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2009-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20091101093909

こいつの元エントリーにしろ、これにしろ、言えるのは自意識過剰の一言だけだしね。

専業じゃないけど、俺の物書きやってる知り合いやその仲間はこいつと違って、応募してる間は「肥大した自我プライドを垂れ流すくらいなら書くものの中に詰め込む。色々勿体無い」って言ってひたすら書いて仲間内で見せ合ったり、批評サイトやらなんやらに投下したりしてたっぽいよ。

見る限りこいつからは感じられるレベルが全く違う。

熱意とかだけで賞がとれたりするわけじゃないだろうし、知人に対する評価に贔屓目はあるかもしれないけど、少なくともこんなところでクダ巻いてるような奴とひたすら研鑽してた彼らとの間には越えられない壁があると思う。

多分こいつには無理なんじゃないかな。

一次審査は通るかもしれないけど、そこから先は見込み薄そう。

2009-10-17

日本文化は内輪で研鑽され、ある時知らずのうちに海外から賞賛される

OLだった頃、会社で働いていた日本に超詳しいベルギー人が言ったことに納得してた。

日本文化は身内受けの凝り性文化だそう。

外国文化に負けまいとしているのではなく、

世に意図的にインパクトを与えようとしているのでもなく、

今ここにいる同じ価値観を共有する仲間からの喝采を浴びたいと考える。

その結果、同じものを志す者同士の「これすごいだろ、おもしろいだろ」合戦が始まり、

そこで生み出される物が自然と研ぎ澄まされていく。

でもその競争は、敵対的なものではなく、お互いを尊敬しあいながら、静かに深く進行していく。

そしてある日、偶然目撃した異文化出身の人間外国人)から、

それがすごいものであることを知らされる。

ほとんどの日本人はその日が来るまで、自分たちが作り上げた物がすごいものとは知らない。

もろもろの伝統文化、芸能、電化製品アニメ、他、みんな同じパターン世界に広まっていった。

だから、日本がここまで発展してきたのも必然的なものだし、

この精神が衰えない限り、これからも日本は誰に頼まれることもなく、

知らないうちに勝手世界インパクトを与え続けていくだろうと。

-----------

今はどうだろうか。

外に影響を与えたいとは考えにも上らない。仲間内にウケればそれで楽しい

ここにいる価値観を共有する仲間からの喝采を浴びたいとだけ思っている。

日本オタクのこの気質は今も変わってないのか。


パンツ大空に羽ばたかせながら、外を向いてニヤついてる日本人

「面白いだろ?これ世界最先端なんだぜw」

HENTAIw 誉め言葉だなw」

日本に生まれて良かったw」

日本今日平和です」

まさにどや顔


内に篭もっていた日本オタクは、見知らぬ異国人にこれはすごいと言われた快感が忘れられない。

海外コミュニティに聞き耳を立て、海外の反応を貪り読み、海外向けに文化編集して配信。主に動画ニコ動からYouTubeに。

YouTube外国人ふりをして英語日本を褒めそやし日本を愛しているとコメント

偶然出会った異文化出身の人間からの賞賛だけでは餓え、必然として得られる賞賛を求めて彷徨う。

残念、見知らぬあるベルギー人。これが餓鬼のように貪欲な日本人オタクです。

2009-10-01

はてブ謙虚になるべき3つの理由

うちにはまだ「目立つ力」は届いていないのだけど、何それ。

404BlogNotFound:公言は傲慢にするべき3つの理由

 勝間「断る力ッ!」

いや、状況によらない。

発言の大やけど、もとい公度が高ければ高いほど、より傲慢にするべきというのは、例外なき法則弾言、いや断言する。

っていうのが弾さんの言い草だけど、これ、悲しいけどはてブでは正反対なのよね。

傲慢は表現を簡潔にしすぎる

1. 傲慢は表現を簡潔にする

2. 傲慢は表現を簡潔にします

3. 傲慢は表現を簡潔にするはずです

4. こいつ、馬鹿なの?

5. 正論

6. 同意。

7. 俺が前々から考えていたことを言語化してくれた感じ。

 

この例を見れば分かる通り、同じ内容でも、傲慢度が上がるほど簡潔度もましている。

簡潔すぎて、元々持っていたはずの意味部分すらも削げ落ちている。

最後の三つに至ってはしおりでなければ、思考停止に等しい。


ブクマプライベート限定であった時代であれば、そこにおいてクソをミソにするだけの贅沢も許されよう。しかしこれだけブクマが溢れ、その理由付けが求められている時代、それは受け手の視界を汚す表現公然猥褻物陳列罪とでもいうべきものなのだ。


傲慢は強く速やかに訂正されない

確かにブクマ元が間違っていた場合において、それが速やかに修正されて、発言がより正しく広く伝わる、というのはよくある。

だが、更にそのブクマコメが誤っていた場合は?

他人の馬鹿発言のために己が100文字の何割かでも割こうとする聖人はそうそういない。

割いても「↓こいつ馬鹿か?」程度の中身ゼロ悪態がせいぜいだ。

あなたは、それにより傷つく。しかもそれによって公はより正しい意見を手に入れることが出来るというわけでもない。

そもそも傲慢なブクマに対しての反論は、基本的に効果がない。

修正を念頭においてオピニオンを表明するブクマカもまた稀なのだ。


傲慢はブクマカに研鑽を迫らない

だからブクマカは傷つかない。当然、発言前に自らの意見をより厳しく検証する行為とは無縁になっていく。

その上、はてなスターという良かった探し機能の存在が、"肯定"以外の他者からのメッセージを切り捨てる。

これで研鑽できると放言できるほうがどうかしてる。

結果、発言者の言動は、はてブ利用を通じてより無責任あまり成長しないような有様となる。


(あと、まぁ、ここらへんに「傲慢なブクマ」と「傲慢なつぶやき」は違うとかなんとか)

これ以上続けるとSAN値が下がるのでまとめる。

ブクマにおいては、

傲慢な発言もいいけど、せいぜいストレス解消と割り切って、まかり間違っても自分が百パーセント正しいなんて勘違いしないでよねっ。

「間違い」は叱られたり、ペケつけられたりで、はじめて生まれるモンじゃないんだからっ。学生時代とは違って。

そんじゃーね。

Masuda the Anonymous

2009-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20090921211346

記事っていつごろ? 結構昔のだと思うんだけど

それにしても植物男子って言葉は、違和感がつよすぎる

・与えられた環境で満足する

自己研鑽がすさまじい

・他人の評価を気にしない

みたいな特徴は、植物というよりむしろニーチェが言うところの超人に近い

2009-09-20

河野太郎自民党総裁

http://www.youtube.com/watch?v=2xpD65P7kTE

河野太郎でございます。

ようやくこの場に立つことができました。

両院議員総会で私は、党の推薦人を10人に引き下げるべきだ、そういう動議を出させていただきました。今あの場にもう一度戻れるならば、党の推薦人を撤廃しろ、そういう動議を出したいと思っております。石破さんや小野寺さんのことを考えてみても、議論をする前に推薦人を20人集める、その能力がこの国の未来をつくる能力や、新しい自由民主党をつくり直す能力とは何の関係もないということが明確になったわけであります。この総裁選のやり方で、自由民主党オバマトニー・ブレアといった新しいリーダーを作り出すことが本当に出来るのかということを、我々はきちんと問い直さなければならないと思っています。

今私たちは、何のためにこの自由民主党総裁選挙をやっているのか。自由民主党が、きちんとこの党を建て直して、日本の国に健全二大政党という政治システムをつくることができなければ、21世紀日本を前進させることが出来ない。だから、この国の将来のことを考えて、我々は新しい自由民主党リーダーを選ぼうとしているわけであります。にもかかわらず、にもかかわらず、私利私欲のために、自分既得権を温存しようというために動いている人間が党内にいるというのは甚だ遺憾であります。だから我々は総選挙に敗北し、だから国民の皆様から今の自由民主党ではだめだ、そう言われた。あの8月30日総選挙の敗北から1ヶ月も経っていないのに、もう熱さを忘れ、かつての自由民主党と同じことをやろうとしている。それでは、この党の存在意義はありません。

私は、これまでの自由民主党のなにかを、少しでも変えようという気はありません。まったく新しい政党を一からつくり直す、そのために総裁をやらせていただきたいと思っております。

キーワードは二つであります。ひとつは、リーダーシップ世代交代であります。いつまでも古い政治のやり方をひきずっている人間がこの党を牛耳っていることに対する国民の皆様の怒りが、8月30日投票の結果であります。党のリーダーシップ世代交代をきっちりとやり遂げる。それが私の使命だと思っております。挙党体制とか、みんな一丸となって、いい言葉ではありますが、それを免罪符にして誤った考えを党内に残すことはできません。それでは、この自由民主党を変えることはできませんし、そんな挙党体制ならこの党の存在意義はありません。明確にに世代交代をする。それが私の使命だと思っています。

もうひとつは、これまで自民を蝕んできた派閥政治からの脱却であります。かつて何度も派閥解消という号令がかけられて参りました。もうそうした建前はいりません。人間社会的動物ですから、群れるなと言っても群れるでしょう。一人で飯を食うよりも大勢で飯を食う、それが人間であります。人が集まるのは自由ですし、人が集まって勉強するのも自由であります。問題は、そのまったくプライベート人間の集まりが、あたかも党の公式機関であるかのごとく、人事権を行使し、政治資金を左右し、党の候補者選定に介入をした、そこが問題であります。人事や政治資金候補者の選定といった党の運営は、党のリーダーシップが行います。そこに党の公式機関ではない人の集まりが関与することはありません。それを明確に、私は、しておきたいと思っております。好きな人間と集まって勉強するのは自由です。自己研鑽を積むのも、それは国会議員として当然のことであります。それは大いにやっていただきたい。しかし、党は党の意思決定を党で行っていく。それを明確にしてまいりたいと思っております。

自由民主党。かつてはこの国に自由主義資本主義、あるいはアメリカとの信頼関係に基づいてアジア太平洋平和を守る、共産主義と対峙し社会党をはじめとする野党勢力と対抗する。かつての自由民主党には大きな旗がありました。

冷戦が終結し、我々はその戦いに勝ちました。今、国会の中で、かつて自由民主党が唱えていた自由主義資本主義といった我々の考え方に反対をする政党は、一割以下になりました。圧倒的な勝利を収めたが故に、我が自由民主党は、一体自由民主党が何を目指す政党なのか、その再定義をしなければならなくなったわけであります。残念ながら、その再定義をしないまま、今日を迎えてしまいました。この数年間、自由民主党とは何なのか、自由民主党政権与党である、それしか答えられない政党になってしまいました。しかし、野党になったいま、自由民主党とは政権与党であるとは、もはや我々は、言えなくなりました。自由民主党は、もう一度健全保守政党を標榜する、きちんとした旗を立て直さなければなりません。

我々は、この国の経済を発展させることによって、一人ひとりの国民の豊かさを増やしていく。無駄のない効率的な小さい政府を作り上げ、そして、非効率な政府の頚木からこの国の経済を解き放ち、健全で公平な競争環境を作り上げることによって、この国の経済をしっかりと発展させ、発展した経済の果実を社会保障として、国民の皆様の安心感を得るために使う。それが私は健全保守主義を標榜する政党のあり方だと思っています。

国民の皆様に、競い合ってください、競争してください、切磋琢磨してください、そしてこの国の経済を引っ張ってください、そうお願いをするためには、失敗してもきちんと受け止めるセーフティネットが必要です。挑戦してください、失敗したらそれで終わりです、そんな世の中では誰もリスクを取ろうとはしません。挑戦して、失敗しても、また、意志がある限りきちんとスタートラインに戻ってくることができる、そういう社会をつくるからこそ、切磋琢磨してこの国の経済を発展させていく、そういう国民気概が生まれてくる。それをつくりだすのが、保守主義としての、保守主義を標榜する政党としての自由民主党であります。

そうした結党の本来目指していた精神に立ち返り、わが自由民主党経済プラス成長させ、小さい政府をつくり、一人ひとりの国民の皆様の豊かさを増やしていく。そういう政党であるという旗をきちんと立てて、この国をそういう国にして行きたい、それに賛同していただける国民の皆様に党員になっていただいて、そして、一人ひとりの党員の皆さん、あるいは一人ひとりの党員の皆さんの支持を受けて当選された地方議員の皆さん、そうした方と一緒になってこの自由民主党の政策をつくっていく、そういう政党にして参りたいと思っています。

残念ながら、これまでの自由民主党近代政党というよりも部族連合でありました。これまでの自由民主党の党員の皆さんは、どちらかといえば、自由民主党所属の国会議員、あるいは地方議員の熱烈な支援者でありました。もちろんそういう方も大切であります。しかし、新しい自由民主党は、我々が新しく立てるその旗のもとに集まり、その新しい政党が目指す日本という国を一緒になって作っていく、自由民主党与党であっても野党であってもその理想を掲げる限り一緒になって自由民主党と新しい日本を作っていく、そういう党員の集まりに私はして参りたいと思っております。利害関係に結びついていた部族連合の時代は終わりにして、きちんと政治哲学、この国の将来のビジョン、その旗の下に、その旗に賛同をする、そうした国民の皆様が集まる自由民主党として新しく生まれ変わる、その自由民主党リーダーとしてこの政党を引っ張りながら、健全二大政党制をこの国の政治システムの中にしっかりと位置づけられる。そういう自由民主党にして参りたいと思っております。

ぜひ、河野太郎とともに徹底的にこの党を新しくつくり直す、その運動に賛同をしていただきたい。改めて国民の皆さん、そして全国の自民党の党員の皆さんにお願いを申し上げたいと思っております。8月の28日には、二大政党のもうひとつの軸たり得る自由民主党の最初の一歩を踏み出せるように、しっかりと頑張って参りたいと思います。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

2009-09-15

図書館の非正規職員が何か言ってる

U40の参加条件にからんで何か言ってる。図書館で正規職員として働いていた私から見ると、非常に見苦しいし、かわいそうだと思う。

図書館の非正規職員なんて、

1.正規職員を目指しながら経験つんでいる段階。

2.正規職員を目指すが、無理だったので、あきらめて図書館と関われる職場として働いている

3.なんとなく。楽だから働いている(一番だめなやつ)。

のどちらか。なので、正規職員がうらやましくて仕方ないんだろう。だからといって正規職員に噛み付くのは筋違い(上記の2に該当する人がそういう事をする)。まだ自分の中で折り合いがついていないんだろうね。でも正規職員に噛み付いたところで、非正規の待遇は向上しないし、司書を安売りする事で、いいことなんておきっこない事に気づけばいいのに。

それから、まず「専門性のある非正規職員」なんてほとんど居ない。専門性なんて、じっくりと働ける場で、研鑽に励むことで初めて生まれてくるものだと思う。そりゃダメな正規職員というのもよくよく探せばいるだろうが、きちんとした競争試験を潜り抜けてきた職員は、非正規に劣るなんて事はそうそう無い。ダメな非正規はゴロゴロいる(というかほとんどがダメなやつらばかりだと思う)。

今回の件では「非正規職員もっと謙虚になれよ」と思った。今回のイベントは「非正規職員でも参加できる」という点ですごくラッキーな事だと思えばいいのに、とも思う。

いちゃもんに対し、フォローしたり、説明したりと、まじめに相手をしてあげている正規職員の方々もいるようだが、そういうところに時間エネルギーを割くのは無駄な事なんじゃないかと思う。

いろいろ書いたけど最後に、冒頭の2に属する人たちに対しては「なにも図書館で働くだけが人生じゃないよ」って言ってあげたい。みんながみんな成りたいものになれるわけじゃないんだから。

私も図書館で働いていた頃には「図書館で働く事」にとらわれてしまっている非正規の人たちを結構見てきた。正規のポストを求めて挑戦を重ね、年を取ってしまった人たち。せめてやり直しの効く年代で方向転換するのも彼らの人生にとってはいいことなんじゃないかな、と思う。

個人的には、図書館仕事だけが他と比べてやりがいがあったり、楽しい仕事だとは思わない。それに冒頭の2に属する人って、それだけ何かに夢中になれる人なんだから、それを大いに発揮できる仕事はいくらでもあると思う。

2009-09-12

メル友の君へ

無職メンヘラでいろんな人に迷惑をかけ続けていきている君が、誰かに愛されて幸せなることは俺の人生を否定することだ。

働かないで食える。

自己研鑽をしないのに愛される。

なら、誰にも愛されない俺の人生はなんなんだ?

「苦しかったら休んでもいいじゃない?」

優しさから出た言葉であることはわかってた。

直後、哀れまれたことによる屈辱はそれほど感じなかった。

屈辱はジワジワやってきた。

どうか彼氏に捨てられますように。

惨めに野垂れ死にますように。

幸せを願えないダメな俺がいる。

2009-06-05

 現代社会の未成熟化に伴い、職場でも性格が未熟でわがまま管理職が増えています。彼らは、能力がないわけでもなく、むしろ積極的で活動的、華やかな場面が好きで、仕切りたがるし若者の面倒も見たがります。しかし、いったんストレスのかかる場面に遭遇するととても弱く、強く抗議すると翌日から若手を無視してしまったり、時にはパワハラを行います。最近は、こんな「会社ワガママちゃん」に振り回される若者のグチをよく耳にします。

1 他罰性と内省の欠如

若者が上手く育たないのは若者が悪いからで、自分は十分にがんばっている」と考えます。物事がうまく運ばなかったのは自分のせいではなく自分のことを理解しない周囲が悪い、俺のことを理解しない奴は頭が悪い、と考えがちです。決して反省しませんから指導も意味がない物になります。

2 現実検討能力の欠如(青い鳥症候群

「こいつの性格自分に向いていないから、やる気が起きない。◯◯君なら必ずうまくやれるのに」と常々もらします。本当に優秀な若手を育てるのならやる気が起きるけど、こいつでは無理と考えます。上手くいかないと直ぐに異動願いを出そうとします。自分若者を育てようと努力するのではなく、若者自己責任で必死に自己研鑽をするべきだ! と信じて疑いません。

3 自己イメージ肥大

 自己愛が強くナルシストのため、現実を冷静にみることができなくなっています。思いつきや勝間本で見た浅い知識をもとに、勇んで胸を張り、業務について前向きな話をしますが、内容はあきれるほど稚拙。しかし本人は全くそ認識がなく自信にあふれています。むしろ自分の話を真摯に聞けない若者は理解力が足りない仕事のできない奴だと思っています。

4 高いプライド

 自己愛が強いので自分の非を認めず、助言や忠告を受け入れません。自身への適切な助言に対して表面的には聞きますが、決して従おうとせず、強く忠告するとふてくされます。もともとの能力が高い人ほどこの傾向が強く表れます。彼らの多くは、あのバブリーな就職戦線で失敗する経験はが皆無でした。万が一失敗したとしても「それはあなたのせいではない、評価しなかった面接官が悪い」と、お母さんが言ってくれました。プライドが傷つかないまま、すくすく育ったのです。

5 情緒共感能力の欠如

 他人の心の痛みがわかりません。自分の痛みは、本当に痛む前に母親かばってくれましたから、深く傷ついた経験がないのです。友人と取っ組み合いのケンカをした経験もないので、自分の痛みも人の痛みもわからず、限度を知りません。彼らの指導は、育てるのではなく叱る一辺倒になります。感謝の気持ちが薄いのでやがて人望が少なくなります。

2009-04-04

http://anond.hatelabo.jp/20090404025202

いちおうデザイナーとして働いてるんだけれど。

相手の作品は見たの?見れば相手の評価軸とかわかるでしょ?評価軸とまで言わなくても好き嫌い、とかさ。

例えばさ、自分尊敬するデザイナー作品見てもらってダメだし食らったら凹むし、こなくそもっといいもんつくってやらーって気になるけど

たいしたことやってない奴にどうこう言われても関係ないじゃん。

お前みたいな奴には俺の凄さはわかるまいって、自信があるなら開き直りゃいいじゃん。

・・・と勢いで書いちゃったけど、自信なくしてる奴にこんなこといってもダメだな。すまん。

作品の数はたくさんあるみたいだから、まずは自分の胸に手を当てて自身のある作品はどれなのか決めてみるのが良いと思うよ。

自分ベスト1。

んで、それを超える作品を作ることを目指すんだよ。

自分越えってやつだな。そうやって自己研鑽していくしかないと思うよ。

自分より凄いと思える人のアドバイスは聞いたほうが良いと思うけど、

凄い作品作る人の考え方はその人の作品を作るための思考回路であることが多いから、必ずしも自分には当てはまらないんだよな。

その辺の見極めがなんとも難しくて俺も凹む時はあるよ。

実際の仕事の上ではダメ8割、○1.5割、◎0.5割の評価なら十分凄腕デザイナーだけどな。そういう意味では打たれ強さは必須かもなー。

まあ、そういう仕事を選んだんだって覚悟は必要だと思うよ。

安易には言いたくないけど、まあ頑張ろうや。

新人研修とかあれ自己啓発セミナーだね

今日受けて思った。

外注の講師がやってきて、まず、全否定、人格否定から始める。なにも努力していないという前提から始める。今までの人生はすべて無駄だったという前提から始める。ありとあらゆるヘ理屈詭弁と少しの真実で、その言葉がすべて正しいように錯覚させようとする。まじめにやってきた人ほど今までのことを否定され、今できてないことを指摘され、それではだめだただの役立たずだと罵られてちぢみあがる。

