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2008-06-05

非コミュ努力してないという思いこみ

これとかこれとかを読んで思ったこと。


この手の話題が出ると必ず、「普通の人」は人間関係の維持に多大な労力を払っているという論が出てくる。これは大抵の人が肯定することのようだが、ここから程度の差はあれ「非コミュ努力していないのだから自己責任」という論に繋がっていきそうでどうも怖いものを感じてしまう。

確かに、非コミュ努力しない結果非コミュになったのであれば、「その選択も含めてお前の自由だ」と言われても仕方ない気はする。しかし自分の記憶をたどってみるかぎり、とてもそうは思えない。人間関係には常に悩んできたし、人間関係以外のことで悩んだことはないと言ってもよいくらいだが、結果として多数派に解け込むことはどうしてもできなかったのだ。


俺は幼稚園に入るか入らないかの頃から周囲に対して浮いていた。物心ついた頃には、周囲の同年代の子供の話についていけないのが当たり前だった。語彙も話題も全然違った。だが、それが当たり前だと思っていたのだ。俺は早生まれだったこともあって実際に精神的に幼稚だったのだろう。周囲が「聖闘士星矢」や「ドラゴンボール」を見始める頃、俺はまだ「にこにこぷん」を見て喜んでいた。

その差がいつまでも縮まらないばかりか、ついにどんどん年を重ねるに従って拡大していってしまった気がする。俺が女の子と一言でも口を聞こうものなら「エロい」だの「怪しい」だのと囃し立てていた奴らが実は自分の誕生会に女の子を呼んでいたことにツッコミを入れられなかった頃、コミュ格差はさらに確固としたものとなっていたように思う。

中高生になるとますますひどくなった。俺は私学の男子校にいたのだが、こんなところに来る奴の大半は4月・5月生まれで、早生まれの俺は周囲より明らかに未熟だった。人間関係が急にしんどくなった。部活人間関係に悩まされ、自分の趣味での腕の拙さに悩み、それで精一杯の学生生活を送っているつもりだった。だがその間にませた奴らは、女子校文化祭やらグループ交際やらに手を出していたらしい。一方で俺は、中学生の間にはついに「彼女」というものがいったいなんであるのかということすら理解できなかった。小難しい本を読んで「人生とはなんぞや」などと考えていればそれで満足だったのだ。


その後の惨状はネット上で多く語られていることなので繰り返さない。ただ何にせよ、これまでの人生のどこかで挽回するチャンスというものがあったようにすら思えないのだ。問題意識が同年代の周囲とは常に周回遅れで、俺が真面目に何を主張しても大抵の場合は「幼稚な奴」と馬鹿にされるだけだったのだ。馬鹿にされることに腹を立てて真面目に考えれば考えるほど、さらに「幼稚だ」「未熟だ」と馬鹿にされた。そうして劣等感が積もり積もっていってどうにもならなくなっていったのだ。


確かに的外れだったことは認めよう。しかし、周回遅れのテーマに対してであれ、常に必死で考えて努力してきたのだ。俺は人間関係以外のいろいろな分野では多かれ少なかれそれなりの結果を出せているし、「人並み程度に努力する」というのがどういうものなのかも理解しているつもりだ。その俺が、どれだけ必死で考えてどれだけ必死で取り組んでもどうにも対応できないのが人間関係だ。誰かが「ハードウェア処理できなければソフトウェアエミュレートしろ」と言っていたが、あいにく俺のCPUはそれほど優秀でないらしく、話に乗るタイミングもつかめなければ、とっさに気の利いた応答もできない。まるでお手上げだ。


お願いです。頼むから、「非コミュ自己責任」だけは勘弁してくださいよ。「あんたは運が悪い」と言われるならまだ諦めもつこう。他の分野で挽回することもできる。しかし「努力不足」と言われては、今までの俺の苦労はなんだったのかということになってしまうのですよ。

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