どんなに疲れてて身体が眠りを欲していても布団に入って1,2時間寝付けないなんてのはザラで、というかそれ自体は1年以上前からだったので睡眠薬の個人輸入でどうにかしていた。別に毎日薬がないと全く眠れないわけじゃない、せいぜい月の1/4〜1/3だったので不眠症ですらなかっただろう。
ところが昨年の夏くらいから月の半分以上は薬が必要になって、一回一錠の規定量のはずが二錠三錠と飲んでも眠れない。なんとか意識を失えたとしても3時間後くらいには必ず目を覚ました。薬を使わない日は昼寝みたいな量の睡眠を何回か小分けにして取る感じだった。ODなんてしないし、不眠症で苦しんでる人はもっと酷いものなのだろうし、ただ何となく体調が優れない毎日だった。
秋からは食事が摂れなくなった。元から一人前を食べるのがやっとなくらいの少食ではあったが、いつのまにかその半分も一度に食べられなくなっていた。少し食べただけですぐ胃が張るし、食後数時間胃が痛み続けるのだ。最初は胃が荒れていたりなんだり、物理的にどうにかなっているものだと思っていた。
その頃から学業以外に常に3つは並行して抱えていた個人的な締め切りをキャンセルしたり、新規で何も入れなくなった。回らなくなったのだ。手帳を開く回数が激減した。そのうち学業の方の締め切りもいつも直前まで苦しむようになった。アイデア出しの時間が一番苦痛で、手を動かし始めるまでにものすごい気力が必要だった。
1月に入って内視鏡の予約をした。人気の病院だったからか、1月頭に行っても取れたのは1月末の予約だった。医者に症状を伝えても「見てみないとわかりません」としか言われず、胃腸薬も出なかった。
1月中ば、それまで申し訳程度には食べられていた普通の食事がまったく摂れなくなった。ツイッターで流れてくる食べ物の写真も、春先は美味しく食べていた学食のランチセットも、みんなプラスチックの食品サンプルに見える。スーパーの食品売り場に行くと何を買っていいのかわからなくてその場にいられない。冷蔵庫の引き出しを上から下まで開けては何も取り出さずに閉じる。温めるだけのチルド食品を手に取ると、心臓がドキドキして息が苦しくなって立っていられなくなる。そういえばこの少し前から、外出先でパニック発作みたいなのが出るようになっていた。43キロくらいはあった体重が、そろそろ40キロを切りそうになっていた。
1月末から2月半ばにかけて、あちこちの病院にたくさん行った。内視鏡は何も問題なかった。最終的に行った心療内科の先生に、「お母さんがストレスの原因なのかもしれない」と言われた。心療内科に行くのは私の希望で、母には散々反対されて罵倒されて、挙句ついてきて診察室で勝手に喋り倒していた。
ずっと原因がわからないつもりでいたが、ずっと母の声を聞くたびに身が竦んでお腹のあたりに変な力が入って何も言えなくなっていた。何かを言えば「反抗期」「口答えばかり」「誰の金で生活してるんだ」と言われた。事実だったし、22にもなって実家暮らし、親の金で日々の食事をして親の金で学校に行っている人間には何もいう権利が無いものと思っていた。人に愚痴を言ったところで「何を甘えたことを言っているんだ」と返されるのが関の山だと。恥ずかしかったから誰にも言えなかった。
先生からの勧めで、今は祖父母の家に居候という形になっている。2週間くらい母には会っていない。個人輸入ではなく処方箋で貰った睡眠薬を飲み始めたり、最初だからなのかなにも効果が出なさそうな量の抗うつ剤を処方されたり、パニック発作用の抗不安薬が規定量の半分で処方されてたせいで全然効いてくれなかったり色々あった。あまり薬は出したがらない先生らしい。
日中は何もしていない。というか、何もできない。勉強はもちろん、本も読めないしゲームもうまくできない。絵を描こうとペンを握る気にもなれない。ネットサーフィンのやり方も忘れたのでパソコンもずっと開けていない。
何もしない毎日が苦痛過ぎるので来月からバイトをしようと思うと友達に相談したら、普段なんでも応援してくれる子が強い口調で止めてきた。話を聞くのが上手い子で、愚痴を聞いてなんて話始めじゃなくてもいつのまにか自分の話を聞いて貰っていた。母の話をした時は、それは世間ではモラハラと呼ばれるなんて言われた。
療養中なんだから療養しろと言われて、たしかにそうすべきだと思ったし、どうしてそんなに「何もしない」が苦痛なのか改めて考える機会になった。
お金が必要だから?確かに貯金は減る一方だが、新学期からまったく生活できないほどではない。やりたい仕事だった?仕事なんて本当は何もやりたくない。誰かにバイトしろと言われた?誰も何も言っていない。
そうだ、誰も何も言っていないのだ。
「いつまでうちにいるの?」「やることないの?暇なの?」「時間を無駄にしてるね」「家にいるだけで何もしない金食い虫」「お前がいる分光熱費も食費もかさむんだ」「寝てばかりいて治す気がないんだろう」
常に誰かに背を追い立てられている気がしていた。祖母も、祖父も、何も言っていない。私の頭の中の誰かが言っていることだった。