これは何年も前の話だ。私がカースト下位の女子高生をやっていた頃の話だ。最初に断っておくが、これから吐き出す話は事実に則ってはいるもののフェイクが混ざっている。そして物凄く長いのでこれを読むのはとてつもなく暇な人だと思う。
カースト下位の女子高生だった、と言ったが、学生をやっていた時に一度だけクラスの最下位にいたことがある。可愛くもなけりゃ勉強もできない女なのでまあそんなこともある。うちの高校はバカ校ではなく、いわゆる自称進学校程度に勉強ができるヤツが集まっていたので、クラスカーストが最下位でもこっぴどい嫌がらせを受けることはなかった。せいぜい最後の数ヶ月、クラスの女子から存在を無視される程度である。
ところで前述の通り私は可愛くないし可愛げもないしついでにこの頃はコミュ障のケもあったので異性とは滅多に話さなかった。そんな中で女子から無視をされるというのはつまりクラスから孤立するということである。
さて、私には友人がいた。幸いなことに仲の良い友人はほとんど別のクラスであった。私は休み時間のたびに彼女らのいる教室に避難して孤独を避けていた。昼休みはひとりで過ごすにはちょっとばかし長過ぎるのである。
そして、ここからが本題だ。
私には友人がいた。そのうちの1人は、当時同じクラスだった。女子達からの無視攻撃という名のちょっとした嫌がらせを受け始める前は彼女と昼休みを過ごしていたのだ。この友人、仮にAとするが、Aは友人達の中で一番とは言わずとも二番か三番目くらいには仲が良かった。
Aは可愛かった。メイクをしていたわけではないが、クラスカーストの一番上にいた派手な女子(仮にMとしよう)に気に入られる程度に顔が良かった。ついでにモテた。庇護欲を掻き立てるような小柄で可愛らしい女子高生を想像してもらいたい。それがAだ。
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ここまでの登場人物は、
A=二番か三番目くらいに仲の良かった顔の良い友人
でお送りしています。
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おそらくMは私が好きではなかったのだろう。というか邪魔だったのだろう。彼女はAを取り込みたかったのだ。マウントを取りたがるタイプの女子は自分とタイプの違う可愛い女子を自分の傘下に入れたがる。というのは偏見かもしれないが。
そしてMにとっては幸いなことに、私には大した人望がなかった。庇ってくれそうなA以外の友人は別のクラスにいた。Mは他の女子と共にAを取り込みにかかった。
私にとっては運が悪いことに、修学旅行というものがあり、私の宿泊部屋はAとM、それからMの取り巻き女子と同室だった。Mは学校側には禁止されていたメイク道具とヘアアイロンを使ってAを飾り立て始めた。
「わー、やっぱり可愛い!Aちゃんメイク映えすると思った!」とかなんとかMに言われてAも満更ではなさそうだった。その間私はそばでメイクされるAを眺めていたが、あからさまにMにはスルーされた。この頃から嫌がらせの片鱗はあったな、と今は思うが当時はなんとなく居場所がなく居づらいと感じるだけだった。
この日、一晩中何も喋らないのも気まずいので適当にMに話しかけたりもしてみたが、とてつもなくどうでも良さそうな受け応えしかされなかったのですぐやめた。Mは自分にとってどうでも良い人間からの言葉はヨイショするものしか興味を示さなかった。私も別にMのことをヨイショする気にはなれなかったので、会話がなくなるのは当然の帰結だった。
修学旅行が終わり、教室に帰ってきた。MのAへの構いっぷりは勢いを増した。昼休みはAと弁当を食べる私を押し除け、前のめりでAに話しかける。とても邪魔だった。しかし、Mにとって邪魔なのは私だ。
うっすらと、クラスの女子に圧力がかかり始めたのがわかった。それは、Aも例外ではなかった。私のことを無視しろと、そういう圧力だった。
AがMのことをどう思っていたのかは知らない。メイクには乗り気だったが、人間としてはたぶんそんなに好きじゃなかったのだろう。しかし、カースト最上位の女子には逆らいにくかったらしい。しかも、Mは特にAに対する圧が強かった。よほど取り込みたかったのか。Aが私と話し続けたら次のターゲットはAになるという雰囲気すらあった。Aはその圧力に負け、私を無視するようになった。
そうして私は、教室から居場所を失った。私もクラスでAと行動するのをやめた。若干裏切られたような気もしたが、それ以上にクラス中の女子から無視されるということに疲れてしまっていたので、Aにこだわる気力はなかった。
教室の外で目が合うAは、どこか気まずそうだった。Mの目が無いところでも、彼女が私に話しかけることはなくなった。私もAに自分から話しかけるのは気が進まなかった。私何も悪くないじゃん、という拗ねたような気持ちもあった。ただ、共通の友人達の前でだけ、私達は関わるようになった。
私は学生時代、クラスの絆とやらを感じたことがない。趣味も性格もばらばらの人間を3〜40人かき集めたところで絆なんぞ生まれてたまるか。しかし、そう思ってはいてもクラスの枠組みというのは高校生にとっては大きくて、抗い難い。
私はあの数ヶ月間、クラスの女子からあからさまに避けられ、教室に居場所を失くし、確かに孤独だった。毎日嫌だなあしんどいなあ、と思いながら登校していた。勉強もできないので授業の時間すら楽しくなかった。昼休みに隣のクラスで馬鹿な話をすることだけが救いだった。本当に、あの友人達がいなければ私は高校を中退していたかもしれない。ありがたいことだ。
この話はこれで終わりだ。中途半端で申し訳ない。これは私が昔受けた嫌がらせを、時折思い出してムシャクシャするので吐き出して忘れてしまいたかったから書いただけの思い出話だ。
ただ、これだけでは何か味気ないのでもう少しだけ、後日談を語ろうと思う。
当時、二番か三番目に仲が良かったAだが、高校の友人達の中では卒業後に一番よくサシで遊んでいる友人である。
結局、嫌がらせは年度が切り替わり、クラスが変わった時点で終わった。教師陣は一切直接の介入はして来なかったが、Mやその取り巻きは全員私とは違うクラスになっていた。
同じクラスになった女子はAだけだった。そして、その年のクラスには、共通の友人1人を除いて私にもAにも親しい女子がいなかった。必然的に、共通の友人を含めた3人で行動することが増えたのである。
結果として、うやむやのまま私とAの仲は元に戻った。それどころか以前より距離は近付いた。私が近付けたわけではない。Aが以前より近付いてきたのだ。
最初は微妙な気持ちだった。が、私は基本的に来るもの拒まず、である。そして、Aは可愛い顔をしているが根暗である。根っこのテンションが非常に私と近い。残った心のしこりを無視してしまえば、彼女と過ごすのは楽だった。結局卒業旅行までふたりで行った。事情を知っている母親には意味がわからないという顔をされた。私もそう思う。
久しぶりにあの時のモヤモヤを思い出したのは、たぶんAから久しぶりに連絡を貰ったからだと思う。コロナ禍が世間を襲っている間はすっかり連絡を怠っていたが、自粛解除に伴い再び連絡が来た。今度ふたりで遊びに行こう、という内容の連絡だった。私は「もちろん!夏休みが決まったら連絡するね」と返して、当然彼女と遊びに行くつもりである。
Aは今でも私と連絡を取っている。そして、AはMとはもう連絡を取っていない。
うーん、この