「免訴」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 免訴とは

2022-10-04

anond:20221004113353

その理屈で言うなら、

元副署長の免訴が確定してるのよね

まり警察行政という組織全体の罪は問えないことが

確定したのが君のいう刑事裁判なのよ

2022-03-30

anond:20220330153125

死亡原因はトラックの追突

暴行監禁は罪に問われないようです。

一事不再理原則(いちじふさいりのげんそく)

一度裁判にかけられ、有罪無罪判決又は免訴判決が確定した場合には、同じ事件について同じ人を再び裁判にかけることを許さないことをいいます

2021-07-29

東京裁判被告人一覧

死刑

東条英機

 近衛内閣陸相を務め、東条内閣では首相陸相、内相を兼任米国宣戦布告したが、サイパン島陥落の責任を取って辞任した。

板垣征四郎

 陸軍軍人関東軍参謀として満州事変を起こす。近衛・平沼内閣では陸相を務め、大戦中はシナ派遣軍総参謀長に就任した。

土肥原賢二

 陸軍大将満州国建国華北分離工作において中心的役割を果たした。

松井石根

 陸軍大将南京大虐殺責任を問われた。

木村兵太郎

 陸軍軍人。東条内閣陸軍次官を務めた。ビルマの戦いでは総司令官でありながら、無断で戦線放棄し、日本軍を大混乱に陥らせたにも関わらず大将に昇進した。三奸四愚の一人とされた東條の側近。

武藤章

 陸軍中将。東條の腰巾着として日米開戦の中心的役割を果たした。

広田弘毅

 文官岡田内閣外相を務め、広田三原則を決定し、華北分離工作を黙認した。二・二六事件首相となり、軍部大臣現役武官制を復活した。近衛内閣では外相を務め、日中開戦を黙認した。

終身刑

小磯国昭

 陸軍大将。米内内閣での拓相ほか、朝鮮総督を務めた。東條の辞任後首相就任し、戦争継続した。

荒木貞夫

 陸軍大将。犬養、斉藤内閣陸相を務めた。皇道派代表格であったため、二・二六事件予備役送りになった。近衛・平沼内閣では文相を務め、軍国主義教育を推進した。

梅津美治郎

 陸軍大将シナ駐屯軍司令官として梅津・何応欽協定中国要求した。陸軍次官関東軍司令官を務めた。ミズーリ号での降伏文書に調印した。

南次郎

 陸軍大将若槻内閣陸相として満州事変を起こした。関東軍総司令官朝鮮総督を務め、内鮮一体化を推進した。

畑俊六

 陸軍大将阿部・米内内閣陸相を務めたが、辞職して米内内閣を打倒し、近衛内閣誕生させた。シナ派遣軍総司令を務めた。

大島浩

 陸軍中将ドイツ大使館付き武官として日独防共協定の締結、駐独大使として日独伊三国同盟の締結に貢献した。

鈴木貞一

 陸軍中将。近衛・東条内閣企画院総裁内閣経済顧問などを務め、戦時経済確立に貢献した。三奸四愚の一人。

佐藤賢了

 陸軍中将。東条内閣では陸軍省軍務局長を務めた。三奸四愚の一人。

橋本欣五郎

 陸軍大佐。急進派将校を集めて秘密結社桜会」を結成、三月事件十月事件企画するも失敗。

嶋田太郎

 海軍大将。東条内閣での海相軍令部総長を務めた。

岡敬純

 海軍中将。対米開戦を強硬に主張した。戦時中海軍次官就任

平沼騏一郎

 山本内閣法相を務めた。右翼結社国本社を結成。近衛の後を継いで首相就任したが、独ソ不可侵条約が結ばれると辞職した。

木戸幸一

 近衛内閣の文相、厚相、平沼内閣の内相を務めた。天皇の側近として東條を首相に推薦したが、戦局が不利になると、和平工作に奔走した。

賀屋興宣

 近衛・東条内閣大蔵大臣を務め、戦時財政を担った。

星野直樹

 満州国国務院総務長官、近衛内閣企画院総裁を務めた。東条内閣では内閣書記官長として東條を支えた。

白鳥敏夫

 スウェーデン公使として、日独伊三国同盟締結に貢献した。

懲役20

東郷茂徳

 東条内閣外相、拓相を務め、太平洋戦争回避に尽力。鈴木内閣では外相、大東亜相を務め、終戦に尽くした。にも関わらず日米開戦責任者とされた。

懲役5年

重光葵

 東條・小磯内閣外相を務めた。降伏文書に調印した。

免訴

永野修身

 海軍大将広田内閣海相を務め、その後、連合艦隊司令長官軍令部総長歴任し、戦時中元帥就任した。裁判中に急性肺炎で死去した。

松岡洋右

 ジュネーブ国連会議全権大使として出席し、国連から脱退した。近衛内閣では外相を務め、日独伊三国同盟、日ソ不可侵条約を締結した。裁判中に結核で死去した。

大川周明

 学者満州事変二・二六事件五・一五事件などに連座したほか、「日本二千六百年史」「近世欧羅巴植民史」などを執筆し、軍国主義を主張した。裁判梅毒による精神異常のため免訴された。

その他

本庄

 陸軍大将関東軍司令官として満州事変承認戦後戦犯指名されたが自決した。

石原莞爾

 陸軍軍人関東軍参謀として満州事変を起こした。日米開戦に反対し、東条英機対立したため予備役編入された。東條との対立、重病のため起訴を免れた。

近衛文麿

 第一内閣では日中戦争が勃発、近衛声明を発表した。第二次内閣では日独伊三国同盟を締結。戦犯指名されたが、服毒自殺した。

2018-07-07

国家意思としての麻原の死刑

 実名でやっているブログツイッターもあるのだが、そこで書くと炎上しそうで怖いため、増田で書くチキン野郎です、どうもすいません。

 さて、まずはこのまとめ。

https://togetter.com/li/1244367

 ブコメでは江川さんを称賛する声が多い。だが、正直に言えば、麻原の処遇に関して江川さんはわりと冷静さを失う感じがする。

 そもそも精神鑑定に関していえば、「行われていない」というデマが流れているというよりも、「まともな精神鑑定が行われていない」という疑問を呈している人のほうが多いのではないだろうか。

 麻原の精神鑑定については、西山医師による鑑定が行われ、「訴訟能力あり」ということになっている。しかし、その一方で、正式な鑑定ではないものの、複数精神科医面談の結果、訴訟能力なしと主張している事実はある。

(参考)

https://diamond.jp/articles/-/8876?page=2

https://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/63db65c218a5ee890796ceededb22c87

 上記以外で仄聞するエピソードと併せて考えると、麻原の精神拘禁によって崩壊したのはたぶん事実なのだろうとは思う。「詐病」と判断するには無理がありすぎる。

 だが、麻原の精神崩壊したということになると、とても困る人がいる。それは特定の誰かというより、日本という国家のものなのだろうと思う。

 もし仮に、麻原が「心神喪失状態に陥ったことを認めてしまうと、法律的に彼の裁判処罰が難しくなってしまうからだ。

(参考)

刑事訴訟法314条

被告人心神喪失状態に在るときは、検察官及び弁護人意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪免訴、刑の免除又は公訴棄却裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。」

刑事訴訟法第479条

死刑の言渡を受けた者が心神喪失状態に在るときは、法務大臣命令によって執行を停止する」

 だが、言うまでもなく、麻原は戦後最大のテロ事件の首謀者だ(個人的にはその点に関して疑いはないし、これ以上の「真相解明」にも正直まったく興味はない)。その麻原を裁けないとなると、日本法秩序に対する信頼が根幹から揺らいでしまう。いくら法律的にできない」と言っても、世論はまず納得しないだろう。麻原およびオウム幹部処刑することは日本国家意思だったと言えるのではないか

