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はてなキーワード: 失われた10年とは

2009-10-12

貸し渋り貸しはがし対策法。

聞こえは良いが、実体は、金融機関が行っている博打の負け分を税金で保障するという法案である。

アメリカ発の金融危機において、ほとんど全ての金融機関が損失を被り、まともに処理すると連鎖破綻するという事で、価値の無い債券を時価で評価するという評価方法を捻じ曲げ、額面で評価して、利益の範疇で損失を表面化させて処理を行うというように、ルールが変更された。本来ならば、納税されるべき金融機関利益で損失の穴埋めをするという事であり、この処理が行われている間、金融機関倒産する事はあっても別の金融機関が受け皿となって引き受けるという処理が行われる為に、新規の参入が阻害され、また、金融市場が独占状態になるというデメリットを、将来において国民が被る事になっている。

これは、失われた10年と言われる日本バブルの処理の際に行われた事と、結果的には同じ事態となっている。

で、今回出てきた、中小企業向けの貸し渋り貸し剥がし対策法は、景気が悪化していく状況の中で、貸し金を回収できなくなる金融機関が増加するという現象に対する手法で、回収可能性が無い貸し金は、貸し渋り貸し剥がし対策法の対象にする事で、税金による保障が付き、実質的不良債権ではなくなる。この為、回収可能性が限り無く低い貧民に住宅資金を貸しまくりCDSにし、さらにそれを細切れにして混ぜて虚偽の格付けをつけた債券にして売りまくって手数料を稼いだアメリカ金融機関と同じように、回収可能性とは無関係に融資を出し、その債権税金によって回収するという商売が可能になってしまう。

もし、お金が借りられなければ、金融機関信用調査機関が貸し渋っていると主張すれば、貸し渋り貸し剥がし対策法に違反するという事で、声の大きい所ほど、多額の借金が可能であり、その借金は、全額、税金で裏書される。事業を行っている所は、借金をしまくって隠し財産を作り、計画倒産破綻させて借財を税金押し付けることで、利益を作れるようになるのである。

モラルハザードと赤字が単年度で発生する制度であれば、無能を自覚させる為にあえて成立させるという手段はあるが、最長3年間据え置きとか、その分の元利を含めて追加担保無しで借り替えといった無茶な法案は、潰すべきである。潰すべきなのだが、衆参共に与党が過半数を押さえそうなので、通ってしまいかねない。支持率を落としても反省するとは限らないので、次の参議院補選で様子を見るしかないだろう。

http://www11.ocn.ne.jp/~ques/diary/diary.html[2009.10.9]

2009-09-01

なぜ民主が勝ったのだろう。

私には、なぜ民主が勝ったのかまったく分からない。

政権交代というのなら、失われた10年就職氷河期と言われた10年前ではなくなぜ今なのか。

10年前私は政権交代を願っていた。そして今は政権交代を願っていなかった。

今回の政権交代はただただ悲しい。

2009-08-14

ネット右翼経済政策観がわからない

ニコニコ動画に「景気回復断固阻止!民主党http://www.nicovideo.jp/watch/sm7909565)」という動画ランクインしていた。動画自体は見ていないのだけど、前々から疑問に思っていたことを書いてみる。

それはネット右翼経済政策観だ。わけがわからない。ネット右翼って小泉元首相を支持していたわけでしょ。小泉首相財政拡大による景気対策を否定し、構造改革なるわけのわからない政策による景気回復を目指していた。それに対し麻生首相はまったく逆で財政拡大による景気対策志向している。政策的にはまったく逆なのに、ネット右翼麻生首相経済政策を支持する理由がわからない。「小泉元首相の政策の失敗から学び、財政拡大による景気回復を支持しているのだ」というネット右翼もいるかもしれない。しかしそれは歴史的に言えば逆だ。もともと財政拡大による景気対策が失敗しているように見えるから、小泉元首相の政策が支持を集めた。公債残高を見れば分かるが、「失われた10年」の当初、つまり1990年代財政拡大による景気対策がなされた。それでも景気が回復しなかったから、小泉元首相構造改革というわけのわからない政策が支持される土壌ができたわけだ。「小泉元首相の政策の失敗から学び、財政拡大による景気回復を支持しているのだ」といわれても、「じゃぁ、90年代の失敗はどう総括するの?」と突っ込みたくなるわけで、論理整合性があるように思えないのだ。世間の空気というか代表的な意見はわかる。だいたい

財政拡大による景気対策の支持
 ↓
財政拡大による景気対策の失敗
 ↓
構造改革による景気対策の支持
 ↓
構造改革による景気対策の失敗及び格差拡大
 ↓
弱者保護の支持及び90年代の失敗を踏まえた財政拡大による景気対策への反対

こんな感じだろう。この認識を支持するわけではないが理解はできる。一方ネット右翼は考え方自体理解できない。一体どういう理屈小泉元首相経済政策への支持と麻生首相経済政策の支持を彼・彼女らの中で整合させているのかが気になる。「ネット右翼本質的には経済政策に興味は無く、対外的に強気か、民族主義者かどうかが判断の基準となっている」と言う人もいるかもしれない。それはそうなのだろうけど、そうするとなぜ経済政策ポイント麻生首相支持・自民党支持を他人に訴えるのかわからない。ネット右翼経済政策観はよくわからん。

2009-08-06

経済成長とか

自民党はなんか経済回復とか経済成長とかいってるけど、日本ってこっから経済成長ってするのかな?

今年はマイナスなのはしょうがないとしても、いままでの10年をみてきて成長して1%でしょ?

これから労働人口が減ることを考えたら経済規模は縮小する前提で予算立てしてかないとだめなんじゃないの?

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ecodata/pdfs/k_shihyo.pdf

08年、09年であわせて7%ぐらいのマイナス成長みたいだよ・・・。

年々成長率は鈍化してきているし、他国と比較しても成長の鈍化はつまり経済優位の後退だとおもうんだ。

2000年からの合計でみれば失われた10年どころか後退した10年だよ。

見かけだけでもGDPが増えて経済成長ますた!ってことにしたいのかもしれないけど、頼みの綱のインフレ消費者物価指数はグロスでマイナス

長期金利を1%台に抑えてきたのにこのありさまじゃねぇ・・・

この国はもうターニングポイントは過ぎちゃってます!てへ。

みたいな事は民主党含め政治家は絶対いわないかもしれないけど、普通に考えるとあとはどこでサジ投げるかだけの問題なんじゃないかと思うんだけど。

回復!成長だとかいってないで、目標経済衰退率を-0.4%未満に保つようにとかしたほうが現実的なんじゃないかとおもうんだが、なんでこんなに甘い話しばかりするの?

営業利益を3.5倍にしますとかいっちゃってる会社とかなに民間レベル日本人はそんなにポジティブシンキングだったっけ?

2009-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20090723220251

ところで労働人口は減っているわりにサービスだけは後退するどころかどんどん進化している現代でどうして仕事がないのかね?税制がとか手当がとか言ってる前に、この矛盾をどうにかしてほしいものだし、おそらくしなければならなくなるだろう。派遣パートだけでまわる仕事ばかりではないのだから。

それから今生まれている子供たちが大人になる頃は、つまり失われた10年の世代以降が退職を始めるころになっているわけで、貧困にあえぐ非労働者の爺婆が大量に巷にあふれるわけだ。労働者はそういう老人を保障できるだけの人数が必要になる。こどもたちはただ労働力と上の世代に搾取されるためだけにうまれてくる。ただ運が悪かったと嘆いていることしかできない、親でもない老人の負担に彼らが押しつぶされていく図を想像すると俺は死んだ方がいいんじゃないかと思ったりもする。

http://anond.hatelabo.jp/20090723142626

扶養者は年収が130万未満じゃないとなれないよ。

60歳以上の場合は180万。月あたり15万。

http://mhi.or.jp/shiori/fuyousha_hani/index.html

さらにシルバー派遣なんかで働く人が増えてるから、15日以上働いてるなら被扶養者にはなれない。

ちなみに年金の平均受給額はこちら

http://www.office-onoduka.com/siru_nenkinseikatu/sn0711.html

老齢基礎年金5.8万、厚生年金16.9万。

いま60歳以上の人たちは穏当に一つの会社で働いてそれなりの退職金をもらって、がっつり年金は受け取ってる世代だからまぁまず被扶養者になれないだろうね。20代後半から親が定年退職したというはなしはぼちぼちでてるし、失われた10年世代だけが割を食ってるわけではない。失われた10年世代の下はゆとり世代だぞ、さらに割を食ってるは機会わ奪われているわ上の世代に絞りとられるわ踏んだり蹴ったり。そしてこの不況ときたもんだ。

困難でも生きていられるのはきっとまだ若いからなんだろう。

2009-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20090612021400

私たちは戦後焼け野原から苦労して日本復興させてきたんだ。

ちがう。それをやったのは団塊の世代の親世代。復興が一段落したころに学生運動やらで社会に迷惑をかけまくり社会に入っては高度経済成長給料が上がりまくり会社内での地位が上がってきた頃にはバブルを謳歌して失われた10年の原因を作ったのがあなたたちだ。

2009-06-06

働いても無駄なんじゃね,と思うんだけど.

なんとなくこれを見て思った

http://anond.hatelabo.jp/20090606012613

日本大学院が糞なわけではない,どこにいようが待ち受けている未来が糞なのだ。

学歴や職歴が重要だった,いまもそうかもしれない.

だが生活を考えた場合それは今後も最重要たりえるのか?

現在35歳までの出生率は0.8となり人口は今後急激な減少を迎える

人口は微減かもしれないが労働人口は壮絶な減少となる

日本経済成長も下降期を迎える

かろうじて1%台だった成長率は金融危機の3ヶ月分だけで5年分を吹き飛ばした.

現在想定されているだけで過去10年分の成長が吹き飛ぶことだろう.

失われた10年とこれから失う10年.

経済人口も伸びていて、働いていれば給料が2倍になったら団塊世代とはあきらかに環境が異なるのだ。

いい教育をうけていい企業就職すればいい生活約束されていた.

これはすでに過去の成功モデルだ.

雇用契約条件がわかるかもしれない

リストラされて仕事を失うかもしれない

雇用先が無くなっているかもしれない

今後10年、毎年5%のベースアップを約束できる企業がどこにあるだろう?

なのに人々は5%の住宅ローンを借りることをいまだ厭わない.

学歴会社に守られていると思っているし望んでいる.

もしかしたら国がなんとかしてくれると考えているのかもしれない.

最高学府での経験不況や混乱という洪水に飲まれるまでの猶予をほんの少し与えてくれるかもしれない.

だがそれは僅かな間にすぎない.

これから学歴研究職に身を置こうとする人はよほど慎重にならねばならない.

ひとりの人間が専門とできるものなど生涯に1つや2つだ。

専門が無価値なものになっている可能性を考え、食う心配をせねばならない。

最高峰で専門に特化していればいるほどそのリスクは増える.

地面がゆるくなった場所に立派な家を建てるべきではない.

給料新卒の時がピークだったなどという話しが冗談でなくなる日もくるやもしれない.

企業の大きさや立派な学歴は攻めるときの武器にはなる.

だが生活を守るための盾としてはくその役にも立たない.

火事場で抱えるものが多すぎると焼け死ぬぞ.

命あればこそ,生活あればこその財産だ.

酷いマイナス成長をした場合何もしなかったNEETこそが時代の寵児となりうる.

さすがにそこまでは無いと思うけど、やればやるほどマイナスになっていくという環境下で生き残る術は必要だろう.

2009-05-12

ストレステストについて

ストレステスト

金融機関に対するストレステストの結果、必要な資本金の増額は750億ドルと算出された。これだけ増資すれば、とりあえず、自己資本ルールに引っかからないというお墨付きを出したわけで、これ以上経済状況が悪化しなければという但し書きが付いているが、底打ち宣言を出したことになる。

で、この750億ドルをどうやって都合つけるかという話になるのであるが、金融安定化法に基づく計7000億ドルの公的資金のうち、手付かずで残っていた資金が1096億ドル、繰り上げ返済されたのが250億ドルで、あわせて1346億ドルが動かせる。750億ドルの需要は、これで賄えるわけである。

つぎの問題は、資本金が増えた分だけ、運用しなければならないお金が増えた事になるという、運用の問題になってくる。

投資という、一番穏やかな方法で考えると、後進国や中進国への海外投資はTax Heaven撲滅法によって事実上ストップさせられているわけだから、国内投資となるのだが、アメリカの国内法や判例は、全然変わっていないわけで、産業投資が合理的になる状況にはない。となると、投機という話になる。で、商品先物市場を眺めてみると、WTIもWHEATもSOYBEANSもCORNも上がってきている。

不況最中に現れる官製相場典型的な動きになっているわけである。

というのも、基本的な法制度が変わっていない状態で規制だけが厳しくなっているのだから、株も債券土地投資して値が上がるわけが無い。自分が買った時よりも高値で他人に売り飛ばせる物といえば、生活必需品を買い占めて値段を吊り上げるぐらいしか無いので、そこに資金が集まる。すると、物価が上昇し始める。失業者を吸収する雇用が生まれたわけではないのに物価が上昇すると、いわゆるスタグフレーションになる。そこで、官製相場としては、スタグフレーション防止の為に、コモディティマーケットに対して規制をかけなければならなくなり、物価コントロールまで行政仕事になってしまう。

雇用を生み出さない限り、景気の回復は無く、資金のだぶつき具合と規制の匙加減で相場上下するという状況が、当面続くのである。

日本においても、失われた10年が終わっても、デフレ基調が続いているのは、雇用の創出が行われていない為である。かつての欧州病といわれた低迷が、グローバリゼーションで富を得た後進国や中進国の反米意識による資金逃避先としての流入によって、一時的に改善されたのをユーロの栄光であると後付けの理由でごまかしているが、欧州病は、日本にもアメリカにも伝染している状態で、"担税能力のある雇用の創出"以外の本格的な治療方法が、未だに見つかっていないのである。

安定した状態が続くと、リスクを背負って働く民間企業よりも、書類をいじり、会議でぐだぐだと時間を浪費する官僚政治家の方が楽だし報酬も多額という状況になりやすい。優秀な人がみなそれを目指すようになると、担税能力のある雇用は消滅していくばかりとなり、低迷病をこじらせてしまうのである。

低迷病は豚インフルよりも恐ろしい。豚インフルならば、感染さえしなければ発病しないが、低迷病は国家全体を蝕み、国民全員に不利益押し付けるのである。低迷病は、デフレ状態であれば失業が増加して緩やかな破綻へと向かうし、インフレにしようとすれば雇用が増えずに物価が上昇するのでスタグフレーションになり、激烈な破綻へと向かってしまう。増えすぎた公務員・準公務員を削減し、お金が欲しいなら民間企業で働けと待遇を悪化させ、優秀な人にリスクと取ってもらうという手段が必要なのだが、理屈は正しくてもそれを実行する事が難しい問題であるが故に、宿痾となるのである。

