「製造業」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 製造業とは

2010-02-20

中ぬき規制法案できないかなぁ

概要 どんな作業でも1人月見積もった作業に対して最終的な作業従事者と最終的な作業発注者の間の価格差=手数料を30%程度に制限する法案

たとえば、作業Aを1人月100万円と見積もった場合、最終作業従事者に諸税込で70万円を支払わねばならない。

うち10万円は中間作業者の手数料として 20万円は作業補償費として

人月の作業が1ヶ月で終わらなかった場合に、同等の作業を保証する会社が占有して取って良い。ただしその会社は作業Aを20万円で完成させなければならない。

作業従事者は1日8時間 残業時間 平日出勤のみの時間役務しか請け負わない。

ただし、TVなどのように中間業者が何かの作業を行う場合は、その作業は作業として人月を請求する事ができる。ただし、この作業を最終作業従事者の稼働に組み入れることは出きない。

つまり、作業10人月 管理人月のように支払者に請求することはできる。しかし、作業10人月 内管理費として10%づつ徴収という請求方式は禁止する。

 

これにより、誰が作業するのか?だれが保証するのか?という事が明確化する。

しかも、こうした場合、保証する人間が好きるの高い人間となり、リーダーとなるのが一般化する。

リーダー自分プロジェクトをうまく運営できれば、部下の人数x20%の部下の人数を増やすことで収入うなぎのぼりになる。100人の部下がいれば2000万円となる。

逆に、実際に運営出きない人間100人の部下を持った場合、大赤字となる。

 

兎にも角にも、人さえいれば利益が上がる=でも人がいても、指揮できなかったり、作業できない人を頭数に入れたり、最後に交渉勝ちでお客さんに変なもの納入してアガリなどの大名ビジネスがなくなる。

また、親うけ、子受け、孫請け、曾孫請と、会社ジャンプする度に手数料を定額で抜かれるなどを規制して、一律10%を紹介会社で分配して、保証する人間会社)を別に立てることで責任が明確化するし、作業者のスキル重要視されることで、作業者のスキルも上がる。

 

あらゆる製造業がまともになるとおもうが・・・

もちろん、作業を明確にスキルごとに細分化することで1人月10万円~1人月数千万まで、ちゃんとスキルに応じて単価をつける事も可能になっていく。

スキルに関係なく、大会社だから1人月100万円 零細だから1人月20万円というわけのわからない数字もなくなる。

 

採取作業請負者の職歴は、公的期間で公的情報として一元管理し、過去トラブル状況や、納品状況を一覧できる。

最初は海外仕事が流れるだろうが、ISOの用に規格化して規格を守っている企業ブランド化する戦略

親が会社を廃業して離婚するらしい

今朝会社経営していた親父から聞かされた。標題の通りだ。

お袋は既に別居して実家に戻っており、先週木曜にそのような話をしてきたそうだ。自分は親父と同居している。今年で27になる。そろそろおっさんだ。結婚も考えてる。

家は、借金の担保に入っており、売ることになるそうだ。不渡りは今のところ出さなくてもいいそうなので、倒産というよりは、廃業という形になる。

話を聞いたときは、来るべき時が来たかと思った。正直、そこまで動揺はなかった。

しかし、自分という人間頭が悪い。しかも鈍い。だから、いつもこういう「ショック」な出来事は、聞いた瞬間はうまく感情の処理が出来ないらしい。あとからじわじわ沸いて出てきて、長期間にわたり体調を崩す、そんなことはもうごめんなので、はてな匿名ダイアリー、通称増田自分感情を書き綴って、整理をしようかと考えた。

そんなことはチラシの裏にでもかけよ、というのもごもっともだ。ただ、一つの人生のサンプルとして、もしかしたら誰かの役に立つかも知れないとも考えるので、増田に書いておきたい。一石二鳥が好きなんだ。せっかく書くんだから、ってことで。不愉快に思った人は、ここらへんでブラウザなり、タブなりを閉じることをおすすめする。

今回の倒産は二度目になる

最初に親父の会社倒産したのは中学一年1995年だった。文化祭を謳歌していた僕は、親から倒産の報を受け取った。しばらく家を離れているようにとのことだった。

家に帰り、荷物をとり、母、妹、僕の三人で成田空港まわりの安いホテルに泊まった。平日だったので、安く泊まれた。

その時僕は、ひたすら星新一ショートショートを読んでいた。あの短く、そしてあのライト皮肉のこもった文章ですら、どうにも心がざわついて、読んでるうちに気持ち悪くなったことを覚えている。

一方、親父は、会社更生法の適用に走り回っていた。混乱の無いよう、このときの会社をA、今日廃業が決まった会社をBとする。しばらくAの話をする。

そもそも、「親父の会社」と書いたが、父が社長になったのは倒産する一年前の事だった。その前は、母の父、僕の祖父が社長を務めていた。

親父が僕の母親結婚した際、母の両親が「是非うちの会社に来てくれ」と何度も頭を下げて頼みに来たそうだ。今でも「あのとき断っていたら、今頃どうなっていたろうな」と親父は振り返る。

そして、親父が会社Aに就職して十数年が経ち、製造業だった会社Aは円高の影響を受けて苦しい状況になる。その中で、アメリカにも会社を作ることとなる。その時点で、会社東北関東に分社化しており、関東社長を祖父、東北社長を叔父(母の弟)が勤めていた。アメリカにも会社を作ると言うことで、その社長に叔父が就任することとなった。空位となった東北社長に祖父が就任、そして空位となった関東社長を誰にしよう、という話になった。親戚類で、社長になれるのは親父しか残っていなかった。代表者として、自宅を、会社借金の抵当にいれることになった。

その一年後、会社Aは倒産する。実質代表は、関東社長である親父になっていた。数社来たテレビ新聞カメラの前で、親父は深々と頭を下げた。

その後親父は、会社更生法の申請、アメリカ会社の存続(他の会社に買収して貰った)、会社整理などに駆けずり回った。あの頃、親父は「家から出るのが嫌で嫌でしょうがなかった」と言っていた。債権者からは怒鳴られ、従業員からは責められていたそうだ。家は、競売に売られた。資産があった祖母に競売で買い取って貰ったが、その後祖母には家賃を納める事になった。

祖父と叔父も代表権を持っていたため、家を売ることになった。叔父はアメリカに既に家があった為、日本の家を売っても問題はなかった。祖父は、祖母が名目上の役員として給与を数十年貰っていた貯金があり、家を買い戻すことが出来た。祖父は既に年金を受け取っており、叔父はアメリカ会社が存続できたため社長として仕事を続ける事が出来た。倒産の際、一番苦労をしたはずの親父には職が残らなかった。持ち家も無くなった。結果として割を食ったのは我が家だけとなってしまった。

初めての会社設立

問題は、親父が無職になった事だった。他の会社から「うちで勤めませんか」というお話をいくつか頂いた。が、我が家差し押さえの対象となっていた。20万円の給料を貰った時点で、それ以上は差し押さえられてしまう状態だった。

説明すると、家は競売に出されたが、他の家具なども差し押さえるかどうかという話になった。が、持ち出す費用、売る費用考えると、ということで家具差し押さえられずに済んだ。しかし、親父の給料は、20万以上の給与を貰った時点で差し押さえられる、という事になった。

よって、給料を貰えば、一家の収入は20万しかない。うち10万は祖母に家賃として納めなければならないため、一家四人で10万で暮らすのは、学費含めてやや不可能に近い状態だった。

