中高と男子校の一貫校を卒業した僕は、取りも直さず童貞であった。
漫画は好きだが、二次元にどっぷりハマるというわけでもなく、熱烈に好きなアイドルがいるわけでもない。なんとなく陸上をやって、モンハンにハマって、受験勉強に追われていたら気づいたら大学生になっていた。悪友が手に入れた、女子高の文化祭のプラチナチケットを握りしめ、行ってみたりもしたがナンパなんてできるわけもなく「清い」高校生活はあっという間に過ぎ去った。
4月入学式。新歓コンパというイベントに巻き込まれた。入学式で隣の席になった同級生(関ジャニの横内クンにちょっと似てる)とキャンパスを歩いていると、次から次へと歓迎会のビラが渡された。「ねぇ、君たちフットサルとかやってみない?」「とりあえず、飲み会だけでも来てみてよ!」と、僕らにビラを渡すのは決まって美人な女子の先輩たちだった。僕はビビった。これが大学なのかと。今まで、話す女性は母親、祖母、いとこの結婚してるお姉ちゃん。まあそれぐらいしかいなかったのに、なんだここは。と。そして、僕はこの世の春を感じていた。
さっそく、横内くんを誘い新歓コンパなるイベントに参加した。フットサルのサークルなのに、なぜかやたらと女の子が多かった。意味がわからない。マネージャーなんて多くても3人くらいいれば事足りるだろうに、なぜこの飲み会の半数が女子なのだろうか。そんな疑問をかかえながら、新歓コンパの宴は始まった。
目の前では、浅黒く焼けたゴリラっぽい先輩(FUJIWARAのフジモンにチョット似てる)が、次々といろんな1年生の女の子に楽しそうに話しかけていた。まったく女子と話したこと無い僕は、とりあえず座って砂肝の唐揚げを黙々とつついていた。時計の針は2時間が過ぎようとしていた。横内くんは1時間もしないうちにバイトがあるからと切り上げて行ってしまっていた。1人のときよりも、騒がしい輪の中のほうが、どうやら孤独は浮き彫りになるらしい。
やばい。劇的につまらない。そう思い始めたとき、酔っ払っているっぽい3年生の女の先輩(ちょっと芹那に似てる)が声をかけてきた。「君たち、なんでうちのサークルきたの??サッカーすきなの?」「うちのサークル可愛い子多いでしょ。絶対入った方がいいと思うよ!」「若いんだから、肉食べなダメたほうが良いよ。男子は肉食べないとね!」などなど、僕はまくし立てられた。そのたびに、はあ、とか、はいといった気のない返事しかできなかったが、芹那さんは僕の隣からなぜか動こうとせず、ずっとしゃべりまくっていた。
2件目に移動する話が出たころ、メンバーは1/3くらいに減っていた。帰るチャンスを芹那さんに完全に奪われた僕は、そのまま引っぱりこまれていた。2件目はひどかった。最初からイッキコールが始まった。急性アル中で問題がおこり、完全に無くなったもんだと思っていたが全然そんなことはなかった。飲みなれないお酒は、僕を酷く酔わせた。僕が飲みきれずむせ返ると、残った酒を芹那さんはかわりにイッキしていたようだったが、すぐに僕の記憶はフェードアウトしていった。
目をさますと、そこは見たことのないボロボロの部屋だった。横にはゴリラ…もとい、フジモン先輩が転がっていた。全身に走る筋肉痛と飲み過ぎのムカムカした感じをこらえつつ起き上がるとフジモン先輩も起きだした。「おー、おはよう純ちゃん。昨日はやばかったなー。記憶全然ないんじゃないの?」と言うと、僕の消失した記憶を刻々と語りはじめた。酷くよっぱらった僕は、今まで一度も彼女が居ないこと、童貞であることを高らかに宣言してたという。そして、自分のことは「純血の戦士DT」と読んでくれと口走ったらしい。そして、最後は動けなくなった僕を芹那さんが、ずっと介抱してくれてたと教えられた。
