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小陰唇物語 (146)
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/recruit/?id=215
この公募についてはフェイクという説もあるけど、思う所あるので。
今、派遣社員の求人に応募して、その反応を探っている所。そこで、ある場所が引っかかったので、現場までいって話を聞いてみたら「業務用の特殊ソフトの知識があって、外資系なので英会話が出来て、パソコンサポートなのでPCやハードについて一定の知識がありサポート業務経験のある人」だとか。これで1600円。
自分はそのソフトの知識があり、サポートの経験もあったのだけど、英語の会話が苦手(文章の読み書きはそこそこ)だったので、結果落ちた。でもそれでいいと思ったよ。自分のスキル以前に、この要件で1600円はないだろ。派遣会社経由しているとは言え、どう考えても2500円欲しい。その「特殊ソフト」はとてもお金のかかるものなので、そういう面で予算が無いのかもしれないけど、どうみてもスキルと待遇があってない。
上記公募も同じで、仕事の見積もりと予算の見積もりが適切に連動してないから、こういう数字になるんではないか。特に、この件は雑用を多く含んでおり、そういう意味でも、マルチタスクワークが求められる。単一業務人材と複合業務人材は求められる要件がはっきりと異なるので、その点を理解してないと、待遇と業務が著しくかけ離れてしまう。「英語が出来る」をスキルとしてどう評価するかにもよってしまうのかもしれないのだけど。
そういう意味で、とても残念な人材募集だと感じた。あっちは「東大で働いていた」という箔でもつくと思っているのかもしれないけど。
「父親じゃなく彼氏を見れない女性は結婚できない」に同意だな。まだ親離れできていないんだろうね。
しかし、まぁ
だけど、子供が興味を持つ取っ掛かりとしては悪くない。何のために教育するのかの目的による。
子供の頃にやった習い事程度でも、子供の初歩のレベルなら教えられないかな?
もし教えられないレベルだったとしたら、その人の限界を感じるなあ。
俺の周囲ではプロレベルには到底及ばず、アマといっても下手、でも子供に基礎は教えてる。
もし楽しくなって本格的に学びたいと子供が思ったらそれを本気で習わせればいいんじゃないか。
そもそも習い事をピアノも水泳もバイオリンも語学も全部やらせてじゃあ、全部プロになる人なんですかねえ?
もちろん何でも出来る人はいるけれど、ではオーケストラに入るレベルの楽器演奏で五輪選手の人ってどのくらい?
そういった超人を育てるために習わせてるわけ?
何のために習い事させてるのかな、と本気で考える。
http://anond.hatelabo.jp/20120105011601
の増田に聞きたい。
http://jkondo.hatenablog.com/entry/2011/11/19/114109
おしゃべりする相手はともだちだけじゃありません。それだけではあまりに退屈です。
ともだちだけが社会ではありません。人は、自分の興味があること、自分が専門としていることを通じて、もっと社会とつながりたいと思っています。ともだち以外の人とつながりの生まれる場所に行きたいと感じています。
個人的には全くもって同意。
で、これ、80年代は、これを全くひっくり返したことが言われてた。「もっとともだちを大事にしたり、友達を作らないとダメよ」「友達がすべてだよ」みたいなね。
生まれてこの方、この「ともだち第一」メッセージには心底うんざりさせられ続けてきたので、こういうメッセージはとても嬉しい。
「ともだち幻想=友達がいないやつは人間として問題がある」や「ともだちについての強迫観念」が生まれてきたのは70年代の末ころだったらしいです。
なんでもそうだけれど、誕生した当初はそれなりに合理的な理由があるもんです。 だいたいそれをおかしな方向にねじ曲げちゃうのがコマースメッセージなわけですが。
最初はあまりにもこの時代の日本社会が仕事一辺倒で、仕事以外で人間の価値をみとめられないこと、男社会への傾倒が急激すぎて、それへの反発が強くなったという話からスタートしてます。
(日本の男優位社会は伝統でも何でもなく、敗戦後に作られたものであるって話も大事ね)
人間関係も全部仕事がらみ、家族ぐるみの付き合いといっても結局仕事に縛られる。女の人や子供はさぞストレスだったろうと思う。
この当時は、必要があったとはいえ、仕事頑張りすぎて脳がおかしくなった男性が調子乗りすぎて、ソレ以外の人間を犠牲にしてヒャッハーしてた時代だったということやね。
(団塊世代の人とかが、「俺たちは毎晩徹夜する勢いでがんばってたのにいまどきの若いものは」とか言ってるのを聞くと、
ああ、日本人ははやく複式簿記を必修科目にスべきだ、と思う。こういうバランス無視の考えだからバブルが起きたんだよ、責任取れとはいわんがちょっとは反省しろボケが。
ああ、彼ら的には悪いのは全部日銀で政府でアメリカの陰謀なんですよね。 本当に信じられないくらいにナイーブな方々だと思う。反省したくてもできない脳のつくりなのね)
そんで、仕事における負け組や、仕事オンリーの人間関係に虚しさを感じる人達が、仕事以外のものをもとめたときにそれがともだちの存在だった、という流れ。
そういえば、この年代も、若者の連続殺人犯とかが立て続けに発生して問題になってたな。
当時から、社会的な問題があると、若者がカナリアよろしくまず発狂し、ソレを見て年寄りは「最近の若者は」って言うのは変わらんかった、と。
で、そこはなんでも極端な日本人、なんでも二元論で考える日本人。
日本人は、なにか新しいことを始めるときに、前のものを否定しなければ気が済まない上書き志向の持ち主です。
「仕事だいいち」に見切りをつけると、どっと「ともだち至上主義」に流れ出した。女の子は「恋愛なんちゃら」かな。
で、こんどは「仕事がデキない奴はクズ」「学歴低い奴は賢い奴の奴隷」みたいなカーストに復讐するかのように
「友達がいない奴は人間のクズ」「いくら偉くなってもあいつ友達いないんだろうな」って言えばなんとなくスカッとする傾向が生まれましたとさ。
とはいっても、おじさんたちは頭が硬いからそう簡単に変わったりはしません。つまり「勉強や仕事第一」主義も残ります。
夫に全面的に依存して思考停止している母親も基本的には夫の方針に従って子供を調教します。なので、勉強第一主義は根強く残ります。
