサイクな私に、嫌いな父に、そっくりな娘がうまれてきたら、
娘でも顔を見るたびに嫌な気持ちになるかもしれない。
育てられなくなって、施設に入れたりするかもしれない。
だから結婚もしない。まあ、性格の悪い整形女とかどの男も嫌がるだろうけど。
その前に私は男が嫌い。父親も、弟も、男子も、好きになれる要素が一つも無い。
信用できない人と一生一緒に暮らしていくことなんて不可能だから。
ブサイクの癖に、臆面も無く、子孫をのこそうとする父のような人間が嫌い。
私は生まれてきたくなかった。
こんな顔で生まれるくらいなら、生まれてきたくなかった。
弟がうらやましくてしょうがない。
でもできなかった。父のせいで。でも母の相手が父じゃなかったら、私は生まれてなかった。
生まれたくなかった。もしくは、私じゃなくて良かった。
美人として生まれなおしたい。私じゃない別の何かとして。
孤独とは何でしょうか。
まったくできないとは言いませんが、しかしそのような機会はほぼ起こりません。
あるいは、『誰かの世界観を理解した』と思ったとしても、そのような理解が単なる誤解に過ぎなかった、ということは往々にして起こり得ることです。
しかし、このような孤独は本当の意味での孤独とはまた違ったものでしょう。
というのも、このような孤独は誰もが抱えているものですから、その意味合いが薄まってしまうのです。世界中の人々がダイヤモンドを持つのならば、ダイヤモンドの価値が低下するように。
それは二つあります。
孤独であるということを理解してくれる人間が一人でもいるのであれば、その孤独は何ほどのものでもありません。不完全な孤独です。
しかし逆に言うならば、孤独であるということを周囲の誰一人として理解してくれないのであるならば、それほどに深い孤独も無いということなのです。
そしてもう一つ。
『孤独であるということを、孤独である当の本人が理解していない』という孤独。
ある一人の人間が孤独である時に、周囲が彼の孤独を理解しようとも、その当の本人が自身の孤独を理解していない場合、本当の意味での孤独が訪れます。
たとえば、そのような自身の孤独に関して理解しない人間ほど、孤独を軽々しく扱う傾向があるのですが。「俺は孤独だ」などと臆面もなく言い放ったりします。彼にとって孤独というものは、付け外しのできるファッショナブルなアクセサリに過ぎません。
このような人間を見るにつけ、我々はその人間との断絶を感じます。孤絶を感じます。これがもう一つの孤独です。
自身が孤独であることを理解し、そして周囲の人間の孤独を理解することによってのみ、孤独は和らぐものです。
そのことを皆様お忘れなきよう。
ちょっと今なつかしくなってDSのVをわざわざ買ってやり直してきたところなんですけど、
今やり直してみるといろいろ気づくところがある。
例えば、
ただ、よくよく考えてみるとVIIIもV型のような終わり方だから、これは結局引き出しの違いなのかもしれない。
そしてさらによくよく考えてみるとIVの第六章でとりあえず救済されたピサロに不満たらたらな意見を目にするのに、VやVIIIで同じような意見を見ないのは不思議だなあ、と。ドラクエってシナリオに矛盾がないわけじゃないから、救済されるのはおかしいっていう理屈はないなあ。私が最初にFCのIVでデスピサロと対峙したときはロザリーの死とほこらのBGM、直前のデスプリーストの発言が相まってかなり胸に来るものがあったんだけど(それがよかったのかね)
そういう意味ではVIIIのフィールドはすごい。あの走ってるのにゆっくりな移動スピードは、フィールドの壮大さを演出するのによく貢献している。
今なら「マリアNTR結婚でヘンリー何食わぬ顔でパーティ加入√」とか臆面も無く言う人いそうだけども、何が違うんだろう。
私は最初やったときヘンリー抜けるのもキーファ抜けるのも嫌だったけど、復帰しろ、とまでは思わなかった派。
ただ、何が異質なのか、うまく説明できない。
まあなんだかんだあって楽しめました。
いいや、理解できてないのはお前。
商店街もショッピングモールも包括的な1:1か個別的なN:Nかでしかない。
それを1:Nとか臆面も無く書いちゃう時点で君が商店街関係者並にバイアス掛かりまくりで話にならないのは自明だから。
・夏への扉
この作品は言わずと知れた海外SF小説の名作だねー。最近自分の中でSFがブームなんだけど、読んでみてすごく良かったと思った。
はっきり言って始めは退屈だったけど、中盤以降の盛り返しがすごい。最後は爽快な気分に慣れたから、エンターテイメントとして高得点だった。
