はてなキーワード: 優等生とは
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110812/1313128129
話題になっていたので読んだ。非常に面白い。
私はもしドラを読んだ人間であり、その時にうすうすと感じてはいたのだが、やっぱり彼は天才だと思う。
そのため、読み取るのに非常に苦労する。
「勝手口」から入らなければならない人間といえば、御用聞きとか使用人とか出入りの業者とか、ある階層の人間が想像される。
しかも、そんな人間には不釣合な硬い表現「相違ない」を使っている。
外国語に翻訳するならばこのくらいの文量の説明が必要になるだろう。
私の探している家はたぶんこの家に違いない。しかし、どこから入っていいのか、私には分からない。
私は玄関から入れるような身分の人間ではないので、勝手口を探しているのだが、どうしてもそれが見つからない。
私はどうしたらいいのだろうか。
これはいささか特殊な例かもしれないが、これほどではないにせよ日本語はこのように文量の割には情報量が多い言語だ。
しかし、ハックルさんの文章は9800字を費やして語られることは
「本が売れてるんだからガタガタ文句抜かすな」「新作出すから読んでね」という2点だけである。圧倒的な情報量の少なさだ。
ただその一点を何度も何度も繰り返し描くのである。
しかも文章表現を変えたり、切り口を変えたり、といった回りくどいては使わない。
その文章からは、何度も同じ対象にノミを振り続ける彫刻家の執念のようなものを感じる。
しかし、たった一つのことを語るのにこれだけの文量を使っていたら、他の説明ができないのではないだろうか?
そのとおりである。
しかし、それは彼の文体の欠点では全くない。むしろこれこそが文章の特徴である。
「もしドラ」においては、普通だったら語られるであろうかなりの描写がバッサリと切り捨てられている。
1年しかない物語で甲子園を目指すという物語の中で、選手の育成についてはほぼ完全に省略される。
幽遊☆白書の魔界トーナメント編で蔵馬が6人の戦士をD級からA級に育成する過程が2ページで終了するのと同じ印象を受けた。
普通の人は、下手に短い文章で多くの情報を描くことができるものだからついつい自分でアレもコレも説明しようとしてしまう。
先にあげた幽遊白書の例でいえば、そのシーンの描写が必要だと考えるだろうか?
熱を込めて語るべき場所は、妥協なく語り尽くし、そうでない場所は大胆に省略する。
この大事なところと些事との見極め、そして文量配分のバランス感覚が、優等生な作家さんとはまるで違う。
これがハックルさんの文章の秘訣だと私は感じた。
しかし、慣れてくると、彼がいかに計算して文章を書いているかわかるはずだ。
こればっかりはハックルさんの熱い部分だけが前面に出ているブログの記事だけ読んでいてもわからない。
騙されたと思って彼の著書を読んでみて欲しい。
本当にキメラアント編の冨樫を読んでるような感触を味わえるから!
