2015-05-18

母を探そうか迷っている。

僕は一人っ子父子家庭に育った。

父親は仕事で忙しく、幼少時の僕の面倒は専ら祖母が見てくれていた。

天真爛漫に自由な軌跡を描く身勝手性格はどうやら星の運命の下に決められていたようで、結局僕のどこをトンカチでぶん殴ってもその軌道修正はかなわなかったが、おかげ様で見てくれだけは立派な青年に育つことができた。

しかし成人してから数年が経ち、父は死に、祖母は痴呆で虚ろになった。

僕の人生は天真爛漫モードから天涯孤独モードに移行した。

父は持病持ちで長生きできないことは分かっていたし、母代りをしてくれた祖母の事は幼少期の頃よりなおさら覚悟していたことだった。

一人立ちはしているので実生活はさほど変わっていない。

しかし、いざ仕事を辞めようとか、新しいことに挑戦しようだとか大きな決断を考えた時、理解して後ろ楯となってくれる人間を失ってしまったなあと強く感じる。

から、だろうか。

失業保険ニート最高だわwwwもう働けない身体になっちゃったww」

実家に戻り、旅行や惰眠を楽しみながら思い出したかのように転職活動をしている友人から社畜メールがくると僕は正義の怒りにうち震える。

時々正義執行するため、朝早くから鬼のような着信をいれてやる。

採用通知の電話がいつかかってきても良いように音量をあげて枕元に携帯をおいているのは知っているのだ。

11時起きなんて神が許しても僕が許さない。

いや、正直を言えばただ単純に羨ましいのだ。実家が、家族が。

僕にはもうない。

母親は元からいないものだと思って生きてきたので、いままで一度として会いたいと願ったことはなかったが、天涯孤独となって初めて会ってみたいと思うようになった。

祖母には「家事もろくにできない、いい加減なダメ女」と聞かされていた。

僕はパチンコ店駐車場子供を蒸し焼きにするような人だと想像を膨らませていたが、祖母が昔ながらの頭の固い人間であることから嫁姑関係を拗らせていただろうということや、敵と認識した人間いつまでも誇張して悪く言う性格を踏まえても、別にダメ人間ではなくてただ父や祖母と合わなかっただけなのだろう。そう察することができるくらいには僕も大人になった。

父の戸籍謄本を取り寄せ、そこではじめて母の名前を知った。

結婚して一年で僕が産まれ、三年で離婚したことが記されていた。

親権をめぐって裁判をしていることもあって、失いたくないとは考えてくれていたようだ。

普通母親親権問題で負けることはあまりないが、共働きで面倒を祖父母がみていたようなので、父というよりは祖母が僕をうまいこと囲って親権を勝ち取ったというのが正しいのだろう。

それからの母の行方誰も知らない

はいまどんな生活をしているのだうか。

再婚はしているのだろうか。

すると、僕に弟か妹がいるかもしれない。妹が良い。妹だろう。

いや、きっと妹に違いない。

兄弟がいたらとあれこれ仮定してシミュレーションを重ねていくことは、一人っ子宿命付けられた悲しき人生命題である

僕も例に漏れず、これまで様々なシミュレーションを構築し、妹とは何かという研究を進めてきた。

である場合も仮定してみたが、僕の性格から割り出した弟のシミュレーションは、ほぼ全てのパターンで僕にリバーブローを打ち込まれ肝臓破壊されている。理由はこざかしいうえに、生意気たからだ。

その点、妹は生意気でも阿呆でも根暗でも、僕には癒しとなり人生を一段上へとシフトさせる大きな力になるであろうことが多くのシミュレーションパターンからわかっている。

世の兄と呼ばれる人たちに「妹とは良いものか?」と訊ねると、多くが「そんな良いもんじゃねーよ、うざいし、面倒くさいし」という返答をする。そこで彼らは兄妹の折り合いが悪い様を例にあげ、さも不仲であるように印象を捜査する。

しかし、真実はそうではない。

それは逆に、兄妹の仲睦まじい様を例にあげられたとき、我々が覚える激しい嫉妬の怒りからも見えてくる。

世の兄達は理解しているのだ。そして、我々に気を使ってくれているのだ。

それほどまでに妹がいる兄とは人間としての器が大きい。ひとつ上の男だ。

実際に僕の小学校から大学までの経験では、実家に遊びに行って妹が出てきた際、どの娘も兄とは不仲そうに見えてなんだかんだ仲睦まじく見える場合が多かった。僕はしきりに羨ましいと友人を憎んだ。

ただし例外もあって、おおよそファンタジー世界に出てくるオークのような妹が出てくるときもある。

わず僕は拳を握り、彼女肝臓を睨みつけた。

妹がいるかもしれないという疑惑を抱いたのは母から何の連絡もないことからだった。

小学校入学の際、中学校卒業の際、僕が成人の際、手紙の一つや二つ出そうと思う節目はいくらでもあったはずだ。

しかし、母からは何もなかった。

新しい家庭を持ち、その家族のためにも僕のことは忘れて生きようと誓っていたに違いない。

そして、妹も今年か来年高校卒業だ。

母もようやく子供の手が離れ人生に一息ついた頃、ふと四半世紀ほど前に産み落とした子供の事を思い出す。

あなたもいい歳になったし、そろそろ……」

兄の存在を妹に打ち明ける母。

兄弟がいたらとあれこれ仮定してシミュレーションを重ねていくことは、一人っ子宿命付けられた悲しき人生命題である

妹も例にもれずこれまで様々なシミュレーションを構築し、兄とは何かという研究を進めてきているはずだ。

ああああなんかそんな感じで、気だるい日曜の朝とか急に妹ですって娘が訪ねてきたりしないかなあああ。

しかし、実際に僕が母を訪ねて行っても小汚い田舎ボロボロアパート羅生門の婆みたいなのがひっそりと暮らしているだけかもしれない。会ってみて妙に縋られたりして僕はとてもみじめな思いをするのだろう。

そうして、僕の思い描いた可愛い妹は儚くも露と消えるのだろう。

から、迷っている。

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