そこで親父は、起業をすることとなる。それが会社Bだ。会計上、母を名目上の社長に据えて、母親給料を受け取る仕組みにした。これならば、差し押さえられることもない。

そこで、家を担保に入れて借金しながら、どうにかこうにか年収700万前後収入を15年間その後親父は稼ぎ続けることになる。それは、来月で終わるわけだが。

そして、この家も、借金の担保に消えて、売らなくてはいけなくなったわけだが。

一方の家庭事情

端的に言って、親父とお袋の性格相性は最悪だった。たびたび皿が飛び、怒号が鳴り、もうどうしようもなかった。

まず、横浜社長令嬢だった母親と、大阪でどん底の貧乏から這い上がってきた親父とでは、そもそも金銭感覚も生活感覚もずれていた。二人は、ハワイで知り合い、その後親父が大阪から横浜へ熱烈なプロポーズをしにいき、それをお袋が受け入れる形で結婚した。お互いの性格をちゃんと確かめなかったのも、こういった状況の一端だったろう。

自分はそれこそ5歳ぐらいのころから、両親の喧嘩仲裁をしてきたことを思い出す。自分は両親が好きだった。両親の言い分はどちらも理解出来た。そして、なぜ、人によって見える世界がこれほど食い違うのかと繰り返し繰り返し思った。端的に言えば「絶望」といった形なのだろうが、そんな言葉を理解出来ないころから、お互いの言葉通訳して相手に伝える、というようなことをしていた。そのころは、まだ二人が仲良くやっていけるものと、どうにかいい方法があるはずであると、信じていた。

自分にとって、お袋は怒りっぽくて片付けができないけど、優しくて感情豊かで料理うまい母親だった。

自分にとって、親父はクールデリカシーのない人間だけど、いざという時には頼りになる、一家の大黒柱だった。

その二人が、互いの事をひどく罵り合うのを聞き続けた。今でも一番聞きたくない言葉達だ。それでも、二人はその文句を理解してくれる人間が僕しかいないということで、ずっとそれを僕に言い続けた。今でも、言い続けている。

両親の仲は「当然」1995年会社A倒産以後さらに悪化する。親父はどこかで「あのとき会社Aに入らなければ」「倒産の時の一番の被害者は俺だ」と思ってるし、お袋はお袋で「起業するのはいいけどなぜ母親(僕の祖母)の持ち物である家を抵当にいれるの?」と思っていた。悪化しないほうが無理というものだった。

それでも、お袋は「自分に出来ないことはない」とどこかで思っている節があり、関係修復しようと親父に話しかけた。しかし、やはりその話し方は非常にぎこちなく、結果として高圧的で、それこそ親父の状況を見ずに話しだすようなやりかただった。そして、そのやり方は親父が一番嫌う物だった。親父は押しつけが嫌いであり、お袋は押しつけあうことこそがコミュニケーションだと考えていた。

親父とお袋の仲を修復しようとする「不可能」に対して母親は挑み続けた。結果、余計にストレスをため込むようになった。また、会社Bで借金をする度に祖母に僕の自宅を抵当に入れてくれと頼みに行く(会社A倒産後、僕の自宅を競売で競り落としたのは祖母なので)時も、「あなたの勝手に私の母親を巻き込まないでよ!」と、たびたびヒステリーを起こすようになっていった。さらに2008年以後会社Bの経営が悪化すると、母自身が無職であることによる生活への不安感で、よりストレスをためるようになる。父が休日家にいると「テレビ見てる暇があったら営業に行ったらどうなの!」と怒号を発し、それが喧嘩の発端になることも度々だった。

そんな中、極度のストレスの結果か、母は大動脈瘤を患うこととなった。2009年、冬の事だ。

いつ動脈瘤が破裂するか分からない、しかし妹は既に嫁に行き、父と僕は勤めにでていて平日は母の様子をみられない。なので、母は実家に帰ることとなった。その後、母は快方に向かう。母は、父と顔を合わせているだけで、体調が悪化するという状態になってしまっていたのだった。

そして今月、親が会社を廃業して離婚するらしい

父が先週の木曜、母の実家に顔を出して、話をした。そこで、標題の話になった。

母はそのまま実家に居るだろう。父は神戸にいる父方の祖母、および父の姉の面倒を見るため神戸に帰ることも検討しているらしい。妹は嫁に行っている。僕も一人暮らしをして、その後結婚を考えている。実質上の、一家離散となるだろう。

今こうして、キーボードを打っている家には、20年近く住んだことになる。僕の後ろには、まだ妹が寝ていた二段ベットが残っている。この家も、来月には売りに出さなければならない。

色んな事があった。色んな事があった。たぶん、誰にも悪気は無かったように思う。全てが食い違っていった。何が悪かったんだろう?

* 祖父が父を会社Aに誘ったことが悪かったんだろうか?

* いやいやそもそもハワイで出会っただけの二人が結婚しようとしたのが間違ってたんだろうか?

* 祖父が父に社長を押しつけなければよかったんだろうか?

* 僕がもうちょっとうまくやれば、両親はもしかしたら、うまくやれる日が来たかもしれなかったんだろうか?

* 会社Aが倒産した後、親父が20万しか稼げなくても、俺が中学を辞めるなりして勤め始めれば良かったんだろうか?

* 会社Bが出来た後、俺も今の会社じゃなくて親父の会社の手伝いをすれば良かったんだろうか?

どこで間違えたかはよくわからない。ただ、親父は起業後、毎朝5時半に起き、一日も休まず会社に行き続けたし、母親は毎日美味しい料理を作り続け、たとえば僕や妹の愚痴なんかも受け止めたりして、祖父もその後起業して親父に仕事を回したりして、祖母もそもそもこの家を買い取ってくれたりもして。

色んな人が、色んな事をやって、それでもダメだったときは、いったいどうすれば良かったんだろうか。

ようやく、泣きそうになってきた。どうすれば良かったんだろう。ほんとうに。

そんなことを振り返る。

ここまで読んでくれた人、ありがとう。

親が会社を廃業して離婚するらしい

今朝会社経営していた親父から聞かされた。標題の通りだ。

お袋は既に別居して実家に戻っており、先週木曜にそのような話をしてきたそうだ。自分は親父と同居している。今年で27になる。そろそろおっさんだ。結婚も考えてる。

家は、借金の担保に入っており、売ることになるそうだ。不渡りは今のところ出さなくてもいいそうなので、倒産というよりは、廃業という形になる。

話を聞いたときは、来るべき時が来たかと思った。正直、そこまで動揺はなかった。

しかし、自分という人間頭が悪い。しかも鈍い。だから、いつもこういう「ショック」な出来事は、聞いた瞬間はうまく感情の処理が出来ないらしい。あとからじわじわ沸いて出てきて、長期間にわたり体調を崩す、そんなことはもうごめんなので、はてな匿名ダイアリー、通称増田自分感情を書き綴って、整理をしようかと考えた。

そんなことはチラシの裏にでもかけよ、というのもごもっともだ。ただ、一つの人生のサンプルとして、もしかしたら誰かの役に立つかも知れないとも考えるので、増田に書いておきたい。一石二鳥が好きなんだ。せっかく書くんだから、ってことで。そのくせ、感情の整理の為に、一つ一つを思い返して書いていくからそれなりの長文になると思う。しかも、たぶん結論なんてない。不愉快に思った人は、ここらへんでブラウザなり、タブなりを閉じることをおすすめする。

今回の倒産は二度目になる

最初に親父の会社倒産したのは中学一年1995年だった。文化祭を謳歌していた僕は、親から倒産の報を受け取った。しばらく家を離れているようにとのことだった。

家に帰り、荷物をとり、母、妹、僕の三人で成田空港まわりの安いホテルに泊まった。平日だったので、安く泊まれた。

その時僕は、ひたすら星新一ショートショートを読んでいた。あの短く、そしてあのライト皮肉のこもった文章ですら、どうにも心がざわついて、読んでるうちに気持ち悪くなったことを覚えている。

