はてなキーワード: 連想とは
http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2012/02/23-1903.html
コネ採用と出自性別による採用差別って本質的に違いがないと思うんだが。
確かにコネは努力で獲得しようと思えば可能だが、出自性別は獲得不可能なものだ。
しかし、コネがある人を採用したいという企業側の要求だけ肯定され、特定の性別出自の人を
採用したいというほうは否定されるのは何故か。政治的正しさとやらかな。憲法の基本的人権からか?
(出自というと被差別部落の人を連想するが、イスラムだったり、キリスト教原理主義を連想される
人は面倒だから落とされてそうだ。)
「給食の時間にボカロ流しちゃだめって言われた。まぢむかつく。ボカロの良さをみんなわかってない。●●(流行のグループ)よりよっぽどいい曲なのに。世界中にファンがいるし云々」という話を学習塾の生徒から聞いた。(あの子らの言語でいえば「まじ」ではなく「まぢ」が合ってる)
何をもって禁止にしたのかわからないからなんとも言いがたいんだけど
たとえば「アニメやゲームを連想する音楽」は学校生活にふさわしくないというくくりで全て禁止にしていたとして、また教師が「ボーカロイドが使用された曲=アニメやゲームを連想する音楽」とみなしていたとすればまあ筋は通るんじゃないか?アニソンやらなんやらを全て禁止にしているとしたらね。
http://verieoffice.web.fc2.com/MOSHI_DORA_chart.pdf
ドラッカーの引用部分だけつなげてみたら意外といい本のように思えてきた。
実際、序盤の意味不明な定義と納得できないイノベーションの部分を除いて、150ページあたりまでは面白い本だと思います。
後半はもうどうしようもないけど。ドラッカーからの引用が急になくなり、作者が自分で文章を書き始めるあたりから
急に宗教みたいな話になってきて、話の展開も色々とおかしくなってきます。そっから先は読む必要なし。
それでも、物語と一緒にドラッカーの引用部分に接していく、という部分はかなりいいと思うんだ。
あとは物語に引きずられずに、物語中で接したドラッカーの引用部分を復習すると良いかと。
一度言葉に接することができた後は、物語部分はゴミと思っておけば良いです。 使い方さえ間違え無ければいい本です。
あと2点ほど捕捉。
1つめ。ドラッカー自身が野球チームのマネジメントに語ってる本があります。「未来への決断」ね。
そこではもしドラのような小手先の変化をイノベーションと呼ぶみたいなヘボい話ではなく
野球部としての定義を問うた結果、根本的な組織変革を成し遂げ、大きな成果をあげた事例が載ってる。
現実は小説よりなんとやらである。引用するには長いので自分で読んでください。
でも、もしドラはあくまで一つの物語を通してドラッカーの理論を紹介することが目的だから、
もしドラが野球部の物語としてはヘボいといっても、そこは問題ではないと考える。
2つめ。ドラッカーはマネジメントにおいて、常にエグゼクティブの話をしてるのであって、マネジャーの話はしてない。
主人公がマネジャーという言葉からマネジメントを連想してドラッカーの本にいきあたったというエピソードはおもしろいのだが
それならなおさら、ドラッカーはマネジャーについて語ってなどいない、ということを早い段階で強調すべきだったと思う。
言葉について言うならば、私は「マネジャー」という言葉をあまり使いたくない。自ずと「部下」を思い起こさせるからだ。
わたしとしては「エグゼクティブ」という言葉を多く使ってもらいたい。
元増田ではないけど、恋愛感情の有無より価格付けの方に気持ち悪さを感じることがある。
主に買う側に対して。ちょっと人身売買を連想してしまうからだと思うけど。
自国より貨幣価値の低い国で風俗に使うお金値切ろうとしてる奴がいて、吐きそうだった。
お前ならいくらで売るのかと訊きたかった。
売ってる側がどういう割り切り方をし、どんな目で客を見てるか容易に想像付くだろうに、
普通の恋愛はできなくて、相手が金で表向きプライドを捨てているという関係でなければ欲情しないという人なら別だけど。
似たような状況は他の仕事でも発生することあるから風俗だけが気持ち悪いわけじゃないけど
その気持ち悪い状況を支配してるのが性欲だとなると、性のグロさも増幅して見えるので
だから私のことを非難しないでください。
みんな私の生き様に興味があって、私の生き様を知りたいがために、お金を払ってくれています。
でも、そんな私のことを非難する人がいるのが不満です。
なんで、みんな向こう側にいるのが人間だとわかってくれないのですか。
八つ当たりをされた人間がどんなに傷つくかどうしてわかってくれないのでしょうか。
例えば、私がアニメにはまって、そのアニメが好きだといいます。
すると、どこからか、このニワカとか心ない非難をする人がいます。
確かに、現役でそのジャンルで活動している人からみたら私はニワカかもしれません。
でも、そのニワカという事実を私の生き様にお金を払ってくれる人に説明する必要はないじゃないですか。
そのジャンルに詳しくない人が、私の生き様をみてジャンルに対して誤解をしてしまい迷惑する?