あ、ちなみに私が褒めているのは文章であってストーリーではないのでそこのところは混同しないようにしてください。
オタク文化の主張は「俺たちの文化に土足で入って荒らすのは許されない」に集約される。
人格否定やら肖像権侵害に走ってるオタク文化の人間が、同人のグレーゾーンは仁義や倫理で成り立つ賜物だと主張してもへそで茶が沸くだけだよな。文化を奪ってんのはお互い様だぜ。
アート文化の主張は「両者に決定的な違いはない、アートを理解しないオタクの自意識過剰な被害妄想だ」という感じ。正直こっちの主張はよく分からん。
ウォーホールやデュシャンなんて時代遅れを引き摺り何度も同じこと繰り返すお前らより、自ら新しい価値を生み出している同人文化の方がよっぽどアートしてるだろ。もっと本気出せよ。
特に結論はない。ネットってなんでこうも余裕ないやつらばっかりなんだろうな。あるいはネットにはこういう娯楽しかないだけか。
既に情報源が古い気もするが、「ヤンキー文化」について触れているような記事を何度か見たことがある。
「地元志向」とか「身の丈にあった生活」とかをピックアップして触れたような内容である。
で、自分と照らし合わせてみた。「地元志向」とか「身の丈にあった生活」とかいう考え方には当てはまると思う。
ではヤンキーかといわれると、自分の学生時代はそのイメージとはかけ離れていた。
別に優等生ではないが、そこそこの真面目キャラを演じ、校則は守るほうだったので、おそらく先生からも悪い印象はもたれてなかっただろう。どっちかというとオタクっぽく見えるが、実際はそこまでないというタイプともいえる。
自分は長男で、地域の繋がりや家族も大事にするもんだと思って育ってきたので、ずっとここで暮らしていくというのが大前提だった。
大学は県外に進学したものの、運良く地元で就職を決め、Uターンし現在に至る。
前述の通りいわゆるオタクとも違い、テレビとネットで自宅での娯楽には困らないという感覚。たまに友達とも会うとき、昼なら中学高校の頃からの馴染みの店かファミレス、夜なら居酒屋。仕事の関係で専門的な本が必要なときは都市部の書店に行くかネットで買うかになるが、他の買い物は地元で十分という感覚。車は移動手段という感覚。基本趣味に金はかけないというより、趣味は何かと聞かれてもわからない。
さて、ちょっと前の同窓会でのこと。
いわゆる典型的なヤンキー上がりの奴を見ながら一人が「あいつ、一生この町から出ていけないタイプだろうな」という趣旨の発言。
非常に違和感があった。この発言の背景に、どういう前提があるのだろうかと、問い詰めたくて仕方なかった。(勿論やめておいたが)
ついでに、自分はどう見られているのかも気になった。
そのとおり。年齢は30代後半。ヤクザなどの負け組。公務員にボロクソいじめられてるため、言うことが公務員みたいだが、公務員ではない。優等生に負け続けて性格が荒んでおり、子供や若者には想像できないほどの超絶化け物に進化している。チャンスがあれば平気で犯罪や殺人を犯す。息を吐くように嘘をつき、飯を食うのが最大の楽しみ。嫉妬深く、人をいじめるのが好き。ともかく心の中心にあるのは、公務員に対する許せない、うらやましいという感情。口から出てくる言葉は、嘘であることすら証明できないほど精巧に鍛え上げられた嘘であり、相手を利用して食うための手段としか考えていない。化け物。犯罪者。その醜悪な性格を体制に存分に利用されている悲しい地上の客。世の中には健全で理性的な人間がいることが理解できない危険人物のため、体制によって社会の一定区画に厳重に管理されている。
http://anond.hatelabo.jp/20110226105942 を書いた増田です。レス全部読んだ。近況を書く。
親に連絡を取る決心を出来ないでいた。携帯の番号は教えていない。住所が変わり前の電話番号が不通になってから数ヶ月経っていてこのままでも良いかとさえ思ってた。世の中いつ何があるかわからないので、現実的に考えてそりゃよくないだろとはわかっていたのだけども、うやむやにしていた。
色々思い出してたら、怒りもないけど考えが整理つかなくて増田に投稿してた。
仕事が終わったら、リビア情勢に張り付いて世界中のツイート追いかけて歴史の動いているスケールに心を飛ばしてた。国連の組織に募金して、大きなことに加わっている空気を感じようとしていた。一方で、自分の足元の事はうやむやにしたくて、ただ何もしたくなくて、明日でいいまた明日でいいと一日が過ぎていった。
昨日いた友人が死んでいく。俺にははかりしれない遠い国の話だ。なんでもシニカルに澄ましてるのが優等生に見られるこの社会で、俺が自分の過去にクソみたいな印象を抱き、クソの癖にリビアの人達に何かを感じてるなんて誰にも話せなかった。ことなかれ主義ってやつだ。ただ現実逃避したくて、そのためにエジプトやバーレーンやリビアへの想いを利用してただけかもしれない。
http://twitter.com/TrablesVoice/status/43018260886724608
彼に明日も明後日もその先もありますように。自分は、明日も明後日もその先も足元の問題はうやむやにしていくだろう。本当にクソだ。ああクソいクソい。なんだってんだ、マジクソい。俺は最低だ。
こんなクソならいまさら連絡してもしなくてもどうせ何も変わらない、失うものも得るものも無いよ。どうせクソなんだからさ。と、何かものすごく投げやりな気持ちになり、数年ぶりに親に電話で連絡して電話番号と住所を伝えた。
住所と電話番号だけ伝えたあと、「ほかに何かあるのか」ときかれたのだが「何も無い」と答えて俺から電話を切った。一分足らずだった。まだ何も俺から話せる気がしない。クソい。
クソいが連絡する前より少しは気が楽になったかもしれない。
社会人30年やってるのになんでそんな使えないんだ?っておっさんは珍しくない
最近の大学生は、確かに馬鹿も少なくないし、全般的に、悪い意味でおとなしいけど
いろいろ話してみると結構ちゃんとした子が多いよ?