一方、親父は、会社更生法認可後の後処理に走り回っていた。混乱の無いよう、このときの会社をA、今日廃業が決まった会社をBとする。しばらくAの話をする。

そもそも、「親父の会社」と書いたが、父が社長になったのは倒産する一年前の事だった。その前は、母の父、僕の祖父が社長を務めていた。

親父が僕の母親結婚した際、母の父である祖父が「是非うちの会社に来てくれ」と何度も頭を下げて頼みに来たそうだ。今でも「あのとき断っていたら、今頃どうなっていたろうな」と親父は振り返る。

そして、親父が会社Aに就職して十年が経ち、製造業だった会社Aは円高の影響を受けて苦しい状況になる。その中で、アメリカにも会社を作ることとなる。その時点で、会社東北関東に分社化しており、関東社長を祖父、東北社長を叔父(母の弟)が勤めていた。アメリカにも会社を作ると言うことで、その社長に叔父が就任することとなった。空位となった東北社長に祖父が就任、そして空位となった関東社長を誰にしよう、という話になった。親戚類で、社長になれるのは親父しか残っていなかった。代表者として、自宅を、会社借金の抵当にいれることになった。

その一年後、会社Aは倒産する。名目代表は、関東社長である親父になっていた。数社来たテレビ新聞カメラの前で、親父は深々と頭を下げた。

その後親父は、会社更生法の申請、アメリカ会社の存続(他の会社に買収して貰った)、会社整理などに駆けずり回った。あの頃、親父は「家から出るのが嫌で嫌でしょうがなかった」と言っていた。債権者からは怒鳴られ、従業員からは責められていたそうだ。家は、競売に掛けられた。資産があった祖母に競売で買い取って貰ったが、その後祖母には家賃を納める事になった。

祖父と叔父も代表権を持っていたため、家を売ることになった。叔父はアメリカに既に家があった為、日本の家を売っても問題はなかった。祖父は、祖母が会社Aの出資者として役員をやっていたため給与を数十年貰っていた貯金があり、家を買い戻すことが出来た。祖父は既に年金を受け取っており、叔父はアメリカ会社が存続できたため社長として仕事を続ける事が出来た。倒産の際、一番苦労をしたはずの親父には職が残らなかった。持ち家も無くなった。結果として割を食ったのは我が家だけとなってしまった。

初めての会社設立

問題は、親父が無職になった事だった。他の会社から「うちで勤めませんか」というお話をいくつか頂いた。が、我が家差し押さえの対象となっていた。20万円の給料を貰った時点で、それ以上は差し押さえられてしまう状態だった。

説明すると、家は競売に出されたが、他の家具なども差し押さえるかどうかという話になった。が、持ち出す費用、売る費用考えると、ということで家具差し押さえられずに済んだ。しかし、親父の給料は、20万以上の給与を貰った時点で差し押さえられる、という事になった。

よって、給料を貰えば、一家の収入は20万しかない。うち10万は祖母に家賃として納めなければならないため、一家四人で10万で暮らすのは、学費含めてやや不可能に近い状態だった。やや、と書いたのは、不可能ではなかったからだ。しかし、社長令嬢でもあり金の少ない暮らしには耐えられない母親が、10万円での暮らしに耐えられたかどうかは、正直厳しいところだったと思う。思えば、これが最大の問題点だったのかも知れない。

そこで親父は、起業をすることとなる。それが会社Bだ。会計上、母を名目上の社長に据えて、母親給料を受け取る仕組みにした。これならば、差し押さえられることもない。

そこで、家を担保に入れて借金しながら、どうにかこうにか年収600万前後収入を15年間その後親父は稼ぎ続けることになる。それは、来月で終わるわけだが。

そして、この家も、借金の担保に消えて、売らなくてはいけなくなったわけだが。

一方の家庭事情

端的に言って、親父とお袋の性格相性は最悪だった。たびたび皿が飛び、怒号が鳴り、もうどうしようもなかった。

まず、横浜社長令嬢だった母親と、大阪でどん底の貧乏から這い上がってきた親父とでは、そもそも金銭感覚も生活感覚もずれていた。二人は、ハワイで知り合い、その後親父が大阪から横浜へ熱烈なプロポーズをしにいき、それをお袋が受け入れる形で結婚した。お互いの性格をちゃんと確かめなかったのも、こういった状況の一端だったろう。

自分はそれこそ5歳ぐらいのころから、両親の喧嘩仲裁をしてきたことを思い出す。自分は両親が好きだった。両親の言い分はどちらも理解出来た。そして、なぜ、人によって見える世界がこれほど食い違うのかと繰り返し繰り返し思った。端的に言えば「絶望」といった形なのだろうが、そんな言葉を理解出来ないころから、お互いの言葉通訳して相手に伝える、というようなことをしていた。そのころは、まだ二人が仲良くやっていけるものと、どうにかいい方法があるはずであると、信じていた。

自分にとって、お袋は怒りっぽくて片付けができないけど、優しくて感情豊かで料理うまい母親だった。

自分にとって、親父はクールデリカシーのない人間だけど、いざという時には頼りになる、一家の大黒柱だった。

その二人が、互いの事をひどく罵り合うのを聞き続けた。今でも一番聞きたくない言葉達だ。それでも、二人はその文句を理解してくれる人間が僕しかいないということで、ずっとそれを僕に言い続けた。今でも、言い続けている。

両親の仲は「当然」1995年会社A倒産以後さらに悪化する。親父はどこかで「あのとき会社Aに入らなければ」「倒産の時の一番の被害者は俺だ」と思ってるし、お袋はお袋で「起業するのはいいけどなぜ母親(僕の祖母)の持ち物である家を抵当にいれるの?」と思っていた。悪化しないほうが無理というものだった。

それでも、お袋は「自分に出来ないことはない」とどこかで思っている節があり、関係修復しようと親父に話しかけた。しかし、やはりその話し方は非常にぎこちなく、結果として高圧的で、それこそ親父の状況を見ずに話しだすようなやりかただった。そして、そのやり方は親父が一番嫌う物だった。親父は押しつけが嫌いであり、お袋は押しつけあうことこそがコミュニケーションだと考えていた。

親父とお袋の仲を修復しようとする「不可能」に対して母親は挑み続けた。結果、余計にストレスをため込むようになった。また、会社Bで借金をする度に祖母に僕の自宅を抵当に入れてくれと頼みに行く(会社A倒産後、僕の自宅を競売で競り落としたのは祖母なので)時も、「あなたの勝手に私の母親を巻き込まないでよ!」と、たびたびヒステリーを起こすようになっていった。さらに2008年以後会社Bの経営が悪化すると、母自身が無職であることによる生活への不安感で、よりストレスをためるようになる。父が休日家にいると「テレビ見てる暇があったら営業に行ったらどうなの!」と怒号を発し、それが喧嘩の発端になることも度々だった。

そんな中、極度のストレスの結果か、母は大動脈瘤を患うこととなった。2009年、冬の事だ。

いつ動脈瘤が破裂するか分からない、しかし妹は既に嫁に行き、父と僕は勤めにでていて平日は母の様子をみられない。なので、母は実家に帰ることとなった。その後、母は快方に向かう。母は、父と顔を合わせているだけで、体調が悪化するという状態になってしまっていたのだった。

そして今月、親が会社を廃業して離婚するらしい

父が先週の木曜、母の実家に顔を出して、話をした。そこで、標題の話になった。

母はそのまま実家に居るだろう。父は神戸にいる父方の祖母、および父の姉の面倒を見るため神戸に帰ることも検討しているらしい。妹は嫁に行っている。僕も一人暮らしをして、その後結婚を考えている。実質上の、一家離散となるだろう。

今こうして、キーボードを打っている家には、20年近く住んだことになる。僕の後ろには、妹が寝ていた二段ベットが残っている。この家も、来月には売りに出さなければならない。

色んな事があった。ここには書けないようなことも。たぶん、誰にも悪気は無かったように思う。全てが食い違っていった。何が悪かったんだろう?

