今日はバイト希望の高校生が面接に来たというのに、オーナーの機嫌がすごく悪かった。オーナーはいきなり事務所から出て来て、女子フリーターアルバイトさんに怒鳴った。
「お母さんに送ったLINEがいつまで経っても既読にならないんだけど!!」
二人の会話する声がやたらでかいので全部聞こえてしまった。女子フリーターアルバイトさんのお母さんはつい最近早朝勤で働き出したのにもう辞めてしまったらしく、「辞めます」と言って出勤しなくなってからというもの、オーナーが電話やLINEをしても全然連絡がつかないし未読無視だという。一週間もその状態が続いているとか。
「いったいお母さんはどうしちゃったの?」
「私知りません! 私だってお母さんと喧嘩したからもう一週間もお母さんと口きいてないもん!」
と言い返す。
「仕事をもう辞めるのは分かったけど、でも働いたぶんの給料の受け渡しとかまだ用事があるから連絡がつかないと困るんですよ。お母さんはなんか連絡を出来ない理由とかあるんですかね忙しいとか病……」
「振込っていわれたって、まだ試用期間の退職だから、給料は手渡ししないとだからね、直接」
「じゃあ私がお母さんn」
「じゃあ私お母さんにオーナーのLINE読んでってお母さんにLINEしましょうか!?」
「だーかーら、あなたが何するとかじゃなくてね、普通は自分が辞めるんだから自……っあいらっしゃいませー」
なるほど。女子フリーターアルバイトさんのお母さんはもう辞めますと言ってから本当に仕事に出て来なくなり、オーナーとの連絡を経った。オーナーは社会人としてそれはおかしいんじゃないの? と腹が立ったが、試用期間中でも給料はちゃんと発生するから現金で直接渡すし、あとユニフォームと名札を返して欲しいと思っているらしい。
まあ、社会人として自分の始末を自分で着けるのは当然で、同じ職場にいる娘をメッセンジャーにしようなどとは言語道断だから、ちゃんとLINEに返信して店に顔を出せよというオーナーの主張は最もだけど、そんならオーナーだって女子フリーターアルバイトさんのお母さんへの不満を女子フリーターアルバイトさんにぶつけるのはおかしい。女子フリーターアルバイトさんは激昂して
「私なにも悪くありません!! 私なにも悪くありません!!」
とオーナーに怒鳴り返した。
しかし、オーナーのいつもの言動からして、オーナーが言いたかったのは女子フリーターアルバイトさんがお母さんをどうにかして店に顔を出すよう説得すべきということではなくて、単に「LINE通じないんだけどなんか病気や怪我で寝込んでるとか事情があるの?(それなら治るまで待つけど)」ということなんだろう。
そんな言い合いを聞いてから一時間くらい経った後、オーナーがまた突然事務所から飛び出して来て私の方を見ているようないないような角度でこっちの方に顔を向けながら、
というので驚いた私はうっかり、
「私ですか?」
と言い返してしまいオーナーのイライラの火に油を注いでしまった。
「私ですかーじゃなくてどっちでもいいから相談して今すぐドリンクの補充!!!」
とんだウッカリかましてしまった。オーナー命令には余程の事でないかぎり「反論」は禁物。私は確認のつもりでもオーナー的に反論という名の「不平不満」に聞こえてしまうのでダメなのだ。この時には女子フリーターアルバイトさんが「じゃあ私がすぐ行ってきます!」と言ってレジカウンターから飛び出してウォークイン冷蔵庫へと走って行ったので、オーナーはさっさと事務所に戻っていった。
上着も持たずに冷蔵庫に入ってしまった女子フリーターアルバイトさんは、短時間で寒さに負けて戻って来たが、その15分程度の間に大体の補充は終わったという。
女子フリーターアルバイトさんに、「なんか今日はオーナーの機嫌、かなり悪いね」と言ったら、
「ああそれ私のせいですー」