彼らが、社会人に何とかなれて、30年社会経験を積めば、間違いなく
コンパ三昧でろくに授業すら受けないのに上場企業に就職出来た世代と
不公平だと感じてもおかしくは無いよな
ここ1年、1ヶ月に1度くらいのペースで、友人の相談に乗っている。
誰もが知る大学に入り、有意義かつ優雅で充実した学生生活を送り、大企業の内定を得て、卒業。
絵に描いたような優等生として、決して少なくはないであろう妬みを買い続けて、歩み続けてきた友人が、ついに立ち止まった。
ついでに転んで、立ちたくても立てない状況なのだろう。
地頭の良さはあったけれど、努力も欠かさない。だから優等生であり続けられた。
友人自身にもその自負はあったのだろう。何でも出来て、常に上にいるのが自分、そういう自覚があったのだと思う。
また、有力者一族の一員なのだという矜恃が、コンクリートのよう心を固めてしまっていたのかもしれない。
自分は優秀だ、優秀であり続けなければならない、恥ずべき存在になってはならない、と。
(無論、これらは私の勝手な憶測に過ぎない。)
友人は人間関係に悩んでいる。
他人の悪い噂しかしない同期に馴染めないそうだ。
また、女性の方ならば良く分かるかもしれないが、女性は似たような価値観を持つ者たちとグループを形成し、
問題が起こらない限りは、グループの人間以外とは深い関係を結ばない、そんな厄介で面倒くさくてやり辛い傾向があるが、
友人の話を聞いて判断するに、押し並べて同じようなばかりが集まっているようである。
挨拶はするけれど、それ以上の発展はない。自分を貫くにしても大多数に迎合するにしても、辛そうである。
その上、お前はあそこの大学出身だろ、その上あの一家の出身なんだろう、と上司から何かに付けて言われているようで、それが重圧になっているらしい。
この2つの人間関係が影響しているのか、入社してからというものの消化器系に異常が出るようになり、新入社員だと言うのに
頻繁に遅刻早退、あるいは欠勤を繰り返すようになり、同期に遅れを取ってしまう結果となった。
仕事が出来ない、覚えられない、それが苦痛で仕方ない。仕事が出来ない、同期よりもずっと遅れている、そんな自分を認められない。
だから仕事をしようとするが、やはり出来ない。見事に悪循環に取り込まれてしまっている。
私はというと、優秀になりたくても、努力不足とか、元々出来の悪い頭であるとかでなれなかった人間だ。
中学生の頃までは、自分は優秀だと思っていたけれど、高校生の頃に平々凡々な人間だと気付き、大学時代に只の馬鹿だと悟った。
一度馬鹿だと分かると、気が楽になる。
どうせ馬鹿だから、と投げやりになってはいけないけれど、馬鹿だから出来ない、と自分に言い訳が出来る。
だから努力して、何かを得なければ生きていけない、と思うことも出来る。
友人に、馬鹿になれ、とは言わないけれど、もっと気楽に構えろ、なるようになるし、なるようにしかならない。
そういうことを伝えたいけど、いつも上手く伝えられない。この助言が合っているのかも分からない。
今週末、また友人と会うけれど、今度はどんなことを話すのか。
私は中立の立場のつもりです。
ただ、Bちゃんは優等生って反面、プライドが高かったり、自分の過ちを認めなかったりする部分がある。
まぁいつもまともなこと言ってるから当たり前なんだけどね。
人間いろんな面があって、AちゃんにもBちゃんにも良い所と悪い所がある。
でもBちゃんはこれからもきっとたくさんの友達に支持されてくだろうし、
Aちゃんは葛藤を抱えて生きてくんだろうと思う。
(別にBちゃんが苦労知らずって言いたいわけじゃないよ)