「勉強・仕事だいいち派」と「ともだち100にんできるかな」が勢力闘いをするようになります。
まぁホント日本人くらいですよ、仕事とプライベートを対立関係に置いて、どっちか片方しか取っちゃいけないと考えてるのは。
仕事と私とどっちが大事なの?って慣用句自体、日本人の性格をこの上なく正確に表現してるよね。
不完全なものでも絶対の軸において、ソレにすがってないとアイデンティティを確立できないのは、やっぱり無神教国家だからなのかねぇ。とか知ったかぶってみる。
そうやって、自分だけが幸福になりたいばっかりに、それに適応しない人たちを踏みにじることを何とも思わないことがとっても生き物っぽくていいですよね。
こうやって仕事vsプライベートで対立しあって、お互いがお互いの素晴らしさを主張しようとハードルを上げ続けた結果、
もはや両立不能なレベルまでどちらも要求レベルが高くなって、両立できないからどっちか選ぶ羽目になってまたケンカする。アホかと。
両立するためには、超人的な体力を持つか、仕事時間を自分でコントロールすることが許されるくらい偉くなるか、
あるいはちきりん女史のように、全力で仕事頑張ったあと、途中で退職する以外に方法はないんだろうなぁ。いずれにしろ無理ゲー。
自分で無理ゲー作って、クリアできないとか言って文句言うのって楽しいのかなぁ。
ここで終わればまだ笑い話で済むんだけれど、さらに続き。
当然として「勉強・仕事が出来ない」「友達もいない」人はベン図の外側に追いやられて、「かのものは人にあらず」と迫害の対称になります。
まぁ簡単に言うといじめですね。いじめって人間を測る評価基準があれば必ず発生しますが、まぁ日本のいじめは馬鹿馬鹿しいのが多いですね、クソッタレです。
でまぁ、いじめられたやつがどうなるかについて全く考えてない、フォローしないのも問題ですね。で、そのつけは当然数倍になって返ってくるんですけどね。
社会から切り離されたまま長時間放置されて、社会性を失った人が大勢います。
人間以下の扱いを受け続けると、本当に人間であることを辞める人がたくさんいます。
匿名で振る舞い続けていると、人間であることの節度を失う私のような人間もたくさんいます。
で、そういう奴らはどうするでしょう。
隣人部作ってはぐれ者どうしで連帯する?そんなのフィクションです。サバイブSNSってのがありましたけど多分うまく言ってないんじゃないかと思います。
(はがないはアニメしか見てないけど、あれはともだち教へのアンチテーゼだよね。「きみらがいってるともだちとかはどうでもいいし少ないですがそれが何か?」ってことやろ?)
社会性の訓練とか人間扱いとか、匿名から引き剥がして一個の人格として扱うとか、
そういうレベルから世話焼いてくれるとこがない限り、いちど脱落したものはよっぽどのことがない限り復帰できません。
結局人はひとりひとり自分でなんとかして助かるしかないでしょうね。
ほとんどの人間は、それぞれが「人間以下のなにか」として、ずっと劣等感抱えながら生きていくだけです。
あるいは「人間以下の何科ですがなにか?」と開き直って、twitterやら増田なんかで有名人にからんだりなんなりと社会に迷惑をかけながら生きていくしかない。
人間であるための条件として「友だちがいること」「勉強ができること」ってのがかっちりと決まっているかぎりはもう人間に戻ることはない。
というような感じなんですが、そういうともだち地獄に対して、
「ともだちともだちともだちってそればっかかかお前らは、そんな人生つまんねーだろ」ってのが当たり前に言われだすとまた話が変わってくる。
「ともだち地獄」のいく末は「22世紀少年」であり「原理主義者たちの祭典」ってのがようやくわかってきたみたいで、さすがにみんなうんざりしてきてるみたいです。
勉強もともだちも大事ですが、それを必要条件のように考えると、ほんとにしんどいだけなので、そろそろやめようぜ、って話になってくると嬉しいです。
生きるのは、ただでさえしんどいことだと思うので、そこにわざわざ重荷を載せないでもいいやんか。
別に俺はドMだからハードモードでやりたいんだって人はそうしたらいいけれど、ちょっと荷物下ろして道端で休んでる人を鞭打つ必要もないでしょう。
「死のロングウォーク」(スティーブン・キングの超絶傑作)はフィクションとしては死ぬほど面白いけど、現実では一番やっちゃだめなフィクションだってのに、なんで好んであのゲームをやりたがるのか、私にはよくわからんです。
阿呆な頭で平等主義を誤解したままお題目みたいに唱えるから、能力ある人に引っ張られて自分たちもがんばらなきゃいけないハメになるんですよ。
阿呆なら阿呆でいいやん。 南無阿弥陀仏言ってたら幸せになれる頭の持ち主が、TPPのこととか考えなくていいよ。
あんまり他人のことを気にし過ぎないで、ともだちがどうとか言わないで、自分が好きな事やってりゃいいと思います。
生きるほうを、選ぼう。
一度病気で休職した後復職したが、来週また休職届を出すことにする。場合によっては退職するかもしれない。
みんな、休職したときは、できるだけしっかり休んだほうがいいぞ。
下り坂に入ってる時は、自分ではその下りを止める手段ってない。
引き潮に飲まれた時逆らうな、という教訓は知っているんだが、
どこまで後退するのかが分からないのが恐怖で、自分はそれに耐えられなかった。
以前の自分は、自分で言うのも何だけどすごい頑張ってたと思う。
でも、今の自分からみて、あそこまで戻るのはどう考えても無理だ。
かつての自分は超人パワーみたいなのがあって、それがある時いきなり失われたみたいな感じなんだ。
周りのみんなは、ちょっと調子崩してるだけだと思って、善意から頑張れって言ってくれる。
少し休んで、また元の調子に戻ってくださいね、って励ましてくれる。
で、自分もそれに応えようと思うんだけど、ほんとに無理だ。
がんばろうと思っても身体が動かないし、無理やり机にかじりついてると頭痛とか吐き気がしてしまう。
もっと休めばよかった。
少し無理して会社復帰したけど、今の自分がどれだけダメに成ったかを思い知らされるだけだった。
定時までも働くことができない。
あきらかにみんなに気を使わせている。自分はみんなの足を引っ張っている。
貢献するどころじゃない。マイナスだ。それでもみんなは優しくしてくれている。
本当は、みんなの気持ちに感謝スべきなのに、心が狭くなっていて、ただ自分が惨めだとしか思えない。
優しいみんなを嫌な気分にさせているのがつらい。
