「情報量」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 情報量とは

2009-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20090725035221

横だが一般的に東大卒のほうが学力が高く情報量が多いわけで情報強者なのは確かだろう。

そういえば以前の増田には東大法学部最強が持論の学歴君が張り付いてたけどどこいったんだろ。

2009-06-15

けいおん!は多くの原作読者にとっても幸せである!説

http://anond.hatelabo.jp/20090615152955

アニメ化決定前からけいおん!を読んでる原作読者がたまたま開いたらおっという記事を見つけたので増田に書いてみ増田

(注:このエントリーは半分の推測と、半分の「ただしソースは俺」でできています)

元増田氏が言っていることはたぶんその通りだと思う。

けいおん!は素材として優秀だったから選ばれた説

他でもさんざん言われているかも知れないが、あれって素材として良いから選ばれたって線が非常に大きいと思う。良い意味でも悪い意味でもニュートラルで、その割にしっかりと芯があって、コンセプトとしてしっかりしているから選ばれたんだと。

さらに言えば変更・追補しても文句を言う「原作信者」がいない、あるいはいたとしてもそれほど強烈ではないだろと言う所も大きな原作選択のファクターであったのではないかと思う。

意地の悪い言い方をすれば「未完成故に妄想しやすく、強烈に人気がないので好きなようにできる」という事だったのでは。すでに京都アニメーションは、通常であればメディアミックス一角として重要な「原作の人気」というものが無くても十分にヒットさせるだけの力を、ブランド力を持っているわけで「作りやすさ」「作りたいもの」という所を重視して原作を選択できたのだろう。

その点で、あれはある程度原作とは別物で当然。ゆえに、11話だけを原作を無視した話しである等々と批判するのは間違いで、言うならばあきらめとともに全体が原作とかけ離れている点を批判すべきだと思うんだ。

ただ、原作ファンにそういった原作と違う事を根拠にする批判を持つものを自分自身含めて見たことがない。まぁみんな俺が布教した連中だからかもしれないが……。

似たようなケースとしての「プラネテス

似たようなケースとして、ジャンルは全く違うがサンライズ製作したアニメプラネテス』がある。あれは原作を読むとわかるが、エピソードのその重要な部分は持ってきているが、登場人物が大幅に増員されており、すさまじい設定の補強、発生順序、時間軸等々も全く違う。はてまた、ヒロイン性格がかなり違うのである。それは映像化するための密度を増やすための設定にとどまっていないと思う。

こちらが「けいおん!」と異なるのは原作はわりと信者がいたということ。しかしこちらはキャラ萌えで「あの子はあんな事言わない!」的な反発ではなく「アニメ化したらせっかくのリアルな描写 or 設定 or SF的に正しい物語がおかしくなってしまった!」と言う方向で反発の方が大きかったであろうと言うことである。こちらはおそらく、それぞれ各人の胸の内にしかないキャラクター像に合わせるより簡単であり、結構力業でクリアーしているように思う。

また、プラネテスに関しては、ほとんど、と言うか俺的には一回も「原作アニメに比べてつまらない」という評を見たことがない。これもけいおん!との違いだろうか。

そもそも原作準拠のアニメってそんなに多いか?

そもそもである。近頃は1クール13話、長くて2クール26話程度で、原作を使い切ることがないのだろうが、ちょっと前などはたいていの場合、原作のエピソードを使い切ってしまい、完全オリジナルエピソードを追加したりして増量していなかったか。そして、そこには今のアニメほど「原作レイプ」と言った不適切な表現まで使われないにしろ、原作ファンから批判されていただろうか?

これは、あまりにも期待値が高すぎるからではないかと思う。俺は涼宮ハルヒの憂鬱初版で全部持っているように、アニメ化前からのファンだが、自分的には涼宮ハルヒの声が妙に高かったぐらいしか違和感を覚えなかった。あそこまで原作先行で原作の再現度が高いアニメは、他には「彼氏彼女の事情」ぐらいしか知らない。(注:ただし俺基準、他にもたくさんあるだろうけど)

(もちろん、原作アニメが同時企画され、原作者アニメに深く関わったり、監督や演出等制作中核スタッフが自ら原作を書いた除く。たとえばパトレイバーとか)

つまり本来は、アニメ漫画小説原作とは全く表現方法も違えば、規模、一度に流せる情報量製作スピードなども全く異なり、本来は別物になってしまうものじゃないのかと思う。それをうまく合わせ昇華する技術京都アニメーション制作スタッフたまたま持っていただけである。しかしそれは希なことである。

それを忘れて、ちょっとぐらいこのアニメ原作と違うなどと騒ぎ批判することなど、一体何の意味があろうか!?いや無い!(反語表現)

……………………

………………

…………

……

そういっておかなければ悲しいじゃないか。見たら全然違くて、原作ファンには黒歴史化されているアニメなんていくらでもある。その屍の山と、話題が少しでも出るだけでしゃれにならないほど荒れるのでタブーとして重く封印された話題のことを思えば、けいおんはその点凄く幸せなのではと思うんだがいかがか。

違う事と原作がおもしろくない事は別である。

最後に、元増田氏に一言意見を申し上げる。

アニメから入って原作を読み、原作のほうが面白いと思った奴がどれだけいるのだろうか。

話の流れはアニメとだいたい同じだけど、あんまり面白くないな。京アニすげー、と思った人が大半ではないか。

元増田氏はこうっしゃった。「あんまりおもしろくないなと感じるのでは」と。

そんなことはない。絶対……断じ……いやたぶん……おそらく……きっと……ない。

少なくとも俺基準では、原作けいおん!は大好きであり、よく企画した人はけいおんに目をつけてくれた!と感謝している。少なくとも、原作けいおん!が無ければ、アニメ存在しなかったわけだし。

と言うのは、原作には原作の良さが、アニメにはアニメの良さがあって、容易に比べるものではなく、従って「あまりおもしろくないと感じた原作アニメの力でおもしろくした」と言うことではないと言うことである。

たとえば逆も成り立つ。アニメ原作で、漫画化された際にまた違った雰囲気で人気を博した作品……宇宙戦艦ナデシコに対する遊撃……じゃなくて、新世紀エヴァンゲリオンの貞本版とかである。

そう考えれば、お互いに「違うからつまらない」と言うことが以下にナンセンスかわかるであろう。そう思わなければ、ファンはやっていけないと思うのだがいかがか。というか「原作と違う」「アニメと違う」という事で批判するようなファンは、アニメ漫画小説ドラマ舞台なんでもそうだが、そういった作品に対するファンとしての経験値が足りないのではないか。これは好きなアイドルタレント自分希望と違った行動を取ったからと言って(分かり易いのは結婚とか)転じていきなり批判を始めるがごとく、非常にレベルの低い、ファン経験値の足りない行動であろう。

そう思った。



特にオチはない。

だらだら書いたが結論がよくわからなくなってしまった。まぁいいや。

2009-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20090611234256

理由は、現状の増田インターフェイスが、はてな記法による小見出しと、記事の見出しを識別しにくくなっているからだ。

こういう場合、

  • 小見出しがあるような長文記事は各記事個別のページで観覧する
  • RSSを使って購読してみる

事をおすすめする。後はユーザースタイルシートを使うとか。

ともかく長文をだらだら書かれるよりはずっといい。そもそも各記事の間が明確に分かれていない増田では。

この後コピペされることを期待するなら(元記事は増田へのコピペだがオリジナルだか知らんが、充分それを意識しているように見える)、はてな記法は不便なだけであるな。

それを言ったら普通HTMLも同じでは。プレーンテキストコピペされる事を想定しなければならないなら、それはマークアップではなく、文章を書くときにそう作らなければ無理。タグ重要である情報コピペするときは、ソースを表示してソースまるごとコピペすべき。はてな記法記法HTMLに変換しているだけだよ。だから結果は普通HTMLで表示される。

プレーンテキストよりも、ずっと情報量が増す。その重要性が理解できない場合は、ちょっとマークアップ言語キーワードに調べてみて。

2009-06-09

みんな毎日飽きずに議論してるけどさ

 俺は増田に入り浸るようになってまだ日が浅いけど、増田読んでるとみんな本当に議論が好きだよなあって思う。それは俺も同じなんだけど、無駄だよなあとも同時に思うわけです。

 ここでもそうだし2chとかでもそうだけど、やっぱり議論が立ち上がるとハイエナみたいに涌いてくる連中ってのがいて、彼らの議論ってまあ十中八九不毛だなあと感じてしまう。

 それは彼らが議論のための議論をしているから、という面もあるけど、むしろ俺のひとつの信念というか基本的な考え方からきてるところが大きいんだろうと思う。

「議論を優勢に進めたサイドの主張が正しいわけじゃない」

 これ。

 議論って別に主張同士がぶつかり合うものじゃなくて結局は人間同士がぶつかるものだから能力の個人差もあるし、論破に適した主張とそうでない主張っていう差もある。

 そして何より、言語による情報のやり取りになるわけだからどうしても意味的なロスがある。それが言語の機能的なロスにとどまってればまだいいんだけど(良くないけどしかたない)、増田ってかっこいい文章書きたがる人が多いからね。そのために切り捨ててる部分が大きすぎて話にならない。みんななぜか自分の持ってるカード100%出し切るような物言いをしたがらないんだよね。