  • 祖父が父を会社Aに誘ったことが悪かったんだろうか?
  • いやいやそもそもハワイで出会っただけの二人が結婚しようとしたのが間違ってたんだろうか?
  • 祖父が父に社長を押しつけなければよかったんだろうか?
  • 僕がもうちょっとうまくやれば、両親はもしかしたら、うまくやれる日が来たかもしれなかったんだろうか?
  • 会社Aが倒産した後、親父が20万しか稼げなくても、俺が中学を辞めるなりして勤め始めれば良かったんだろうか?
  • 会社Bが出来た後、俺も今の会社じゃなくて親父の会社の手伝いをすれば良かったんだろうか?

どこで間違えたかはよくわからない。ただ、親父は起業後、毎朝5時に起き、一日も休まず会社に行き続けたし、母親は毎日美味しい料理を作り続け、たとえば僕や妹の愚痴なんかも受け止めたりして、祖父もその後起業して親父に仕事を回したりして、祖母もそもそもこの家を買い取ってくれたりもして。

色んな人が、色んな事をやって、それでもダメだったときは、いったいどうすれば良かったんだろうか。

ようやく、泣きそうになってきた。どうすれば良かったんだろう。ほんとうに。

そんなことを振り返る。

ここまで読んでくれた人、ありがとう。

2010-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20100124125340

別に税金使ってるのは大学だけじゃないだろう。公務員土建業も使ってるし、農業補助金あるし製造業だってエコポイントやらがある。だからといって職務外の仕事まで強制されるなんてことはないわけで。ネット一般人への啓蒙仕事なら、それ用の予算をつけて報酬も出さないとだめだよ。理想的には選挙公約でもそれを掲げるべき。自分給料の一部が税金からきてるからといって何でもかんでもやるべき仕事にされたらたまったものじゃない。

2010-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20100113084450

本当の意味貧困率が上がったのかどうかは疑問。格差は縮小しているんだから、バブル景気からこっち、長らく水ぶくれしていたいわゆる中流層の経済状態が正常値に戻りつつあるとも言えるのでは。

それに、そのような変化がはパイが大きくなったせいで生じたとは言えない。雇用の大半を占める国内製造業雇用環境が低迷し、結果として従業員にしわ寄せが来るのはBRICsの発展に伴う必然だろう。それが短期的なものにとどまらなかったのは、中途退職しづらい日本特有の雇用形態に原因を求めることができると思うが、もしパイが大きくなっていなかったら、さらに致命的な結果を招いたんではないかな?

2009-12-29

ttp://tameike.net/comments.htm#new20091226055851

○簡単に言ってしまうと、企業マインドがむちゃくちゃ悪くなっていて、「たとえ輸出が改善するのであっても、もう国内に工場を作るべきではないかもしれない」というムードになっている。国内市場には夢がない。むしろ、「地産地消」で中国に出て行ったほうがよいのではないか。製造業がこんな調子では、他の産業も推して知るべしということになる。

○ところが政府は、「製造業への派遣労働の原則禁止」にむけて動いている。ますます製造業の国内への投資意欲は削がれる理屈である。設備投資が増えない国で、雇用が増えるはずがない。この簡単な理屈が、今の政府は理解できていない。成長戦略がどうのこうのという以前の問題である。

○ちなみに「製造業雇用が減っても、農業介護で増やすからいい」というのは、とっても筋の悪いアイデアである。農業介護ビジネスを振興するには、補助金なり社会保障費を増やさなければならない。しかもこれらは、他への波及効果が少ない産業である。あまりお得な作戦ではない。

○極論すれば、月例報告が設備投資の状況を読み違えた理由は、政府自身が「自分たちがいかに産業界に信用されていないか」に気づいていないからであろう。景気を二番底に誘導しているのはいったい誰なのか。せっかく輸出や住宅建設が上向いているのに、実に悩ましい状況であります。

2009-12-22

http://anond.hatelabo.jp/20091222101213

松下幸之助しかり、ミスミのCEOしかり、製造業で自社のR&Dを技術面で深く理解できなくても経営は出来るみたいよ。

文系出てる製造業経営者ってどうやってテクノロジーを理解しているんだろうか。

不思議すぎ。

2009-12-19

将来の夢考

 http://anond.hatelabo.jp/20091217224219

 つづき。

「やっぱりラオスラオスに決まりです」

「なんでまた、そんなところを」

 ぼくはガイドブックから視線を上げて、うれしそうにする彼女を見る。

 彼女ラオスガイドブックを開き、ぺージをめくりながら、つぎつぎ指さす。

「やっぱりメコン河ですかね。特にこのシーパンドーン、四千の島という意味だって書いてありますし、あとはボーラウェン高原、すごくきれいなところなんです。さっきFlickrでチェックしたら、みんなバイクで。やっぱり取らないといけないですかね、免許

 ぼくはぽかんとする。

「あー、いや、1人あたりGDPとか、総人口とか、交通の便とか、そういうのを調べないと。それじゃあ、観光目的だよ」

観光目的です」

 はっきりと言う。

 彼女のいまの夢は、観光目的ラオス工場を建てるということ。

 一見すると私益と社益の混同ではあるのだが、社益を私益にFIXさせることが出来るようになると、あんがい会社勤めは悪くないと思い始めたようだった。

ラオスをバックパック旅行したいと思っていたんです。でも、それだといろいろ心配しないといけませんよね? でも工場建てて、そこに派遣されれば、全部解決だって気付いたんです」

 なんとも途方がないことをうれしそうに言う。

 確かに製造業生産拠点を東南アジア工場移転しており、その中でもラオスの特に南部は穴場ではあるのだ(北部は中華系が占拠している)。いまは無理でも、3年後ぐらいなら、けっこうよい投資環境が整っているかも知れない。

「ね? いい考えでしょう?」

「え、ああ、筋はいいかも……」

「だから、いまのうちからラーオ語勉強しなくちゃ」

「はあ……」

 こんなことをわざわざ言い出すまでもなく、多くの日本人会社の夢と自分の夢を重ねることにより夢を実現させている。それが出来るようになれば、リスク会社に背負わせたまま自分の夢を実現することが出来る。

 彼女のようにそれがたとえ観光目的であったとしても、それが社益とFIXされれば、そのような夢や情熱を持つことは推奨される。

 ただ、上手く会社自分のつじつまを合わせなければならない。

 そのために同僚と夢を話し合い、共有し合い、仕事をこなして認められ発言力をつけ、いくつものプロジェクトを成功させ実力をつけなければならない。会社が夢を見ないなら、そこに自分ビジョンを植え付ける、たきつける。会社絶望したのなら実績だけ作って、自分を別の会社に高く売りつける。

 なんともたくましい。

 半年ほど前、彼女がしきりに仕事を辞めたいと言っていたのを思い出す。

 もう何度目かの作戦会議のあと、まだぐしゃぐしゃになってぼくのところに投げ出されていない別の案件で行き詰まっているらしく、彼女は言う。

「わたし、もうこの会社やめたいんです」

「え? なんで?」

製造業合わないって思うんです、機械苦手だし」

「はあ」

「それに、子供の頃からの夢があるんです、わたしデザイナーになりたいんです」

 それはよくある現実逃避で、ほとんどの場合上手くいかないことは保証できるのだが、彼女の場合、それが根深いように思えた。

「みんながなりたいものに、生活を掛けてしまうと、とってもつらいですよ?」

「ああ、よく聞く話ですね。競争者が多くて誰もがなりたいところは自然に過酷な労働環境になるって」

作家なんかだと、たいてい仕事を持っていて、作家業が軌道に乗るまではその仕事をつづけるのがほとんどですし。本業年収の倍を作家業で稼げるようになってから、作家業を本業にするなんて、よく聞く話で、それに」

