はてなキーワード: 炊き出しとは
はてなの増田のみなさんは、ここを観念的なやり取りの場と考えている使っている人が多いみたいなので、こういうのは珍しがられるかもしれませんが、私はもうちょっと直截的に使ってもいいんじゃないかなと思います。
相談に乗ってください
力になって下さい
みたいなのは、あまり歓迎されないかもしれませんが、それなりに人が見るところでは、2chよりいいかもしれないと思うので
2chでも訴えかけ方にもよるし、その時見ている人にもよるし、板にもよると思いますが
また2chでも呼びかけるかもしれません。
何かを叩くのが好きな人でも良いのです。うちの親や親戚には公務員が多いです。そういう人を叩きたい人でも結構です、と2chでは呼びかけるかも。
私は、親から長い事逃げて暮らしてきました。当たり前ですが経済的にも別です。居場所がわかったら、親はカギを交換し施錠して行きました。何といって良いのかうまい説明が見つかりません。カギを実際に換えたのは家主かもしれません。しかし部屋に帰ったらドアに「カギをとりかえましたので・・」という貼り紙がしてあり両親の名前と携帯番号が書かれて連絡下さい、としてありました。父親の直筆でした。
詳しくは、ここにあります。 http://sky.geocities.jp/oooquree/fax.html
そこだと下の方になっているので、事情の概要がわかるネット相談の行政書士のメールコピペを貼ります。以下コピペ
ご相談者 様
まず鍵を親立会いのもとで交換した場合は、ご相談者様が未成年の場合、親に監督する義務があるので損害賠償請求は難しいでしょう。
次にご相談者様が成年の場合、賃借人に賃料滞納等の債務不履行がない場合、勝手に鍵を交換することは器物損壊罪にも問われますし、そのことが原因で部屋に入れず、ホテル等に泊まって宿泊費などを払った場合は、その費用を損害賠償請求できます。
建物譲渡により所有者(家主)が変わった場合は、賃借人に対する義務は新家主が引き継ぎます。(敷金等は新家主から返還してもらうことになります。
次に家主が賃貸借契約を更新をせず契約解除を求める場合、期間満了の6ヶ月〜1年前に通知をしなければなりません。
しかも契約解除を求めるには「正当事由」といって、家主側に解除を求めるしかるべき理由がなければなりません。(賃借人に重大な債務不履行のない限り裁判所は認めません。)
家主に大した理由もなく、どうしても賃借人に明渡してもらいたい場合には、明渡し料を支払って明渡してもらう場合もあります。
何れにしろ「借地借家法」は賃借人を保護する法律ですからご相談者様に債務不履行がなければそこにいればよいのです。
あまり今の家主の行いが目に余る場合は警察に被害届を出したら如何でしょう?(受理するかは被害の程度にもよりますが・・・)
以上でお役に立つかどうか分かりませんが、ご返事とさせて頂きます。
> 鍵を無断で大家と親が勝手に交換してしまった場合、両方ともに損害賠償請求出来るのでしょうか?
> 元の大家さんが亡くなられて相続した息子さんが、賃借人付きで有限会社の不動産屋にアパートを売却し、その不動産屋は他の部屋の人たちは荷物置きに使ってたからもあるだろうけど、みな無料で追い出しました。
> 残った私には、書くと長くなりますが、今までにも色々やって来ました。
> 住んでいる状態で自分の部屋と下の部屋以外ギリギリまで壊されている状態です。解除通知出さない状態でここまでされました。
> 倉庫に使ってたパン屋さんも、話が通じない昔の地上げ屋のような人だと言って出て行きました。
> 私は退去を求めるなら、精神的に圧迫するような退去の求め方ではなく、解除通知を出して、借地借家法に基づいた交渉をして下さいと言って、こちらから調停を申し立てました。
> 壊された時点で取り下げましたが。
> 解除通知が出たのは壊して調停取り下げてしばらくしてからです。
> 弁護士司法書士行政書士ではなく不動産屋社長が自分で書いた内容証明でした。
> 退去を求める内容証明は、書式の本を見ても、お願いするという形の文章が普通ですが、強制力があるような書き方でしたし、○日までに連絡する事というような事も書いてありました。
>
> その時もその社長は「キッチリした話し合い」がしたいと言って中々渡そうとしませんでした。
>
> 親との関係は、親の虐待から逃げて長い間暮らして来たような状態で、親を呼ぶと携帯電話で話してたので、親戚に来ないように言って欲しい、それとこの業者は住んでいる人がいる状態でアパートを壊すような人だからと伝えて欲しいと頼んだのですが。。。
>
まず、業者(転売目的現家主)から始まった、いろいろな問題一覧
時期的には、2種類の弁護士の間
法律を知らない現場警官の心無い言動で非常に傷ついた。親に電話をかけつつ、君が何を考えているかわからないと言ったり、内容証明に強制力があるかのように勘違いしていて、おそろしく法的に無知な奴もいた。( これは交番 ) ( こっちは警察署→ )家主との法的な場以外での面談を警官が応援するかのような発言や、強要する発言や、「この人も商売なんだから」「あんたは親兄弟でもそんな言い方するのか」などの発言 こちらは弁護士に言われてICレコーダーも買っていたので、家主とのやり取りは証拠として残さないといけないし、はっきりさせるところははっきりさせないといけないから、違法性をどれくらい自覚しているか、はっきりと確認できる形にした方がいいから、あえて挑発的とも取れるような言い方もしているかもしれない。 しかし、私はこの時、いろいろあったせいで丸2日くらいちゃんと睡眠をとってない状態で、しかもアパートに帰ったら、鍵が施錠されていた、これが怒らずに居られるか!!!!! 名古屋の人はちょっとおかしいと思う。 店屋で物買うときでも、客側が遠慮している つづきはあとで