そうなったところでビジネスマナーとやらを、理屈で考えるな体で覚えろ、と言われて何度も何度も練習させられるのだ。講師の思うとおりの発言をすればほめちぎられてだんだんその回数が増えていく。

正直途中から面白くなってきたのでどんどんノリノリになってしまったが、自分はもともと動作が上品とか育ちがよさそうだとかはよく言われるので特に罵られることもなかったし、褒められることもなかった。

だけどさ、考えても見ろよ。新人研修受けてないけどちゃんと社会人やってる人もいるよ。否定されて不安になったところで「これがあれば何でもできる」って出されるものは本当に必要なものかな。本当にそれさえあれば何でもできるのかな。違うよな。自己研鑽自分自身でする必要があるし、ある程度のビジネスマナーというのは弁えていなきゃいけないけれども、それがなかったら死ぬわけじゃない。それは絶対的な信仰ではない。ただのツールだ。ただの言語だ。これはもしかすると通過儀礼なのかもしれない。一日だけだから週が明ければなんだったんだろうってなってるかもしれない。もともとうちの会社はそんなに厳しくはないし、今日来た講師もまだまだ甘い方らしいから、だんだん今日のことは忘れて、そのうちたくさん失敗をして、よいバランスを覚えていくのだろう。世の中を泳いでいくための道具としてそれらの所作は何も考えなくても行えるようになるんだろう。それが絶対だとは思わないけれども、ある程度必要なものとして習得していくのだろう。

だけどこれが何日も何カ月も続いたらどうなるのかな。「社会人」っていう宗教に入信させられてどうするんだよ。「ビジネスマナー」を教典にしてどうするよ。その教えは本当に正しいのか?絶対的に正しいのか?そしてそれで何かができるのか?それだけで何かができるのか?

社会人になるっていろいろと楽しいね。

2009-03-10

とあるインド人の教育

目に留まったコラムがあったので急ぎ訳してみた。かなり意訳しているので英語を読まれる方は原文にあたられたい。

   「一人一人が自律した社会を手にするための唯一の道(としての教育)」

     (It is the only way to have an empowered society)

                        寄稿者―ヌズハト・フサイン(著者はナショナル・ブック・トラストディレクター

 私の曾祖母はおそらく教育を受けていません。彼女には四人の娘がいましたが、息子はみな早くに世を去り、土地も一切ありませんでした。当時は、土地と息子を「社会的な安全の担保(social security)」とみなす固定観念が世間に広まっていましたから、曾祖母夫婦としては、それがないのを気にしていたに違いありません。彼女が確固とした先見の明を持っていた人なのか、それとも深い絶望から決意を固めたのか、私にはよくわかりません。でも彼女は娘を学校に通わせ、仕事に就かせました。それは今では極めて普通のことですが、彼女の時代には革命的で、周りから馬鹿にされるようなことだったのです(注1)。

 曾祖母の信念の力は、彼女自律する力を与えただけでなく、三人の娘を含む九人の子全員に教育を受けさせねばならない、という考えを祖母に植えつけました。祖母自身は、8年生まで進学しました。それが、アムローハ(Amroha)の町で、当時女性が到達できる最高学年だったのです。それでも、彼女の学びへの情熱を育むには十分なものでした。それは本当の意味教育を受けたということです。祖母は本を読み、ラジオを聞き、テレビを見ました。おそらく、彼女がしたことは、曾祖母の手で蒔かれた真の自律の種を根づかせた、ということなのでしょう。

 次の世代、彼女の娘(つまり私の母)が、私に教育を受けさせるのは、過去と比べて容易でした。今の私にしてもそうです。昔、私がインド警察職に就くにあたって、家族の反応はどうだったのかと聞かれたことがあります(注2)。この質問は固定観念にとらわれたものです。私はこう答えました。「家族は僕に教育を受けさせ、僕を支え、UPSC試験を受けさせ、合格させてくれたよ」と(注3)。事実祖母は、私がインド警察職に通ったと聞いて、その道に進むようにと背中を押してくれました。私は、この話をするにあたって、教育を大切にする家庭に生まれた自分が、とても幸運だったと認めざるをえません。あのような質問をされるまで、私は家の外の、また別の現実に向かいあわずにすんだのです。しかし、今日ここで書きたいのはそのことではありません。私が取り上げたいのは、とても基本的な問題です。教育とは何か、教育を受けたとは何を意味するのか、というものです。

 教育とは何でしょう。

 こう言っておいて何ですが、まずは、教育を受けたということが何を意味しないか、ということから考えてみましょう。教育を受けたということは、免許学位を集めるかたわら、現状に疑問を差し挟まないようにする姿勢を学ぶのではありません。また、個々人の偏見から抜け出さないようにする姿勢を学ぶのでもありません。私にとって、本当の教育とは、人を研鑽自律の道(the path of evolution and empowerment)へと送り出すものです。私たちはたくさんの科目を勉強しますが、時が経つにつれて大体は忘れてしまいます。しかし学んだ後に残るもの、残るべきものが重要なのです。それは、今までの到達点から更に先へと進もうとする態度(the need to stretch the boundaries)、新しいことを試みながら勘所をきちんと押さえようとする態度(the need to try and find equilibrium)です。例えば、良くバランスの取れた人(a well-rounded personality)と聞けば、XやYやZの専門を学んだ人というのではなく、ある種の心構えと教養を持った人を思いうかべるでしょう。

 最後に強調します。教育がなすべきことは、私たちが持っている学びへの情熱に火をつけることです。ええ、貧乏の重みで足がぐらついているときに、教育のような問題について考えるのは難しいです。貧困に立ち向かうのにお金が必要なのは言うまでもありません。ですがその上で、金銭的な支援は常に仕事(work)と結びついていなければなりません。そうでなかったら、それは自尊心をむしばみ、ひいては単に大勢の依存者を生みだすだけになってしまうことでしょう。ただし、お金仕事を結びつけることが重要なのと同じように、教育で心を豊かにすることもまた必要なのです。ですから、教育は実際に私たちの能力を伸ばし、自律した社会を作り出すのです。それは、正しいことと間違っていることとを区別できる人と社会です。教育は、私たちが持っている想像力を刺激します。私の場合、教育は先へつながる機会への扉を開いてくれました。教育搾取に対するセーフティ・ネットです。教育をうけた男/女は、より良い生活を送るため、より良い市民であろうと努めるために、学んだ成果を生かすことができるでしょう。見聞を広めた人は、広めたぶん難しい問題に取り組んでいくことでしょう。そして彼らは、子どもたちがより良い機会を得られるよう取り計らうことでしょう。そう、かつて私の曾祖母がそうしたように。

出典:インド新聞『ザ・ヒンドゥー(The Hindu)』2009年3月9日

http://www.thehindu.com/mp/2009/03/09/stories/2009030950160100.htm

注1

 述べられている時代も教育史的背景も調べられていないので、過去教育事情を推し量る参考までに識字率データを挙げる。

 それぞれの調査に制約や統計の取り方の特徴があるようであるが、ここでは全て無視して数字を並べる。その上、元データにも当たっていない孫引きである。詳しくは以下のurlから参照した表1の注記を見よ。一例を挙げれば、1981年に、調査対象者の年齢の下限が5歳以上から7歳以上へ変更されたとのことである。つまり、以下に挙げる識字率はどれも15歳以上の総成人人口に対する割合ではないことにも注意せよ。

 赤井 ひさ子、「独立インド初等教育及び初等教員養成」、『東海大学福岡短期大学紀要』、9号、2007年、p. 3. によれば、識字率自体は、1951年は18%、1971年は34%、1991年は52%、2001年は65%と報告されている。女性識字率はそれぞれ9%、22%、39%、57%で、男女間格差も大きい(小数点以下は四捨五入した)。

http://www.pub.ftokai-u.ac.jp/bulletin/2007/2007akai.pdfpdf注意)

注2

 簡単に言えば、インド警察職は、インド行政職などと並ぶいわゆるエリート公務員である。

 いつの話かわからないので、その背景も不詳であるが、おそらく以下のような近年の事情からおぼろげに想像されるようなものなのではないだろうかと推測する。

http://www.hinduonnet.com/fline/fl2324/stories/20061215002503300.htm

http://www.hinduonnet.com/fline/fl2519/stories/20080926251908700.htm

http://www.hinduonnet.com/fline/fl1908/19080210.htm

注3

 簡単に言えば、UPSC試験は、いわゆる難関の公務員試験である。

http://www.upsc.gov.in/general/historic.htm

2009-01-31

沈みゆく日本

今後の日本の行く末を楽観視している人はあまりいない。特にグローバルな観点で経済を見ている人にとっては、中・長期的な日本マーケットには何の魅力もないだろう。かつては世界第2位の経済大国も威厳を亡くし、このまま沈んでゆくシナリオを進んでいる。

人口問題

 人口増加が望めない日本は今後経済成長はほとんど望めない。子供を産もうとするインセンティブが薄れ、少子化は加速している。これはゆゆしき事態である。次第に競争メカニズムが働かなくなり、優秀な人材の輩出が困難になる。世界で戦える人材は厳しい競争の中で生まれてくるのである。純血の日本人が増加しない上に、海外からの労働力の流入にネガティブである。国産であれ、外国産であれ、労働力を増加させなければ、経済成長などありえない。

政治リスク

 日本の政治構造不況業種である。若者にとって政治家になろうというインセンティブは低く、優秀な人材は他業種に流れる。このため、世襲蔓延り、政治の質が簡単に低下している。グローバルな視点で政策を考え、実行できる人間はほとんどおらず、派遣切りに反対したり、国内の既得権益を守り、外国資本の流入にひどく慎重だったりする。これでは成長できるわけがない。

勉強しない国民

 電車に乗っていると日本の先を憂いてしまう。勉強している人間はほとんどおらず、携帯電話メールゲームをしている。最近ではPSPDSゲームを楽しんでいる人も多い。本を読んでいる人、何かの問題に取り組んでいる人など自己研鑽に励んでいる人はほとんど見ない。みな、現状に満足しているのである。危機意識が皆無に近い。会社と同様、国家人材が最も重要資産であろう。こんな状況では、日本の今後に期待できるわけがない。

 このように日本はこれから沈没シナリオを突き進む。世界同時不況日本株価も下がり、今が買い時と言われているが、不況から立ち直る頃には世界の勢力図が大きく変わり、日本景気回復が訪れることはないかもしれない。

 では、どうすればよいのか。外国産労働力を入れることである。競争メカニズムを再度構築し、弱肉強食の強い日本を再度生み出す必要がある。日本憲法人間として最低限の生活をする権利を持っているのだから過度の弱者救済は不要である。思う存分に戦わせ、新興国の成長に対抗するべきである。

2009-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20090125111130

ブコメ現実にはドラゴンボール神龍のようなセーフティーネットがないから問題だみたいな事が書いてあったが、

派遣問題でセーフティーネットってすごい連呼されてる言葉だと思う。

ただ、悲しいかな。俺は横文字がすごく苦手なのでよくわかんない。

具体的にはどういうセーフティーネットの設置が必要なの?

