2022-02-24

ヒビ割れすら透明な

Hello world!

久々にWORLDにログインし直すと、いつも見る言葉が視界に映る。

普段ログインしっぱなしのWORLDだけど、最近調子が悪いのでログインしなおしたのだ。

そして知り合いに会いにいく。

しかけるのだが、全く相手が私に気づかない。

昨日からWORLDはこんな感じで、他の人たちは普通に話してるのに、boardでもroomでも私の会話には気づいてもらえないのが続いている。roomでは姿にすら気づいてもらえていないらしい。

全く見知らぬ人と話すのも同様だ。

からログインし直したのだけど、直らないようだ。

これはもしかしたら、シャドウバンされているのかも知れない。

この世界、WORLDはVRSNSであるバーチャル空間の中に自分他人アバターがいて、コミュニケーションを取ることができるサービスだ。

主にboardとroomというシステムがある。boardは近況などを読み書きするシステムで、フレンドの近況なんかも見ることができる。これはバーチャル空間の中にいるならいつでも参照することができる。

一方roomはチャット専用の場所で、roomに集まったアバター同士でチャットをすることができる。趣味のroomや出会いを求める人のroomもあるが、私はまだ学生なので主にクラスメイトたちが集まるroomに入り浸っている。

このWORLDにはブロックという機能がある。

ブロックした相手の姿は見えなくなるし、声も聞こえなくなる。

これだけなら知り合いにブロックされたのかも知れないし、正直心当たりもある。

だが、全く知らない人に話しかけてもまるで聴こえていないし見えていない対応をされるのだ。WORLDの全員からブロックされたのと同等の状態になっている様に思える。

これは多分シャドウバン状態だ。

噂でしかいたことは無かったけれど、本当にあったとは。

とりあえず、私はサポートAIを呼び出した。自分が置かれている状況について把握しなければ。

「お待たせしました。ご質問をどうぞ」

呼び出してから秒もしないうちに現れたサポートAIアバターはそんなことを言った。

昔、システムサポート人間がやっていた頃はサポートにすぐに繋がらないのが普通で、その頃の名残りらしい。

私はシャドウバンされてるの?」

サポートに率直に聞いてみた。

「そのご質問にはお答えできません」

男性にも女性にも見えるAIアバターがそう答える。

これは質問の仕方が悪かった。質問し直す。

「私の姿や声が他の人に見えないし聞こえないみたいだけど、システムの異常?」

「いいえ、異常ではありません。お客さまのその状態は、あと5日ほど続きます

AIの答えに私は合点する。

この状態になったのが昨日からから、だいたい一週間のシャドウバンらしい。

しかしこんな状態にされるなんて腹が立つ。

私はその苛立ちをAIにぶつける。

「このWORLDは既にコミュニケーションインフラと化しているのに、他の人と話せないのがどれだけの不利益か分かってるの?」

AI申し訳なさそうな顔をする。

しかしながら、お客さまには利用規約の第5条、他の方とのコミュニケーションについての規約違反確認されました。ご了承願います

「具体的に私のどんな言動規約違反だったの?」

「その質問にはお答えできません」

AIが苦しげな表情のまま言う。

サポートAIアバターにこういう表情を変える機能が付いてるのは、その方がクレームが収まりやすいかららしい。

私も腹が立っていたが、このサポートAIに怒り続ける気はだんだんと失せてきた。

「まあ、分かった。行っていいよ」

私はサポートAIにそう言った。

まぁ、正直規約違反扱いされたことについての心当たりはなくもない。ムカつく話だが。

それに、こういった話は具体的な基準ユーザーに悟らせないために、こうした画一的対応をするのがセオリーになっている。

このまま話を続けても無駄だろう。

サポートAIが立ち去ったあとに、このサポート内容を評価するように促すウィンドウが表示されたが、適当に星1評価にしておいた。

さて、ここで自分規約違反を考える。

心当たりはある。

最近クラスカーストトップのクソアマ喧嘩したのだ。

最近、そのクソアマバーチャルアイドルのナンにハマったらしく、クラスメイトが集まるroomで大声で雑語りをしていたのだが、その内容が間違いばかりで聞くに堪えなかった。

私はナンデビューからいかけているガチ勢から新参が大きな顔をしてナンについて語っているのが許せなかった。

そこでナンについての間違いをいちいち訂正していたら、ウザがられて大げんか、結果総すかんを食らったのだ。

WORLDで知り合いに無視され始めたのもこの件が原因だと思ってあまり気にしてなかったのだが、初対面の人とも話せないシャドウバンになってしまうとまでは思ってなかった。