二人とも大切な子だから、AちゃんにもBちゃんにも幸せになってほしい。
Aちゃんにはもう少し深く考えるようにしてほしいし、
気分屋で甘えっこで,機嫌が悪い時に他の子にやつあたりすることもあるAちゃん。
優等生で,いつもルールを守り,他の子にも注意できるBちゃん。
Bちゃんは誰もが納得するような筋の通った意見を言っているから。
でもよく話を聞いたら,決してAちゃんだけが悪者ってわけじゃない。
AちゃんにはAちゃんなりの判断基準があって,彼女なりに「正しい」と思うことをしている。
でもその判断基準はあまりにも未熟なもので,他の子から見たらめちゃくちゃだ。
Aちゃんが単なるワガママで言ってるわけじゃなくても,外からはただの横暴として捉えられてしまう。
Bちゃんは賢いので,「自分が優等生であること」,そして「Aちゃんが優等生ではないこと」をよくわかっている。
だからこそ自分の考えが正しくて,Aちゃんの言うことはただの言い訳だと捉える。
周りの子も同様だった。
彼女たちの主張は正反対だけど,彼女たちがしていることは同じだった。
その「正しさ」を共有する相手が多いか少ないかで,こどものけんかの勝ち負けは決まる。
もちろんAちゃんは負ける。そして「自分は正しいことを言っているのに」という不満から手が出る。
Bちゃんは自分は正しいことを言っているのに,なぜ叩かれるのと不満に思う。
そして「やっぱりAちゃんは悪い子だ」とみんなが思う。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110102/1293978579
(自分のところに書くと妹が見ているのでこちらに書く)
妹も大学4年の卒業間際に妊娠が発覚した。そのまま卒業と同時に結婚。いわゆるでき婚である。
それ以来、世間で言うところの社会人として働いたことが一度もないまま今に到る。
理系の、留年率が10%だったか30%だったか、試験の点数が悪ければ即追試、それでもだめなら容赦なく留年という環境にいれば
否が応でも勉強せざるを得ない。
バイトもサークルもしていたし、彼氏も友だちもいて遊び相手には困らなかったはずだが、
結婚後は絵に描いたような良妻賢母、タバコも酒もきっぱりやめて、専業主婦として夫の収入でやりくりするようになった。
正直いって、大学生のころは茶髪→金髪 服装は田舎のヤンキーだったので、妹の変わりように私は驚いたのだった。
両親は妹の進路に関しては高校の頃から「看護婦がいい」と言い続け、高校も理系(生物系)を進めた。
それから、親は妹に対して「学校の(理科の)先生になれ」といいだした。
私は内心、(あいつ、学校の先生って柄かー?)と思っていたが、黙っていた。
ちなみに、親は私にも「学校の先生になれ」「公務員になれ」と言ったが「私学校の先生に向いてないから」「公務員の仕事向いてないから」としりぞけていた。
妹は特に何もいわず、教職をとっていた。
4年になって、教育実習にいった、という話を聞き、「えっ、教員になるの?」と驚いたのだが、教員免許だけとるという。
教育実習に行く寸前まで金髪の典型的なヤンキー姿だったので、教員というのが全く想像できなかった。
就職活動は?というと「していない」という。
えっ、さすがにどうするの?と問いただしたところ
どうも、研究室もかなり優秀な先生のところに配属されたらしい。そこで、親が研究室に残ることをすすめたというわけだ。
私からみて、妹は研究者としてやっていけるほど学問好きでも、教員として生徒たちといっしょに学校生活を過ごせるようなタイプではなかった。
研究室の様子を聞くと、明らかにハイレベルな内容について行けてない様子。学部生だから当然といえば当然だが、
