■続・ペプチのこと。
前回の「ペプチのこと。」に思いのほかのご好評をいただき、作者としても大変嬉しいです。ありがとう。
ただ残念なことに、あの記事を「ペプチドリーム(以下「ペプチ」)擁護」と受取る向きが予想外に多かった。
おそらく、
こういう前提知識を持った上で、ペプチの開示をぜひ読み返してほしい。
おそらく、受け取る印象が多少なりとも(ひょっとしたら大きく)変わるはず。
と書いたのが、「ぱっと見た感じほどの大きな
ニュースじゃないんだよ。説明が下手なだけ。
大丈夫だ問題ない」と単純に言っているように受け取られたんだと思う。
うん。「ある
観点」
から言えば、
ファイザー(以下「P社」)との契約解消はそんなに大した
ニュースじゃない。
その「ある
観点」とは何かをはっきりさせるために、
蛇足を承知で続きを書くことにした。今度は前回に増してかなり長いけど、ぜひお付き合いいただきたい。
***
「創薬
ベンチャー」って何だろう。
通常の
定義は、「自社で
知的財産を保有する
化合物などを『薬』として開発して世に出す
仕事をする
ベンチャー」だ。
ご存じの通り薬の開発には通常
10年以上の年月と少なくとも2-3桁億円の資金を要するのでたいていは途中
からパートナーとなる製薬
企業に
ライセンスして
共同開発するなど資金
負担や
リスクを減らすのが
ふつうだが、それでもこの
定義から外れることはない。
この通常の
定義で言えば、ペプチは創薬
ベンチャーかというと今のところははっきりと「違う」と言い切って良い。
ペプチの
プレゼン資料では、
既存: アライアンス事業 【これまでのステージ】
新規: 自社創薬研究開発の推進 【これからのステージ】
と明記されている。
つ
まり、ペプチは「これ
から創薬
ベンチャーになる(つもりの)
企業」
なのだ。
じゃあ今は何をやっているのか。
今は、「製薬
企業が持っている創薬
アイディアを形にする業務の一部を独自の
技術基盤(「
プラットフォーム」)でお手伝いする
会社」。
この「独自
技術」とは、
自然界にないような
ものも含めた「特殊なペプチド」を作る
技術だ。
「特殊なペプチド」がなぜ「創薬
アイディアを形にする業務の一部」になるのか、
ものすごく大雑把に説明してみる。
現代の創薬の多くは「標的となる
分子(
タンパク質)」が先に決まっていて、そこにくっつく
ものが薬になるという考え方で薬が開発される。
小さな
化合物(「低
分子」という。亀の甲に手足がついたような絵を見たことがあるだろう)でくっつけることができれば製造
コストもたいてい安く上がるし便利なんだけど、小さな
化合物は
ターゲットでない
タンパク質にもくっつき
やすい(これを「特異性がない・低い」という)。
特異性がない・低いということは、余計なところで悪さをすることにつながる。つ
まり副作用だ。
特異性の高い
化合物、すなわち「狙った標的にだけ
ピタッとくっつく
化合物」のほうが、《
理屈上は》
副作用も少なく、薬として有望と《
理屈上は》考えられる。
ペプチの社名のもとになっている「ペプチド」というのは、
アミノ酸がたくさん鎖のようにつながった
構造をしている、大きな
化合物(「
高分子」)だ。
図体が大き
いから低
分子のように器用にいろんなところにくっつくことが出来ず、狙った標的への特異性が高い。
そういう流れで、「これ
からは低
分子でなくペプチド型の
化合物が有望なのではな
いか」という考え方を持つ人が、製薬
業界にはそれなりの比率で
存在している。
けれど、だったらどんどんペプチド型の薬を開発できるかというと、そう単純な話じゃない。
ペプチドは一般に、血中や
肝臓で待ち構えている
酵素の働きによってズタズタに分解され
やすい。そうなると薬として働く前に壊されて
しまう。
また、大きな
分子なので
細胞膜を通過して