 ぼくは、言うべきか、言うべきでないか迷う。

 それに気付いた彼女は、視線で続きを促す。

 それなりに痛いことではあるのだ。

本業にしてしまっていたときがあったんです、プロカメラマンだったんです、昔」

 ぼくは、彼女に話す。

 進学校に入りながら、大学受験をやめてカメラ専門学校に入ったこと。それから、先輩のつてをつたってプロの端くれになったこと。下積み時代は長くて苦しくて、それでもある分野ではそれなりに認められるところまでは行ったこと。しかし、生活は激務で荒れ果て、収入は底辺に近いところだったこと。

 それを彼女は静かに聞く。

「それで辞めたんです。先行きも暗いし。これをつづけても意味がないって」

 彼女は首を傾げる。

「なんで辞めたんですか? カメラ

「いえ、辞めたのは、カメラで生活することで、カメラは辞めてません」

 ああ、なるほどと彼女は頷く。

「ぼくはカメラは好きだけど、カメラで生活することは好きじゃないって気付いたんです。実際のところ変わらないんです、カメラで生活していようがしていまいが、カメラすること自体は何ら変わらない。それが仕事である意味はないって気付いたんです」

「それで製図屋さんに?」

「ええ、この業界ニッチなんです。みんなきっとずっと製図ばかりしているのは退屈だろうと思うんです。なので高給で、仕事が楽で、専門性が高くて、安定しているにも関わらず、あまり多くの人がなりたがらない」

「でも、趣味カメラをやりたい人にはぴったり」

 ぼくは笑う。

「そのとおり」

 彼女が遠慮がちに聞く。

「どんな写真を撮るんですか?」

「え? ああ、自然が多いですかね。アマゾンとか一度撮ってみたいかなぁ」

 結局のところとぼくは思う。

 誰もが思いつきやすい夢というのは、非常に環境の厳しい実現しても不幸になりやすい夢であると。そこにあるレッドオーシャンを目指すよりは、誰も気付いていない未開のニッチブルーオーシャンを目指す方がいい。

 しかし、そんな南の楽園への道は紆余曲折が待っていて、それを探すためにそれほどハードではない仕事とのダブルスクールをすることは悪いことではないと。むしろ、そっちの方が、自分の可能性が多様になり、レッドオーシャンの血みどろの戦いに振り回されることなく、自分のやりたいように出来るのだと。

 レッドオーシャンの嵐の中では船はコントロールさえ失ってしまうが、誰もいない大海原では、自分が取りたい進路を選ぶことができると。

 そして、多くの日本人はもっと楽ちんな、会社自分の夢を実現させるために、会社自分の折り合いをつける選択をしているのだと。

 いままさに、彼女がしているように。

「というわけで、ラーオ語覚えてくださいね?」

 唐突な彼女言葉にぼくは視線を上げる。

「え?」

「だって、そうですよね? うちの会社ラオス工場を建てたら、製図屋さんも派出所ラオスに作らないと、契約あるんだし。そのときあなたが派遣されるためには、ラーオ語が話せるのはあなただけという状況になっているのが、望ましいんです」

「はあ」

 なんとも、深慮遠謀な話だ。

「しかし、ラーオ語って、なんともニッチな」

「だからこそ、ブルーオーシャン、でしょ?」

 ああ、それでラオスかと得心がいく。ラオスにほんとうに工場が建てられるかどうかはともかく、その夢のために情熱的に生きれるのであれば、それはよいことなのだ。

「計画にはぼくも入っているんですか?」

「え、だってあなたがいないと不便なんです、いろいろと。それに、あなた、わたしのことどう思っているの?」

 伏し目がちに聞く彼女を見て、ぼくはどきりとする。

 さんざんに曖昧だ、曖昧だと揶揄されてきただけに、その曖昧さを維持したいのだということは言えそうになかった。

 彼女は、言葉定義にとらわれやすい。

 たとえば、結婚してもいいというと、結婚ネガティブな面に意識がむき、それはどうかなと思い始める。同じように、恋人になりたいというと、恋人が出来たときのネガティブな面に意識がむく。

 彼女はきまぐれだから、そのきまぐれに、その言葉定義が合わなくなったとき、たとえばその気まぐれには恋人であることが不都合であったとき、その関係性を疎む、という性質があるのだ。

 なので、彼女のきまぐれにいつでもつきあえるように曖昧にしておく。

 これがぼくが彼女とつきあううちに見つけた処世術だったのだ。

 ぼくはとてもストライクゾーンが広く、そして彼女ボールゾーンがおもいっきり広い。

 なので、なるべくそボールに球を投げないように、細心の注意を払う。

 でも、ほんとうのところはそんな他人が作った言葉定義は、いわばレッドオーシャンで、ぼくと彼女だけにしか適用できそうのない、ニッチブルーオーシャンを探したいと思っている。

 それはいったいどういうものなのかというと、それはぼくにも分からず、そのときどきに都合のよいように、彼氏にも、友達にも、相棒にも、変化するなにかだと思うのだ。

 ときには問題を解決したり、ときにはいっしょに遊んだり、ときには恋愛物質に翻弄されたり、ときには抱きしめたり。

 ようはぼくは彼女と一緒にいたくて、いろいろなことがしたくて、そこには好きという気持ちも、愛しているという気持ちも、一緒にいると楽しいという気持ちも、悪ガキのように作戦会議をするのも楽しいという気持ちも、彼女のあらしの側にいるとこっちも活性化するのでうれしいという気持ちも、ごっちゃになって含まれている。

 それを定義する言葉がなくて、言葉曖昧になる。

「ねえ、どうなんです?」

「ラーオ語、覚えます。ひょっとしたら会えなくなる可能性を消しておきたいんです」

「また、曖昧

 彼女は不機嫌そうに眉をしかめた。

(それはきまぐれなあなたに合わせるためなんだけどなぁ……)

 それでも、彼女はよしと意気込み、ラオス工場を建てる計画の推進をはじめる。

 その姿があまりにも眩しくて、ぼくはそれに見入ってしまう。

 彼女の飛躍するような自由奔放なあらしの側にいると、こちらまで、もっと高い理想と夢を追わなければならない気になってくる。

 彼女は停滞を嫌う。

 それがぼくに向くときに、うわ、頑張らなくっちゃとなるのが嬉しかったりするのだ。

(しかし、ラオスか……、途方もないなあ……)

2009-12-14

いまだにid:buyobuyoが雲隠れした理由がわからない

派遣会社ただちに悪ってわけじゃないだろう。

最近、話題になってるのは基本的に製造業派遣であって、専門職技術職系の派遣制度の本来の趣旨に合致してるんだし、別に後ろめたいわけじゃないだろう。

2ちゃんでの評判なんか、そもそも好意的になるわけないし、数ある派遣会社の中ではそんなに問題になってない方なんだから、読者が納得いくような釈明をすればいいのに。

本名がばれたことそのものが精神にショックだったって可能性もあるが、だとしたらジオシティーズサイトを残しておくのはワキが甘すぎるよなあ。

取引先や株主との関係で、私的にやってるブログがあると業務に差し支えるってことなのかな?