ピートは可愛い。リッキィも素敵な人だ。ただ主人公の精神的というか、即物的なロリコンへの耐性はどうなのよって思うなあ。
兼ねてよりそう見ていなかったとしても、やっぱりねえ。ダニィさん、そこんところどうなのよ、ねえ。
・隣の家の少女
かわってこちら。イギリスの絞首刑執行人が書いた、悪夢のような一冊だねー。まとめブログで欝になるとか後悔するとかの一冊としてよく上がってる。本当にそのとおりだと思った。
正直言って、この本のレーティングはR18クラスなんじゃないかな。ホラー小説というよりも、もっとグロテスクで内蔵抉るような嫌悪感に満ちていたよ。
始めの方こそ牧歌的な青春ものって感じの内容なんだけど、臆面も無く表現された凄惨への伏線がいい意味で嫌な感じだったなあ。
実際嫌な後味が残ったし。
でも、一度は読んでみるといいと思う。邪悪を具現化したようなかの女子高生コンクリート詰め殺人事件の捉え方も、ちょっとだけ変わるかもしれないね。
最後はこれ。完璧な趣味で選んでみた。川上弘美の文章はときどきすごく読みたくなる。あの空気感が素敵なのです。
まあホラーとSFとラノベとを読んで、少し文学っぽい物語に触れたかっただけってのもあるんだけど。
落ち着いたレディースコミックって感じで、安心して読めるよー。唐草模様の物語って感じなんだな、これが。
うん。すごく伝わりづらい。なんていうかね、綺麗な水がひたひたと満ちていくような読後感があるんだー。
この他にも小川一水とか貴志祐介とか恒川光太郎とか中村航とかの著書もいいよー。
黒野伸一とか五十嵐貴久とか有川浩とか梨木香歩とか加納朋子なんかも素敵だと思うなあ。
雨の休日は読書に最適だよ。湿っぽい匂いと紙をめくる音とが心地いいだねー。
さて、次は漫画の紹介だよー。手軽に楽しめるのが漫画のいいところだと思うんだけど、どうなんだろう。
まだ一巻しか出てないクイズ漫画だよー。ゴールデンタイムにやってるような奴じゃなく、競技としてのクイズをテーマに据えた作品だよ。
この作品の面白いところは、その焦点もさることながら漫画としての構成にもあると思うんだ。
王道的なストーリーテリングを無理なく無駄なく簡潔に描ききってるからすごく読みやすいんだよねー。この上手さは夢喰いメリーにも通ずるところがあると思うよ。
続刊に期待が持てる、熱いクイズ漫画になんだよねー。この作者のもえタイも一巻完結ものでおすすめだよ。
昨日二巻が出たみたいで、なんか完結してた漫画。なんとなく目についたから一巻と合わせて買ったんだけど、すごく良かったよー。
はっきりいって表紙を見て安易な萌えものかと思っちゃったんだけど、どっこいかなりシリアスで温かな作品だった。
独特な世界観はもとより、その絵柄もいい味出してるからいろんな人に読んでみてほしいなあ。
作者はイラストレーターさんみたいだけど、内容も骨太でしっかりしてた。
・繕い裁つ人
本との出会いって不思議だねー。ぱっと手が伸びてしまうんだから。この作品もそんな一冊だった。続き物で、こちらもまだ一巻しか発刊されてないけど、すごいんだよねー。
正直なところ、絵柄はすごく人を選ぶと思う。人物の顔なんて下手だって表する人がいるかも知れない。加えて余白の多さを指摘する人もいると思う。手抜きだとなんとか、無粋なことをさ。
でもねー、この作品はそう言った朴訥としたところとか簡素なところが最大の魅力だと思うんだよね。
読み取りにくい表情や、何も描かれていない空間に、とてもたくさんの情報が詰まってる。読んでるとね、だんだんその距離感とか漂ってる空気みたいなものが、濃密に溢れてくるんだー。
こいつはすごい作品ですぜぃ。静謐で穏やかな読書感に浸れると思うよー。
・午前3時の危険地帯
現在三巻まで発刊されてる。恋に仕事にって感じのレディースコミックで、でもどろどろした絡みだとか鬱々とした展開のない、変にカラッと乾いた漫画になってるよー。
この人、表紙が素敵なんだよねー。もちろん内容もいいけど、髪の毛とかすごい好きな描き方してる。
なんていうか、働きマンみたいにちょっと元気をもらえる作品になってると思うんだー。まあ結構毛色は違うんだけど、本質的に力をもらえるって言うか。
コミカルな描写も多くて、読んでて楽しいのもグッド。同作者の少年少女っていう短編集もおすすめだねー。
この漫画も元気になれるよー。よつばとみたいな感じだけど、また違った良さがあるんだよねー。よつばは元気を発散する中心だけど、先生は元気を周囲と分かち合ってる。