英語が飛び交い、各国から留学生が研究生としてはいってくるようなところである。
そんなところで大学院の試験を受けても(受ければ通るだろうけど)、研究の道はまず妹の能力では無理だろうと思ったが黙っていた。
親が学費を出して進めているのを、妹は断らなかったらしい。私なら断るのに。
結局夏の大学院入試は合格し卒業後の進路も決定していたが、卒業式直前に妊娠6ヶ月が判明した。
もうどうしようもなくなってそのまま卒業と同時に結婚した。大学院の入学は辞退した。
あのときはなんでこんなことを・・・と驚き、出産後妹が見違えるような良妻賢母になったことに唖然としていた。
でも、このエントリを読んで、今まで気がつかなかった妹の葛藤を少し感じることができた。
私は親が進める将来のレールをことごとく蹴り飛ばしてきた。まじめで優等生なお姉ちゃんだったのに、なぜか親の進める進路を全部断り、自分で進路を決めた。
妹はよくよく考えたら、金髪で外見はヤンキーでどうみても遊んでいるタイプに見えていたけど、親の言うことを聞いて教職もとり、大学院の試験も受けた。
それは、親が進める道を断り切れなかったんだろうな。そういうところ「親のいい子」になっていたんだなと、今頃気がついた。
「いやだ」って、「私にはその進路は合わない」って言えなかったんだろうな。
私も断ったしなおさら断り切れなかったのかも。
そう思えば妹に悪いことをした。好きなように断ってよかったのに。
だから、レールの最後の最後の最後のところで、行き詰まってしまい「妊娠」というブレーキを踏んだのかもしれない。
妊娠6ヶ月で妊娠に気がついたと本人は当時話していたが、ずっと疑わしいと思っていた。
おそらく卒研中に妊娠の可能性を知りつつ、お腹の子も本人も綱渡りのような気分だったんだろう。
そこまでして親の進める進路に逆らえないことに、驚く人もいるかもしれない。
私だって「いやならいやだ」と言えばいいのにとまず思う。
でも、でも「言えない」ことがあるんだろうな。
世の中には親の(世間の)指向する進路(=レール)を「自分にはこのレールはあっていない」と知りつつも乗ってしまい、後悔する人生を送っている人がいるかもしれない。
そういう人は(自分でもわかっているか、知らず知らずか)無理して生きているわけだから、身体や心に何らかの拒否反応が出ているかもしれない。
もしかしたら、妹みたいに、運良く(?)妊娠して、あわないレールから逃れられるかもしれない。
もちろんこのエントリのように、結婚したってそれで終わりじゃなく離婚の可能性だってものすごくある。
離婚しなければ嫁の立場でがんばらないといけないこともある。
けれど、学生が社会に出る前には「人並みに就職活動(大学院入試も含めて)をして進路を決める」必要があって
それが自分にとって明らかにあっていないのに、進路のレールは1本しかない場合、(1本しか見えてないような気がする場合)
「妊娠」というのは進路先変更するとっておきの「進路変更のブレーキ」なのだ、ということは
これからも覚えておこうと思う。
僕が言っているのは、単なる「リアリティ」の話じゃない。設定を細かくしろと言っている訳じゃない。先に言ったように、キャラクターバランスの説得力の話をしている。
一度あげたドラゴンボール(Z以前)を例にとる。ドラゴンボールにおいて、孫悟空は常に導き手に従い、それを克服して、次々取り替えながら成長している。ブルマ→亀仙人→カリン様→神様という具合。悟空は常にロールモデルを持ちながらそれを乗り越えることが「成長」になっている。特に亀仙人はとてもいい加減な性格をしながらも、拳法に関してはとんでもないパワーを発揮したり、非常識な修行を課すことで悟空(およびクリリン)の師匠としての役割を、長期にわたって果たしている。だから、それを悟空が克服してしまうことが、大きな成長を示すひとつの根拠になっている。
