2016-08-06

http://anond.hatelabo.jp/20160805122423

はーいはーいはーい、俺も俺も俺も!

ってことで、何番煎じ目かのシン・ゴジラ感想を(以下略

ざっくり言えば、良かった(ざっくりすぎ)。

もう一度見に行きたい。

近年、そういう映画にはとんと当たってなかったので。

ただ反面、疑問点や、ちょっとリアリティーに欠けたかなという点も。

この映画のすごいところは、そういった点すら減点要素にはなりえないところ。

以下に記す。

(※個人の感想です

キャッチコピーニッポンゴジラ」なんだけど

 なんというか「トーキョー対ゴジラ」のような印象。

 政府自衛隊日本っていう国のもんなんだけどさ、

 「ニッポン対」っていう割には、東京(と関東地方)以外の土地が不自然なくらい出てこない。

 5秒くらいインサートされる「ヒロシマ」「ナガサキ」の写真くらいじゃない?

 よその土地が出てくるの。

 中盤、ゴジラくんったら東京のど真ん中であれだけ盛大に火吐いてるからキー局機能は失われてしまってるはずなのに

 何事も無かったのかのように放送が続いている。

 (例えば、「最終兵器彼女」なんかだと、テレビ放送機能なんかは失われていく描写だよね)

 ということは、関西準キー局あたりの支援を借りているはず。

 だけど、そういう描写はない。

 別に無いなら無いで、ストーリーテリングの上で絶対不可欠というもんでもないし、構わないんだけど

 この映画が紐つけられる「3.11」以降という文脈でいうと、首都一極集中型のこの国で

 首都機能を失ってしまったときどーするの?っていうこの国の弱点がなんの議論もされずに残されているという問題がありまして、

 そこに関する見解が何も提示されていないという腑に落ちなさは少々残りました。

 (とはいえ「3.11」云々は作り手側が喧伝しているというより、受け手勝手に関連付けてるだけとも言えるので、

  いちゃもんみたいなものに過ぎないのかもしれませんが…)

東京原爆を落とすという国連アメリカ傀儡)決議がされたときに、登場人物の誰もが怒りに震えてるんだけど、

 個人的にはあまりその怒りを(日本人なのに)自分のものとしては感じられなかった。

 「ヒロシマ」「ナガサキ」に続く、3発目の原爆をこの国に落とそうということに憤っていらっしゃるようですが

 1発目、2発目とは状況も意味も違うので。

 もちろん生死という概念すら凌駕している可能性のある最強生物に対して原爆というある種レガシー兵器通用するかという

 疑問はあるんだが犠牲者計画の段から見込まないといけない「ヤシオリ作戦」よりも、原爆投下の方がはるかスマートなやり方のような気がした。

 むしろ、Hatenarとして折に触れて見聞きする機会のある「東京対地方」論で、いつも散々にこきおろされる「地方」にいる身としては

 「ざまあみさらせトーキョー民!おごりくさった天罰じゃ!!」くらいのことは感じました。スッキリ

 …というくらい、「東京」と「地方」が分断されてしまってる現状、

 やっぱり「ニッポン対」っていうよりは、「トーキョー対」にしてくれた方がすっきりするな。

 

けど、街が壊されていく様子とか、人が逃げ惑う姿、この映画の核と言える描写リアルさはシリーズ随一だと感じた

(とくに船が積み重なっていく様子とか、押しつぶされたマンションの中にいる住人が流されていくカットとか)。

当方東日本大震災が発生した時に震度1すら観測されなかった西日本の街に住んでいて、「3.11」という言葉にあまり

リアリティーを感じてなかったんだけど、

そんな人間でもこの作品を見て、あの日の記憶から逃げられないんだと感じた。

それほどあの地震が残した爪痕は大きいということを思い知った。

地震発生後からずっとNHKUSTを見ていた。

お台場燃えている→東北被害激しいらしい→津波が来るぞ!逃げて→(絶句…)→原発が危ないらしい!→ハーイ/

ここまで24時間未満。パソコンの前に噛り付いて動けなかった。

実際、関東大震災の記録も集めてみると範囲も広いし、被害東日本大震災匹敵するほど大きい。

原爆被害だってそうだ。

にも関わらず、この3.11日本人にとって特別大きく感じるその理由は、

ビデオ技術(ここでは単に映像なのではない、フィルムではなし得ないほどの情報量もつメディア)が開発されて

リアルタイムでその映像をやり取りできるほどの高速ネットワーク回線というものがそろった後の時代において、

この国が迎える、初めての破局的な災害だったからだという側面もある。

そういえば911が起こるまで、200mを超えた高層建築が実際、どんな風に崩れるかなんて人類の誰一人として想像できなかっただろう。

そういう意味では初代ゴジラ以降、60年余の間に人類アーカイブしてきた全ての映像が、庵野秀明という最終アンカーの目を通して

この映画には生きている。この映画が獲得したリアリティーとは、つまるとこそういうことだと思うんだ。

こちらからは以上です

記事への反応 -
  • 家族にも内緒で観に行ったので、ここに書く。 それも核心部分を書く。 誰かに言いたくてしかたがないのだ。 これも庵野の魔力か。 ・・・ シン・ゴジラは、ゴジラがブレスを吐く...

    • はーいはーいはーい、俺も俺も俺も! ってことで、何番煎じ目かのシン・ゴジラの感想を(以下略 ざっくり言えば、良かった(ざっくりすぎ)。 もう一度見に行きたい。 近年、そうい...

      • 自分は熱核兵器と発電所の問題を混同してしまってたせいか、熱核兵器を使ったら東京に住めなくなることを問題にしてたんじゃないかと思ってたんだけど、発電所みたいにずっと漏れ...

    • そのときのBGMもすごいんだよ。 http://m.youtube.com/watch?v=8QagXc3uc1E   曲を聴くと、あのシーンのためだけに、 もう一度、観に行きたくなるから(行ってきた)

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