のどかな田舎暮らし、なんて内容じゃないんだけど、すっごく懐かしくて、もう帰れない夏休みのことを思い出さずにはいられない、かと言って切なくもならない、そんな作品なんだなー。
ぼくのなつやすみってゲームを、思いっきり濃口にしたような内容って言えばいいのかな。ぼくのなつやすみやったことないからわからんけども。
すっごく胸が軽くなる作品なんだねー。いや、すっごくってのは言いすぎかもしれんけども。なんとなく笑えてしまう楽しい漫画なんだなー、きっと。
なんかいっぱい挙げたら疲れてしまった。アホだなー。でもまあ自己満足にはなったからよしといたしましょうや。うん、そうしよう。
世の中にはたくさんの本があって、面白い物語が隠れていて、到底全てを網羅することなんてできなくて、そもそも本意外にも呆れてしまうほどにたくさんの娯楽があるんだけれども、そういったことを考えるといつもスゲェって圧倒されてしまう。本屋とか行くだけで、すごくワクワクする。
もうね、どうなってるのこの島は、状態ですよまったく。
他にもいろんな本を知りたいなあ(チラッチラッ
そんなことよりミスドに行きたい。
小学校高学年の思春期入りかけのとき、私は何にも目覚めていなかった。
ただ周りの浮き足立ったような雰囲気に身をおいておくのが楽しくて、恋バナには積極的に参加していた。
そこで味わったショック。
クラス一のブス女子(運動も勉強もできないし、小太りなのにカマキリみたいな顔してた)が、
クラス一のモテ男子(話はつまらないけどイケメンで足が速い)のことを好きだと臆面も無く言い、バレンタインにチョコをあげたんだ。
その女子、何もできないのに猛烈に勘違いした子だったんだよね。今思えば自己愛性人格障害かなにか何じゃないかと思うほど。
それ見て私は「キモ!」と思ってしまった。釣りあうわけないじゃん!
恋愛感情って、ここまで客観性を失わせるものなの?とゾッとすらした。
実際はその子がちょっとおかしかっただけなんだけどね。
それからしばらくして中2。女子だけでしていた小学生の頃と違って、男女混じって恋バナをしていた。
そこでリア充男子が、運動も勉強もできないチビガリブサ男子の好きな人が、
クラスで2番か3番目に可愛い、運動も勉強もできるクラス委員の女子だということを暴露したんだ。
で、暴露されたチビガリブサ男子は、照れてモジモジしたりニヤニヤしたりしてた。消極的な肯定…
いやキモ!釣りあわないから!一瞬で小学生のときのブス女子の勘違いっぷりを思い出してゾッとした。
しかも、それから数ヶ月してクラス委員女子がサッカー部男子と付き合うようになったとき、
えー!!ショック受けてんの!?まさか付き合えるとでも思ってたの!!!???
暴露したリア充男子は、チビガリブサ男子のショック休暇を本気で笑ってました。心の底から嘲笑してました。
私は笑うどころじゃなく恐れおののいてました。勘違いブサの恋愛感情って怖い、恋愛感情を持つことは美男美女にしか許されないものだ。
高校以降は、一応進学校に行ったからか、それとも皆成長したからか、勘違いした人には遭遇してない。
でも未だに「基本的に恋愛は美男美女の特権」「キモイ人の恋愛感情は劇物」感がぬぐえないんだ。
告られて付き合うことになって、だんだん相手を好きになってきても、ふとした瞬間に「私キモ!」ってゾッとして急ブレーキがかかってしまう。
「私キモ!」「俺キモ!」みたいにならずに、順調に突っ走ってるのかな。
相変わらずどう見ても釣りあわない大人気の美形に片思いしてんのかな。
正直に言うと私はものすごく彼らのことを見下してる。恋愛が楽しめないのはその根性の悪さに対する罰なのかもしれないとも思う。
いつまで引きずるんだろう。
趣味が人間観察ですとか臆面も無く宣言する奴が憎くてしょうがない。
できることなら趣味が人間観察ですとか宣言する奴の爪を一枚一枚剥ぎたいし、
趣味が人間観察ですとか宣言する奴の両手両足を枷で拘束した状態で大量の下剤を飲ませたい。
下剤を飲んで苦しんでいる顔をアップで動画撮影してユーストとニコ生で放送したい。
漏らすまで放送し続けたい。住所氏名年齢晒した状態で放送してそのまま漏らさせたい。
漏らす瞬間の顔をリアルタイムで全国のネットユーザーに観察させたい。
漏らす瞬間の表情アップのキャプチャがそいつの出身小中高大の情報と共にネット中に広がって、
元同級生たちが残らず目にして観察できるようにしたい。
新しくバイトするにも仕事するにも趣味をやるにもどこでも漏らす瞬間の表情のキャプチャが付きまとって、
どこでも「うんこ漏らす瞬間を晒された人だ」と注目され観察される状態が、
