はてなキーワード: 吉野屋とは
http://anond.hatelabo.jp/20101203150748
もう、いいおっさんの年齢なんですが、先日、とあるWEBサービスを公開しました。
5年ほど前からぼーっと考えていたんですが、如何せん事務職の自分には”創る技術”が無かった。
優れた若い技術者(id:amachangとかうらやましい)や、チャレンジ精神あふれる経営者(id:hiroyukiegamiとか)が出てくる中うつうつとしている自分に嫌気がさし、4か月前の7月頃からHTMLやプログラムの勉強を始めた。
プログラム素人が試行錯誤を繰り返し、幾度もの挫折を乗り越えてエロサイトを作る過程を追った、感動のドキュメンタリー。
文明の進歩は常に性欲と共にあった…とは言え、ここまでブクマを集めたのはエロの力ではなく、彼の努力が評価されたからだろう。
2010年の増田において唯一の2000users越え。堂々の第一位だ。おめでとう。
http://anond.hatelabo.jp/20100219230508
そろそろ2010年も6分の1が終わろうとしているぜ。元日に立てた今年の目標はどうよ?今年こそTOEICで900点?今年こそ海外留学する?そんな目標は日々の生活に追われてすっかり忘れ去ってることだろう。社会人にとって最も重大な敵は日々の生活が忙しすぎることなんだよな。学生の頃はまだ自分が怠惰であることに自覚できる。「オレ(私)はだめなやつだ…」そんな自己嫌悪にも浸ってられるんだ。でも、社会人はそれがどんなにしょうもない仕事の内容であっても、「オレは毎日、仕事をしてるんだ!今日は英語の勉強をしなくてもいいことにしよう。週末にいっぱいやればいいや」って思うことができるわけだ。
ブクマはするが勉強はしない、ものぐさなブクマカ心理を考慮した、実践的かつ簡潔な内容が支持されたのだろう。
第二位だ。おめでとう。
ところで、TSUTAYAに海外ドラマのDVDを借りにいった後輩は英語ができるようになったのだろうか?
http://anond.hatelabo.jp/20100307164305
「牛丼並盛で」
「牛丼for everybodyキャンペーン適用でよろしいですか」
「なにそれ」
派生ネタは…残念ながら広まらなかったようだ。それでも第三位。おめでとう。
http://anond.hatelabo.jp/20100419125641
ここ最近、会社の近くにすげえ気に入ったお店ができて、お昼は良く通ってんだよ。
しかし、かならず水曜日に糞DQN客が来て、水曜は避けていたんだ。
この前水曜日でもないのに、俺が飯くっていたら、そのDQN客がきやがって、「うわ~最悪」と思ったけど、食べはじめたばかりだったので、どうしようもなかった。
女性や老人がDQNを撃退して傍観者がメシウマ、というよくあるネタだが、これは展開の斜め上っぷりが人気の要因か。
第四位だ。おめでとう。
http://anond.hatelabo.jp/20101211092522
本当にババアどもはろくな事しないな、ということで
モンスターペアレントを激しく批判してみたら意外に支持を得て戸惑っているエントリ。
四位のエントリもそうだが、みんなDQNを攻撃してスカッとしたいんだよね。
第五位。おめでとう。
http://anond.hatelabo.jp/20100904122315
自分のブログに書こうとも思ったのですが、会社が特定されてしまいそうなのでここに書きます。どこかに書かなければならないと思ったのは、この事実を誰かに伝えなければならないと思ったからです。
私が勤めていた会社はシステム屋さんです。2タイプの職場があって、一つはお客に注文を受けてシステムを開発してリリースして終了。もう一つはお客の会社に居候させてもらってシステムの維持管理をするというものです。私は後者のほうです。
お客は工場も複数構える結構大きな企業で、様々なプラスチック製品やコンピューター部品を作るところであります。日本だけじゃなくて海外とも取引があったと思います。
こういうエントリがよく伸びるのも、SEが多いはてなならではか。
真偽が怪しいところは増田らしいとも言える。第六位。おめでとう。
http://anond.hatelabo.jp/20100423202625