産業医にもさんざん大丈夫だっていって業務復帰をOKしてもらった手前、
やっぱり駄目でしたと言いがたく、復帰後も大丈夫だって繰り返してたけど、
どう考えても最近は自分が嘘を付いているという気分になって落ち込む。
家に帰っても、家族には大丈夫だとしか言えない。でももう限界だ。
休職して、何もやる気が起きずにぼーっとしている間、何も言わずに世話をしてれた。
やっとのことで恩返しができると思ったのに、頑張れなかった。
今日家族からせっつかれて、家族が無理やり、という形で休職の願いを出すことになった。
本来、この判断だって自分がやるべきだった。家族に言いたくないことを言わせてしまった。
不甲斐ない。申し訳ない。
いろんな人に世話になったのに、その恩をひたすら仇で返すような状態になっている。
自分の中で負い目がどんどん積み重なっていくようで息をするのもしんどく感じる時がある。
全く眠れないし、よく金縛りになる。も
ここで休職したり退職するのは、さらにその恩を踏み倒すようでそれだけは、と思っていたが、
返す見込みがない借金を繰り返すのはもっと駄目なことだ。
上で書いたけど、その判断さえ自分にはデキなかった。いつまでもうじうじと悩んでいるだけだった。
何も出来ないくせに、プライドだけは高くて、デキないことを出来ないという事もできない意気地なし。
私の父親は東大卒で途中までエリートだったが、途中からアル中になって家族みんなを苦しめた。
私はそういう父親を嫌悪して今まで頑張ってきたのに、今ほとんど同じ状態になっている。
私自身、アルコール受け付けない体でなかったらアル中になってたかもしれない。
芸能関係の人間やエリートが覚せい剤に頼ってでも自分を保とうとするらしいが、そういうものに頼りたい気持ちもわかる。
今は家族がいるが、将来見捨てられるかもしれない。きっとそうなるだろう。
家族に見捨てられたら、もうどこまでも落ちぶれるかもしれない。
どこかで留まりたい。でも今は無理だ。
私は東大卒でもないし、父みたいに高給取りでもなかったから大して蓄えもない。
仕事がなくなったらすぐに貯金もなくなってしまう。父の時のように祖父の支えを期待することもできない。
子供がいないことだけが今となっては救いだけど、どうしたらいいのか分からない。
それでも、とにかくもうコレ以上は無理だ。 どうしたら良いのか分からない。
これを見て思ったんだが、そろそろviのなんとかモードという考え方を止めた方がいいのではないか。
vi系エディタの初学者がつまづく最大のポイントは、起動してそのままでは文字列が入力できない、という所だろう。そこで教える方は「最初は通常モードだから字が出てこないんだよー。挿入モードにすれば打てるようになるよー」とやるわけだけど、「aを押すと文字が入力できるようになる。打ち終わったらエスケープキー押しなさい」とでも言っておいたほうがいいのではないか。
というのは、このいわゆる挿入モードは、たとえば書いた文字を消すことができない。通常モードが非常に強力なのに対して、挿入モードの機能はは貧弱そのものであるのは、vi系エディタユーザー諸兄諸姉のあまねく知るところであろう。これだけ差のあるものをモードという二項対立を前提とする概念を用いて理解する必要が本当にあるのか。
おれは昔電算の授業でviの使い方を教えたことがあるが「えーと打ち間違ったからエスケープキー押して通常モードにしてxで一文字消してi押して挿入モードに戻して」なんて説明されてすんなり理解できるのはかなりの超人だぞ。だいたい教える方だってこのての編集作業は体が勝手にやってるだけで頭で考えてるわけじゃないしさ。
…とここまで書いて思ったが、そもそもviの学習をプログラミングと絡めて行うのがよくなかったのかもしれない。環境設定ファイルの編集から始めたほうが敷居が低い気がする。行ジャンプとか文字列の検索置換とかコピペのやり方をやって、最後に文字入力の方法を教えるの。これができれば免許皆伝です、とか言って。
書き手の方に迷惑かかるといけないから(たぶん何らか意図があって開業してないと思うので)リンクは貼らないよ。
「どや、俺の引退記者会見。100点満点やったろ。解説したるわ。
まずは相手に恩義があったということの強調や。
恩義のある人だから無下にはできんかった。人として当たり前のことやないか。
俺、「人として」「心」「感謝」各2回言ったわ、前半で。これ視聴者の気持ちをつかむ豆知識な。
ヤクザとつきおうとるのが悪い言われることは知ってんねん。だからバレんよう気ィつけてやってきたんやから。
ほんまにどっから漏れたんかな。ま、俺の足引っ張りたい奴はぎょうさんおるから、それは今はおいとこ。
でな、最初に「正直に話します」言うたからって、「内心はバレたらやヤバいと思ってました」とか素直に言うてみ、「ヤバいと思ってやっとったんか!」て大バッシングに決まっとる。
自分で悪いと思てることはせん紳助、義理人情に厚くて芸能界の「ルール」に疎い不器用な紳助、や。どや。
ここで視聴者の半分はもう俺に同情的やろ。な?
次に、すぐ引退を決意したいうのが大事なとこや。
こうゆうことは長引かしたらいかん、スパッといかな格好悪いで。グ
ズグズすればするほどボロが‥‥噂が噂呼んで週刊誌があることないこと書き立てるんよ。それがほんま鬱陶しいねん。
こんなことで何度も頭下げて神妙な顔して芸能界で生かしといてもらうのは、てっぺん取った俺のプライドにかかわるねん。
噂が出た、紳助またやらかしたか謹慎かなと一部で思われてるうちに、さくっと潔く引退やて。どや、男らしいやろ。
つまりこうゆうことや。F1の超人気レーサーがやね、スピード違反で捕まったとするわ。世間の顰蹙は買うかもしれんけど、法的には罰金程度で済むわな。それを本人「もう免許証返還します」ゆうたようなもんや。
世間も振り上げた拳の降ろしどころがないわ。みんな大慌てやで。スポンサーもな。
お前らこんなつまらんことで、不世出のスター潰したんやで?でっかい魚逃したんやで?損したのはこっちやないで、お前らやで?ええんか?てなもんや。
まあレギュラー少ななってから辞めるよりはましかもしれんとは思ったな。落ち目でこうなってみ、惨めやでー。
俺は金があるからええけどな。
自分がここで辞めな後輩達にしめしがつかん、若い人に過ちを犯させないために自分が手本を示す、ちゅうこっちゃ。
どや。先輩の鑑やろ。
不祥事があっても何だかんだ有耶無耶にする政治家と比べてみい、紳助偉いやっちゃいうことになるやんか。な?