だったらそういうふうに説明したらいいのに。

メンテ中」といったまま帰ってこないなんて。

中央区行商違法なら、ヤクルト違法なんですケド

http://d.hatena.ne.jp/itarumurayama/19690213

2009年 8月 6日(木)19時46分1秒の投稿より。

【以下引用

オフィスビルの各テナントに、

ヤクルトおばちゃんが巡回して、ヤクルトを売っている。

販売の形態としては、

「定期契約した人に、ヤクルトを毎日届ける」というケースもあるようだが、

少なくとも小生は「飲みたい日には飲むし、飲みたくない日は飲まない」。

で、出入りのヤクルトも、当日に飲みたい人にだけ売っている。

しかし、このヤクルトの行為は、他の区はいざ知らず、

新宿区保健所管内では「違法行為」に該当するらしい。

というのは、新宿保健所解釈では、

食品衛生法東京都食品製造業取締条例」により、

ヤクルト等の販売行為をするには「食料品等販売業」の許可申請が必要になり、

「手洗い器や陳列棚の設置が必要になる」のである。

ワゴンで動き回っているヤクルトおばちゃんに、手洗い器などあろうハズがない。

因みに、他の区(中央区港区)では、「行商」としてヤクルト販売に許可を

出している可能性はあるが、「新宿区行商許可を一切出しません」ということらしい。

というより、

新宿保健所に出入りしているヤクルトは、予約販売形式なので、

 他のビル内でも予約販売していると思っていた。

 もし現地販売しているのなら、それは違法」なんだそうだ。

なお、「予約販売」の場合は、「出前」「仕出弁当」と同じ扱いになって許可要件が変わるので、

手洗い器が無くてもOKになる。

・・・もっとも、

「確かにヤクルト違法なんですが~~う~ん、今更取締りをすることもないし・・・」と

奥歯にモノが挟まった受け答えを保健所窓口氏は行っているので、

どうも「ヤクルトの行為は黙認」することになりそうだ。

引用終了】

今回、中央区は従前の「行商容認」から「行商禁止」に舵を切ったので、

移動弁当屋も当然禁止になるのだが、と同時に「ヤクルトも禁止」にしないと、

整合性が取れない。

2009-12-13

経験無職Webサービス系に転職したい。で、ここにいるみんなに聞きたい。

俺は今30歳の無職の男だ。

なぜ無職になったかというと、3K製造業をしていたところ、怪我をしてもう体力仕事は出来ないという事になったからだ。

ちなみにお金もほとんど無い。

で、今後どんな仕事をしたらいいかと悩んでいたのだが、Webサービス系の仕事に就きたいと思った。

事務とかではなく作る方の関われたらと思っているのだが、プログラミングは全くわからないし、HTMLすら知らない。

デッサンもほぼ出来ないので、デザイン絶望的だ。


ただ、今は出来ないということで、猛勉強する気はある。

しかし当然だが、何の結果も出していない30の男が雇われる可能性すら無いようだ。


ここにいるみんなは、IT系の仕事に就いている人が多いのではないかと思い相談をさせてもらう。

経験のない30歳がWeb系でやっていけるのだろうか。

・未経験でもとりあえず雇ってもらえそうな、方法はありそうか。


今の俺のWebに対する理解度は、SNSは嫌いでやっていなかった(当然今後はやる)、RSSとかでIT系のサイトは毎日チェックはしているぐらいなのだが。

あいつもネトウヨ、こいつもネトウヨ

■拡大する超巨大組織ネトウヨ(未だ増殖中) ■ 2009/12/13

新風支持=ネトウヨ                      自民支持=ネトウヨ

麻生信者ネトウヨ                      平沼グループ支持=ネトウヨ

中韓ネトウヨ                       アンチマスコミネトウヨ

産経新聞購読者=ネトウヨ                   テレビ嫌い=ネトウヨ

新聞読まない=ネトウヨ                    創価信者ネトウヨ

幸福の科学信者ネトウヨ                   アンチ鳩山ネトウヨ

アンチ小沢ネトウヨ                     共産支持=ネトウヨ

親米ネトウヨ                        保守ネトウヨ

スポーツ日本を応援する=ネトウヨ              エコポイントテレビ買ったよ=ネトウヨ

エコカー減税で車買ったんだ=ネトウヨ             ウォールストリートジャーナルネトウヨ

フィナンシャル・タイムズネトウヨ              ワシントン・ポストネトウヨ

オーストラリア労働党ネトウヨ                外国人参政権付与に疑問を持つ者=ネトウヨ

長崎県民=ネトウヨ                      李登輝来日歓迎者=ネトウヨ

広島県民=ネトウヨ                      派遣社員フリーターネトウヨ

女子中高生ネトウヨ                     中国産は危なっかしいと思った=ネトウヨ

戦前中世代=ネトウヨ                    既(鬼)女=ネトウヨ

イチローを応援した=ネトウヨ                 H2Bロケット打ち上げ成功を喜んだ=ネトウヨ

ニコニコ動画を見るよ=ネトウヨ                漢民族朝鮮民族以外の全人類ネトウヨ

革マル派ネトウヨ                      中核派ネトウヨ

農家ネトウヨ                        輸出産業従事者=ネトウヨ

OECDネトウヨ                        死刑制度賛成=ネトウヨ

経産相=ネトウヨ                       認知症大臣ネトウヨ

福島みずほネトウヨ                     日経平均ネトウヨ   


東アジア共同体に反対するアジア人ネトウヨ ←NEW!!!! 

温室効果ガス25%削減に賛同できない日本人ネトウヨ ←NEW!!!! 

円高を容認できない農家投資家製造業に携わる者=ネトウヨ ←NEW!!!!  

キャバクラ税金を使って飲み食いするのを不適切だと思う者=ネトウヨ ←NEW!!!!   

外国との約束を守るべき=ネトウヨ ←NEW!!!! 

      

2009-12-10

下請けばっかりやってる企業って魅力ないよね

過去ソフトハウス企業回りしてて、現在製造業企業回りをしていて思うのだが、どの業界でも、そうなんだなと思った。どんな業界にも面白い企業はあるし、つまんない企業はある。

傾向として、下請けばっかりやってる企業って、技術力の向上に励む気概を感じられないというか、おたくの代わりなんて、第三者の俺から見て、いくらでもいるでしょ!? と思ってしまう。従業員数はそこそこいるから、それなり企業かなと思ったら、烏合の衆なんだろうか。規模はちっちゃくても、尖ってる企業が強いと思った。

残念なのは、そういう魅力が外観からはわかりにくいということ。オフィスの見た目がショボくてビックリする。といっても、現状で十分だから、その必要がないのかな、どうなんだろね。

2009-12-07

労働組合」って一体なんなの?の続き

前に書いた「『労働組合』って一体なんなの?」(http://anond.hatelabo.jp/20091205012414)に賛否両方のコメントありがとう。

勉強になった。時間が経つにつれてコメントが穏やかになってくのが面白かった。

それはさておき、「労働条件を良くするために、足並み揃えて残業減らそう」という主張は理解できた。

で、それを実現するときにね、いまの組合みたいに頑張るのが良いのかな?というのも疑問としてある。

その他ちょぼちょぼした疑問もある。

雑駁な感じで、ちょっと違う感じの話になるので、別の日記で書いてみた。


(1) 残業時間削減は経営側にやらせれば良いんじゃないか?

昨年リーマン・ショックが起きた時に、いくつかの企業(特に製造業)では「原則として残業禁止!」となったよね。人件費削減のため。

それで、このときはね、みんなキチンと帰るよ。なんてたって上からの命令だから、課長部長もしっかり帰らせる。

ここで仕事持ち帰られてサビ残になったら目も当てられないけど、そこは正に組合が目を光らせれば良い。

経営側に「人件費削減のために残業削減」というモチベーションを持たせて、組合サビ残だけ目を光らせればいんじゃないのという気がしてる。

いま、組合協議をしてもらうとね、年間360h超えだけじゃなくて、月間で40h超えの協議もあるけど、とにかく「もっと残業を減らすように」と課長は言われる。それで結局サビ残を選択するというのは本エントリーに書いた通り。

それで、もっと酷くなると「課長協議してもらうのも悪いから、今日残業つけなくて良いや」っていう人もいる。

「この『社畜』がああぁぁぁ!」という主張は解るけど(その辺、どうすんのさってのは次で書くけど)、ここはそもそも実質的協議止めればいんじゃないの。実際に残業した時間を事後申請にして、組合はそれをあっさりと通す。それによって兎に角サビ残をさせない。

それで何が起こるかっていうとね、人件費の増大。いままでサビ残になってたのが顕在化してくるから。

そこで経営側に判断させればいい。「一斉残業禁止だ!」とか「人件費使う課長は間抜けだから降格にしよう」とか。

これで残業減るよ。

ただ「サビ残しろ!」というプレッシャーは増えるから、ここだけは組合は徹底して闘わないと駄目。


(2) 「社畜」をどう啓蒙するのか?

