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🐈お世話をするのです…
正確にいえば「ギャンブルだけど寺銭が一番低いギャンブルですよ」かなぁ
底辺リゾバ民だけど、平日の昼間からとある経営者らの豪遊っぷりがヤバい。
公開したら株価に影響ありそうで怖いが空売りの勇気はないし、今大量に売ってしまったら損だ。
何事も株価への影響を考えて慎重に行動すべきだろう。
生みたくなるほど素敵な人に出会ったら変われるかも、と思ってるのでしょう。
ゆえに、素敵な人に、お年頃なうちに出会えなければ、どうするかを女は早いうちに考えないといけないのだと思う。
だから、いつかきっと王子様がじゃないけれど、子供を産んで育ててよいほどの相手に出会えれば自分は変わると思ってるのでしょう。
親が厳しいとか、まじめな人は結構奥手なんだよ。
こどおばのことも気にしてあげてよ
おろすにきまってんだろうが
1996年卒の女です。昔の話で記憶もあいまいだけど突然書いてみる。
私が就職活動した年は多くの企業が採用をゼロか前年度よりもぐっと絞っていて、特に女子には説明会の案内などもほぼ来ない。
当時は企業にハガキを送って資料請求し、応募書類を取り寄せて応募する方式。
私はそんなことが頼めるような親しい男友達はいなかったので、自分宛てに来た少ない資料や学校に来る求人票などで応募していた。
面接は50社くらい受けたか。10社くらいは役員面接まで進んだけどだめで「社会に必要とされてない」と感じて毎日泣いてた。
結局、小さなソフトウェアの会社で内定が出たので、そこに決めた。自社開発はほとんどしてなくて、大手の下請けの仕事。とにかく仕事がやってもやっても終わらない。
今で言うブラックで毎日始発で出社、終電で帰宅、土日祝はも進捗遅れを取り戻すために出社、客先での本番検証の時は大体トラブって2日くらい家に帰れないような生活だった。給料はもちろん激安。プライベートな時間がなさすぎて彼氏にふられたし、友達とも疎遠になった。
3年目で第一種情報処理技術者試験(当時)に受かったので転職先を検討しようかなと思い始める。私の働き方を心配していた親が新聞で見つけた求人広告に応募してみたら、あっさり決まりホワイト企業に転職できた。SEの経験を生かせる事務職みたいな仕事で、仕事は前職と比べると楽で休日は休めるのに給料は2倍くらいになった。ああ命拾いした、抜け出せてよかったなと思ったよね。