私はTwitterが怖い。これだけ人気があるサービスだけれど、私は少なくとも三つの問題点を見て取れる: 1)Twitterは心理学にいう「間欠的不規則報酬」のほとんど完璧な実例である。これはスロットマシンが人を惹きつける仕組みと同じ。 2)Twitterを使うことで得られる強力な「人とつながっている感覚」は、脳を騙して「何か有意義な社会的交流を行っている」と思わせてしまいうる。その一方で、脳の別の(古い)部分では、そこに人間の生存にとって重大な何かが欠けていると「分かっている」 3)Twitterは「常時マルチタスク状態」の問題を悪化させる要因の一つであるーーもしかしたら他のものよりもっと強力かもしれない。Twitterをしながら(もちろん、emailでもチャットでも同じ)、深く考え込んだり、フローの状態に入ったりすることはできない。
心理学・脳科学的なエッセンスを混ぜ込むと、何故だか記事の説得力が上がるというテクニック。皆も真似してみよう。
第七位だ。おめでとう。
http://anond.hatelabo.jp/20100620143255
俺は英語学習オタクだ。これまでの人生の中で大量の時間を英語学習に費やしてきた。中学校から始めて、日本にいてできる英語学習法は殆ど試したと思う。高校時代には学習参考書や問題集を二百冊以上終わらせた。ネイティブの個人家庭教師がついていて、さらにマンツーマンの英会話スクールにも通った。大学は迷わず英語学科を選んだ。大学在学中にTOEFLのスコアは640を超えた(厳密には覚えていないが、目標が640でそれを超えたのは間違いない)。
英語学習の限界を悟りつつ社会人として本気で英語を学習するはてな村民マジかっけー!
第八位。おめでとう。
http://anond.hatelabo.jp/20101022175359
理想の未来を思い浮かべてみよう。いや、地球最期の男になった自分がゾンビの群れを蹴散らす妄想じゃなくて、社会から見た理想の未来を。エネルギーはクリーンで無尽蔵、品物は豊富で汚い仕事は機械が全てやってくれる。みんな幸せでしょ?
ネット社会の将来に関する翻訳記事。個人的にはいちばん面白く読んだ。
第九位だ。おめでとう。
http://anond.hatelabo.jp/20101122004732
「うん」
「結婚願望は、特にありません。」
このシンプルな見出しの中に村民を釣るためのキーワードが四つも入っているよ。
第十位に滑りこみ。おめでとう。
参考)http://www.google.co.jp/url?sa=t&source=web&ct=res&cd=3&ved=0CA4QFjAC&url=http%3A%2F%2Fwww.jcif.or.jp%2FPubWorldDL.php%3Ffile%3D14&ei=lVHuSqjqH43k6gPJkqXsCw&usg=AFQjCNHNloSOCcKpddWEnP1efdbIM3ISuw&sig2=O8-lt-wzDd6pdxe7fRmx3A
きちんとした店で中華料理を食べると、日本とあまり変わらない。
一方で、屋台で粥を食べると一杯100円程度
日本ではどこにいっても粥一杯100円でおなかを一杯にすることはできない。
上下の差はそれほど大きくない。
中国において、多少裕福な家庭は家政婦を雇うのが一般的である。
日本において家政婦を雇うのは、相当裕福な家庭であろう。
例えば、月4万程度で家事一切を任せられるのならば、家政婦を雇うという人も少なくないのではなかろうか。
貧しい人には貧しい人の生活方法が提供されている社会と
そうでない日本。
駅前には小さな駅ビルがあって、スーパーの他、吉野屋、ドトール、マツキヨくらい入っている。本音を言えば、ドトールよりもスタバのほうが良いが、贅沢は言わない。
本屋、服屋はなくても問題ない。本はアマゾンでいいし、服は休日に渋谷に買いに行けばいい。
駅前から100メートルくらいの小さな商店街があって、ラーメン屋、喫茶店、焼鳥屋、和食屋、ショットバーぐらいはある。コンビニもある。
もうちょっと歩くと、国道沿いには焼肉屋とファミレスがある。ぎりぎり徒歩圏内にホームセンターもあると嬉しい。
住宅街には、ちょっと年齢層の高い常連のいる寿司屋と、出前もしてくれる愛想のいい蕎麦屋がある。
そういう街に、俺は住みたい。
今、「そんな街、どこにでもあるじゃん」と思った奴、お前はすごく恵まれている。多分都内在住だろう。