誤解をする人が悪いんです。
でも、私は腐女子の第一人者なので、私のアニメにはまる姿はとても魅力的です。だから私にお金を使ってください。
私は腐女子の第一人者なので、私の発言はとても影響力があります。
でも、これは私個人の私見です。腐女子の総意ではないですよ。ちゃんと何度もそういっているのに、腐女子の総意と誤解されたら困るから、発言に気をつけろと非難する人がいます。
そんなの誤解する人が悪いんです。私はちゃんと私の個人的意見って言いました。どうしてわかってくれないのでしょうか。ただ、文句を言いたい相手を無差別に探しているとしか思えません。本当にひどいです。
ちなみに、私は腐女子の第一人者なので、私の意見はとても参考になると思いますよ。だから、私にお金を使ってください。
好きがこうじて、雑誌でその魅力について書いてしまうくらいです。
でも、それを非難する人がいます。
確かに、私はそのミュージカルが流行しはじめてからみはじめましたし、最近は飽きてきましたし、話題になりそうな時しか興味がありません。
私は私の楽しみ方が大事だし、他の人の楽しみ方や感性とか興味ありません。
でも、そういうのってそのミュージカルのファンではない人に説明する必要ってないじゃないですか。
あなた達だって、自分がどれくらいのファンかなんていちいち説明していませんよね。
だいたい、誤解する方が悪いんです
腐女子しかそのミュージカルの面白さはわからないと、そのミュージカルを知らない人が誤解するのは困るとか、ちゃんとみてないのに私の意見がちゃんそのミュージカルをみている人の意見だと、知らない人が誤解するから困るとか、色んな楽しみ方があるのに、演じる人が青春しているのを見守るだけが魅力だと誤解されるから、困るとか。
私、そんなこと一言もいっていません。だから、そのミュージカルを知らない人が、誤解したとしても誤解する人が悪いんです。みんなだって説明してないんだから、私だって説明する必要ないです。
ちなみに、私は腐女子の第一人者なので、私が好きなものを知ることは腐女子を知る上でとても参考になると思いますよ。だから、私にお金を使ってください。
私が好きな女性アイドルが活躍するには、お金が必要です。だから、私のことを好きな人は、少額で負担も少ないですし、私の好きな女性アイドルにお金を使ってください。別にその女性アイドルを好きにならなくてもいいです。お金を使ってくれればそれでいいんです。そうすれば、私が幸せになりますから。
でも、このことを非難する人がいます。あまつさえ、私の好きな女性アイドルについてまで非難する人がいます。
好きなものを好きでいる自由って誰にでもあります。それなのに、人が好きなものの悪口を私に聞こえるように言うって、最低です。私の生きざまにお金を払って買っているからといって、私が好きになるものに干渉する権利はあなた達にはないんです。
それに私のことを好きな人に、お金を使わせることを非難する人もいますが、私が幸せになるからいいじゃないですか。誰にも迷惑をかけていませんし、お金を使わせることを強制もしていません。私のことを好きな人が、私のために自発的にお金を使っているんです。私は悪くないです。
あと、最近はそのアイドル関連で嫉妬されるのも、困っています。
確かに、私はそのアイドルのことを初期から好きになったわけではなく、流行しはじめたころから好きになりました。でも、私は腐女子の第一人者で有名人です。当然、私の周囲の色んな人がほっとくわけもなく、私の好きなアイドルと直接お会いしてお話させていただく機会を得ることができました。
私よりも昔から応援している人は、そんな機会きっとないでしょうし、羨ましいのかもしれません。
でも、私も困っているんです。馬鹿じゃないから、こういうことをされると周囲に嫉妬されることくらいわかっています。でも、私も周囲の人から言われて、仕方なかったんです。嫌々ということわかってください。こういう特別なことあっても、みんなと同じ普通なので、嫉妬とか本当にやめてください。
でも、特別扱いされるって、幸せですよね。普段みんなから非難されているのを我慢してるんだし、このくらいの役得があってもいいはずです。私にだって幸せになる権利ある筈です。
だから、同時期にデビューした昔の知り合いとかと比較するのをやめてください。
差をつけられたな、とか言って蔑むのをやめてください。
私は、まだまだ終わっていません。
特定の誰かを連想したりするのは、やめてください。本当に困ります。
頑張ってこんなに長くて読みづらい文章を書いたんだから、きっと誰も読まないですよね。
頑張ったことは、きっと報われるんですから。うん、大丈夫な筈。
昔、ピザポテトを食べているメンヘル腐女子に、「痩せてて、幸せなんてずるい」と言われたピザポテトを我慢している可愛い腐女子がいたそうです。
最初に非難した人は、痩せていることを非難したのでしょうか。ピザポテトを食べていることを非難したのでしょうか。
今、ピザポテトを食べているメンヘル腐女子の役をやっているのは一体誰なのでしょうか。
私は私の妄想を語っただけです。私は、私の生き様を買ってと要求しませんし、目立たないように努力もしましたし、届かないように努力をしました。ちゃんと貴女のルールを守って、貴女より努力をしました。だから、これがもし届いたり、目を通したりしても貴女と同じように私は悪くありません。だから私に届くように私のことを非難するのはやめてください。
>まとめ記事を作って欲しくないということですか。解りました。お願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?わたしは、話を把握する努力はやめるので、oooqureeさんのULOGとはてなのわたし宛の返信を削除願えますか?それで終わりにしたいです。
posted at 06:48:37
>わたしもoooqureeさんの話は最後までよく分からなかったので、
http://twilog.org/AtoMa/friends-Tasmanian_good
http://twilog.org/Tasmanian_good
これは自分のだから消されないけど、時間とともに表示されるものがこれではなくなるからバックアップも載せた
