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2024-02-02

anond:20240201215112

電話をかけたら一言目に「もしもし」みたいな、標準的日本語としての「画面共有開始時のあいさつ・掛け声」を制定するべきだなw

文部科学省国語審議会(?)みたいなとこで議論してくれww

2023-09-30

anond:20230930174532

市井で使われている日本語が変化することはようわかっとるわい

辞書なんやらがそれを〈追認〉するかたちで更新されていくこともわかっとるわい

 

だが、辞書国語審議会が〈追認する前からテレビ局積極的に「おかしな使い方」をして、それが世に広まるのを加速させるのは俺は違うと思う。

あくまでもマスコミ辞書に載っている言葉辞書に載っている通りに使うという〈規範〉にしたがって、言語のスタビリティを守る側であるべきだ。

 

言語軟体動物であることはわかってる、でも柔らかすぎちゃ困るんだ。

野放図に意味が増えたりコロコロ変わったり綴り方が日によって違ったりしたら、コミュニケーションの基盤としての役割がまっとうできなくなる。言語共通認識なんだから、みんなが同じ言葉から同じ意味を汲み取れなきゃいけない。

から、変化をセーブする力もちゃんと働いて、綱引きにならなきゃだめなんだよ。

2023-07-01

anond:20230626135835

・死んだら人はどうなるの?終わり?

宗教によるが、無宗教の私は「映ってたテレビを消すみたいに、死んだら何も感覚がなくなる。死後の世界はないし、先に死んだ人にも会えない」と思っているよ。

牛乳を飲むとお腹が痛くなる人って本当にいるの?

お腹ゴロゴロしない牛乳が売られてるから、いるんじゃないかな。

・薄いお茶碗は価値があるらしいが、手が熱くない?

お茶碗って縁とイトジリで主に持つから、そんなに熱くないんじゃないかな。

スヌーピーってなんで今も人気なの?

ソニークリエイティブプロダクツという会社がいろんな企業スヌーピー使用権販売していて、いろんな会社ピーナッツキャラクターを使っているから。保険会社で言えばメットライフ生命帽子なし、日本生命帽子ありのスヌーピーを使っている。そういった目にする機会の多さから人気があるんじゃないかな。

・なんでおじさんは自分の話ばかりするの?

老若男女、大体自分の話しかしてないよ。

おじさんはネガティブイメージがあるから目立つんだろうね。

オーバーサイズ流行の次は何が来るの?

若者しか着られないようなピチピチの服が流行るよ、以前話題になった草薙素子服、ああいうのだよ。

iPhoneカメラが4つになることはあるの?

これ以上増えると集合体恐怖症の人からクレームがくるから、もう増えないよ。

・痒くない水虫放置してもいい?

痒くなくても、他人感染さないような努力はしたほうがいいかもね、このご時世何で炎上するかわからいから。

・最強のふりかけって何?

明太子ご飯にかける味付けごまふりかけだね。

ジェラートピケのパジャマは何歳までOK

国語審議会によると「女子は22歳まで」だそうだから、年齢でラインを決めるならその辺りじゃないかな。別に部屋で着る分には何歳でも着て楽しめばいいと思うよ。

増田って本当に漏らしてるの?

は?漏らしてないんだが?

2021-05-20

はいから十数年前,地名仮名書き論が国語審議会において大きく取り上げられた。地名場合も読めない字があっては困る,地名仮名書きにすればだれでも読めるではないかという議論がその根拠であった。

地名仮名書きは結局,多分郵政省方面からの反対によってつぶれたのであろうと推察している。

 しかし,これは単なる地名だけの問題ではなくて,その裏には人の名字仮名書きにしようという明らかな意図があったと思う。名字をいきなり仮名書きにすることは非常に抵抗が多いから,まず差し当たり地名でいこう,地名成功したら,次は名字にいこう,名字にいったら今度は名前もということではなかったかと思う。

そういうことがあったので,私は人の名前制限するということに対して,どうしても承服できない。

https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/13/sokai103/07.html

実は,日本語表記にはそういう不思議なことがある。これは本来漢字が持っている宿命であるが,結局概念を表して,読み方は各自好きなようにしなさいということが実は漢字本来の姿であったのだということを,橋本萬太郎という漢字学者が,このごろ声を大にして言っている。

まり字形登録されて,その登録漢字で行われていれば,それはどう読んだって構わない。この字がこの人をアイデンティファイするものだというふうにしている。名前とはそういうものだという哲学戸籍をそうさせている

昔は,すべての人が名前を持っている必要はなかった。民衆は生きていることで十分で名前なんか必要はなかった。上流は名前ちゃんと持っていた。その場合には名前が立派な字で書かれるということが必要から,音の形ということではなくて,字の形でその人を決める,それをどう読むかは自由だ,というところに楽しみもあった

https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/13/sokai106/03.html

名前というものについて,国が干渉するということは,少し強い言葉を使うならば,文化に対する弾圧だとさえ私は思っている。

https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/13/sokai104/03.html

 
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