下級官吏ほど威張りたがるの法則というのが、あるなぁとおもっていたが、検察もご他聞に漏れず、そうだったw 検察官ではない。 いきなり来た人にほんとの検事が合うわけない。 検察事務員 事務官? という国2くらいの人だと思う。
ここまで、2種の弁護士の間
こんな風に何の役にも立たないのに、言わなくていい人格否定みたいな事は言う。 電話で役に立たないアドバイスや、既にこちらが知っている知識などを言ってきて、それは無理でしたとか、難しいと思いますと言うと、怒ってきた人がいる。 だいたい声が綺麗な騙されてる感じの人が多かった(女の朝知恵的な)ように思ったが、夜中に電話した時、まだ若そうな声で嫌な感じの低音の人に「あなたは何でも正しい事を通そうとするから」とか言われ人格否定された。でもそのアドバイス実際役所に掛け合ってくれるならわからないでもないけど、言うだけ言いっぱなしでは、湯浅氏が前いた団体で言ったら、「福祉課、民生課というところがあるので、そこで生活保護の手続きして下さい」と案内だけして付き添い同行しないようなもんではないのか? なんでこんなところを紹介しているのかわからない。公費を引っ張ってた事もあるし、その時も聞いてもいなかったのに、お金の出どころは言えません、前は内閣府でしたとか言ってきた。 ( お金のでどころと言われても何の事かわからなかったが、完全ボランティアではないという事なのだろうか?電話代など全国対応にしてるから膨大なのかもしれない。) 湯浅氏のいた団体にその女性団体にも属してる人がいるというので、電話をかわられて、そう言われた。
「被曝しているという認識はまったくないまま沢水の簡易上水道を飲み煮炊きしていた。避難してきた人の炊き出しもした。3月20日になって水から300ベクレルが出たと聞いてびっくりした」「私たちはもうたっぷり被曝してしまいました」
なんだかな。
勇気を出して抗議活動を始めた村民の方々の言葉が、ちゃんと人々の耳にとどくだろうか。どうもあんまりメディアにとりあげられている感触がない。
自戒を込めていうなら、わたしたちの身体性はもう多分に問題があるのではないか。
鷲田清一先生が『悲鳴をあげる身体』の中で村上龍さんの『ラヴ&ポップ』冒頭、女子高生の語りを引くくだり(p. 152)。
NHKで『アンネの日記』のドキュメンタリーを見て「心がグシャグシャになった」彼女はもう翌日には「完全に平穏になって、シャンプーできれいに洗い流したみたいに、心がツルンとして」しまう。
感情が持続しない、持続しないから刹那的な快楽を追い求めていく。
あるいは、その持続不可能性への焦りが、周りの人、同じ社会にいきる人々のことを忘れさせてしまう。
この感じ。
震災のこと、また原発のこと、もうなんかみんな遠い昔のことのように「ツルンとした」心で眺めているようなそんな雰囲気を感じる。
本当に「今」おこっている悲しみを私たちはまっすぐに受け止められているだろうか。
僕は幸い被災を逃れたし、放射能の影響も受けえない場にいる。
でも、でも同じ日本人としてどうにかしたいと思う。そしてこの気持ちをちゃんと持ち続けないと。
南三陸町歌津にて行っている青空屋台では、食料品のご支援を大変多くの方に戴いております。
しかし野外の仮設キャンプの為、支援品を収納できる場所が無く、
ビニールシートで作ったテントの下に、食料品のダンボールが直で置かれている状態です。
特に食料庫にネズミが入ることでサルモネラ菌の感染が予想されます。
南三陸の海沿いではガスや水道の復旧の見通しが立っておらず、炊き出しは被災者の方々の生命線になっております。
そこで虫獣から食料品を守る為の物資をご支援いただきく存じます。
大型の冷蔵庫が使えれば理想的なのですが、アルミラックなどで食料品を地面から離すだけでも虫獣害を防ぐことができ、
■お米などが沢山入るような衣装ケース、
をご支援いただきたく存じます。
ご家庭に余っている様なもので構いません。
事前にご連絡戴いてから、ヤマト運輸の発払いにて、発送お願いいたします。
住所:〒988-0423 宮城県本吉郡南三陸町歌津枡沢68-1
■ご連絡先:nevergiveup.utatu@gmail.com
皆が皆、お前さんみたいに殊勝な考えだとありがたいんだが。
経験無きゃ現地に入るなと言うんじゃ無くて、16年前にボランティアやった人と動けって事。
そういう人が班長になって班を組むとかできるんで、30歳未満が参加することは当然出来る。
だから、団体のレクチャー受けるとか、派遣に参加してくれと言ってる。
ただ、いきなりやって来た馬の骨を被災地に連れて行ってくれるかはその団体の考え方によるが。
それが、レクチャー受けるか、派遣に参加するかって事なんだよな。
現地に手弁当で突っ込む前にそういう所に連絡してくれると非常に助かるんだ。
そして、そういう事ができない連中は現地に準備無しで入って来るし、その場を仕切ってる団体の指示は聞かない。
挙句の果てに、被災者の炊き出しに混ざったり、被災者と一緒に寝泊りしたり、最悪被災者と喧嘩するしな。