@AtoMa @OTZ_ 一人ごと用赤のようですが、https://twitter.com/AtoMa/status/130975030271156224 これも、迷惑だとは思いませんか? 迷惑だという意思はお伝えしておきましたので、これ以降それをなさるという事は、相手の意思に反した事をしている事になります。
posted at 06:41:39
@AtoMa @OTZ_ あなたは、勝手に失礼な事に医師でも無いのに、精神障害や精神病と判断され自分しか書き込みがない掲示板に書かれてます。本当の医師ならネットで診断はラベリングになるからしないし暗示になるので良くないとされている行為です。だから私はあなたについて診断はしませ続
posted at 06:46:36
@AtoMa @OTZ_ 続き 診断はしませんが、あなたはコミュニケーションが取れない方だと思いました。もう一つのアカウント、ブクマに載せてましたが、あれも本当にあなたなんですか?このアカウントはずっと一人で他の人からのが全くありません。珍しいアカウントですね。
posted at 06:48:59
一人で呟いてる変な人かと思ったら、twittでも、ギークハウスや私のブログURLを載せていたので、これは一人言用というのは、本当らしかった。
調停 申立書の文章 これはナルホディウスが、何度も嫌がらせのような頭がおかしい人を連想する文言または、精神障害 や 統合失調症 などの言葉とともにリンクしていたURLの中のリンクにあるものです。何度も紹介しつつ読まなかったのでしょうか?不思議です。 調停の文書は日本語として成り立っていなければ、受け付けてはもらえません。 この文章もわからないというのは、読む側の問題では
相手方は申立外○○○○(前大家)から○○○市○○区○○町x-xx○○荘x号の建物(本件建物という。)を取得した賃貸人で、申立ては賃借人である。
相手方は申立人に対し取り壊し等で退去が必要になる場合借地借家法では六ヶ月前に通告する義務があるのに、x月x日にtelで取り壊しの話と
本件建物隣「△△」への水道工事に伴う移転の話と混ぜて話などしたため、不信感を抱き、借地借家法に基づいた解決に向けての話し合いがしたい。
相手方はx月xx日本件建物敷地隣接で今まで家賃の振り込み先だった○○不動産店内での話し合いの際、水道工事後の水道の復旧について明言を避け
「何かはする」「タンクを置く」など公共サービスの水道が使えなくなるかのような事を匂わせ、はっきり確認しようとすると「○○荘にはお金をかけたくない
」「契約書には水道は無い」など発言したので、申立人は水道が止められてしまうかもしれない不安を感じ、止めないように第三者の前で確認したい。
相手方は口頭で精神的に圧迫をするような退去の求め方でなく申立人に、正式に文書で借地借家法に則った退去を求めて欲しい。
だから申立人は、相手方との間で申立ての趣旨記載の調停を求める。
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事件番号 ユ第111号
申立人 〒xxx-xxxx ○○○市○○区○○町x-xx ○○荘x号 ○○○○ tel 0xxxxxxxxxx
相手方 〒xxx-xxxx ○○○市○区○ x丁目xx番xx号 ○○不動産有限会社 代表取締役 ○○○○ 0xx-xxx-xxxx
申立ての趣旨 申立人と相手方間の建物賃貸借契約に関し協議をしたい
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この工事は、本件建物隣の「△△」の3階の部屋に水道の水を送るためのポンプのある小屋が、売却された○○荘の敷地内にあったので、撤去する必要があり行われた工事です。
最初に伝えられた時は、x月末かxx月初めと言われましたが、工事業者にはxx月xx日と言われ、実際にはxx月xx日から数日に渡り行われていました。
水道の配管を変える工事はごく最近まで行われていたようです。xx月末xx日頃来ていた業者(最初来ていた業者とは別)に、口頭で工事をする事を伝えられただけでした。
水道が○○荘の水も出なくなると○○不動産に言われていましたが 実際には○○荘の水道には関係ない工事だったので 水は止まりませんでした。
○○不動産は、その前に防犯上の問題などを電話で問い合わせしていただいた○警察署の市民相談には、水道は止まらないかもしれないと答えていたそうです。
防犯上の問題とは下の階のドアが壊れたままになっていて誰でも入れる状態になっている事です。
最初に止まると説明していたのに、なぜ止めなくてよくなったかの説明もありませんでした。
その後知人が電話で問い合わせた時には、水道は止まらないと言っていたそうです。
他に状況が変わったのは、○○不動産店内でx月末に話し合った時に「契約解除通知は出さない」「文書で何も出してないので、退去の要求をした事にはならない」
「もうあなたには何も要求しない。住んどって下さい」など言われた事です。
この時他にも「住んでいる所以外を壊せる」とも言われています。同じ日に最初に電話で提案された△△への転居について、移る気はないが家賃の差額について出すと言いつつ、
期間の具体的な提示がないのを怪しみ、「例えば△△の差額はどれくらいの期間持つつもりだったのか」と問うと「そこまで面倒見切れん」「この話はなかった事で」
「あなたがどういう人かわかったから、何も要求しない」と言われました。電話で問い合わせした知人には、私が逆上して話し合いにならないので
今のところ調停には出ると○○不動産は言っていますが、退去を要求しないということは、調停で話し合うはずの問題が無くなってしまうので、出てくるかどうかわかりません。
契約解除通知も出ていなくて、今のところはインフラも止まっていないので、住み続けるしかないと思います。
もし嫌がらせがあった場合は個々に対応して必要があれば、訴訟を起こしたりするしかないと思います。
調停の申し立てをせっかく受けて下さったのに、話し合いにならなかったらすみません。
話し合うとしたら、○○不動産店内で、相手方が言っていた「大家として言う事は言う」に代表される勘違いを改めてもらい、大家としての権利は家賃を受け取る事で