「どんな願い事でも話だけは聞いてやろう」なんて神龍じゃちょっと問題だよね。

でも、「仕事が無い、働けないならお金上げちゃう!」じゃみんな働かなくなっちゃうだろうし、

「どれだけ仕事してもみんな平等だから給料は同じね」っていうのも同様にみんな働かない。

少なくとも俺は働く意欲がガタ落ちする。

やっぱり修行したらその強さを試したいし、賞賛されたい。

例え、自分がチャオズだとしても、「勝ちたい」という気持ちがある。

まぁ、一番の勝ち組ミスターサタンだろうけど、

作中で描かれてないだけで、彼も一般人レベルでは相当な研鑽を積んできたはず。

マッチョな考えだけど、やっぱり愚民の俺としてはそう考えてしまうんだよね。

2009-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20090121233140

自己研鑽勉強資格取得の話は分けて考えないといけないけど、

自己研鑽として勉強としても、簿記宅建教科書をめくっておいて損はないわな。

二昔前の文系高卒だったら簿記2級はぜひ取っておくべきだったし、

今でも商業高校だと授業の一環・卒業時用件で簿記2級は言われるわ。

ただ、宅建って相当難しくないか?

一生喰えるかといえば微妙だけど、不動産業界に就職したら手当ても出るし、

大きな声では言えないけど、名義貸しバイトもできちゃうぐらいの資格だったような記憶

しかしながら、試験日が夏の情報処理技術者とたいがい重なっているという惜しい設定。

2009-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20090108172553

意味を取り違えているようにも思えるのだが、彼らに対して自らが想定している「自己研鑽」をどうして行ってこなかったんだと詰問すること自体意味がない。

元増田自明だと思っていることは彼らにとって自明でもないし、別の階層に住む人にとっては元増田の言うことも別の意味自明でない。

元増田がそういうことを過去に感じなかったりしたとすれば、それまたそういう階層に住んでいるとしか言いようがないんじゃなかろうか。

2008-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20081224082330

いつも不思議に思うんだが、何かにつけてy_arimは思慮が足りないだとか、「また有村か」みたいな言い草であの人の記事を一笑に付す人居るよね。

俺の職場にも一人居たんだが理由を聞いてみると、セーラー服イラストについて言及していた記事が気に入らなかったらしい。それ以来三流絵描きとしてレッテルを貼っているようだ。あのイラストは確かに技術的なレベルではおかしな絵を描いてる(たとえば細かい部位について細かくマスクを切ることがのちの作業での容易性につながる、といった知識が有村氏には無いことがわかる)が、文章書きがあのレベルまで研鑽して絵を描けるというのは俺からすれば賞賛に値するし、あんなイラストレーターが萌王に居たら俺は安心して購読が打ち切れる(電撃大王ピンナップについてきたら何とも言えんけど)。あのエントリーについてここでどうこう言うつもりは無いので置いとくとして、俺が言いたいのは、なぜ人はアイドルや著名オタの発言だと容赦なく辛口になり、ともすれば重箱の隅をつつくことに尽力するんだろうかということ。

プロで三割ヒットを打てば優秀な打者と評される世界がある一方、100エントリー中100エントリー突っ込みどころを探してブコメする人がウザいと言われる世界なんだろうか。みんなアイドル神様か何かと勘違いしてないか。ただのおっさんだぞ。ただのおっさんに信者アンチが付くことが理解できない。その「有村だから言うことはみんなウザいんだ」とか「有村だからいつも偏向したことを言っている」という思考でブコメの良し悪しを語るのよそうよ。良いこと言ってるときは素直に認めなさいなということ。

あめちゃんのCMじゃないけど、彼らにとってy_arimはどうやら特別な存在らしい。10割打者であるべきアイドルが、たまに変なこと言ってると許せないんだろうか。エリートオタに対する劣等意識根底にあることは間違いないとは思うけど、それにしても何の反論にもなっていない脊髄反射ブコメを見てると情けなくなってくる。「死ねというブコメが多い」とか、もうそんなのばっかり。たまに「『死ね』以外にも『生きている価値のない蛆虫』とかの表現もあるんじゃないの?」って具体例を望むと無視か同じような言い回しを10個くらい引っ張ってくるだけ。反論はいつも他人任せで、タグを貼り付ける係でな。挙句の果てに「人を見下している態度が気に食わない」とか、お前が何様のつもりなんだよと言いたくなるようなものばかり。

威勢よくdisられてる奴がいるかと思うと、そいつのidはそのうち退会になったりするし、あんな脊髄反射コメを1行もらっただけで退会するのだとしたら随分と人生楽にやっていけるだろうな。反論はできないけど、なんか気に食わないからとりあえず「上から目線が気に入らない」だとか適当に本筋とは別のところからダメ出ししときゃ気が晴れるっていうのもお手軽な精神構造だなぁ。羨ましいよ、「また有村か」って5文字書いておくだけで気持ちに折り合いが付くんだもん。国会の野次以下だぜそれ。俺の場合ブコメつけられたら悔しくて夜も寝られん。

アニメ評論家でもBlogなら専門外のことでもどんどん好きなこと書きゃあいいと思うんだけどな。学生運動のつもりでやってるわけでしょうに。はてサを楽しんでるよこの人。みんなはBlogを書くときに、自分性癖や嫁がどうだとか、そんなつまらないことが足かせになって執筆を躊躇するの?

書かなけりゃ弱点だって見抜かれないし、そりゃ「なんか顔がいいオタク」のままだわな。間違いも弱点もさらけ出しつつ、それでも尚、強気で書き続けるからこの人はアイドルなんだよ。それぐらいわかれ。村長のように「はてな村民は仲良く」みたいな性根で書かれた記事なんて不要。他の村民を小馬鹿にしたような物言いも、それが本心なのだとしたらそれは仕方が無い。むしろそれを隠して愛されアイドルを演じておきながら、心の中でベロを出されている方が俺は嫌だ。自分のありむらへの考えを伝えることができるのがBlogのいいとこなのに、「y_arimはコメントするな」とか言ってる奴はそもそも有村に何を求めてるのかと言いたい。



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まあ、元エントリ思いついた人の勝ちだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20081223230747

なるほど。

1. 店員がこなれた格好をしているので、自分とのギャップが恥しい

2. 自分以外の客がこなれた格好をしているので、自分とのギャップが恥しい

これは今回スーツを着ていったことで一応クリアしてるのかな?

それとも着て行ったスーツやクツ自体に恥ずかしさを感じる要素があるの?

3. 自分が服やファッションのことを比喩でなく何もわからないので、店員とまともに会話できそうになくて怖い (馬鹿に思われるんじゃないかとか返答に詰まって恥しい思いをするんじゃないかとか)

ファッションについては本当に何も知らなくても、ああいうところの店員さんは親切に接してくれる。

センスも接客態度も選りすぐられた人たちだし、研鑽に余念がないからね。

そしてほどほどに上品でほどほどにカジュアルだから高級ブランドブティックみたいなお高くとまった雰囲気もない。

(ただ、店の奥に行くと高級なゾーンもあるんだけど、そこには足を踏み入れなければOK。)

まちがっても馬鹿にはされないから心配しなくて大丈夫だよ。

それでも心配なら、店員さんと話すときにまず、

ファッションについて何も知らなくて恥ずかしいんだけど…」と打ち明けてしまえば、

胸の中もすっきりして話しやすくなるし、店員さんも「そうか」と思って、

より親身に服を選んでくれるし、こちらの知識水準に合わせてコミュニケーションを取ってくれるよ。

そしたら気兼ねなく聞きたいことは何でも聞いたほうがいい。

あと、とにかく何か試着させてもらって試着室に入ってしまえば、

試着室というのは、人目につかずに自分と店員さんだけがコミュニケーションする空間だから安心して相談できるよ。

2008-12-16

ネット止めたい。意志の弱い僕にとっては、時間ばかりを奪う時間泥棒だから。

ブログやりたい。自己顕示欲の強い僕にとっては、最適な砂場だから。

ブクマ見たくない。ゴシップ的なものが好きな僕にとっては、興味深すぎるけれど、精神的に毒すぎる。

ホッテントリ読みたい。悪い意味マジョリティな僕にとっては、「みんなが見ている」ものは見て絶対に損がない。

ニコ動観たくない。空気が読めない僕にとっては、無邪気でえげつないニコ動空気は阿片じみてて恐ろしい。

面白い動画を観たい。子供のように物を知らない僕にとっては、未知の世界映像とは、観るだけで胸がときめくものなのだ。

読みたいものだけ読んで、観たいものだけ観て、書きたいものだけ書いて、それで充実してなおかつ他のこと(部屋の掃除や友人との電話自己研鑽)ができるような、そんな僕にとって都合のいいネット術はないだろうか。

増田さんなんか知りません?

2008-12-13

楽に生きる3つの方法

・知ろうとしない事

過度の知りたがりは無駄ストレスを増やすだけ。

知らなくても良い事を知ろうとするのは労力の無駄

セールの日程とゲームマンガの発売日とアニメの放映時間くらいで十分。

自分が知らない事でもきっと誰かが知ってるだろうから。

知ろうとする暇があるなら庭の草むしりをしたり、アニメ見たり、

酒飲んだり、犬の散歩したりした方がよっぽど健やか。

金融不安世界情勢や凶悪犯罪などを知って

やれ政治家がどうのとか、マスコミはだから駄目なんだとか、

犯罪者に対して届かない怒りを覚えるのならば、

株価やこちらに向いているミサイルやややこしい歴史認識なんか放っておいて

花に水でもあげて「今日も良い天気ザマスね、オホホホ」なんて言ったり、

昼間から酒飲んで「太陽がいっぱいだ」なんて言っちゃう生活の方がよっぽど楽だしストレスもない。

それで社会が廻るか?

そんな事難しい事知らないし、どうでもいい。

だって楽に生きたいもん。

・あきらめる事

過度の期待をすると無駄ストレスを増やすだけ。

自分に出来るかどうかわかんない事は広い世の中の誰かがきっともうやっちゃってたりする。

それだったらそんな事あきらめて一人遊びに耽った方がよっぽど健やか。

夢とか目標とか持ってしまいそれについて悩み、労力を割くぐらいなら、

コミケでいくら使うか気にする方がよっぽど有意義。

叶うかどうかもわからない経済の立て直しや世界平和について憂うのならば、

難しい事は端からあきらめて

花に水でもあげて「今日も良い天気ザマスね、オホホホ」なんて言ったり、

昼間から酒飲んで「太陽がいっぱいだ」なんて言っちゃう生活の方がよっぽど楽だしストレスもない。

それで社会が廻るか?