ストレステストは、金融機関自己資本の額を政府が強制できるという道具でしかない。増資を強制された金融機関が、政府に泣きついて国有化の度合いを高めていくか、あるいは、公的資金を全部返済して、商品相場で買占めをやって儲けるから安心して公募増資に参加しろと開き直るかという問題になる。

2009-02-24

公的資金株式を買い上げろという話。

経団連がまたしてもやらかしたらしい。

 株価の低迷で含み損が発生していて、本業利益を全部食われてしまっていて、赤字決算になって役員賞与が貰えないという事で、株価公的資金で維持して欲しいという主張である。無論、こんなに正直には言っていない。建前として、金融機関自己資本比率が低下して融資ができず、資金繰りに困って倒産する所が出てきているから、株価を維持する為に銀行等保有株式取得機構のような仕組みで、公的資金で買い上げろとしている。

 しかし、失われた10年の間、ダム論で企業を優遇しても、景気は回復しなかったし、融資商工ファンドサラ金といった、高金利の性質の悪い所が増えたばかりで、金融機関は、国債地方債や外債を買ってばかりで、融資なんてしていなかった。不動産デベロッパーですら、外資系金融機関からしかファイナンスができなかったし、外資系金融機関クレジットクランチを起こした後は、資金がショートして、未完成物件投げ売りやら民事再生やらでごたごたしている状態にある。

 こんな状況でPKO(Price Keeping Operation)を再びやってくれというのは、持ち合い株の含み損を減らしたいというだけでしかない。

 そもそも、金融機関や事業会社が、他の企業株式を抱えているという点が間違っているのであって、株価の低迷で持ち合い株の含み損が発生し、決算が軒並み悪化して、さらに株価が低迷するというスパイラル現象は、株式の持合によって状況を悪化させているというだけでしかない。株価の低迷が原因であるが、それを、自律的回復が難しいほど波及効果を発生させてしまうようにしたのは、持ち合い株という手法を選択しているからでしかない。

 時価会計以前は、持ち合い株は簿価で帳簿に載せられ。株価が上昇している時には、簿価を時価にして益出しするという手口で、本業の失敗を糊塗できていた。それを覚えてしまっているのであろう。そして、与党株主を増やすのにも、株式持ち合いは有効であった。

 株主と向かい合う事を避け、過去成功体験にしがみついているから、こういう発想しか出てこないのであろう。

 公的資金株式を買い上げた後を、どのように考えているのであろうか。企業国有化が望みなのであろうか。買った株式は、いずれ、市場に出さなければならない。買った時以上に株価を引き上げるには、無能な経営者管理職の首を切り飛ばすのが、まず重要である。公的資金で株を買え、でも、株主権は行使するなというのであろうか。だとすると、公的資金で株を買う以前の問題として、そのような企業市場から退場させるべきとなる。

 昔の経済人には、国家を支え人民を食べさせているのは我々だという矜持があった。政治行政税金で雇っている召使いに過ぎないと言う、プライドと実力があったのだ。税金からお仕事を貰い、規制や許認可で参入障壁を築いて縄張りに汲々とするような小商人ばかりになってしまったのは、どこで間違えたのであろう。

2009-02-09

 無利子非課税国債について・・・

 相続税対象にならない国債を作って、老人にお金を使ってもらおうという話である。しかし、現在、市中に滞留している紙幣の大部分は、個(老)人のタンスではなく、企業の金庫に存在している。

 企業会計ガラス張りであるならば、そんなお金存在しない。したがって、唯一ガラス張りになりえない個人のタンス預金にあるという分析になり、それを引っ張り出す為に無利子非課税国債という考え方が出てくるのであろう。だが、大本の、企業会計ガラス張りであるという仮定が間違っている。

 そもそも、無利子非課税国債とは、記名紙幣に過ぎない。無記名で済む紙幣の方が、はるかに節税に適している。個人を対象とする国債の売り上げが低迷している事を見れば、個人がお金を持っていないという事に気が付きそうなものなのだが、個人がタンス預金を持っているという事にしておかないと、これまでの大企業優遇政策を改めさせたくない勢力にとっては都合が悪いのであろう。

 過去の変動10年債の発行額を並べてみた。(各回の発行条件の告示を一枚ずつ開いて縦書きの官報形式pdfから集計。→http://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/kojinmuke/contents/outline/hendouTop.html)

第1回(2003年3月) 3,835億1176万円

第2回(2003年4月) 3,485億8875万円

第3回(2003年7月) 2,802億2281万円

第4回(2003年10月) 9,431億7751万円

第5回(2004年1月) 13,951億223万円

第6回(2004年4月) 14,184億7667万円

第7回(2004年7月) 17,726億64万円

第8回(2004年10月) 18,652億3077万円

第9回(2005年1月) 17,647億3074万円

第10回(2005年4月) 23,373億9268万円

第11回(2005年7月) 16,423億1528万円

第12回(2005年10月) 13,628億7625万円

第13回(2006年1月) 8,001億2860万円

第14回(2006年4月) 8,285億11万円

第15回(2006年7月) 9,813億4490万円

第16回(2006年10月) 7,323億2259万円

第17回(2007年1月) 4,334億2817万円

第18回(2007年4月) 3,478億9454万円

第19回(2007年7月) 3,712億7202万円

第20回(2007年10月) 1,932億3634万円

第21回(2008年1月) 1,315億5455万円

第22回(2008年4月) 621億7278万円

第23回(2008年7月) 1,009億6362万円

第24回(2008年10月) 461億1554万円

第25回(2009年1月) 316億8082万円

 一覧してわかるように、2005年4月にピークを作ってから、現在はそのピークの値の1.35%程度の出来高にまで減少している。国民に知られたくないらしく、このデータを取るには、発行回数毎にpdfファイルを開いて、漢数字表記の該当部分を読み取らなければならなかった。元データには、検索性も一覧性も無い。

 サブプライムバブルのピークは2008年8月であるが、リストラ派遣の増加によって、国債購買力の減少はとっくに発生していたのである。

 ちなみに、消費税収入 http://www1.mof.go.jp/data/index.htm 

は、http://www11.ocn.ne.jp/~ques/diary/20060301-10.html のデータに加えて、

1989年度(平成元年)36,180億円

1990年度 48,700億円

1991年度 49,440億円

1992年度 49,680億円

1993年度 54,580億円

1994年度 57,400億円

1995年度 57,480億円

1996年度 60,480億円

1997年度 93,047億円(税率3%の場合の仮定税収55,828億円)

1998年度 100,744億円(税率3%の場合の仮定税収60,446億円)

1999年度 104,471億円(税率3%の場合の仮定税収62,683億円)

2000年度 98,221億円(税率3%の場合の仮定税収58,934億円)

2001年度 97,671億円(税率3%の場合の仮定税収58,602億円)

2002年度 98,115億円(税率3%の場合の仮定税収58,869億円)

2003年度 97,128億円(税率3%の場合の仮定税収58,277億円)

2004年度 99,743億円(税率3%の場合の仮定税収59,846億円)

2005年度 105,834億円(税率3%の場合の仮定税収63,500億円)

2006年度 104,633億円(税率3%の場合の仮定税収62,780億円)

2007年度 102,719億円(税率3%の場合の仮定税収61,631億円)