お腹の、このへそのちょっと右の筋肉の層のすぐ下辺りが痛い気がするんだけど~」

 とか言ってくれれば話が進むんだけど、

「腹部に鈍痛を感じる」

 みたいな言い方をする。お互いにそんな状態だから、情報量が少なくて議論してるはずなんだけど議論にもならない。

 いや、もちろん「議論を優勢に進めたサイドの主張が正しいわけじゃない」なんて今更改めて言うようなことじゃないのはわかってるつもりだけど、増田なんかでは自分の主張の正しさを議論の相手に、あるいは他の読者に知らしめたくて議論してる人がいっぱい居るわけでしょ。だとしたら無駄だよなあと思うよ。スポーツとして楽しむ分にはいいんだけどさ。

2009-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20090606204842

なるほど。

「「クズだと思う」というのは軽蔑していることだと思う。」とか書いたけど増田考察の方がずっと良い。なんか納得した。ありがとう

たしかに情報量が少ないときに「軽蔑」にはなり難い(相応しくないとも感じる)。情報量が十分なときには「クズ」と「軽蔑」の両方があり得るけど「クズ扱い」は「軽蔑」と違う、「クズ」はケースによっては情報量を上回るほどの事があった場合かも。

いろいろ考えていたら、ある人に対して自分勝手情報を補完して強めなネガティブな感情を持っていることに気付かされた。困った。

クレームの有難さがわかってない企業

サービス内容にクレームをつけてくれるお客様はとても有難い存在です。

ほとんどの不満を持つお客様は、黙って契約解消して競合他社に流れるだけ。わざわざクレームを出してくれるお客様は、たいへん希少、そしてそのクレーム内容は宝の山です。サービス改善経営戦略の方向を決めるにあたり、お客様からのネガティブ情報ほど役に立つものはないのです。

クレームというのは宝の山です。

逆に、「いつも利用させてもらってありがとうございます」なんてメールゴミです。情報量ゼロ。せいぜい数をカウントして顧客満足度の指標に役立てるくらいの価値しかありません。メールフィルタするならむしろお礼メールの方でしょう。こんなゴミを有難がる企業はそれだけで危ない匂いがします。

もちろん、お客様からつけられた難癖にすべて諾々と従えと言ってるのではありません。対応できるものは対応して、受けられない話はガンとして拒絶するまでです。貴重な情報は提供してくれたからといって奴隷になる必要はないのです。それはそれ、これはこれ。有難いクレームを元に提供できるサービスを見直す努力が大事。

元増田が勤める会社お客様の期待に見合ったサービスを提供できないのは、いただく料金が安価だからではなくお客様クレームという宝の山を忌避して活用できてないからでしょう。このような会社はたくさんの利用料を徴収したとしてもサービス品質を向上することはできないものです。

2009-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20090510233905

結局テレビとの相性が悪いだけじゃないかっていう。NTSCソースNTSCテレビに映したときに最も力が発揮されるのさ。

とはいえ約6倍という絶対的な情報量の差はいかんともしがたいわけで。

両者を最適環境・同画面サイズにしたら、やっぱりBDに軍配を上げざるを得ない。DVD最適化された環境BD再生しても、やっぱりDVDが上回る事はないだろう。

DVD版ではぼんやりとしか映っていなかった遠くの看板の文字がはっきり読めたりするしな。

2009-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20090506200233

 例えば、架空のものを表現するとき、イラストが見る人に伝える情報量
文字に比べたら絶対に多いと思う。

2009-04-27

パソコンってなに?って話になってきてるようなもので

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51205914.html

dankogaiさんの記事コメみて思った。

確かに、ケータイってプル型だのプッシュ型だの、情報等のゲートウェイとしてはすごくいいんだけど、じゃあ情報の発信側になってるかっていうとそうじゃないよね。

メールの送信とか、掲示板に書き込むとか、その程度のこと言ってるんじゃなくて。

確かにTwitterとかケータイTwitterと言われる「リアル」とかプロフとかってのも、ケータイレベルでは十分「発信」してるものかもだけど、PCを自在に利用している人の「発信」に比べたら全然レベルが違うのかなって。

で、ここまで書いといてあれなんだけど、「じゃあPCで多くの人がやってる発信ってなに?」って言われると、ケータイから出来るような発信しかしてないなって思った。

メールにしても掲示板にしても、はてなにしてもブログ更新もだいたいケータイで出来る。

dankogaiさんのようなギークな人にとってはパソコンって凄い重要なものかもだけど、別に一般人にとっては必要不可欠でもないんだなーって。

よく使わなくなったパソコンサーバにしたり、リビングテレビの横に置いてDLNAサーバとかメディアサーバ化することもできるとか、チューナー付ければテレビなんて要らなくなる!って言うけど、逆に、パソコンじゃないと出来ないって事がほとんどなくなってきたんじゃないかなーって。

テレビにしても音楽とかメディア系にしても、ゲームにしても、専用の機器があるんだけど、パソコンに一本化できるってことにパソコンの用途が進んでいって、パソコンじゃないと出来ないことをする人はほんとにIT系の人くらいになってきたのかも。

ゲームならPS3とかWiiで良いじゃんって思うし。

テレビにしたいなら液晶レコーダー買えばいいし。

iPodとか音楽プレーヤーのためにパソコン買う人もいるけど、テレビに繋げるセットトップ(au BOXみたいなの)がもっと使いやすくなったりしたら必要なくなるし。

もちろん、今のケータイには限界があって、画面のサイズが小さいこと、キーボードが小さいこと、拡張性がないこと。

いわゆるI/Oってやつ。今のケータイだとせーぜー3.5インチ程度で情報量が少なく、文字の打ち込み等は遅い。

また、まだまだ「PC向けサービスケータイでも使えるようにした」程度だから、まだまだUIがこなれていない。ま、それはiPhoneの登場によって、タッチパネルアプリケーションで解消できるとわかったわけだが。

もし、ケータイフルブラウザネットブック程度のブラウザ性能を得て、かつ、繋げるだけで大画面出力、QWERTYキーボードが使えるようになるような機器が当たり前になって(シンクライアントノーパソみたいなものにケータイを繋げる的な感覚)、いろんな機器をつなげて拡張できるようになると(できればBluetoothとか近距離無線で)、いわゆる「パソコン」ってものが一般人からすると要らなくなるんじゃないかなーと思う。

個人的には、有線じゃなく無線、さらに言うなら、電脳コイルみたいにメガネとか視覚に直接投影するとかで、バーチャルI/Oが出来ればワクワクする。

脱線したけど、結局dankogaiさんの記事は結局ギークな人や開発者による視点でしかなくて、一般人の視点からすると、パソコンなんてもうただの「なんでも出来る魔法の箱、だけど、個別に買ったほうが楽。」であったり、「リテラシーや知識のある人にはすごく使いやすい、だけど、ケータイでもほとんどのことが出来る。(使いやすさや快適さを我慢すればだが)」という箱になってしまったんじゃないかなーって。

だから、バーチャルI/O。あと、電池か。

それさえクリアしてしまえばいろんな「当たり前」が変わってしまうんだろうなー

(「当たり前」が変わってしまうような革新のことカタカナ語でなんかあったよなー。なんて言うんだっけ?)

2009-04-19

最近ゲーム攻略製作って結構難しくなってるんじゃないかな

ゲームを遊びながら何となく思った。三次元的に複雑で広大なフィールドダンジョンとか、印刷物で分かりやすく表現するのって結構骨が折れそうなんだよね。

あと、扱えるパラメータの種類や上限値も格段に増えているせいで、システム的な面まで網羅しようとしたら並みの情報量じゃ済まない気がする。別段読者に必要とされていないんだけれども、攻略本と銘打つ以上は掲載しなければならないわけだし。

たとえば「アーマード・コア」の最新作なんて、頭部パーツだけでも、

これだけのパラメータがあるんだもんな。

これに加えて、コア(胴体)、腕、脚部、ブースター(メインサイド、バックの三種類)、腕武装、肩武装、背面武装、ジェネレータ、FCS、さらに各部へ装着可能なスタビライザーというカテゴリまである。特に武装は、ライフルだったりブレード(接近戦時に展開するエネルギー状の剣)だったりミサイルだったりと、種別ごとにパラメータはまた違ってくる。これら全てのパラメータを網羅するために攻略本は270ページのうち80ページも費やしてる。

2009-04-04

http://anond.hatelabo.jp/20090404115824

・とりあえず「論理」のなんたるかを知ってから書いてくれ。

・あんたのいいたいことは受験生論理的思考力があるかないかじゃない。脳みその特性を活用せず、ただがむしゃらに勉強しようとする人が多過ぎるってことだ。

・ついでに言うと、7文字までは瞬時に覚えられる(マジカルナンバー)というのは、あくまで瞬時に記憶にとどめておける情報量(短期記憶)の話であって、それを長期記憶に持って行きたいなら、よほど鮮烈な印象を持った場合を除けば、時間を置いての反復練習が欠かせない。(おれはそのいい加減な脳みそに関する知識をもとに勉強してる元増田がいったいどれほどの成果を上げられているのか、とっても興味があるよ…)

2009-03-26

東京から田舎に帰ってきて思ったこと


東京から田舎帰省してぼちぼち半年になるが、気付いたことでも。

10年間過ごした東京で知り合った人間の多くは、とても個性的な人ばかりだったような気がする。

「なるほど、こんな考え方もあるのか」「こういった趣味もいいな」「こいつおもしろいな」etc.