そんな事知らないし、どうでもいい。

自分じゃどうしようもないもん。

・持とうとしない事

過度に持ちすぎると無駄ストレスを増やすだけ。

お金を持ちすぎると資産運用や管理だの煩わしい事が増えるだけ。

友人知人を持ちすぎても人間関係だ、色恋沙汰だ、鬱陶しいだけ。

子供が増えても自分時間が減ってオナニーにすら気をつかう始末。

金を得ようと昼夜がんばったり、彼氏彼女を得ようと自己研鑽に励むくらいなら

二次元彼氏彼女を見つける方が合理的。

デート代は掛からないし、こちらの見てくれや性格性癖も気にしないし、

めんどくさければ見なかったり電源落とせば良いだけ。

クリスマスだからって無理して一緒に過ごす相手を探すのならば

はじめっから持とうとせず、

花に水でもあげて「今日も良い天気ザマスね、オホホホ」なんて言ったり、

昼間から酒飲んで「太陽がいっぱいだ」なんて言っちゃう生活の方がよっぽど楽だしストレスもない。

それで社会が廻るか?

そんな事どうでもいい。

別に欲しいと思わないもん。

2008-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20081206220423

俺はコイツの気持ちわかるけどなぁ

お前は誇れる日本の文化を何か身につけたのか!?とか思ったりはする

オタクの中にも、消費するだけで自己表現を何もしない人達、楽しんでばっかりで周囲や仲間を楽しませようとしない人らはなんだかなーって思う

自分語りになるけど、俺は空手とか剣道とかで日本の文化の一端を身につけれたと思う

オタクとして、絵を描いたり文章を書いたりして住処にしてるトコで色んな人を楽しませあったりした

俺は、日本が好きだから日本文化を学んだり身につけて、日本人なのに日本の伝統長所何も身につけてない人じゃなくなろうとした。好きだからな日本文化

オタク文化が好きだからオタク同士の身内受けの為の技術創作力を身につけた。オタクなのに買って文句言うだけじゃなくなろうとした。好きだから。オタク文化

嫌いなのは「○○って凄いよな!俺も○○だからー」ってのだよ

○○を名乗れるだけの研鑽を積んだら、所属してるとか住人とか言っていいんじゃないかなって

オタクとして例えるけど、pixivで絵も描かずROMしてる人をpixiv住人とか絶対呼ばないし

ニコニコ動画で閲覧だけして、ニコニコ動画を楽しんでる人達の為に何もしてない奴をニコニコ動画住民とも呼ぶまいと思ってる

仲間の為に何かやったとか、仲間を笑わせようとがんばってみたとか、そういうのを経て共同体の一員とか、枯れ木も山の賑わいの枯れ木になれたんだなって思う

客だ

文句か賞賛かしか言わず、自分からは何も住人に提供しない客が好きじゃないんだ

金銭が発生しない場の客ほどうざったいものはない

とりあえず見てほしいサイト貼る

この世で最もおぞましい泥棒達だ

http://doujinnottori.fc2web.com/frame.html

2008-11-27

http://anond.hatelabo.jp/20081127063438

この書き込みを見てて思った事がある。

自分は親からお前の器量じゃ結婚無理だから手に職つけてくれと言われたぐらいのブサイクで、身長156cmで体重53kgのBMI的には標準だけど世間一般基準からしたら充分デブで9号入らないサイズの女。しかもデブのくせに貧乳

更に、毛深くて剛毛で、多少処理したところで毛穴がすぐに目立つので、手入れはあきらめて私服スカートは一切履かず、腕のもじゃはそのまま堂々と露出してる。肌も弱いので常にすっぴん

趣味電子工作系で部活空気読まずに女子部員が皆無だったその手の部活に図々しく入部し(もっとも私が入部したのを見て勇気が出たのか以後入部希望者が相次ぎ私の卒業する頃には半分が女子になってたが)仕事そっち系に進んだ。

女だからという理由でご馳走になったことは一度もない。(後輩だからという理由で同期の男と共に先輩から奢られたことのみ)

そんな、女捨ててると一部からは言われるような女だけど、高校の頃から男は切れたことがない。

気に入った相手がいれば自分からがんがんアプローチして、半分はふられるんだけど、残り半分はとりあえず落とすのに成功して3-4年はそのまま付き合う。付き合いがマンネリ化したりして相手が浮気したりするとそれをきっかけに次を探して乗り換えるといった具合でもう20年ぐらいやってきている。デートは、奢られることはないけど貢ぐこともなく常に割り勘。

30も後半になったらさすがにそうはいかなくなるかと思っていたけど、最近また新しい相手が見つかったところだ。

日々自己研鑽している女性の皆さんに申し訳ないような気持ちになってしまうのだけれど、自分に男が切れない理由は、むしろ女らしくないから、女らしくあるように努力をしてないからじゃないかと思っている。

思うに殿方は女性の個体識別能力が低いのではないかと思うのだ。よく女を一般化したがる言説があるけど、あれは本当に区別がついていないんじゃないかと思う。女性自身にも同調圧力があってみんな似たような服、似たようなメイクになってるのも原因だと思うのだけれど。(実際ほとんどが9号サイズを着てる訳だし)

で、そういう状況だと、「そうじゃない」だけで目立つ。個体として存在認識される。世の中の8割5分の男性は私のような女のことは見向きもしないが、1割5分ぐらいは「そうじゃなくてもOK」な男性がいて、そういう男性から見たら、なまじ浮いてる分興味を持ちやすいんじゃないかと思ったりする。

見かけによらず経験豊富(笑)なことから男性から恋愛相談を受けることもよくあるのだけれど、彼らは驚く程相手の女性の固有の部分が見えていない。女とはこういうもんだろうという思い込みで動いているので、彼女にはこういう特質があるんだからこういう言い方をしないと、という解説をすると目から鱗的な反応をされることがある。

私の場合見た目から違和感が漂っているのでそんな理想押し付けられるようなこともない。それこそ「ありのまま自分(笑)」を受け入れてもらっているように思う。そういう意味ではむしろ「女らしくない女」の方が有利なのではないかと思う。そしてそれは実は「男らしくない男」も開き直ってそれをアピールしていけば同じようにいくのではないかと思うのだが、どうだろう。

要は、モテるには別にジェンダーに過剰適応する必要はなくて、むしろ反対の方向に振れる方が、埋没するよりよっぽど有利なのでは、という話。

2008-11-16

[][][]後輩を育てることは難しいです

初めての増田にして、いきなり愚痴混じりの長文になるであろうことを、まずはお詫びしておきたい。

「お前、増田は初めてか?力抜けよ」と流し見ていただけるなら幸いである。

新入り現る

先月、ウチの部署に新入りさんが来た。

前まで勤めていた会社は名の知れた某企業の下にあるシステム開発系らしく、

パソコンガンガン使う部署としては「少なくとも、パソコンを使うことに抵抗は無さそうですね」「そうだねー」と期待していた。

私の勤務先は自社サーバを主軸とした統合的なサービス提供(つまりはASP業務)を主としており、

私はそのサーバ運用エラー監視の部署に所属している。

性質上、勤務体制は1日3交代のシフト制となり、朝も夜も関係の無い生活リズムになる。

その新入りさんとしては面接の折に、

「前までの経験を活かして、サービスシステム開発の部署に就きたい」

という意思を示していたようだ。

ただ、いきなり開発部署に放り込んでも右も左も分からないので、

まずはサービス前線ともいえるサーバ運用部署で基本的なシステム内容を把握してもらい、

その後に開発側で腕を揮ってもらいたい、という説得を受けたらしい(という又聞き)。

当人がどこまで納得して内定を受けたのかは知らないが、それは私の預かり知らぬ所なので省略する。

いきなりの暗雲?

さて、新入りさんの初出社の日。

上に書いた通りシフト勤務の部署だが、彼には1週間ほどは日勤扱いで大まかに業務を見てもらう形となった。

(新入りさん個人の事情もあったのだが、それは割愛)

初日からあれだこれだと教え込んでもパンクするだけなので、「こんなコトをやってるんですよ」という触りを見てもらう程度である。

タイミングとして私がシフトに入っている時で、「じゃあ今日からよろしくお願いしますね」と受け持った。

その、開口一番に聞いてきた一言。

「お給料ってどのくらい出るんですか?」

仕事である以上、誰もが疑問に思うことではある。それは分かる。

周りの人間は見ず知らずばかりで、話の切り出し方に戸惑う気持ちも分かる。

だが、「ここはどういう仕事をされている部署なんですか?」とかで切り出してくるとばかり思っていただけに、

のっけからそれかい!と突っ込みを入れたくなった。

アルバイトで入った子が聞いてくるとかならまだしも、

仮にも前まで会社に勤めていたのなら、むしろ仕事の内容について質問するとかが普通じゃないの?と思ってしまった。

システム面の話を」    ( ゜д゜)ヘ?

サーバ運用・監視を主業務とする部署であるため、やることは毎日ほぼ同じである。

決まった時間に決まった処理がサーバ上で走ったことを確認し、エラーが出たのなら迅速に対応する。

よってパターン化された作業内容をノートにでも書き留めれば、それをマニュアルとして作業を進めることができる。

Excelなどに書き留めて印刷するという手もあるが、アナログでもノート片手に作業内容をどんどん書き留めてもらった方が良い。

ドキュメントを書いて印刷するよりも、即利用できるからである)