ここで悟空の立ち位置になるのが、チルドレン+皆本。で、ちょっと複雑だけど、チルドレンたちにとっては、皆本が成長するべきロールモデルを果たしている。彼女らは皆本を目標に過ごしていけば、成長することができる。ところが、肝心の皆本にロールモデルが無い。だから、彼が優等生みたいな台詞をはいても、モブの学級委員長みたいな薄っぺらさしかないのよ。
じゃあ、なんでここで「バベル」なのか。それは、彼らのアイデンティティだから。彼らはバベルに所属することで物語世界で一定の役割を果たしている。彼ら、特に皆本にとって成長していくことが可能な場所は、バベルしかない(チドルレンたちには、学校があるし、今後のパンドラとの関係もある)。もし彼がバベル以外で成長できるなら、さっさと彼をバベルから外せば良い。それすら拒否をするのであれば、皆本を最初から成長しきった老人として描くしかない。だからこそ、バベルをもっと厚みのある形で書いてくれないと、なぜ彼がバベルにいるのか(いようとするのか)、バベルでどういう成長を遂げるのかが見えないのよ。
という感じで、成長譚として描くなら、本来なら皆本に導き手が必要なはずだけど、それがないにも関わらず、完全無欠なキャラクターとして描かれている(特に精神面)のが気持ち悪いんだよ。一度スランプに陥らせるのが、物語の良いきっかけになると思うんだけどな。
漫画の中の組織に口出ししても仕方ないのだが、まだ連載中だし、作品のクオリティを左右するかもしれない要素なので。
あの漫画に出てくる「バベル」という官僚系組織があるんだが、あれの薄っぺらさに辟易する。まず、最大の問題は、「中年がいない」こと。主人公は20代、唯一39のやつがいるけど、それをのぞくと一気に55とか、組織のトップだったりする。キャラとして出せとは言わないけど、背景で良いから、もっと厚みのある組織を絵にしてくれよ。建物は大きいくせに、人材が豊富な、または精鋭の集まった組織とは思えない。なんか見てて、すごく中身の無い組織に見える。
そんで、あまりにも周囲がふがいない。局長と管理官の二人が上位を占めるけど、これが役に立ってない。締めるところも締めない。例えば、後藤隊長が最後までしまらないパトレイバーとか、想像しただけでも面白くないでしょ。ドラゴンボールの亀仙人もそう。普段がどんなに適当そうに見えても、やるときはやってくれるから部下がのびのびできる訳で、その役割を果たすキャラがバベルにいない。そこを皆本が無理矢理やっているから、まるで「親が不甲斐ないおかげで情操教育の足りないまま無理して優等生やっている子供」みたいに、すごく嘘くさく感じる。少し前のシリーズで、文化祭を平穏に保ってくれた兵部に皆本が礼を言うシーンがあるけど、あそこは蕾見がやるべきシチュエーションだった。それだったら、組織がもっと締まって見えたのに。尊敬する人のいない組織って、バイトでもすぐに辞めたくなりますよ。Old wise man的なキャラがいない。今からだったら、ノーマルで蕾見の古い知人に皆本を紹介するとかすればまだ補えるかも。
椎名高志は、そんな感じで組織をうまく描いたことが無い。いっつも俺様キャラがデバって結末をつけるって感じになっている。いわゆる就職経験がないんだろうけど、それにしたって物足りない。友達同士でワイワイやるシーンはそこそこうまいのにね。