吉本のイメージを落とさんために人身御供になってくれはった紳助さんゆうことで、吉本の若手らも俺に一生頭が上がらんわ。
で、こんなに紳助を追い込んだんはやっぱり週刊誌かと視聴者が思い始めたところで、チクッと批判するんよ。
どんな嘘八百書かれても我慢してきました言うてな。
でも明日から一般人なので嘘書かれたら告訴します、言うとけば、紳助もずいぶん悔しい思いしたんだろなぁとますます同情票集まるわ。
嘘ばっか書くえげつないマスコミのせいで、引退を決意せざるを得なくなった大物芸人島田紳助。
悪いのは週刊誌や。こっちは被害者や。ワイドショー見てみ。もうなんとなくそういう扱いになっとるわ。
あ、批判し過ぎはあかんで。チラッと言うだけ。でも俺「告訴」2回言うたでな。大事なことなので2回言いました。そんだけで効果絶大や。
後半も、自分で自分に一番重い罰を与えるという、俺の道徳観念の強さを強調したやろ。
今までいろいろトラブル書かれてきたけど、これで帳消しやな。これで週刊誌が俺を叩いたら悪者は完全に週刊誌や。
周囲のみんなに引退を引き止められたが曲げんかったゆう話もええやろ。
ここは泣くとこや。さあさあ貰い泣きしてええで。
ダウンタウンの松本、上岡龍太郎、上地雄輔、孫正義、武田鉄矢、さんま。あと嫁と娘な。
つまりヤンキー上がりの俺がやな、先輩スターや仲間や家族の支えとファンの励ましがあって、やっとここまで上り詰めたんやと。まあ俺の才能やけどな。
そういう、レギュラー6つも持ってる天才大物芸人がつまらんことで足掬われて人気の頂点で引退という、ほんまにほんまに残念な話やねんこれは。
そんで「世の中の役に立ちたい」でシメな。
やっぱしええ人なんやなぁ紳助は、と。
最後は「切腹のかいしゃくをしてくださってありがとうございました」。
サムライやなぁ紳助は、と。これで飯ドンブリ10杯はいけるやろ。どや」
参考URL
人気ブログ『ひろぶろ』が見れない。livedoor Blogのアカウントも削除済みで閉鎖の状態
http://digimaga.net/2011/07/wtf-hiroburo-closedown
国内外で話題の動画や画像を毎日紹介するブログ『ひろぶろ』が、6月30日の夜あたりから突然繋がらなくなり、Twitterを通じて読者のあいだで話題となっています。
ひろぶろはトップページのみで1日10万ユニークユーザーを数える超人気サイト。管理人の nejire さんは社会人として普通に社会生活を送りながらブログを更新していたとのことですが、なぜ今、閉鎖なのでしょうか。
動画紹介ブログの老舗『ひろぶろ』の閉鎖で暇を持て余している方のために、お勧めの動画紹介ブログ10サイト。
自然淘汰を待ちわびながら、同じ地球に存在できた喜びをわかちあおうよ感じとろうよ。
http://blog.livedoor.jp/gunbird/
無料で遊べるゲームやフラッシュアニメ、面白い動画、衝撃的な映像などを毎日紹介するよ!
世界中の動画サイトよりテレビでは見られないような衝撃映像から面白動画、感動映像まで毎日厳選して紹介しています
自動車やバイクのさまざまな動画をブーストアップして紹介します
人間の心の闇に潜む「七つの大罪」って奴と、正面から向き合ってみるのもたまにはいいんじゃない?毒じゃなきゃ制せない、毒があるかもしれないじゃない?表裏一体で誰もが持っている良い心と悪い心、両方受け入れちゃえたなら、見えてくる何かがあるかもしれないじゃない?
長々書いたのにはいアウト。
結局スペックを気にするんじゃん。
さあー
その人がその人であること。かな。
「スペックをきっかけや理由として愛するなんて気持ち悪い」と言いだしたのあんただしね。
そして、あなたはつまり、端的に言えば「性格ウンコで顔が不細工で無職のニートでも愛せるという懐の広い女性」しか、
処女性を重視されることを拒否できない、とおっしゃっているのでしょうか?
