はてなキーワード: 土用の丑の日とは
22日の土用の丑の日に向けて、スーパー等ではウナギ商戦が活発だが、
それに伴って、近年増えているのが、ウナギにたいしてヘイトスピーチをまき散らす人たち。
「ウナギは絶滅危惧種なんだから、もっと種の保存について考えろ」というのならまだ分かる。
しかし「コンビニや牛丼屋ではウナギを扱うな」とか、もっというと「ウナギなんか食べる奴は非国民だ」みたいな言い草。
何も「絶滅するまで食べつくせ!」と言ってるわけではない。
だけど、すでにさばかれ、商品として出荷されたものは、もはや生きて海に戻ることはできない。
それに対して嫌悪感を発し、買わないでいるのなら、結局それは廃棄されるだけ。
今更何を言ってるんだか。
君たちがネットでウダウダとヘイトスピーチを書き連ねたところで、市場が動くとは思えない。
本当に種の保存を考えるのなら、さばかれる前に止めないと意味がない。
君たちにそれができるのか。それができるようになってから、モノを言ってほしい。
それにウナギだって生き物だし、いずれ寿命も来る。それでもダメなのか。
まぁ高いから買えないけど。
ニホンウナギがどれぐらい終わっているのかについての図 - Muchonovski always get it wrong
生き物を食材として全て食い尽くすとか何処の未開拓人だよとか思ってたんですけど、
まさか日本で見られる(予定)とは思って無くてビックリしました。
1回食べて、「あ〜まあうまいんじゃない?」ぐらいのレベルだと思うんですけど、
美食家の方達によるとそうじゃないらしい。
爪楊枝を加えてシーシーしている美食家を前に
「ウナギの旨さがわからない」等と口を滑らせてしまうと、もうおしまい。
美食家がシーシーしていた爪楊枝を放り投げ、まるで獲物を見つけたウナギのように目を黒々と光らせて詰め寄ってくる。
ふがふが鼻息の荒くしながら「お前は本当にうまいウナギを食ったことがないんだな、可哀相に。俺が食わせてやるよ」と、臨戦態勢に。
「あれやこれや、ウナギの何処が上手い、ここが他と違う。彼処の店のウナギを食ってみろ。」と
ウナギのようなつかみ所のないヌルヌルとしたご高説を承り、仕舞には
「ウナギは滋養強壮栄養豊富、一匹食べれば1000万メートル」などと某グリコのキャッチコピーでチャンチャンときたもんで。
「はあ、そうだったのか、自分が馬鹿だったのか」とぽっきり心の串が折れた日には、
ウナギは美味いと言う認識が頭に伝染して、食わずしてウナギ美食家の一丁出来上がりときたもんです。
ウナギ美食家1人が10人になり、10人が1000人になり、そのまま1億人がウナギ美食家になってしまい、
ムシャムシャ食べられ続けたウナギはそのまま絶滅。後の時代ウナギ絶滅事件の事を、ネズミ講ならぬウナギ講と呼んだとか。
そうだ、元はと言えば土用の丑の日を作ったエレキテルさんが悪いに違いない。
と思ったもののエレキテルさんは獄中で死亡し、檻に焼かれて蒲焼きになってしまったそうな。
その後、ショボショボと炭火焼の様な形で御用もないのに土用の丑の日は生き続けていたらしいが、
近年になってウナギ養殖業者と美食家が「客寄せのためにウナギを使った土用の丑の日の文化をもう一度!ワンモア!」と
ウナギカムバックキャンペーンを発展させたところコレが大いに受けてしまった。
「ウナギを食うのは土用の丑の日?そんなもん元から土曜に食ってないから関係ないだろ?」と暴徒化してしまい、
水中に隠れたウナギをこれでもかこれでもかと掴み取り、躍り食い、炙り焼き。
難なく逃れた最後の一匹は2014年5月に確認されたきりとなってしまった。
やはり美食家が悪いな
旨い飯を手に入れるのだ。
例えば生食できる魚を加熱調理に使え。自炊を始めれば分かるように、店頭にあるからといって新鮮は限らぬ。自炊なら食材の保管状況も考慮すべきだ。店頭できっちり冷凍されていた肉は衛生的には安全かもしれんが、生の状態で買ってきて即使う肉とレンジで解凍した生肉はやはり違う。
例外としては、漬物や「一晩置いたカレー」、煮物など時間を置いた方が味が浸透したり、それ以外の味の変化があって美味しく食べられる料理もある。
乾燥ニンニクより生を刻んで使うのだ。特に調味料、香辛料は基本的に購入してから長らく使うので、ある程度値段の張るものを使っても財布への損害は思ったより少ない。いつもより少し良い塩、砂糖、醤油、調理酒…。恐れずに使ってみるのだ。もっとも水炊きに米沢牛を放り込んでも意味が無いように、値段が高くても献立に最適でない可能性もある。比較の容易な指標になるとは言え、値段も万能の基準ではない。
同席者、食器(温度や構造)、季節といった要素は料理自体の味が変わらなくとも食べた時の「うまさ」に大きく影響を与える。仲の良好な妻や夫がいるなら一緒に食卓を囲むが良い。非モテ童貞喪女は友人に声をかけろ。多少なりとも配慮のある外食店であれば、熱い料理の食器は熱く、冷たい料理の皿は冷たくするだろう。余裕があれば一手間かけて食器を最適な温度にするがよい。例えばサラダは冷たい皿で、煮物は温かい器で食べた方が旨い。食卓、食器類は清潔にしておけ。衛生的にも好ましい。
季節、行事に合わせた料理や食材を選ぶことも重要だ。人間の感覚は雰囲気、気分、外部の環境によって大きく基準がブレる。風呂上りにビール、真夏に素麺、土用の丑の日のうなぎ。食べるタイミングや行事に合わせて献立を選んでみるのだ。
まずはじめに断っておきますが、
恵方巻は食べたことはありません。
恵方巻という単語も、
何年か前にセブンイレブンかどっかで
初めて見た覚えがあります。
へぇ、そんな文化もあるのかと。
でね、昨日、「今年は食べよう」と
妻に言われて、思ったんですよ。
ただみんながやってるからって理由だけで、
言われるがまま、食品業界に踊らされて
食べたいとは思わないんです。
大体、何ですか。あの中に入っているのは。
うなぎはまだしも。
それに、でんぶだそうじゃないですか。
わざわざ年に一度の節分に、
魂が震えるほど食いたい食材なのかと。
それはホントに美味しいのかと?
問い詰めたい。小1時問い詰めたい。
美味しいから。
恵方巻だって美味しいっていうだったら、
こっちから言いますよ。
「食べさせてください」
究極のまるかぶり、至高の恵方巻とかって
言うのがあるんだったら食べたいですよ。
そこの所どうなんですかね、経験者の方。
この感情を何処にぶつければよいのか。
コミュニティを立ち上げようかと。
ゴーストバスターズみたいに
きっと仲間がいるに違いないと。
そう思ったら、既にありましたよ。
あぁよかった。画像作成に時間をとられなくて。
同じような感覚の人がこんなにも沢山((3人))もいるのかと。
日本も捨てたものじゃないなと。
なんとなく、安心しました。