組合とか色んな人が頑張ってるなか恐縮だけどね、僕みたいなメンタリティの人は、サビ残やるよ。

社畜!」「お前みたいな奴がいるから!」「労働ダンピングだ!」「法律違反だろ!」って言ってても良いけど、僕みたいのも労働者の独りだから、これを取り込んで一致団結して闘わないと労働条件の改善勝ち取れないよね。それで、どう啓蒙したら良いんだろう。

いま、良く言われてることは、なんかストンとこないんだよね。



コメント欄読んでて思ったのは

と言ったあたりの主張は、まあ理解できる。

だから組合もここを主張してね「みんなでやろうぜ!」というところでまとめて引っ張ってくんなら、まあ解る。解るのと賛同するのは違うけど。

ただ「我が社の労働条件を改善」で闘えるのはね「職場の多くの人が、自社の労働条件を改善する必要があると認識している」場合だね。

中小企業とかたくさんありそうだね。で、だいたいそういうところは組合がない。

組合があって、なおかつ「多くの人が、改善する必要がある」と思うような職場って、どれだけあるんだろう。

労働組合組織率が年々下がってく状況を見ると、そんなにないんじゃないの。

必要な会社には組合がなくて、不必要な会社には組合が残ってるんじゃないの。

日本全体の雇用環境改善するために!」は、まあ、高邁な志は立派だなあとは思う。

そしてまず、そんなに高邁な志を持つなら、組合がなくて苦しんでる中小企業いって組合つくってやれよと思う。

まあ、それは置いといて主張だけを聞いた時に「そうか。僕の残業が誰かの雇用を奪ってるのか。残業やめなきゃ」とは直ちに思えない。

雇用環境が悪化すると日本社会情勢が悪くなって、それが巡り巡ってあなたに」って話だと思うけど、それをリアルに感じるには、もうちょっと勉強いるな。

そして直観的に感じるのは「僕が残業やめて生じた雇用で、中国インドの人が雇われるんじゃね?」というところ。

日本全体の雇用環境!」という大きなところに話を持ってくなら、そういうところも議論しないとだなと思う。

あと「社畜」って侮蔑的な意味で使ってるんだと思うけど、自分の現状が「社畜」なら「社畜」でいいよ。

仕事やってて楽しいし、楽しいことやってお金もらえてるわけだから。

逆に「仕事は面白くもないけど、9時から5時までの労働力提供して対価もらってるだけだからいいや」っていう人達は何て言うんだろう。

飼われてないから「野良畜」とか言うのかな。

でも逆に飼われてる感じもするよね。


(3) 詰まらない仕事をしてても同じ主張ができるのか?

仕事が詰まらなかったら同じ主張はしない。

転職する。

(4) 労働ダンピングについて

仕事にやり甲斐があるなら、年収は低くても」っていう人もいると思うけど、これも労働ダンピング

2009-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20091128190043

一応説明すると、新しい政権および、日銀は円高容認かなと思っています。

米ドルも対円に対してはドル安を容認した状態なのかなと思います。一部米国政府高官の発言もありますし。

日本円は独歩高です。そしてドルは独歩安です。

対極ですね。

日本市場の場合、平均で27%、主要株で40%ぐらいが外国人投資家です。

なので円高が続けば為替で益がでるので売り越しが続きます。

ドル100円で1万円の株価と、1ドル80円で8000円の株価。比較は難しいです。

ドル80円での1万ドル日本人にはどう見えますか。

立ち位置によって観測結果は異なります。

これくらい為替が変動していると、当然下がった上ったはあまりリンクしなくなります。

ドル安”の流れは止めることができません。

これはクロス米ドルと他の国の通貨を比較してみることでわかります。

自民党政権の場合、その産業の主軸はモノづくりでした。介入してでもドル安を防いできました。

トヨタキャノンなどの製造輸出産業は円高になると莫大な損をぶっこきます。

大切な自民党の票田なので守られて来ました。日本貿易収支で黒字できたわけです。

貿易黒字になると円高圧力が強まります。

民主党政権への以降は劇的なものだったので、スムーズな移行というのはできていないと思います。

市場はある程度織り込み済みですが、この50年に貯め込んできた反動はまだ続くものと考えています。

日本製造業はもう10年も前に終了していたのだけども、ソフトランディングしようと無理にひっぱった結果代替策もなく事態を悪化させてしまいました。

市場から見ると、日本労働市場にはもうすこし混乱がつづきそうです。

ただ、円高については普通会社市民にはいいことかとおもいます。

2009-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20091114120648

借金して新しいこと研究・開発することが悪といってる?

だったら、借金して新製品の開発したり、工場建ててる日本製造業は全部悪じゃんね。

大きいものを長期的に回すときに借金が必要ないんだったら銀行なんてこんなにいらないでしょうが。

それと、日本借金大国になったのは、足下の景気よくしようとして赤字国債出しまくったからなんだけど。

2009-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20091113000255

金融政策だからといって金融業界ばかりが有利になるわけでもない。

円安低金利で業績もよくなるから製造業研究とかの投資はやりやすくなる。

デフレで新規採用設備投資抑制され続けたほうが開発進みにくくなるはず。

2009-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20091107150242

賃金に低さがだめなら最低賃金引き上げをするべきであって派遣禁止っていうのは方法としてずれてるように思うが。派遣だからといって給料低いとも限らないし、派遣禁止しても請負パートは禁止しないなら賃金水準としてほとんど変わらない状況になるはず。

それに今の与党がやろうとしてるのはなぜか製造業限定の禁止で一体どういう倫理観ならこれを肯定することになるのか理解不明製造業の解禁は自公政権時代だが、それ以前のは自社とか今の民主党の人が与党にいたころだったりするから政治的に都合悪いだけだろと勘ぐりたくなる。

2009-10-29

製造業派遣禁止へ法案提出=通常国会に-鳩山首相

鳩山首相は「雇用にかかわる行き過ぎた規制緩和適正化し、労働者の生活の安定を図ることは重要だ」と強調。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091029-00000111-jij-pol

まぁ底辺労働者が死ぬかニート化して社会的に見えなくなれば表面上は「労働者の生活は安定した」ことになるよな。

すげえわ。

2009-10-15

http://anond.hatelabo.jp/20091015164433

リーマン社会暗黙のルールを理解してないんじゃないかな?

ていうか俺は理解してなかった。

暗黙のルールというのは、抽象的なんだけど、

社会には馬鹿がいっぱいいて、馬鹿自分の少ない経験や根拠の無い思い込みというバイアスを通じてしか物事を評価できない。つまり、相手がどんな馬鹿(あるいは稀にいる馬鹿じゃない人)なのかを見極めて、その馬鹿バイアスを通したときに「良い人材」と見えるような振る舞いをしなければならない。

カラスは黒い」と言っても、馬鹿フィルターを通すと「カラスは白い」と変換されて解釈されることは往々にしてある。

再帰的だが、馬鹿ほど安易にルールに従う。ルールから外れるリスクを取りたがらないからだ。そこでは「良い人材採用するのが目的ではないか?」と言った議論は意味が無い。馬鹿(な人や組織)は、人材評価を誤るリスクよりも無意味ルールから外れるリスクの方を重視する。

ルールは人それぞれであって、大抵はありがちな企業文化に収斂するが、たまに独自の(変な)ルールを持っている会社や人もいる。

暗黙のルールと、それに適応的に構成された馬鹿バイアスは、業界や職種ごとにある程度の傾向がある。金融業界と製造業では明らかにバイアスが異なる。馬鹿馬鹿ゆえに(そして学生を見下しているがゆえに)「他の視点があるかも」とは絶対に考えないので、よくよく観察すること。