ネットが繋がってたんで情報集めてたけど、なんか今はどーでもいい話ばっかりだ。
悲しい話も泣ける話も怒れる話も恐れる話も、全ては今この状況を生き抜いて、それからでいいやと思ってるし、まわりの皆もそう思ってる。
ぶしつけだけど、地震発生から今に至るまでの流れを書いていこうと思う、こういうケースもあったよってことで、今後の参考になればいいな。色々ありすぎたんで、出来る限り簡潔に書きたいんけど、よくわからんかったらごめん。仙台在住の会社員の場合
■3/11以前
地震発生の4日前くらいから、大小あれど地震が多発していた。地震にもだいぶ慣れてしまって、ちょっと揺れたくらいではなんとも思わなくなっていた。
■3/11
その日も忙しく仕事をしていた。14:46(らしいな)に大地震が発生。最初は「揺れる揺れる」とケタケタ笑っていたが、尋常ではない揺れと長さに社長が「逃げろ!」と一喝、書類棚からは中身がぼんぼん飛び出している。あまりの揺れに立つことさえ難しかったので、手すりを使って飛び降りるように階段を降りた。会社がビルの6階にあるので、降りてる途中でビルが潰れて死んでしまうんじゃないか、と思った。ようやくビルを出て、市営バスの広大な駐車場に避難する。同僚たちと「やー恐かったねー揺れたねー」なんて言いながら笑っていた。辺りを見るとビルやマンション、止まっていたバスがコンニャクのように揺れていた。新幹線は線路の途中で止まっていたし、SS30(なんか仙台では高い方のビルね)のアンテナがボッキリと折れていた。社長や上司に「宮城県沖地震と比べてどっちがヤバい?」と聞くと「今回の方がヤバい」と言っていた。揺れが収まってから会社に戻り、防寒具、貴重品、飴玉やお菓子を運びだした。電話も何も繋がらないので、お客さんと連絡が取れるはずもなく、津波が街まで到達するという知らせをパトカーから聞いたので、今日は解散ということに。社長の「明日はいつもお通り出社して片付け方すっとわ、そんじゃみんな気つけてけえってな」という言葉で僕らは散った。その日僕は車で出社していたので、車を停めていたヨドバシカメラの立駐に向かった。停電のために料金所が使えず、無料で出庫することが出来た。しかしながら、道路はかつて見たこともないような大渋滞で、とても車で帰れるような状況ではなかった。自宅の方向が一緒の上司と歩いて帰ることにした。発電機が付いた信号以外は全部止まっていたので、輪をかけて渋滞がひどくなっていた。日本革新党連合会という右翼の街宣車が自慢の拡声器で交通整理をしていた、ちょっと泣けた。やっとこさNHK前までたどり着き、街頭テレビをみると、津波が漁村をさらう映像、製鉄所が轟々と燃えている映像、とても信じられない禍々しい映像が映っていた。この時はじめて自分たちがどんな状況かわかった。またしばらく歩く。歩行者の列の中、泣き叫ぶ赤ちゃんを抱えたお母さんがいて、周りの人が赤ちゃんに毛布を掛け直してあげたり、フードを深く被せてあげたりしてお母さんを助けてあげていた。仙台泉線という道路をひた歩いた。通りに面している建物は本当に悲惨だった、車屋の窓は割れ落ち、マンションのレンガ風の壁が崩れ落ち、歩道は隆起して歩くのが困難だった。ふと一人のおばあちゃんが、僕らに声をかけてきた。なんでも旦那さんがいる老人ホームに行きたいのだが、道に迷ってしまったようなのだ。上司と僕で老人ホームを探して、職員さんに事情を説明しておばあちゃんを保護してもらった。またとぼとぼと道を歩く、その時はだいたい17:00頃で、場所は虹の丘というところを歩いていた。後ろから上司を呼ぶ声がする、上司の息子の同級生が僕らを見つけたので、車で送ってくれるということらしい。仙台駅から8kmほど歩いただろうか、膝も腰も股関節もヘロヘロ、昼飯も少なかったから疲労困憊だったから、すごくありがたかった。上司の家に着いて、玄関を開ける。中は酷い有様だった。まず靴箱が倒れていて中に入れない。隙間をくぐり抜けて中に入ると、引越しでもしたのか?と思うほどにタンスはずれて、食器は床に散らばっている。家の中に奥さんがいないことを確かめると、周辺の捜索を開始した。もちろん携帯は使えない、仲の良いご近所さんのところにもいない、車もない。上司は途方にくれていた。避難所にいるのではないかと思って小学校に行っても、まだ小学校が避難所としてすら使われていなかった。集まっていた人々は口々に「あんなに会議したり予算割いたりしたのに対応が遅すぎるよ、なにやってるの」と不満を漏らしていた。いよいよ不安になって上司宅に戻ると、ご近所さんを見つけた。上司の奥さんや家族と一緒に駐車場の端っこで、車の中でエンジン焚いて非難している、とのことだった。再会した上司と奥さんは、やれ書き置きしろだの、そんな暇ねぇだのと喧嘩をしていた。まぁ生きててよかったじゃん。そこからは上司の車で家に送ってもらった。車中で「明日仕事行けるっすかね?」と聞くと、奥さんに「なにいってんの!行けるわけ無いでしょ!」と言われた。続けて「仙台空港だって津波に飲み込まれてんだよ!」と。正直耳を疑ったが、カーナビのテレビをみると、本当に仙台空港が飲み込まれていた。愕然としたが、今まず自分が生きることで本当に精一杯だ。この先何を食って、どう生きるか、そればかり考えていた。やっとこさ家につく。時間にして19:00頃だろうか。一寸先はどうなっているかわからない最中に送ってくれた上司には頭が下がった。家も家族も無事だった。唯一、警官の兄が帰ってきていなかったが、無理もない。