いーえ、正確にしましょう。
「性格ウンコで顔が不細工で無職のニートでも愛せるという懐の広い女性」だけが、
と申し上げております。
相手が自分をなんらかの基準やスペックで計ることを非難できません。あったりまえだよね。お互い様なんだから。
さあー
人の感性はそれぞれなので文句を言ったり修正したりする方がおかしい、とは言えます。
上記のように、私は彼の欠点をたくさん知っているし、かつそれを気にしておらず、彼を愛しています。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20110318#p1
そして、今日。
武田邦彦 (中部大学): 原発 緊急情報(47) 汚染・6日に日本全土に拡がる怖れ
http://takedanet.com/2011/04/47_afa2.html
これはどちらかというと玉寄りの記事であると思う。そしてブコメでもそういう評価も多いようだ。
今回の大震災でボロを出した人は多い。一部ではそれ以前からボロが出ていたが、これを機に人口に膾炙したような人もいるだろう。
代表例として池田信夫がいる。彼は玉石で言えばごくまれに玉のような記事を書くが、たいていは石っころの記事を書く残念な「学者」である。
ところで、
NEWSポストセブン|反発覚悟で森永卓郎氏提案「日本は原発のスイッチを入れよ」
http://www.news-postseven.com/archives/20110404_16422.html
森永卓郎は池田信夫よりマシという程度の凡な学者だというのが私の中での評価だが、経済学者はどうしてこうもリスクを度外視した提案をするのだろう。
経済学にはリスク評価や維持コストまで含めたモデルが存在しないのか?それとも経済学とはここまで残念な学問だったか。それはないと思いたい。
とにかく、今回を機に「学者」の権威も失墜したと言える。「東大www」とバカにされるように、「東大教授wwww御用学者の限界集落だろwww」と罵倒される時代が来たのだ。
政治不信にせよ、御用学者不信にせよ、根っこは共通である。彼らに求められているのは超人かつ聖人である。あるべき日本人のイデアを求められているのであり、彼らはそれを体現する圧力に晒されているのだ。そしてそれが実現不能なのは言うまでもない。彼らは失敗するし、無理解もある。
玉石混淆こそ人間の証明である。玉しか求めないのは机上論人間の押し付けでしかない。
そしてこの超人欲求こそが張りぼての神話を呼び起こす圧力になる。失敗しません、なんてのは初めから不可能である。正社員安全神話も鉄道安全神話も崩壊した。そして原発安全神話も崩壊した。それが崩壊することこそが権威失墜の動機であり(権威は失敗が許されず、失敗するということは世間に取って凡人であることを導く)、デマを信じる源泉になるのだ。信頼性に於いて学者の言い分もデマも同列になったのだ(最大限譲歩して、フラットになったといえる)
まーこれ読めば狂ったように批判する人が多いだろうなっていう内容を雑に書き殴る。その内気が向けば、徐々に加筆するかも。特定の人が見れば誰が書いたか分かりそうな・・・。
デマは不安を煽るものが多いが、中途半端にインテリな奴が根拠薄弱な安全情報を流したりする例も。原発に対する非科学的な恐怖感に対する反動化だろう。無闇に恐れることはないという主張が勢い余って無闇に安全だというデマに繋がるのだろう。どっちにしてもデマは大迷惑なので止めて欲しい。
切込隊長こと山本一郎までその中に入ってしまったのが、人間の能力の限界を感じさせる。彼は結構賢い部類に入ると思ったんだけど、それでも人間の能力は個人レベルでは限界値も低いようだ。知能や倫理のネットワーク化が人類の課題。相互に補完・訂正し合って相乗効果を高められるか否か。
国同士が協力できずに地球規模でまとまれないのは、人類にとって地球が最大単位だから。それ以下の単位では、争いはあっても、学習によって視野を広げればまとまることも可能。そう言う意味でも宇宙開発は意味がある。地球よりも広い範囲を自然な意識内に収められれば、地球規模で人類がまとまれるだろう。
あと、デマに関しては、どこそこの教授が言ったからとか、米軍情報だからとか、そういう理由で信じた人が多かったが、やっぱりそういうのに弱いんだなと。 MITの教授だけど実は原子炉や原子力工学は専門外で物理の先生ですらなくマーケティングだか何だかの先生だと後で分かったりということがあった。デマに対する方策として、「信頼できるソース」というのがあるけど、これは肩書きとか機関名の権威に盲従しろってことではない。あくまで、自分の頭で総合的に情報分析・判断する際に、どういった情報を取捨選択するかという際の目安でしかない。取捨選択の判断基準としては、学問的手法によるのが適切。仮に優秀な学者が唱えた説でも、それは学説に過ぎないという当たり前の事実。あと学者の情報と現場を知ってるエンジニアの情報を組み合わせることも考えて欲しい。
これは私のような存在、中の人の気持ちも知ってるし、外の人の立場でもあるので書いておこうかと。もっとも中の人、外の人にも色々いるんだが。
絶賛する声が大きすぎて怖い。もちろん、気持ちは分かる。だから絶賛を非難する気はない。
しかし、まず第一に彼らはそれが仕事であること。つまり平時より課せられた使命であること。特に自衛官は我が身を顧みないことを宣誓し署名している。だから義務を果たしているに過ぎない。
念のためにもう一度書いておくが、それでも彼らに感謝するという気持ちは充分分かる。そうした過酷な義務を大阪市バスの運転手よりはるかに安い給料で遂行してくれるのは確かに有り難い。
が、しかし、彼らには宣誓に応じた義務を給料と引き替えに果たすというのが役割だということを忘れないで欲しい。
度を超えた絶賛は、自衛官らにとっても国民にとっても不幸なことだ。彼らは超人ではない。肉体的・精神的に被災者以上に過酷な状況の中で作業を続けることは、自衛官などなら平気だという訳ではない。
精神的に余裕のない被災者から容赦ない罵声を浴びせられることもある。自己完結型の組織として自前で用意した環境を享受すれば非難される。自分の家族も行方不明のまま。大量の遺体が腐り始める。理不尽なことが山ほど降りかかってくる。
そんな現場にいる人達をヒーロー扱いするというのはやや失礼なことだとさえ言っても良い。もっとも彼ら自身は何とも思う余裕もないだろうが。彼らに報いる方法は、彼らが充分能力を発揮できるような環境を平時の間に整えることだ。はっきり言ってしまえば、毎年の予算を増やすこと。そしてそれが有効に使われているか、官僚の都合が優先されていないかチェックすること。彼らに感謝すると言いながら、予算には関心を持たない人は多いのではないか。年々減っていく予算をどう思っていたのか聞いてみたい。いや聞きたくないわ。予算に関しては全体の額だけではなく、内訳も非常に重要。イージス艦とか支援戦闘機とかMDとかも大事だけど、もっと地味なところは蔑ろにされがち。柱の浮いた廃墟のような倉庫とか、すぐちぎれるペラペラの個人装備とか、歩いてるだけですぐ部品がなくなる小銃とか。今や第三世界と呼ばれた国々の軍隊の装備にも劣る点が多々ある。ハイテク装備にだけ目を奪われるとこうなる。
自衛官らを超人扱いして有り難がるのはやめよう。頑張ってくれてる同じ日本人として感謝しよう。
コンプレックスの強い人がそれを軍隊のロマンへの心酔という形で発散したがるというのはよくあることなんだが、今の日本では主にネトウヨがこれに該当する。極端な国粋主義というのは軍隊の内部よりも、外部から内部に浸透してくるものだと考えている。三島由紀夫が自衛官に冷笑されたのは当然。軍隊ではああいう人は一番浮く。井上和彦とか話にならん。ああいう人はヒーローを語ってその尻馬に乗ろうとしてるだけ。
連日の過酷な状況を伝える暗いニュースの連続で、自分自身は直接被災していないにも関わらず、心が参ってしまう人が続出。見なきゃ良いんだけど気になるから見てしまうんだろうね。そういう人はなるべく民放のセンセーショナルな番組を見ないようにした方がいいと思う。とかく人の不安や恐怖やらを煽りがちなので。情報は1日1回、NHKのニュースを見て、後は新聞の一面でもざっと眺めれば充分でしょう。
ネットの情報は読み解くのに相当のリテラシーと時間が要求されるのでこういうときは実はあんまり実用的でない。
んで、自主規制とか自粛とかいわれる物が行きすぎというのも分かるが、わざわざ話題を逸らすこともないとも言える。そういう訳でこの文章を書いている。
遺体を映すべきだという声をよく聞くけど、それは要らないと思う。それを見てたらどうなるの?慣れるの?そんな場面を見なくても震災から学ぶことは十分出来ると思う。
以下加筆するかも・・・・多分しない
日本の先駆的研究者、松浦祥次郎氏も再考を迫られたことを明かした
不可欠であっても数は減らせる
M9レベルを基準にすることについての国民の合意を確認しておく必要
数十兆のダメージか→国民皆でかなりの負担をすることになる(全員が「被災者」でありサバイバー)
今の日本に必要なのは抽象的な協力概念ではなく、国民が賢くなって賢い政治を選択すること
戦後政治を変えるのは震災前から喫緊の課題であったがもう猶予は一切無い
今、間違った復旧・復興をすると取り返しがつかない→反面、新しい街作りの機会
補償にも効果測定は必要(効果は補償された人・されなかった人・国民全体の人心の安寧も含む)
その防止策は?