2008年度補正後 102,540億円(税率3%の場合の仮定税収61,524億円)

2009年予算額 101,300億円(税率3%の場合の仮定税収60,780億円)

となる。

 2005年度に、過去最高だった1999年度をわずかに越えたが、以後、消費は減少傾向に移っている。この減少傾向は、個人向け変動10年債の売り上げ減少と、軌を一にしていると考えられる。

 個人向け国債を買うお金は、個人の経済活動の余力であり、その余力が、個人にはもはや存在しなくなりつつあると考えるべきであろう。特に、失われた10年以降の若年層~中年層は、正社員になっていない層がほとんどであり、経済的余力はもとより、日本の特徴であった加工貿易のための技芸すら受け継いでいない。

 四千万世帯のタンスの中には現金がうなっているという妄想で政策をこねくり回している暇など、どこにも無いのだが、信念で突っ走るつもりであろうか。

2008-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20081209231247

こうなることを見越して今年初めに転職しておいた俺だが、正直ここまで酷くなるとは思ってなかった。

俺的今後のプラン

1:楽観的シナリオ

景気後退が2年程度で一服、リストラゆとり増加と団塊消滅で人員不足に陥った企業に好条件で転職

2:悲観的シナリオ

失われた10年の再来。アメリカの国力が大幅に低下し円高ドル安が恒常化。自動車、電機を始めとした輸出関連企業が大幅再編を余儀なくされ、日本GDPは10~20%減少。同時に世界的な人口増加に伴う食糧危機が進行。食品メジャーの台頭。日本ダメポ。今の会社など余裕で潰れる。危機を持ちこたえたアジア新興国に安く買われてしょぼい労働に従事せざるを得なくなる。

2に近いシナリオになりそうな気がしてならない。

2008-10-31

麻生経済対策のすごさが分かってない奴が多すぎな件について

麻生首相が総額27兆円の追加経済対策を打ち出した。目玉は2兆円かけて行う給付金だ。4人家族なら、1世帯で6万円。さっそく「選挙目当てのバラマキだ」「効果が疑問」みたいな批判が巻き起こってる。でも、この政策、ほんとは結構理にかなったまっとうな政策なのだ。

日本経済の何がヤバイのか

サブプライム問題がきっかけとなった金融危機がヤバさの全てみたいに思われているけど、日本経済にはバブル崩壊以降ずっと悩まされてる問題がある。それはデフレだ。失われた10年と呼ばれた90年代以降、物価は下落傾向にある。物価が下落すると、まず物の生産者でもあるサラリーマン給料も下がる。加えて、企業債務も増えてしまうことになるから(債務は同じ1億円でも、1億円の持つ価値自体が上がってしまう)、経済活動はますます落ち込んでいく。これが本当のヤバイ所だ。

小泉・竹中構造改革まやかし

小泉・竹中は不況の原因はリストラが足りないからだと言って、"構造改革”を進めた。でも、これは全くの逆効果で、銀行企業にますます金を貸さなくなった。デフレというのは、供給に比べて需要が不足しているっていう現象だ。需要不足を解決するのが処方箋のはずなのに、いくら供給側を改革しても仕方がない。おかげで、とりわけ地方の経済はガタガタになってしまった。

必要なのは、マネーの量を増やすこと

それでも、小泉・竹中時代に景気が回復したじゃないかと反論する人がいるかもしれない。でも、それは"構造改革”のおかげじゃない。日銀マネーの量を増やしたことで、長期金利が下がって円安になったため、企業の輸出が好調になったというのが真相だ。長期金利が下がると、日本国債持ってるよりもアメリカ国債の方がいいってことになって、円を売ってドルを買う流れができる。こんなに金利が低いとこれ以上金利を下げられないから金融政策は意味がないというのは大きな間違いで、マネーの量を増やせば長期金利は下がる。そして、長期金利が下がれば、円安を誘導するだけじゃなくて、企業も金を借りて設備投資を活発にしようと思うようになる。

ノーベル賞経済学者FRB議長も認める政策

マネーの量を増やすっていうことについて、この2日間で大きな動きがあった。1つは、麻生発表した2兆円の給付金制度。もう1つは、日銀金利引き下げだ。金利を下げるためには、日銀は大量にマネー市場放出しないといけない。そして、このような政策を一番強く主張していたのは、FRB議長のベン・バーナンキ。「デフレ克服には、ヘリコプターから金をばらまけばいい」という例え話を使うことから、ヘリコプター・ベンとも呼ばれる。そして、もう1人が、今年のノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンクルーグマンは、何年も前から、日本財政政策をもっと拡大し、それに合わせて日銀マネーを増やすべきだと主張していた。こんな感じで、麻生の政策は、アメリカ経済学大御所も認めている極めて考えつくされた政策で、決して選挙目当てのバラマキなどではないのだ。

麻生政策で日本経済はきっと復活する

構造改革熱に浮かされ、今また政権交代煽りたい日本マスコミは、このことを決して紹介しない。でも、何年か経ち、日本経済はかつての輝きを取り戻した時には、昔麻生経済政策てすごかったんだ、と評価される日がきっとくるはずだと信じてる。

追記:27億円と書いてたが、27兆円の間違いなので修正。指摘に感謝

2008-09-14

http://anond.hatelabo.jp/20080914084909

そもそも流動性の罠は有名な話で教科書に書いてないという認識もおかしければ、今は0金利じゃないのにそれを持ち出して金融政策無効を言うのもおかしいってことでは?さらに言えば失われた10年では財政出動だってしまくりだったわけでこの間の経済政策がうまくいってないのを金融政策だけのせいにするのも偏ってるんじゃないかと。

あと国民に何がしてほしいかというと自民に一票入れてくれって事でしょ。

2008-08-19

”大きな誤り”の始まり

 標題は竹中氏が定期的に公表しているポリシーウォッチ(http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080818/plc0808180311001-n1.htm)のタイトルだが、今回の議論は承服できない。

 まず竹中氏は、政策の基本的な方向という点について、中国と同じく我が国も大きなリスクに直面していると述べる。経済の弱さは08年第2四半期のGDP統計にも現われているとおりである。近年のGDP統計の弱さについては、対前期比で見ても対前年同期比で見ても景気の弱さが現われているという点はその通りだろう。

 続けて、竹中氏は1990年当時の日本経済は、政策の大きな方向を誤ったがゆえに「失われた10年」を経験したと述べる。氏曰く、「当時は二つの誤った政策、つまり一つは好況投資など政府による財政支出を拡大するという偏ったマクロ政策であり、もう一つは97年の消費税引き上げをきっかけに財政再建に走ったこと」とのことである。そして、現在は「日本経済運営の大きな誤りをもたらした「ばらまき派」と「増税派」が要職を占めていることが政策の基本的方向を誤るというリスクをもたらしている」とのことである。このような言葉を耳にすると、小泉政権時にも歳出削減を柱とした財政再建策が構造改革の一環として採用されていたが、この点はどのように考えればよいのかという疑問が浮かぶ。

 さて、竹中氏の論説の中で、最もいただけない箇所は次の記述である。

危惧(きぐ)される具体的事例が、目の前で起こりつつある。原油価格高騰などに対する救済措置だ。原油価格の高騰で、漁業関係者らに大きな影響が出ているのは事実である。しかし経済政策として重要な点は、今回のように輸入価格が上昇し「交易条件」が悪化している下では、国民生活水準低下は避けられないという事実である。厳しいが、これが資源輸入国の現実なのだ。政治指導者国民に、「我慢しよう。歯を食いしばって、これをしのごう」とまず訴えなければならない。にもかかわらず現状は、国民に対し痛みに耐えることを訴える政治勢力は皆無である。与党野党もばらまき型の政策を求め、一部メディアもこれをあおっている。

