差別主義とは、私たちが生きている内に消えることも変わることは無いと思う。
この世界は、少しずつの積み重ねた時間により、緩やかに意識が変わっていく。
だれかの鶴の一声で変わるなら、すでにこの世界は争いも差別も何も無いだろう。
本日、ツイッターにて注意喚起のように長文メモのスクショが回ってきた。
オタク界隈なら、よくある事で読み飛ばすが、今回はさっと読んで、じっくりと読み返した。
そして、あまりにもその内容に頭にきた。
簡単に内容を語るなら、とある駅で見知らぬ男に声をかけられ話しながら道案内をした。
その男に渡された飲み物を飲み、意識を失い目が覚めたら性暴力を受けてホテルにいた。
という内容だった。
被害者はあくまでも被害者で、全ては犯罪者が悪い。そこは変わらない。
肉体でも精神でも変わりません。
傷つけたならば、踏みにじったならば、それは犯罪です。
少し、話はそれるが
よくネットで叩かれ答えは出ないまま話が終わってしまう話がある。
夜道でレイプされたなら、「そんな夜道に歩いているのが悪い。」
何故そんなことを言えるのか?を考える。
大多数の人間が犯罪に手を染めないように、大多数の人間は、被害にあったことがない。
ネットという世界で繋がっていても、それは見ず知らずの他人であるから言える事なのであると私は思う。
もし、家族や恋人がその被害者になった時、同じセリフが言えるだろうか。
もし言えるのなら、それはその人間の人間性が何かおかしいので、見切りをつけるべきである。
しかし、もし身近な人間が被害者になった時、「被害者にも非がある」と、言った人間は、
被害者に寄り添うような言葉をかけるだろうと思う。「君は悪くない。全て悪いのは犯罪者である。」と言うだろう。
誰にでも優しくするのは難しいかもしれないが、身近な人間くらいには、優しくあろうとするのが、常だと思っている。
ここで一番初めの話に戻るが、
まず一つ、被害者は悪くはないのだろう。
善良な心を持って道案内をした。そこまでは良いだろう。
しかし、道すがら少し言葉を交わした程度の相手が差し出した飲み物を飲んだのが、間違いである。
まず飲まないだろう。
普通飲まないだろう。
むしろ何故飲んだ?と問いただしたい。
知らない人から貰ったものに口を付けるな。と教育はされなかったのだろうか?と疑問である。
スクショ投稿の利点は、膨大な文字数を数ツイートでまとめられるところにある。
少し見ていくと、警察には言わないと言う内容があった。
それは、やはり周りの職場や友人など、その他大勢の現実世界で会う人間には知られたくないから。と言う。
ここで疑問が生まれるだろう。
「そもそもこんな話は嘘だろう。と言う人間のツイートが見える。」
少し想像をして見ましょう。
まず、警察に行くとする。
同じく、また別の日に何回も警察署へ行くことになるのかも知れない。
そこで、仕事をしている社会人。月曜〜金曜で9時から17時まで仕事をしていると仮定する。
警察署へ赴き、時間を割く行為。仕事を休んで警察署へ行くことにする。
しかし、数日なら誤魔化せるかもしれないが、休みの理由を話せと言われるかも知れない。
上司に休みの理由を話さねばならない状況に陥った時、素直に言う人間と、全てを隠し通せる人間の2種類がいる。
隠し通して、休みをもぎ取ることもできるかも知れない。
そして、休みの理由を、性暴力を受け警察署へ行くためである。と話してみる。
世間一般常識として、「傷付けられた人間には優しくあるべき」と言う無意識化の共通意識がある。
しかし、人の口に戸は立てられない。
そこには、「かわいそう」や「酷い事をされたね」の同情の目。
股を広げられ、犯罪者の性処理を受けたのだ。
世の中のR18ジャンルでそれはあるのだ。
「痴漢」「レイプ・陵辱」そう言うものを、フィクションとして、作品としてこの世にある。
それを悪だと言わない。
表現の自由だろう。しかし許されるのはフィクションである。と言う点である。
しかし、そのフィクションを現実の世界に重ねる人間がこの世界には多いのだ。
ごく普通に生きた一般人(オタクと呼べる人間ではない。と言う意味での一般人)でも
一般人でも、そう言う犯罪紛いを題材にしたジャンルに触れなかった人間などいないだろう。
言葉にしなくとも、その目が語る。
そうして被害者は、そう言う目に晒されたくない。と、泣き寝入りを決め込むのだ。
あなたなら、どう行動をとるか。それを冷静に考えて見ましょう。
許せないと、立ち向かうのも、また良いでしょう。
そして、私は立ち向かうべきだとも思う。
殺されなかった。命は取られなかった。
それだけでいい。
もしそう思うのなら、意識を改めるべきだと思う。
肉体は殺されなくても、精神が殺されているのだ。
けれども、その心は死ぬ。殺されるのだ。
性犯罪とは、被害者が今まで歩いてきた人生を、踏みにじる行為だ。
世界は変わらない。
大多数の人間が、性犯罪者、殺人の犯罪者などにならないように、
無関心である。
いくら、言葉で取り繕うとも、自分がどうにかしよう。など考えない。
現在、生きている人間が死ぬまで、死んだ後でも、この世界は、この世界の認識は差別は、変わらないだろう。
踏みにじる行為を知らなければならない。
踏みにじられない強さを持たなければならない。
抗うすべを、意思を。強さを、一人一人が持たなければならない。
それをやったら、それを言ったら、相手がどう思うか。
誰かがやると言う免罪符は、許されない。
理想を捨てるな。恥を捨てるな。
罪悪を知れ。偽善で取り繕うな。
さて、とっちらかった乱文を失礼した。
中学生は早く寝ろ
うんち