趣味が人間観察ですとか臆面も無く宣言する奴が憎くてしょうがない。
できることなら趣味が人間観察ですとか宣言する奴の爪を一枚一枚剥ぎたいし、
趣味が人間観察ですとか宣言する奴の両手両足を枷で拘束した状態で大量の下剤を飲ませたい。
下剤を飲んで苦しんでいる顔をアップで動画撮影してユーストとニコ生で放送したい。
漏らすまで放送し続けたい。住所氏名年齢晒した状態で放送してそのまま漏らさせたい。
漏らす瞬間の顔をリアルタイムで全国のネットユーザーに観察させたい。
漏らす瞬間の表情アップのキャプチャがそいつの出身小中高大の情報と共にネット中に広がって、
元同級生たちが残らず目にして観察できるようにしたい。
新しくバイトするにも仕事するにも趣味をやるにもどこでも漏らす瞬間の表情のキャプチャが付きまとって、
どこでも「うんこ漏らす瞬間を晒された人だ」と注目され観察される状態が、
っていうのは煽りタイトルなんですが(一部界隈でホットなので、自らセカンドレイプをしかけてみる)
こういう事例というか、「自助努力が欠けているからそうなったんだ」という俗流自己責任を持ち上げる輩はわりといますね。
で、ちょっとトポロジーな類例をふたつばかり考えてみたので、ひとまず被害程度の問題を無視して、読んでみてください。
要するにこれは、レイプの話題で言えば「胸を露出させる服を着ているのが悪い」とか、「ひとりで夜出歩いているのが悪い」的な言説ですね。いじめられる側の隙を探して、いじめる理由に足るものを指摘して、「お前がデブでハゲでバカでフケ散らかしてるのが悪い」って話です。
レイプ含め、性犯罪を根絶することは不可能でしょう。同様に、いじめを根絶することも無理だと思います。起こってしまったときに、適切な対応と、理解を促すぐらいしか、方策はないように思います。
別方面でもそれなりに話題になりがちなテーマですね。よく「コミュ障だから内定がない」となかば自虐的に書き込まれるケースが多いですが、それ以外にも「社会人としての自覚が足りないからだ」とか「甘えてるからだ」とか、飛躍して「○○大学なら当然だな」とか、無い内定になるのにはさも当人に落ち度があるのだから当然という主張がまかり通っています。
学歴に依る差別は合理的なものだから、区別であって正しい、という主張をする人がまだまだ多いです。それを盾にして「だから低学歴は無い内定になって当然。今までの努力が足りないツケだ」と主張すること自体も正統的な目線で見られがちです。
そもそもの話として、自助努力というのは存在しうるのでしょうか。こういう場で使われる努力というのは「最適解」を前提にしています。つまり、努力しようがしなかろうが、当人にとっての最善の努力だろうが、実現しなければ「甘え」であり「努力が足りない」ということです。
性犯罪で例えれば「深夜にバイトをしないで生活できるように、最善の努力をしてこなかったお前が悪い」とか「努力せずに低学歴になったんだから、性風俗のような相応の産業で働いてあたりまえだし、その帰り道でレイプされてもどうせ売春婦なんだから一回ただ働きしたようなもんでしょ、適切な努力をした人はそんな事されない」とか臆面もなく主張してくるわけですね。
社内いじめが功を奏してクビになってしまったとしても、それは政治力のないあなたが悪い、とも言われてしまうわけです。
能力がなくてクビになったとしても、勉強する時間を創ってこなかったお前が悪いと、誰も取り合わないわけです。サビ残ばかりで終電帰宅な毎日でもね。
されたのが悪い、されたのはお前に原因がある。
努力すれば報いがあるのだから、報いがないのはお前の努力が足りない、というわけです。
負の努力をすれば負の報いがくるのだから、正の報いがないのはお前が負の努力をしているからだ、ということです。
先天的にせよ後天的にせよ、それを改善しようと努めないなら相応の報いを受けるのだ、というのは一見聞こえはいい(自分に火の粉は降りかからないから)ですが、弱肉強食に塗れたキケンな思想だと言わざるをえないでしょう。他責的言説が支持されないのはこういう背景があると睨んでいます(他人の因果がなぜ自分と関係があるのか!と思う人は多いんじゃないかな)
そして自分が喰われる側となれば「もっと努力すれば」とスーパーマンを期待し、
相互で相互のハードルを上げあって、互いに息苦しくなる(もちろん、この息苦しささえ「それはお前が弱いからだ」と言い切る人もいるでしょう)