両親はろうそくを灯してラジオを聞きながらソファに横になっている。地震後すぐに片付けをしたらしく、家の中はそんなにぐちゃぐちゃになってはいなかった。この時までは、まだ水道とガスは来ていたが、それから2時間ほどでその2つとも供給は止まった。停電で冷蔵庫が使えないので、残っていたアイスを溶ける前に全部食べた、この日の晩飯はこれで終えた。自分の部屋の本棚やギター、パソコンのモニターが倒れている。この部屋にいたらきっと怪我をしていたことだろう。今後高い本棚を使うことはやめよう、そう思った。当時、情報を得る手段がラジオとツイッターしかなかった。携帯は電池が切れるし、電気が来てないので、充電のしようもない。車なら充電できるし、テレビも見られるし、エアコンで暖も取れる。そうしてエンジンを焚きながら携帯電話を充電した。他の家でも皆そうしていたようだ、おそらく皆この日に結構な量のガソリンを無駄にしたはずだ。車内でツイッターを使い、連絡が取れる範囲の人とは連絡をとった。十分に充電をしてから、この日はリビングに布団をしいて寝た。
■3/12
7:30ころ、両親たちの支度の音で目覚める。父は出勤で、母は介護施設に預けられる。父の車に便乗して出社することにする。この日は道もさほど混んでおらず、ストレスなく走ることができた。しかしながら道路の状態はひどい、アスファルトが隆起し、ひび割れて飛び出し、橋のつなぎ目は例外なくずれ、その度車を突き上げていた。周りでは緊急車両が忙しく走り回っている。街中の交差点では警官が交通整理をしていた。父曰く倉庫にしまわれていた新車両のパトカーも投入されていたらしい。父が勤める署内も人員が遺体回収に駆りだされ、人は少なかったようだ。つまり、今の宮城県警は非常に手薄だということだ。程なく会社に着いたが同僚は誰もいない。上司に連絡するも「ん、こなくてもよくなったんだわ」とのこと。せっかく来たのに。。。と思いつつ、昨日置き去りにした車を回収する。すでにコンビニや携帯充電所には長蛇の列が出来ている。しかし、いずれのコンビニも開店している様子はなかった。開くかもわからないコンビニの前に、長蛇の列が出来ていた。ご苦労なこった、と思いつつ、家路についた。家に帰ると少し様子が違う。電子機器のキーンという音がした。電気が復旧したいたのだ。冷蔵庫も電子レンジも炊飯器もポットもテレビも使える!そう思ってテレビをつけたが、我が家はケーブル回線を使っているため、テレビを見ることができなかった。まぁ、飯が炊けるだけ全然ましだ、と少し安心し、することもないので昼寝をする。昼寝から起きると両親が帰ってきていた。両親の晩飯は昨日ひねり出しておいた水で米を炊き、だるまストーブで温めた味噌汁を、僕は買い置きしてあったカップ麺を食べた。食後、会社にカップ麺を備蓄していたことを思い出し、回収しに行くが施錠されてしまい、カードキーも使える状態になく中にはいることができなかった。そうしてこの日は終わった。
■3/13
この日はだいぶ暖かかった。月曜から出社する。という話になっていたので、社員間で連絡をとりあうという事になったが、やはり連絡が取れなくなる人がいた。取引先がパソコンと僕達ごと東京にさらって仕事をさせようとしている、なんて不穏な話があったので、どういう事なのか聞き出したく会社に行くことにした。もちろん誰もいなかったので、近くに住んでいる役員の家に直接行くことにした。程なくして役員がやってきて、「○○さんと〇〇さんの家に行って出社の旨伝えてくる」「じゃあ俺は〇〇さんと〇〇さんとこ行ってくるわ」と打ち合わせをして、それぞれ足で人を探し回った。昨日とは打って変わって道路は大渋滞。スーパー、コンビニ、ガソリンスタンドには凄まじい行列ができている、どんなに小さな店でも必ず人が並んでいる。幸いバイクで動いていたので渋滞に悩まされることはなく、それぞれの同僚の家を回っていく。家を訪問するたびに「水はあるかい?ごはんはあるかい?家にまだ水があるから持って行きなさい、お菓子もあげるから」といろんなものをもらった。物乞いするつもりは全くないし、荷物が多いと動きが鈍るので多少困ったが、ありがたくいただくことにした、非常にありがたく、申し訳なく思った。福田町、というところに住む同僚のマンションに行く途中、45号線を走った。テレビでよく見た七ヶ浜の石油コンビナートの煙が見える。下から見上げる黒煙は、テレビで見るよりもずっと巨大だった。結局その福田町に住む同僚は留守にしてあり、申し送りすることはできなくなった。バイクはガソリンを使いきり、リザーブも残り僅かのところでぎりぎり帰宅することができた。下手にガソリンを使い切るものではなかった。。。電話回線は徐々に回復しているものの、自宅ではまともに受信できなかった。山一つ高いとなりの団地まで移動すると快調に電波が入ったため、そこの空き地でしばらくツイッターやメールなどをして連絡を取り合った。その日の夜、高校の先輩からメールが入った。ガソリンが無いので余っていたら実家まで送ってほしい、ということだった。場所が若林の古城、という所だったため、命に関わるかもしれない、と思い迎えに行くことにした。そうして国道4号線沿いにある先輩の住むマンションに到着した。津波が近くまで到達したことを伺わせるように、外は磯の臭いをさせていた。マンション内はところどころ天井が崩落しており、危険な状態だった。ひとまず先輩を預かり、実家である富谷町まで移送した。