 まず「我慢しよう。歯を食いしばってこれをしのごう」という発想は、小泉政権の下で「構造改革なくして成長なし」と唱えた際の「今我慢すれば(構造改革の結果)きっと良くなる」という考え方と同根であることに留意すべきだ。

「交易条件」が悪化している下では、国民生活水準低下は避けられないという事実はその通りだが、問題はこの「交易条件」の悪化は甘受せざるをえない痛みなのかという点である。竹中氏は「米国経済が回復すれば日本の景気は良くなる」と論じる与謝野氏を批判しているが、今般の原油価格高騰を避けることが出来ない問題であると捉えている点においては与謝野氏と同じ穴の狢であり、竹中氏も同様に批判されるべきである。

 そして、「歯を食いしばってこれをしのごうと言うべきだ」という発想は、「政府が自ら無為無策であることを主張せよ」といっているに等しい。そしてこれは「原油価格上昇という供給ショックは黙って甘受すべきであり、その環境条件で淘汰される企業があれば致し方ない、相対価格自律的調整が進むまでショックを耐え忍ぶことが必要で、構造改革を徹底的に進めるのが必要である」という我が国において根強く生き残っている清算主義という魔物を体現したものに他ならないのだ。言うまでもなく、清算主義が不況脱却において「無理筋」の考え方であることは大恐慌における教訓や、我が国の長期停滞の経験から実証済みである。

 90年代以降の長期停滞期の経験に鑑みれば、バラマキ政策は景気の下支え以上の効果を持ち得なかったことは明らかだろう。そして景気悪化局面での増税は、更なる奈落の底へと日本経済をいざなうことも明らかだろう。さらに、現状に対してひたすら耐えることを国民に要求することも誤りなのである。

 では、どうしたらよいのだろうか。基本的な経済学が教えるところによれば、輸入価格上昇による交易条件の悪化、つまり購買力の低下に対しては、購買力を向上させる政策を採ればよいのである。購買力を向上させる政策とは言うまでも無く金融緩和策である。

 金融緩和により市中に流通するマネーサプライの量を増加させることが出来れば、人々はそれを貨幣として溜め込むのではなく何かしらの形で消費しようとするだろう。失業率が十分に高い水準にあるのならば、実質賃金の低下を通じて失業率は低下し、家計の平均的な購買力は増加する。さらに失業率が十分低い水準(3%前後)に到達すれば、金融緩和は雇用者の賃金自体の上昇をもたらすことで家計購買力はさらに増加する。購買力の増加は、基本的には相対価格に影響を与えないと考えられる。しかし価格高騰が進む原材料は、我が国の家計にとって必需財でありかつ非競争輸入財としての性格を有している。家計にとって一定量の支出が必要であるということが価格上昇による購買力の低下を現在実感させている一因であるが、所得上昇が明確になればこれまで支出が出来なかった奢侈品・娯楽品への支出が進むだろう。このような効果は原材料に対する他財の相対価格を低める圧力をもたらすことになる。

 原材料価格高騰のショックがなぜ問題なのかといえば、原材料価格が他財と比較して急激に上昇することで、他財の原材料価格に対する相対価格(原材料価格/他財価格)が高まるためである。では、このショックを緩和するにはどうしたらよいのだろうか。

 一つには技術革新といった手段で原材料価格自体を引き下げることである。これは原材料に対する他財の相対価格が高騰した現状を緩和させることを意味している。しかし、原材料価格自体を引き下げていくのは短期的には容易ではなく、竹中氏が言うように「我慢しよう。歯を食いしばってこれをしのごう。」と国民にこれまで以上の負担を要請することになってしまう。そしてこのような政策が効果をもたらすのは技術革新が伴う以上長い時間がかかり、そしてこの政策を推し進めるのは原材料価格以外の財の価格ベースではマイルドデフレにある我が国経済にとっては得策ではない。

 原材料価格高騰のインパクト(つまり原材料の他財に対する相対価格の高騰)を押さえるもう一つの方法は、他財の価格押し上げることである。原材料価格ではなく他財の価格押し上げることは、原材料価格自体を抑制するという方法と同様に、原材料価格の他財に対する相対価格の上昇を抑えることに繋がる。そしてこの、他財の価格押し上げることは、GDPデフレーター、CPIコアコアといった国内財価格デフレに陥っている我が国の内需を掘り起こすことに寄与し、失われた購買力を回復させることに繋がるのだ。

 このような原材料価格と他財との間の相対価格の調整は、産業構造の調整を伴うという意味である程度の時間が必要かもしれない。しかしながら、金融緩和策を進めることは、相対価格一定の元で購買力を上昇させ、原材料価格高騰の影響を和らげる。ノーベル経済学賞受賞者でもあるアカロフ教授は、マイルドインフレ効用として相対価格の調整がより進み易くなる点を指摘しているが、現在の我が国においてCPIコアコア、GDPデフレータで見た物価指数マイルドデフレを示しているのであれば、そのような状況からの脱却を目指す金融緩和策は相対価格の調整がスムーズに為されるのを後押しするのではないかと思うのである。

 竹中氏の議論は、「失われた十年」で得た教訓を全く踏まえていないという点でご自身が批判しているバラマキ政策や財政再建派と同じではないだろうか。そして論説を読んで、竹中氏の「構造改革」を支える思想国民に痛みを強いるものでしかないということにも改めて失望した次第である。これではリフレ政策をいくら取り入れたところで結局の所掛け声だけで終わってしまったのは当たり前だ。繰返しになるが、GDPデフレーターやCPIコアコアといった指標でマイルドデフレが続いている我が国において原材料価格高騰による購買力の低下を抑制するための政策手段を採ることはたやすい。金融緩和を行えばさらにCPIは上昇しインフレが進むのではと懸念する向きもあるかもしれないがそれは杞憂である。欧米諸国のCPIの伸びはヘッドラインで4%??5%だが、我が国は前年同月比で2%の伸びである。そして欧米CPIコア(我が国のコアコアに相当する)は2%程度だが、我が国のCPIコアコアの伸びは0.1%に過ぎない。さらにGDPデフレーターがマイナスである国は何処にもないのだ。

 政府として今何を議論すべきだろうか。当然ながら、同じ狢同士で批判しあうことではないのは明白である。金融政策は政府からの独立性が付与された日銀によって為されているという点は留保すべきだが、以上の論点を考慮に入れれば、政府検討課題として金融緩和を行うための具体的政策手段としてどのようなものがあり得るのかという点も少しは議論の俎上に乗せても良いのではないだろうか。90年代の誤りがなぜ生じたのか、それは、経済政策における金融政策の有効性を過度に軽視するという大きな誤りを見過ごしたためである。だからこそ90年代の誤りは起きたのである。交易条件の悪化という事実の前で、自ら国民に対して痛みを求めるという無為無策をつまびらかにすることこそ愚の骨頂である。勇気を持って経済問題に対して果敢に戦った先人が居たことを忘れるべきではなく、そして我が国のリーダー勇気を持って果断に金融緩和の実行を論じ、そのための具体的政策を実現していくために何をすべきかという点も考慮に入れても良いのではないだろうか。金融政策の決定に対して異論があれば、政策決定会合における議決延期請求権の行使や、極論かもしれないが、例えば政府紙幣の発行、国債発行による日銀引受けといった策もある。現状空席となっている副総裁・審議委員の席を埋めることや、政府による政策目的の独立性を発揮する重要な機会でもある総裁・副総裁・審議委員の任命がスムーズに行くように制度整備を進めることも重要だ。