自律意志を持たず、ひたすらルーティンワークをして錆止めの油(給与)を与えられるだけのサラリーマンを皮肉ったものとして。
しかし、すべての成員は歯車だ、と私は思うのです。どちらかというとポジティブに。
つまり自分が歯車として機能しているということは、他の歯車も機能しており、自分の馬力が他人に作用している何よりの証拠なのです。
すべての事象は、社会に参与するすべての人間に関係があるのです。
なぜ、熊森は生態系撹乱を無視してまでどんぐりを森に撒くのでしょう。
なぜ、我が国の文化はガラパゴスとして他国からCrazyと思われるのでしょう。
なぜ、起業しろと、起業ノウハウも金銭もない人間に主張するのでしょう。
すべてを理解しろと言っているのではありません。超人ではないのだから、私とて理解できないモノだってあります。
自己を律するのは勝手ですが、同じだけの律を他人に求めるのは不寛容です。
そして、できるだけ、すべてを包摂していくことこそが求められるべきです。
接待で会話に取り残されるという若手にありがちすぎる応対に陥っている。まずい。
その日の飲み会は同僚1人と上司1人と取引先のおっさん2人が出席。ちなみに上司もかなりとっつきにくい人。
とりあえずお酌や料理の盛り付けをしつつ相手の話を盛り上げる方針で乗り切ろうと決めた。
ラッキーなことに取引先のおっさんは二人とも饒舌な方だった。なんだええ感じや、と思っていた。最初は。
しかし案の定というか、「またこのパターンか」と内心ひどくうんざりしてしまう会話だけになってきた。
いわゆる「昔は良かったそれに比べて今は~」という懐古ネタと「すげえ仕事してきたぜ」という自慢を合わせた
聞き役に徹せられるのだから相槌を打っていればいいのだけれど、こうも自己顕示むき出しのトークに付き合い続けるのは辛い。
元々話自体に興味も無く、酔いも手伝って次第にどうでもよくなってくる。
気がつくと同僚が一人で聞き役をやってくれている。おっさんの一人がこっちを疎ましげに見ている。
これではあかんなぁとは思うけれど。どうにもならんね。
年末だってのに、最近いろいろ腹立たしいことが続いており、はてなの日記上で『死ね』だの『殺す』だの、
物騒な言葉が飛び交うのを良く目にする。
その言葉が向かう矛先は超巨大な権力であることが多いのが、はてなの特徴だ。
ネット上で、一個人が、太刀打ち出来ない巨大権力を罵倒するのを見て、私は何かを思い出す。
…そう、キングレオだろうが、デスピサロだろうが、構わず怯まずザラキをぶち込みまくる、
この色ボケスカタン野郎が!お前の存在が無駄じゃボケェ!と言いたい訳ではもちろんない。
権力に『死ね』と臆面もなく叫ぶ姿勢がザラキを打ちまくるクリフトに似ている、
このことからむしろ私は一見無駄打ちにしか見えないクリフトのザラキに、
容赦のない攻撃の連打で、共に旅を続けてきた仲間たちを傷付けるデスピサロ。
僧侶であるクリフトは、デスピサロに直接的に大ダメージを与えることは出来ない。
必死に仲間の傷を癒し、勇気付けるも、デスピサロの一撃は愛しいアリーナ姫を打ち倒す。
顔面蒼白でアリーナ姫に駆け寄るクリフト、気絶した彼女を抱き起こしながら
『ザラキ!』
…そうだ、そうなのだ。
クリフトのザラキは無駄打ちではない。真剣な怒りであり、仲間への愛を叫ぶ行為なのだ。
私はずっとお前のことを勘違いしていた。
このバカAI!いっぺん死ね!俺が命令する!と、お前から自由意志を奪っていた。
すまない、クリフト!
愚かな私を、私を許してくれ…!
叫べ、クリフト!
ザラキを叫べ!
面倒だから結論からいうと、あんたの考えなんかどうだっていいんだよ。
これから、赤ん坊がおっぱい飲まないとか、睡眠不足とか、ホルモンバランスとか、
なんだかんだで、奥さん不安定になるんだよ。
そんなときに、そういえばアンタ妊娠中から、アタシのやりたいことに横槍いれたよね!!
キーッ!!とか、オイオイ泣くとか、離婚する!とか、飛び降りてやる!とか、
そういうことになるんだよ。悪いことはいわない。
ホメオパシーとかでない限り、好きなこと好きなだけ、やらせとけ。
あとさあ、俺からすると、最初の子供そだててる嫁さんのお腹を、
たとえ増田だろうが、「ボテ腹」って臆面もなく書いてる時点で、
あんたと奥さんの認識の間に、よほど大きな溝があるんだろうな、って思う。
ありえないって、それ。そういう無神経な増田と、わざわざ写真を撮ろうっていうくらい、
結婚生活は、自分の我を押し通すより、相手のいうことを大体丸飲みする
特に、女の妊娠中の感情とか理屈とか、こっちには分かりっこないだろ?
