友人は不治の病である。
体はとても元気そうだが、助かるようには思えない。
もはや誰も彼女を治す事などできないと思う。私はもう見ていられなくなった。
だから、彼女は不治の病だと思うことにする。彼女は私の中で、死んだ。
私は彼女の持つ、曖昧な受容性みたいなものが大好きだった。テキトーだけど、意思がある。芯があるけれど人を受け入れている。けれど、時たま驚くぐらい大胆だったりもする。そのアンバランスさが面白かった。派手な人物じゃないけれど、周りにたくさん人がいる人間だった。古い関係も多い。本人はそれを時たま嫌だというようなことも言っていたけれど、それもそれで私にとっては魅力的に映った。私は嫌な人間とは綺麗さっぱり終わってしまうたちだ。
大学で出会って、何となく仲良くなって、そしたらいつの間にか同じ趣味を持つようになった。
初めて行ったコンサートは彼女が当ててくれた某4人グループのコンサートだった。当時就活で死にかけていた私を救ったのは、間違いなく彼女と某4人グループだ。アイドルも美味しいものも好きだった。少なくとも彼女とは趣味が合ってたなと思う。
大学生の大したことない収入で精一杯美味しいものを食べて飲んで、美しいものを見て夜更かしして、いろんなことを話した。
大学を卒業して住んでいる県が離れても、コンサートや舞台を観に行くために会ってその度に色々な話をしながら美味しいものを食べたよね。
その度に、あなたが職場の上司のことを楽しそうに話すのが羨ましかった。
大好きな上司の下で、活きいきと仕事している様子が伝わってくるあなたの話、好きだったよ。心底楽しそうな顔してたもん。本当に羨ましかった。でも一方でそれってなんかヘンじゃない?って思ってた。妻子ある中年の男性が、新卒の女の子と週に何度も2人っきりで夜ご飯行ったりするの?コミュニケーションが良好なお勤め先では普通のことですか?冗談で「不倫に発展したら教えてね」って言うのが別れ際の定番みたいになっていた。
そしたら、本当の不倫に発展しちゃった。
SNSの動画にはどっからどう見ても同年代じゃない男の手が映っているし、動画の中で楽しそうにはしゃぐあなたの声に答えるのは知らない歳を取った男の声だ。
「物理的な不倫に発展したよ」ってあなたの口から聞くよりずっと前に知ってたよ。私めちゃくちゃTwitterもインスタも見てるもん。忘れた?あなたの鍵アカウントの数少ないフォロワーだよ私。あなたが嬉々として不倫の証拠残してるアカウント、見てるよ、いつも。
ねぇ、鍵アカウント見てる他の人達どう思ってるの?私、正直めちゃくちゃ怖いし気持ち悪いよ。
表の垢で、その話について通話で盛り上がったみたいなリプ飛ばしあってるの見て、びっくりしちゃったよ。
この子の言う"好きな人"が、中年の、妻子ある職場の直属の上司なの、みんな知ってる?知ってて「応援してる」なんて言ってる?そうだとしたら意味分かんないよ。お前らもみんな狂ってる。
学生の頃から毎年一緒に通った大好きなアイドルのドーム公演。2公演入るために泊まって豪遊するのがお決まりだった。
自担は誰が何と言おうと、誰と見ようと最高のアイドルだった。ステージのあまりの眩しさと、隣に立つヲタクに自分が抱いている後ろ暗い気持ちとのコントラストがキツすぎて、2曲目で泣いた。
私は知っている。
一緒に泊まるホテルで彼女が延泊料金を払っていること。2日間有休で、遠征先を満喫するのだと言った彼女が、私には濁す「用事」というのが、不倫相手との待ち合わせだということ。このコンサートが終わって、私が新幹線に乗って居住地へ帰れば、彼女もまた下らない世界に帰ってしまうこと。
翌日、2公演目に入る前に、去年と一緒に行ったお店に偶然2人で立ち寄った。ちょっと名の知れたパティスリーだ。学生の頃は気軽に買えなかったであろうチョコレートを私たちは楽しそうに選んだ。大人になったね。
そのチョコを家で食べながら、今私は泣いている。
彼女はそのあと、やはり"好きな人"と会ったのだそうだ。ピアスホールを開けてもらったと喜ぶ投稿がInstagramに上がっていた。去年までは私と自担と過ごしていた特別な日に、不倫相手と泊まって体に穴開けちゃったかぁ。
なんなんだろう。
私の気持ちはなんなんだろう。
数少ない友人を取られたことに対して?
私が職場の男性を憎みながら生きている同じ瞬間にも、彼女は上司と愛を囁き合っていることに対して?
私は友達が少ない。
偏屈で、すぐに人との間に壁を作る。
大学を出てからもこんなに会っている友人は本当に片手で数えるくらいだ。長く続けたいと思ってたよ。
彼女はそんな言葉求めてなかっただろうけど、コンサートに入る前、お花が乗ったびっくりするくらい可愛いケーキを一緒に食べながら、私言ったよね。
「うーん、まぁそうだよね。でもバレるってある?万一ヤバくなったら私が転職しようかな」
ダメだこりゃ。そう思ったよ。
ご臨終です。ご愁傷様でした。何もできませんで。
長年仲の良かった(と少なくとも私は思っている)人間に、こんなにがっかりするなんて思わなかった。
今となっては、これまで彼女と過ごしてきた思い出もどうしていいか分からない。私程度の人間には、もうなす術がないのだ。
だから、もう死んだと思うことにする。
私をアイドルに出会わせてくれてありがとう。一緒に飲んだお酒も、背伸びして食べた料理も全部美味しかったよ。
このチョコもすごく美味しい。あなたが探してくれたお店だよね。「来年もまた来たいな〜」なんて言ってたけど、もう来ないよ。あなた、私の中で死んだから。
チョコを食べ終わった。
綺麗な箱をゴミ箱に放り込んで、もうこの思い出は捨てることにする。箱代だけで200円くらいしてそうだな。
さよなら。
気持ちの悪い素敵な夢の中でずっと眠ればいい。
大好きだった友人へ。
どうか安らかに。