人の不幸は密の味。なによりの大好物は失敗プロジェクトの内情暴露、という増田だ。
さて、今日もいつものようにCOCOAを巡るすったもんだとか https://www.tokyo-np.co.jp/article/87051
ワクチン接種管理システムの納期が2週間とか https://www.nikkei.com/article/DGKKZO69301930Z10C21A2EA2000/
それをおかずにしておいしいご飯を食べながら、年老いた母に向かって上機嫌に語った。日本のITがいかに惨憺たる有様なのかを語った。奴らは失敗したし、これからも失敗するだろう。なぜなら日本はIT技術者を軽視しすぎていて、商社きどりのITベンダーが何か仕事したつもりになってそれでお金を貰える国だからね。といった具合だ。もっともこれは俺が何度も何度も繰り返している社会に対する呪詛で、目新しいところは何もなかった。
「どうでもいい話だね」
と沢庵を口に運びながらふいに母が言った。
「あんたが、過小評価されてようが、どこかのシステムの一つも満足に出来もしない誰かが高給をもらってるとか、そんな話は――」ポリポリと沢庵をかみしめて、飲み込んだ。「――どうだっていい話だよ」
俺はせっかくの上機嫌に水をさされて、少しムッとした。間髪をいれずに母は続けた
「COCOAってのはソースが公開されて、誰でも欠陥を発見できるようになってたんだろ?」
ニュースか何かで知ったらしい。
そうさ、だからCOCOAの欠陥だって、4ヶ月前に発見されてissueとして報告されてた。でも元請けのベンダーも下請けもみんな無視したんだ。
「それは残念だったかもしれないけどね。それもどうでもいい話さ」
そんなことはないだろう、と俺は食後のお茶を淹れながら反論した。
元請けってのは正常に動作するシステムを納品する責任があるんだ。彼らはその責任を果たさなかった。発注者の厚労省だって、検収責任があったのに怠っていた。
「発注者にも元請けにも責任がある。それは道理だね。ただ、私が知りたいのは、あんたの責任さ」
責任?プロジェクトに無関係の、安月給のしがないプログラマの俺の責任?なんだそりゃ?
きょとんとして、母親の目を見た。茶をすすっている皺くちゃの顔が怒りの感情をたたえていることに長年の付き合いのある俺はすぐに気づいた。
「あんたはプログラムがわかるんだろ。あんたは問題の指摘を見てどうしたんだい?」
ギクリとした。俺はそのIssueをgithubで見たわけではなかった。正確にはCOCOAの不具合が明らかになってから、どこからともなくTwitterでまわってきたスクリーンショットを見ただけだった。
「他のプログラマだってそうだ。その指摘は正しかったんだろ?プログラムを見たらそれが正しいことはわかったんだろ?なんで、これはすぐに対応しなきゃいけない。みんなで大騒ぎしよう、とはなんでならかったんだい?そうしていたら、もっと早く問題が解決したかもしれないのに」
俺は黙るしかなかった。正直なところ俺はCOCOAのソースコードすら読んではいなかった。だってXamarinだし、目もくらむような一流企業の年下の若者の書いたコードだし、そもそもアプリは専門外だ。だがそれを母に言って納得させられる自信はなかった。
「それだけの能力がなかったからできなかったっていうなら、仕方ないことさね。それは責められるもんじゃないよ。仕事で請け負ったわけでもないしね」
能力がない、という言葉がまたチクリと俺の胸に突き刺さった。実際のところ、がんばって読み解くぐらいのことはできたかもしれない。GoogleとAppleのドキュメントを読んで、issueの内容を検証する、ぐらいのことだったら出来た可能性もある。
だが、俺はやらなかった。やらなかったから、出来なかったのだ。
プログラムができる人間としてissueが正しいかを検証する責任?
「違う。それは出来なくていいのさ。出来る人がいればたくさんいれば良かったろうけどね。そうじゃない」
じゃあ何?
「このコロナっていう大変な時代に、みんなの命がかかっている大事な話に、『プログラマとして』関わる責任だよ」
ピンとこなかった。俺はコロナ関連のシステムを作っているわけじゃないし、それは他の連中の仕事だ。
「いいかい?私らはプログラムのことなんてさっぱりわからない。エーピーアイってのが何のことかさえよくわからないんだ。あんたにはわかるんだろ?」
「つまりあんたは、私らとは違って物事がようく見えているはずなんだ。私らには逆立ちしたってできっこないことが、出来るはずなんだよ」
で、でも、具体的に何をしろっていうんだよ・・・・・・
「何だっていいさね。あんたの残業が多くて、給料が安いのも知っているから、出来る事なんて全く何もなかったって仕方ないかもしれないね。でも―――」母は目を見開いて俺を真っ正面に捉えた。
「実際に作業をしている当事者をおもしろおかしく冷笑したり揶揄えるほどあんたが無関係だ、とまでは思わないね」
俺は押し黙って下をみるしかなかった。炬燵布団の単調な色合いがくすんで見えている。
「私らはね、これでもあんたたちプログラマに敬意を払ってきたつもりなんだ。給料が安いのだって、可哀想に思っているよ。早くあんたたちがその努力に見合った待遇を勝ち取れたら良い、と本当に思っているよ」
「だけどね、こんな大変な時に、みんなの命がかかっている時に、あんたのようなプログラマーが給料が安いからやる義理はないだの、責任の所在がどうだの、そういう何も生み出さない評論家じみた減らず口を止められないのはどういうことなんだい?そんなことをあんたたちが言う権利は本当にあるのかい?」
「結局のところあんたらは」母は、茶の最後の一滴をすすった「私らの命にすら興味がないんじゃないのかい?」
そんなことは・・・・・・
と反論しようとして、自分が言おうとしていることが何もないことに気づいた。そうじゃないんだ。そうじゃないんだけど・・・・・・とめどない言い訳が続いて俺は口をつぐむしかなかった。
お前ほんとIT土方嫌いだよなw