けれど、私は子を持ってはいけない側だと8歳の時から感じているから、子供を持つことを諦めた。
「子を産み育ててはいけない」と自分に言い聞かせすぎて、35歳を過ぎるまで、「自分が子育てをしてみたかったのだ」ということにすら気づけていなかった。
私は自分の感情について、とことん鈍かった。何かをしたいと感じたことがなかったから、自分が子育てをしたかったなんて夢にも思わなかった。
子をもってはいけない側だと感じた理由は多数あるけどまとめるとこんな感じだ(まとまってない)
【① 障害を持った子や「育てづらい子」が生まれたら育てる自信がない】
・自分が発達障害(ADHD、ASDはグレー)で周りから非常に浮いていて(でもどうしたら浮かないかはわからなくて)生きづらかった。母親も兄弟もそうだし、親族にもちょいちょい自閉症だったりASD傾向が強い人が多く(奇声を発したり走り回ったり、幼い頃は癇癪を起こしてノートをめちゃくちゃにしたり、大人になっても言ってることの意味がわからなかったり)、遺伝すると思ってしまう。兄弟はかなりひどい障害者なのだが、それ以上酷い(相手に暴力を振るうとかのパワー系)子が生まれた場合は無理だ。菩薩のように過ごせる自信がない。
・引きこもりや不登校やニートになってしまった場合に、一生面倒を見なきゃいけないのが辛すぎる。見捨てることもきっとできない
・生まれてから病気で障害を持った場合も辛すぎる(自分で痰を出すことができないような子を育てていく自信がないです。親も本人も何も悪くなく運悪くそうなる子がいる)
・発達障害のせいも多分にあるとは思うが、人から言われたことに傷つきすぎる。自責志向が強く、自己受容感も自己肯定感も皆無なので、そういう人間に育てられる子がかわいそう
・周りの友人たちや世間の女性で「子育てしてて子供ぶっ〇したくなることなんてあって当たり前。それでも子供は育つ」とかみんな言うんだけど、私はそんな感情を自分の子供に抱く自分自身を許せないと思う。自分の子なのに「こんな奴ともう一緒にいたくない」と思ってしまう自分は許せないと思う。最初から素敵な母親にはなれるものではないと分かってはいるけれど、自分が自分を許せそうになかった
だから、言い訳ばかりの私みたいな女は母になれなかったのだ、仕方ないのだと自分に言い聞かせているけれど…
・女性の中で全然うまく立ち回れなかったからPTAやママ友などと上手くやれそうにないし、そもそもあまり他人に興味ないからその人達と仲良くできる自信がない
・親子にも相性があると思っている。私は両親にも家族にも感謝してやまないが、実家にいて心が休まるときはなかった。誰も悪くはなくただ相性が悪いのだと思う。
・自分は超田舎出身なのだが人が少なすぎてクラス替えがなく小学校6年間いじめられていた。自分の子がいじめられっ子になったら心がつぶれるほど辛いし、もしくはいじめっ子側に回った時にはその神経が全く理解できなくてそれ以降育てたくなくなる。
【④そもそも自分が人間に生まれてよかったと思えたことがない】
・瞬間瞬間楽しいことがあるにはあるが、生きててよかったと思わないし、何かをしたいとかも思えない。生きていてやることがないなと感じるが、子に先立たれるのは辛かろうから親の葬式を出すまでは何とか生きなきゃと思えてはいる。が、両親が死んだら夫が死んだら夫の両親が死んだら、本当に生きるのがしんどいので何をモチベーションにしようと思ってしまう。両親義両親夫の葬式出したら、秒で死んでもいいし、その責任ないなら今すぐ消えてなくなりたいくらい。死にたいんじゃなくて、生きていたいと思えない。ずっと昔から。
・おとなしくていい子だったら欲しい育てたい、一緒に過ごしてみたい…何万回もそう思ったけど、自分の兄弟みたいなのや、それより酷い子を育てるのは無理だという結論になる。そもそも周りの人たちも疎むと思う。兄弟連れて歩いていつもキモイとか言われてきたけど、辛くて私が泣いても誰も助けてはくれず、人間の本質はそんなものかもしれませんが、当時から私は大部分の人にウンザリしていたのだと思うし、でもそれが残念ながら大半の人間なのだと思い、個人的にはそんな生き物なら人間もう特段要らないっしょと思ってしまう。
【⑤ 特段人間が存続すべきと強く思えていない】
・地球の環境のためには人間なんて必要ないから別に人間これ以上増えなくていいんじゃないとしか思えない。
少子化は何とかしてあげたいが、人が増えればいいというものではないと思っている。日本が「少子化改善のために子育てを」と言っているのだって、「健常者で、素直に言うことを聞く、一定以上の知能を有する人材」が欲しいだけで、障害を持っていたりするような不出来な人間は要らないってほぼすべての人が思っているだろうから、そんな無茶言うような人間は別に存続しなくていいよと思ってしまう。無理ですそんなの。
・こんなだからなのか、自分の遺伝子を残したいという発想になったことが一秒もない(けれど夫を父親にしたかったとは思うし、夫みたいな人に育てられる子は幸せだと思う。けれど夫は私以外と結婚したくないらしいのと、病気で29歳の時からもう子を持てないから今から離婚しても意味がない)
今の世の中、人間というものに求められるハードルがめちゃめちゃ高くなっていて、自分には子を持つ資格はないと感じてしまう。
ただ次世代を生み落としそのままでいいなら子を産みたかったし、何なら子供のころから草になりたかった。一年草になりたかった。種だけ撒いて自分は枯れる。光合成をして自身でエネルギー生み出せる。素晴らしいと思う。感情なんていらないから私は今すぐ秒でなれるなら草になりたい。
子供はかわいい、いとおしい、将来の希望だ。そんなこと痛いほどわかっているし今だってそう思っている。
けれど、責任が取れない。
私も温かい家庭を築きたいと思ってみたかった、自分の子が可愛くて愛らしいと思ってみたかった。素直に幸せな未来を信じていたかったし、家庭というものが安らぎであると思いたかったけれど、私にはできそうになかった。
今辛い。子育てをした方が良かったのかと感じてしまう。自分のために生きるのが飽きてしまった。何もしたいことがない。
何かの役に立たねばと感じるけれど、子育てが世の役に立てることと思いきれない。自分がそんな高尚な人材を育てられる自信がない。税金だけでも納めなきゃと仕事だけはするけれど。仕事以外の時間をどうしたらいいのかわからない。
そんな勝手に子を付き合わせられない。でも今何かがしんどい。どうしたらいいのだろう。これからどうやって生きていけばいいのだろう。