とにもかくにも大きな刺激を受けてきた。

もとより人口が多いので、知らず知らずのうちに自分が付き合いやすい人間とつるんでいただけなのかもしれないが、東京での出会いは、どれもこれも自分にとって大きなプラスとなったことは間違いない。

で、田舎に帰ってきて思ったのは、

どうも田舎で育ってきた人というのは物の見方、考え方が狭い、視野が狭いような気がするのだ。

仕事に対する取り組み方や、単純な知識・情報量ユーモアのセンスなどなど、どれもこれもワン・ランク低いような気がする。

おそらく、絶対的な人口が少ないため、「他人から何かを学ぶ」という機会が少ない、薄いのだろう。

で、これから僕はおそらく死ぬまで、この故郷で暮らしていくだろう。

いつの間にか、知らず知らずのうちに自分のスケールも小さくなっていくような気がして、少しやるせない気もする。

IQが20違うと会話が成り立たない

 IQの高さは同時に処理できる情報量の多さです。

 これを元に、1つの場面を考えてみましょう。IQの差が大きく異なる2人の会話です。

 まずIQの低い側の人にとっては、相手の持ち出す情報量の多さに直面します。それを理解しようとしても、頭の中の整理が追い付かなくなって会話から取り残されることになります。もっとも、まったく理解しようとしない場合は、いつまでも会話が噛み合わないままです。

 次にIQの高い側の立場から見ると、相手がなかなか話を理解できないことにイラ立ちます。互いに話し合う努力は必要ですが、差が大きくなると高い側が一方的に合わせないと会話が成り立ちません。これはバケツに汲んだ水を、必死に小さなコップに移そうとするようなもの。かなりの負担です。まして、IQの高い人には相手の立場を想像できない傾向がありますので、単に相手を「バカ」と切り捨てる場面もあるでしょう。

 互いに意識するほどの負担にならず、歩み寄りのできる限界が、だいたいIQ差20辺りにあるそうです。

 

 IQ100の人の場合、82%の人たちと会話が成り立ちます。それに対してIQ140の人だと、9%未満の人としか会話が成り立ちません。よく天才定義とされるIQ160だと、それがわずか0.3%になります。

 現実問題として気の合う話し相手は、もっと狭い範囲の中からしか見付からないんじゃないかな。たとえIQの高い側が人格者で必死に周りに合わせようとしても、周りの人たちの方が「この人はちょっと……」と敬遠するでしょうし……。

 それを考えると、IQの高さも善し悪しですね。

http://www1.odn.ne.jp/drinkcat/topic/column/depot/z_tawago/z_chinou.html

2009-03-13

本を読むのが早い人は、文字から意味へと直接変換できるらしい から 政治家の演説は何故つまらないかについて

本を読むのが早い人は、文字から意味へと直接変換できるらしい から 政治家の演説は何故つまらないかについて

http://anond.hatelabo.jp/20090313013634

漢字の思い込みでの読み間違いのエントリーがあるが、まさに麻生漢字の読み間違いはそういったことなんじゃないかと思う。

なまじ本とか読んでるから、頭の中でそれが定着しちゃってるのだろう、と。

特に本での読み間違いは、朗読でもしていない限り他人に指摘されることはないだろうし。

連想増田からさらに連想増田してみ増田

本を読むのが早い人は、文字から意味へと直接変換ができるらしい

本というか文字を読むのが早い人というか、本をたくさん読む人と、そうでない人の違いというのはずばり「文字から意味イメージ)への直接変換ができるかどうか」にあるのだそうだ。それができるかどうかで、全然読む速度が違ってくる。

そうなると、特に表意文字である"漢字"と言うのは、もはや読み方など関係なく、文字だけで意味を拾えてしまうのでやはりこの場合は漢字の読み間違いなどは関係なく意味が読めてしまう。

これができない……読んだ文字を一度頭の中で再生して、それで意味を読んでいる人にはイメージしにくいかも知れないので例を出すと「中国語日本語漢字は同じで意味は同じで筆談である程度話ができてしまう」と言うことがある。このときには発音は関係なく直接文字から理解しているのであるが(むしろ読み方が違うので発音すると通じない)これを常にやっていると言ったらわかるだろうか。

そうなると、一度脳内で読み上げてるとオーバーヘッドがあるなしでは全く読む速度や効率が変わってくるのである。また、音声に変換する手間だけではなく、入力デバイスたる体から脳へつながる神経の帯域幅は、おそらく耳よりも目のほうが圧倒的に広く、入力できる情報量は目の法が圧倒的に多いはずだ。もしかしたらつながっている部位も処理の方法も異なって、直接入力ができる人と、頭の中で描いているイメージすら異なるかも知れない。

パソコンに例えると、ビットを直接ストリームで送れるデジタル通信と、一度音響プラで音声に変換しなければならない通信との違いと言ったら(一部の人には)わかりやすいだろうか。

おそらく麻生氏を初めとした「意味は読み取れるけど発音すると上手くできない」人はそういう脳の構造になっているのではなかろうか。

もちろん中には異常に高性能で超広帯域でつながった音響プラを持っていて、脳内で超高速音声通信を可能にしている専用回路を持つ人もいるかも知れない。そういう人はおそらく読み上げる文章を書く仕事をしているのではないかと思う。つまり脳内言葉の響きをシミュレーションできる人だ。たとえば劇作家とか、脚本家とか、放送作家とか。

そして、優秀なスピーチライターとか。

日本の政治家の演説は何故つまらないかについて - スピーチライターに求められる能力

日本には答弁書を書く役人政策秘書はいても、スピーチライターと言うのはあまり聞かない。これは何故かというと、スピーチライターに必要とされている能力が、政策を策定するために大量に文章を読んで咀嚼する能力と、言葉に出して読む、響きがいい言葉音楽のようにつなげる能力は、わりと相反するからではないだろうか

しかし、日本語漢字という表意文字を用いる言語である。そのため、政治に携わる者、エリートとして国を動かす者などは、どうしても自然言葉を頭の中で響きよくシミュレーションする能力ではなく、言葉意味に直接変換する能力が強くなっていってしまう。意識せずに当たり前に文章を読み、文章を書くと、文字から直接意味を読み取り、意味を込めた文章を紡ぐ。しかしこれではどうしても響きのよい言葉は生まれにくいのではないだろうか。

また、下手をすれば、文章を一度音声に変換してから理解するように、耳で聞いた音を一度言葉に直してから意味に変換している可能性はないだろうか。もしそうだとすると、音から直接意味を拾うことのできる人とは、頭の中で描いているイメージすら異なるかも知れない。また、これだと声に出して呼んでも一度脳内で文字に変換しているため、上手く処理できないのではないか。

さらにこれは、政治家だけの問題ではなく、どうしてもスピーチが堅く強ばったものになってしまう人に共通すると思う。

では、以上の仮説からスピーチをよくするにはどうしたらいいのか。当然それは音楽のように響きを組み合わせてスピーチを作れるスピーチライターを呼んでくる、と言う解決策もあるだろうが、それはすぐにできるわけではない。

ならどうするか。それは、文章を書かない事ではないかと思う。

つまり文章を書くのではなく、ICレコーダでも何でもよい、声に出して文章を作り録音し、それを編集することで原稿を作る、つまり口述筆記だ(いや、この場合は筆記は最後にしかしないのでこ筆記ですらないかもしれない)。こうすれば自然と音声でスピーチが作成できるし、文章を読み上げているような堅い文章にはならず、音声で相手に届くものができるのではないだろうか。

いかがだろうか。


てか、口述筆記したものを音声のまま組み替える(編集する)事に特化したようなソフトってないかなぁ。音声の編集ならDTM系ならいくらでも流用できそうな気がするけれど、アウトラインエディター的に言葉を章にわけて、自由に組み替える事ができたらおもしろいと思うんだけどどうだろう。なにかないかな。

2009-02-26

ライトノベル関連のニュースサイト

2ちゃんねる、ラ板の「ライトノベル関連のニュースサイト

(http://love6.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1217949926/l50)

というスレで前に書いたのだがdat落ちして読めなくなったので、

少しブラッシュアップした形で再度アップしてみる。


ラノベの杜

http://ranobe-mori.net/

現時点では新刊情報だけならここで必要充分かと。

情報も新しく、更新頻度も高いので、

ライトノベル系のサイトの中では最強の一角ではないだろうか。




まいじゃー推進委員会

http://maijar.jp/

ライトノベル界隈の中では超有名サイトの1つだと思われるが、

ここ近年の更新は発売日前後の新刊の登録ばかりで、

ライトノベルの「情報」を求めるには向いていないというか、はっきり言って不向き。

情報を求める為にアクセスするというよりは、

有名所なのでとりあえずチェックしておくのが儀礼




のべるのぶろぐ 2.0

http://novelno.net/

感想用のトラックバックセンター立ち位置

最近の傾向だとニュース系の内容も少ないので、

発売が近い新刊情報以外の情報を求める場合はチェックする必要性は薄い。




気が向いたらのライトノベル週報

http://d.hatena.ne.jp/latio/

雑誌早売り系の情報は余り扱わず、公式サイトなどの発表待ちが多いが、

ニュースサイトとしては要チェックなところ。

メディアミックス系のチェック範囲も手広く、サイン会イベント情報などの捕捉も早い。

更新頻度は高めで、ライトノベル情報系として特化しているサイトでは、

現在のところ最右翼と言ってもおかしくないところ。


ライトノベルを書こう!!