『たまごクラブ』とか、奥さんと同じくらい熟読できるか? 端から端まで?
できないだろ? なら、まかせちゃったほうがいいって。
・多胎は下品扱い(畜生腹)
・嫁の稼ぎは農協振込み→姑が搾取(顔パスで勝手に下ろす・姑の口座に振り替え)
・嫁の風呂は一番最後。ふろ水ワンダー有効利用で数日変えてない風呂水に入れられる場合も
・長男教で跡継ぎにこだわる
・嫁の物は姑の物、姑の物は姑の物
・汚宅が多い
・結婚できないと自分の事は棚上げで「女がわがままになったから」
・子が出来ないのは嫁が悪い
・お茶は贅沢品扱い
・冷凍庫は万能保存庫
・隣近所と虚しい見栄の張り合いをする。
・楽しむことは罪悪
・たとえ金はあっても死に金、特に嫁の可処分所得はゼロに等しい
・婚約の際、「農作業しなくて良い」と言うのはほぼ100%嘘
(しかもその嘘をつくのは常識なので騙している自覚もない)
・「小作」「名主」「庄屋」という概念は健在、農家間の会話に頻出する
・息子には嫁が来て酷使するのが当たり前だが、娘を農家に嫁がせることは絶対しない
・息子の生命保険は親のもの、JA共済なら勝手に受取人書き換え
・嫁いびりとセックスは最高の娯楽
・嫁が家事・育児・介護・農業・外貨稼ぎと馬車馬のように働くのはごく当たり前
(よってけなしこそすれ、ほめることは決してない)
・嫁は若ければ若いほどいいので、16歳大歓迎、15歳以下の青田刈り上等
・いくつになっても男の初婚の価値は消えない
(むしろ円熟味が増して価値があがる)と妄信している
・年商と年収は同じものであると思っている
・上記3つ+どんぶり勘定で、農協に多額の借金をしていることに気付かない
・老いたら子供の世話になるのが当然なので、老後の蓄えは考えない
世の中が変わって農家は減ったが、今のサラリーマン家庭の多くも出自は農家なわけで。
私は迷うこともなく、それを振ったのだけど、端的に理由をいえば『いい知れない気持ち悪さ』があったからだ。
大学の後輩を便宜上、Fとしよう。私とFはバドミントンのサークルに入っていて、別に中が悪いというわけもない。飲み会に行けば気兼ねなく話が出来るし、Fが元カノの話をしてたって、ふんふん――それで? と私は興味がないから、適当に相槌を返す。彼が話す内容って、彼女の思い出話とかじゃなくて、どういう女だったか! って性格とか、外回りの話でしか無いんだよね。私はそれを訊いていて、Fって女のことを外見でしか判断してないんじゃないかって思った。だって、ちゃんと相手のことを見ていれば、もっと深い話が出来るはずなのに、Fは元カノの話を私と話すときの(切っ掛け)とか材料でしか使ってない。嫌じゃなかったけど、そこに凄い壁を感じてて、私はFという男に対してそういう男なんだ、なんて評価を勝手に下していた。
サークルが終わった後に、Fと飲みに行った。そりゃ誘われたら行くわ。私はお酒が好きだから。
いつもの居酒屋で、サラダを注文して、それが来たら早速食べて、一杯目のカシオレを飲んでいる時に急にFが口を開いた。
「そろそろ付き合って欲しいんだけど」
は? って思った。そろそろも何も、私ら別にそんなムードとかないじゃん。意味が分からなくて、その言葉の真意を訊きたいとも思わなくて、私はFに「うちらが付き合うとかありえないでしょ?」と脊髄反射的に返す。こういう時は言葉のクッションとか必要ないと思う。でも、Fは私の言をはねのけるのだ。
「いや、おれマジで○○(私の名前)のこと好きなんだよね。本当に付き合って欲しい」とか言いやがるわけ。
私はさっき、Fが前に付き合っていた女のことを、外側でしか見てないと書いた。少し足りない部分がある。彼はsexualな話も私と交わすわけだが、前に付き合っていた女との性的な――そう、性生活の話もする。同棲してたらしいし、毎日猿みたいにやってたらしい。そこに気持ち悪さを感じるわけじゃないけど、彼はいつだって臆面もなく、そうした話を繰り返すのだ。
私は、凄く嫌なことがある。
告白って、つまり『君とセックスしたい』っていう言葉を言い換えただけじゃないのか?
