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はてなキーワード: スカールとは

2019-07-16

[]内容

連休中は家族旅行。「みんなの筋肉体操」みたいな感じの自重トレしかできなかった。

 テントの中でプッシュアップ

プッシュアップバー持ち込みが許されなかったので、仕方なく手首を床に付けてのプッシュアップ。

 待合室でスクワット

片足スケータースクワット(いつものように数回よろけそうになる)。周りの淑女に変な目で見られた。

 水族館で片手プッシュアップ

 先日のバーベルスクワットで肩と右腕が筋肉痛なので、片手プッシュアップに取り組む。角度に

よっては、腹斜筋にも効くような気がする。水族館には増田話題カップルっぽいのも分布。館を

出た後「さっき見た魚だね」って言いながら刺身食ってそう。

 ディップス・バイセップスカールレッグレイズストレートニーダウンもやった。低い間仕切りが

ブロック塀みたいになっている箇所があったのでなるべく腕だけでクライムアップ。これは背筋に効くような。

 階段飛ばし歩き

神社歩いている間取り組んだ。

2019-07-07

今日筋トレ内容

ジム見学会をやるというので見に行ってみた。

マシンは油圧式だった。女性専用ジムによくあると書いてあった。

筋トレマシン記憶してるかぎり)

1. ロータリートルソ, 2 チェストプレス, 3 ショルダープレス 4 レッグプレス

5 レッグエクステンション 6 バタフライチェスト(ペクトラルフライ) 7 アブダクター/アダクタ

8 バイセップスカール

1回600円と書いてあったので、遠いし、2度目は ないな

2017-06-17

コール元首相が亡くなった

中曽根カーターが存命なのは知ってたが、

スカールデスタンもまだ生きてたのか

2012-05-12

サルコジの退陣:さよならニコラ

2012年5月8日、S.P.筆、パリにて。(The Economist)

ニコラ・サルコジ政治世界を離れることは決定的なようだ。

少なくともそれが、エリゼ宮殿選挙スタッフが聞かされたことだった。

フランス政治家というものは、私の理解では、真に政治生命を終えるということがない

フランソワ・オランド大統領の閣僚として挙げられている名前を見てみるといい)のだが、ともかくサルコジはそのつもりらしい。

さてそれでは彼は、歴史教科書でどのように書かれることになる政治家だっただろうか?

今週号で簡単に触れたように、サルコジ氏がこのような最後を迎えたことは極めて特異なことだった。

彼はヴァレリー・ジスカール・デスタンに次いで、史上二人目の再選を果たせなかった大統領となった。

彼がいさぎよく敗戦を認められなかったというわけではない。

彼は日曜日の夜、ややぎこちなくはあれど栄光ある演説を行い、オランド氏を「尊重」するよう求め、氏の幸運を祈った。

しかし、サルコジ氏の敗北のあと、私の脳裏をよぎったのは「もったいない」の一言だった。

選挙戦を通じてあのような憎悪の対象にさせられた彼を見ると、

フランス人は彼を大統領に選んだ理由を忘れてしまったのではないかと思えた。

この人物には2007年の時点では強い追い風があった。

今回のオランド氏を超える53%の得票率で執務に入った彼は、

ジャックシラクによる停滞した12年のあと、大統領職に新鮮な空気と(相対的には)若さをもたらした。

彼は徹底した反保守主義者であり、それがために人気を集めた。

実のところ彼はパリの Pont de Neuilly で生まれ育ち市長ともなったのだが、

彼には見慣れない姓と移民出自があり、アウトサイダーのような雰囲気があった。

話し方も、ほかの政治家とは違っていた。

彼は、国立行政学院で解読不可能な言語フランス人la langue de bois 木の言語 と呼ぶ)を教え込まれたような人ではなかった。

彼は、彼以外の上流階級政治家が語ろうとしなかったことを語った。

フランス人もっと働かなければならない、

フランス人はあらゆることをアメリカのせいにするのをやめなければならない、

フランス人マイノリティを、音楽スポーツだけではなく、正規の職業に就かせなければならない、と。

執務においてはエネルギッシュで、勤勉で、大胆な人物だった。

彼が引き起こした改革の旋風のなかでもとりわけ、大学への自治権付与、定年の引き上げ、

起業規制緩和地方裁判所の仕組みの合理化はしっかりしたものだった。

外交の業績を見れば、多少の過ちはあったとはいえ、彼がフランスの声を世界に届け続けたのは明らかだ。

金融危機があった以上、失業率の上昇と負債の拡大について彼だけを責めることはできない。

大統領選におけるサルコジ悲劇の原因は、彼最大の敵に帰着されるようである

彼はあまりにも多くの方面に手をつけ、フランス人を混乱させ、振り回し、疲れさせた。

彼は自分エネルギー一貫性ある方向に向けることができなかったように見える。

自分のやったことに完全に納得すると、その次に正反対の立場を熱く擁護するのである

当初減税を志向しながら、最終的には税を引き上げることになった大統領候補。

労働時間週35時間制を批判し続けながら、それを法律から取り除けなかった政治家

富と成功へのコンプレックスからフランス人解放しようとしながら、「富裕層大統領」と揶揄されて終わった大統領

フランス版コンドリーザ・ライズ誕生させると約束しながら、重要閣僚にマイノリティを一度も入れずに終わり、

最後大統領選極右票を稼ごうとあからさまな「移民過剰論」を展開した指導者

こうしたすべてを通じて、サルコジ氏は自分衝動コントロールできていなかった。

新しい彼女カーラ・ブルーニ)を見せびらかした件も、

他国の指導者シルヴィオ・ベルルスコーニ)を侮辱した件も、

農業フェアで通行人捨て台詞を言うほどに)単に自分の怒りを抑えられなかった件もそうだ。

彼の政治的業績がもっと素晴らしければフランス人はこのような過ちを許したかもしれない。

だがそれほどではなかった。

彼のいきさつは、実務よりは見せ方、用意周到さよりは拙速さ、秘策よりは透明性の人の物語だったと言えるだろう。

フランス劇作家ヤスミナ・レザは、サルコジ氏のとどまるところを知らない欲望を「失われた時間との戦い」と表現している。

しかし今回彼は時計を止めることができなかった。

オランド氏に賛成したフランス人は、サルコジ氏に反対したフランス人より少ない。

サルコジ氏は自分に負けたのである

もったいない

2009-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20091016234154

わざわざ苗字バラバラで夫婦生活させる

もう散々言い古されたことなんだけど、何も「あなたに」夫婦別姓を強制するなんて誰も言ってないわけです。

あなたが嫌なら従来どおり同姓でどうぞ、っていう提案なんですが、どうしてそこまで他人が別姓夫婦であることを嫌うのか、むしろその理由を伺いたいです。

ちなみに私自身は未婚ですが、結婚後は同姓でも良いし別姓でも良いですし、結合姓(「クルム伊達」「ジスカール=デスタン」方式)でも構いません。相手次第応相談ってとこです。ですから、もちろん他人が結婚後にどういう姓を使おうが気になりません。

 
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