2020-02-24

或る神官騎士日記

 緑の月 15日

砦の救援は成功した。

だが砦の守備を任されていたオーガン殿は、すでに矢傷が元で亡くなってしまっていた。

我々が駆けつけるのが今少し早ければ治療可能では無かったかと、悔やむ。

このままでは指揮官が居なくなる為、ひとまず我々が砦に駐留する事になった。

早急に食料を手配せねばならない。

 緑の月 20日

近隣の村は既にゴブリン共に襲われていた。

生き残った村人達を救出し、物資と共に護衛の兵を付けて王都避難させる。

食料を得る当てが無くなってしまったばかりか、さらに減らす事になってしまったがやむを得まい。

村を襲ったゴブリンは先遣隊だ。

敵の軍勢は既に近くまで迫っていると見るべきだろう。

 青の月 13日

住民避難に付けた兵達の帰還が遅れている。

もしや逃散してしまったのかもしれない。

だが仮にそうだとしても責める気にはなれない。

友も言っていたが、辺境の砦の防衛など貧乏くじではあるのだ。

私達の様に義務を課せられた者ならばともかく、召集されただけの兵達にそこまで求めるのは酷だろう。

 青の月 19日

巡回の兵の報告に受け、砦から討って出る。

敵の主力はまだゴブリンであり、難なく蹴散らす事ができた。

敵の戦力集結が完了し、オークやダークエルフ主体であれば厳しかたかもしれない。

幸運だった。

襲われていたのは王都より帰還する途中の兵達だった。

なぜ帰還が遅れたのか問うと、馬車の積荷がその理由だという。

荷台を覗いてみると食料が満載されていた。

我が友が、自ら市中を走り回ってかき集めた食料を兵達に持たせたのだという。

「必ず救援を送る。それまで持ちこたえて欲しい」との伝言もあった。

兵達が逃げたのではないかと疑った事を恥じる。

そして友に心よりの感謝を。

物見の報告では敵の軍勢はあと3日というところまで迫っている。

 赤の月 23

砦に籠もって既に一月が経過した。

兵達は皆、懸命に戦っている。

敵に水源である隠し井戸はまだ見つかっていない様だ。

あれに毒でも投げ込まれれば我々は一網打尽となるが、今の所は渇き死ぬ心配はせずに済んでいる

だが食料はすでに心許ない。

食料庫が空になるのは時間問題だろう。

それまでに救援が間に合えばよいが、それは難しいだろう。

どこも兵力不足だ。空の壺をひっくり返しても何も出ない。


 黒の月 10

いよいよ食料が尽きた。

ほぼ水だけで飢えに耐えている。

それでも戦い続ける兵達の姿には感動すら覚える。

せめて彼らだけでも逃してやりたい。

いざとなれば我らが血路を開くしかあるまい。

飢えた体でどこまでやれるか、不安は尽きない。


 黒の月 13日

奇妙な出来事に遭遇した。

敵の襲撃をなんとか凌いだ後、少し仮眠を取ろうとした矢先だった。

突然、何も無いはずの場所に扉が現れたのだ。

何事かと呆然としていると、扉が開き、中からたことも無い様な服を着た一団が現れた。

頭目と見られる男がいきなり「オソクナーモウワケアッセーン」と大声で叫んできた。

用語ともこの地域言葉とも蛮族共のそれとも違う。聞いたことも無い言葉だった。

困惑する私に頭目の男はつかつかと歩いて近づくと、今度は流暢な共用語自分の持つ書類に私の署名を求めてきた。

手早く署名を済ませると「アザース。これどこまで運べばいいッスか」と問うてきた。

流暢ではあるが独特の訛りがある共用語だ。やはり遠い異国の民なのだろう、と推測した。

男たちは荷運びを依頼されたらしい。荷の中身は分からなかったが、空になった食料庫に運び入れて貰う事にした。

駆けつけた部下達と共にその作業を見守っていると、男達の一人が咳き込み蹲った。

叱り飛ばす頭目を宥めつつ、蹲った男を観察する。どうも風邪を拗らせてしまった様だった。

そこで浄化魔法を掛けた水を飲ませておいた。

この様な風邪の時は直接魔法による治療を行うよりも、水や酒などを用いた方が良いと師から学んでいた。

どうやらこの異国の一団はこの手の神聖魔法には馴染みが無いらしい。

急に体調が回復して戸惑う男に「薬の様なものだ」と説明すると納得した様だった

念の為、他の男達にも浄化の水を飲ませておいた。

