2007-12-19

浴場での出来事、つまり湯をはねかける者、押す者、罵る者、盗む者

君が何か仕事に携わろうとする時、その仕事がどのようなものであるかを君自身に思い出すがいい。

もし入浴しようとして出かけるならば、浴場での出来事、つまり湯をはねかける者、押す者、罵る者、盗む者、等々を思い浮かべるがいい。

そうしてこのようにしてもし君がすぐさま

「わたしは入浴したい、しかもわたしの意志を自然本性にかなっているように保持したいのだ」というならば、

君はより安全に事に携わることになるだろう。

どの仕事の場合でも同様である。というのはかくてもし入浴に対して何か妨げが生ずるならば、

「わたしは入浴だけでなく、わたし自身の意志を自然本性にかなっているように保持しようとしたのである、

もし出来事に対してぶつぶついうならば、わたしは保持しないことになるだろう」という答が既にあるからである。

エピクテートス 提要 4 人生談義〈下〉

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水がかかったことを巡り口論 銭湯で男が男性を刺して逃走…愛知

【社会】 電車で体が触れて目が合い、口論→下車後、男性殴られ意識不明の重体…東京

お金を払ってでも人の足を引っ張りたいか?

アイツがオレより五倍以上幸せになるぐらいなら、アイツもオレも不幸のままの方がいい

マルクス・アウレリーウス「自省録」第2章 - 三十路男のつぶやき(;??д` ) - 楽天ブログ(Blog)

朝起きたら自分にこう言い聞かせる。

おせっかい、恩知らず、威張りやさん、裏切り者、やきもち焼き、社会性のないやつ、

こういう連中を避けて通ることはできない。

この連中の性質は、ひとえに善と悪について理解していないことによる。

「すべては主観である。」犬儒学派のモニモスが言ったことばだが、このことばの意味は明白だ。

そしてこのことばを真実である限り受け入れるならば、その効用も明白である。

人生は一瞬にすぎず、

人の本質は流転し、

その感覚は鈍く、

その肉体は腐敗しやすく、

その魂はとらえきれず、

その運命ははかりがたく、

その名声は不確実である。

一言で言えば、肉体に関するすべては流れであり、魂に関するすべては夢であり煙である。

はかない。

人の一生は戦いであり、旅のやどりであり、死後の名声は忘却される。

であれば、ぼくたちを導くことができるものは何か。

それはただ一つ、哲学である。


浴場での出来事、つまり湯をはねかける者、押す者、罵る者、盗む者

朝起きたら自分にこう言い聞かせる。おせっかい、恩知らず、威張りやさん、裏切り者、やきもち焼き、社会性のないやつ、こういう連中を避けて通ることはできない。

人々が自分に調和してくれるように望むのは非常に愚かだ。ゲーテ

他人をあてにしてはならない。それは期待するほうがまちがっている。

他人が自分に関心を持っているとは期待するな。 ラッセル

男は閾を跨げば七人の敵あり

君子危うきに近寄らず

犬に道を譲る。噛まれた傷は治らない。リンカーン

三十六計 逃げるに如かず

[体罰][共謀][対人関係][警戒]パシンとたたく音。許してください。

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