場所は確かに難があるが、では財政難の中でどの選択肢を採れるか
庁舎近辺を徐々に再開発するのは無理?庁舎が来れば需要も生まれるのでは?
数々の地震に耐えた現庁舎も今後はさすがに不安(そこが出発点だったはず)
他にもあったけど、ありすぎて忘れた。とにかく考えさせられたことが多すぎて全部覚えてらんない。不安を煽るつもりはないが、もはや崖っぷちであることは事実であると認識した上で勇気が必要。
こういうアホなりにも真面目に考えてびっしり(というか8行おきじゃなく)書かれた文章(つっても作文程度だが)より、どっかの歌手が書いた5行くらいの詩を読みたがるのが大衆なんだと思ってるけど。
きっちり考えるより、分かりやすい言葉に感動してる方が圧倒的に楽だという誤謬の根本原因をどうするのかまで考えないとな。それは俺なんかより、インテリが考えるべきことなんだけど。インテリというのは優れた思考力を与えられている分、俺たち愚民を導く責任があるんだよ。ワンフレーズで国民を先導ならぬ扇動する政治家とか論外。
で、NHKの水野解説委員と横尾アナウンサーには萌えた。彼らは常識的なインテリだと思う。他にもテレビに出てる人でもいいこと言ってる人はいるし、それが放送されているのだから、まだマスメディアには存在価値が残っている。
追記
読めば分かると思うが、私のこの文章が歌手の安っぽいフレーズより有用だという主張をしているのではない。下らない物が結果的によい効果をもたらすことは良くあるし、私から見て下らない物が世の中のためになる価値ある物かも知れない。しかし、そういった価値判断以前に、単純に、真面目に書いた長文より情緒的なワンフレーズがとっつきやすく、それだけで満足してしまうことによる誤謬の可能性というのは大きいという構造の話。いずれにせよ、その辺はこの文章の主題ではないんだけれど。
雑多に。
・(全般)論文の書き方:すべての基本。高校生までは起承転結(四段階)だが、大学生以降は序破急(三段階)が普通になっていくので慣れていくこと。
・(全般)プログラミング:すべての基本。言語学や論理学と密接な関係があるので、体得すれば実は論文の書き方に強力に役立つ。
・(全般)健康管理:健康を壊すと普通は勉強ができなくなる。体力と相談してがんばれるだけがんばる。
・(教養学部)教養:東大の特殊なところは、1、2年は教養学部というところに所属するところ。
ここで、広く、できるだけ深く、何でも雑食にガリガリ吸収して、自分なりの知の体系を、藁葺き小屋でもいいから作ることが求められている。多分。
・(文1・法学部)政治学:集団的意思決定に関すること。生臭いが、体得すると選挙や住民運動の時に、偏見に凝り固まった勢力から自由になって、自分の意見を持てるようになる。
・(文1・法学部)行政学:公務員はどう働くか。知らなきゃ公務員になった時にしぬ。公務員になりたいわけではなくとも、学者になったら役所と取引することになるので、彼らの行動様式を弁えておくのも大事。
・(文1・法学部)法学:公務員は何を守って働くか、倫理とはどう違うかなど。知らなきゃ公務員になる以前に試験の段階でしぬ。以下略。
・(文2・経済学部)経済学:財・サービスの一般的な流れに関すること。何で自民党が無駄な公共事業をやったかというと、彼らも決して馬鹿だったわけではなく、ケインズ経済学という思想的根拠があったことが分かる。これだけでも日本では重要。
・(文2・経済学部)経営学:お仕事の要素が入った組織をどう正確に効率よく運営するか。どこの組織に行くにも絶大な力になる。個人で生きていくなら別だが、事業を起こすなら必須。
・(文3・文学部)心理学:記憶と連想が切り離せないこと、情動(感情)や動機付け(欲求)のあり方をわきまえておくと、勉強のときに障害を取り除ける。
すなわち、沢山勉強して沢山思い出して連想することが知識になること、感情や欲求を適切に駆動し、不必要なら安定させること。
ついでに、生命反応や身体や神経や脳から、どのように心が生じるか学ぶのも悪い経験ではない(先に言っとくけど、心と身体の関係について論じる、いわゆる心身問題はまだ結論が出ていないので、深入りは禁物)。
・(文3・文学部)言語学:教養学部でやる外国語と文学部でやる言語学がある(正確には違うけど)。
外国でバリバリ働くビジネス目的と、論文を発表する・資料を原著で読む目的とがある。
長期的にどっちをやりたいかということと合致させた方がいいが、計画的に東大に入った入学者でなければ、よく分からないまま選択して二年間ババ引く可能性が高い。東大のシステムの疑問点だが、何か意味があるのかも知れない。何でこうなってるんだろう。
・(文3・文学部)社会心理学、社会学:人が集まるとどう振舞うかを理解するのは、ミクロ(個人)とマクロ(社会・集団)の関係をわきまえておくときに有意義。
・(文3・文学部)文化人類学、歴史学:昔の人の好みとトラウマ、成功と失敗を学んでおくことが大事。民族的歴史というものもあるので、「あー、日本人は災害時はこう振舞うのか、ではこうすればいいのか?」みたいなことができる。
・(文3・文学部)倫理学:いわゆる道徳・倫理を扱う倫理学にはいろんな学派があるが、それほど倫理学のフォローする領域は広い。
要するに集団のルールというのはどうやって決まるかということを、いろんな出発点(個人主義、生活、健康、生殖やエロス、プライバシー、コミュニケーション、権威、助け合い、暴力などなど)から積み上げているからだろう。
どれも集団生活を可能・不可能にする大事な本質には違いないので、広く浅く吸収していくとよい。(集団主義的なことを言うとあそこでは嫌がられるだろうけど、俺はそういう結論になっちゃった)
・(文3・文学部)哲学など:人間の脳の構造でいろんなものを筋立てして考える。倫理学もそうだが、哲学となると広すぎてちょっと大変。しいて言えば科学哲学とかやってみるといい経験になりそう。