http://lightnovel.jpn.org/

公式サイト更新情報のチェックは細かく、更新頻度も高め。

ただし公式サイト更新チェックのログは残していないようなので、

過去ログを参照などしたい場合は不向きで、リンクはしづらいか。

しかし「ラノベカレンダー」(http://lightnovel.jpn.org/material/calendar/calendar.cgi)は

興味のある方はには便利に使えるかも。

このカレンダーケータイモバイル)で閲覧できれば利便性が高いかと思うのだが…。


ライトノベル名言図書館・別館2

http://ameblo.jp/mrmoyashi/

最近雑記ブログ化しつつあるところもあるので、

ライトノベル情報だけに興味のある方には余りお薦めはしづらいかな。

しかし更新頻度は高い方かもしれませんが、移転が多くログが分散している欠点も。




平和温故知新はてな

http://d.hatena.ne.jp/kim-peace/

ニュースサイトとして特化しているようなブログではないので、

雑記や半端な感想が多いところが、情報だけを求める人にはやや不向きか?

ただし、はてな周辺のライトノベルを扱っているサイトからの情報を集めたり、

話題を整理・提供したりしているので、そういう点では幅が広いかもしれない。


MOON PHASE 雑記

http://d.hatena.ne.jp/moonphase/

メディアミックス情報の一報を伝えること多く、早売り系の情報に強い。

アニメゲームなどの多方面の情報を扱っていて、その中の1つとしてライトノベル情報も。

個人的に気になるところは、本サイトである「MOON PHASE」で使っているパターンを変えられないのか、

タイトル文にリンクアンカーを仕込む書き方が問題。

RSSリーダー経由で読む際はタイトル文に埋め込んでいるリンク

はてなRSS仕様で無効になっていて、 情報力が半減している点は読む側としては面倒。




レイニーカルナバル

http://rainycarnaval.blog15.fc2.com/

比較的新しくできたオタクニュースサイト

アニメゲーム系のニュースほどライトノベルに関するニュースはそう多くないが、

更新頻度が高く、ニュースの捕捉が早いので、チェックしておいて損はないかと。


カトゆー家断絶

http://www6.ocn.ne.jp/~katoyuu/

情報量が多く、ライトノベル以外の色々な情報も扱っている、

オタク系の総合的な超有名な個人ニュースサイト

他のニュースサイトをたくさんチェックして紹介しているので、

最終的にはここで拾える情報が多いかと。

ただしニュースの明確なカテゴリー分けがなされていないので、

必要ジャンル情報を一見で得るのは難しいのが欠点か。


読書日記などかもしれない(ceeda日記)

http://d.hatena.ne.jp/ceeda/

オリコン文庫売上げランキングからライトノベル抽出して記録しているところ。

気になるところとしては、オリコンランキングの掲載を原則的に禁止を掲げているので

(http://www.oricon.co.jp/rank/index2.html)

2ちゃんねる」経由などのワンクッション挟むなどをしていないと、

それを理由にログの削除や閉鎖などの可能性もありそうな気も…。


ライトノベル新刊既刊案内

http://netbokka.s2.zmx.jp/

表示方法が少し癖があって、レーベルごとへの個別リンクが難しく、

新刊情報だけをリンクしたい場合などでは不便?

「ちょこっとニュース」の更新も滞り、

コンテンツ更新Amazonまかせの自動運転で放置気味?

  • 関連ページ
    • http://kosin.netbokka.com/



RATTA-NET

http://ratta.net/

「モノグラフ」(http://monogragh.fc2web.com/)が更新を停止してから、しばらくしてから出来、

「モノグラフの自由帳」(http://d.hatena.ne.jp/monogragh/)からの紹介リンクのフォローもあり、

開設当初は注目度は高かったようだが…。

2009年2月にリニューアルしたが、その後数回の更新放置されているので、

事実上更新停止みていいと思われる。




ライトノベルでゆこう News

http://d.hatena.ne.jp/r3light/

公式系の情報をチェックしているが、ルーチンワーク的な更新をチェックしている感じで、

目新しい情報を得ることは少ないような印象が……。

2009/01以降更新はなし。事実上更新停止かと。


まとめ

…の上記3つをチェックしていれば、

新刊情報・公式&イベント情報メディアミックス情報などのほとんどの情報と得られ、

かなりのところは相互補間ができるかと思われる。

あとは「カトゆー家断絶」(http://www6.ocn.ne.jp/~katoyuu/)で今のメディア

流れをチェックできていれば、ライトノベル関連するニュースをほぼ把握できるのではないだろうか?


補記

あとは「ネタ」として話題になっているのをチェックしたければ、

はてなブックマークの「ライトノベル」のタグをチェックしていれば、

ある程度はフォローできるかと思われる。




雑感

結局のところ結論としては、安定した更新頻度を保っているところが強いという印象がある。

更新頻度が高くて安定しているところは、更新意欲も高いので、情報の新鮮さ、

そして情報のチェック範囲も広いので、情報量も内容も、必然的に質の高いものになっている。

問題なのは閉鎖、または更新停止率が高まっているところにあるのかもしれない。

そしての割には、新規サイト新人)の参入がほとんどないのが痛い。

これは個人ニュースサイト全体に言えることかもしれないが、SBMの普及・影響なども影響してか、

ニュースサイトを運営する人が以前よりも低下しているような気がします。

そしてTwitterの普及もそれを加速化しているのかもしれませんね。

2009-02-25

是非、科学史の人たちに作ってもらってください

今さっきググったら、東大駒場学生向けに、生命科学の入門的教科書出版されていることに気がついた。

文系のための生命科学

東京大学より初の文系向けテキストが登場!「食」「健康」などの身近な話題から「生命倫理」まで,社会的関心の高いテーマを軸に生命科学の基本を解説.一般教養を身に付けるために最適!日本図書館協会選定図書.

http://www.yodosha.co.jp/book/9784758107211.html

理系総合のための生命科学

東京大学発の必修教科書第2弾!今回も強力な執筆陣が,分子から細胞,個体,種への連なる生命現象の全体像を基礎から解説.理・医・農・薬・歯学部など生物系を専攻するなら,必ず読んでおきたい一冊!

http://www.yodosha.co.jp/book/9784758107112.html

教授から、上記のような生命科学教科書をつくる動きがあると聞いたときに、開口一番

「是非、科学史の人たちに作ってもらってください」

と言ったことを思い出した。

本自体は総合文化研究科生命系の人たちがオムニバス形式で作成したようだ。

 

科学史に対する勝手な思い込みもあるのだけど、

擬似科学ニセ科学進化論論争といった話が盛り上がるのを聞くたびに、

科学史が決定的に足りていないよな、と思う。

 

理由は、「あまりに科学が進みすぎた」こと。

「」付きにしたのは、「普通に生きている人が共通常識として共有するには進みすぎた」程度の意味

もちろん、「普通の人」だけではなくて、医師国家試験でも、そういった進歩の弊害は指摘されているようだ。

現代において正しいとされている科学的知識を得たところで、

多くの人は空中分解しちゃうんじゃないかな。

 

だからヒストリーとしての科学が必要だろうと思う。(ヒストリーと書いたのは「ゲシヒテではなくて」程度の意味

もちろん学問としての科学史科学者研究的な面や公共政策学的な面があるのは、

デカルト研究とか、ダム建設科学的根拠を住民がどのように受け入れたかとか、そういうテーマ

寡聞ながらも承知しているのだけど、

「大きな科学物語」が必要なんじゃないのか、と思うのですよ。

 

最近増田大学院の話が盛り上がったけど、

今の教授たちが学生だった頃に比べると、修士といえども桁違いの知識が要求されるわけでしょ?

