2015-02-25

[] 『ソーシャルリンク』 その2

  統合失調症。ありもしない幻覚や幻聴に悩まされる精神病気認知の歪みから被害妄想に陥ることもある……

  読んでいた本を机に投げ出し、俺はソファに横になった。アパートを兼ねた賃貸事務所だ。自殺未遂をしたアパートは追い出された。無事に退院した俺は、膨らんだ借金を返すべく新しい事業を始めたのだ。

  自殺未遂から生還してから、俺の目にはそれまで見えなかった物が見えるようになった。『人と人の間の関係』が見えるようになったのだ。なぜかは分からない。ただの幻覚かもしれない。なんと言ってもうつ病持ちだったのだ。他の病気になっても不思議ではない。

  人間の脳の神秘って奴かもしれない。自殺に使った洗剤からたまたま特殊化学物質が発生して、その影響で眠っていた能力が目覚めたのかも。あるいは、酸欠によって脳の一部が死ぬことで、今までと違う脳の回路が活動を始めたのかもしれない。事故きっかけに画家音楽家になった事例もある。

  いずれにせよ、俺は超自然的な能力を手に入れた。窓から通りを歩く人々を眺める。人間社会的な生き物だ。様々な人が様々な人と『繋がり』を持って生きている。今の俺には、それが見える。

  『繋がり』は実に多種多様な見た目をしている。あの看護婦医者の間は運命赤い糸で繋がっていた。同じ恋人同士と思しき男女でも、もっとぼんやりした、細く白い糸で繋がった仲もある。『繋がり』は二人の関係象徴した見た目をしているらしい。燃え盛る炎や、逆に黒光りする重々しい鎖で繋がった仲もある。

  通りを若い夫婦幼稚園ぐらいの子供の親子連れが歩いている。全員が淡く光る、クリーム色の光のリボンで全身が包まれている。概ね、良い関係は明るい色をしている。

  スーツ姿のサラリーマンが二人歩いている。先輩と後輩のようだ。先輩から後輩には、蜘蛛の糸のような細くもやもやした線が伸び、後輩の全身をふんわりと包んでいる。後輩から先輩へは汚水を滴らせるヘドロが伸びている。人間関係は非対称だ。一方が特別に悪い感情を持っていなくても、逆もそうとは限らない。

  髪の毛のような細い関係四方八方に伸ばす若いOL、胴体に太いロープを一本だけ結びつけた中年男性。本当に人それぞれだ。人とどのような関係を築くかこそ、生き方のものなのだ

  その時、事務所の呼び鈴が鳴った。客だ。慌てて机の上の読みさしの本を椅子の下に放る。カーテンを閉めて部屋を薄暗くした上で、俺はもったいぶった雰囲気を作って言った。

「お入りなさい」

  事務所の扉を開け、制服姿の学生が入ってきた。

こんにちは~」

「ここがねぇ」

「ほんとに当たるのかよ」

「ほんとだって! キョーコもここで占ってもらったって!」

  見覚えがある。近所の中学校制服だ。男女ペアで六人。

「悩める子羊達よ、プリンス佐々木占いの館にようこそ。あなたの恋の行方を占ってしんぜよう」

  俺はこの能力を生かして占い屋を始めた。恋愛占い專門だ。お互いに気があるかどうかなんて、見れば分かるのだからチョロい商売だ。リーダー格らしき女子が言った。

「私達の恋愛がどれくらい続くか占ってください! まずは……」

  すかさず手を上げ、続く言葉を制止する。

「皆まで言わずとも分かっています

  男女が二人づつで六人だ。当然カップル三組で来たということだ。強く想い合っているカップルは、今の俺には一目で分かる。それを言い当てることで、『ホンモノ』という評判を立てるのだ。噂が噂を呼び、俺の占い屋は連日長蛇の列ができることだろう。さあ、年端も行かぬ中学生どもめ。超自然的な体験をさせてやるぜ!

「お名前を聞かせてもらって、よろしいですか?」

田中です」

佐藤神奈

「ニシーって呼ばれてます

「トモっでーす」

鈴木元一郎です」

「ササで」

  めいめい名乗る中学生達。友情空色リボンだ。太さはまちまちで、所々ピンと張り詰めていたり、余裕があったりするが全員が中学生らしい爽やかな友情で結ばれている。とても健康的だ。

  俺は友情とは違う、もっとねちっこく強い繋がりを持つ男女を見つけていった。計三本。実に素直だ。分かりやすい。

田中さんとニシー君、佐藤さんと鈴木君、トモさんとササ君が恋人同士ですね。どのカップルもお互いがお互いを強く想っています。他の誰よりも特別に思っていますよ。恋愛は長続きするでしょう」

  リーダー格のポニーテールチャーミングな田中さんクールビューティっぽい佐藤さん、お調子者っぽいトモさん。野郎どもは、どうでもいいけどだいたいイケメンだ。中学生だと言うのに、みんな実にかわいい。こんなかわいい彼女がいるのが羨ましい。

  しかし、何か様子がおかしい。六人の男女は全員、時が止まったかのように黙りこくっている。俺の言った事が信じられないといった顔だ。

「どういうことよ……」

  次の瞬間、もの凄い事が起きた。六人の間にあったパーティの飾り付けみたいな華やかなリボンが、一瞬でバラバラにちぎれ飛んだ。残ったのはどろどろの愛憎。

「ニシー、私とは付き合えないって言ったよね!?

「そっ、それは、ササがお前のこと好きだと思ってたから……」

「は? 俺がいつそんな事言ったよ?」

「ササっち! ちゃんと言ってくれたら、私、ゲンなんかと!」

「ゲンなんか? なんか? 鈴木君のことを悪く言わないでくれる?」

「はあー!? お前が一番……っ! 俺のこと振ったじゃねぇかよ!」

  激しく罵り合う中学生達。一言ごとに六人の間の関係は波うち、尖り、断裂し、何か濁った関係が新たに生まれるのを繰り返し──

「…………」

  重苦しい沈黙があたりを支配する頃には、彼らの関係ウニのような針でお互いを刺しあう物に変わっていた。これは、もしかして、とんでもない事をしてしまったのでは……?

「あ、あの~」

  全員の視線が俺に向く。

青春してるとこ悪いんですが、占い代、一人千円……」

「はぁ?」

  ギンギンに睨みをきかせてくる田中さん

「払うわけないでしょ! ふざけてんの!?

  彼女事務所の戸を乱暴に開けて、外に出た。無言で牽制あいながら、それに続く残りの五人。

「あっれー。おっかしいなぁ」

  占いなんてチョロい商売だったはずなのに。何がまずかったんだろう?

  * * *

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