義務はインフラの整備や住居建物のメンテナンスだと、理解してもらう事くらいしか無いと思います。
提出した○○不動産の家賃振り込み用の口座が書かれた文書の口座番号が間違っていました。電話で事務所に問い合わせ事務員の人に正確な口座番号を聞き振り込みしました。
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6 Reasons We're In Another 'Book-Burning' Period in History | Cracked.com
By: S Peter Davis
これを聞いた人の8割は私の顔を殴りたくなるだろうが、端的に言おう。
稀覯本を含む本を数万冊以上捨ててきた。
焚書と聞いて、一般にはおそらくナチスドイツを連想する人が多いんじゃないだろうか。
それは不寛容と反知性の象徴だ。
だが今回の焚書は違う理由で起こっている。
本を捨てているのは、利用者が誰もいないような辺鄙な田舎の図書館だけじゃない。
おそらく世界最高の権威がある図書館、大英図書館でも、本の廃棄が産業的な規模で行われている。
オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学やそのほかいくつかの大学では最近、本の処分に関するスキャンダルが起きた。
今年ボーダーズという書店がつぶれたときには、在庫は寄付されるのではなく廃棄された。
捨てられているのは、『TVガイド』とか重複所蔵の本だけじゃない。
17世紀に美麗に印刷されたシェイクスピアの作品集を想像してみてほしい。
奥付のページには、遠い昔に亡くなった所有者からの達筆なメッセージが付いている。
それをゴミ箱に捨てるのだ。
私は何度もその場にいた。
持ち帰ってeBayに出して売って、何百ドルかにはなったんじゃないだろうか。
これはオバマの共産ナチ新世界秩序に操られたソビエトの秘密作戦か何かではない。
血も涙もない官僚主義によって起こっているのだ。
というのも……
誰しも思うのは、恵まれない人たちに寄付すればいいんじゃないの、ということだ。
囚人でも、病気の子供でも、独立系の新興書店でもいい。寄付すればタダじゃないの、と。
蔵書であることが分かるようになっている。
その本を寄付したり売ったりするときには、印を消さなければならない。
盗品でないと分かるようにするためだ。
そればかりか、所蔵印が残っている本は、親切な人が見つけて図書館に返しに来てくれちゃったりもする。
そして、処理すべき本はとても多い。
図書館はやっきになって蔵書を減らそうとしている。
図書館館長になったつもりで、10万冊を処分しなればならないという報告を受けたと考えてみてほしい。
選択肢は二つ。
学者を何十人か雇って蔵書目録をもとに重要度や価値を評価させて、
また何十人かを雇って重要度の低い10万冊に一冊一冊処分の印を押させる、
というのがひとつ。
第二の選択肢は、コンピュータで貸出回数の少ない10万冊を列挙して、
数人に館内を回って集めさせて、シュレッダーにかけさせること。
第二の選択肢のほうがずっと速くて安いことはお分かりだろう。
そうなれば儲けがでることもある。
ことに司書にとっては、それはまるで、
ゾンビに噛まれた親友を前にして、自分だけが銃を持っているようなものだ。
それに、捨てられた本のなかに救われるべき本が埋もれてしまうことも忘れてはならない。
このやり方では明らかに、ものすごく貴重な本が引っかかってしまうことがある。
2011年版が書架にあるのに、『白鯨』の初版本を書庫から借りようとする人がいるだろうか。
コンピュータで出した貸出数ランキングではそうした区別ができない。
また、このやり方をする場合は、本は完全に破壊しなければならない。
ただゴミ箱に放り込むだけでは不十分だ。
盗られるかもしれないからだ。
誰も読もうとしないように本を引き裂くか、ゴミ箱に漂白剤を入れておく必要がある。
とにかく、ゴミ箱が「ご自由にお取りください」状態になってはまずい。
そして作業をする図書館員が16世紀の貴重書を見つけたとしても、
館長はそれを救えとは言えない。
捨てる代わりに調べるように命じていることになりかねないからだ。
どんな本か分からなければ捨てるのも楽になる。
みなさんがこの事実をご存じなかったとすれば、
ほとんどの場合、一般人が気づくのはゴミ箱に大量の本が入っているのを誰かが目撃してからのことだ。
とはいえ司書がこっそり話し合っている掲示板はいくらか見受けられるが。
2004年ごろ、ニュージーランドのビクトリア大学は13万冊の本を廃棄することを決めた。
計画では、廃棄対象の本に赤いテープを貼り、
それを救いたい人がペンでチェックマークを付けることになっていた。
ご想像のとおり、誰もが怒りをあらわにした。
ある教授は図書館を「野蛮人」と呼んで学内に電子メールを回し、
図書館をめぐりすべてのテープ付きの本にチェックを入れるよう、
職員と学生に呼びかけた。
私の場合は、本の廃棄に気づいたのはそれを盗んで逮捕された人だけだ。
一般人が気づくころには、すべて終わっていて、反乱の機会はなかった。
それに図書館は気づかせることのないよう巧妙な言い回しを使う。
たくさんの書架を空にして、本を書庫に送ったというとき、彼らは嘘をついているわけではない。
ただ、書庫はすでにいっぱいで、新しい書庫行きの本の分だけ廃棄をしているということを言わないだけだ。
本の廃棄を推進する人たちは、図書館の機能を「本の博物館」だとする見方に反対する。
みなさんは愛すべき古典文学の書架に代表されるたくさんの書架の集合こそが図書館だとお思いかもしれない。
通貨が少し下がったり上がったりすれば、外国雑誌の価格も少し変わるだろう。
さてここで、購読するのは数冊ではなく10万冊だと考えてみてほしい。
そして、いま降りかかっているのは小さな変動ではなく、大恐慌時代以来の最悪の不況だ、と。
これは一夜にして旅客機一台分が財布から飛んでいくことを意味する。
その旅客機の代金が払えないと、まずいことになる。
そうなったらとりうる手段は、燃え盛る蜂の巣を手放すように、
購読を打ちきることしかない……とお思いだろうか?