しかも、ネットを使って、そういった知識に簡単にアクセスできるから、

「知りませんでした」とは言えない。

情報量が多すぎて、分析コストが大きくなりすぎる、

Analysis Paralysis になっている大学院生も多いんじゃないかな。

 

Analysis Paralysis なのは、大学院生だけではなくて、

普通の人も同じでしょう。

擬似科学ニセ科学進化論論争というのは、

普通の人にとって「科学的であるためのコストが大きすぎること」が問題の本質なのではないですか。

今更、科学の量は減るわけではないので、

触媒化学反応に必要とされる活性化エネルギーを下げるように、

科学を理解する触媒となる物語が必要だろうと思うのですよ。

 

工学出身の東大現総長の小宮山先生が、「知の構造化」を掲げている。

確かに、マインドマップ的な構造化・可視化も、科学理解の手助けになると思うけど、

物語が一番理解しやすいと思うんだよなあ。

 

 

 

アタシ

 

黒曜石

 

割るとガラスみたいに尖りやすい

 

昔から

 

ナイフに使われてた

 

みたいな

 

だからさ

 

ねぇ

 

磨いてよ

2009-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20090224181641

(複数の横増田がいるよ、という前置きを置いた上で、)

まぁ確かに、ポンポン落とせるかよ!って気持ちが分からないでもない。

自分も今はサイトライセンスを買ってる機関に所属してるから、ポンポン落としてるけど、

そうじゃない機関にいたこともあるし、サイトライセンスもやたら高いことも知ってるし。

そうはいっても、アブストとページ数と論文名・雑誌名で、ある程度の精度で

自分に必要な論文かのジャッジはできるだろうし、よっぽど最新の情報でも

なければwebのどっかやブルーバックスで同等(以上)の情報は得られたりする。

学会運営に関しても、海外は評価がキビシイので、それ相応にスリムな運営をしているし、

日本でも学会事務局代行サービスってのをやってる会社があって、たいていの学会

最近はたいていそういうところに委託しているから、ムダ組織ばかりってわけじゃぁない。

もっとも、海外社会事情や著名な学会であれば、

・きちんとした情報の入手には、きちんとした対価を支払う。という、情報量概念

・まっとうな学会審査なんだから、まっとうな対価を求めることが正当。という、共通理解。

そして、最近はあんまりやらなくなったけど、

学者同士の交流なら、直接著者に別刷を請求すればいいじゃない。

という考え方もある。

論文誌に投稿する際の引用文献にリストアップしたい場合みたいに、

「どうしても正当に入手した原著論文が手元にないといけない」って場合でもなけりゃ、

まっとうな対価で情報を入手するか、代替手法で情報を入手した方がいいと思われ。

2009-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20090222141451

普通ファイナンシャルプランナーの話を聞くのが一番だと思います。

あなたか、配偶者のご両親の知り合いにFPはいませんか?

または職場上司に相談するとよいのでは?

 

あなたの文章から察するに、あなたもあなたの配偶者も、

保険に対する知識がなさすぎると思います。

おそらく、国が運営する健康保険や、

被雇用者であれば加入しているはずの雇用保険のこともご存じないのではないですか?

あるいは、宅配便の運送料の中に保険料が含まれているのはご存じですか?

 

あなたが今までの生命保険の必要性を感じていなかったように、

もしかしたら、これからも生命保険は必要ないかもしれません。

本当にそうなのかどうか?

根拠をもって判断するのに、あなた自身が持っている情報量は、

少なすぎるとは思いませんか。

2009-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20090212160233

漫画を読むことが想像力が足りないって意味じゃなくて、想像力が足りないから漫画を読むことばっかりしてるって意味じゃないの。

漫画を読むだけじゃ何もならん。漫画ジャンルって基本的にフィクションで、しかもファンタジーばっかり。向上するのは漫画を楽しむ技術くらいで、一文も稼げない。「漫画で覚えるなんちゃら~」とかもあるけど、そういう用途には情報量が少ないし。

だから漫画ばっかり読んでないでハウツー本を読むなり漫画を書くなり、将来金を稼げる未来像を想像して行動しろってことでしょ、きっと。

それを小説=本=情報源っていう超論理で考えていくと漫画がおとしめられると。

2009-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20090125164006

同意。



業務時間中に、「遺憾の意を表しただけの感想」は、不要。

謝罪は、怒りの感情を、落ち着けるために重要だ。

しかし、謝罪が中心になることは、本末転倒だな。



とはいっても、謝罪を中心に行う人が多い。

それは何故だろう。

考えてみるに、様々な理由があるだろうが、動機の大部分を占めるのは、恐怖であろう。

具体的には、上司からの評価を失うのが、怖いのではないだろうか。

評価の下落を止めるために、謝罪が有効であると考えているのではないか。



たしかに、謝罪をして、評価の下落を思いとどまる人もいるだろう。

だが、「謝ってすむなら警察は要らない」という言葉を、マスメディアでよく耳にする。

「謝ってすむなら警察は要らない」は、被害をこうむった人間が、謝罪だけでは決して満足しないということを、表現している。

この言葉が、みんなからどれくらい支持を受けているのか、わからない。



だが、この言葉がいまだにマスメディアなどで使われるということは一定数は「謝罪だけでは満足しない」、と考えているということだろう。

そこで、「遺憾の意を表す」だけよりも、失敗の原因を分析し、対応の方針を具体的に報告して、付加価値をつけるように指導するというのはどうか。

そして、上司から評価される付加価値を、失敗者が付加できたら一番だ。

付加できた場合は、失敗者が、また同じ失敗をする可能性は、減少できる。

何故ならば、失敗者が、失敗前とは異なって、失敗した理由を、きちんと把握できているからだ。



よって、俺が、有限である業務時間中に、部下が与えた仕事を失敗するという状況に遭遇した場合の話。

反省「だけ」を”報告”するよりも、失敗の原因の「解析」と「具体的」にどのように「対応」するのかを"報告"して頂くほうが嬉しい。



何故嬉しいかというと、単純に俺が使える情報が増加するからだ。

反省だけだと、情報量は少なくなるし、具体的にどこを改善したらいいのかわからない。

たとえば、失敗した原因は、俺の配置が悪いのかもしれない。

もしかすると、医師免許を持たない「弁護士」に、「外科手術」を依頼していたのかもしれない。

そういうケースならば、失敗者本人だけの問題ではなくて、彼の適正を見誤った俺にも問題がある。

もちろん、これは結果だけで判断してもいい。

しかし、失敗者の自己申告によってより精度を上げられる。

正しい申告かかどうか判断することは、難しいけれども。



ただこれらは、あくまでも俺が嬉しいだけで、現実には自分上司ニーズにあった対応を、することが一番大切だ。

上司の評価を、「良好に保ちたい」という欲求が、あればの話だが…



もちろん、自己反省自己嫌悪を否定するつもりはない。

しかし、業務外に個人的に相談してきてくれたほうが、俺は的確に対応できる可能性があがる。

アルコールを導入したり、おいしい物食べさせて、テンションをあげさせたり、そうやって雰囲気を作ってからのほうが、俺はよりよい対応ができる。



恥ずかしいことに、勤務中に陳情されるとと、彼の感情よりも、自分の感情を優先してしまう。

怒りに支配され、自分コントロールすることが出来ないのだ。

叱らないで怒っちゃうことがしばしば。

大声をあげると、失敗者のモチベをより下げてしまうことにつながるので、俺にも、不利益だ。

改善したいが、俺はまだ感情に支配されてしまう…。

でも、雰囲気を作れる人って言うのはこの辺すごくて、仕事中であってもその人にあわせて即座に雰囲気を任意に変更して、失敗者を励ますことが出来る。



失敗者のモチベを即座に上昇させることが出来れば、失敗者をより、効率よく動かせるように、改善できるだろう。

それは、結果の上昇にもつながるんだがなぁ。

2009-01-18

覆水を盆に返したいのですが

話はまず中学生まで遡る。

中学校の頃好きな女の子がいた。その頃の自分は屈託の無い馬鹿だったので人並みにモテた。中一のバレンタインの時よく遊ぶ女の子二人からチョコをもらった。一人は手作りのいかにも本命って感じのモノで、もう一人――俺はこの子が好きだった――から手紙入りのそっけないチョコをもらった。でも俺が好きだった女の子も俺のことが好きだったらしくてその子としばらく付き合った。あまりに馬鹿だったからすぐに別れた。本命チョコをくれた女の子(A子とする)とはその後も友達としてそれなりに仲良くやった。その間にA子は彼氏を作ったりしてたが、別にどうでもよかった。そんな感じで中学校卒業した。

卒業した春休み志望校に受かった俺も、別の高校に入ることになったA子も友達も浮かれて遊んだ。基本メンバーは俺とA子と仲の良い男友達と、その彼女の四人。その頃A子は彼氏と別れたばかり。まぁ、なんか期待するわな。タイプじゃなかったけどかわいかったし。そんなこと考えながら毎日メールしたりして、で、まぁなんやかんやあってある時二人きり一緒のベッドに座ってるって状況になった。その後は言わずもがな。諸々の問題で最後までは出来なかったけど。

俺はヤリたくてヤリたくてしょうがなかった。ヤリたいというよりヤッてみたい。触ってみたい舐めてみたい挿れてみたい。そんなわけでそれから春休みは毎日そんな感じだった。それでも挿入には至らなかった。

高校入学式が近づいてきたある日A子が訊いてきた。「ねぇ、なんでこんなことするの?」

俺は答えた。「……好きだから?」

そんなわけはなかった。もっと胸が大きくて頭が良くて顔がタイプでヤラせてくれる女がいれば間違いなくそっちに飛びついていた。……そして、そんな子は高校で出会えるかもしれない。

A子がまた訊いた。「私のこと、これからも好き?」

俺は答えた。「わからない」

それは『高校でお前以上にいい女がいるかどうかわからない』という意味で。

入学式前日A子は別れた彼氏SEXをした。A子の処女は別れた彼氏に捧げられた。

高校に入学して一ヶ月。ヤラせてくれそうなかわいい女の子はいなかったが、A子には彼氏が出来た。別に俺とA子は付き合っていたわけではない、これは普通のことだ。俺とA子の関係は、いつもどおり、変わらない。いつもどおり、揉ませてくれるなら、性的欲求の捌け口になってくれるのなら、それでいい。

俺はメールで訊いた「会わない?」会ってはもらえなかった。

また別の日に訊いた。また会えなかった。さらに別の日に訊いた。会えなかった。また、ヤれなかった。

そんな感じでしつこくヤろうとしていたある日、春休みにしょっちゅう遊んだ男友達の彼女(この子は元々A子と仲が良い友達だった)からメールが来た。

「A子にはもう彼氏がいるんだからしつこく付きまとわないであげてくれない?ヤりたいだけなのが見え見えでキモいよ」要約するとこんな感じだ。

その時に初めて気が付いた。自分がどれだけ愚かなことをしていたか。どれだけA子の感情を踏みにじっていたか。そして自分とA子の関係もう中学生だった頃のように元には戻れないということに。

それからはなんていうか本当にダメだった。A子とはほとんど関わりは無くなって女性とも殆ど喋れなくなった。「自分みたいなクズ人間女性と仲良くなってはいけない」とか「二度と誰かの真っ直ぐな気持ちに干渉したくない」とか考えたりしていたが、単純にA子の友達からもらったメールみたいな剥き出しの嫌悪を浴びるのが怖かった。誰もが自分の事を裏では嫌っているんじゃないか、陰口を叩かれているんじゃないかと思うとほとんど誰とも仲良くなれなかった。自分の好意を嫌悪で返されるのが怖かった。ずっとそんな感じのまま、俺は高校卒業した。

こんな嫌な思い出が染み付いた場所から離れたい一心で勉強して、なんとか他県の大学に入って、俺は一人暮らしをすることになった。その頃から数少ない高校の友達との関係や、昔の自分なんかを根拠に「俺はそんなに人に嫌悪感を持たれたりしない」とか思い込むようにし始めた。いい加減まともな人間に戻ろうとしないと一生このままのような気がした。だから、なんていうか「彼女が欲しくなった」のだ。失われた高校生活を取り戻したくなったのだ。SEXはしなくてもいいとは言わないが、それ以上に好きな女の子と一緒にデートしたり他愛の無い話をするという行為に強い憧れを抱いた。これは本心からなのかは俺には判断しかねるがそうであって欲しいし、もし彼女SEXしたくないと言えば絶対しないつもりであった。

大学に入ってから今までより積極的に人と接した。女の子とも友達になったし合コンにも行ったりした。でも高校生活の三年間をほとんど女性コミュニケーションを取らずに生きてきた俺はどういう話をすれば良いのかということがわからなかった。しかも高校時代一人で色々やってたせいで趣味も独自に形成されていったからほとんどの人と好きな本や音楽の話も出来ない。もしかしたらもう二度と自分は心から楽しく女の子と会話できないんじゃないか、とさえ思った。

ある日、某SNSをやっていて郷里女の子と仲良くなった。写真を見たが彼女はかなりかわいく、ついでに俺の好みだった。一応断っておくが彼女が所謂ネカマであったりネットの中でだけ別の人間を演じている、ということは無い。その理由の説明が面倒なので割愛するが、身勝手とは思うがそういう可能性はここでは排除して読んで欲しい。無論彼女写真が偽者である、とか、写真映りが良い、とかそういうどうでも良い可能性も排除していただきたい。そんなことは話の本筋とは関係がないんだ。

彼女とは趣味が合った。趣味が合うことは他の女性でも度々あるにはあったが「それのどこが良いか」「どういうものが嫌い」というさらに詳しいところで意気投合した。彼女と話す時は本当にどうでもいい話でも楽しかったしいつも聞いてて退屈なだけの相手の「自分の話」も強い興味を持って聞けた。意見が違う部分でもそれを納得して尊重できた。

ある時ふと自分彼女の事が本当に好きだと気付いた。この文字だけの関係が空虚で現実味の無い物で希薄なものだとしても、それでも俺は本当に彼女の事が好きだった。それでもやはり文字だけの関係はどこまでも希薄で吹けば飛ぶような物で、どんなに長い時間を積み重ねても、会って一日話すだけでその情報量を軽く超すような関係であることは明白だった。彼女と会って話をしてみたい。彼女の声を聞いてみたい。彼女の色々な表情を見てみたい。そう思った。折りしも季節は帰省シーズン。クリスマスなんてイベントが含まれていたりする。もしその日を彼女と過ごせたらどんなに良いだろうか、なんて甘い夢想を抱いたりした。

彼女には今彼氏がいない。彼女はかわいいので、きっとすぐに彼氏が出来るに違いない、と思った。彼女に会いたい。彼女に俺を好きになってもらいたい。そう思った。俺は勇気を出して訊いてみた。「クリスマス一緒にどっかに行かない?」

もちろん早計すぎることは恋愛経験値の低い俺でも目に見えて分かっていた。それでも訊かずにはいられなかった。

まぁ、もちろん答えはNOだった。後から判ったことなんだがクリスマスではないが俺より後から来た昔好きだった人からの誘いには乗ったそうだ(結局そのデートは実現しなかったそうだが)。

それでまぁ、それから何もないまま俺は実家から下宿先に戻ったのだが、誘って以来俺と彼女関係がぎこちない。彼女が喜んで飛びつきそうな話題をあからさまにしても滅多にそれに反応しないし、俺との関わりを出来る限り拒んでいるようにさえ見える。

そうなってしまった原因が100%俺にあることくらいはわかっている。会ったことも無い人間クリスマスに会うなんて女性にとって恐怖の何物でも無いに決まってるじゃないか。俺がいくらそんなつもりはなかった、と言っても下心が見え見えじゃないか。なんでそんなことにも気付かなかったのだろう、なんて後悔は今は置いておく。ただ今はもう二度と自分にとって大切な関係を失いたくない。もう一度彼女と屈託なく文字だけの関係でも良いからおしゃべりがしたい。それだけだ。一体どうしたら元に戻れるのだろう。

2009-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20090117100125

短い文章なのにつっこみどころが満載すぎる...。

もしあなたがソフトウェアエンジニアなら、論理的に考える訓練をもうちょっとやったほうがいいと思いますよ。


忠告ありがとうございます。

確かに、ソフトウェアエンジニアの知識を前提に話してしまうと、素人さんには、訳が分からないでしょうね。

はてなには、その辺の知識がある人が多いと思いましたから書いてみたのですが。

もっとも、たまにしかソフトの話題が出ない匿名ダイアリーで書いた私が馬鹿なのかもしれません。

ソフトウェア業界が良い」の基準は? 定義とまではいわなくても、何をもって「良い」とするのかが漠然とでもないと、判断できないでしょう。


具体的には、日本PCソフトウェアよりも、ドイツPCソフトウェア世界市場で売れている様な印象を受けるということです(主にパッケージソフト

また、日本のように過酷な話があまり聞こえてこないので。

英語ができると、なぜ「よい」の?

ネットが普及してる」ことと「よい」の関係は? なんで変だと思うの?


具体的には、インターネットがあると、開発が非常に楽になります。

最新技術の参考資料がたくさんあり、ネットを通じて誰かに質問も出来ます。

よって、インターネットの普及によって、その国の環境として、全体的にソフト開発が楽になるはずです。

英語については、インターネット英語圏の広大さと情報量を考えれば、当然、出来た方が良いですよね。

ご理解いただけましたでしょうか?

2009-01-13

自分語り(了)

DENPA!!!行って来ました。

ここ5,6年で一番いいpartyでした。

掛け値なしに楽しい!!!

昼間っからやってるのも健康的(←こう書いて「おっさんに優しくて」と読む)で◎。

内容、客層、ロケーション、料金すべてに満足できる、レベルの高いイベント

ここまで"熱い"のは昨今ではかなり珍しい。マジおすすめ。ちょっとでも興味のある人は、一刻も早く行くべき。

とまぁ、ここまで書いて小休止。

自分は↓これ書いた人。

自分語り

http://anond.hatelabo.jp/20081223011009

自分語り(補)

http://anond.hatelabo.jp/20081223215937

自分語り(転)

http://anond.hatelabo.jp/20081224054429


「良いイベントだなー。こんな良いイベント久しぶりだー」と強く思ったのですが、

どうも悶々とするものがあり、それをこの2日間考えてました。

んで、marquee ( vol.70「次世代ファンタジー特集」に電刃の特集あり) とかユリイカ増刊号『初音ミク』とか買って

まだわからなくて悶々としてたんですが、主催者の"点と線"さんのブログを見つけてちょっとわかった気になったのでコメントします。

以下はアリバイとして書き残したい文章。もしかしたら読む人によっては不快に感じるかもしれません。

でも、申し訳ないけど気分を害すような文章をアップします。

(なので過去の『自分語り』で不快に思った人は読まないで下さい。)

