2015-07-01

死に場所新幹線の車内だと決めた

俺をこんな風にまで追いやったやつらに見せつけてやるんだ。

この生命が気高く燃え尽きていく様を。

もう何年爪に火を灯すような生活を強いられているのだろう。

若い頃は仕事人生の全てで、家族も当然のように犠牲にしてきた彼だった。

それなのに業績の悪化という理由で簡単に首を切られたのだ

仕事しかしてこなかった人間から収入を奪ったらミジメなものである家族はさっさと愛想を尽かし出て行ってしまった。

人間、結局は誰だって自分かわいいだけなのだ

つの仕事を真面目に取り組むことだけが取り柄だった彼には、他で働くことなんて全く想像できもしなかった。

それでもわずかな給料若造ににこき使われ生活のためにと頭を下げてきた仕事も、とうとうクビになってしまった。

ダメだ。残りの人生はもう死を待つ以外に選択がない。

なんで自分ばかりこんな目にあわなくてはならないんだ。

どうせ死を選ぶなら、自分をこんな目に合わせた奴らに思い知らせてやるのだ。

そんな彼にとって、焼身自殺はまさにうってつけだった。

ある日の報道番組で目にした宗教弾圧に反抗するために行った僧侶焼身自殺が、いつか自分が死を選ぶにふさわしい気高く神々しい行為として目に焼き付いてたのだ。

ただ目立つことを目的とするなら駅前など人が集まるところを選べばよかった。

安全なところから向けられたいくつもカメラによって、彼の死に様は瞬く間に世界中に広がっていくだろう。

しかしそれでは自分メッセージを伝えることは困難だ。

自分復讐したいのは、自分をこんなふうにまで追いやった社会でありビジネス世界だ。

それもちっぽけな世界じゃない。

今日都心環状線を数時間止めたくらいでは日本経済に対する影響はごくわずかでしかない。狙うなら交通の大動脈だ。

新幹線飛行機に比べてセキュリティが甘い。

墜落被害のほうが失われる人命のリスクが高いからか?

くだらない。結局人はそうやって命を天秤にかけているのだ。

そんなもの事故が起こった時の責任をいかに回避するかの都合でしかないではないか。

しかし今の自分にしてみれば、これはむしろ好都合だった。

長年望まない生活を強いられてきた彼には、今や社会は悪意の塊のように見えていた。

自分だって過去は輝いていたのだ。

自の望まぬ経済の流れに虐げられ、抜け出せないままに地を這うような生活を強いられているにすぎないのだ。

そんな彼は、見た目だけで自分を愚かな人間だと判断する世の中が許せなかった。

日本という国は確かに豊かになったのかもしれない。

しかし、終戦直後には誰もが何も持っていなかったのだ。誰もが少ないものを分けあい、倒れるものには手を差し伸べてきた。

そんな日本を豊かにしようと犠牲になってまで作り上げた世の中なのに、そんな時代に生まれ人間たちは誰も彼に手を差し伸べようとはしなかった。

好き好んでなったわけでもないホームレスのような風貌に関心を抱くものはなく、誰もが社会汚物を見るような視線を投げかけてくるのだ。

ただ犠牲者を増やしたいだけなら簡単だった。

1号車と2号車の中間で火を放てばよいのだ。

逃げ場を失った1号車の人間はほぼ助からないだろう。

しかしそれではやはり自分目的は満たされないのだ。

そもそも無差別殺人を行いたいなら、方法は他にいくらでもある。

自分の死にゆく姿を彼らの目に焼き付けてはじめて意味があり、死が尊いものへと昇華されるのだ。

正直な話、ためらいがなかったわけではない。

本当に彼らが自分の死を焼き付けたい相手なのかを確かめるために、幾度なく車両を往復しては人々の顔を覗きこんでいた。

そこに座っているのは、大半が小奇麗にスーツを着飾った泥の臭いなど一切感じさせないようなビジネスマン達だった。

片手に握った小さな世界と向い合ってばかりで、誰一人としてこの小汚い存在を認めようとしなかった。

働くものの中に混じって旅行者の姿もあった。

皆が働く中で優雅な時間を過ごせるのは誰のおかげなのか。今ある豊かな日本が作られたのは誰のおかげなのか。

その時彼は、それを理解できているのか試してやろうと思い立った。

一人のもとにそっと近寄り、お金をわたしてみることにしたのだ。

から受け取ろうともお金お金だ。誰かから享受された今の豊かさを誰に遠慮することなく受け取っているのだから、誰からもらえるかわかっている金銭を受け取らないのは矛盾している。

しかし、案の定そのお金が受け取られることはなかった。

かわりに向けられた困惑眼差しの向こうに確かな軽蔑を見つけた時、彼がこの場所を選んだことに間違いがなかったと確信したのだった。

この瞬間、彼の行動が間違っていると気づく機会は永遠に失われてしまったのだ。

ポリタンクを片手に一人一人を確認するように歩きながら彼は車両の先頭に立った。

彼らこそが自らの死を焼き付けてやりたい相手であり、これから世界に罪の意識を背負って生きるべき人間なのだ

そこからは予定していた通りに躊躇なく身体が動いた。

自らの命を絶つこととはこんなにも事務的ことなのだ。

ポリタンクから流れ出る液体の臭いで彼がこれからするであろうことに気付く人間が現れ始めた。

口々に制止の言葉言葉叫び、車内は一瞬で騒然となった。

そんな人々を眺めては彼は着々と手順をこなすように頭から液体をかぶり考えていた。

世の中には気づいてからでは手遅れだったことなんていくらでもあるのだ。

これまでに気付くきっかはいくらでもあったはずなのだから、それを見逃し続けたのは自分たち責任なのだ

一人の人間が追い詰められていく背景に目を向けて自らの生活省みる良心がこの国に残されているのだろうか。

そうして彼はライターに火をつけた。

彼の中で長い年月くすぶり続けていた炎は、今まさに現実のものとして世の中に炙りだされたのだ。

その姿は宗教弾圧に反抗する僧侶さながらに、社会に広がる思想格差とそれによってもたらされる貧困格差を照らす炎になりえたのだろうか。

彼の目に写った最後世界が、絶望に覆われていなかったことを今はせめて信じたい。


※これはフィクションです。他者の利害を侵害する目的社会秩序を乱す目的は一切ございません。

亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、怪我をされた方の一日でも早い回復を願っています

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