 先程、「金融政策は政府からの独立性が付与された日銀によって為されている」と指摘したが、日銀が与えられている独立性は政策手段の独立性であり、政策目的の独立性ではないことに注意すべきである。政策目的政府認識を一にすることが望ましく、正しい政策目的は正しい現状認識と正しい将来の見通しから育まれるものである。昨日の金融政策決定会合においても日銀経済見通しを下方修正しつつ現状維持を決定したが、これまでデフレ脱却が進まなかった大きな理由は、日銀が判断の根拠である経済見通しを常に楽観的に捉え、その結果として性急な金融引締め(量的緩和解除→利上げ)を行ったことではなかっただろうか。02年以降の景気回復期におけるメインエンジン外需だと言われるところであり、昨今景況悪化のリスク要因として取りざたされているのは原材料価格の高騰やサブプライムローン問題といった海外経済の景況悪化であるが、我が国の景況悪化要因として国内政策の要因も影響している可能性も排除できず、寧ろ現在の状況は外需の低迷が鮮明になったことで元々隠されていた内需の弱さが顕在化したとも捉えることが出来るのではないだろうか。

 景気対策として効果を持ちうる規模の財政政策を行うのであれば、名目成長率が低下している現状では政策目的であるプライマリバランスの黒字化を放棄せざるを得ないだろう。景気対策財政再建ジレンマに直面すれば結局のところ最低限の政策しか行うことが出来ず支出した金は無駄金になる懸念すらあり、景気後退が顕在化している中で増税を行うのは論外だろう。以上を踏まえれば、竹中氏のバラマキ政策・財政再建派への指摘は正しいだろう。但しデフレ脱却を主要政策課題の一つとして掲げ、そのための政策努力日銀に対して在任中求めてきた竹中氏だからこそ、景気後退色が濃厚になった現状において「歯を食いしばってこれをしのごう」という更なる痛みを強いるような議論を聞きたくはないと感じるのは自分だけだろうか。論説のタイトル通り、今回の選択が「大きな誤り」の始まりにならないことを祈念するばかりである。

(※)沢山のブクマが付いていて驚きますが(汗、文章を修正しました。ご容赦を。

2008-07-28

1975だが失われた世代って?

フジTV系列番組サキヨミ」で「通り魔が増えたのは個人の特殊人格なのか?それとも格差社会が悪いのか?」みたいなことやってた。

生き物を殺す動機なんて、例えばクモを殺す殺さないにしても「今は朝だから、夜だから」というくだらない理由で殺生しているような人間全体にとって本当に紙一重な事なんだと思う。

それを警察裁判用に書類をまとめるだけだから、報道される動機は俺ら一般人には理解不能なものになるだけだ。

「何故クモを殺したか」について動機が「夜だから」だけ伝わっても、朝グモは殺すなという文化圏以外の人間にとっては理解不能なのと同じく、無差別人殺しがしたくなるほど社会に対して怨恨を抱いた背景そのものを理解しないと事件を理解したことにならない、という意味では「人生や境遇など、加害者が触れた社会そのもの全てを理由として考えないと行けない」という意味では「格差社会からの悪い影響を受けたのでは?」にYES

しかし、でも。

結局は社会そのものに対して無差別に怨恨を抱いていて、かつ反社会的な行動に出るまで追い詰められた奴っていうのは時代や地域を問わず必ず一定数居る。きわめて少数ながらも、必ず、居る。

事件そのものを社会のせいにするのは簡単だが、どんな社会であれ必ず居るのだからひとくくりにしないでそいつら全員を時代や地域に応じて個別に対応していかないといけない、っていう意味通り魔は特殊な個々が招いた加害なのだから人格を問題視すべき。

なので俺はあえていうなら「通り魔は個人が特殊だから」にYESした。

でもどっちかじゃなくて、「どっちかを問題視しない」時点でこの問題の出発点が違ってるから俺は何も解決しないんじゃないかと思う。


一番気にくわないのは、「格差社会」と銘打って声だけがでかい「その場のマジョリティ」たちだけで話が進んでること。

たまには俺の意見も聞いてよね。

1975生まれって、よく「格差社会」の申し子的に「失われた10年」だかなんだかで取り上げられるけど、そんな中でも社会そのものに怨嗟抱いてるのなんて、ほんの一部だけだって。

あの時代、ほとんどが中高生のときにバブルは崩壊してるし、親の言う「大学出て企業に入ればそこそこの幸せが云々」っていう文句を「それが一番苦労しそうじゃねw」って中高生レベルでも肌で感じてるときだし、あの時代は

  1. 大学へ進学
    1. 本当に勉強したい人間
    2. そうでない人間
      1. やることないしとりあえず4年間遊びを延長!
      2. 親が行けっていうから
  2. 高卒就職
    1. やりたい仕事が見つかったから
    2. 勉強メンドクセ
      1. なんか当時のフリーター絶賛ブームに踊らされた奴

といて、

そもそも1-1と2-1以外は本当に苦しい人生になるのは当時は厨房レベルでもわかってたはず。

わかってたはずのことを30なるまで何の手も打たずダラダラダラダラ先延ばしにしてきて、「格差社会」も「失われた10年」もないんじゃね?

格差社会について

俺は2-1ルートを辿って、派遣社員なんて目じゃないくらい弱い立場の個人事業主

はっきりいって逆風どころかちょっとした順風でも何がきっかけで転覆するかわからない、ワーキングプア一直線に一番近い、どころですらない、一旦実際に日雇い土方からホームレスまで経験してやっと事業できるまで這い上がった人間だけに、本当にこの問題を真摯に受け止めているつもりだが、それだけに「勉強したくても時間がない」「搾取されるばっかり」のぬるい意見に本気で腹が立つ。

俺はたまたま、日雇いホームレスからいちおう個人事業でも生活できるくらいにはなったが、世の中本気で危険作業で食いつなぎながらも夜中勉強してる奴なんて腐るほど居る。

それでも浮上できないから格差社会は問題なわけであって、勉強もしてない奴が「格差社会がどうのこうの」と言い出すと問題がとたんにずれてくる。

失われた10年について

本当の本当にバブル崩壊から先、仕事がなかったの?仕事してなかっただけじゃないの?

少なくとも俺の周りは人手が足りてないくらい苦しかったけど。

ここで本気で問題にすべきは1-1ルートなんだけど。今や博士号とっても仕事がないって言うしね。

もっかい聞くけど本当に仕事無かったの?

「やりたい仕事がなかった」って、やりたいこと4年間先延ばしにするためにとりあえず大学入ったんじゃなかったの?それじゃその4年間は何だったの?

大学出たら無条件に自分のやりたい事が与えられるとでも思ったの?いくらなんでも18-22才でその考えは子供過ぎるのは気づいてるでしょ?

