はてなキーワード: クワガタとは
ふるさとが濁った水で浸しになっている。
夜、曇天、何か目的があったらしい僕は、その流れに身を任せたり、たまに抗ったりして、母校へ向かう。
その母校は小学校だった。しかし、中で待ち受けていたのは中学校時代の音楽教師だった。
3年生の時に僕の部活の顧問となった当時25歳のその若い女性は、僕が引退するかしないかというところで妊娠が発覚し、僕らの年代が引退するに併せて産休に入った。
卒業してから顔を合わせたことのないその女性は変わらぬ姿でそこにいて、僕と再開した。
ここでわかったことなのだが、どうやらこの水浸し、僕と100人ほどの学生のしわざだということで、反省文を書かされることとなった。
そして通された部屋が近所のマクドナルドの二階席。そこで僕らは談笑しながら反省文を綴った。
ちらほら帰る人も出てきたあたりで僕も仕上がり、反省文も受理されて帰宅の運びとなった。
外を出れば未だに急流は衰えず、その流れに身を任せて自宅へと戻った。
なんと、僕が反省文も書いている間に黙って一家揃って引っ越したという。待ってるから早くおいで、と、電車で一本で着くから、駅の近くだから、との文面。
どこだかわからない。とりあえず自宅(小学校時に借りていたアパート)に向かう。
そこももちろん水浸しだが、家は原型をとどめていた。宛もない旅が始まる。
==ここで一度目を覚ます。暑くて穿いだタオルケットがテーブルにまで届き、コップが床に転がった音で目が覚めた記憶はある。しかし、治す気もせず、また眠る。目が覚めたのはここではないかもしれない==
場所はどこともわからない部屋の一室。水浸しどころではなく、潜らないといけないところもある。なぜいるのかはわからない。ところどころでアメリカ人とすれ違う。
「オー、ニホンジンtie’ヘンネー。ミズbeatAシノヘヤデ Sayカツnounテ デキマセ’ーン」とアメリカ人は言い、黒のパジェロJr.に乗っていずこへと去りゆく。
それを幾人か見届けた後、僕も部屋を出、家族を探しに歩く。
隣町の離れた森、小学校のとき、クワガタを捕りによく父と車で通った道を歩く。木を蹴るだけで、ミヤマクワガタがごっそり取れた、森。
そこに、駅があった。正確には、森は現実にあるが、駅は夢のなかだけ、そこにあった。駅名は覚えていない。
中は、山手線に走っている車両と同型だと記憶している。見た目はとても清潔で、人は4,5人ほどしか乗車していない。とても空いている。
そこの、緑のシートの座席に腰掛ける。このとき、僕はまだ全身水浸しだ。床もシートも濡れる。
途中下車をする。というより、手がかりもないので、ひと駅ひと駅虱潰しに当たるほかない。
確か、この駅に降りたとき、誰か女性と一緒にいた気がする。しかし、外に出たときは、僕一人だったはずだ。
駅の外に出るまでは、改札を抜けてからもうひとつ噛ませてあって、レストランやら、蕎麦屋やら並ぶ通りを抜けなければならなかった。
ここで、確か昼ごはんを食べようとするが、結局やめたのだった。
ちなみにこの駅、この町は見覚えがない。
外に出ると、森にあった駅の隣なのに、人が集まっていた。道路も整備され、郵便局も駅前にあり、商店街があり、生鮮市場もあった。
その風貌はいわゆる都心とは違い、たとえば温泉街のようなところだったり、たとえば小さい町の駅周辺だったり、そんな感じだ。たしかヤマザキショップもあった気がする。
そこの駅名は、よく思い出せないし、夢のなかで見た時も初めて見たとか、この世ではないどこかのような印象を持ったことは、覚えている。
名前は、人偏に鬼のような漢字と、『離』という字とも『雑』という字とも取れるようなものを、もう少し難しくしたような漢字の、二字で表記されていたはずだ。
そこのマーケットに足を運んで、いろいろ物色していたのだけど、食べ物が面白い。
全部現実のものより食材だけが大きくて、背負ったり両手で持たないと運べないようなものばかりだった。
面白いのだけど、仕入れてる人が持ってきた手羽先のから揚げが、持ち運ぶときに何度も地面を擦ってるのを見てしまい、がっかりしてマーケットを出た。
そして駅に戻り、電車に乗る。いくつもの駅を通り過ぎ、気が付けば300km以上は進んでいたのではないか。
このメールは、目を覚まして数時間経った今でもはっきりと思い出せる。
こんな内容だ。
僕ははっきりおかしいと思った。ここには電車一本では付かないからだ。
そこで僕は以前の森の中にあった駅で降りて、歩くことにした。
歩いて、歩いて、報徳の駅にたどり着いた。
ここも寂れており、ちょうど富士急行に乗り継ぐあたりのような駅の風貌だ。
これもまた、はっきりと覚えている。僕はここで何かに絶望したのだ。絶望しながらも、満足したのだ。あとのことは覚えていない。
目を覚ます。