戦場での病は蔓延やす重症化しやすい。警戒して、し過ぎる事はない。

一団の面々は口々に「アザース」と言い頭を下げてきた。どうやら「アザース」というのは感謝言葉らしい。

荷物を運び終えると一団は扉の中へ帰還していった。

最後頭目が「シッツレーサース」と呪文を唱えて扉を閉じると、扉はスーッとかき消えていった。

異国には一子相伝の秘術を伝える一族が居ると言うが、彼らもそういった集団なのだろうか。

男達が運んできたのは奇妙な箱に包まれた食料だった。開けて見たところ日持ちのするものでは無さそうだった。

さっそく兵達に食べさせる。

異国の食べ物らしく、見たことも無い素材や料理が箱の中にぎっしり詰まっていた。

兵達も困惑していたが、空腹は最高の調味料ともいう。とりあえず腹に収まるならそれで良い。

私も部下や兵達も、しばし言葉を忘れて貪った。

小麦で作った皮で刻んだ肉などを包み、蒸したと思われる不思議料理が印象的だった。


 黒の月 19日

夜ごとに冷え込みが増している。

あの奇妙な一団によりもたらされた食料によって、我々は息を吹き替えしたが、戦況そのものに変化はない。

あの箱に入っていた食料のうち、なんらかの穀物を蒸すか茹でるかした物が重宝していた。

水で洗った後に火で温めた空気を風の魔法で吹き付けて乾燥させると、保存食にできることが分かったのだ。

農村出身の兵の思いつきと部下の機転がそれをもたらした。

これをお湯でふやかしてスープにしたもので、我々は命を繋いでいる。

私は本当に麾下の者達に恵まれている。なんとしても彼らを生かして故郷に帰してやりたい。

 黒の月 25日

早くも雪がちらつき始めた。

砦ではたちの悪い風邪流行りつつある。

軽症の段階で浄化魔法を用いれば対処可能ではあるが、しかし敵の襲撃を受けながらではそれも難しくなる。

今の所は重症化した者は居ないが、今後は分からない。

寒さの為か敵軍の動きが鈍いのが幸いした。

しかしそれも総攻撃前触れかもしれない。

援軍はまだだろうか。果たして本当に来るのだろうか。

友は私達が持ちこたえると信じているはずだ。私も友を信じよう。


 白の月 3日

ついに援軍が到着した。

まさか友が自ら率いて来るとは思わなかった。

立場を考えて欲しい」とは言ったが、部下達がニヤついていた事を考えると私の表情はそれに伴っては居なかったようだ。

気になるのは敵が援軍をほとんど素通りさせたという事だ。

もしや全ては友を戦場におびき寄せる罠だったのかもしれない。

敵は邪悪であっても愚かではない。むしろ策謀については常に我々の上を行く。

ならばここにとどまるのは危険だ。

どの道、この人数では籠城も難しい。

友と轡を並べて戦うのであれば、多少の数の不利などどうとでもなる。

これが罠だというのなら、内側から食い破ってくれよう。


それから例の異国の一団だが、友には心当たりが無いとの事だった。

一体彼らは何者だったのだろうか。

あの時の風邪がしっかり治っていると良いのだが。

 白の月 7日

地獄とはどういうものかと問われたら、今後私はこの日に目にした光景こそが地獄だと答えるだろう。

平原が敵の死体で埋め尽くされていた。

寒さの為に腐敗した死体は少なかったが、一部は既にアンデッドと化していた。

数少ない生者も一様に病によって衰弱しており、病で死ぬか、飢えて死ぬか、アンデッドと化した同僚に貪られるか、という有様だった。

おそらく砦でも流行っていた、たちの悪い風邪が原因だろう。

我々には浄化魔法があるが、彼らにはそれが無い。

私は死体浄化と埋葬、そして生存者の救出を命じた。最早、敵も味方も無い。

それにこのまま放置すれば病魔が街や村々、ひいては遠く離れた王都にさえも及びかねない。

生存者はかつての大軍を思えばあまりにも少なかった。

彼らは私達が、敵である自分達を助けようとしている事に酷く驚いた様だったが、しか抵抗意思を見せる事は無かった。

敵軍の指揮官と見られるダークエルフ保護する事ができたが、症状は重い。

助かるかは彼の体力と運次第だろう。

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