私達だって、大学生で、そろそろ良い年齢だ。中高生とは違う。条例でセックスが禁止されているわけでもない。私自身、別にそうした行為が嫌いなわけではない。ごく自然なものだと思っている。
だけど、それを面と向かって、『告白』というカタチで表明されるのが、何故か言い知れぬ怖さを感じさせるのだ。
男って、そういうことに気が付かないのだろうか? 付き合ったら、そりゃセックスなんて当たり前にするだろう。愛してたら身体を重ねたいに決まってる。キスもしたい、抱きしめたい。私も好きだったら、そう思うに違いない。
別に、Fはいい友達かも知れないが、私は彼のことは好きではない。前述した全ての行為をなぞりたいとは思わない。
私が余計なことを考えている間に、つまみがテーブルに並べられる。
ザンギを食べながらFに訊いたのは、ひどく直接的な言葉だった。「あんたさ、ただセックスしたいだけじゃないの?」
言い訳が嫌いなのに、Fは「違うって、マジで好きだから付き合いたいって言ってんだって!」って本当に真剣な顔をしていて、それだけはちょっと笑えた。私は好きとか、嫌いとか、愛情とか、そういうの全部ひっくるめて全然分からないのだ。
私が過去に付き合った男とは、本当に将来を考えていたと思う。ただ、若くて馬鹿だったんだとも思うんだけど、そうした彼らと(いわゆる)お付き合いってやつをして、性的な付き合いもして、でも、それって本当に愛されてたんだろうか? って疑問に思った。私は、ただ、女として見られていただけじゃなかったんだろうか? すぐやれそうだから、付き合ってみたいと思われたんじゃないだろうか?
そうやって空虚な気分に陥ってしまうのも仕方ない。私はいつも、相手から交際を申し込まれるのに、相手から振られる。私がこういう性格だから、それを見抜かれてしまったのかも知れない。
一時期、私はひどく荒れていて、どうでも良い男と寝たりした。別に好きでもないのに、ちょっと優しい言葉を掛けられたら、ラブホに直行だ。ちゃんと避妊はしたけど、そうした数多の男はみんな一度きりだった。みんなただ、ちょっとやりたかっただけじゃないのか?
少し臆病になり過ぎているのかもしれない。もしかしたら、私が気付いていないだけで、Fは私を本当に幸せにしてくれるのかもしれないけど、私は「好き」って言われるのが怖くなってる。その先にあるのが、どうしても性的なものに繋がっているような……そんな感覚が拭い去れない。
その日は、Fには「今はそういう気分になれないから」って、彼氏はいらないからって、断ったんだけど、でも本当にFが私のことを好きでいるのなら、もう一度くらいアプローチされたりするんだろうか? でも、私はひどく怖いのだ。それが。
優しくされたり、甘い言葉を掛けたりしてくる男ってのは、今までのパターンだとみんな同じだった。すぐに寝ようとする。私の自尊心なんてとっくにズタボロで、それに対しては何もいうことはないけど、こんな固定概念は簡単には拭い去れない。
こうやって、考えてたら面倒になってきて、もういっそ1回Fと寝てしまった方がいいのだろうか? とも思ったりする。セックスしたら、相手のことが分かるのだろうか? 分かるわけないのに、分かった振りをしたいだけなのだろうか私は?
Fから着たメールを返さないで放っておいてる。また一緒に呑みに行きましょうだって、その裏側って、一体なにが隠されてるんだろう?
学校に、仕事に行かなければとても元気で、友人と遊びに行ったり、ショッピングを楽しんだり、海外旅行をしたりする。
ところが、では元気だということで学校に、仕事に戻ると、とたんにうつ状態になる。
彼らにとって、当人が自覚しているかどうかはともかく、「うつ病」であることは、公的に認められた「バカンス」の期間であり、一種の権益なのだ。
彼らの問題点は、国民としての義務、教育・勤労の義務を果たしていないという点にあるだろう。
周囲に大変な迷惑をかけている、ということも重要だ。彼らが遊び歩いているあいだ、彼らの「立場」を守るために、彼らと違い、ほんとうの「うつ病」に掛かりながらも、職務を全うして、彼らを「守っている」人がいる。これは、正義の問題である。
さらに、彼らの遊興費は、本来治療のため、休業の保障のための、公的な財源から支出されているものである。
まるで、生活保護を受けながら焼肉を食べ旅行に行き贅沢三昧をしているようだ。まるで、「年末派遣村」で支給された生活費をすぐにパチンコに使う人間たちのようだ。
はっきり誰かが言うべきだ。このような人たちは、救うに値しないと。
日本は、多くの勤勉な人々によって支えられている。社会は、彼らの献身的な努力の上に成り立っている。
その献身的な努力の上にあぐらをかき、「権利」を臆面も無く主張し自らの責務を果たすこともしない。社会人としての責務を問われれば、「自分は病気だから」と逃げる。
十分働けるのに「病気」という隠れ蓑をかぶって遊び歩いている人間、生活保護を受けている人間、自己責任を果たせない人間。
彼らを、日本の大多数の真面目な人びとの犠牲を払ってまで、野放図に遊ばせる理由などあるのだろうか?