あのクソアマはきっと私をブロックするだけでは飽き足りず、取り巻きを使って通報までさせたのだろう。

それで1週間のシャドウバンになるのは正直納得がいかない。だが、サポートAIの返答はさっきの通りだ。

とりあえず、あのクソアマがどうしてるのか気になるのでクラスメイトが集まるroomに向かってみた。

そこには、わたしが何に怒ったのか全く理解した様子のないクソアマが、あいも変わらず取り巻きに囲まれて、ナンについての雑語りを続けていた。

他にもクラスメイトはいたが、みんな思い思いに話をしていて、私がいなくなったことに全く気づいていない様子だった。

もちろん、私の姿に気づくそぶりを見せる人もいない。

私がこのroomで見えなくなってからもう二日目のはずだ。

普段話す友達のところで会話に聞き耳を立てても、私のことを心配した様子もない。

シャドウバンにまで至ったからには多分クラスメイトほぼ全員があのクソアマの話を聞いて私を通報したと予想できる。

だが、それを後ろめたくも思っていなさそうな様子で明るく話をしている。

他のクラスメイトも皆そうだった。

まるで透明人間になったかの様だった。

透明な存在。昔なんかの大きな事件で語られたキーワードだ。

それにいざ自分がなってみると、何とも言えない気持ちになった。

自分存在に気づいてもらえない寂しさと怒りが混ざり合った感情だ。

から、思い知らせなければと思った。

私がここにいるということを知らしめなければ。

WORLDにはスクリプト機能がある。自分がWORLD上で行うルーチンワークプログラミングして自動化する機能だ。

私はそれを使ってアバター用のアクセサリー3Dモデル指数関数的に複製するスクリプトを書いた。

これでroomの負荷が上がり、このroomは強制的に落とされることになる。

これはちょっとした爆弾みたいなものだ。

これを実行することは当然規約違反だ。

だが、既にシャドウバンされてる身だ。そんなのは怖くない。

それよりも、自分がいないものとして扱われている現状が嫌だった。

から、皆を巻き込んでroomをぶち壊して思い知らせてやりたい。

この爆弾スクリプトを実行すれば、このroom内のユーザーは皆自分アバター操作不能になって、強制ログアウトさせられるはずだ。

そうすれば、嫌でも皆思い知るはずだ。ここに見えていなくても私がいたということを。

もちろん私も巻き込まれるが、それでいい。

私は爆弾スクリプトを実行した。

思った通りに強制ログアウトをさせられて、ゴーグルの中で目を覚ます

OSの基本画面の隅に、メッセージが届いていた。

WORLDの利用資格を無くした通知だった。

まり永久バンだ。

だが、それでよかった。

クラスメイトたちに一矢報いることができたのだから

今ごろ皆混乱しているはずだ。

私はクラスメイトメッセージ犯行声明を送りつけた。

君たちが強制ログアウトさせられたのは罰なのだ、と。

殆どクラスメイトはそのメッセージすら無視したけれど、1人だけ、仲の良かったクラスメイトからメッセージが返ってきた。

強制ログアウトって何のこと?と。

それで私は悟った。

おそらくではあるが、シャドウバンさせられた私が訪れたroomは本当のroomじゃなくて、コピーされ隔離されたroomだったのだ。

私が爆弾スクリプトを実行したroomにいたクラスメイトたちは、本当のroomからコピーされて映っていた影法師しかなかった。

からあのスクリプトの影響を受けず、ログアウトさせられることもなかった。

私は激しい怒りを覚えた。

私はWORLDでどこまでも透明にさせられた。

誰も私に気づかないし、誰も私を気にしてないし、誰も私が起こした事件にすら気づかなかった。

どうして、寂しい、許せない。

そして、WORLDを永バンにまでなった。私はもうこれ以上WORLDに関われない。透明人間どころではなくなってしまった。

もし、爆弾スクリプト効果と引き換えだったらそれでも良かった。

でも、WORLDの片隅のroomを壊す爆弾スクリプトすら意味のないものに、透明にさせられていた。これでは全く帳尻が合わない。

全て、この世界のせいだ。

私はこの世界にいないことになっている。

から、私は私の存在を取り戻すために、もっと確実でもっと大きな何かをやらなければと思った。

誰もが私を無視できなくなるような何かを。

私が透明ではなくなるための何かを。

そう思って、ゴーグルを外して玄関を出た。

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