ところがそれは図書館のパワーユーザー、学者と学生が毎日必要とするものなのだ。
必要のないもの、それはたとえば、手書き挿絵の入ったネクロノミコンだ。
どれほどかけがえのない所蔵物であろうと、とにかく場所がないのだ。
というのも……
図書館が蔵書を引き裂く必要がある理由のひとつは、この不況だ。
悲しいことだが、それはそれで仕方ない。
コーヒーショップと引きかえに土塊にされているとしたらどうだろうか?
オーストラリアのニューサウスウェールズ大学でまさにそれが起こっている。
その図書館では、社交的空間を作るため、1850年代からの蔵書と新聞雑誌が廃棄された。
ピーター・スレツァク教授はそれを、図書館を「スターバックスのようなもの」に変えるものだと評している。
しかし、図書館の立場にたってみれば、それを要求しているのは、
彼らは本を保管することだけではなく、本を使う場所を図書館に求めているのである。
そして出版社は無数の本を出してくる。
ということで、図書館は、一方では新刊書を所蔵するために拡張を迫られ、
一方ではカプチーノを飲んで腰を下ろす場所を作れと言われているのだ。
問題は、その費用を誰も出してくれないということだ。
この報告書でも分かるように、図書館へお金を出している組織は予算増額をものすごくいやがる。
図書館が「拡張の資金が必要」と言えば、大学当局は「他を当たってくれ」と言うだろう。
ほとんどの図書館に他の当てはない(建物に放火して保険金をせしめるという手を勘定にいれなければ)。
本はもはや流行らない。このことは認めざるをえないだろう。
2010年最後の三カ月のAmazonの売上データで、電子書籍は紙の書籍を上回りはじめた。
最近のハードディスクであれば、場所をとらずに事実上無限の数の本を入れることができる。
小さめの図書館ならUSBメモリ一つでで置き換えられるとしたら、
巨大な防火設備で本を守り続けさせる原動力は、人々の愛しかない。
現在の経済状況下では、その愛はなかなか発揮されることがない。
この動きは三十年前に遡る。
1980年代、図書館のスペース問題を解決したのは電子化ではなくマイクロフィルムと呼ばれる新技術だった。
本や新聞雑誌をスキャンしてマイクロフィルムとして保存すれば、
図書館ひとつがキャビネットひとつに収まるというのが謳い文句だった。
ニコルソン・ベイカーは、マイクロフィルムブームの悲痛な記録を本にした。
それによると、大英図書館、アメリカ議会図書館といった世界の名だたる図書館が、
数千冊の古い貴重書を引き裂いてスキャンし廃棄したそうだ。
世界中の本好きたちがこれに抗議したところ、司書がマイクロフィルムを掲げて
今日では、インターネットの普及によって、本の圧縮はますます推進されるばかりだ。
ある組織では廃棄する本の選定にあたって、グーグルブックスに載っているかどうかというシンプルな基準を用いているそうだ。
もちろん、本好きの心はそれだけでは慰められない。
彼らは本の内容だけではなく、本それ自体に価値があると信じている。
彼らにとっては、同じ版の本がほかの場所にあるからといって、
貴重な書物を捨てることは正当化できない。
道は事務書類で敷き詰められていて、
これが現実だ。
ってのは、言うだけ野暮なことなのかな。
ツイッターやブログやmixiで、誰で見られる場所で違法行為を自慢げに書く
(マジコンやワレズ・未成年の喫煙や飲酒・万引き・いじめ・盗撮・その他)
↓
↓
身元が特定される
↓
削除したり開き直ったりする
↓
という流れが、すでに完成されてるのに、まるで雨後のタケノコのようにあいも変わらず
似たペースで量産されているのを見ると、情報リテラシーって何なんだろうね、と思う。
もういろいろな人が指摘していることだけど、『誰でも見られる媒体』である
ツイッターやブログにそういう事を平然と書いておいて、どうして苦情が来ないと
思っているのか、そこのところを聞きたい。いや、煽りじゃなくて、マジで。
あなたが書いてるその場所はチラシの裏なんかじゃない、サーチエンジンによって
不特定多数の人とうっすら繋がっている、っていう自覚がないのだろうか。
・・・たぶん、無いんだろうな。
あと、『書いた内容はネタだから』って言い訳は、警察には通じないぞ。
基本的に、犯罪行為を連想させるような単語は、ウェブには書くべきではない、って事だ。
たとえ職質程度であっても、警察に足止めされた経験のある人なら、あの屈辱的な空気の中で
自分の立場の正当性を主張するのが相当キツい事は、分かってもらえると思う。
ましてや、自分に非のある書き込みの件でしょっ引かれた日には、どうなる事やら・・・
だからこそ、言いたい。
『悪事自慢はするな。マジコンネタは、叩かれるからウェブでは書くな』
と。
じゃぁ東北では、今後一切、津市で起きたニュースは流さないとか、津川雅彦の出演してるドラマ・映画は放送しないとかにすればいいですかー(棒)
ただの私憤なのに、義憤の皮を被った途端、一気に怒りが燃え上がるよねー。なんなのかねこれは。
実際に、今回の津波で被災した人が、宮城のコンサート会場で公開されたものを見て、怒るってのならまだわかる。