その日もいつもと同じように処理を進め、彼には横でそれを見てもらい、所々でメモを取ってもらう形を想定していた。

――のだが、その所々で彼はメモを取らなかった。

彼はそこで、「システム的にこれはどういう風に動いているんですか?VB使っているっぽいですけど」といった質問ばかりをしてきた。

良い質問ではある。

将来的に開発部署へ行くことになるかもしれないことを考えれば、先々まで見越しているのだなと評するべきである。

しかしそれは先の話。

あくまで今は、今いる部署での業務内容に集中してもらいたいのだ。

処理がどういう風に回っているか、どういうシステムなのかという掘り下げたレベルの理解は、今の時点では求めていない。

我々の仕事は、開発部署が構築したシステムの下で正しく処理が動いているかを日々監視することにある。

監視する中でトラブルがあれば開発部署に問い合わせ、対応を要請する。

我々は次に動く処理を監視しなければならないので、対応はあちらに任せるのが常である。

システムの詳細まで把握しているに越したことは無いが、正直なところ、そこまで深い話は我々には求められていないのだ。

ましてそれが新人レベルならなおさら、まずはこれから任されるであろう処理の手順をしっかり覚えてほしいのだ。

ということを、彼に説明したところ、返ってきた言葉は、

「要はルーチンワークなんですね」

だった。

今にして思えば、彼のフラグは間違いなくこの時、一本折れたと思う。

暗雲が徐々に暗くなる

1週間ほどの日勤を終え、次の週からは実際にシフト時間に沿って出勤してもらうことになった。

(私の時はいきなり夜勤からだったが)早朝からのシフトでの研修開始である。

奇しくも担当はまたも私であった。

「朝方は何かと一斉に処理が回るんで混乱してしまうと思いますけど、

ひとまずは一番気を付ける業務から書き留めて覚えていってもらえば良いですから」

と前置きして業務を開始する。

彼には作業の大まかな説明をしてメモを取ってもらい、真っ先に覚えてもらいたいものは実際に進めてみてもらうことにした。

その1時間後、


彼はうつらうつらと寝こけそうになった。


無理もない話であることは分かる。

私が研修を受けていた時だって、正直眠気は相当にあった。

朝5時近くに起きて、7時前には出社して業務に入らなければならないのだから。

「すみません…」としょげ返る彼に対し、「まあ初日ですし、この時間帯はきついですから」と責めはしなかった。

そこから4日間、彼の研修を受け持ったが。

彼は毎日のようにうつらうつらと頭を揺らすこととなる。

彼曰く、「どちらかというと夜型の人間なので…本当にすみません」とのことだった。

寝こけまいと自分の頭をしきりに叩く彼を見て、自責の念を必要以上に背負い込むタイプ(ともすれば自傷癖の強い子)かと直感した。

かといって、じゃあ夜勤シフトだけでいいよとも言えない。(その分、他のメンバーが早朝起床ばかりになるわけだし)

4日目を終える際に、休みに入る私は、彼に2つ+αのアドバイスをした。

  1. 難しい話は抜きにして、とにかく今は作業内容のメモを取ること。研修が終われば一人立ちしてもらうことになり、その時にメモを見ながらでも作業ができる方がベターだから。
  2. 眠くなるのは仕方ないけれど、それは言い訳に作業が抜け落ちることは許されない。睡眠・起床といった体調管理は自分でしっかりと行ってほしい。
  3. 翌日から研修を見てもらう人は、私のように「仕方ないですよ」と笑って見逃してくれる人ではなくなるから、気を引き締めて^^;

その3日後、休み明けに出勤した私が耳にしたのは、彼に大きな稲妻が落ちたというものだった。

嫌な予感は、嫌な現実を引き寄せる

研修4日目を終える際に抱いた危惧は、見事に現実のものとなっていた。

あの翌日、彼は必死に作業手順をメモに残す様子も見せず、先輩が作業する横で眠りこけそうになったのだった。

先輩は激怒し、「ふざけるな、顔洗ってこい!!作業は全部俺がやるから、お前は触るな!!」と一喝したという。

ちなみに4日目の終わりに新人さんへアドバイスを送った後、私はもう一つの布石を打っていた。

その翌日から研修担当されるその先輩と、私の上司に対して、4日間彼の動向を見ての感想を報告したのだ。

…ハッキリ言ってしまえば、チクりである。余計なお節介というか、一抹の罪悪感は覚えた。

しかし、いずれは業務を受け持ってもらうことになり、

そこでそれまでのように寝こけてしまい業務を落とすようなことになれば、それは彼一人の責任どころではなくなる。

酷な言い方をしてしまえば、「そんな危なっかしい要素を持った人には任せられない」のだ。

ルーチンワーク連続ばかりの部署ではあるが、だからこそ定められたルーチンは確実にこなす必要がある。

いきなりフルボッコにするわけにもいかないが、雇い入れるに値するかを見定める期間である以上は、報告に値すると思ったのだ。

そして報告のついでに、「ガツンと言うと一気に萎んでしまうタイプなので、ある程度は穏便に^^;」と付け加えた。

しかし、新人さんの頭の揺れように、先輩の堪忍袋の緒は切れた。私の布石は粉々になっていた。

そして私の緒も切れかける

早朝からのシフト研修はひとまず終わり、深夜のシフト研修が始まった。

サービスを提供している相手先の1日の業務データなどが一斉に集まり、翌朝までに然るべき処理が終わっている必要があるので、

最も監視には気を配らねばならない時間帯である。

「どちらかといえば夜型なので」と断りを入れてきた新人さんは、その言葉通りに朝よりも元気そうに見えた。

ところが、ここで彼のもう一つの悪い癖が出てきた。

メモ取りもそこそこに、「この処理はデータベースに対して云々」「エラーが出た際の対応は云々」と質問を投げかけてくるのである。

先に書いたとおり、そんな所までの理解は今は求めない。

ただでさえ処理すべきデータ量が他のシフトよりも多く、一つのミスのせいで翌日の客先の業務が全部止まりかねないのだ。

よって今は「このディレクトリのこの実行ファイルを動かして、出力されるログで処理が正常に終わっていることを確認・記録する」といった手順さえ確実に覚えてもらえれば、それで良いのだ。

そんなルーチンばかりがどんどん回るので、退屈に思えるかもしれないが、それがココの仕事なのだ。

エラーが出た際の対応だって、今の彼にはできっこない――だからこそ研修担当が付いていて、いざという時に対応を受け持つのだ。

という説明を彼にしたところ、ひとまずは頷いた。

ルーチンばかりでつまらなく思えるかもしれないが、結果としてそこで確実に業務をこなすことで、顧客が安定したサービスを使えるのならば、それを維持することこそが我々の最大の目的なのだと。

そのためにも、難しい話は後でいいから、まずは業務の手順をマスターできるように、万一手順が分からなくなった時のために、手元に持ち運べるマニュアルを作り上げていってほしいと。

しっかりとした会社なら新人教育用のマニュアルを随時用意・更新しておくのだろうが、あいにくとウチはそこまで時間工数を割けずにいる。

だから新人が入るたびに、とにかく自分用のマニュアルを作り上げていって、それを元に手順を覚えていってほしいということを徹底している。

それが悪しき慣習となっているというツッコミはご勘弁願いたいorz

彼は「手書きでは上手くまとめられないので、Excelで書かせてほしい」と最初のうちに言ってきていた。

そこは個人の自由なので、結果としてモノができあがるならそれでいいと了承していた。

それと並行して、まずは一番初めに覚えてもらいたい業務を繰り返し実践させて、マニュアル無しでも進められるようにしてゆこうとした。

たぶん、成人してから初のブチギレ1秒前

だが、いつまで経っても、どうにも手順がおぼつかない。

Aという業務があって、それを終えるためにa,b,c,dという作業を順にこなす必要がある。

だが、a→b→d→cとなったり、a→b→cで止まったり、時にはa→c→dとなったりした。

都度注意はしているのだが、どうにも改善が見られない。

a→b→dとやってしまって、次の業務Aの機会にはちゃんとa→b→c→dと行うのに、その次の機会にはまた作業が抜け落ちるのだ。

なにぶん、この業務Aはウチの部署の業務でも最重要に入るので、何は無くてもここの作業手順だけは早めにマスターしてもらいたいのだ。

その辺を何度か言って聞かせた、つい先日のこと。

「じゃあ業務Aの処理に入りましょう」といつものように処理を彼に任せて、私は隣で監視しようとした時である。

「手順a、手順bと進めて…次にcが走るのを適当に見ればいいんですよね?」と、彼は口走った。

未だかつて、私は人に対して怒鳴ったことが無い。それどころか叱った試しすらほとんど無い。

怒られるのが嫌いな上、叱られると何も言えなくなるという性格もあると思う。

自分がそんなだから、他人に対して強く出られないのだと思う。

まして先輩から雷を落とされてしょんぼりしたような新人さんに対しては、尚更である。

しかし、この時ばかりは違った。

彼が口走った内容に、耳を疑った。

適当って何だ!ふざけんな!そんなにルーチンが嫌で退屈なら、もう帰っていいよ」と舌の先まで出かかった。

辛うじて、「今、仕事をする上で致命的なことを言ったのを分かってる?」と言うに留めた。

AAで表せば(#^ω^)