帰り道、片田舎にあるガソリンスタンドに目をやると、夜中の11時にもかかわらず2km程の渋滞ができている。みな翌日の開店を待って行列をなしていた。それほどまでに、皆ガソリンに困っているのだ。家に帰って程なくすると、兄が大地震以来はじめて帰ってきた。荷物をとりに戻ったのだという。どうやら兄は南署管内の本部にいるらしく、大変忙しいのだそうだ。「コンビニ、ガソリンスタンドでは暴動、略奪が起きている。通報が無いだけでいろんなところで起こっているから気をつけるように」と言われた。加えて「テレビとかラジオでは荒浜に2~300の死体って言ってるけど、そんなもんじゃねーからな、1000は余裕で超えるぞ」とも言われた。報道やネットでは綺麗な部分しか出ず、礼儀正しい、とか、皆冷静だ、と言うが、実際はそうでもない。避難所では大人が子供の食料をひったくり、灯油やガスボンベから目を話したスキに盗まれた、という話もこの日に多く耳にした。風呂に入らぬまま3日目となり、体はベタベタ、髪にワックスも付けてないのに自由自在にスタイリングが出来るようになっていた。パンツも変えていなかったので久々にパンツをかえることにした。不潔な状態でも大分慣れたが、さすがに辛い状況ではある。
■3/14
この日は出社日だった。2名を除く社員13名が揃った。それぞれ、家族の安否や地震後どのように過ごしたか、スーパーの情報や給水所の情報、ライフラインの復旧状況などを話し合っていた。それぞれ親類が漁村に住んでおり、連絡がいまだに取れないなどの不安を抱えながらも、冗談など言い合いって気丈に笑っていた。取引先との連絡も取れ始め、ほとんどの案件が震災で中止になったが、スーパーの広告だけは違った。3/25折込のチラシを打つとかなんとかで、制作することになったらしい。広告なんて打たなくても客が来る今、被災者である僕らがこのチラシを作るのはおかしいだろ、そこに載ってる商品、ホントは俺達が欲しいのに、なんて苦笑いをしながら「ま、仕事は仕事だから」と言ってスケジュールを組んでいた。忍耐強いのか、ただの奴隷なのかよくわからないけど、この震災を生き抜いて、生活を立て直すには今の仕事を守るしか無いのだと、そう思った。職場の周りは電気と水道が通り、そこかしこで炊き出しが行われていた。と言っても、もちろんお金はかかる。皆行列を作っておにぎりを買ったりしていた。上司がたまたま仕込み中の店を見つけ、一番乗りで150円のカレーを食べることができた。ルーがすごく緩かったけど、とても美味しかった。行列をつくっているとなりの店を尻目にカレーを食べていると指を刺されたり、じっと見られてすごく居心地は悪かった。ここ数日、袋を持って歩いているだけで、じっと見られることが多くなっていた。この地に住む誰もが行列や順番待ちに飽き飽きして、一様に殺気立っているのを感じる、もちろん、これを書いている今も。家に帰って、ダメもとでテレビをつけると、綺麗に映像が映し出された。ケーブル回線が復旧したようだ。あまりの嬉しさに僕は叫んだ。大地震があった日以来、大きな画面でテレビを観ていなかった。鮮明な映像で見る自分の住む街は、目を背けたくなるほど酷い有様だった。友人達と遊んだ思い出の浜や、そこに住む人々も、家も、跡形もなかった。自宅から30分もない距離にある街が、ただの更地になっている映像を見て、一瞬息が止まったのを覚えている。繰り返し流れる遺族の叫びと、デリカシーのないインタビュー映像になんだかとても疲れたので、また昼寝をする。目を覚まして、今度はネット回線のチェックをした。ネット回線も復活し、とにかく喜んだ。この数日何があったか無我夢中で調べたが、なんとも空っぽな情報で溢れかえっていた。「被災者のために歌を歌います、これしかできないけれど」みたいな話や「このツイートが感動した」とか「被災した人たちも頑張ってるんだ、私も頑張って仕事しなくちゃ」とか「東京のどこそこで買い占めが起きてる」とか、被災地の皆が今のいま命を長らえるための情報はほとんど無かった。人が死んでんだぞ、おそらく死者はこのまま1万を超えるよ。そんな状況で、なんで美談みたいな話が出るのか全く意味がわからなかった。似たような話をテレビでも流すようになった。出来れば、そんな感動話みたいなものは震災から立ち直ってからにして欲しい、この震災は過去の話ではなくて、現在進行中だ。
■3/15
そして今日も出社だった。取引先との話に決着がつき、必要な人員以外は招集があるまで自宅待機することになった。相変わらずの行列や渋滞。未だ風呂にも入れていないしなか、東京では食料やガソリンの買い占めが起こっているという報道がずっと流れていた。おまけに噂の雨ときたもんだ。もし噂なのか真実なのかよくわからない話を信じるとすれば、僕は雨に打たれたのであまり健康上よろしくないことになるのではなかろうか。シャワーを浴びる環境などそうやすやすとはない。今被災地では口伝での怪しい情報に困り果ててる。どうすればより長く生きられるかシビアに考えている。手元にある食料や物資、燃料はひっ迫して、移動することひとつとってもリスクが高い、離れた親戚を引き取りに行けない人もいるし、安否確認さえ取れないでいる人もいる。出来ることなら、物資の補給場所や時間、量についても出来る限り詳細に教えてほしいし、より苦しい人たちの所へ、より多くの物資を届けて欲しい。原発に関する情報も、政府や報道は本当に正しい情報を教えてほしい。この状況で命を長らえるために、正確に判断するための情報がほしい。どうか、どうかひとつ、よろしくお願いします。。。
