やっと夜勤に人が増えた。女子フリーターアルバイトさんが、その人が面接にやって来たときに丁度シフトに入っていて、その人を見てたそうで「高校生くらいの男の子」だったと言っていたが、実際は高専の五年生だった。女子フリーターアルバイトさんにかかると35才以下の男はみんな「高校生くらいの若い男の子」になってしまう。自分とほぼ同くらい見分けてくれ……。
女子フリーターアルバイトさんは「高専」というものをそもそも知らなかったらしく、「それって高校と専門学校のどっちなんですか?」というから、「中学を卒業した後に入る、もっぱら理系ばっかりの専門的なことを勉強する学校」とざっくり説明したら、
「なんだぁー専門学校かぁー。よかったぁ」
と何がいいのかよくわかんないなと思いつつ、
「高専っていったら、理系のすごく頭がいい奴が行くところだよ、少なくとも私の地元では」
と言ったら、女子フリーターアルバイトさんはすごくショックをうけていた。
「えぇー。うちすごい馬鹿だから、そんなに頭のいい人とは話が合わないかもしれない。どうしよう……」
と深刻な顔で言う。まあ、大概の男は女子の頭の中身がいかほどであるかなんてきにしてないから大丈夫じゃね? しらんけど。
私の地元では高専=天才の行くところだが、こっちでもそうであるかは知らないと言った事により、女子フリーターアルバイトさんは初めて私が地元民ではないことを知ったらしい。あんまり気にした事がなかったが、私、女子フリーターアルバイトさんの前で自分の事を何一つ話した事がないんだそうだ。そういえば、以前に女子フリーターアルバイトさんから年齢と子供の数とその年齢を聞かれて答えたくらいしか話した事がなかったかもしれない。実家は何県のどこなのかとか、学生時代何部だったのかとか、事細かにプロフィールを聞かれた。
新人の高専五年生が出勤してくるのは20時30分で、女子フリーターアルバイトさんの上がりの時間は20時なので、女子フリーターアルバイトさんは残念がっていた。棲む世界の違ってそうな人でも、同い年の男なんて日常生活でお目にかかる機会が今や滅多にないから貴重で、やっぱり会えるもんなら会いたいんだとか。
高専五年生は火曜日が初出勤だったのだが、いつもは新人の初日には必ず居るオーナーがその日は休みだった。オーナーは新人教育をAさんに丸投げした。
新人はたいてい入って二週間はトレーニング期間で、その間の働きで本採用かどうかが決まる。だがオーナーは何を思ったのか、高専五年生を今週3日連続でシフトに入れて、来週に「見極める」とAさんに電話で言ったそうだ。雑用の類いを教えるのはAさん任せにして、重要な仕事はオーナーが自ら教えるのだが、来週はその仕事を教えて大丈夫かどうか「見極める」っぽい。
だがAさんはこの三日間で高専五年生を仕上げないと本採用にならないと頭から決めてかかっていて、短期決戦で全部完璧にするという。目の色が変わってるぜ。
とりあえず今週はレジ打ちは教えなくていいというオーナー命令により、Aさんが高専五年生を教えている間、私はレジ打ちや細々とした事をすることになった。そしたらAさんは本当に高専五年生につきっきりになってしまったので、夜ももうたいがい遅いというのに、レジに長蛇の列が出来てしまう。
やっとお客様がみんな帰っていった後、Aさんが高専五年生に教えているのを盗み聞きしたが、そんなに説明することってあるかというくらい延々と講釈を垂れており、高専五年生は真面目にメモを取り続けていた。大丈夫だろうか。メモを取らせるのはいいとして……、やってることは家事と変わらない。バットを食洗機にかけるとか、フライヤーから油を抜いて掃除するとか、大概の人間は見て実践すれば覚えるのではなかろうか。
米飯とサンドイッチとパンの検品・品出し作業は、私が米飯とパン(アイテム数がとても多いから)を担当し、高専五年生とAさんがサンドイッチを担当した。私は自分の作業に集中しているふりをして、二人の様子をチラ見していたのだが、Aさんはまたしてもずっと説明をしている。高専五年生はずっとメモを取っている。作業はAさんが説明をしながらやっていて、高専五年生はそれを立って見ている。検品作業は専用の機械の使い方を覚えなきゃいけないけれど、品出しは手を動かすだけの作業で、覚えることといったら古い商品を前に出して新しい商品を奥につめこむことくらいしかない。そこまで説明することってあるのだろうか。
私は仕事の合間にAさんに何度か言ったのだが、Aさんは、
「来週にオーナーの見極めがあるから、この三日間で全部の仕事を出来るようになってもらわないと」
と繰り返すばかりだ。ただでさえ募集しても人の来ない夜勤の貴重な新人なので、そう容易くクビは切られないだろうし、むしろ普通の新人よりもずっと大切にされると思うのだが。
そんな火曜日だった。
水曜日は私は休み。でも水曜はDさんもシフトに入るので、Aさんがなんかやり過ぎたりしていたら、私よりもよほど直球に文句を言うから大丈夫だったんじゃないかなと思いたい。
そして木曜日。高専五年生は初日のような生彩がなくてしかも猫背になっていた。Aさんは、
「昨日で全作業を教えて彼もよく覚えたように見えたから、今日で仕上がると思います」
と言いながら、なんでかフライヤー棚のバットを自分で片付けているので、
「……で、それで何でAさんがそれを全部やっちゃうんですか? 時間が許す限り彼にやらせて下さい。いくら頭に知識として入っていても、オーナーの前で再現できずにまごまごしたら、何も覚えていなかったのと同じですからね」
と私は言った。こんなに強い口調でAさんにものを言ったのは初めてだったが、Aさんも私がイラッと感を顕にするとこなんか見たことがないのでビビったらしく、「あ、はい」と反論してこなかった。
オーナーがどういうつもりで「見極める」という言葉を使ったのかは、本人に聞かない限り真意はわからないけれど、いつものパターンだと言うほど大した事じゃないので、この三日間で本採用にするかしないか決まるって事はないというか、よっぽど最悪のやらかしをしなければ、高専五年生はずるずるといつの間にか本採用になっているだろうなと思う。ので、オーナーのお気持ちなんかけっこうどうでもよくて、一方、どうでもよくないのは高専五年生当人の気持ちだ。この三日間で、難しいなとかやっていけなさそう、割に合わなさそう……なんて思われたら採用を辞退されてしまう。そうならないで欲しいんだけど、この三日間の詰め込み学習っぷりに高専五年生は何を思ったのだろうか。作業に手を出せば最後までやらせて貰えず、しかもやったそばから手直しをされることでフラストレーション溜まってないかなあ。
上がりの時に挨拶がてら高専五年生と話す。なんか女の子大好きそうなので、夕勤に高専五年生と同い年の女の子がいて、何れシフトが一緒になると思うよと言ったら案の定食いついてきたのだが、
そこなの? と思いつつ、
「うん? フリーターだよ」
と答えたら、「そうですか……」と高専五年生はあからさまテンションが下がった。大概の男は女子の頭の中身がいかほどであるかなんてきにしてないから大丈夫じゃね? と想ったらだいじょばなかったかもしれない。しらんけど。まあ、高専男子なんて今を逃したら一生付き合えないと思うので、女子フリーターアルバイトさんがんばれって思った。