彼も私の声色の微妙な変質に気付いたのか、「すみません…」と応えた。

けれど、私はこの時確信を得た。

「彼は、この仕事がつまらないと感じている」と。

もっと正直な感想を言えば、「彼には無理だろ」とも。

自分の二の轍を踏ませたくはないのだが…

かつて、私は今の所とは別の部署にいた。というよりも、入社した際にそちらの部署に配属された。

配属はされたのだが、自分の持ち得るスキルとはかけ離れた所であった。

だが、当時の上司Aさんや上役たちは私が力量不足であろうことを見越した上で、

人手不足だし、少しずつ仕事の内容を吸収してスキルアップしてくれるなら、将来的な戦力として鍛えてゆける」

と、普段の業務の合間を縫って私を教育してくれた。

けれど、私の理解不足と勉強不足のせいで、徐々に足を引っ張り始めた。

呑み込みの遅さと、何よりも「適当にこなしていれば給料は出る」という許し難い打算が心の底にあったことが原因である。

そうして、とうとう私は稲妻を食らったのだ。

「このままの状態では、正直、お前はお荷物扱いのままだ。給料泥棒と言われたって仕方ないぞ」

上述のとおり、私は叱られると一気に黙り込む――まさしく、今回の新人さんのように。

自分が悪いことは分かっている、しかしそれを改善しようとする心掛けが今ひとつ持ち切れない。

そんな甘えた心さえも、上司Aさんは完全に見抜いていた。

私はいよいよ、解雇されても仕方ないと塞ぎ込む一歩手前までいった。

会社に来たくないという感情ばかりで、体調にさえ影響するほどに終始、気が滅入っていた。

だが、上司Aさんと取締役Bさん、そして今の部署のリーダーCさんが集まり、私を呼んだ。

B「正直に答えてほしい。今の仕事は、辛い?」

私「………本当に申し訳ありません。白状すれば、教えていただいたことも身に付いているかが分かりません」

B「そうか。傍から見ていても、最近の君は叱られてばかりみたいだったからね」

C「でも、君をこのまま解雇するのは、こちらとしても勿体ないんだ」

私「…いえ、ご迷惑をかける一方ですから」

B「そうだね、でも今のウチは人手不足だから。新卒で入った君を、このまま捨てるのは本当に勿体ない」

B「幸いに君は、パソコンは少なからず使える。この部署の仕事はハイレベルで君の手には負えなかったかもしれないけれど、

他の部署でなら君の最低限のスキルは役に立つかもしれない」

A「だから、これが最大限の妥協だ。来週からCさんの部署に移って、一から仕事を覚え直せ」

C「覚えなきゃいけない仕事は全然違う。でもそのくらいの方が君のためになるだろうし、気持ちを切り替えられると思うから」

B「後は君の気持ちとやる気次第。…まだ、頑張れる?」

恥ずかしいので今の部署では一度も明かしていないが、この年で鼻を啜りながら臆面もなく泣いた。

自らのあまりの情けなさと、こんな自分なのに何とか持ち直してくれることを願って拾い上げてくれた上司たちの気遣いに。

今度は私が、としたいところ

あれから数年が経って、こんな私も新人さんに物を教える立場になった。

リーダーシップなんてものはどちらかと言うとお断りしたい方で、誰かの下でバタバタと動き回った方が性に合っている…

という責任逃れの甘さは、相変わらず持ったままだ。

でもその分、自分がすべきこと、自分に任されたことはきっちりとこなすという自覚と責任は得ているつもりだ。

ルーチンワークばかりの勤務内容だろうが、自分が確実に作業をこなし、次のシフト要員へ引き継ぐことで、会社というシステム歯車の一つが正確に回る。

それにより客先もサービスを安定して使えるというのなら、それは十分にやりがいのある仕事なのだと思っている。

休暇らしい休暇なんて不定期なものになってはいるが、それでも休みたい時にはきちんと休暇を与えられるし、自分の好きなことをできる。

彼がなぜ、ウチの会社を選んだのかは知らないし、聞かない。

「親に迷惑はかけられないから」と、実家を離れてわざわざ一人暮らしを始めたのだという。

交代制の勤務で親御さんの負担が大きくなるのを避けるというのなら立派な話だ。

これまでのやり取りから、

「実は前の会社でも折り合いが悪くて辞めさせられて、親御さんからも出ていけと言われたんじゃ…」

という邪推を得てしまっているのだが、それを質すつもりもない。

経緯はさておき、会社としては日々の業務を着実にこなしてさえくれれば、問題は無いのだから。

前の部署では何の役にも立たなかった私が、今の部署でのルーチンをこなしているように。

…個人的にはもう少し愛想よく応対してくれればと思うのだが、そこは会社に慣れてくれば解れてくるものと思いたい^^;

私一人で彼を変えられるとは思っていない。

変える手助けはしないといけないだろうが、最終的には彼の意志に任せるしかない。

ただ、上司や先輩に注意されたり叱られたりばかりの彼の姿は、かつての自分によく重なる。

かつて上司が私を何とか育てようとあれこれ模索した気苦労が、今になって分かる。

私の人生経験なんて上司からすればまだまだ青いし甘いものだろうが、

そんなものでも新人さんの育成(というよりは潰れないための配慮)の一助になればと信じて、もうしばらくは辛抱強く導いてゆきたい。

今でこそ言葉の端々に「こんなルーチンワーク…」という感情の見え隠れする彼が、数ヵ月後にはTPOを弁えてかっちりと仕事をこなしてくれるようになることを願って。


うわ、初増田でこの長さとかあり得ないだろ。

乱文、失礼しました。

追記

はてブトラックバックで多くのお叱りや助言をいただいていたようで、恐縮です。

書き終わったらどこか清々した気持ちで眠っていたのですが、起きてふと記事を見直してみた反響があったことにびっくりしました。

匿名なんだし」と高をくくって書いたのに、こんなに反応があるものなのかと。

2ちゃんねるとかでもROM専なので、ネット界隈での反響の速さと大きさに改めて恐れ慄いております。

一部、言い訳めいた追記というか返答をしたいと思います。

お叱りの方がどちらかというと多かったので、「気に病みすぎないように、感情的にならないように」と言い聞かせつつ。

答えになっていないことの方が多いかと思いますが、そこはご容赦をいただきたいです。

マニュアルについて

電子化したマニュアル、および印刷したマニュアル新人さんには渡していっています。

ある物を全部渡して、「じゃあこれに目を通しておいて」と放り投げるのはさすがにブラック過ぎるので、その日の研修の内容と進み具合に応じてですが。

かつ、それだけで分かりにくい箇所もあるだろうから、実際に運用経験してゆくなかで手元にノートを用意していってくれればいいですよと伝えてあります。

ただし、全ての業務でマニュアルが用意してあるかというとそうではない…というところが、「ああ、ウチは一般的にはブラック扱いか」と猛省すべき点その1ですね。

私が配属となった頃から顧客が増してきて業務内容も増えてきたので、

マニュアルの整備は急いで進めないとまずいねー」と部署内・部署間で大急ぎで進めてはきているのですが、100%にはまだ達していないというのが現状です。

「人力に頼るサーバ運用ってどうよ?wwwww」とは弊社内での冗談常套句だったりします。冗談で済んでいるうちが花か(;^ω^)

あと、「定常作業なんだから全自動化できるだろうよ?」というツッコミがいくつかありましたので、それについても。

大抵の作業はバッチタスク処理なので、人間側はその処理の正常/異常を確実に監視すれば良いわけです。

ただ業務内容上、エラートラブルが発生した際の対応は、人力でやらなくてはならないのです。

相手先への連絡などはその代表例ですね。

そこら辺まで全部オートでやれれば人件費的にも工数的にも楽ができるのですが、会社としての規模がネックになり、環境作りで全員がデスマーチに陥るのでw

イニシャルコストとかランニングコストとかの話になるのでしょうが、既に回ってしまっているものである以上、難しいのが現状でして(;^ω^)

システム内容について

さすがに技術者開発者志向の強いと言われるはてなか、鋭いご指摘ばかりで:(;゛゜'ω゜'):となるばかりです。

中でも↓にはギクリとさせられるものが。

どんな処理が走ってるかもわからずに、順番に処理が走るのを見てればいいってことを、

彼は「適当に」と表現したんだろ。

彼に興味を持ってほしかったら、中でどんな処理が走っててどんなロジックで正常/異常の判断をしてるか説明してあげればいいんだよ。

それとも説明できるほどあなたも中身知らないんじゃ?って思われてると思う。

白状します、増田システム開発やプログラム方面にはとんと疎いですorz

大まかなロジックについては増田研修時に習い(まずは処理監視の手順を徹底的に教え込まれましたが)、後は実際に運用をひたすらこなしてゆくことで把握した経緯があります。

こういう会社理系で無ければならないというわけではないでしょうが、増田本人は極めて文系人間ですね。

プログラム文も読んでみると良くできてるなぁ」と思い、自己研鑽のために勉強も進めてはいますが。

「そんなんにサーバ運用任せるとか無いわwwww」「お前らが悪いんじゃないか!」というお叱りはごもっともです。

増田のその程度のスキル内容などを見越した上で、元上司Aさんたちは最大限の妥協案を提示してくれたのだとは今でも思っています。

プログラム方面では伸びないだろうから、せめて既存のプログラム運用監視でなら行けるだろう」と。

最後の文で指摘されていますが、たぶん新人さん本人からもそう見られるだろうなぁとは、研修の序盤で予想していました。

実際彼にも「ごめんね、そっちは正直なところ開発部署に任せている現状だから、自分からは事細かに説明できない」と言ってあります。

同時に部署のリーダーも、「システム的に疑問に思う所があるのなら、こっちの基礎を覚えてから、改めて開発側に質問してみるといい」と言っていました。

「何だ、この先輩ダメじゃん」と言いたげな彼の視線は痛かったですけれどもw

というか、ネット透視力はすごいな。

会社としての方便と育成案、そして社畜化について

で、そんな増田のいる会社は、人手不足を何とか解消すべく口八丁手八丁で彼を言い包めたのでした。

冷静になってみれば、まさにブラック定型みたいなところなんだなと。

社員の年齢層が比較的近く、バタバタしながらも和気あいあいとしているから増田は好きなのですが…と思っているあたりが社畜ということかw

性格や言動の端々に人を小馬鹿にするような、それでいて自分をとことん卑下するようなきらいのある新人さんですので、

部署としてもどうやって育ててゆくか・接してゆくかはまだまだ模索の段階です。

IT業界が人的・組織的にどういうものかよくわからないけれど、

増田はチームで適性をみられて、今の職場に来たわけだよね。結果的に良かったじゃん。

増田もチームにチクるんじゃなくて、相談してその新人の育成案を考えてみたら?

あんまり善意がないのはわかるけれど、そうやってネガティブな面を根回しをするだけじゃ、人をつぶすことになるよ。

「あいつはこういうときは元気だから、こういう言い方がいいのかもしれない」

「開発に直結するような言い方がいいのかな?」

「あまりほめすぎると調子付くから、こういうほめ方にとどめておこう」

「こういうことをしたら、次はガツンと怒っちゃってください。それが彼のためですので」

貴重な助言だなと思いました、同時に猛省すべきだとも。

「どうにも彼の言動が気に入らない」と辟易しているのか、と顧みました。

皆が皆、自分と同じわけではないのだから、それを踏まえた上で接し方・育て方を考えねばならないですね。

増田歯車として今の部署で働くことに何ら不満が無い(何だ、自分はMなのかww)のですが、彼はそうなることを望んでいるわけではない。

ならばそんな彼にどう接してあげるべきか、どう教えるべきか。上の後半4つのセリフは、今まさに部署間で飛び交っています。

引っかかっているのは、「彼は別にシステム開発を希望してきたのではなく、地元で働ければどこでも良いと思っているらしい」という話。

彼自身がそう口走ったらしいのですが……そうなるとまた少し話が変わってくるような気がします。

「だったらつべこべ言わずにくぁwせdrftgyふじこ!!!」と部署総出でツッコむことにならないのを祈るばかり。

ここまでで根付きかけてしまっている「気に入らない」という感情をひとまずリセットし、

少しずつでもお互いのためになること(彼の希望する、活かせる部署への異動も含めて)を進めてゆけるよう、ポジティブに考えてみたいところです。

その他

書いている間にもはてブがどんどん増えていることに、一種の恐怖を覚えてきましたw

ちょwwwww人気エントリーで出るとかあり得んwwwwwwwwひっそり愚痴らせてくれればそれで良かったのですがwwww

あまり長居するのも何ですので、いくつかのトラックバックブコメに答えつつ、ひとまず締めとしたいと思います。

「追記だけでもう1エントリー書いた方が早いだろ」とは後の祭り

ます増田自分に酔いすぎ。読んでてキモイ

分かっていますwww

溜まった鬱憤を晴らすべく、増田に書こうと思ったので。

歯車社畜でも俺は頑張ってる」という自己陶酔が皆無とは言いません(それを誇りと呼ぶかどうかは自他の見方の違いでしょう)。

なあ、そういう愚痴はこういうところに書き込まないで、飲み込むか同僚か奥さんか彼女にでも言えば?