あー、なんとなく文化の違いが分かったような気がする。
就職活動を成功させたいのなら、就活塾や説明会にいくよりも、エントリーシートを書くよりも、やるべきことがあります。
人助けをしたいのならば、デマツイートをドヤ顔でRTするよりも、「僕にできることはないだろうか(キリッ」とドヤ顔で呟くよりもやるべきことがあります。
それはどんな努力よりも効果的で、短期間で出来て、就職活動を成功に導く方法です。
それは地震災害ボランティアに参加することです。災害ボランティアは考えられる限り最強の就職活動対策です。
理由は三つあります。
(1)日本企業が求める「誠実さ」「協調性」「行動力」「自己犠牲の精神」「相互扶助の精神」ほぼ全てを一発でアピールできます。
今の地震は安西先生も裸足で逃げ出すレベルです。その余震リスク、放射能リスクを物ともせず、今、困っている人を助ける為に行動する人間を評価しない人間はおそらく日本企業にはひとりもいません。他人を助けたいと思う「誠実さ」「自己犠牲の精神」「相互扶助の精神」は日本の企業が喉から手が出るほど欲しい能力です。
震源地に赴く行動力は「チャレンジ精神」「行動力」として企業に高く評価されます。
(2)マグニチュード8・8のインパクトとオリジナリティがある
「塾講師」「サークルの副リーダー」「飲食店バイト」なんていう自己PRは、アルマゲドンのシナリオ級にありきたりです。
誰でも出来て、誰でもやっているので何のインパクトもなく、就職活動で有利になることはありえません。
しかし、地震ボランティアなら、誰もやりたがりませんし、誰でも出来ないので、インパクトがあります。
インパクトがある行動は記憶されやすく、選考に通りやすくなります。
(3)わかりやすく、ケチがつけにくい
様々な学生時代の活動は、オリジナリティがあればあるほど、周辺条件を説明するのに手間がかかります。
特別な経験であるほど、説明コストがあがるのです。また、面接官によっては「他にやるべきことがあったんじゃないの?」
「ボランティアが好きならなんで民間企業に就職するの?」とケチをつけられることもあります。
しかし、地震ボランティアなら、日本人全員が周辺状況を共有しているため、一発で伝わります。
また、まともな大人なら公衆の面前で地震ボランティアにケチをつけることは出来るわけがありません。
この三つの理由から、地震災害支援ボランティアは数ある就職活動対策の中で、ほぼ最強の就職活動対策です。
この自己PRがあれば、トヨタだろうと、パナソニックだろうと、どんな難関企業の面接も屁ではありません。
どんな面接官もハンカチで涙をぬぐって、あなたを採用することでしょう。日本人にとっていい話は「TOEIC900点のアメフト部主将」を上回ります。
デマ情報をRTしている暇があるなら、 全国社会福祉協議会 03-3581-7851にボランティアを申し出ましょう。
中には、「そんな不純な動機でボランティアなんかするな!」と憤る方もいるでしょう。
しかし、凍える夜に配給される、飢えた胃を癒すおかゆに純も不純もありません。
乾いた喉を潤す、おいしい水に純も不純もありません。
ヘレン・ケラーですら見えない・聞こえないフリをするレベルのこの大震災の震源地に、善意だけで支援を申し出ることのできる人はほんのわずかです。
ほんのわずかな人ができる善行もほんのわずかです。ほんのわずかな行動では恐らく、今、困っている人達を救うことはできません。
偽善による善が行われないならば、善行が将来的に自分の利益になるものでないならば、世の中の善行のほとんどは死滅します。
ハリウッドスターのチャリティーなんかほとんど広報の一環ですが、多くの富を寄付しています。
純粋な善行ではなく、自分の利益の為に打算的な考えで、ボランティアを申し出る普通の人はたくさんいます。普通の人が自分の為に行動することが、今、救える命を救うことにつながるのです。
だから、今救える命を救う為なんかではなく、「一流企業に内定して、ブランド社名をチラつかせて合コンで美人OLをお持ち帰りするために」「一流企業の内定で、自分の自己顕示欲を満足させるために」「就活武勇伝を後輩に自慢するために」こそ、ボランティアをするべきです。
救助を受けている人達にとって、ボランティアの人が何を考えているのかなんてどうでもいいことです。たとえ、あなたが「このボランティア経験をアピールして、一流企業に内定して、合コン無双して、童貞を捨てるぜ!うひゃっほう!」と思っていたとしても、温かい毛布は毛布で、おいしい炊き出しは炊き出しです。
ツイートでしか善意をしめせない善人よりも、自分の為に行う不純な善行の方が5000倍価値があります。
関東だけど
でもまぁ、デマもあったけど
政府による大規模な強制なしに
自発的に設備を解放するところが現れて、賛同するように、大学・自治体にひろがって、そこに政府の後押しが広がって 何万人という帰宅困難者を無事保護して
自発的に節電して予想に対して200万kwの節電して、停電を回避して
結果、デマになったものも多かったけど、何はなくとも、よくやってると思うけどなぁ。
こんだけ、民間で、炊き出しやって、場所開放して、上手く行った行かなかったはあるんだろうけど、すくなくとも、東京も、思ったほど冷たいところでもなかった。
2次被害が、極力へらせているのは、ネットのおかげだと。