ユリイカ増刊号『初音ミク』はほとんど読んでないのですが、

冒頭の佐々木渉氏へのインタビュー『生みの親が語る初音ミクアングラカルチャー』が抜群に面白い。

これだけで1,200円出す価値があります。今現在初音ミク関連の資料として最も価値のあるものじゃないでしょうか)

あと、情報量が多いのでメモ書き(コメント)でとどめます。

きちんと書いてる暇がないので。

では先に進みましょう。


//////memo//////

[前提]

テクノウチさんのブログ

自分語り133 - DENPA!!! 「超ライトオタク」 言説

http://www.technorch.com/2008/12/133---denpa.html

自分語り134 - 「超ライトオタク」 で何が悪い

http://www.technorch.com/2008/12/134--.html

自分語り135 - 「超ライトオタク」 ゆっくりした結果

http://www.technorch.com/2008/12/135--.html


電刃主催者の点と線さんのブログインタビュー

ライトオタク

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html

慟哭 (3)

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/11/post-15.html

点と線インタビュー

http://besidegames.com/feature/024-01


竹熊健太郎大泉実成の「おたく/オタク」に関する対話

第3回 オタク密教オタク顕教竹熊健太郎氏との対話(1)

http://web.soshisha.com/archives/otaku/2006_1019.php

第4回 オタク自意識竹熊健太郎氏との対話(2)

http://web.soshisha.com/archives/otaku/2006_1123.php

第17回 オタクだけが残った〓竹熊健太郎氏との対話(3)

http://web.soshisha.com/archives/otaku/2007_1220.php


栃内新,左巻健男 編『新しい高校生物の教科書講談社ブルーバックス,71頁より

生命】 = 【生きている細胞】 - 【壊された細胞



[目次]

1.「慟哭 (3)」を読んで

2.装置(罠)-学校。その後は?

3.人類知に帰ろう

4.あなたはどう思ってるの?

5.ブクマコメに対する返答

6.参照元

------

1.「慟哭 (3)」を読んで

慟哭 (3)

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/11/post-15.html


「あー、デュシャンか。理解理解納得納得」って感じです。

こう言ったら失礼(ネタバレ)かもしれないけど、電刃はデュシャン - ウォーホール - 村上隆のラインの音楽ファッションverなのねと。

この流れだとたしかに「○○論」は確かに意味を成さないっす。「意味を成さないように働く機構」という罠・舞台装置だから。

(便器語ってもしょうがないし。まぁ、人類史上もっとも「すごい」便器なんだけどw)

次のエポックメイキングな事象はアキバのホコテン復活の時かもーとか妄想しちゃいました。

(補)

レディ・メイド

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%89

「泉」に関する個人的な解釈は、「心のヒダへの"effect"を芸術とするなら、

便器にサインして展示会に出しても芸術作品として"アリ"なんじゃね?」と提案している作品

デュシャンは「美術を"effect"とするなら、『美しい』でも『怒り』でも『恐怖』でも何でもいいじゃん」と

美術芸術)」を「拡大解釈」できる素地を作っためっちゃ偉大な人。

(それまでは「真善美」を追求するファインアートが主流だった)

ファインアート

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88


ウォーホールは「キャンベル缶も芸術作品じゃね?」と言った人。

(余談ですけど、村上隆美術史的「文脈」をきちんと押さえてるから海外で評価が高い。

作品オタク的である・でないとかは関係ないです。

美術史をちゃんと踏まえ、理論として一貫しており、装置として実際に働くから「海外美術界」では評価されています)

村上隆「これも芸術作品じゃね?」

ガイジン「あー、そうかもそうかも!!」


(電刃は村上隆と違って商売っ気が今のところなさそうに見えるから、反発(というか"やっかみ")も少ないかもしれないですね。)

ニコニコではちょっとあるみたいだけど)

(補の補)

電刃は「オタク等々を拡大解釈させる"装置"である」と言いたいだけ。

電刃を「芸術作品だ」とは言ってない。「芸術作品」という評価は「解釈が拡大する運動性」において無意味


2.装置(罠)-学校。その後は?

ライトオタク

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html より

庵野監督が『気持ち悪い』でEVAを終わらせた心境から遠くはないです。

はてな民に対しては「気持ち悪い」かもしれませんが、

ホントは「パラレルワールド幸せそう?に学校に行くシンジ(を描いた庵野監督)」が正解じゃないですか?

(「気持ち悪い」は悪い意味ではない。↓参照)

映画エヴァンゲリオンの最後、「気持ち悪い」ってどういう意味

http://news4vip.livedoor.biz/archives/50801624.html

俺は電刃行って目の前ですんげぇかわいい長門がぴょこぴょこジャンプしながら踊ってて、

それ見ながらガン踊りできる幸せに絶頂を迎えそうになったけどなー。

現実」を住みやすくする手立ては、陳腐な言葉(≠「仲良く」)の中にすでにあるのになぁと。

アメリカヲチしようぜ!!」でいいような気がする。オバマ的な意味で。

(別にEUヲチでも構わない。もちろん)




3.人類知に帰ろう

ライトオタク

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html より

正直なところ、その違いって、テクノウチ君の考察のように参加者が共通してポジティブかどうかじゃないかなとw

それで終わりじゃ駄目なの?むしろw。

(中略)

僕や参加者がそうだと言ってるんだからそれでいいじゃないと思うんだけども、

それでも解釈知的経験の枠)の媒介を人は要求する社会学囚人なので、

僕なりにそれ用の答を探求してみたんですが、もとよりそんなつもりはないので嘘はつけないなあというどうしようもない始末。

庵野監督が『気持ち悪い』でEVAを終わらせた心境から遠くはないです。

関係ないけど社会学部だった僕の卒論は「社会学永遠に社会そのものを追い越せない」というものでした)

(中略)

これは大変ありがたいことですが、DENPAはアカデミックな言説に幽閉されるよりも、ただ好きなものを好きという幼児的で野蛮で原始的な本能に基づいているのも事実です。それもコンプレックスをいだかず堂々と。

僕らは学論の探求ではなくエンターテインメントの探求をしている。

不恰好でも感動はほんものだ。

そのシンプルな行為がこんなにもやりにくく、珍しがられる時代になってしまったんだなあ

と感慨深くなりました。


marquee(vol.70)「次世代ファンタジー特集」より

文字打ちが大変なので割愛。

アート引用者注:「学問」という意味多分に含まれてる)はどこに行き着くために問い続けてるかわからない」というインタビュアーの質問に対し

点と線さん、「ポジティブエネルギーと、それを循環させる回転運動がコンセプト」と返答

点と線さんが社会学フレームで世の中をすっきり見れるように、

若い子にもその手段をゲットできるような仕組みを作ってあげたいなーと思ってみたり。

年下の子に「学問楽しいよー。いや、むしろキモチイイとすら言える!!」としか俺はまだ言えてないけど。

カウンターカルチャーであるはずの「学問」が、「幽閉」する機構として働く日本の異常性がアレなんだよなぁ)

あと、社会(工)学とかの立脚点がないままのポジティブって、

学生運動とか創価学会とかオウムとかプロザックとかと変わんない気がします。

(「社会工学」について否定する意見もありましょうが、

最近は「死なない程度の失敗ならおk(死なない程度に納めよう)」という考えの人多し)

鶴見済ですら

リタリン規制はやむを得ない

http://tsurumitext.seesaa.net/category/3920016-1.html

と言ってるのだから、たとえ手詰まりでも「ポジティブであればいい」とは言わない方がいいんじゃないかなーと思ってみたり。

まぁ、アメリカとかEUは全然手詰まりに見えないので、「手詰まり」こそが共同幻想な気がしますが。

(個人的にはバンクシーみたいな手法が好き。愛しつつコケにする系。音楽だとBUBBLE-Bさんとか)

バンクシー

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC

BUBBLE-B / アムロケット

http://jp.youtube.com/watch?v=54L9vxwpzN8

BUBBLE-B / バブルBのゆく年くる年

http://jp.youtube.com/watch?v=54L9vxwpzN8




4.あなたはどう思ってるの?

オタクって何?

オシャレって何?

大事なものは 何?過去現在未来歴史教養情熱創造破壊

疑問に疑問でお返しします。


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5.ブクマコメに対する返答

「面白い」とか「なかなかのもの」とか言ってくれた人ありがとう

レスすると「キモイ」とか言われちゃうので、指摘してくれたコメにのみ応答。

自分語り』のブクマコメ

clonicle 言っていることはまっとうだが、「ジャンクフード」(=人によっては取るに足らない虚像)だと発言することでテクノウチ決断主義者に仕立て上げるのは悪質

決断主義」って言葉意味を調べましたが、よくわからなかったです。

購入厨」みたいな言葉

fuldagap「「ジャンクな物でも『おいしい』と感じる人が大半になったよ』って書いてあるだけだよ?」が微妙に誤読な気も。「化学調味料うめえ」じゃないかなーとか。総じて現役/引退オタク自己正当化合戦に見える

そうです。たしかに「化学調味料うめえ」なのですが、

化調まで抽象化しちゃうとかえって伝わりにくいかなーと思い「ジャンクブート」にしました。

(「化調」に対応するのが「ビート」だけになっちゃうので。音楽的広がりが欲しかったので「ジャンクフード」と表現しました)


自分語り(補)』のブクマコメ

fuldagap 「全員「アツイ」から、濃淡は金・環境時間の差でしかなかった」ってのは「アツ」くない人が見えにくかった時代がゆえの偽史だと思うなあ

「『おたく』とアイデンティファイされるようなファナティックな人々」が母集団ですから。

熱くない人たちは隠れキリシタン的に「おたくではなかった」。

y_arim ぼくの知る限り、昔だってヌルいひとはいた。だけど時間の経過とともに彼らは「卒業」し、一貫して熱かったひとのみが生き残った。すると「昔は誰もが熱かった」という言説が生まれる。「元ヌルオタ」をどう語るか?