都内に住んでいた時は、どの駅で降りてもおおよそそんな感じだった。それが当たり前だと思っていた。
ところが、少し離れただけで(関東、それも東京通勤圏である)、駅前にあるのがコンビニだけ、というのが普通になってしまった。
仕事帰りに地元の店で軽く一杯、というささやかな楽しみさえ叶わない。
別に味にうるさいわけではない。高級珍味もレアな酒も興味ない。ただ、一日の疲れを癒す場が欲しいだけだ。くつろげるならチェーン店だって構わない。(ただ実際は、チェーン店は客層が悪くてくつろげないことが多いが)
こんな低レベルの願望、どの街でも簡単に叶うはずだと思っていたのが間違いだった。
『昨日、彼氏とファミレス行った』増田は、少し勘違いしてると思う。
そこでハンバーグを頼んだんだけど、
『増田は舌が子どもだもんね』というのは、「増田は普段から味の嗜好が子どもっぽいもんね(だからハンバーグなんて、子どもが喜ぶようなものを食べるんだね(笑))」という意味じゃないの。つまりそのコメントは、ハンバーグの味をどうこう言ってるわけじゃなくて、増田の普段の味の嗜好に対してのコメントだと思うんだけど。
たとえば、彼氏が無理して連れてってくれた美味しいパスタ屋で「ミートソーススパゲッティはあるかな~♪」的な行動をとったことはない? まともな店で食事したら無言でその後吉野屋行ったら異様に「うまいうまい♪」連発したとか。 それがいけないというんじゃないけど、そういう些細なズレが原因でささやかに相手を傷つけてる可能性はあるので、少し気を配った方がいいと思います。
食べ物の好みって結構妥協しづらい部分なんで、確かに「自分が美味しいと思うもの」をマズいと思う必要は無いです。でも、だったら同時に「相手が美味しいと思うもの」の価値を分かろうとする努力もしなければ、単に相手に要求ばっかりするワガママな人ってことになるんじゃないでしょうか。
そういえば吉野屋や幕度に行かない理由説明したら嫌味だと受け取られたことある
小売や外食はすでにそうだよな。すき家や吉野屋は店長以外全員学生アルバイトかパートだろ?シダックスなんて、店長も時給のパートだそうじゃないか。そうした雇用形態が、長時間労働やサービス残業の温床になっているわけだが。
俺と同じ職場にいた人で、東海地方を中心に展開する某外食チェーンに勤めていた人がいたけど、入社後2年で店長になって、その後に休めたのが年に3日くらいって言ってた。
業界大手のジャスコなんかもそう。肉、魚、野菜など店舗にはいろんな部門があるが、基本的には主任が正社員として一人だけ配属されていて、それ以下は全員非正規雇用。中にはパートが主任をやっている店舗もある。パート上がりの店長もいる。
ちなみに、ジャスコの場合は店長職で大体年収1,000万。各部門の正社員の主任で年収450万くらい。パート主任は年収250万くらいかな。同じ主任でも正社員とパートでは年収が200万近く開くけど、与えられる職責はまったく同じ。中には、正社員主任が休みの日の代行を、年収180万以下のパートがやっている店もある。
マゾだよね。
性代替的と言うよりは性逃避的なんだよな、と夙に思います。
自分が惹かれるのが、女の子の仲良し集団を中心に描いたマルチヒロイン系の作品に偏向していることは、随分前から薄々気付いていました。
現実ではモテないから仕方なく二次元の女性に行くというのを代替的と称するなら、それとはやや異なる、逃避的なあり方というものがあるでしょう。
現実の恋愛は煩わしく、それでも女性的な何事かに触れたいと思うとき、マルチヒロイン系の作品は大いなる癒しを与えてくれます。(ちなみに、ギャルゲ、恋愛ゲーと言われるものは一度もしたことがありません。)
主要な要素として、次のことが挙げられます。
A.女の子の間での仲良し具合が中心に描かれる。
B.主人公及びその周りの主要登場人物は、未通女であることがほぼ絶対的に保証されている。
C.男性が登場しても、巧妙に疎外される。
D.人物の性的な魅力(あるいは、身体的な魅力)に関する事柄は、あくまで女性から女性への視点で描かれる。
これらの事柄は、所謂「百合」「ソフト百合」と称される作品、あるいは迂遠に「百合的な視点で鑑賞することもできる」と言われる作品に、ほぼ共通しています。
D.に関連して、どのくらい身体的な事柄が出ているかの指標となるような、良く出てくるトピックというものがあります。それは、「貧乳・豊乳をめぐる話」です。
それでは、ケーススタディをば。
性を直裁に連想させる話が割合多いです。しかし、それとバランスを取るかのように禁圧的でもあります。話を出しておいて全力で否定するという図式。
・吉野屋先生 :本人が自覚している豊乳。想像は良くしているが、未通女であることがほぼ明示されている。
・沙英:本人が自覚している貧乳。同じく想像は良くしているが、未通女。
・ヒロ:男女交際をまだ早いと感じていることを理由にお断りする。
榊さん:豊乳。美人であるが、男性から見てどうかという視点はありません。終盤の話からは「豊乳」が榊さんの母性の可能性を暗示しているように見えます。
「百合」の語を人口に膾炙させた作品です。女性から見た女性の魅力をさまざまな形で提示しています。第一巻で祐巳が自分の貧乳についてショボンとする場面があります。単に何らかの欠落の意識ではなく、特別な対象(祥子さま)と自らを比較して、という文脈の上で出ているのがこの作品らしさなのでしょう。
・泉こなた:貧乳。敢えて意味づけを行うとすれば、彼女の「元気ないたずら小僧のような性質」から類推し、(当然、胸は無いという)少年の身体的特質と関連付けられます。オタク少女ということになっていますが、こなたの魅力は大人の世界の囚われが少ないという意味での「自由な子供」としての特質として描かれているのではと思うのです。
・岩崎みなみ:貧乳。どのような意味で岩崎みなみが貧乳を気にしているのかは語られません。しかし、人物像を考えるときには興味深いです。
・徹底的に、(そしておそらくはかなり意図して)身体的な魅力に関する話題は排除されています。人物の纏う雰囲気についての魅力(アリシアが優雅である、等)は、辛うじて身体的な魅力に近い話と言えますが、やはり人物として備え持つ美徳としての文脈の上にあります。「百合」として捉えた場合、極限まで身体性を取り除いた功績は大きいです。
・アリシアの「結婚」が話の終盤と共にもたらされたのは興味深いです。男性の存在は暗示されたのみで、最後まで登場しません。
・一方で、アリシアの結婚、藍華の恋愛は、大変まじめな扱いを受けています。
・作品の性質上、教育的な配慮からか、身体的な魅力についての話はほとんど出てきません。運動ができる、といった「能力」としての身体は存在しますが。
…いろいろと掘り下げ不足ですが、今回はこの辺で。
IDコールはできないようですが、一応、ね。
・id:kashmir108 さま
やっちゃった(恥)。確かにそんな描写がありました。
・id:gadgetman さま
あれま。がっかりです。ということは、表には出ていない生活の基盤があって、その一部だけを選択的に表現した世界、ということになるのでしょうか。あるいは都市伝説とすれば、背景となっている生活がもっといろいろあるのではないかと読者に思わせるに足る「リアルさ」がある、ということなのでしょう。
・id:junkMA さま
ちょっと偏った言葉を使ってみたかったのです。
・id:kuippa さま
「つとに」ですよー。
・id:wideangle さま
会話の中で、エキセントリックな反応をしている箇所があるのです。(Wikipedia参照。)
・id:wideangle さま
うお!?何やら隠微な雰囲気を醸し出している作品ですね。チェックしておきます。
なんか見てると、"ALL I REALLY NEED TO KNOW I LEARNED IN KINDERGARTEN" http://www.peace.ca/kindergarten.htm ってあんまりみんな知らないのね。昔日本でも流行ったんだけどな。 欧米の人達は結構これ好きみたいで、Kindergartenの部分を、一時期の吉野屋テンプレのノリみたいに my cat とか star wars とかに変えた亜種がいっぱい存在する。
ネットで見たけどあんまりいい翻訳ないのね。 だから百式の中のひとみたいに超訳してみました。
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どうやって人生をおくるか・どう生きるかについて必要な事の全部を、幼稚園で学んだんだ。そういう知恵は、大学院っていう教育システムのてっぺんにあったんじゃなく、幼稚園の砂場の中に埋もれていたんだ。
僕が幼稚園で学んだのはこんなこと。
・なんでもみんなで分けよう。