おっきな所は力があるけど、対応が遅いからね。小さな力でも早い対応が出たのは、よかったんじゃないかとおもう。
もっとも、大変なのはこれからだというのには同意。みんなで、がんばろ。
本当。
たとえば、オフィス街で外に出たとき、ビルなどから何か落ちてくる可能性のほうが
不十分というか、粒度が違う。
震度とか自衛隊が派遣されたとかそういう大きいことはテレビが早いけど、
炊き出しや給水をどこでやってるとかは個人の情報のほうが早い。
1人に伝えて事足りることなら自力がいいけど、
たとえば「○○で携帯の充電できます」とかはやっぱり個人情報の更新頻度が勝る。
決めておくべき。片っぱしから登録するというのもひとつの手段だけれども。
災害用伝言ダイヤルと携帯業者の伝言板は、登録する手段=登録先なのでやりやすい。
拡散はよくない。
個人的には「○○地区の複数の知人とまったく連絡が取れません」レベルからかな。
1人と連絡が取れないのは、もしかしたら携帯の電池切れかもしれないし。
ただし、復旧は携帯電話のほうが早い気がする。
父方の祖母。はっきり言いましょう。大嫌いです。
なぜか。それは私の父親(自分の息子)を捨てたのに、その捨てた子の娘である私の事を良いように使っているからです。
去年父が倒れました。倒れた当時病名は不明。死ぬのかどうかさえわかりません。
父は、原因不明のひどい頭痛にもがき苦しんでいました。
母は仕事が忙しいながらも、懸命に父を看病していました。
しかし。これ以上仕事に穴をあけるわけにはいきません。
どんどん病状が悪くなる父。家の中で痛い痛いとギャーギャー騒ぎます。
加えて私は大学受験。母は困り果てていました。
そして、母は祖母に助けを求めたのです。
「看病が大変。すっごい痛そうにしてる。私は仕事があるし、娘は大学受験だ。少しだけでもいいから、何か手伝って欲しい」
自分の子供がそんなに苦しんでいると知ったら、飛んでくるはずです。
しかし祖母はこう言いました。
「あんたにやった息子なんだから私は一切なにも知りません」
そう言って、電話を切りました。
この話を聞かされた時腹がたつどころか殺意が湧きました。
毎年のように一族の法事に呼びつけられ、母を飯の炊き出しとお酌要員にさせ、
私に「あんたは孫の中で一番ブサイクでデブ ほらみんなこっちきて見てみなー」と超笑えない事を言ってのける。
そして母を責める。
「子供一人しか産めなかったくせに、こんな出来損ない産んだのw あーばあちゃんは残念だよ」
そんなことして! そんなことして!
それで「あんたにやった息子だから知らない」だと!?!?
当然のように母は祖母と縁を切りました。私ももうあの家に行く気はありません。顔を見るだけで殺してしまいそうだからです。
しかし。父はマザコンです。こんなに悪い仕打ちをされてまで、捨てられてまで、祖母をかばいます。
「あん時おふくろは俺よりでかい問題で悩んでたんだよ!! おふくろの気持ちも知らないで!!」
「でかい問題」とは、長男の離婚問題です。
かわいいかわいい長男が離婚して、一族(笑)の顔が汚れるのだけは避けたかったようです。
長男が離婚しないのだったら、次男(父です)が死んだってかまわなかったらしいですね。
父は可哀そうです。
そして。私は孫の中で一番いい大学(笑)に合格してしまいました。
父はそれを祖母に告げました。そーしたら(笑)こーんな手紙をよこしてきました。
そして近所に言いふらしてるそうです。
「孫が××大だ。自慢の孫だ」と。
あなたが捨てた子の娘を。あなたは自慢している。こんな事実に気づかないなんて、祖母はとてもおめでたい人なんじゃないですか。
うんざりです。どうかどうか、
(この後はさすがにバツが悪いので言いません)
ちなみに父は少し経った後、群発頭痛と診断されました。
逃げなんて恒常的に行われてることだ、それを取捨選択というか、逃げというかってだけで。
例えば、あんたはアフリカの貧しい子供たちに何かしてやったのか?
ホームレスに銭をあげたことがあるか?
部屋に飾る絵を描いたことがあるか?
枯れそうな花に水をやったことは?
さびしそうな奴に声をかけたことは?
やりたい、みんなはやってる、やらなきゃいけない、でもしないことなんて死ぬ程あるだろ。
人間中身は似たようなもんだ、どんなに憎い奴も、どんなにいい奴も、根っこは同じ。ただ、ちょっと違うだけで
親が病気ってだけで、
田舎に生まれたってだけで、
顔が悪いってだけで、
女ってだけで
その人生は面白いように腐っていく。俺と変わりない人間が、ただちょっと違うってだけで、大学にも入れず競輪場のゴミ拾いをやってる。
もし彼の環境が違ったなら、黒田硫黄に、村上隆に、スチャダラパーに、清水崇なれたかもしれない。パリスヒルトンにだってなれただろう。
あんたらだって環境が違えば
青年海外協力隊にいるかもしれないし
芸術家になってたかもしれないし、
園芸の神様になってたかもしれないし、
引きこもりの再出発を支援してたかもしれない。
まるで自分が自分で計画を立てて、努力して勝ち取ったと思ってるその地位は、環境が作り上げたものに過ぎない。
この文章であんたらの考えが変わるとは思えない。「俺はがんばったのに」っていう不公平感があるだろうからしょうがない。
でも、駄目な奴を排除しようなんてのはもうやめよう。
けなして、無視して、そいつらを自殺や引き篭もりに追い込んだりするのは、もうやめよう。
彼らを認める方法ってのがあるはずだ。あんたらにも慈悲の心ってのはあるんだろ?
アフォか。自炊に「吸い」の意味が含まれていたことは、少なからず電子書籍分野では最初から無いわ。
電子書籍が日本でも出現しだした2000年ごろ、そのコンテンツはオープンでないフォーマットで作成されていて、かつ種類も少なかったからユーザらにとっては不満の対象でしかなかったわけだ。そんな中でソニーやら松下やらも電子書籍に参入していったわけだけど、並べてコンテンツの供給に不具合があったわけ。
そこで消費者である漏れらは2chで「出来合いのコンテンツだめじゃね?」って言い出したの。で、出来合いの対義語って何かという話になると「自作」とか「料理」にもなるんだけど、いまいちマッチしなかった。「炊き出し」は割とマッチした。「たきだし」だ。「すいだし」ではない。ここから発展して「自分で炊き出し」=「自炊」になったわけさね。
http://anond.hatelabo.jp/20090709135304
http://anond.hatelabo.jp/20090709134757
前提にズレがあるような気がする。サヨクもまた、被差別者が幸せになることを祈っているのだと誤解してるんじゃないか。大切なことなので声を大にして言っておきたいのだが、「サヨクにとっては現実なんてどうでもいい」。現に差別や劣悪待遇に苦しんでいる人たちを、物質的あるいは精神的に幸福にすることは目指していない。彼ら彼女らにとって、苦しんでいる人たちはネタでしかない。便乗してどこかの「悪」を叩き、相対的に自己の正義と力を誇示するための。必要とあらば「身内」をもリンチして小突き回し、自分の強さに酔いしれる。
サヨクは現実の改良に興味がない。「弱者」を具体的に幸福にしようとはしない。論争やデモや署名運動には勇ましく乗り込んでいくが、実践的な救済活動は周到に回避する。「野宿者」を声高らかに弁護するサヨクの中で、何人が炊き出しに参加したことがあるだろう。はてサが実務家と対立するのは当然の流れだ。同じ岸にいるようでいて、目的とするものがまるで違うのだから。
被差別者のために、という言葉なんて絶対にサヨクには届かない。せいぜい言葉尻を捕らえて難癖をつけ、アクロバティックな論理展開とフランス人作家の引用とともに攻撃の的になるだけだ。いくら道理を尽くしたところで説得には応じない。嗜虐趣味をみすみす満足させるだけのことだ。
注目されたのは、派遣問題が旬だったからだと思われ。
今回非難が生まれやすかったのは、政治思想が裏に見え隠れした辺りだけど、
「毎年やってることなのに、何で突然非難するの?」って思考よりは
「毎年やってたことは非難されてないのに、どうしてこれは非難されるのか?」
を考える方が自然な気がする。
それと、もともと「年越し派遣村」とか言って開設されたはず。
派遣労働者に限らず受け入れていたみたいだけどね。
これとか。→http://www.tvac.or.jp/di/14523.html
なんか名前つけやすかったから付けてみただけなんじゃないの?知らんけど。
元記事投稿者です。関連箇所に下記の加筆を行いました。
ああいう支援団体の活動をゆがめないようにするためにも、さらっと「日比谷公園では500人分の炊き出しが行われました」「~公園では…が行われました」のように事実のみを述べてほしい。(※さらっという代わりに、そういった活動をすべて紹介してあげてほしい。そうすれば支援するのが当たり前という雰囲気になりそうな気がするから。09.01.11 23:45加筆)
やっぱり、日本人のメンタリティーは「他の人がやっていないから…」というのがあると思うので、こういう風に放送することで「みんなやってるんだな(=自分もやらないといけないかな…)」という風に思わせることができたらいいなー、と空想だけして書き忘れていました。
※AnonymousDiaryは使い慣れないので一つ空返信記事をつくってしまいました。失礼しました。
ああいう支援団体の活動をゆがめないようにするためにも、さらっと「日比谷公園では500人分の炊き出しが行われました」「~公園では…が行われました」のように事実のみを述べてほしい。
控えめが美徳とされ自己主張を嫌う日本人らしい意見だと思ったけど、実際には、そのやり方では支援も注目も集まらない。個人が前に出てガシガシ押していく方が、結果として支援は集まる。ただの事実よりも個人の具体的な顔と声に動かされる人の方が多い。批判者にばっか目が向いてるとこういう無言の支持者のことを忘れがちだが、世の中の多数は素直で安直で、素朴なマーケティングが通用する。活動の当事者とメディアは、大抵このことを知ってる。
同時に売名だの実は商売だのという声も必ず出るが、こういう声が出るのは有名税の一種で、避けることは出来ない。活動がある程度影響力を持った証拠のひとつとも言える。だからって批判を聞かなくてもいいってんじゃなく、批判の声があれば耳を傾け正当な内容が含まれていれば活動を修正すべきだが、批判があることそのものに必要以上に振り回されたり、批判を無くすことが目的化してはいけない。活動の目的のために最善の手段は何かと考え、批判を参考に修正していく。
社会を変えることを志向する以上、一定の人々にとってはうるさい存在となることは避けられない。嫌うんなら俺を嫌え!という覚悟が必要。
なお、この他の部分は同意する。