細胞中に入っていきづらいなど、標的の制約もある。
そんなこんなで、「あ〜あ、良いペプチドが作れたらこの標的で薬が作れるのになあ」とお蔵入りになって
しまう創薬シーズ(標的
アイディア)が
結構ある。
そこで登場するのがペプチ。
分解され
やすい弱点がある? (テッテレー♪) 分解されづらくした特殊ペプチド。
細胞膜透過性に問題がある? (テッテレー♪)
細胞膜透過性に優れた特殊ペプチド。
そういう候補となる特殊ペプチド(
場合によっては似たような特性を持ちつつ
多様性のある複数のペプチド。「
ライブラリ」という)を作って
製薬会社に納めるのが、ペプチの
役割だ。
その特殊ペプチドは、《
理屈上は》標的
分子にだけ都合良く
ピタッとくっつく
ものだ
から、《
理屈上は》薬の元となる候補
化合物として有望《なはず》だ。
でも、薬づくりはそんなに単純な
仕事じゃない。
錠剤や粉薬で口
から飲んだり
注射したりされて
から、吸収されて病変部までちゃんと届き、そこできちんと働いて、途中でヘンな悪さもせず、おとなしく分解されて体外に排泄されるという一連の流れ(これを
ADMEという)が全部うまく
いかないと薬にはならない。
特殊ペプチドとてその例外じゃない。まだ創薬のほんの
入り口の
入り口だ。
それから製薬会社は、受け取ったペプチドを自社の
スクリーニング系(ふるいわけ
試験)にかけて取捨選択したり、活性を上げるために加工したりといった工夫(「
最適化検討」)をする。これがペプチとの間での共同作業になることもある。
ここまでが、前の記事に書いた(1)(2)だ。
ペプチの仕事を思いっきりカンタンに大雑把に言うと、
(1)契約先から指定されたターゲット蛋白などに結合する特殊ペプチドやライブラリを作って納入する、
(2)納入した特殊ペプチドを契約先と一緒に検討する(契約先がラボで試験とか動物実験とか)、
(3)契約先がその特殊ペプチドを薬として本格的に開発する(そして運が良ければ薬として承認される)、
の3段階。
※誤解のおそれのある表現があったため(3)を一部書き換えました。
この(1)(2)をめでたく生き延びたら、いよいよその
化合物は(相手方がそう意思決定してくれれば)
リード化合物として
臨床試験に向かうことになり、ペプチには(3)の「創薬開発
権利金」以降の売上計上がはじまる。
なお
蛇足の
蛇足だが、「
リード化合物」という
言葉は
定義が
曖昧で注意を要する。
多くの
場合は「既に十分に選別され、本格的な開発に向かって良いと判断し得る
化合物」、つ
まりペプチの事業
のしくみでいうと(2)を終えた
化合物を指す。
けれどペプチの
プレゼン資料では、「
製薬会社から指定された活性を示す
化合物」という
意味、つ
まり(1)や(2)の途上の段階でもう「
リード化合物」(あるいは「
リード候補
化合物」)と呼んでいる場面もあるようだ。
通常それは「ヒット
化合物」と呼ばれ、「
リード化合物」の
ひとつ前の、まだ
研究途上の
化合物とされる。
***
ペプチが一般的な「
受託会社」と異なる最大の
ポイントは、
(1)(2)(3)をパッケージにした契約を最初に締結してる。
という点だったはずだ。
でも、今回のP社の件で、「
パッケージ」といっても相手方の
意向でいつでも切れる
ものであることがわかったよね。
しつこく再確認しよう。
(1)(2)だけをやってるなら、それは「特殊ペプチド製造
受託業者・
カスタムメイドライブラリ提供業者」だ。
発注された要件に沿った
化合物を作って納入することがメイン事業の
会社。
いやもちろんそれだけでも十分凄い
仕事なんだけど、「創薬
ベンチャー」とはかなり趣が変わるよね。
また、前払いで
キャッシュを受け取る
ビジネスモデルであること(これもペプチは自社の強みと喧伝している)も、そんなに威張るほど偉いことじゃない。もし創薬
