2022-08-05

夏は昔の恋を思い出す

誰にも明かしたことはないけれど、恋多き人生を送ってきた。10代の頃はそれはそれは惚れっぽく、けれどお付き合いの具体的なイメージが沸かないから、すべての恋を胸に埋めて大人になった。大人になると途端に恋は人間関係と結びつき、恋人になるなり、失恋するなり、別れたり復縁したりと暮らしに影響を及ぼすようになった。

けれど、ただ胸の中にアルバムをこしらえて、目が奪われ体に火がついたような一瞬を大切にスクラップし、眠れない夜や開放的な歌を耳にするとついページをめくるような、眩しく淡い恋はあの頃で終わっている。そして夏が私にそれを思い出させる。

入学したときぽっちゃりした坊ちゃんみたいだった佐野くん。実はピアノが上手くてプログラミングにも長けていて、卒業する頃には背まで伸びて花より男子に出てきそうだったのに、おっとりと優しく人を立てる性格がずっと変わらなかった。

クラス替え自己紹介で将来の夢を聞かれて、低い声でぶっきらぼうに「DJ」って答えた佐伯くん。全く意味がわからなくて、大人っぽすぎてドキドキした。家に帰って辞書で調べて、ラジオディスクジョッキーのことと理解して、その夜はラジオから佐伯くんの声が流れ出るのを想像した。

ずっと一匹狼だった小山くん。いじめスレスレのいじりが起こるとすっと話題を変えていた。先生含め全方位につれない対応だったのに、裏表のない態度が一目置かれる存在だった。同じ小学校から進学してきたユカちゃんと話すとき笑顔けが特別だった。

ロッカーが隣で、ふっと中を覗かせてもらったら、ぴしっと教科書が整列していた坂上くん。ゲラゲラ笑う大胆な人なのに几帳面なんだ!と驚いて、自分ロッカーを見られないようにあわてて閉めたら目があってニヤッとされた。扉の裏にコピーした時間割がまっすぐ留めてあった。

くるくる天然パーマキュートだった加藤くん。ずっと冴ちゃん片思いしていて、冴ちゃんが誰と付き合ってても視線の熱が変わらなかった。一度男女混ぜこぜで鎌倉花火大会に行ったとき、一番はしゃいで盛り上げてくれたことを思い出す。あのときちゃん彼氏の呼び出しで早く帰ってしまい、それでも続く明るいトークには抱きしめたくなるほど痺れた。

その花火大会の日に家に寄せてくれた吉住くん。浮いた噂一つない柔和なカタブツで、誰にも平等に接するフェアなところを尊敬してた。ご両親とのやりとりも穏やかでユーモラスで、その後何度もみんなで家に通わせてもらった。高校柔道部に入ってあれよあれよと体が分厚くなり、人懐っこい熊のようだった。

眉毛一生懸命整えていた竹内くん。今思えばきっとノンバイナリーな人だった。男子グループに上手く馴染めていなかったけど、料理部に入って人は人自分自分って感じに対処していた。ミステリアスで目が奪われた。

バスケ部永田くん。学校ではまるで話したことなんてなかったけど、偶然電車で会ったとき、家のことや好きな本の話など、横浜藤沢まで楽しくおしゃべりできた。クラスメイトの陰口など一切言わなかった。鞄の角がすり切れていて、でも持ち手はきれいにしてあって、ものを大切に使うんだなと感心した。

テニス部藤本くん。華やかな容姿で人目を引いたのに、結局誰とも付き合わず、いつも友達とふざけているか本を読んでいた。一度バスの中で何を読んでいるか聞いたら水滸伝だった。読書するとお小遣いもらえるんだよねと言っていたけど、きっと本当に本が好きだったんだな。

藤本くんの親友で、ある日突然私に現国を教えてと持ちかけて水木くん。勉強なんてしてこなかったけれど、医学部に行くって決めたからと言っていた。弟の病気を直せる医者になりたいってそんな漫画みたいな‥と思ったけど、全力で学ぼうとする姿勢にはむしろ教わることばかりだった。卒業生総代になって、答辞添削を任せてもらえたときは胸が詰まった。

サッカー部で副キャプテンをしていたのに、引退試合の直前で怪我をしてしまい、試合には出れずコートから大声で指示を出していた榎木くん。試合終了が近づくともう何も声を出すことなく、ただ制服の白シャツがはためいていた。

回転ドアの向こうに、自転車の後ろ姿に、夏の朝夕、暑さが残る淡く眩しい光のなかに男子学生を見かけると思い出す。みんな素敵だった。私恋ばかりしていたけど、それは当たり前だった。

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