でも、まだ行われてもいないコンサートの、まだ公開されてもいない映像について、これから参加する予定の赤の他人の心情を心配してるってわけだろ。で、「その人が気分を害するかもしれない」から、代わりに俺様が憤ってやっているんだ!これは正論だ!2chにも増田にも書き込んで拡散希望!とかやってるわけだろ。すげーな義賊だな。かっこよすぎてチョー感動するわ。
結局のところ、自分が気に入らないだけのに、それを赤の他人の心情を勝手に代弁してるわけじゃん。自分の憤りを直接発言することはできないくせに、それを他人の代弁とすることで、急に声を大きくできる人達だよな。ファンサイトの書き込みも、2chの書き込みも「これを見たら被災地の人がかわいそうに違いない!」って息巻いてるけど、結局「自分がそう思ったから」ってだけなのに、あくまで、他人の心情を勝手に創り上げて文句を言ってる。ツリーにある「コアなファン」ののんきな書き込みをみれば、宮城会場に参加するファンだってそんなもんだろ。
ネット界隈では、カルピスのマークや、ちびくろ・さんぼやダッコちゃんは黒人差別だ!とかを、馬鹿げてると括ることが多いみたいだが、やってることは同じ。ほんと馬鹿げてる。
「相手がどう思うか考えて行動する」とか「自分がそう思ったから、相手もそう思うに違いない」ってのは、素晴らしい心持ちだけどさ、「相手が怒るだろうから、俺が代わりに怒ってやる」ってのは行き過ぎっていうか、勘違いっていうか、増長しすぎじゃね?
追記
元増田が消えちゃったので、サルベージ。(元増田)ミスチルのコンサートでウェーブは津波を連想させて不謹慎→(俺)じゃあ津川雅彦も謹慎だね→(元増田)以下の文章→(俺)この増田
■http://anond.hatelabo.jp/20110911233439
いやいやいや
全然たとえになってないよ
あーわかるわかる(棒)
考えるのが面倒になったから、あとは任せた。虚構新聞とかbogusあたりなら、もっといいネタを作ってくれそう。
元増田が消えちゃった。自分が何にレスつけたのかわからなくて悲しいのでサルベージ。
=========以下元増田
どうやら、ミスチルか各地のツアー会場でウェーブの映像を撮って
http://www.ryozzy.net/mchild/special/events/2011_report/bbs.cgi?num=439
いわゆる被災地と呼ばれている所から、家族で「広島ビックアーチ」に、まさかの当選で参戦できました。けれど、広島から帰ってきて10日近く経つ今でも、戸惑いというか、あれでよかったのか、と思っている事があります。
それは題名どおり、「ウェーブ」。確かに桜井さんは「ウェーブ」という表現はしていなかったかもしれません。けれど、私には「ウェーブ」=波にしか見えませんでした。そして、津波を連想させました。
コンサート中、企画としてそれをやろう、といわれた瞬間、私たち家族は顔を見合わせ、夫とは「え?ウェーブってこと?どうする?参加する?」。。。くしくもコンサート前日(19日)福島県で震度5弱を観測し、津波注意報が出され、多くの人が避難しました(既に広島入りしていた私たちはすぐ実家等に連絡しました)。
コンサートから帰宅後、数人の友人にこの事についてメールしたところ。。。殆どの返信は「信じられない、余震もまだまだあるのに、結局他人事なんじゃない?」
総合的に考えれば楽しかった、ミスチルのコンサートではありましたが。後悔が残ったコンサートは初めてでした。
皆さんはどのような気持ちであの企画に参加しましたか?
http://music2ch.doorblog.jp/archives/229850.html
21 :名無しさん@お腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:13:21.03 ID:YNGRWYEf0
アリーナのウェーブを2階スタンドから見てたら名取川の津波映像を思いだしてしまった
33 :名無しさん@お腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:18:45.82 ID:vmGbpW/F0
特にアリーナのは前から後ろにやたら勢いと迫力があって
もろ津波を思い出させたよな
133 :名無しさん@お腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:58:42.34 ID:rf8qnmzR0
宮城から遠征した。2階スタンドから見たアリーナのウエーブ、
名取の津波映像と重なって本当に恐怖を感じた。
どう編集するかはわからんけど、あの光景は見たくなかった。
485 :名無しさん@お腹いっぱい。2011/09/05(月) 08:49:45.80 ID:joh6veWm0
今週末横浜公演に参加しました。
各会場でお願いしてると言うオーディエンスによるウェイブ。
ボーカルさん自らが撮影したわけですが
65000人によるウェイブがスタンドからアリーナへと回って行く
その様はまさに津波を彷彿とさせるド迫力!
この人間津波の映像を宮城公演で流すって…無神経すぎる。
あるいは確信犯なのか!?
ウェーブはウェーブじゃないのかな…。
俺が不謹慎厨なだけ?
痛いことをされて「いっ…!」などと反射的に声が出たとき、察しが良い男は気付いて謝るが、察しが悪い男は「イイ」と勘違いして継続する。
長いフェラチオに疲れかけているとき、察しが良い男は気付いて「疲れてない?」などと声をかけるが、察しが悪い男は受けっぱなし。
女は強引な男が好きだとは良く言うが、強引なだけではただのレイパー予備軍であり、女が本当に求めているのは「察しが良くて強引」な男である。
実際は強引になれるほど自分の察しの良さに自信を持っていて、且つ実際に察しの良い男、というのは極々稀であり、彼氏や夫にそれを期待するのは馬鹿女のすることだ。
現実的には「優しくて察しがよい男」「女の感じていることを言葉として引き出すのが上手い男」が理想の男になってくる。
ここで察しの悪い男たちは、「女がはっきり言えばいいのに」と思うことだろうと思う。
しかし女ははっきりものを言うセックスを嫌う。「そのやり方は気持ちよくない」とはっきり言われた際の男の逆ギレ可能性が怖いという理由もあるだろうが、
そのほかに「そんなセックスは趣が無い」「興醒めする」という理由が大きいのではないかと思う。
興醒めの理由なんていうものは女自身にもよくわからない。男が理由無くブスを嫌うのと同じような、生理的なものなのだろう。
デート中に相手の男の察しの悪さを見せ付けられた女が、必要以上なまでに幻滅し、嫌悪するようになるのは、
下手なセックスが連想されて恋愛対象にする気が失せるからなのではないだろうか。
上手いデートにもセックスにもマニュアルは無い。マニュアルを真に受けたところで、結局は女の態度を読み取れず失敗するだけである。
恋愛は才能だ。ブスに生まれた女がどうしようもないように、察しが悪く生まれ育った男もまたどうしようもない。
http://anond.hatelabo.jp/20110822232603
http://sociology.jugem.jp/?eid=277
あの人は、上できびしく批判されている、ろくでもない研究者の筆頭格だと思いますよ。論考はなべて読むに値しません。
事実にもとづかない、思い込みによる連想が得意なのは知ってますが、他にたいした取り柄はないでしょう。
先日、とある方とゲームの話になった。その方は二児の母であられるのだが、お子さんがゲームばかりしている、という話からである。僕は小さい頃は親が厳しくてなかなか思う存分にゲームをさせてもらえなかった反動か、今でも年甲斐もなく貪るようにゲームばかりしていると笑いあった。
その時も話したのだか、ゲームに打ち込む姿勢は決して悪いものではないように思う。
コンピュータプログラムは決して裏切らない。ゲームの中でキャラクターが死んでしまったら、必ず自分の操作なり攻略法なりが(例え理不尽な理論でも)間違えているのだ。その間違いや経験不足をただし、反省し、攻略に向けて違うアプローチを探したり、腕を磨こうとする姿勢はとても善良で正しいと言えると思う。高校以下の学校教育の教科書から学ぶことでこの方法で解決できない問題はないように思う。
だが世の中に出てみれば、バグやチートで溢れていて、決してクリアできるゲームだけではないのも事実だ。
これについては今のゲームだけでは学べないと思う。
ところで、散々議論されていることだが、残虐性の強いゲームの教育における有害性であるが、これについては正直僕はわからない。どちらでもあると言える。
腕がもげる、血が飛び散る、女性が犯される、それらの表現の残虐性について理解していない子供に繰り返しそういう映像を見せることが精神に影響を及ばさないのかと言われたらそれはそうかもしれない。
せめてこれは悪い行為だ、これは残虐な行為だと理屈でいいからわかるようになってから遊んで欲しい。
勧善懲悪で帰結するストーリーならまだ救いはあるかもしれないが、そういうものばかりではない。
逆説になっていないが、だからといって、そういうフィクションを取り上げれば良い子に育つかというと当然そうではないし、実のところ僕はそういう映画やゲームが人間がもつ残虐性の受け皿になるという考え方には賛成だ。
僕は変わった少年で、ガンケシやキンケシと言われるゴムの人形の頭をもいだり、爪楊枝で串刺しにして並べているような子供だったらしい。らしいというのら本人は記憶に無いからだ。平たく言うと異常だった。
知人のA氏は、幼稚園の頃から好きな子をエレベーターに閉じ込めていて、こっぴどく怒られたことがあるらしい。笑い話であるが、笑い話ではない。
攻撃性、残虐性、独占欲、性欲。
スポーツで汗を流して忘れさせるか、ゲームや映画で一時的に発散するか、どちらが良いのかはわからないが、必ずそれは存在するところにはするし、一つ言えることは、無いことには出来ない。
教育というと、なにか良い光を当てることだけを連想するが、負の感情や悪の意味を教えることも立派な教育だと思う。
人が殺されるシーンや、女性が犯されることに興奮する人間はいたって平凡な悪人である。不思議でもなんでもない。残虐な行為に興奮できるのは、その人間が事の残虐性を理解しているからであると言える。
また、血や、死体に美を見出すような人物もまだ幾分かは理解できる。ただ美的感覚が一般人と違うだけである。
最も異常だと思うのは、最も恐ろしい人間は、なんの感情も持たない人間である。
食事をするように他人を殺し、髪をかき上げるように異性、同性を犯すことができる人間がいたら、それは異常だと思う。
理性でも、本能でも良い。そのどちらでも残虐性を理解していない人間がいたらそれは恐ろしい。
そして、そういう人物とゲームの関係性は、今のところ無いように見受けられる。
これに尽きると思う。
色なんて簡単に付けられると思うんだけど.
その結果が中韓なんかの一部に見られる日本排斥的思想でしょう?
彼らが「自分達を差別してきた国の言葉を今でも使い続けるなんて差別的だ!」と言い出したらどう反論するの?
(これは日本の帝国主義を擁護するものではない,それが終わったあとの話)
私は,「ほとぼりが冷める」ことは許容してもいいと思ってる.
無理にそうする必要はないけれど,そうなったものを再度拾ってきてあげつらう「べき」ってのはどうかな.
そして,繰り返すようにその結果は差別の内面化ではなくて消滅.
これは,「嫁」という言葉が既にそうなったことの証明ではないけれど,そうなりうる,とは言えるはず.
さらには,こうしたことがありうるのは
(ほとぼりが冷めたら,またユダヤ人虐殺していいなんてことにはもちろんならない)
表現が持つ差別性は,表現そのものに差別性が付随するのではなくて,
そこにある文脈や社会による意味付けが本質であることに由来するのだと考える.
従って色付けによる差別性なんて場合によってはあっさり消えうるものだと思うし,
そうだとしたら,そんな意識はむしろ積極的に消えてくれたほうが健全.
そんな意味や意識の存在は,ある種差別思想の温床,リスク要因でしょう?
差別撤廃のための努力は,それより先にもっと本質的で実体的なものに向けられるべきじゃないかな.
じゃあ「チョン」も,そうして差別性が消えるべきだと考えるかと言われれば,全く同じように消えるべきだと思ってるけど
なかなか消えないと思う.なぜなら「朝鮮」と「チョン」との音の類似性があるから.
同様に「ひにん」も難しいと思う.が,「えた」は場合によっては消えて何か別の意味を持ちうると思ってる.
(強調するけど,無理に何か意味を当てて'再'利用する必要はない.
なるとすれば,それは意識されではなくて文化が偶発的にそうするべき.)
同じように,近くない将来だろうが南北朝鮮が統一されて何か「高麗」みたいな国名になることがあると,
チョンが健全に復権する可能性も,私は見出す.
「嫁」とか,「穢多」という漢字をみるともちろん連想はするんだけど,感覚的に音のそれより緩い.
TwitterやmixiなどのSNSで、“リア友”とつながる友人が私の周りで増えている。
そうした友人のなかには、ネガティブツイートや鬱日記を書く友人が多い。
読み手からしたら、「嗚呼、かまってちゃんよ…」とため息の出る思いである。
しかし、問題はそこではない。
かまってちゃんアピールは、いい気はしないものの、そこまで気にはならない。
その回りくどさに問題がある。
抽象的な表現を用いて、読み手の不安を煽るような発言が、私はいかがなものかと思うのだ。
例
どんな事象にも当てはまるので、あらゆる読み手を不安にさせるネガティブ発言
特定の人物を連想させるが、ありきたりな人物像なのであらゆる茶髪の読み手を不安にさせるネガティブ発言
などなど。
鬱発言には、コメントもつきにくい。
それは書き手も承知だと思う。
もしも、彼らが思う「嫌な対象」に気づかれたとしたら、どうするつもりなのだろうか。
彼らはなにを思い、こういった抽象的な発言を行うのだろうか。
少しだけ、晴れやかな気分である。
大変申し訳ないのですが、夏場のプールへ外出なさるのはお控えください。
いらしたとしても、瞬間接着剤により貼付して頂くようお願いいたします。
ゴミ箱に続き周囲の方々を妊娠させるのではないかと危惧しているからこのような文章を記しているわけではございません。
甚だ申し上げにくいことではございますが、集団的人権問題の一つとして提言させていただいた次第でございます。
我々といたしましては、ご来店になられるたくさんのお客様方に今日という一日を楽しんでもらいたいのが第一の願いであります。
しかしながら男性器というものは、水泳パンツのモッコリというものは、男女共同参画社会にあるまじき性差を見る人に感じさせてしまいます。
人によっては性暴力を連想されることもあるかと存じます。精子を放出する器官と同じ水に浸かることに生理的な拒否感を抱かれる方もいらっしゃるかもしれません。
楽しいはずの空間で、悲しくなったり居たたまれない思いを抱いてもらうことは、我々の本意ではないのです。
苦渋の決断ではありますが、より多くのお客様に楽しんでいただくためには、今回の決定をする以外に方法がないと至った次第でございます。