ごくまれに大学行ったけど「リア充がどうだ非モテがどうだ」で自信なくして引きこもったとか言う奴が一部にいるけど、これはまあ論外だよね。大学っつうのは勉強するために金出して行くところなことは子供でもわかってるのに、「みんなからチヤホヤされなかったから俺の人生狂いました」って、知るか。

本当に10年失われてるのは、本気で勉強したのに就職できない人と、その人たちを雇えなかったくらい当時体力がなかった企業が言う言葉であって、たかが自分の決定を先延ばしにした人間と親の言うなりになった人間と遊ぶつもりで大学に行った人間が言う言葉じゃない。



結局何が許せないかって、格差社会失われた10年も、本当に必要としている人にスポットが届いていない。

ネットでは自虐ネタが面白いんだろうけど、結局の所そればっかりが浮き彫りにされすぎ。

繰り返すけど、テレビでもネットでもひろい切れていない、本当に困っている人らに誰かが目を向ける日はくるんだろうか。

2008-07-09

統計に見る日本結婚出産と、そして未来

最近は「統計局ホームページ/日本の統計」なんてのがありまして本当に便利な世の中になったものです。

タイトルの「日本統計」の通り、この中には日本のこれまでと現状、そして未来があります。

そんな中で、今増田でも話題の結婚出産について調べてみます。

といっても資料は「2-17 出生・死亡数と婚姻離婚件数」そのものなのですが。

この統計1955年から2006年までの52年間で、婚姻件数と出生数のピークは、それぞれ、72年の110万件と73年の209万人となる。これが第二次ベビーブームである。

この第二次ベビーブームを頂点に婚姻件数、出生数ともに急激に減少し、78年には婚姻件数79万件、83年には出生数151万人となる。

婚姻件数はその後、87年に70万件を僅かに切り、この50年で過去最低となるも、その後は持ち直し、01年の80万件など、過去30年間は70万件台で推移している。

これは、成長した第二次ベビーの影響であるが、ピークの頭はなく、後ろにならされた形となった。所謂、晩婚化である。

一方、出産数は87年の135万人の後も徐々に減り続け、92年に121万人まで減少する。所謂、DINKSの増加である。

その後、小康状態が続くが、出生数は第二次ベビーたちが30代となった00年頃から再び減少し始める。

ここで、世代別人口の推移について、「2-4 年齢各歳別人口」を基に考えてみる。本来は各年の年齢各歳別人口等を用いるべきだが、現在の年齢構成から、20代と30代の人口を推測する。

ここから見えてくるのが、この40年ほど、各歳あたり平均170万人前後で意外に安定していた事である。

しかし、これから先、20代30代は減少の一途であり、20年後には各歳あたり平均120万人まで落ち込む事が決定している。

「2-19 母の年齢階級別出生数と出生率」を見ても明らかな通り、出産のほとんどは20代から30代であり、子育ての主力である。

しかし、この数十年、婚姻件数は75万件前後、すなわち150万人程であり、年あたり約20万人前後が未婚のままである事がわかる。また、出生数と比べると、人口維持には年あたり50万人程足りない事がわかる。

そして、今後、出生率が大幅に増加しない限り、出生数の増加は見込めず、そして、それはさらに20年30年先の出世数の低下を意味する。

このように、少子化は20年前、バブルとともに増加したDINKSではじまり、失われた10年の晩婚化で確定した。これらの経済活動と少子化との関連は不明だが、もしかすると少子化バブル経済の申し子かもしれない。

もう、この子の成長を止める事はできないのだろうか。

2008-07-06

社会的に損害を与えるニセ科学3つ

今の日本人口は適正人口から見ると多すぎだから、少子化を解決する必要はない。むしろ人口減少を前提とした社会制度に改革するべきだ。

失われた10年以降日本では低金利政策が採られてきたが、景気は一向に回復していない。これは低金利政策が間違いだったからであり、金利を上げることで日本景気回復がなされるはずだ。

地球温暖化自然現象であり、人間が排出する二酸化炭素の寄与度は低い。だから経済を犠牲にして二酸化炭素排出量を減らしても何の意味もないので、そんなことはやめるべき。

2008-06-20

1984年生まれの見た世界

幼稚園年長(1990年度)

記憶にある時事ニュースで最も古いものは幼稚園児代。

先生砂場で遊んでる自分たちに向かって

「海の向こうでは今『せんそう』(湾岸戦争)が起こってます。

なんで人は殺し合うんでしょうね・・・」

というようなことを言ったのがそれで、その時はとにかく

「遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるんだ・・・。」

くらいにしか感じなかった。

あの先生がそうつぶやいた日の空は澄み渡ったきれいな青空で、

平和そのものの天気」と「遠くにあるおそろしいもの」がひどく対照的で違和感を感じた。

小学校低学年(1991-1992年度)

父はある日「すごいお土産だぞ」と、

灰色でかわいくて格好いい形をした機械を持ってきた。

パイロットウイングス

あの頃、飛行機を巧く操縦できる奴は神だと思った。

機体を傾け、緑の輪をくぐる。静かな着地。

教官のきつい言葉に、甘やかされていた俺はたじろいだ。

当然ながら一緒に買ったマリオばかりプレイしていた。

少し経ち、マリオカートぷよぷよを持った友達の家に皆が遊びに行くようになる。

スト2はみんな持ってた。↓R↑LYBXA。

子供らしく野球だの公園遊具だので遊ぶこともあったが、

おれらはもっぱら「ファミコン」。

プールや川で波動拳ソニックブームしたり春麗で興奮したり。

もう、昔何やってたなんてそのくらいしか思い出せない。

信号機を自在に操れる熊の親父とか。

小学校中学年(1993-1994年度)

クラスで元気のいい女子が「スナックがかっこいい」だの同級生を

ヤマタク」なんて略して呼んだりするのが流行ってた頃、

テレビでは米不足米不足うるさかった。

小3か小4の頃。そーりだいじんは

「名前の読みにくい徳川家康の子孫」や「眉毛ぼーぼーの爺さん」で、

なんとなく面白く感じていた気がする。

暗闇の中、ベッドから飛び起きて「何事か」と

あわてふためいてる映像ばかりテレビに映っていた頃、

向こうから一時的に「疎開」のような形で来た転校生

関西弁ペラペラ」なだけで人気者だった。

この頃の記憶は割とある。

バブルが・・・」「バブルのせいで・・・」と大人がよく言っていた。

バブルというのは何か「イベント」か「夢」か、

なんか今苦しんでる(ように大人が見える)原因のようなものなのかなあ、

漠然とした理解しかなかった。

バブルなんかよりも目先のジーンダイバーとか恐竜惑星の方が重要だった。

フルハウスとかアルフの方が大切だった。

横取り40万とか嘘つき四択とかヤングチームとかNGワードとかの方が

小学校中学年の俺らにとっては刺激的だった。

小6(1996年度)

自分で自分を褒めたいアトランタオリンピックはよくわからんまま終わった。

男子は全員ポケモン。「ミュウの出し方分かった・・・!!!」と、

どこかで聞いた情報を興奮気味に話す奴とか。

そんなものに皆が夢中の中、クラスの「最先端野郎」は

ペラペラキャラがラップするゲームをやっていてすごくおしゃれに見えた。

6年時、その「機械」を持っていること自体がある種のステータスだった。

田舎だったから特に。

余談だが、「1984年度」生まれは1991年=小1、1992年=小2、

と一の位が学年なので西暦を言われると何年生だったかがすぐ分かって便利。

中1(1997年度)

そして俺たちは人生の中で最もださく恥ずかしい時代を迎えた。

例のあれの時は「赤い実はじけた」中1だったが

「あんたと年が近いのにあんな残酷なことするなんてねえ・・・怖い時代だねえ」

なんてよく大人から言われた。一方おれらは、

ナイフで生きた屍を切り裂いたり脳天をショットガンで撃ち抜くことに夢中だった。

気が付けばクラス男子のほとんどがあの「うすっぺらでCDを入れて遊ぶ機械」を持っていた。

一時期、どこでも買えなくてイライラしていた。

中1の冬は原田笑顔にしびれた。彼らは本当に格好良かった。

中2(1998年度)