という。それはさっきのお母さんが仕事を半ばトンで音信不通の件ではないらしい。女子フリーターアルバイトさんがわざわざDさんが今月末までで円満退職するのに合わせてバイトを辞めたいとオーナーに打診し、渋られたのでシフトを減らすと言い張って、週1の出勤ということで押し通した。それが原因でオーナーは女子フリーターアルバイトさんの顔を見るだけでイライラしているんだと思う。と、女子フリーターアルバイトさんは思っているそうだ。
いやまあ、辞めるという通知は1ヶ月以上前にする事っていうのは就労契約書に書いてあったので、それを一方的に破り、あまつさえ自分の都合のいいシフトを組むように圧をかけるとか社会人としてというかそれ以前に人としてどうなの? って感じだが、19歳のお子さまは万能感に溢れまくっててわからないか……。
私は女子フリーターアルバイトさんに「へぇ。」と言った。女子フリーターアルバイトさんは、他の仕事を始めるから週1しかシフトに入れないし、本当は当店を完全に辞めて新しい仕事を本業にしたいんだという。
その本業にしたい新しい仕事とは、先日Aさんから又又聞きしたガールズバーのバイトに違いない。ガールズバー自体は悪いとも危ないとも言えないが、勧誘された経緯が胡散臭くてほのかにヤバい臭いがする。女子フリーターアルバイトさんはシフトリーダーとDさんにだけ話したのだが、Dさんは自分で女子フリーターアルバイトさんに苦言を呈する訳でもないのにAさんにそれをリークし、面白がりつつヤバくね? と思ったAさんが私に全部喋った、という流れで私は皆まで知りつつ、何も知らないふりをして、
とかまをかけたが、女子フリーターアルバイトさんは完全にスルーして、
という。オーナーの何が悪いのか? オーナーは確かに欠点だらけでお世辞にもいい人とは言えない人だが、給料をちゃんと払いボーナスもくれ、セクハラはしない……が、パワハラはたまにする……のでまあ、恨まれどころは沢山ありそうだなとは思うが、女子フリーターアルバイトさんもこの二年弱の間に何度も仕事をドタキャンして信用は地に落ちていて、そんなベースがあるところへ今回、親子揃っての不義理騒動を起こしている訳で。
「私は何も悪くないです」
「ほう、酷いこととは」
「こんな所じゃ言えないから言いませんけど、とにかく悪いのはオーナーなんで」
女子フリーターアルバイトさん的には全面的にオーナーが悪く、これまでの二年弱の恨み辛みがあるからして、従業員から雑な退職をされるのはオーナーの業だから当たり前だってことらしい。
「まあさ、早朝勤って死ぬほど忙しいでしょ。そんな時間帯にキリキリ舞い状態で、ただでさえあまり人柄のいいとは言えないオーナーと奥さんが、新人バイトを新人だからって多目に見ることは出来ないし、むしろ八つ当たりの的にするでしょ。オーナー夫妻が新人を中々信用しないでイライラの捌け口にするのはいつものことだし。だから、お母さんは悪くないんだよね。それはわかるよ。早朝勤でオーナーと奥さんと上手くやれる人はいないからさ、まあ、しょうがないんだよ」
と私は女子フリーターアルバイトさんに言った。ところでそういえば、女子フリーターアルバイトさんはここ一週間お母さんと全然口を利いてないって、オーナーとの口論の最中に言っていたなあと思ったので、
「お母さんと喧嘩なんて珍しいじゃん。仲いいんでしょ?」
「全然。こんなのよくあることですよ。てゆうか今回はまだマシなんです。1ヶ月も口利かなかったことだってあるんだから」
という。
「えーっ、前は仲良いって言ってたよぉ。お母さんのこと好き好き大好きって言ってたじゃん」
「私、そんなこと言ってません! 全然仲良くないし、お母さんのこと好きなんて言ったことないし絶対言いません!」
なんか冗談じゃなくガチで言うからちょっと怖くなってきた。えぇ……記憶めちゃめちゃ改竄されてね?
「で、今回はなんで喧嘩になったん?」
「これも私は何も悪くないんです。私はなにもしてないのに、お母さんが急に口利いてくれなくなったんだもん!」