時刻は8時40分を過ぎようかというところだ。
http://www.youtube.com/watch?v=8va7IvZ8Pc8&feature=player_embedded
武装神姫 BATTLE MASTERS Mk.2のオープニングアニメーションが公開されました。
PSPの武装神姫ゲーの第二弾と言うか、前作も丸々収録したアップデートバージョンです。
http://www.konamistyle.jp/item/71061
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以下の行で武装神姫という萌えメディアミックス展開のすごい所を列挙してみる。
浅井真紀・島田フミカネ・BLADE・カサハラテツロー・篠房六郎・GOLI・okama・柳瀬敬之・間垣亮太・清水栄一、下口智裕・鬼頭栄作・CHOCO・たにめそ・マーシーラビット・DOGMASK・羽音たらく・いづなよしつね ・かこいかずひこ・NiΘ ・nuno・NAOKI・黒星紅白・明貴美加
全員が全員有名デザイナーというワケではないが、個性豊かかつ、そのネームバリューだけで玩具を買いたいと思わせてくれる素晴らしいラインナップだと思う。
そして、美少女モノと一口に言っても現在までに公式販売でビックバイパー型含めて57体。それぞれ再生産バージョンやリペイントカラー等でほぼ2倍の商品数がある。
さらに携帯電話用漫画のForget-me-not限定の個体を含めるとさらに5体ほど増え、非公式のワンダーフェスティバル販売の浅井さんの神姫のブルーライン、ハイドファイア等も含めるともっと多い。
オンラインゲームの武装神姫バトルロンド、武装神姫ジオラマスタジオで使える神姫達はここから確認可能だ。
http://www.shinki-net.konami.jp/shop/model12.html
阿澄佳奈・茅原実里・福井裕佳梨・喜多村英梨・橋本まい・笹川亜矢奈・沢城みゆき・門脇舞以・釘宮理恵・小林沙苗・名塚佳織・柚木涼香・加藤英美里・井上麻里奈・清水香里・植田佳奈・桃井はるこ・生天目仁美・堀江由衣・田村ゆかり・野川さくら・浅野真澄・藤田咲・白石涼子・津田美波・Jenya・戸松遥・豊崎愛生・原由実・大久保瑠美・本田貴子・沼倉愛美・日向ゆきこ・さとう実琴・後藤麻衣・東山奈央・中島愛・水橋かおり・高垣彩陽・平野綾・小林ゆう・金田朋子・遠藤綾・中原麻衣・朴璐美・桑谷夏子・伊瀬茉莉也・日笠陽子
累計48名の声優が、今まで武装神姫バトルロンドと武装神姫バトルマスターズで声優として神姫に声を吹き込んでいる。オタクであれば誰か1人ぐらいは知っているだろう。
豪華声優陣!を謳った作品は数あれど、ここまでのラインナップはそうそう無いと思う。
そして、玩具原作の作品ながらキャラクターソングまで出していて、全てiTunesで購入可能だ。
新作ゲームのコンプリートセットは22,320円という高価格なのにもかかわらず、予約開始後3日も待たずにソールドアウト。現在予約を受け付けているのは発売2週間後に届けられるバージョンの物に限定しており
ヤフーオークション等では発売済み神姫の内、限定販売の物なら発売時の2倍以上の高額で取引されている。一般販売でも1.5倍以上の値段は軽くつく。
なのに!大手玩具レビューサイトの多くが、武装神姫のレビューを敬遠。ゲームサイトでも今やファミ通以上の支持を得ようとしている4gamerと武装神姫と関わりが深い電撃オンライン以外は、どこの企業サイトも大手個人ブログも武装神姫を特集しない。
人気はある。しかし、マニアにのみ人気がある状態で、ファン同士のやりとりは活発なのに、東方やアイドルマスター、ボーカロイドのようにファン以外の人は誰も概要を知らないという空気なのだ。
何故だろうか。
新作ゲームの主題歌は、聖戦士ダンバインのOP・ED。重戦機エルガイムのOP・ED等々の数々のアニソンで知られるMIQだ。
これだけで、古いオタクはググっと釣られるし、上記のような圧倒的なデザイナーと声優のネームバリューで、オタクならば一度は武装神姫というブランドに興味を持たざるをえないだろう。
なのに、悲しいかな、若いオタクはネームバリューという物にさっぱり釣られない。自分から作品を探そうとせず、作品が流行ってからその作品に食いつくのだ。
よくある話だが、自称「平野綾という声優が好き」という若いオタクがいて、そのオタクに「じゃあ、錬金3級 まじかる?ぽか〜んは見た?いい作品だったよね。平野綾が主役の1人だったし」と聞いてみても「見てない」となってしまうのだ。
「島田フミカネってデザイナーが好きなんだ」→「じゃあ、武装神姫は持ってる?」→「え、なにそれ」となってしまう。お前別に島田フミカネ好きじゃねーだろ。