 「そんな法律は変えてしまえばよい」と言う人もいるだろうが、これは法律における根本的な思想ルール理解している者だけが責任処罰対象となる/理解できない者は対象とはならない)に関わっている問題なので、そう簡単はいかないのではないか愚考する。

 ともあれ、上記刑事訴訟法抵触することなく、麻原を死刑にするためには、麻原に「訴訟能力」「責任能力」があるということにしておかねばならない。だからこそ、形式的精神鑑定をやっただけで終わらせた。しか病気でないことになっているので治療もしない、ということになったのではないか

ここから蛇足だが、小坂井敏晶『責任という虚構』(東京大学出版会)には、次のような一節がある(p.157)。

自由から責任が発生するのではない。逆に我々は責任者を見つけなければならないから、つまり事件のけじめをつける必要があるから行為者を自由だと社会宣言するのである。言い換えるならば自由責任のための必要条件ではなく逆に、因果論的な発想で責任概念を定立する結果、論理的要請される社会虚構に他ならない。

 要するに、こういうことだ。何か事件が起きたとき社会には大きなストレスが発生する。誰かに責任をとらせ、「落とし前」をつけることで、そのストレスを軽減させなくてはならない。だから、その誰かには「その事件の原因となる行動をしない自由があった(=したがって責任がある)」ということにしておかねばならない。行動しない自由があったか責任が生じるのではなく、誰かに責任をとらせるために、そのような「自由」があったことにされる、というのが上記の指摘ということになる。

 この指摘を今回の件に応用するなら、麻原に「訴訟能力」や「責任能力」があったか裁判死刑になったという理解は必ずしも正しくない。そうではなく、死刑にしなくてはならないから「訴訟能力」や「責任能力」があったということにされた…という疑念が拭いきれない。

 もっとも、その是非については、判断はしない。国家の存続にはそういうフィクション必要だ、という考えも理解できないではないからだ。ただ、それでもモヤモヤした感は残る。

 そういう気持ち悪さが、今回の一件には、ある。

(追記)2018/7/9

https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20180708-00088579/

 江川さんのこの記事で、「詐病」とか言っている人がいるけど、この記事でもやっぱり2000年代初頭の話までしか書かれてない。これ以外の詐病を疑わせる記事も、逮捕当初から2000年代初頭までの時点での話しかない。そこから15年以上の期間があるなかで、麻原の精神状態に変化があったとしてもなんらおかしな話ではない。実際、上でリンクを貼っている加賀さんの面談2006年のものだ。

 上で述べられている刑事訴訟法規定は、「犯行時点の精神状態」ではなく「裁判死刑をする時点での精神状態」に関わるもの。したがって、犯行時点において麻原の精神状態責任能力が認められるものであっても、関係ない。

 個人的には日本法制度がそうなっている以上、麻原の死刑もやむを得ないとは思うが(そうでないと他の死刑囚とのバランスが取れない)、「麻原を死刑にしなくてはならない」という発想から、多くの人の事実認識が若干おかしくなっているのではないか、ということが気にかかるだけの話。

https://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/c34aa02a0f1770deebaa5ceafe30c3b0

さらに追加)http://www.aum-shinsokyumei.com/2018/06/03/post-416/

id:blueboy詐病」だと言いたがる人は、たとえ命がかかっていようとも、糞尿垂れ流しの強烈な悪臭が漂う空間で、汚物まみれの布団で寝る生活20年耐えられるかどうかを想像してみれば良い。無論、麻原の「宗教者」としての精神強靭さがそれを可能にしたと考えることもできようが、それでは麻原を凡庸な俗人とみなす詐病論」の人物描写との整合性がなくなる。むしろ、麻原が凡庸な俗人だからこそ、長期にわたる収監と死への恐怖によって精神に異常をきたした、というほうが説明としてはよほど合理的だと考える。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん