2018-08-07

杉田水脈氏のアレって結局何がいいたいのかよくわからないよね

LGBTへの支援が云々っていう雑誌掲載記事そもそもご本人の主張がどこにあるかが文章を読んでも読み解きにくいのが問題じゃないかと思うんだ。

国民代弁者であるはずの政治家自分意見をわかりやすい形でアウトプットするという能力に欠けているという点で。

http://lastline.hatenablog.com/entry/20080411/1207907886 たとえ話は往々にして議論を混乱させる - 最終防衛ライン3

世の中にはたまに例え話を物事を分かりやす説明するためのすごい話術だと思ってる人がいるけど、個人的にはこちらの記事の通り、下手に持ち出しても話がそれるだけだと思ってる。

個人的にはあん相手に伝えるための誠意、工夫に欠けた文章雑誌掲載できるという点において、政治家としてはどうなのそれと思うけど、ご本人の主張の内容自体は(私が解釈した文意で正しければ)世間にも同じような考えの人は結構いるだろうなという意味でそこまでおかしくない意見だと思う。

どう解釈したのかと言うと「LGBTはいわゆる『普通の人』と比較して特別生活が難しいわけではない。生活が難しいという意味なら『普通の人』も同じくらい難しい。同じくらいの難しさしかないのに一部だけ特別支援をするというのは平等じゃなくて優遇。それはおかしい」ということと「(平等になるように努力すること自体は望ましいが)全てに平等にしようとすると際限がなくなり、結局対応しきれなくなる。現実的対応する範囲はある程度制限した方が逆に社会はうまく回る」というあたりを言いたいのかなと。

こう言い換えたら(本当にそう言いたかったのかは分からないけど)結構理解はできるんじゃないだろうか。

ただ、そうなると今度は別の疑問が出てくる。「LGBTが『普通の人』と比較して生活が難しいわけではないって本当なの?」という点と「LGBTへの対応の優先度合いを下げるのは正しいの?」というところ。

で、個人的には「いやLGBTは『普通の人』と比較して生きにくいと思うよ」「利権ヤクザがカネ欲しさに過剰に囃し立ててるところはあるだろうけどそれなりの優先度はあっていいと思うよ」と思うからその主張はちょっと前提のところが違うんじゃないかね、少しばかり乱暴なんじゃないかね、と思う。

あの生産性云々の話は、「ハンデを負った人への支援というのは納得がいくが、そもそもハンデのない人に支援をする必要はない」ということを言いたかったんじゃないかなとは思う。

でもあの言い方だとハンデどうこうじゃなくて「支援の結果が国力の増強に繋がるなら納得がいくが、国力と関係がないところへの支援必要ない」と読めてしまう。特に生産性なんて言葉を使ってるあたり。

そして最近ドラマで有名になったような気がするけど、憲法には生存権というものがあって、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」んです。

なので「それは本当に平等のための支援なのか、優遇するための支援になってしまっていないか」という本来話題が「国に貢献しない人間には税金を投入するなと言うのか、権利保障はどうした」みたいな話にずれていってるんじゃないかなーと。

なのでやっぱり自分意図を正しく伝えられない政治家ってどうなのというところにいきつくわけで。そういう意味では言い方が問題っていうのも分かる。

もしも杉田氏がガチで「国力に繋がらない支援不要だ」と思っててそれがうっかり例え話をした時に表面化してしまったって言うならそれはそれで問題ではある。けどそのあたりはあの文章からじゃあちょっとからないのでここは好意的解釈をしておくことにする。


その上で、LGBTなんてひとまとめに言ってもまず属性ごとで事情は違うし、同じ属性ですら個人個人意見は分かれるのだから、色々な意見があるということを前提として、私個人は前述の通りそもそも普通の人』と比較したら結構生き辛いと思うよ、言うほどの差別というのはなくてもシステム的に生活し辛いと思うよ、と思ってます

https://lgbt-life.com/topics/superally18/ 同性婚メリットと認められている国々まとめ|LGBTメディアRainbow Life

https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/42/ パートナーシップ制度同性カップル暮らしはどう変わった?」 - 記事 | NHK ハートネット

実際に軽くググってみた結果、こういう情報を見つけたけど、パートナーが同性だとやっぱり社会システムとしてのハンデは多いんじゃないかと。

それこそ将来的に子供を産んでくれることを前提とした税の控除とかについては、事実として子供が産めない以上同等の権利があっていいのかとかそういう議論はあってしかるべきかなとかは思うけど、財産の分与とか病院での面会、手術の同意書にサインできるかどうかなんて話はできてよくない?と思う。

手術の同意書なんて下手に遠方で疎遠の遺族探すより近場のパートナー同意して貰えるなら病院だってその方が嬉しい気がするんだけど実際どうなんですかね。

それで、同性カップルが同等のことができるように書類を揃えようとしたら10万以上かかるらしい。異性なら婚姻届け一枚提出するだけですむのに。

あとはやっぱり生活するのにどうしたってある程度の人間関係というのは避けられないわけで、公に認められるってそれだけでも安心感が違う、周囲の受け取り方が変わってくるというのはあるだろうなと。

LGBは障害ではない、と言うなら、逆になおさらのこと障害でもなんでもない普通人間なのに公的保証を彼らだけ受けられないというのは差別ではないのかね?という気分になります

同性カップルと異性カップルではどうしても身体構造問題でそれこそ子供が産めるかどうかとかの違いは出てくるわけで、だからこそ異性カップルと全く同じ保証を受けられるというのは逆に優遇ではないのかという意見は分かります個人的にもちょっとどうかなと思う部分はあるけど、同時に同性カップルでもこのあたりの権利別にあって何の問題もないじゃん、というところもあるので、そのあたりは改善余地がある、検討ができる部分だと思いますし、優遇にはならないんじゃないかな。

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