何故、ネームバリューが通じないか、個人的には理解できない。好きな声優や好きなアーティストがあれば、彼ら彼女らの新作の情報は即チェックが基本だと思うのだが…不思議でならない。
一般的な美少女キャラのラインナップに含まれづらい黒人がなんと2人もいる。メガネも1人、ナースに巫女に武士に騎士に建機に羊に虎にカブト虫にクワガタ虫にお箸にスプーンにケルベロスにヴァイオリンにタコにサソリにコウモリに、美少女勢揃い物に珍しいラインナップがてんこもりだ。
是非とも1体、手にとってほしい。そうすればいつのまにか50人以上お迎えしてしまっているから…。
捕まえたカブトやクワガタのオスとメスを交尾させようとしてたんだけど、
親たちがいる前で、カブト虫の交尾について嬉々として語ったりしていた
純粋無垢な少年だったんだけど、今はもう「●●」とか「●●」とかを
そういう類のものという認識だったけど、
まさか「そういう具体的なもの」とは知らなかった。
その頃、ちょうど小山ゆうの「俺は直角」にハマってて、
NHKで放送されたのもあり「お~い!竜馬」を買って読んでたんだ。
異変が起きたのは、4巻、そして5巻からだった。
竜馬がオトナになり、身分の高い女性の「加代」さんと、字の如く「結ばれる」というシーンが
あったのだった。
はじめは何が起こっているのかわからなかった(直接的な描写はない)。
ただ、加代さんと竜馬が裸で抱き合い、加代さんが「あー入った!」と言ったのだ。
コマの中では、竜馬の手も加代さんも両手は出ている。何が入ったんだ、まさか!と僕は思った。
まさか、「そのために」男と女はアソコの形状がそうなっているのか?!と気付いたときは、
まさに頭に電撃が走り、初めてジェットコースターに乗った時のような衝撃だった。
たぶん、一般的には小6にもなるころには、「なんとなく」そういうものはわかるんだろうと思う。
ただ、僕は幸か不幸かその事を本気で何も知らずに育ち、「入れる」という行為を知った時の
「そうだったのかァァァ!」という電撃は今でも忘れられない。
今は、ネットが浸透し、ちょっとクリックするとすぐにエロ広告に飛び、
フラッシュなんかで一瞬にしてセックスというものがわかる状況だろう。
調べ物をしてるだけでネットサーフィンをしてると、望まなくてもすぐにエロの海を
あずにゃああああああああああああああん
可愛いよぉおおおおおおおおおおおお
ごきぶりとかいうやつマジ死滅して灰になれや 可愛いだろあのツインテール
せめてクワガタにしろや
てかあのツインテールがあずにゃんの最大のチャームポイントだろ
ってんなわけあるか髪下ろしたあずにゃんも可愛いいよぉおおおおおおお
でもみんなに流されてはめはずしちゃうあずにゃんも可愛いよぉおおおおおおおお
普段しっかりものなのに髪結び忘れちゃうとか! 髪結び忘れちゃうとか!
もはやあずにゃんは誰もがみとめる軽音部のマスコットなわけだし
ってふざけんな あずにゃんに対してマスコットとかふざけた口叩いてんじゃねぇよ
慈愛と美とこの世のあらゆる輝けるものの象徴があずにゃんだろうが
むしろ太陽(笑)もあずにゃんの前では月になっちゃうからあんなに離れたところへ逃げてったわけだし
オリオン座の点とって結んでも星の足りないプラネタリウム(笑)
あずにゃんの可愛さにはおよばねぇよおおおおおおおおおおおおおおおおお
この世の一般的に輝いているといわれているものなんてあずにゃんの前では暗闇同然だろうがあああああ
それをお前等やれダイヤモンドだのきゃーエメラルドだのあほみたいにさわぎやがって
そんな石ころよりもあずにゃんの方がよっぽど価値があるだろうがああああああああ
あずにゃんに価値をつけるなあああああああああああああああああああああああ
ポケットモンスターも原点回帰かしらねえけど白黒とかに支店じゃ寝えよおおおおおおおお
ポケットモンスターあずにゃんはいつ発売するんじゃああああああああ
いいかお前等この世のありとあらゆる生命体が生きていけるのはあずにゃんのおかげってことを忘れるんじゃないぞ
「ネットは道具」だ。
それ以上でもそれ以下でもない、使う人次第で毒にも薬にもなる「道具」
必ず使わなければいけない訳でもないし、使わないからといって問題がある訳ではない。
ネットが気持ち悪いように見えるなら、それはネットではなく「気持ち悪い人間」が居るだけであって、それは日常と何ら変わらない。
…という基本を踏まえて、以下の文章を書いていく。
>なんでもかんでも情報を集めて把握できるようにする、確かに便利だよ
>でもさ、面白くネーの。「日常」が。経験する前に、分かった気になっちゃうから。
いるいる、こういった「情報だけ貯めこんで、うまくアウトプット出来ない」人たちが。
結局、ネット時代でも「日常を重視出来ない人」は他人から見ると「役立たず」なんだよな(笑)
★ネットが無い時代はこの人たちはどういう人?
→TV・新聞・本だけの内容で判断し、日常起こりえる例外的な事に対応出来ずに「役立たず」と思われる。
以上の事から、これはネットに限った話ではない。
>あ、話それるけど、リアルで「検索すればわかることは聞くな」とかほざく情報強者(笑)がいたら直ちに首を吊ってほしいなぁ。
>んなこと分かってら。情報だけ知りたいんじゃねぇよ、おまえとコミニュケーションがしたいからお前に聞いてんだよ。
>空気嫁よ。血の通ってない情報強者(笑)乙。とうとう魂までインデックスされたんだな
首を吊るとか穏やかじゃないなぁ…けど気持ちは分からんでもない。
こういう奴は「視野が狭くて、自分しか制御できない」人で、なぜそうなのかは以下の通り。
他人に目を配る能力が無い(他人に徹底的に無関心)ため、相手をコントロール出来ずうまく立ち回れない。
それを開き直り、さも当然のように振る舞う…しかない(笑)他人からは見透かされてるけどね
…以上の思惑を隠すために「検索すればわかることは聞くな」という暴言を、当然な事の様に言う。
このせいで、専門知識を持っていて皆の知らない所で頑張っていても、他人からは「役立たず」という評価をされる。
★ネットが無い時代はこの人たちはどういう人?
→TV・新聞・本から情報を貯めこみ、その範囲の事なら能力を発揮するが、例外が出た瞬間に凡人以下となる
→専門知識を持っているのに、聞くと「辞書を引け」の一点張り…他人からは「役立たず」という評価をされる。
以上の事から、これはネットに限った話ではない。
>こんな会話がもうリアルにありえるわけ。「本でも一緒だろ?」と思う人もいるだろうが、全然違う。
>本なら、本州全土、夏とか結構アバウトだったから、漏れのエピソード語ると、夏のある日、朝早く起きてとーちゃんとカブト探ししてなかなか見つからないことがよくあった。
>クワガタが特に稀少だった。だから、やっと見つけたクワガタは本当に大事にしたよ。なかなか見つけられないことで、いろんな工夫を考える。
>それだから見つけたときの喜びはひとしおだし、苦労してつかまえた生き物は余計に愛しかった。
>一方ネットは町、番地、詳細な時間まで明らかにする。ここに何時に行けば「確実に」会えるという情報が手に入る。
>ネットは「自分で考える」ことを妨害している。多様性(笑)の理解のために、見つける喜び、生き物を大切にする心を奪い取っている。これでいいの?
これについては全く同意しかねる。
ネットで詳細が書かれる事で「失われる物」だったらのなら、それは「元々リアルでなくても良かった事」なのだ。
実際にやってみると、ネットの詳細情報なんてまだまだ未熟…実際やってみると分かるはずだ。
既に解決済みの物を調べるのはナンセンスで「その情報を元に、その先を見せてあげる」のが今の子供たちにしてあげなければいけない事。
>「調べれば分かることだから」と考えない子供が大人になって、いざ未知の問題に直面したときが怖い。
私には「未知の問題だ」と思って調べてしまい、それで満足してしまって次へ進まなくなる事の方が怖い。
なぜか?既に分かり切っている内容をスキップして、子供たちにはさらに先を見てほしいからだ。
先を見た事で、スキップした内容に矛盾を感じるようなら、初めてそこで考えればいい。
時間は有限、こういった「適切な優先順位」を考える感覚こそ、子供の頃から養っておいた方が良いと思うがどうだろう?
>少なくともこのネットの現状を子供には見せられない、というか見せたらイカン。
>漏れに今何ができるか、LAN引きちぎって今日クワガタ探しに出かけることぐらいか。
臭いものにはフタ…が解決にならないのは今までの歴史を見ても明らか。
そもそも、その臭い物って本当に有害?自分の好みだけじゃない?そこから疑う必要がある。
昔野球が入ってきて間もない頃「野球をする事によって起こる体の振動が、脳にダメージを与える」とか言って、子供に野球をやめさせようとかする時期があったんだから(笑)
「良い事もあれば、悪い事もある」という分別が出来る教育をするのが本来の姿じゃないかと。
>それでいい。それでいいんだと思い込むしか今はできない。いまのネットがわからない
分からないではなく、理解しようとしてないだけ。
道具には必ず良い面と悪い面がある、悪い面だけを取って「これはまずい」という安易な判断をしないように、親はしっかりと見定めて子供に教育する必要がある。
悪い事を回避するには「悪い事があるというのを覚え」ないと出来ないよね?
■気持ち悪い
もう我慢ならん。
「気持ち悪い」
何が気持ち悪いか、まず事典の行き過ぎた情報集中管理が気持ち悪い。
例えば、ブリタニカ。例えばタウンページ。
なんでもかんでも情報を集めて把握できるようにする、確かに便利だよ
でもさ、面白くネーの。「日常」が。経験する前に、分かった気になっちゃうから。
あ、話それるけど、リアルで「辞書引けばわかることは聞くな」とかほざく博覧強記(笑)がいたら直ちに首を吊ってほしいなぁ。
んなこと分かってら。情報だけ知りたいんじゃねぇよ、おまえとコミニュケーションがしたいからお前に聞いてんだよ。
空気嫁よ。血の通ってない博覧強記(笑)乙。とうとう魂まで辞書に載ったんだな
親「せみとり行こう」
子「じゃ、ガイドブックで場所とつかまえ方をくわしく調べてくる!」
こんな会話がもうリアルにありえるわけ。「伝聞でも一緒だろ?」と思う人もいるだろうが、全然違う。
伝聞なら、故郷、暑い日とか結構アバウトだったから、漏れのエピソード語ると、夏のある日、朝早く起きてとーちゃんとカブト探ししてなかなか見つからないことがよくあった。
クワガタが特に稀少だった。だから、やっと見つけたクワガタは本当に大事にしたよ。なかなか見つけられないことで、いろんな工夫を考える。
それだから見つけたときの喜びはひとしおだし、苦労してつかまえた生き物は余計に愛しかった。
一方本は町、番地、詳細な時間まで明らかにする。ここに何時に行けば「確実に」会えるという情報が手に入る。
本は「自分で考える」ことを妨害している。多様性(笑)の理解のために、見つける喜び、生き物を大切にする心を奪い取っている。これでいいの?
「調べれば分かることだから」と考えない子供が大人になって、いざ未知の問題に直面したときが怖い。
むしろ調べて分かんないことだらけということに気づけない、「調べれば何でも分かる」と考える子供を「タウンページ」とかは増やしている。
確かに本は道具で使い方次第だよ、でもその使い方を親たちが知らない、教えない。学校の話など素直に聞くのは田舎の小学生低学年までだ。
少なくともこの本の現状を子供には見せられない、というか見せたらイカン。
漏れに今何ができるか、ページ引きちぎって今日クワガタ探しに出かけることぐらいか。
それでいい。それでいいんだと思い込むしか今はできない。いまの出版物がわからない
下調べをしても、見つからなかったり。
何も準備しなくても、あっさり見つかったり。
大切に思えば、得られる経験は変わらない。
クワガタ取りに行っておいでよ。
情報の集中に関しては長短あるけど、事例がなー
子「じゃ、ネットで場所とつかまえ方をくわしく調べてくる!」
一緒に調べてあげようよ。
「確実に」とか、「分かった気になっちゃう」とか書いてる人の言葉とは思えない。確実って気になっちゃってるだけだから。全然確実じゃないから。
クワガタでもどんなクワガタがとか、他におもしろい生物いないかだとか、樹液を出す木の種類だとか、写真や文字と現物とのギャップとか、まだまだ色々あるから。
調べ方だって色々あるから。どんな言葉で、どんな機能で、どんなサイトで調べるのか。情報を発見する喜び、知る楽しさだってひとしおだよ。
探すんだよ。家で探してネットで探して実地で探して。だいたい、準備8割本番2割だよ。本当は。
2割調べて8割外でもいいよ。想像と現実のギャップを知ればいいよ。10割調査じゃ不味いけどナー。そんときはお父ちゃん駄々こねろ。
もう我慢ならん。
「気持ち悪い」
何が気持ち悪いか、まずネットの行き過ぎた情報集中管理が気持ち悪い。
例えば、http://www.google.co.jp/help/maps/streetview/ Googleストリートビュー。例えば http://www.mikke.go.jp いきものみっけ。
なんでもかんでも情報を集めて把握できるようにする、確かに便利だよ
でもさ、面白くネーの。「日常」が。経験する前に、分かった気になっちゃうから。
あ、話それるけど、リアルで「検索すればわかることは聞くな」とかほざく情報強者(笑)がいたら直ちに首を吊ってほしいなぁ。
んなこと分かってら。情報だけ知りたいんじゃねぇよ、おまえとコミニュケーションがしたいからお前に聞いてんだよ。
空気嫁よ。血の通ってない情報強者(笑)乙。とうとう魂までインデックスされたんだな
親「せみとり行こう」
子「じゃ、ネットで場所とつかまえ方をくわしく調べてくる!」
こんな会話がもうリアルにありえるわけ。「本でも一緒だろ?」と思う人もいるだろうが、全然違う。
本なら、本州全土、夏とか結構アバウトだったから、漏れのエピソード語ると、夏のある日、朝早く起きてとーちゃんとカブト探ししてなかなか見つからないことがよくあった。
クワガタが特に稀少だった。だから、やっと見つけたクワガタは本当に大事にしたよ。なかなか見つけられないことで、いろんな工夫を考える。
それだから見つけたときの喜びはひとしおだし、苦労してつかまえた生き物は余計に愛しかった。
一方ネットは町、番地、詳細な時間まで明らかにする。ここに何時に行けば「確実に」会えるという情報が手に入る。
ネットは「自分で考える」ことを妨害している。多様性(笑)の理解のために、見つける喜び、生き物を大切にする心を奪い取っている。これでいいの?
「調べれば分かることだから」と考えない子供が大人になって、いざ未知の問題に直面したときが怖い。
むしろ調べて分かんないことだらけということに気づけない、「調べれば何でも分かる」と考える子供を「いきものみっけ」とかは増やしている。
確かにネットは道具で使い方次第だよ、でもその使い方を親たちが知らない、教えない。学校の話など素直に聞くのは田舎の小学生低学年までだ。
少なくともこのネットの現状を子供には見せられない、というか見せたらイカン。
漏れに今何ができるか、LAN引きちぎって今日クワガタ探しに出かけることぐらいか。
それでいい。それでいいんだと思い込むしか今はできない。いまのネットがわからない
燦々と照りつける太陽に、山の木々が一層濃緑の葉を生い茂らしていた午後だった。
川で遊んでいたせいで全身水浸しになっていた僕は、田んぼの畦道を自転車をぎこぎこと押しながら進んでいた。
頭上に広がる晴天の碧空から注がれるのは、何も焼き付ける太陽光線ばかりとは限らない。
四方八方から取り囲むように鳴り響く蝉たちの声と、旋回する鳶の甲高い鳴き声とが反響して耳から離れなかった。
額にいっぱいの汗玉を作って祖母の家に到着した僕は、縁側に乗り込んで開口一番、麦茶が欲しいと大声を上げた。
「やだよ。疲れてるんだから」
頑として譲らなかった僕に、高校野球を見ていた母はやれやれと重い腰を上げてコップいっぱいに注がれた麦茶を持ってきてくれた。
受け取った僕は、一息に傾けて空にしてしまう。さすがにもう一度頼むのは忍びなかったので、二杯目は自分で注ぎに行くことにした。
「ああ、それ。お婆ちゃんが畑から持ってきてね。夕食の時にでも切ろうかって」
「ふーん」
夜が楽しみになった。
身体にこもった熱が引かない僕は、冷凍庫からソーダアイスを取り出すと、もう一度縁側へと戻った。
日陰になった縁側の正面で、立ち並ぶ数本の向日葵が太陽と合わせ鏡をするかのように空を向いている。
宙を大きなカラスアゲハが横切っていった。入れ替わるように、オニヤンマが反対側から現れて素早く飛び去った。
光景を、口の中に広がる甘美な冷たさを味わいながら眺めていた。風紋を刻む田んぼの向こう側には、深々と盛り上がった森が鎮座している。
麓に石造りの鳥居があるせいか、静謐な存在感を放つ森だった。クワガタやカブトムシがたくさんいる森だ。明日足を運ぼうと決心した。
食べきったアイスの棒を咥えながら仰向けに寝転がる。山の端に、隆々と猛り始めた雲塊の一団を見つけた。
夕立になるのだろうか。なってほしいな。
うだるような暑さに、希望的に思った僕は額に腕を当てた。
閉じた瞼の向こう側から、すとんと眠気が迫ってくる。
服が生乾きだったことを思い出した。でも、そんなことはどうでもよくなってしまった。
意識が暗闇の中に落ちていく。
あの頃の夏へ。あの頃の夏へ。
遠くで気の早いヒグラシが鳴いているのが聞こえたような気がした。
中学2年生の僕は父方のばあちゃんの家に泊まりに行っていた。ばあちゃんちは田舎という以外、何のとりえも無い。朝からクワガタを取りに行ったり、川で泳いだりするのが好きだった。僕はばあちゃんのうちに一人で泊まりに行って、何日か過ごすのが夏休みのお決まりになっていた。
いつものようにクワガタを取り行って、山からばあちゃんちに帰ってくる途中、東の空にオレンジ色の物体が浮かんでいた。僕は今は放置されている畑のあぜ道を歩いていたんだけど、その光はまっすぐ畑の真ん中くらいに向かって落ちてきた。よく見ると、光った女の子だ! そう思った瞬間、どっかーんというマンガみたいなものすごく大きな音が響いて、畑にクレーターみたいな大穴が出来てた。クレーターの真ん中が光っていて、その光の中に、僕の中学校では今まで見たこともないような可愛い子が立ってた。ゴスロリ? そんな服を着てた。僕はあんまり可愛い子だったので、なんて言っていいのかわからず黙ってた。すると、突然その女の子がしゃべった。
「ねえ、今って西暦何年?」
女の子に急に言われてビックリしながら、僕はドキドキしながら答えた。
「2008年だけど」
女の子はそれを聞いて、しばらく経って、言った。
「ねえ、私ちょっと寝過ごしちゃったみたい。本当はあと9年早く来なきゃ行けなかったんだけど。ところで聞きたいんだけど、あなたは人類が滅びた方がいいと思う?」
「・・・」
そんなこと急に聞かれても。
「ああ、もうはっきりしないわね。じゃあ、もう滅ぼしとくわよ!」
「いやいやいやいや! ちょっと待って! 滅ぼさなくていいよ! 滅ぼさないで!」
「もう・・・しょうがないわねえ。わかったわよ」
彼女は何やらメモ帳のようなものをポケットから取り出して、何か書き始めた。
「人類に哀願され、滅亡を断念。っと」
そう呟いたあと、彼女の体は光を増した。そして、ゆっくりと宙に浮き、すごい速度で空の彼方に飛んで行った。
あれって、一体、なんだったのでしょうか。
小学4年のときだったと思う。夏休みに、虫を捕まえて最低1週間の観察日記を書く、という宿題が出された。僕はミミズを”飼ったことにして”、1週間分の日記を2,3時間で書きあげたのだった。「今日は雨でした。ミミズは土から出てきて、なんだかうれしそうでした。」といったように。
虫としてミミズを選択したのは、我ながらなかなかに狡猾であったように思う。ミミズを観察する生徒が他にいるとは考えにくい。大半がカブトムシなりクワガタなりキリギリスなりバッタなりを飼うだろうし、教師もそれらの虫と比較すればミミズに関する知識量は少ないだろう。科学的に誤った記述をしても見過ごされる可能性は高いのである。
事実、雨の日にミミズが地表に出て喜んでいるように見えたことが科学的に正しいのかはよくわからないが、「お前ウソを書いてるだろ」と指摘されることもなく、宿題は当時の担任に、無事、受理されたのだった。まぁ、注意深い科学的観察能力を養うことよりもまず、そのようなわずらわしい作業でも不平を言わずに遂行するという社会化こそが、この観察日記の第一義の目的であったのだろう。
日記は提出後1週間ほどで、担任のコメントが付記されて生徒に返されたと記憶しているが、でっちあげの日記へのコメントなど見たくもなかったので、返された日記を開くことは一度もなかった。
小学4年の僕はミミズの観察日記を平然とでっち上げることができたのに、どうしたことか、26歳の僕は、そのようなウソをつくことに堪えられない体質になってしまった。
いや、今でもウソをつくことはできる。毎日終電近くまでの残業に追われる友人の仕事に対する愚痴を聞けば、「それは決して無駄な行為ではないはずだよ」と諭す。あるいは、彼の真っ当な指摘に同調し、より適切な作業方法、またその改善に向けたプロセスについて話し合う。思いを寄せる人と結ばれた女性に対して、一度ゆっくりと瞬きしながらやや大きく息を吸い、その後に、おめでとうと言う。
このような場合は、3割、いや、2割は本心であると自分でも思う。非合理な仕事方法は改善すべきだと思うし、知り合いの幸せはなんとなく嬉しいような気がする。しかしながら、残りの8割は、どうでもいいと思っている。返答が苦痛で仕方がない。
「あ、そう。」
彼/彼女から話を聴いた瞬間には、これしか言うべき言葉が見つからないのだが、励まし、同調、祝福、これらが社会的儀礼として必要であるということにかろうじて気付いているので、無意識のうちに義務としての言葉が口に出てしまう。もしかすると、そのような儀礼的言葉は自らへの言い聞かせでもあって、2割の本心というのは事後的に作り出されたのかもしれないとさえ思う。
無論、鋭い嗅覚の持ち主は僕の言葉の欺瞞にすぐに気付いてしまうのだろう、そのような非人間的な僕との関係は薄っぺらなままに保持されるのである。社会的儀礼として、僕との関係を切るのではなく、薄っぺらなまま保持する彼らに、僕は感嘆を覚える。
しかしより厄介なのは、決して少なくない人が、僕の恋愛なり人生なりに関する悩みについて誠実に答えようとし、僕の現在の状況なりについて真摯に憂うのである。
僕はこのような少なくない人達の寛大で優しい言動に、端的に胸が苦しくなる。涙が出そうになるときもある。そして、誠実に返答・行動しなければならないと思う。
間違いの始まりである。
誠実に返答・行動しなければならないと思うほどに、僕は、「この世界の全てがくだらない」という本心を口にしてしまいそうになるのである。もちろんそのような――僕にとっての誠実な感想、しかし腐りきった――言葉は、少なくない心優しい語りかけを台無しにしてしまうことがわかっているので、言えるはずもない。まして、心優しい人達ゆえに、僕の馬鹿げた言葉を真摯に受け止めようとしてしまうかもしれないという恐怖も、それを口にすることを遮る。
結果として僕の口から出る言葉は、「そうですね」「いろいろと心配してくれてありがとう」などといった、なんの内容もない不誠実極まりない返答なのである。これらの返答は、社会的儀礼すら十分に満たすことはない。心優しい人達は真剣に語りかけているのに、まさに今話題の対象となっているはずの僕の返答は、他人事のように空々しいものでしかないのだから。
それでもなお心優しい人達は寛大に振舞い続ける。「言いたくないならそれでいい。でも、いつでも相談に乗るよ」といった具合だ。僕は誠実に彼らに応対したいと一層強く思うのだが、この世界が、何より僕自身がくだらないことを精緻に描き出すことこそが、誠実であると信じてやまない僕は、ますますもって軽薄な人間にならざるを得ないのである。
このような僕を捨て去りたいのだが、他者との関係性の中に生まれる僕という存在を捨てるということは、すなわち他者との関係を断ち切るということである。心優しい人達は心優しいゆえに、そんな僕に語りかける。
http://anond.hatelabo.jp/20070911214254
正解者が出ないので、また書きます。
(血液型)
相手「○○君ってさぁ??、何型?教えて><」
自分「クワガタ」
相手「真面目に答えて!」
自分「新潟」
相手「本当に教えて!」
自分「ひし形」
相手「もう!教えてよ!」
自分「干潟」
相手「もう怒っちゃうよ!!」
自分「山形」
相手「もういいよ!ふん!!」
自分「歯型」
(星座)
自分「ピザ」
相手「真面目に答えて!」
自分「ギョウザ」
相手「本当に教えて!」
自分「星座」
相手「もう!教えてよ!」
自分「捻挫」
相手「もう怒っちゃうよ!!」
自分「便座」
相手「もういいよ!ふん!!」
自分「技」
というわけで改めて質問!!
Q.私は何歳でしょう?
一時期、秋葉原の新品の液晶売ってる店のほとんどで虫王のDVDが垂れ流されるって事態になってたことがあったな。虫王ってのは、実際に強い虫を集めて戦わせるって内容の、男が少年に戻るためのDVD。もちろん液晶の周囲には少年の目をしたキモオタたちが集まって無言で凝視してた。
虫王凄いんだぜ、クワガタが突進してくるのをサソリがはさみでアゴを掴んで止めて、尻尾の毒針を突き刺そうとするがクワガタは無視してそのまま放り投げたりする。ヘラクレスオオカブトみたいなのを日本の普通のカブトムシがぶっ飛ばしたり。あれ、それは別のDVDだっけ。まあいいや。
愛も性欲も抽象的すぎるから、とりあえず下のように、もちっと明確に定義し直して、
とすると、愛が先立つことはあるよ。といっても、性的感情から来るだろう、他の生物、例えばクワガタとかが行ってる「保護(独占?)」やらと同根の感情なんじゃないの?って言われると言葉に詰まるっていうか、正直に言うと同じなのか違うのかはわからないのだけれど、なんかもー無意味にぎゅーとしたいというかされたいというか、眺めていたいというか見つめられたいというか、髪の毛くしゃくしゃーってやりたいというか、そんなときも無きにしもあらず。やったことないけど。
もちっと生々しいことを書くと、もしかしたら精神異常の一種なのかもだけれど、自分の感覚では、いわゆる「性的対象」と「愛情対象」とは違うように思う。違うというよりは、性的対象の方が幅広くて愛情対象をカバーしてる感じ?だけれど、愛情対象の方が圧倒的に思い入れは強くなるっていうか、何かそんな感じ。性欲それ自体なんて旨いもの食ってりゃ忘れちゃうし、意外にどうでもいい感情だったりするよ。