・フェアにやろう。
・人を叩いちゃいけない。
・使った物は元に戻す。
・自分の後片付けは自分でする。
・自分の物じゃない物は取らない。
・誰かを傷つけたら「ごめんなさい」っていう。
・ごはんを食べる前に手を洗う。
・トイレつかったら、ちゃんと流す。
・バランスの取れた生活をしよう。 ー ちょっと学んで・ちょっと考えてみる。 絵を描いたり塗り絵したり歌ったり踊ったり遊んだり仕事したりをちょっとずつ毎日やる。
・毎日お昼寝しよう。
・外に出たら周りに気を付けて! 手を取り合って離れ離れにならないようにしないとね。
・驚きとか疑問とかを大切にしよう。 発砲スチロールのカップに植えたあの種の事を思いだそうよ。 根っこは下に伸びて茎は上に伸びる。なんでそうなのか、だれもわかんない。 でも、僕達もその種みたいなもんなんだってことは、なんとなくわかる。
・金魚とかハムスターとか鼠とか、そう、それにあの発砲スチロールに植えた種もみんないつか死ぬ。 僕達もだ。
・ディックとジェーンの絵本に一番最初にでてくるあの言葉を思いだそう。一番大きな字で書いてあったよね。「ちゃんと見て!」って。
君に必要なこともきっとこの中にあるはずだよ。「自分が人にして欲しいように、自分も人にしてあげなさい」っていうイエスさまの「黄金律」も愛も基本的な衛生概念もこの中にある。 エコロジーも政治も平等も、そして、ていねいな生活に必要なものも、全部この中に入ってる。
このリストのうちなんでもいいから一つでも、小難しい大人語に訳してから、家庭生活とか仕事とかお役所とかの、君を取り巻くいろんな事柄にあてはめてごらん。きっとちゃんと立派に通用するから。 例えば、僕達みんなが ーつまり世界中がー 三時のおやつ時にクッキーとミルクをたべて、お気に入りのブランケットに包まれてお昼寝するようなになっとしたら、なんて素敵な世界になるだろう。例えば、もし世界中のお役所が「使った物は元に戻す」と「自分の後片付けは自分でする」を基本政策としてちゃんと実行するようになったとしたら、なんて素敵な世界になるだろう。
で、これも本当の話さ。いくつになっても「外に出たら、周りに気を付けて」、「手を取り合って、離れ離れにならないようにする」のが、一番大切なんだよ。
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著作権上の問題あるのかな?
自分は関西人だということを主張するために、準関西人がTVが作り上げた関西人像を真に受けて真似しているのではないかという疑惑。
東京にいる自称関西人がお笑い芸人化してしまうのも、TVから「大阪人=お笑い芸人+なんでやねん」というメッセージを受け続けているうちに、関西人自身が、「ああ、関西人ってこんなものか」と納得してしまう。
言葉の問題と同じで、それが大勢の意識の中に定着してしまうと、昔ながら関西人像は崩れ、TVが作り上げたお笑い芸人風関西人こそが、本道であることになってしまう。(あるいは、もうなってしまった。)
逆に、私は関東人のことをかなり誤解しているのではないかとも思う。私が抱いている関東のイメージもまた、TVが作り上げたものでしかないからだ。
吉野屋Flashの影響で大盛りねぎだくギョクを頼む輩が多発したためか
つゆだく以外の特殊オーダーはお断りと言う張り紙が何処かの吉野家にあったな。
つか、吉野家は立ち食いそばみたいにスピーディーに食う事を前提にした
商品展開だからな、狂牛病騒動でいくらか定食ものが増えたけど。
正確には店にもより、大概はあまり好きではないという程度なのだが、吉野屋のやつは嫌いな部類だ。
そんな私も、若いころは何度か吉野屋を始めとした牛丼チェーン店に行った事がある。友人に牛丼好きがいるのだ。とは言え、あの日に並ばなかった位にはましなのだが。
さっきから、吉野屋吉野屋と言っているが、特に昔の吉野屋は酷かった。私にとって。
なにせ、牛を除くと食べる物がほとんどない。だから、定番はご飯+けんちんorとん汁だった。というか、それ位しかないのが酷い。
だが、友人に言わせれば、やはり吉野屋らしいのだ。それがさらに酷い。
とは書いているが、実は吉野屋のけんちん汁は好きだった。それに牛丼も、牛がダメなだけで、タマネギは好きだった。
だから、一度頼んでみたいと思いながら、小心者の私には頼めなかったメニューがある。
できるだろうか?