逆に言えば、「ルール」が自分自然感性に合っている業界や職種や会社に行った方が良いと言えるが、それが無い場合や志望職種の「ルール」と自分感性が異なっている場合は合わせ込みが必要。

こんなの当たり前に理解してたとしたら申し訳ないが、俺は社会人になってから始めて理解したもんで、参考になればと思って書いてみた。

こうやって「馬鹿」を連呼すると過剰反応してdisりに来るはてなーは多いけど、彼らはどこかしら思い当たるふしがあるから噛みつくわけだ。

まぁどっちを信じるかは自由だが。

就職活動勝ち組は「暗黙のルール」を事前に察知できる空気読み能力の持ち主か、あるいは自然感性がたまたまルールに合っていたかのどちらかだ。

成績優秀でこれまで頭の良い人に囲まれて暮らしてきた学生ほどこの部分でハマりやすいのではないかと俺は思う。

全てとは言わないが、大企業ほどこういう空気は強い。中小やベンチャーの方が柔軟性があることが多いと思う。

俺自身は合わせ込みで大企業就職したものの、仕事会社がクソすぎて早々に中小に転職したクチだ。

2009-10-06

取扱説明書と手順書の話

最近ケータイを買い換えたんだけど、取り説がやたら分厚い。

で、取説とは別に簡単操作マニュアルって名前の簡易説明書がついてる。

だったら最初からその薄さにまとめろよ!って思うけど、必要事項は漏れなく盛り込んでないとなにかあったときにいろいろと大変なんだろうなと思った。

説明書で思い出したんだけど、手順書の話。

俺、最近製造業転職したんだが、手順書ってすごいね。

バケツに水汲んだりブラシに洗剤つけて器具あらったりする手順書でさえけっこう分厚い。

契約書とか法律みたいなの。

語句の定義とか、手順書の適用範囲とかから始まって、それで数頁。

延々と、

この手順書においてバケツとはとってのついた円筒型の容器を指し、特に注釈がない場合ポリカーボネートあるいはポリプロピレン製のものを指す。

みたいなことから始まるわけ。

でもね、この作業に携わる人間の半数は派遣で、製造業派遣は事務派遣よりも安給料派遣されてくる人材なんだぜ。

活字が苦手でケータイ小説も読めないっていう人間だらけなんだぜ。

法律文書のような手順書が読めるかっていったら疑問だ。

まして、ISOなんてわかってるはずがない。

そりゃ手順書逸脱も起きるわな。

2009-10-05

中国を殴り返せ

今日中国人から頼まれていた品物をFedExした。

彼と彼の友達は、ずーっとそれを探していて、今年の夏に日本で発売されたのをキャッチしたらしい。

日本語だけの製品紹介、日本国内のみの発送。どうあがいても入手できないんだよ、とオレに持ちかけてきた。

彼らは、なんとかして、その製品を輸入したかったらしい。けれども、日本の、その製品を作っている会社からは梨のつぶて

そういう訳で、今日、オレの手で製品は海を渡って中国へ行く運びとなった。多分、彼らはコピー製品を作る。

市場規模は10億円から30億円と言っていた。納得できる数字だ。周辺の雇用あわせて100億円くらいGDP中国プレゼントしたことになる。

FedExのお姉さんと世間話

「あー、ここ、×××で通じますかね。」

「念のため、英語で書いておいてくれますか。」

「はいはい、××アタッチメント、と。いやー、中国人がどーしても欲しがって、催促してくるんですよ。」

「あー、中国人って×××大好きですものね。」

「ええ、やっぱりこういう製品を作れるのは日本だけだって言ってました笑」

製品そのものは、たいしたことない。アイディアそのものも大したことない。

だが、日本製造業には、それを形にできるだけの蓄積がある。アイディアを思いついたら町工場電話して、すぐに形になって、それをほいほいと売れるだけのインフラがある。

中国は、それをパクるしかできない。アイディアもできないし、それを形にする設計もできない。設計図を基に製品の開発と改良もできない。

彼らは粘土で型とって、そのまんまのを作るだけ。でも、それだけで日本製造業は駆逐される。

だからこそ、日本企業は全力で中国市場に進出しなければいけない。殴られる一方なのではなく、殴り返さなければいけない。「これだから中国は」と嘆くだけでは、体力を削られていく一方だ。「法整備が云々」そんな悠長なことを言っていられないし、よしんば制度が整おうが「上に政策あれば下に対策あり」なのだから自分の手を動かさないと何も解決しない。

今回の件では、中国人に理がある。彼らは扉をノックしたし、日本会社は、たぶん中国商標登録をしていない。

もうだめだね。めんどくさがって、10億円市場を逃したね。

ちなみにオレが代わりに何を受け取るったと思う?紹興酒一本。そういうもんだw

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091005-00000918-yom-soci

25%削減公約達成、排出量10億トン購入必要

10月5日20時12分配信 読売新聞

 【ベルリン支局】日本鳩山政権公約通り、「2020年の温室効果ガス排出を1990年比で25%削減」を達成するには、京都議定書以後の13年~20年の8年間に海外から10億トンもの排出量購入が必要となることがドイツ銀行がこのほどまとめた報告で明らかになった。

 今日の排出量の相場をあてはめると、10億トンの調達には1兆7000億円費用がかかる計算だ。

 ドイツ銀行の報告は、鳩山政権が導入を目指す国内排出量取引制度日本全体の排出削減に果たす役割を分析した。その結果、電力や製造業など産業界は90年比で35%の削減を義務づけられる見通しとなった。報告の試算では、産業界は必要な削減約15億トンの3分の2に当たる10億トンを海外から購入するシナリオ現実的との結論となり、日本需要増で、世界の排出量相場が押し上げられる可能性も示した。 最終更新:10月5日20時12分

ますます無理筋じゃねえか。

2009-10-02

http://anond.hatelabo.jp/20091002105616

そして財務大臣は円高誘導を公言。

http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnTK031448320091001

UPDATE1: 日銀短観、良くなっているがマイナス水準しっかり受けとめるべき=藤井財務相

東京 1日 ロイター] 藤井裕久財務相は1日の閣議後の会見で、同日に発表された9月調査日銀短観大企業製造業の業況判断がマイナス33となるなど、前回6月調査に比べて改善したことについて、大企業製造業を中心に良くなっているが、水準が依然としてマイナスにあることをしっかり受けとめなければならない、と語った。

 

藤井財務相日銀短観について「当面の経済の現状については、一つの正しい姿を出している」としながら、日銀短観の調査対象となっている中小企業資本金2000万円以上となっていることを指摘し、「日本地域経済を支えている方々の意見が入っていない。そうしたバイアスを考えながら見る必要がある」と語った。

 その上で、9月調査は「大企業製造業を中心に良くなってきているが、それでも(DIの水準は)マイナスであり、甘い話ではない。その事実はしっかり受けとめなければならない」との認識を示した。

 3日にトルコイスタンブールで開催される7カ国財務相中央銀行総裁会議G7)に臨むにあたり、「国際協調を必ず実らせましょうと言うつもりだ」とし、日本の対応について「これまでのような大企業輸出産業を中心に高度成長を達成した時代は終わった。内需地域経済がこれからのマクロ経済の中核ということを言うつもりだ」と語った。

 また、2009年度補正予算の見直しに関し、各省単位で執行の必要性を点検し、2日に各大臣仙谷由人行政刷新担当相に結果を報告することになっている。藤井財務相は、見直し対象となる金額について「数兆円になると思う」とこれまでの見解を繰り返し、「(政務官から)相当、切り込んだ数字をやっているとの報告があった」と語った。

  (ロイターニュース 伊藤純夫)

日経平均株価大絶賛下降中。「国民の生活が第一。」の民主党でございます。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん