シカトされるかボコボコに批判されるのを承知で(だから増田で)書く。むしろ論理的批判は歓迎だ。あと、この件について学問的に素人であることを最初に告白する。その上、これを書くための調査に要した時間もたかだか一時間程度であり、材料が偏っている可能性がある。だが科学的思考はできるつもりだ。
今広く報道される例の事件は、電通の労働事情が問題であるかどうかについては検討の余地があると思う。
日本で一年間の自殺の件数は2万人台で(https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H26/H26_jisatunojoukyou_01.pdf)、ざっくり考えると一日50人以上自殺している。世界的には、40秒に一人、誰かが自殺している(http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/131056/5/9789241564779_jpn.pdf 以下、「WHO報告」と呼ぶ)。これほど数が多い場合、統計学的考察が有用だ。個々のエピソードで語るのは、思考を歪ませてしまう。
今、報道やネットで大きく議論されているのは、電通での長時間労働が非常に悪かったのではないかということである。だがそれは真だろうか。私が疑問を持つのは、労働時間が短いことで有名なフランスでも自殺率は低くないじゃないか、ということがあるからだ。詳しく見よう。日本の自殺率23.1/10万人に対して、フランスで15.8/10万人、というデータがある(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2770.html)。フランスは週35時間労働であり、超過勤務については法的制裁を含む強い規制がかけられている。アメリカでは13.7/10万人。条件を揃えるためには先進国で比較するのがよかろう。労働時間については、この3ヶ国では予想通りフランスが最短、次が日本、最長がアメリカ、とある(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3100.html)。自殺率とは相関していないように見える。
「過労によって自殺した」という場合、統計学的には、超過労働時間と自殺率とのトレンドが、各種因子、例えば男女・年齢・社会経済状況、を補正したのちにも見られないといけない。ちなみに男性の自殺率は女性の3倍だ(WHO報告)。だから、上に述べた国別比較は、参考にはなるが、あくまで参考である。ネットで調べた限り(http://www.econ.hit-u.ac.jp/~kawaguch/class/seminar_undergrad/ugthesis2013/fujimoto_thesis.pdf)少なくとも日本で、超過労働時間と自殺率の関係に関する先行論文はないように見える。そしてこの参照先PDFには、「所定外労働時間(中略)については自 殺率を減少させていることが分かった。」と結論しているのだ。もちろんこの一件で全ての結論を出してはいけない。同じデータの違う解析や、独立したデータでの再現の確認などが必要だ。
しかし、「超過労働が明らかに自殺率を増加させる」ということについての、社会経済学的根拠が私には見つけられなかった。
医学的には自殺と関係するものとしてのは精神疾患、特にうつ病が挙げられるだろう。ならば、「超過労働がうつ病発生率を増加させる」→「うつ病が自殺率を増加させる」という因果関係にある可能性はあるか。これも短時間調べた限りだが、これまた「労働時間とうつ・抑うつなどの精神的負担との関連について,一致した結果は認められなかった。」とする報告がある(http://joh.sanei.or.jp/pdf/J48/J48_4_01.pdf)。
労働時間をどんなにすることよりも、もしかするとそれとは関係なく発症しているうつ病を早期に検知し、投薬を含むメンタルカウンセリングへのアクセスをよくすることの方が、自殺防止にははるかに重要だったりしないか。
我が子を自殺から守るためにするべきことは何か。考えている次第である。
もちろん、日本の超過労働(しかも効率の悪い)は是正されるべきだ。しかしこれは、例えば妻や子供といる時間を増やしてより豊かな家庭生活を送ることとか、余暇を増やしてレジャーによってより経済・産業を回すこととか、そういったことが目的であるだろう(これも学問的検討が必要だが、「家族といる時間が増える」ことについてはほぼ明らかと言えよう)。その上さらに、労働時間を減らせば自殺率は減るのか?自殺率を減らすために労働時間を減らすのか?本文で参照した論文によれば、自殺率と失業率は強く相関するとのことだ。労働時間を減らすと、少なくとも今の日本の労働慣行のままでは、経済は悪化すると思われる(これは将来的には労働慣行そのものを変えるべきだろう)。それで経済が悪化することで失業率が高まり、却って自殺率は高まらないか?
もしそうなら、その時政治に必要な決断は、労働時間を減らすことにより一時的に自殺率が増える可能性があり、メンタルヘルスケアを強化する、ということが必要になるだろう。これは、「労働時間を減らせば自然と自殺率は減る」と思っていたら起きない発想ということになる。