2015-03-22

[] 『ソーシャルリンク』 その9

  暴力効果は絶大だった。拳を三回腹の上にふり降りしてやると、先程までの騒動が嘘のように西織あいかはおとなしくなった。今ではソファの上でぴくりともしないでいる。

「手間かけさせやがって」

  肩で息をしながら、俺は言った。

「いいか、俺はお前のファンでもなけりゃストーカーでもない。ただお前の事務所の先輩が起こした事件を調べていて、お前に話を聞きたかっただけだ」

  彼女は、大人しく俺の話を聞いているようだ。うつろな瞳を天井に向けている。

「だから、大人しく話を聞けるならこれ以上暴力は振るわない。俺のことを黙っていられるなら、無事に家にも帰してやる。芸能活動も続けられる。いいか?」

  彼女の顔を覗きこむように言う。彼女は弱々しく頷いた。

「よし……」

  俺は彼女の口に貼ったガムテープをはずした。彼女自由になった口で、何度か深呼吸をした。はやり息苦しかったのだろう。呼吸を整えた後、大きく息を吸い込むと、

「きゃーー!!! 痴漢!! 変態!!」

  途端に叫び始めた。近所に響き渡るような大声だ。ここはアパートじゃないし夜に人通りが多いわけでもないが、もし人に聞かれるとまずい。

「犯されるーー!!! もがっ……」

  冷や汗をかきながら、俺は慌てて彼女の口を手で塞いだ。さっきと同じ展開だ。

「いでででで!!!

  だが今度は、彼女は俺の指に噛み付いてきた。親指を噛みちぎる勢いだ。俺はたまらず、自由な方の手を彼女下腹部に振り下ろす。

「がはっ」

  今までと違って、明らかに効いてる反応。ここか。ここが急所なのか。俺は全力を振り絞って彼女下腹部を殴打した。

「はぁ。はぁ。はぁ……」

  殴っている方も息切れするくらい繰り返し殴った。見れば、今度こそ彼女は完全に従順な目をしていた。後で考えてみれば殴ったのは調度、保健体育の時間に習った子宮のあるあたりだった。

「大人しくしろ

  噛まれ右手をさすりながら、俺は言った。

「うん……もう殴らない?」

「ああ、殴らないよ」

「じゃあ、大人しくする」

  体を縮こまらせて、彼女従順の意を示していた。ゾクソクした。こいつは、やばい

  いやいや、こんなことをしている場合じゃない。急にもたげたサディステックな欲望を胸の奥に仕舞いこむと、たいぶ遠回りしたが、俺はやっと本題に移った。まずは田中との関係を探る。

「こいつに見覚えはあるか?」

  彼女田中写真を見せた。

「しっ、知らない。誰……? この人」

  嘘は言っていないだろう。俺の目には彼女田中の間の関係が見えている。田中写真から彼女に伸びるのは弱々しい線一本。おそらく偶然に一度顔を合わせたことがあるといった程度か。

「お前、『光の華』って新興宗教に入信してるよな?」

「うん」

高橋圭一も入信してるよな?」

「うん」

  高橋圭一写真を見せながら、俺は問うた。彼女から写真の中の高橋圭一には、眩い光を放つ太い繋がりが伸びている。憧れ、尊敬。きっと芸能界の先輩として慕っていたのだろう。もしかしたら、男女の間の特別感情も持っていたのかもしれない。しかし逆に写真から彼女へは、細い関係しかなかった。

「じゃあお前と、『光の華』と、高橋圭一と、知っている限りのことを話せ」

  彼女はしばし沈黙し、考えをまとめているようだった。

「信じてくれないかもだけど……」

  ためらうように前置きした後、彼女は言った。

「先輩は無実なの。教団に濡れ衣を着せられたの」

  * * *

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