2015-04-19

[] 『ソーシャルリンク』 その11

  夜、俺は昨日西織あいかを送り届けたマンションの前に立っていた。一応自分事務所の様子を遠巻きに見てきたが、やはり警察捜査が入っていた。サングラスマスクなどという、いかにも不審者といった姿でブロック塀の影から覗いていたら、ちょうど家宅捜索を終えたと思しき警官が、ダンボールを抱えて俺の事務所から出てくるところだった。何を取っていたのかは知らないが、本当に警察が動いていた。

  自宅に帰れなくなった俺は、その足で西織あいかマンションへ向かった。本当に警察が動いているのだから、西織あいかは本当に行方不明になっている必要がある。少なくとも、警察にそう思わせる程度に行方くらましているはずだ。自宅に居るはずはないと思ったが、ここの他に何か手がかりが得られそうなあてもない。俺は彼女マンションの斜向かいにあるマンション非常階段に身を潜めた。ここからならマンションの出入口を見下ろせるし、俺の姿はコンクリの手すりの影になって、よほど注意して見なければ見つからないだろう。

  張り込みを始めてから時間後、スーツ姿の一団がぞろぞろとやってきた。マンション管理人と思しきおじさんを伴っていた。多分、西織あいかの部屋を調べに来た警察関係者だろう。思えば、午前中に警察に面会を求めに行った時に俺は身分証を見せて手続きしたのに、何のお咎めも無しだった。ということは、彼女の失踪届けが警察に出たのも、捜査が始まったのもその後なんだろう。駆け出しのアイドル拉致されるなんて、センセーショナルではあるが、報道されるタイミングが早すぎる気がする。

  警察は一時間もした後で、彼女の足取りを追うのに役に立ちそうな物でも押収したらしく、やはり数個のダンボールを抱えてマンションから出てきた。俺に気づいた様子は無かった。それから時間ほど非常階段に陣取っていた。日が暮れて辺りが暗くなってくると、腹も空いてくるし、こんなことをしても何にもならないのではないかとか、住人に見つかって不審者として通報されるんじゃないかとか心細くなってきた。

  もう一時間粘って何もなければ、張り込みをやめて逃げようと思って二十分ほどした頃、一人の女がマンションの中に入っていくのを見つけた。変装はしているが、背格好は西織あいかに似ている。俺は懐から高橋圭一写真を取り出し、彼女と見比べた。間違いない。彼女から写真の中の高橋圭一へは、見覚えのある太い関係が伸びている。あの女は行方不明になっているはずの西織あいかだ。

  ぬけぬけと自宅に帰ってなんて来やがって。俺は非常階段を降りた。通りで誰でもいいからマンションの住人が帰ってこないか待つ。しばらく待つと三十代のおばさんが帰ってきた。彼女の後について歩く。玄関前で多少不審に思ったのか、おばさんが首だけで振り向いて俺の顔を見る。そう言えばまだサングラスマスクを着けたままだった。サングラスだけ外して、無難愛想笑いを返す。内心ヒヤリとしているが、表に出てやいないだろうか。

  おばさんはすぐに俺に興味を失ったらしく、マンション玄関ロックを外した。何気ない風を装って、おばさんに続いて中に入る。いつも思うのだがこの手のセキュリティ意味はあるのか、甚だ疑問だ。

  さて、西織あいかの部屋の前までやってきた。ドアをノックし、

宅配便でーす」

  とだけ言って、その場に身を伏せた。

「あれ……」

  覗き窓から見ても誰も居ないことを不審がったのだろう。西織あいかがドアを開けて廊下に顔を出した。俺はすかさずドアに取り付いた。腕と足をはさんで、ドアを閉じられないようにする。

「おい、どういうつもりだ」

  目の前の西織あいかは、何の気負いもなく、

「あ、探偵さん。何か分かったの?」

  と、捜査の進展を聞いてきた。

とぼけるんじゃねえ。お前がどれだけ信用できない女か、よく分かったよ」

「なんのこと?」

  しらばっくれる気か? それとも本当に何も知らないのか?

「とりあえず、中に入れてくれ」

「いいわよ」

  西織あいかは俺を自宅に案内してくれた。中は何の変哲もない2LDKで、家具は白を基調とした色合いで統一されている。脱いだ服が辺りに散らかっているようなこともなく、一人暮らしの女にしては、こざっぱりと片付いた部屋だ。

「俺は今、警察に追われている。お前を誘拐したことになっている」

  部屋に入るなり、座りもせずに突っ立ったまま本題に切り込むと、彼女は目を丸くして、

「なにそれ」

「本当だ。テレビでもニュースが流れたし、俺の事務所にもこの部屋にも、警察捜査が入ったはずだ」

うそー。そんなはずないでしょ」

  どうやっても本気にしないつもりらしい。

「お前が通報したんだろ! 電話番号も嘘を教えやがって!」

「さっきから何言ってるの? なんかおかしいよ、あんた」

  彼女気遣い顔で俺の両肩に手をかけてきた。この野郎、なめやがって。何も知らないはずがない。警察家宅捜索が終わったのを見計らって自宅に帰ってきてるんだ。灯台下暗し。俺が捕まるまで、ここに引きこもるつもりなのだろう。

  もういい。どうやら欲しい情報は手に入らなそうだ。時間を稼ぐために、こいつを拘束しておいて逃げよう。どこに逃げようか。どこか、指名手配犯が潜り込めそうな所。ホームレス村にでもお世話になろうか。

  次に何をすべきか、考えをまとめたその時。

  ガチャリ。

  玄関からドアの開く音が聞こえた。見れば、ドカドカと土足で男達が上がり込んでくる。

「おっそーい!」

  男達を笑顔で迎え入れる西織あいか。人数は4人。完全に出入り口を塞がれた。口を固く結んで、ニコリともせずに俺を眺めている。

「な、なんだ? 警察!?

  ハメられた? 西織あいか通報した素振りは無かった。となると、警察がこのマンションを見張っていた? でも、警察彼女の居場所を知らないはず。まさか、全員グルだったのか?

  混乱する俺を見て、西織あいかが言う。

「教団の人よ」

  彼女はさっと男達の後ろに隠れた。その中の一人、一番体格のいい男がのっそりと俺の前まで歩み寄り、腕を振りかぶって俺の腹に一発パンチをくれた。

「げほっ!」

  それだけで俺の視界は歪み、息はつまり、立っていられなくなって床にうずくまった。男達は俺の周囲を取り囲み、俺に目隠しと猿轡をかませた。次の瞬間、意識をもぎ取る、刺すような痛みが腹部に走った。

「あんだけボカスカ殴ってくれて、仕返ししないわけないでしょ?」

  意識を失う直前に、西織あいかがそう言うのを聞いた。

  * * *

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