やあ、久しぶり、ふと思い立って君に手紙を書きたくなった。元気かな?元気じゃないよね、絶賛学校に行きたくない感じだよね。クラスメイトからの心無い言葉で気持ちも髪型も滅茶苦茶だよね。あ、髪型は元々だったね。
僕は今年27歳になるんだけど君に残念なお知らせが3つあるんだ。
1つめは、髪の毛を毛根から変える技術はまだ出現してないってこと。無根拠に思ってたよね「俺が20歳ぐらいのころにはそういう技術が出てる」って。残念ながら君のいる時代から14年たっても出ていないんだ。でも縮毛矯正は傷みにくくなったし、良いアイロンも出てるよ。あっ、君はまだアイロンの存在を知らないよね。ヘアアイロンっていって髪をまっすぐに伸ばす器具なんだけど、来年あたり君もつかい始めるよ。でも、君の連珠毛の酷い縮れ毛と多汗症と不器用さで大して使いこなせないんだけどね。関係ないけどハゲの治療は進んでるよ。毛髪再生治療の実用化を2020年頃までに目指してるんだってさ。凄いよね。
2つめは、君は14年経った今でもこのコンプレックスから脱却できていないってこと。君は来年から縮毛矯正をかけ始めるんだけど、それが手放せなくなって14年立った今でもかけ続けているんだ。吃驚だろう。そして君は最近人の目がとても気になるようになってきたよね。君はクラスメイトから髪質をいじられ、心無いいじりで笑われ、だんだん人と一緒にいることが辛くなってきたよね。コンプレックスのせいで無駄に人の目につくようになったよね。遺伝要因と環境要因で君はSAD(社交不安障害)をこじらせるようになるんだ。27歳の男が未だに中高生の笑い声が聞こえる度に嫌な気分になり動悸がするんだよ。未だに人の目が怖くて怖くてたまらないし、人付き合いを避けてるんだ。そうすることが心の平静を保てる唯一の方法なんだ。悲しいけど、14年後の君はこんな情けない姿になっているんだ。
2つめの時点で察しがついてるだろうけど、3つめは未だに彼女いない歴年齢なこと。高校生にもなれば彼女できるって思ってたろ?吃驚だよね。あ、そうそう、高校には無事進学できたよ、近所の馬鹿高校なんだけど先生から「受かったのが奇跡」って言われたぐらい中学卒業時の君の成績は酷いものだった。君は高校生になると3か月に1度のペースで縮毛矯正をかけるようになり縮れ毛を積極的に隠すようになるんだけど、君が高校に上がる頃には既に性格が暗くなっているんだ。昔みたいにヘラヘラ笑ってると心無いいじりの対象になってしまう恐れがあったからね。だから髪質を馬鹿にされることはないけど、髪質に怯えるようになるんだ。「〇〇君って矯正かけてる?」ってクラスメイトの女の子に見抜かれた時の恐怖とパニックは、きっと君と僕にしかわからないよ。縮毛矯正のお陰で、君はグロメンから雰囲気フツメンぐらいにはなれたんだ。そのお陰で好意を持ってくれてる女の子は2、3人居たみたいだよ。でも、この頃になると君は彼女欲しいなんて余裕はなくなるんだ。女の子やリア充(今の時代では陽キャラっていうらしいよ)の笑い声が凄い怖く感じるんだよ。「キモい」って言葉がすべて自分に宛ていい放たれてる気がするんだ。いや、実際何度か言われてるんだけどね。教室にいるだけで挙動不審になるのを隠すのが精いっぱいなんだよ。君はこれから先ずっとずっと、人の目に怯え、自信を得ることも承認欲求が満たされることもなく、擦り減りながら生きることになるんだ。あ、君は卒業間際女の子に告白されるんだけど、君は自分がどういう行動にでたかわかる?振っちゃうんだよ。何故かっていうと「天パがバレて嫌われるの怖いから」だよ。だって、子供にも遺伝するしね。髪質にいい思い出なんて何一つないもんね。
悪いことばかり書いてごめんね、さらに悪い事を書くと、僕はこれから先の君に対するアドバイスが何一つ浮かばないんだ。坊主にすれば髪と無縁の生活が送れるけど、おそらく君には髪への強い拘りが深層心理に隠れているんだと思う。だって、髪に本当に無頓着なら坊主にしてるもんね。まあ、面長で壊滅的に坊主が似合わない顔っていうのもあるけどね。ちなみに僕は今、縮毛矯正をかけたり、短髪の時はハードジェルで固めてパーマ風にしてるよ。それでも酷い縮れ毛だから、パンチパーマみたいになっちゃうけどね。
君はこの先髪について思い悩むだろう。家族からは「髪ぐらい」といわれたから周りに相談しようにもできないないし、解決の糸口が見当たらないんだよね。どう頑張っても毛根から直毛が生えることのない君は学習性無力感に陥る。14年経った今の僕は、お世辞でも「良い大人」とは言えないし、「体だけ大きくなった子供」みたいな感じなんだごめんね。精神的に酷く打たれ弱い27歳になってしまったんだ。正直周りから「社会のクズ」って言われているような、そんな生き方を今は送っている。けどね、君はこの髪のお陰で一つだけ良い長所を身に着けたんだ。それは「他人の容姿を絶対に馬鹿にしないこと」なんだ。君は普通の人よりも自分の容姿でひどく悩んできた。だから自他の容姿にとても敏感なんだ。これから先、君の身の回りの人が他人の容姿を笑うことがあるけど、君はその流れに乗っからない人間だよ。ちっぽけなことに聞こえるかもしれないけど、それは立派なことだし、今の君だからこそ学び取れることなんだとおもう。近所の顔に疾患があるおばさんがいるよね?一昨年亡くなっちゃんだけど、生前に分け隔てなく挨拶してくれる若い子は近所に君しかいなかってっ言ってたよ。学生のうちは辛い思いばかりしたけど、君のボロボロになった感性は微量ながらも誰かをちょこっとだけ幸せにできる力をもっているんだ。
正直、今の君は生きててもしんどいだけだって思ってるよね。ネックにならない普通の容姿に産まれたかったって思ってるよね。僕も未だに酷く息苦しさを感じたりするんだ、この齢で情けないよね。僕は君のことを救うことはできないけど、今なら君の心がわかる。誰も君の辛さを理解してくれないけど、僕は理解できるよ。
今日、電車で君にそっくりな髪質の中学生を見たんだ。暗い表情と自信のなさげな猫背と制御不能な剛毛連珠毛の縮れ毛は紛れもなく中学1年生の僕だった。君がこれを読むことはないだろうけど、世界で少なくとも僕だけは君の気持がわかるよ。