今こそ正義が求められるべきではないだろうか。
正しい意味で、うつ病セレブたちに「自己責任」を求めていくべきではないだろうか。
かれらは、身奇麗に着飾っているが、その心根はまさに「ルンペン」である。
本当の日本人なら、恥を知り、腹を切るだろう。
彼らに腹を切らせるべきだ。
傍論は傍論だし、そもそも主流ですらないし、仮に主流だったとしてもそのロジックに頼る必要も無い。反論の材料は他にいくらでもある。
確か今日、枝野行政刷新相がおあつらえ向きな発言してるよな。「傍論といえども最高裁の見解なのは間違いない。」ってさ。
むしろ賛成派の方が、反論しやすい「傍論」にこだわってるように見えるが。
最高裁が全員一致の法廷意見で示しているから、法的拘束力はなくても、事実上の先例としての価値がある。
傍論であっても、朝日訴訟のように、リーディングケースとして確立した判例となっているものもある。
自説に有利な難民とか亡命者とかレアケースばかり持ち出されてもな。永住外国人の過半は在日韓国・朝鮮人と在日中国人だよ。前者は減少傾向だが後者は毎年一万人のペースで増え続けてる。議論の主軸とすべきが彼らである事は明白だろう。
永住外国人は、善良で担税力もあって国益に合致してるのだから、そもそも警戒する対象にする必要がない。
賛成派が持ち出している「地方参政権なら認めてる国はいっぱいある」の通り、既に中国人は世界各地で大勢参政権を獲得している。にもかかわらず、建国から半世紀経ってもあの国はあんな現状なのだからなにをか況んや。
そりゃ、その国に根付いて、帰国しないからじゃないの?
別に本国へ帰る必要がなくなれば、本国の言うことだって聞く必要もないだろうに。
つかね、「啓蒙してやる」って発想が彼らを下に見ている何よりの証拠。米が良く育つ土地もあれば小麦が良く育つ土地もあるように、政治体制なんてのはその国毎に適したものが違う。彼らに余計な思想を植え付ける必要もないし、彼らの思想をことさらにありがたがる必要もない。
つーか、「啓蒙してやる」って表現が上から目線って、どれだけ劣等感抱いてるんだよ。
知らない人間に教えないままでいるってことの方が、ひどいんじゃないのか?
少なくとも今の法相よりは確実に信用出来るが、それが何か。
永住資格の取得要件くらい知っておけってことだよ。
お前さんは、自分が外国人だったとして、日本の国益に合致する存在であり、それを法相に認めさせることができるという自負でもあるか?
(http://anond.hatelabo.jp/20100211073915の続き的な内容です。宜しければ先にあちらをお読み下さい)
結局の所、なんで書けなかった・書けなくなったかといえば
自分にとってそれなりにデカいターニングポイントだから仕方ないかもね。
……というのが解釈に今のところ落ち着いています。
身も蓋もない言い草なのですが、やはり直の肉体的接触のインパクトは凄まじかったです。
そして、私はそれらの意味するところを上手く消化できていないのでしょう。
実を言いますと、
行為後に世界の見え方が変わることを懸念して、
『まだ童貞だった自分』を記録するために書いていた創作文が有りました。
色々とドタバタして居る内に完結させないままXデーを迎えてしまったのですが、
当初の懸念通り色々と自分の中で変容するものは確かにあったみたいです。
最初の内は気づかなかったものの、
正直数ヶ月前の自分の思考はトレースできるけれど熱がどっかへ行ってしまい、
当初予定していた着地点とは少し違った展開を迎えそうです。
(これに関しては時間をかけすぎた事も大いに関係していそうですが!)
とはいえ。
現実のレベルにおいて何か重大な勘違いをしている可能性もあるし、
破局→魔法力復活という愉快なオチが付きかねない事に、本来はもっと真剣に危機感を抱くべきなのです。
我ながらものすごい適当かつ危なっかしいお付き合いになってしまっているので、いいから現実を頑張れよって言いたい。
ですがそれはそれとして、
「書けねえ!なぜだ!」に足をとられて身動き取れなくなっていたのが
気持の整理が付けられたなあ、という気持ちでいます。書いて良かったと思っています。
一つ言えるのが、悪い変化じゃ無いな……という薄らぼんやりした確信を割と無根拠に抱いているって事でしょうか。
今は好きな人に対して「好きだよ!」と臆面も無く伝えられるという、
稀有なシチュエーションを思う様楽しめばいいのかな、と考えています。