(『タイムマシン』のエロイ的な意味で)幸せで「語り」に対してモチベがない人々に無理に語らせなくていいのでは?

ジャンプの発行部数見れば、「いた」ことはわかりますから。

mkd5 オタクおたく」のうち岡田氏の守備範囲が「オタク」となったってことかなあ/「(淡から濃に行かない奴は、そもそも「おたく」と呼ばれていない)」これがヌルオタなのでは

「ヌルおた」は言語矛盾引き起こしますが、「ヌルオタ」は新語なので好きに定義しちゃってください。

kanose 面白い。けど、ぬるオタ的なバッシングが昔はなかったかといえば、そんなことはないと思うなー。

ミーハーという言葉などで批判されていたんじゃないかと

竹熊健太郎氏との対話(1)』での解説が一番しっくり来るのかなぁ。

個人的には「ミーハー」ってバカにする奴を馬鹿にしてたので、

おたく全般」にまで広げちゃっていいのかどうかはまだ自分として決めてないです。

6.参照元

は文字数制限を避けるために↓こっちに移動。

http://anond.hatelabo.jp/20090115000935

おまけ

TRANCEジブリミックス集(修正版)【トランス

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1756156

フック

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%83%E3%82%AF

ギミック

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AE%A5%DF%A5%C3%A5%AF






(追記)

ああ、そうかそうか。書きたいこと書き殴ってたらレポ忘れてた。

"DENPA!!!"に行ってきたよ。

http://d.hatena.ne.jp/inumash/20090113/p1

[音]DENPA!!!には超ライトオタクはいたんでしょうか

http://d.hatena.ne.jp/republic1963/20090111#p2

[オタク]オタク!! DENPA!!! イエ!!!!

http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20090113/1231821064

お三方とそう変わらない印象。

3Fではアニソン流してカラオケノリでオイオイって感じ。2Fと3Fの交流はぼちぼち。曲や3Fの込み具合次第かな。

ロンドンナイトは行ったことないけど、普通ライブとか新宿で昔やってたグルービー・ロックキャラバンとかと相似。

僕は2Fで「普通に」踊って楽しんでました。

テクノウチさんの時間は、3Fのお客さんが大挙していらっしゃいましてまったく踊れなかったので、僕的には一番…w

NHKの方(ETVカメラマンさん)は「アンディー」かなーっとちょびっとヲチしてました。

(こっそり追記)

metamix   きちんとオーガナイズされてる良イベントだっていうのは分かったけど、

その先があるのかどうかをもっと知りたい/クラブピーポーには文化考証なんてどうでもいいんですよ。

要はその現場があるかどうかだから。

「その先」「現場」ってのがどんなものをイメージしてるかにもよるなぁ。

Dir en grey」なのか「RYUKYUDISKO」なのか「初音ミク/ニコニコ」なのか「third summer of love」なのか。

「超ライトオタク」や「越境」云々は主催者も意図してない(?)「バズワードでのプロレス」(@inumashさん)なんで、

どの層がたくさん「ひっかかる/ひっかかってる」かにもよるかと。

(まぁ、お客がみんな「かっこいい/かわいい」と書かれているってことは、

ちょっとキモ目の"いわゆる"「おたく/オタク」はあまりいないってことでもあるような気がするのはきっと気のせい。)

(昔に比べて非寛容な人が減っただけのような気がするのもきっと気のせい。)



(おまけその2。佐々木渉さん、かなりクールです)

佐々木渉】  三年くらいしたら「初音ミク?そんなのもあったね」で良いんですよ。(中略)

まあウチも営利団体なのでもしかしたらヴァージョン・アップ版とか出すかもしれませんけど(笑)

ただ、引くタイミングは考えないといけませんね。初音ミクにまで泥を塗って、

グダグダと退いていくようなやり方は、やっぱり不味いので。

ユーザーさんからも「『ぷよぷよ』を作った会社株式会社コンパイル)が辿った末路を、よく調べておいて下さい」という

有り難いご意見をいただきまして(笑)。良いこと聞いたなぁと。

ユリイカ増刊号『初音ミク青土社、17頁)



(独り言)

ディスコクラブライブハウスイベントホール使用料、全部「ハコ代」って言うよね。

2008-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20081230001413

そうだなあ。情報量が少ないのでうまく言えないんだが、少しだけ補足しておく。

自分の求める居場所に自分は居れないからもう懲りた

まず一番引っかかるのはこの部分。これは夢を諦めたって事で良いのかな?

そうだとすると、諦めた理由が大事になってくるかな。金銭面か合わないことが分かったか人間関係健康上の理由かその他か。

やむにやまれない理由だってあるからね。

あとは自分が書いたことへの補足。親の言うことが信用できないなら尚のことだけど、今後の自分の進む道を考える際に金銭面での援助が得られにくいんじゃないかなと思ったから、親とは話をした方が良いって書いた。(場合によって歩み寄ることが出来たときに金銭的な援助が期待できる。)でもそのためには少なくとも自分自身の希望をはっきりさせておかないとまずいし、意見が食い違ったときにどうするかも考えておいた方が良いかも。

次に、人の意見を聞きすぎて人の意見を聞けなくなったのは、それはそれで一つの成長なんじゃない?人の意見十人十色。全てを聞こうと思ったら矛盾だらけになるし、取捨選択するのは自分かいないんだから、多種多様意見を聞いた上で良さそうなものを、「俺はこれを選ぼう」って自分で決めればいい。そう考えられる一つ前の段階に来たんだと考えられないだろうか。

友だちがいないのも、いらないと思っていていないのと欲しいと思っているけどいないのでは全然違う。いらないと思っているのなら、それはそれで君の価値観だから私がどうこう言えるものではないし。

欲しいけどいないのなら、仮にどんなとこでもいいから「学校」に進めるのならば、これからつくるチャンスはいくらでもある。

あとは君のおかれている環境によるけど、私の周りには社会人になってから大学に入り直した人もいるし、2浪以上している人だっている。

君の学力も分からないから当てずっぽうなアドバイスになっているかも知れないが。社会人になるときの世の中の景気によって人生いろんな方向に転がる人間が大勢いるんだから、まずどうしたらいいかってじっくり落ち着いて考えることでしょ。

まあ的外れだったらノイズだったと聞き流してくれw。

2008-12-26

インターネットに向いていないこと

年末なのに法律勉強している。むしろ仕事休みに入ったので今しかできないと言える。


ちょっと気になる事例があったので、具体的な内容を知ろうと検索をかけたら驚いた。

はてなではない他の質問回答サイトで、ある法律の事案についてのベストアンサーがあったが、

それが全部間違えていた。

僕も勉強中の身分だが、今の仕事関係する内容なのでこれははっきりと間違いだと断定できる。


何故間違えているのにベストアンサーなのかというと、おそらく質問者法律解釈の正当性よりも、

どれだけ自分に都合の良い解釈であるかを基準に選んだからだろう。


これだけを見れば、ただただ間抜けな出来事であるだけだが、むしろ今まで考えてきたことのヒントを得た気がした。


世の中には「インターネット不正確な情報が氾濫している」という説と、

「むしろ一面的な情報が流れていないので正確である」という説が対立しているようだが、

むしろ両立しているのではないだろうか。


確かにインターネットは様々な意見が飛び交っているし、情報量も多い。

そのような多様な解釈があるから面白いという知識や情報についてはネットは強い。


だが、逆に法律のような、「何が公式的に正しいか」を決められてしまっているものには弱い。

法律にも学説と呼ばれる類のものがあるのだから、多様な解釈は許されていないわけではないが、

多すぎる解釈ノイズにしかならず、むしろ公式的に決まっている正しい解釈を見えなくさせる。


経営学的にはデジュールスタンダードデファクト・スタンダードという言葉がある。

インターネットデファクトなものを調べるなら向いているが、デジュールには向いていない。

むしろデジュールなものならば、それを公式的に決定しているところが刊行しているものを読んだ方がいい。

その方が確実にノイズが少なくて混乱しなくて済む。


こういう区分を明確に意識しておいた方が、物を調べたりする上で

ネットには正確な情報が少ない。ウェブは駄目だ!」とか、

ネットで調べた方が詳しいじゃないか。わざわざ本を買って損した!」とか、

そういうどうでもいいストレスを減らすことができるのではないか。


本やインターネットのそういう特性が改良される可能性はほとんど無いと思うので、

物事の一長一短を理解して使い分けることが大切だろう。


とりあえず僕のやっていることはウェブでは駄目っぽいので、明日にでも判例百選を買ってこよう……。

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