2014-03-15

論文コピペについて

http://anond.hatelabo.jp/20140314233406

論文コピーペーストをしてしまったのは、学部時代からレポートにおいてコピペ常態化していたからという話を聞いて、ではなぜレポートコピペ蔓延するのか原因を自分経験を基にして考えてみた。

実験課題に対して自分の力のみで手法や解法を毎回ひねり出すのは非常に大変なことであるしかも、それが成績に直結するのであれば尚悩ましい。簡易的なレポートであればその作成手順は下のようなプロセスになるだろうか。

現在目の前にある現象を理解しようと試みる

教科書過去の参考を基礎として自分の中で解決を試みる

一定の結果を出力し、見直しを行う

他者に頼らないなら、問題解決の基礎は自分の力と文献のみとなるはず。しかし、自分の調査能力や思考能力のみにより、それを採点する側から見て理想的な結果を常に出すことは難しい。自力では想定し得ない領域を減らすために、他者自分と同じことをしている学生)の力を借りる=相談することは珍しくないだろう

弊害となってくるのは、この他者現在進行形で問題解決に取り組んでいる人間ではなく過去に行った人間、即ち過去レポートであった時である過去レポートには自分行為によるフィードバックは無い。また、それは多くの場合何度も多数の学生により推敲されているため完成度の高いものであることが多い。時に誤字脱字や誤答が混じっていることもあるが、それはまだ経過が浅いものであるか、時たま出てくる例外である

自分で解決する以上の完成度を持つレポートはどのような形で"参考"にしたところで、最終的に自分の解がそれに近づくことを助長するだけである特に必修範囲の実験レポートのようなものは提起から結論までの道筋が既に決まっている。従って、付け加えることができる領域はとても狭い。理想形が存在し、それが眼前にありながら自分意思で離れることがどうしてできるだろうか。

提出物に正確な解答が存在しそれと比較して成績が付けられる以上、成績=レポート完成度向上に全力を尽くすのであれば、過去レポートコピペこそが最善の手段であることは明らかであるしかも、大学によってレポートの量は半端ではない。時には1日に複数あり、1つあたりの質も問題となる。それに対して毎回プロセスを踏みながら満足な結果を出せない。学生は自身の意思自分レポートをよりよいものにするために不正を行っていく。

採点員がコピペレポートに高評価を付ければ、自身の能力向上に繋がっていないことを半ば承知で、その学生の丸写しはさらに加速していくだろう。

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コピペをなくす方法は困難であるが簡単であるレポートを出させる講義の内容を毎年変える、もしくは提起する問題を変えばいいのだ。

そうすれば過去レポート無用となる。新聞スクラップ化しところどころ同じような課題が出てくることもあり一定有用性は残るだろうが、この時点で全てを写されることは免れ、新たな、または変形した課題に対しては学生自身の応用能力にその解決は委ねられる。

大学生自身に解決を求めることはできない。中身は年ごとに異なるし、コピペへの問題意識の徹底しても成績採点をしている以上より高い点数を求める心理をなくすことはできないため、過去の高完成度レポート流通を食い止めることにはならない。せいぜい、情報格差が生まれてくる程度である(こちらも別の意味で問題である)。

また、減らすという意味ではコピペを行う意義を減らすために、レポートのものの数を減らすことも有用である。1つのレポートに熟考できない、していられない環境下においてコピペは省力化という方向で意義がある。使わなくとも平均的学生が注力し続けていれば全てを解決できる程度の分量であれば、自然不正は減っていくかもしれない。

私自身の経験として、コピペを行ったことは実験レポートにおいては無い。これは1週間に1本しか提出が求められていなかったこと締切が教員によっては緩かったこと、私に同じ学科の先輩のつてがなかったからであろう。私の大学では学部時代実験では試行のためのコマ以外に記入のためのコマが設けられており、レポートの書き方を一から教えてくれる教員もいたこともコピペを行わなかった一因である

必修の力学関連においてはしたことがあるが、これは文字通り毎年大量の同じ課題に出され続けており、正に早稲田大学内部と同様の状態にあったためである。その講義担当教員試験においてしなければいい程度の認識で、阻もうとしていなかった。

丸写しがいいことでないのは確かである。既に卒業した身としては、学生に解決を求めるよりそれを助長しがちなシステムの方にメスを入れた方がいいと考えている。

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