・(文3・教育学部)教育学:教育学部に行く人以外関係なさそうだが、親になりたきゃちょっとかじっておくと後々いい感じになる。
・(理全般、特に理1・理学部)数学物理化学地学生物:文系でも「物質から生命反応が生じる」ということを了解しておくのは悪い体験ではない。
・(理1・工学部)工学:「社会のためにどう計画する?」ということは常に考えておいた方がよい。
・(理2・農学部)農学:別に農学部行く人以外は関係なさそうだが、安く安全に飯が食えるということは大事ですよ。TPP問題とかやりたくなったらどうぞ。
・(理2・薬学部)薬学:農薬や医薬をやりたい人以外には関係なさそうだが、有害物質問題とかやりたくなったらどうぞ。
・(理3・医学部)医学:普通の学生は「ものみんた(誰だ)の野郎! 健康について適当なこと言いやがって! 俺は気をつけよう」というときにのみ有意義。
理3の学生がまじめにやる分にはすごくハードなのでがんばって。
そうでなくても理3は超頭のいい人が入るところだから、超人的な世界で超人的に頑張ることを余儀なくされる。
(2011.03.27 18:37 追記)
twitterで指摘がありましたが、私は文3・文学部卒でして、文3・文学部についてながながと書きすぎました。確かに今読み返すと配分がおかしいね。
世の中には
そしてそれを見た人は「またか」「反省してない」「前の謝罪は嘘だったんだな」と執拗に罵る。
ようなケースが、ままあるんだよね。
で、失敗に対して他者が許さなくなるに連れ、失敗者をいつまでも囲っておくことが難しくなり、早々に切り離すし、そういう事しそうな人は端から雇われなかったり、相手にされなくなる。(そういう人が今後どうなるかについてはお察し下さい。どんな結末であれ社会が望んだことです)
そんな空気があるから「超人」であったり「即戦力」であったり「床上手な処女」が求められてしまう。
まあメガネ王もそらのも社会廃棄物だということははてなーのコンセンサスのようなので、私からとかく言うことはありませんが、ああいう人間を教育して更生させず、ついには自殺に追い込んだとしても社会的利益として迎合されそうな空気が今あの近辺にはあるので、部外者は基本距離をおいたほうがいいですよ(ブクマさえしないほうがいい)
当事者以外は関わらないほうがいい。
不登校で検索していたら、何かこんな単語(準ひきこもり)が引っかかってきて、見ていたら、まるで自分と言うのに気づいた。
でも、かつてひきこもりの自分から見たら、準と付くだけ良いのかと思ったら、そうでもないようである。
完全なひきこもりと言うわけは無く、アキバとか本屋には時々行った。基本はPCやったり殆ど寝ていた。
学校見学の際に、先生と会話したんだけど、普通に先生と話しただけで凄いと言われて、かなりのカルチャーシヨック。
三年間、時々学校に行って、先生や同級生と話したり勉強したり。そういえば、仲良くなった人とスポーツもやった。女の子と数年振りに会話した。途中からこの関係も辛くなってきた。
勉強はそれなりに出来たので、親に頼んで三年生から予備校へ通った。人と関わりたくなかったから、自習室に篭った。孤独でも何の問題の環境は居心地が良かった。
回りが人と関わっている時間に、ネットで日本史や海外のサイトを見たり、自習室で勉強してたから、旧帝の大学に合格。学歴では不利になることはない。
まれにメールをする同じような状態の同級生しかいない。俺が言うのも何だけど、そいつはきもい。
学部に友達が居ないから、クラス単位で、また回りの人と関わる必要のある語学の授業は行こうと思ってもいけない。よって全て放棄→再履修。再履修は一方的な講義を選んだから、映画館に行く状態で気がらく。
準ひきこもりの学生は学校に真面目行くみたいだけど、再履修の語学は行かないと終わるので行ったが、それ以外の授業は学期に数回しか出ていない。不真面目。
適当に勉強してテストさえ行けば単位が取れてしまうので、大学との関わりも薄い。
文化系ですけど。好きな事なので三年間続いているし、殆どの活動には参加している。女の子も多いし、部活動だから共同作業も有るので、回りの人と関わる唯一の機会。昔からやっていた趣味だから、知識は部活の中でスバ抜けているから、こんな自分でも頼りにしてくれているみたい。
ネットあれば何もいらないし。学校もあんま行かないから金も使わない。親から貰うお金で十分。一回飲食のバイトしたけど、直にやめた。
出来たら取りたくなかったけど、取らないと卒業するのが大変になるから、仕方なく取った。どうにか進んでいる。学部の女の子と三年目で初めて喋った。
いるわけありません。出来る気配もありません。ゼミの女の子に惚れたけど、行動に移す勇気は全くありません。
こんな自分です。圧倒的な社会不適応な学生です。俺が死んでも、親戚が俺に関心が無ければ、誰も葬儀に来てくれないと思います。
家でネットして、平日にその辺ぶらぶらして、あんま人と関わらなくても問題ない、素晴らしい生活は長くは続かない事は分かっていても、何も行動に移せず、三回生になってしまった。
就活と言う文字がそろそろ頭に出てきてしまった。あるきっかけで、昨年6月に生協主催の就活講座に行ったら、インターンに行ったほうが良いと言っていたので、とりあえずエントリー。自己PRやら学生時代に頑張ったこととかを書けとか、準ひきこもりの俺には無理だし。しかたなく、唯一人との関係が有った部活動の事を少し膨張させて言ったり、引きこもりの時に作っていたゲームの事を書く。そしたら、面接に来てくださいと連絡を受けた。。まじっすか。文章だけならコミュ障害は分からないもんな。
面接に行ったら、体育会系のリア充とか、出来るオーラの人とか一緒になって、場違いすぎる、帰りたくなった。途中で帰る勇気も無くて、面接へ。部活の人と30分話すだけでも一苦労なのに、自分の事を30分もRPするとか無理。そもそもRPすることもないし。噛みまくったり、意味不明な解答したりしたけど、とりあえず終了。
家に帰って、俺社会に出れないと強く思った。がなぜか、50倍の倍率を抜けて某超人気企業のインターンに合格。凄い良い人事の人だけど、俺を選ぶとか見る目が無いと思った。
せっかく受かったから参加。2週間一緒にいて、飲みにまで連れて行ってもらったから、俺の本性が完全バレテしまったと思う。○○。評価最低になっているのかな。
こんな感じでインターンには参加。秋からも会社説明会とかに参加。就活ってある段階までは、あんま人と関わらなくても良いからそこまで苦痛ではない。就活って就活状況という話すネタが有るから、話しかけられてもどうにか対応する事が出来る。
営業とか無理すぎだから、管理系が出来そうなB to Bメーカーばかり探している。B to Bメーカーの人って他業界より非リアな感じがするし。毎日、リクスを着て、東京の町を歩いているけど、希望など全く無い。歩いているサラリーマンの目を見れば見るほど虚しくなる。でもこの人達は、俺の数倍、数百倍凄い人なんだと思う。
本当の事言えば、有る程度のプログラム能力は有るから、自宅でどうにかネットで金を稼いで生活したいと思っている。親は悲しむと思うけど。
お金がかからない地方で暮らしたい。ネットが有って、コンビニとスーパーが有れば後は何もいらない。
でも俺は頑張る。どんだけ祈られたとしても。
っていうのは煽りタイトルなんですが(一部界隈でホットなので、自らセカンドレイプをしかけてみる)
こういう事例というか、「自助努力が欠けているからそうなったんだ」という俗流自己責任を持ち上げる輩はわりといますね。
で、ちょっとトポロジーな類例をふたつばかり考えてみたので、ひとまず被害程度の問題を無視して、読んでみてください。
要するにこれは、レイプの話題で言えば「胸を露出させる服を着ているのが悪い」とか、「ひとりで夜出歩いているのが悪い」的な言説ですね。いじめられる側の隙を探して、いじめる理由に足るものを指摘して、「お前がデブでハゲでバカでフケ散らかしてるのが悪い」って話です。
レイプ含め、性犯罪を根絶することは不可能でしょう。同様に、いじめを根絶することも無理だと思います。起こってしまったときに、適切な対応と、理解を促すぐらいしか、方策はないように思います。
別方面でもそれなりに話題になりがちなテーマですね。よく「コミュ障だから内定がない」となかば自虐的に書き込まれるケースが多いですが、それ以外にも「社会人としての自覚が足りないからだ」とか「甘えてるからだ」とか、飛躍して「○○大学なら当然だな」とか、無い内定になるのにはさも当人に落ち度があるのだから当然という主張がまかり通っています。
学歴に依る差別は合理的なものだから、区別であって正しい、という主張をする人がまだまだ多いです。それを盾にして「だから低学歴は無い内定になって当然。今までの努力が足りないツケだ」と主張すること自体も正統的な目線で見られがちです。
そもそもの話として、自助努力というのは存在しうるのでしょうか。こういう場で使われる努力というのは「最適解」を前提にしています。つまり、努力しようがしなかろうが、当人にとっての最善の努力だろうが、実現しなければ「甘え」であり「努力が足りない」ということです。
性犯罪で例えれば「深夜にバイトをしないで生活できるように、最善の努力をしてこなかったお前が悪い」とか「努力せずに低学歴になったんだから、性風俗のような相応の産業で働いてあたりまえだし、その帰り道でレイプされてもどうせ売春婦なんだから一回ただ働きしたようなもんでしょ、適切な努力をした人はそんな事されない」とか臆面もなく主張してくるわけですね。
社内いじめが功を奏してクビになってしまったとしても、それは政治力のないあなたが悪い、とも言われてしまうわけです。
能力がなくてクビになったとしても、勉強する時間を創ってこなかったお前が悪いと、誰も取り合わないわけです。サビ残ばかりで終電帰宅な毎日でもね。
されたのが悪い、されたのはお前に原因がある。
努力すれば報いがあるのだから、報いがないのはお前の努力が足りない、というわけです。
負の努力をすれば負の報いがくるのだから、正の報いがないのはお前が負の努力をしているからだ、ということです。
先天的にせよ後天的にせよ、それを改善しようと努めないなら相応の報いを受けるのだ、というのは一見聞こえはいい(自分に火の粉は降りかからないから)ですが、弱肉強食に塗れたキケンな思想だと言わざるをえないでしょう。他責的言説が支持されないのはこういう背景があると睨んでいます(他人の因果がなぜ自分と関係があるのか!と思う人は多いんじゃないかな)
そして自分が喰われる側となれば「もっと努力すれば」とスーパーマンを期待し、
相互で相互のハードルを上げあって、互いに息苦しくなる(もちろん、この息苦しささえ「それはお前が弱いからだ」と言い切る人もいるでしょう)
自律意志を持たず、ひたすらルーティンワークをして錆止めの油(給与)を与えられるだけのサラリーマンを皮肉ったものとして。
しかし、すべての成員は歯車だ、と私は思うのです。どちらかというとポジティブに。
つまり自分が歯車として機能しているということは、他の歯車も機能しており、自分の馬力が他人に作用している何よりの証拠なのです。
すべての事象は、社会に参与するすべての人間に関係があるのです。
なぜ、熊森は生態系撹乱を無視してまでどんぐりを森に撒くのでしょう。
なぜ、我が国の文化はガラパゴスとして他国からCrazyと思われるのでしょう。
なぜ、起業しろと、起業ノウハウも金銭もない人間に主張するのでしょう。
すべてを理解しろと言っているのではありません。超人ではないのだから、私とて理解できないモノだってあります。
自己を律するのは勝手ですが、同じだけの律を他人に求めるのは不寛容です。
そして、できるだけ、すべてを包摂していくことこそが求められるべきです。