僕は入学2週目にして、早くも鬱になりそうだった。とりあえず、芹那さんにまず謝ろうと昨日教えてもらったLINEにメッセージを送ろうと思った。が。。。なんて書いたら良いか解らない。1時間書いては消してを繰り返し、最後に書けたのは「昨日は、すごい迷惑かけてしまってスミマセン!でも、本当に楽しかったです。」の一文だけだった。すぐに、芹那さんから返事がきた。「全然!こっちこそ、ほんとうに楽しかったよ。来週の木曜日の練習で会おうね!」というメッセージとグッジョブをしているスタンプが送られてきた。
おそらく、その瞬間だった。僕は芹那さんに恋に落ちた。そして、サークルに入ろうと決意した(邪な目的で)。
1週間後、練習に行ってみると打って変わって、女子が少なかった。でも芹那さんはそこに居た。白とピンクのジャージがめちゃくちゃ似合っていて、可愛かった。僕は思わず見とれそうになったが、恥ずかしかったので気づかないふりをしていると「あ、純ちゃんきてくれたんだねー」と声をかけられた。どうやら、このサークルでの僕のあだ名は純ちゃんで決まったようだった。
そして、あっという間に3ヶ月が経った。バーベキューしたり、他の大学と試合したり、いろいろなイベントが走馬灯のように一瞬で流れていった。芹那さんとは、毎日LINEでメッセージするようになり、会話も普通にできるようになった。何回か、僕の家に遊びに来て飯(主に肉料理ばかり)を作ってくれたりもした。僕は嬉しくて嬉しくて嬉しくてたまらなかったが、告白して気まずくなることが怖く、特に付き合うみたいなことにはならなかった。
ええ。チキン野郎ですよ。でも、童貞にこんな夢のような時間訪れると思わないじゃないですか!
8月も終わりの頃、夏休み実家に帰っていた芹那さんはお土産物を届けるといって、うちに遊びに来た。その日はなぜかゆるい関西弁だった。不思議に思った僕は、なんで関西弁なんですか?と聞くと「あ、神戸弁になっとうね。うちな親しくなると神戸弁でちゃうんよ」と答えて、にっこり笑った。
はい。無理!無理!無理!無理!
こんなん言われて、告白しない男なんて1人も居ないよ。
帰り道、芹那さんを駅まで送る途中、東京では珍しく明るくて大きな満月が出ていた。僕は駅に着く直前の駐車場で芹那さんを呼び止めた。一呼吸置き、喉から心臓が飛びでるんじゃないかと思うほど鼓動は高鳴り、頭は何をしゃべっていいか真っ白になっていた。でも、勇気をふりしぼり「芹那さん。初めて会った時から、ずっと好きでした。僕と付き合って下さい」と伝えた。
沈黙。
「ごめん。うち、純ちゃんとは付き合えんのよ。」
と言われた。え???え???え???僕はパニックになった。なに?親しくなると神戸弁になるって言ったのあれなに?今日、料理作ってくれたのとかなに??え?え???僕の理解の範疇を大きく超えた。動揺している僕に芹那さんは続けた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。純ちゃんのこと好きだったんよ。でも、神戸戻った時に昔好きだった人から付きあおう言われて。今は、その人が大事なの。実はうちな、去年からフジモンとつきおうとうよ。でも、フジモンめちゃ女の子好きで、浮気ばっかしてて二人になるといつも喧嘩ばっかりしとったん。」
全然サークルきてる時に普通にしてたから、全く気づかなかった!!
「だからな、うちも遊んでやる!思って、純ちゃんち来たりしとったんよ。純ちゃんは、ほんと素直でいい子やなーっておもってて、フジモンと別れて純ちゃんとつきあっても良いかなあって思っとうたんだけど・・・」
「ほんと、ゴメンナサイ。純ちゃん絶対うちより良い人彼女にできると思うから。本当にゴメンナサイ」
芹那さんが、そう言い終わるか、その前かに僕は居てもたっても居られず、「ん、わ、かり、まし、た」とようやく声をひねりだすと、きた道を泣きながら走って家に帰った。
ばーかーばーかばーか。惚れた自分も、フジモンも、芹那さんも、芹那さんの新しい彼氏も、みんな死ね!死ね!死ね!!!
そんなんから、2週間経ちました。
僕の貞操はまだ守られております。