ドラエモン」が流行した。

一番強かった奴(モンスター系統図の完全な情報を持っている奴)は

「あいつんち、『インターネット』ができるらしいね」

と言われていて羨ましかった。学校では出来なかった。

ていうか誰もパソコンなんて持ってなかった。

グレイとかラルクとか、「なんとなく格好いい」ものが増えてきた。

中3(1999年度)

あの日までカウントダウンしておびえていた。

結局あの日(月)はなにもなかった。

地域振興券使わしてくれ使わしてくれとずっと言っていた。

卒業間近、学校で「インターネットPC)」の学習をするための教室が出来た。

OSは2000Proでメモリ256MB。

家のボロパソがメモリ64MBだったからか「超」最先端に感じた。

数回しかなった情報の授業中、

好きなバンドを検索すると掲示板のようなものが結果の上位に出てきたのでクリックした。

口汚く罵倒されていて身が震えて泣きそうになった。

ハンドルネームを誰もいれていないのが非常に不気味だった。

・・・社会的経済的な用語とはいえ、

ここまでの人生を「失われた10年」なんて言われた。

俺たちは何かを得たし、間違いなく楽しく生きていた。

高1(2000年度)

ミレニアムミレニアムうるさくなった。

高校は、全教室にネットの使えるパソコンが設置された。

部活が楽しすぎてゲームはほとんどやらなくなった。

進化を遂げた機械」は発売日に買ったが大学2年まで

ファンタビジョンしか持ってなかったのはいい思い出だ。

DVDプレイヤー代わりだったもん。

ミレニアムだの新世紀だので盛り上がっていたころからだ。

どこに行ってもカチカチやってる奴が増えたのは。

最初、ちらほらと増えていく「カチカチ病」に違和感を持っていたが

自分が感染するのに時間は掛からなかった。

田舎なのに、7??8割は所持していた様に思う。

auじゃないやつが心底羨ましかった。

小遣いが多かったのか料金親持ちだったのか知らんが、

docomoってだけで「裕福な家庭死ね」なんて思ったものだ。

高2(2001年度)

音楽家のような髪型のおっさんが総理大臣になっていて笑えた。

高2の運動会前日。遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるようだった。

開会式でも全くふれなかったのが今思うと印象的だった。

CDを小さいデータに変換してパソコンにたくさん詰めこんで、

それをMDプレイヤーより小さい機械にたくさん詰めこめる」

ということを説明するのは当時、骨が折れた(今もあまり変わってない気がするが・・・w)。

マッキントッシュを作っている会社が白色でかわいくて格好いい形をした機械を世に出した。

全く流行らなかったし、説明しても誰も興味を持ってくれなかった。

MDの方が格好いい」「“えむぴーさん”だっけ?オタクくさいね」

なんて言われたり。俺は流行らないと思った。

パソコン音楽を取り込む」こと自体が一般人にとって非常に抵抗のある行為だという感覚は理解出来たから。

高3(2002年度)

W杯休み時間の談話室(テレビがある部屋)の盛り上がりがすごかった。

高校卒業してからゆとりだのなんだの言われ始めた。

その頃「ゆとり」という言葉は非常に美しく感じられた。

複素数を知らないこどもたち」

大1-大3(2003-2005年度)

大学文系学部だったが

常時接続が安く使える時代突入」+「工学部情報系学科の知人との出会い」で、

高校リア充だった自分が一気に地に落ちることとなった。

その知人は「本名出して私生活を晒しまくる」ウェブサービスを教えてくれた。

本名顔写真・所属している(していた)集団と私生活全部暴露。

変態か?」これが最初見たときの素直な感想

今でこそ「知人以外には非公開」が多いけど、

当時はとにかく誰も彼も晒しまくり。俺は使うのに気が引けた。

携帯さえあれば、とりあえずコミュニケーションには事欠かない。

そのころ「文中にやたらと下線が引いてあるブログ

を目にすることが多いのに気付いた(それまで気付いてなかっただけかもしれんが)。

シンプルで、どことなくおしゃれなデザインだが書いている内容は気持ち悪いものが多い気がした。

冴えない青年は綺麗な女性を助けて本になって皆に読まれた。

その頃大学内で「それっぽい」奴は「萌えってどういう意味?w」だの

「お前の時代来たぞw」とかからかわれていた。

そして街に、キャンパス内に、増えていく白い機械

ホリエモンだの球団再編だの買収だのヒルズだのセレブだの勝ち組だの負け組だの格差だの、

なんとなくカオス

いつの間に「無職」の状態を「ニートやってるんでw」なんて明るく言えるようになったんだろうか。

大4(2006年度)

就活は、売り手市場なんて実感はなかったが内定先は大手メーカー

ブラックを避ける」という消去法で選んだ。

社1(2007年度)

街はパカパカ開け閉めする機械であふれた。

家ではリモコンで遊ぶ奴が急増。

ファミ通の売上チャートを見て(10年前から毎週見てるが)頭がくらくらした。

他はサブプライムローンがどうこう、原油高がどうこう、環境が、民主党が、

安倍さんが、携帯小説が、もう、断片。

・・・食品会社に行った知人はえらくストレスを抱えている様子だった。

社2(2008年度)

最近中国あたりが色んな意味でアツイ。

相変わらずの原油高は鬱陶しい。台湾もなんか変。

そう言えばちょっと前は、遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こっていたようだ。

傍観していた人がその動画を撮ってアップしたりそれが罵倒されたり。派遣がどうこう。

さいごに

俺はこんな感じだが、他の俺「たち」はどうか知らない。

俺は約150万人いる「1984年生まれ」の中の一人に過ぎない。

高校携帯を持ち、家ではPCを夜11時からネット繋ぎ

大学ではADSLになってブログだのmixiだのでどうでもいい自分語りをしていた人間だ。

そして今は匿名ブログはまっている

それだけだ。

2008-04-15

就職できなかった、失われた10年の世代だけど

anond:20080415005934

君、本気で書いてるなら、すごく気持ち悪い人だね。

売り手市場と言われる今、こういう人まで順調に就職できるわけじゃないってわかって、なんだかホッとしたよ。


とはいえ、若干、強がりが入っているんだろうから、まあ、がんばれ。

就職活動の苦しみは、俺たちがよく知ってる…

2007-10-10

http://anond.hatelabo.jp/20071010141232

ばか! ゆとりのばか!

バブル不幸自慢で言ったら70年代80年代前半生まれの団塊ジュニア世代に勝るモノはないんだよ!

わかるか? 物心ついたら「バブル」はずっとブラウン管の中にあった。

けどな、分別がついたら「バブル」は崩壊したんだよ。

そのあとに来たのは「失われた10年」だ!

「遊びたい盛り=失われた10年」だ!

お前らみたいに「『バブル』は自分が生まれる前にあった歴史的出来事」じゃないんだよ!

くそう。

2007-02-24

熱血とクールは10年だか20年周期だっけか?

これから先は熱血の周期なのかもしれんね。今の高校生とかはそんな空気がある気がする。失われた10年でずっと下向いてるかっこ悪い大人ばかりを見てきた、これから大人になる時期に景気が上向きになってきた時代の彼らは。

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