いたら、ここまで鬱憤は溜め込んでいないし、増田にも来ていないお(´;ω;`)

「はたらくおじさん」タグが付いていた件

まだ二十半ばを折り返したばっかりなのですが(´;ω;`)

そう呼ばれることを覚悟しないといけない時期か……人生早いなあ。

2008-09-08

http://anond.hatelabo.jp/20080908125928

もう若手中の若手エンジニアみたいな俺なんだが

アメリカに行ったほうが自己研鑽できると聞いて英語勉強した。

そこそこ話せるようになったところで、米支社出張の予定が入ったので手を上げたら

現地のやつらみんな日本語で話してやがって超萎えた。

日本修行するのと何がちゃうねん。と。

しゃべれたおかげで個人の時間で外回って色々見聞きできたからよかったけど、なんか悲しくなった。

2008-09-05

知之為知之 不知為不知 是知也

一、至誠(しせい)に悖(もと)る勿かりしか (真剣だったか)

一、言行に恥づる勿かりしか (言行は一致していたか)

一、気力に缺(か)くる勿かりしか (覇気はあったか)

一、努力に憾(うら)み勿かりしか (研鑽を積んだか)

一、不精に亘(わた)る勿かりしか (手を抜かなかったか)

2008-08-10

14歳の君へ。

プロローグ

もしこの文章を読んでる君が14歳だったら、まず最初に伝えたい事があるんだ。これはとても傲慢で自分勝手なのかもしれないけど、僕が君の歳のとき、こんな亊を言ってくれる大人が側に居たら、寄り道なんてすることはなかったかもと思って、今書いてるところなんだ。

君にはもの凄く一方的に移るかもしれないし、説教臭く聞こえるかもしれない。もしかするとピンと来ない話かもしれない。それでもどうか、最後まで読んでくれれば。

人を信頼するということ

まず、最初に告白しておくと、僕は未だに人が怖い。だから今でも人付き合いはどちらかというと苦手なんだけど、それでも僕は人を信頼している。

君には変に聞こえるかもしれないね。でもこれは僕の偽らざる本当の気持ちだ。でも反対に君は内心、周りの人間小馬鹿にしているかもしれない。

もっとハッキリ言えば、周りの人間を見下しているのかもしれない。そして世の中は下らないなんて、本気で思っているかもしれない。

確かに、ある意味ではそうなのかもしれない。

お世辞にもこの世は素晴らしいことばかり、なんて言える自信は僕にはないし、保証なんてする気はサラサラない。その言葉はある意味では真実だ。

でもちょっとそこで結論付けてしまうのは待った方がいい。

僕が小さかった頃は、自分の行動範囲でしか周りを見ることができなかった。

小さい頃はせいぜい歩いて10分が行動範囲だったし、自転車を乗れる様になってからは大体町内とか市内が行動範囲。それ以外を知るとなると、テレビとかで受動的に知るしかなかった。

当然ながら、会う人、話を聞ける人も物理的な制約に制限されてた。

でも今はどうだい?今は違う。君はある意味では恵まれている。ネットがあるからね。世の中は全然下らなくなんかない。

例えば、はてなとか覗いてみたら、凄い記事とかゴロゴロ転がっているし、ニコ動とかでも凄い動画はたくさんある。他にも凄いものを作っている人はいっぱいいる。

これを見て、読んで、聴いて。それでもまだ人は下らないなんて言うつもりかい?

こういうのを作ってる奴らが何も聖人君子であるとか、そういう事を言いたいわけじゃない。違うんだ。君と同じなんだよ。かつては君と同じ14歳だったんだ。

知らない人をあまり無闇に信用しないというのは、果たしていいことなのかな?そんなに人間ってどうしようもない生き物ものなんだろうか?

これが簡単に答えられる類のものではないのは重々承知している。しかし何にせよ、まだ早急に結論付けるのはあまりに早すぎるんじゃないかな。

君はもっと人を信頼していいと思うんだ。中にはどうしようもない奴だっているかもしれないけど、それでも世界は凄い奴がゴロゴロ転がっている。

社会ってなんだろう

君は親父とかの働いている所を見たことがあるだろうか。僕は一度もない。

僕の知ってる親父は、朴訥で、やたら子煩悩で、休みの時は必ず息子を連れて登山に行くような人だった。けど僕は親父が具体的な仕事の話をしているのを聞いた事がないし、働いている姿も見たことが無い。

有りがちな話だけど、子供のころは社会を知ることが無かったんだと思う。

社会と言えばそれは例えば、新聞の中に書いてあるような事だけだった。他の大人達の働く話なんて、全く聞く機会もなかった。

そういう意味で、なるべくして良く言えば純真に、悪く言えば物を知らずに育ったのかもしれない。

これが果たして僕にとって良い事だったかと考えると、必ずしもそういうわけじゃないんだ。むしろ、もっと知っておけばよかったって。

大人の世界を知っておいて悪いことなんてない。君もいずれは大人の世界に身を置くことになるんだからね。

学校の中だけが全てじゃないんだ。当たり前じゃないか、って君は思うかもしれない。でもこの事は体感する必要があるんだ。

学校世界は、数ある内の一つの世界に過ぎない。そこに居場所を確保しようとするのは、決して悪い事だとは言わない。でも、のめり込みすぎてもいけない。

抽象的な物言いをすれば、過剰適応となるだろうか。学生時代の友は一生の財産にもなりうる。でも学校だけで君の人生が終わるわけじゃないんだ。その後も広大な世界が君を待ち受けている。

その事を決して忘れてはいけない。怖がらせるようですまない。そんな先の事なんて考えたくもないって思うかもしれないね。

でも政治家みたいにそういう事を先送りにしておくと、碌な結果にならない。じゃあどうすればいいのかって君は思うに違いない。

実際学校社会はあまりにも遠い。これは僕達大人の責任でもある。

でもそんな風に不平を言ったって仕方がない。とりあえず僕はネットで大人の世界を知る事をお勧めする。世の中には色々な人が居ることが分かると思う。

僕が子供の頃と違って、ほとんどの人が何らかの形でネットを使っているし、そこでは色々なコンテンツが作られている。

例えば君はサラリーマンなんてどれも変わらないって思ってるかもしれないけど、普通サラリーマンだって千差万別だ。

とにかく数えきれない程の職業に従事している人が居て、又数えきれない程の生き方がある。ちょっと探せば、すぐにそういうのは見つかるはずだ。

是非そういうのに触れて欲しい。職業だけじゃない。世の中に起きている色んな問題に首を突っ込んでみようよ。知らない世界を知るっていうのは、想像以上に面白いことなんだ。

別に今から就職活動を始めるとか、社会参画するとか、そういうスケールの大きい話じゃないんだ。

ただ、君がそうして触れた生き方は、君が真剣に将来を考えるようになると、多分凄い助けになるだろうから。

言葉の持つ力

これは必ずしも必要ないのかもしれない。ある種の生き方には不要なのかもしれないけど、それでもやっぱりできれば、身につけて欲しいと思う。

君はもしかしたら、学校テストでは高得点を取れるかもしれないし、それさえできれば問題無いって思ってるかもしれない。

それも大切だ、確かに。でもそれだけじゃ、自分の意見とかが言えない、そういう状態になってしまう。

自分の言葉を持つことは、大切な事だと思うんだ。極端な話、学校では、自分の言葉なんて持たなくても、やっていける。

でもそれは学校だけでの話だ。前にも言ったけど、学校の後にもそこに茫漠と人生って奴は横たわっているんだ。

そこでは自分の言葉が無ければ、自分がどんな人間か伝えるのに、苦労する。結構シビアな所なんだ。だから今の内に磨いておいた方がいい。

でも、どうすればいいかって言っても、自分の言葉というものはそんな直ぐに身につくものじゃない。長い研鑽の果てに身につくものだ。

こう聞くと何だかとても辛い事の様に思えるかもしれない。でも、そんなに複雑な事ではないんだ。これは今からの君の心がけの問題だ。

今から言う、二つの事に気をつければいい。それは、問いを立てて考えること。色んな言葉に触れる事。それだけだ。

何も難しいことじゃないけど、なかなかこれをしようとしない人って多いんだ。

中でも問いを立てる事は凄く大事だ。「どうしてこうなるんだ」と問いかけないと、自分の世界は広がらない。それを真摯に考える事だ。

中には考えても、なかなか自分の中に腑に落ちる答えが見つからない事だってあるかもしれない。でも、決してそこで歩みを止めちゃダメだ。

全ての問いに答えが見つかるなんて考えるのは馬鹿げている。学校テストと違って、答えの見つからない事の方が多いんだから。それでも考えるのを止めないこと。

そうやって自分の中の問いを大切に扱う事。そして、色々な言葉に触れること。音楽でも、映画でも、漫画でも、本でも。そこに言葉は溢れている。

そこにある考えとか、思いとか、どんどん取り込む事だ。そういう事を続けていると、いつのまにか、自分の言葉で語る事ができるようになる。

これには時間がかかる、確かに。でもそうして自分の言葉を形作る事は、とっても愉しい事のはずだから。

自分の感覚を信じる事

ネットは広大だ。その意味を僕が肌を持って体感するのは、いわゆる普通のレールを踏み外して、ドロップアウトしてからの事。

それからPCに触れる時間も増えていったし、そういったブログに触れるのは必然だったのかもしれない。ともかくネットで色々な物に触れた。

そうして莫大な量の情報に触れる事で、自分の感覚とか、志向とかがどこに向いているのか、少しずつ分かってきたように思える。

必ずしも僕みたいなやり方で無くても構わないけど、そうして莫大な量の情報を得て、そうしてから、将来どうしようとか、これからどうすればいいのかなって考えるのも遅くないと思う。

君の周りの親が進学しろっていうのはそういう風に受け取って構わないと思う。決断は後回しにできるのなら、後回しにして、色んな事を知ろうとするのは、決して悪くない考えだと思う。

それから、面白そうっていう自分の感覚を決して見逃さない事。面白そうなんだけど、周りの目が気になって、中々やり始めるのを決められないかもしれないけど、自分の感覚の方がずっと大事。

誰々がどう言ってたからで自分のやる事を決めない事。自分はこれが面白いって思うから、これやってみるとかでいいんじゃないかな。とにかく、惰性に流されちゃダメだ。つまらないと思ったら止めてもいい。

真面目になりすぎなのもよくない。例えば好きな異性がやってたのを自分もやってみるとか、かっこ良さそうとか、モテそうなんて動機で何かを始めるというのでも全然構わない。フィーリングとかで決めちゃってもいいんだよ。そういう風に自分の感覚を大事にして、色んな事に触れてみるんだ。

当たり前だけど、14歳の君は二度と戻ってこない。ものごとを知らないって言うと、バカにされたりする事もあるかもしれないけど、決して悪い事ばかりじゃない。

そうした状態だと、初めて見る物事が全て鮮やかに見えるから。

そうして手に入れたものは、君が僕の歳になった頃には、大切な宝ものだと思えるようになっているはずだから。

終わりに

どうかな?伝わっただろうか?伝わっていたらいいなあ。僕だって大人として、上手くやっているというわけでは決してないけど。

それでも、時々考えるんだ。もっと上手くやれていたらって。

僕はあっちこっちぶつかって大人になっていったけど、そんな不器用にやっていくよりも、君には上手くやって欲しいって思うから。

素敵な14歳の夏を。

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