2023-08-15

冷蔵庫にあるビール空箱に見る家庭内権力闘争

https://togetter.com/li/2205234 という「旦那のこういうところが嫌い」という写真付きツイートについての感想

TL;DR

愛しているのなら男はビール空箱ぐらいすすんで片付けねばならない

ChatGPTによる要約

冷蔵庫放置されたビール空箱を巡る夫婦間の問題は、表面上のささいな問題のように思われるかもしれないが、実際には夫婦間の権力闘争や互いの価値観の衝突、愛情の減少の象徴ともいえる。妻は冷蔵庫自分テリトリーと見なし、夫がビール空箱放置する行為不快感を覚える。これは夫がビール空箱を片付ける意欲を持たないこと、もしくはそれを重要と思わないことから来るものであるしかし、理想夫婦関係では、こういった問題は発生しない。愛情が深ければ、小さなことで争うことはなく、お互いを尊重し合う関係が築かれる。夫婦間の問題一人暮らしときとは異なり、一緒に生活することで新たな問題課題が浮き彫りになる。愛情があれば、互いの習慣や欠点を受け入れることができるが、そうでない場合愛情が薄れてしまう。最終的に、ビール空箱問題愛情の有無を示す象徴として捉えることができる。

文章

なぜ旦那ビール空箱をそのまま放置するのかといえば、有り体に言ってしまえば「それほど妻を愛さなくなったから」であり、一方でなぜ妻が旦那のその空箱放置うんざりとして嫌ってしまうのかといえば、「それほど旦那を愛さなくなったから」である

まずこれほどまでに社会蔓延しており、全く解決できていないということは「その程度のささいな問題ではない」ということをそのまま証明している。1つの家庭を崩壊・険悪にさせるほどのエネルギーを持っているもの日本各地で続発しているというように認識を改めなければならない。

とはいえビール空箱放置というのは、ささいな問題のように見える。しかビール空箱放置が発生する原因は旦那の習慣的な行動によってであり、人生における集大成のような、本能に近いレベルの癖によるのである。そう考えると全くささいではない。

一方で、妻から見れば「自分テリトリーである冷蔵庫をわざわざ間借りしている旦那が、与えた権利以上のものを絶えず主張している」というような状態であろう。不快感を覚えるのも当然である

いわば妻側は冷蔵庫マネジメント任務としているがゆえに冷蔵庫の全権を獲得しており、旦那には借家としての権利付与していると考えているのだが、一方で旦那は地権を持っていると考えている。仮に冷蔵庫旦那専用スペースがあり、旦那ビールを購入する主体であれば旦那は容易にビール空箱を片付けるであろうし、その行為に不満を感じることは1つもない(もちろん最後の1本を出したあとはそのままだが)。妻も他人のスペースがめちゃくちゃになろうが、臭いの充満などの他スペースの侵害をしない限りは関与しなくなるはずだ。しかしこうした「分譲」には、妻側から見れば権利侵害を感じ、強硬な反発に遭うことだろう。

ここで、「恋愛的に自分が超次元で大好きな異性」という架空存在定義しよう。以下、理想人類Aと呼称する。

理想人類Aは、自分が全存在をかけて愛せるような存在である。そんな理想人類Aがビール空箱をそのままにしていた場合どうだろうか。これは理想人類Aを自分に少しでも依存させることができるチャンスであり、喜んでビール空箱を片付けるであろう。そのような理想人類Aでもやはり欠点はあったのだと嬉しくなり、自分存在価値を確認できる崇高な行為となる。

男側から見ても、理想人類Aは、何も文句も言わずに何の痛痒すら感じず朗らかに笑いながらビール空箱を片付けるような人間である。そんな人間に幻滅されたくない男は、その人間の歓心を買うためなら、喜んでビール空箱を片付けるであろう。喜んで自分存在革命しようと欲し、これも自らの存在価値を確認できる崇高な行為となる。

こうした理想的な夫婦関係においては、ビール空箱の片付け問題などというくだらない問題は発生し得ない。

共同生活においては、一人暮らしで「単なる怠惰自分の首がしま行為」で済んでいたことが、そういう意図はないにしても「貴様がやっておけ」という意味のようになることが多い。気付いてしまうからだ。それの集合体が名もなき家事と呼ばれている。家事自体をしないまでも、そういう状態を目にするのも嫌なのだ。妻側は、怠惰と不潔の織りなすハーモニー地獄瘴気を感じ、精神が蝕ばまれていく。

もともと恋愛関係においては自分ベストに近いパフォーマンスを見せあうが、夫婦間においては自分の最悪のパフォーマンスも見せあうような関係となる。相手の習慣を受容しないということは相手のものを受け入れないということであり、相手価値観をわかろうとしないことも相手のものを受け入れないということである

旦那側はそういうものから受け入れてほしいと考える。これに正しい間違っているもくそもなく、正しさの度合いは周辺のコミュニティが持つ価値観相場によって決定される。そちらの方が都合が良いというだけだ。妻側は誰しも当然受けいれたくはない。当たり前に労力がかかる話だからだ。

「共に過ごす」という以上、共に過ごすために必要コストは必ず発生する。そしてそのコストは分担される。多くは妻側が持っている。理想人類Aだったならば、すべてのコストを受容できるはずなのだ。それだけで理想人類Aの歓心を買って共に過ごすことができるのだから現実的ではないが……)

結局のところ、お互いに、相手のために自分を変革してまでより愛したいと思っていないのだ。そのままでいたいのだ。妻は、妻でありたくはなく、旦那旦那でなくなることを欲しており、旦那は、旦那でいたくあり、妻が妻でいてくれることを欲している。

もっと直接的に捉えるべきなのだ。「ビール空箱を片付けないのは、全く愛されていないように感じる」とか「愛しているからめんどくさいけど自分の習慣を努力して変更し、ビール空箱を片付ける」とか。「ビール空箱を片付けないお前が嫌い」とか「ビール空箱を片付けないことを責め立ててくるお前が嫌い」「ビール空箱をわざわざ片付けようとは思わない程度にはお前が嫌い」とか、そういうことを暗示しあうからお互いがより愛せなくなるのである

また考え方として、ハンロンの剃刀というものがある。これは「無能で十分説明されることに悪意を見出しはいけない」 という考え方だ。ビール空箱を片付けられないのは無能の証であって、悪意ではない。能力が無い。能力を獲得する気がない。そのメリットを感じないというふうに思っているわけで、悪意より矯正しがたいものだ。何か強烈なショックが無ければ変わることはないであろう。

それが夫婦というものだ。

冷蔵庫の中のビール空箱というのは、無能怠惰・薄れた愛情憎悪夫婦関係の亀裂・闘争・緊張感・離婚兆候他責愚痴想像力の欠如・束縛・傲慢依存・甘えがこの世に顕現した姿なのである

3組に1組は離婚する。

  • 差し出がましくあるという関与の炎が消えてはいけないのですなあ

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