ベンチャーがそうなら凄いことだけど、
受託業者なら
ある意味当たり前ですらある。
また、
研究費のお財布
から数億程度の
お金を払ってペプチドを試してくれる潜在
顧客ならほかにもたくさん
いるから、売上
予測が数億欠けたと言っても1-2件の新規を取って来れれば埋められる。
つ
まり、もしそういう「
受託業者」としてペプチの
企業価値を考えるなら、
ひとつやふた
つの取引先との
継続取引が終わったといってもさほど慌てることじゃない。
でもペプチは、「ウチはそうじゃない」と主張してる。
「(3)まで
パッケージで
契約してる
から、進捗に応じた
マイルストーンや(薬になったあとの)売上に応じた
ロイヤリティを受け取れる」
というのが、ペプチのウリだ。
実際に、ペプチが公表している
中期経営計画の売上
予測には、順調に(2)や(3)に
一定率の
契約が進むことを前提とした
数字が掲載されている。
ペプチの「創薬
ベンチャー」的な
意味での
企業価値の大半は、そういう順調な進捗想定が支えている。
だ
から、ペプチを「創薬
ベンチャー」として扱うなら、
ひとつひとつの
契約解消は
企業価値を考える上で
重要すぎる
意味を持つ。
なに
しろ、
来年の2億どころじゃなく、「
パッケージ化された
契約に基づき数年十数年後に
受領するはずの数十億数百億」への期待が
時価総額に織り込まれているんだ
から。
もうおわかりいただけるだろう。
冒頭に書いた「ある
観点」とは、《ペプチを製薬
企業からの
受託業者として捉えるならば》という
意味だ。
今回のP社の件は、ペプチを「
受託業者・
ライブラリ業者」として見るか「創薬
ベンチャー」として見るか、
観点によって重大さが異なるんだ。
***
独自
技術を
武器に名だたる
世界的
大手製薬
企業たち
から受託しているのは、言うまでもなく素晴らしい実績だ。
でも、創薬
ベンチャーとはかなり異なる
世界の話。同様の
会社はほかにもあるし、それらは「
受託業者」としての
時価総額評価を受けている。
まだ創薬
ベンチャーでないペプチを僕らが「創薬
ベンチャー」
であるかのように取扱っているのは、独自の
技術プラットフォームを活かして「(3)まで
パッケージになった
契約」を多数の
製薬会社と締結してる
から、だったはずだ。
その「
パッケージ」は、どの程度強い
ものなんだろう? それは即ち僕らがペプチを「創薬
ベンチャー」として取扱う
命綱の強さなんだ
から、「原則として」のひとことでなく
もっと説明してほしいよね。
また、最大の取引先の
ひとつだった(つ
まり最も細心の注意で
フォローされていたはずの)P社との
契約解消が今回のように
青天の霹靂の如く生じる
会社の
作成した「今後の
予測」を、本当に僕らは発表どおり受け取っていいんだろうか?
今回僕らが運良く(?)P社の一件で手に入れることができたのは、こうした率直な疑問の糸口だと思う。
ただ闇雲に「
大丈夫だ」「いやもう
ダメだ」と言い合ってても
しょうがないんじゃな
いかな。
***
以上で、長い長い
蛇足は終わり。
公表されている
事実を元に一部推測(一部は
会社発表への
懐疑的推測)を交えて書いているので、この記事にはたくさんの誤りが含まれている可能性がある。
「僕にはこう感じられた」という
感想で
しかない。
読者各位には、この記事への懐疑も含めて、
会社の開示資料をご
自分でしっかり読み込み、わ
からないことはどんどん
IR窓口に
質問していただくことを望む。
また、ペプチの
中の人(読んでるよね?)には、追い追いでい
いから、この記事のような疑問や懸念に応える
IRをぜひご
検討いただきたいと願う。
長文にお付き合いいただき深謝。
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