朝起、朝ごはん、保育園の送迎、お風呂、晩ごはん、遊び、寝かし付け、一緒に寝るまで全部やっとります
嫁が週休1日、コロナなのにで出社
あの嫁は子供の服の洗濯ぐらいしかしてねぇ(自分の服のついで)
しつけも遊びも教育も全部俺
家でさぁ、心拍数上げるトレーニングとか、筋トレ的なトレーニングはできるけど、
でも例えばサッカーでのシュートとか、バレーボールでのスパイクとか、
瞬間的に力を叩きこむようなトレーニングって自宅じゃ難しいよね。
なんか日に日に自分の動きがノターっとした動きになっている気がする。
もっとピシッ、シュパッとした動きがしたいのよ。
前々から大きな病を患っており、最近は寝たきりで入退院を繰り返しているような状況が続いていたので、覚悟はしていた。
田舎から出て東京で一人暮らしをしている私は、死に目に会えないかもなと思っていたし、こうしたご時世になってからは「もし何かあっても帰ってくるな」とも言われていた。
そんな心持ちでいたので、連絡を受けたときにも「ついにか」とは思ったものの、涙が出ることはなかった。
本人も周囲も積極的延命はしないという方針に納得していたということもあって、後悔などもない。
むしろ、心に浮かび上がってきたのは「葬儀に参加できないことへの(自分本位な)無念さ」だ。
他の家族は、それぞれの中にある祖父の記憶を語り合いながら「故人としての祖父」の姿を1つにまとめあげるのだろう。
ある意味ナラティブアプローチのようなもので、今日のできごとがまた新たな共通の物語となるのだろう。
でも、私の脳の中で消えかかっている祖父の記憶が引き上げられることはもうないだろうし、その物語に私はいない。
もちろん、無理にでも実家へ帰ろうなどとは思わない。
3行目以降を読めば論破できてないとわかるよ。
とりあえずやること
2. 離婚調停をする
3. 離婚回避できたら、夫婦カウンセリングを紹介してもらう(弁護士に)
これで、なんとか前より仲良くなれないかな?
嫁は肩書に弱いので俺じゃなくて弁護士から言わないとカウンセリングなんて受けないと推測
とりあえず米株で稼いだので予算は100万ぐらいある
ヌクモリティ.......