2020-06-01

地獄 あるいは『100日後に打ち切られる漫画家』の感想

100日後に打ち切られる漫画家』というツイッターの連載ものが完結した。

作者は浦田カズヒロ、かつて週刊少年チャンピオンで『JINBA』という漫画を連載し、打ち切られた漫画家である

本作は、タイトルから分かる通り、ワニの便乗作。

あの作品の連載開始から星の数ほどの便乗作が出たわけだが、100日完走したという意味で、その中でもかなり特異な存在であるといえよう。

かつて週刊少年漫画誌に連載を持っていて、打ち切られた経験がある作者がこんなタイトルの連載をしているということで、それなりに話題になっていたので知っている人も多いと思う。

筆者も、ちょっと話題になったから読んでみた一人だ。

で、これが、凄かった。

ここには、地獄がある。

はっきりと一言感想を言うと「どんな気持ちで読めば良いのかわからない」。

それが『100日後に打ち切られる漫画家』という作品だ。

優れたフィクション作品というのは、作者が読者の感情ちゃんコントロールできている作品だと思う。

「ここで笑ってほしい」「ここで泣いてほしい」……そういう、感情の導線がちゃんと引かれていて、読者はそれに身をゆだねていれば良い。

ONE PIECE』なんてわかりやすいだろう。

個人的に好きかどうかはともかくとして、あの漫画は「ここで盛り上がってくれ!」という作者の意思がはっきりと感じられる漫画だ。そりゃあ、人気になる。

で、『100日後に打ち切られる漫画家』は、とことん、作者が読者にどう思ってほしいのかが分からないのだ。

最初、私は「調子に乗ってる漫画家が痛い目にあうのをスカッジャパン式に楽しむ漫画か」と思って読み始めた。

それらしい要素はたくさんある。

本編の主人公は、とことん愚かに描かれていて、その所業ざっとまとめると下記の感じだ。

・俺は年収千万以上の漫画家様だと通勤するサラリーマン嘲笑う。

・女アシスタントに手を出す。

雑誌アンケート家族複数枚書かせる。

皮算用調子に乗って車を買ったり服を買ったり無駄遣いをする。

そもそも主人公の絵が「かわいい」とも「かっこいい」とも思えない、どっちかというと不快になるタイプの顔

・「あの漫画家は実は親子で…」とかの個人情報を友人との飲み会で話す。

ネットに書かれている批判を「嫉妬乙」といって、SNSアカウントブロックする

・描いている漫画うんこ(本当にうんこの絵を描いてるだけ)

これらの要素は、控えめに見ても、まあ、好感が持てるものではない。

こういう風に主人公ヘイトを集めて最後に爆発させる。そういう話か、と思う。

けど、読み進めていくと、違和感が出てくるのだ。

もしかして作者、この主人公を「可哀想」「がんばれ」と思ってほしい、と描いてないか?となる描写が一方で沢山ある。

たとえば、こんな具合だ。

・憧れだった漫画雑誌作品が載って感動する。

漫画に打ち込む熱血漫画家アピール

嫉妬に狂う友人

無能編集路線変更のせいで人気が落ちる

応援してくれるピュア家族アピール

読みながら「えーっと、好感を持ってほしいのかな?そうじゃないのかな?」と困惑してしまう。

しかしたら、作者は、良い面も悪い面も持った愛すべきキャラクターとして彼のことを描いたつもりなのかもしれないが、はっきり言って、そういう深みを出すには四コマ100連発はページ数が少なすぎるし、

何よりも上記で彼に対し読者が感じるヘイト尋常ものではないので、むしろ良い奴、可哀想な奴アピールされても、ただ、不愉快なだけなのである

その上、物語としても特に面白くない。

それは元ネタのワニからしてそうでは…と思う人がいるかもしれないが、実のところ、そんなことはない。

ワニは確かに派手なストーリー展開がある作品ではないが、「毒にも薬にもならない日常」を一本筋を通してしっかりと描けている。

ワニ君の友人たちの話であったり、女ワニさんへの恋であったり、一日ごとに進行する話としてのストーリーが地味ながらも用意されていて「明日も読んでやろうかな」という気分にさせる。

100日後に打ち切られる漫画家』では、そういう、一本筋がない。

思いついたように調子に乗ったり、真面目な漫画家アピールをしたり、ゲス顔をしたりで、一日一日が繋がっていないのだ。

(それが上で言ったような主人公に対してどう思ってほしいかが見えてこないチグハグさに繋がっている)

そもそも100日のリアルタイム進行という枠すら守れていない。

主人公の連載が開始するのは30日目だ。

物語は、主人公が描いていた漫画最終回雑誌に載った日で終わるので、10打ち切りである

まり10打ち切りの突き抜け。

作中では人気が落ちたどうこう路線変更がどうこうと言っているが、10打ち切りでそんなわけはない。

たとえば48日目に主人公カラー原稿を描いている描写がある。

場合にもよるだろうが、普通、連載開始前に数話書き溜めているだろうから、連載開始二週間ちょっとカラー原稿がくるということは、第七話とか、第八話とかの原稿を書いているタイミングだろう。

このタイミングカラーページをもらえる漫画が、10打ち切りになるだろうか?

100日は一日一日をかみしめて過ごすと確かに長い日数だが、リアルでのことを考えるなら

ちゃんと考えるならただつまらなくて、人気がなくて、連載終了したというだけのストーリーしかできない日数だ。

このへんの日数のコントロールが、全くもってできていない。

(ちなみに路線変更を促した編集者が登場したのが68日目。打ち切り宣告が79日目。

 路線変更した回は、どう考えても打ち切り宣告時にまだ発売されていない)

登場人物キャラクターも、ストーリーも、何もかもがガタガタ。

あえて打ち切り漫画家の悲哀を描くために酷いものにしたんです、ということかもしれない。だったら素直に拍手する。

しかし、私はここに地獄しか見えない。

かつて週刊少年誌で連載を持った漫画家が、こうもガタガタの漫画ツイッターに放り投げて、一瞬チヤホヤされる。

なんというか、辛い。ただただ、辛い。

凄い漫画だ。

  • ブログ臭い記事。 ワンピースの動線の貼り方なんて素人でも見破れるレベルだが、増田がワンピースに対して個人的に心を動かしているという話なら、本文への信頼は大分失うかな

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん